ハリ・セルダンになりたくて

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2006-05-05

[][] ヤバい経済学(ASIN:4492313656)を読んで

ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492313656/

[総評]
とてもよい本だと思います(内容は経済学というよりも応用統計学と呼ぶ方が適切かもしれません)。日常的な疑問が慎重なデータ分析によって意外な結論に至る過程を楽しむことができます。

すでに多くの方がレビューしておられて、そこでも非常に好評なので少しひねくれて批判してみたいと思います。


コメント:アメリカでは妊娠中絶合法化が犯罪を激減させたのか?

[ドノヒュー・レヴィット説の要約]
アメリカでは1973年に妊娠中絶が合法化された(それ以前は基本的には違法)。それによって経済的に恵まれない女性(多くは貧しい未婚の未成年)の妊娠中絶が可能になった結果、経済的に恵まれない環境の青少年が(生まれる確率が)激減した。それらの青少年は犯罪に走ることが多いことが分かっているが、その数が減ったことによってアメリカにおける犯罪も(1993年頃から)激減した。

[疑問点]
疑問点1.
統計学では相関の推計は可能だが、因果の推計は現時点ではほぼ不可能に近い。「ヤバい経済学」では途中までは「妊娠中絶合法化と犯罪激減に相関がある」ときちんと記述しているが、どこかでそれがまるで因果関係があるかのようにすりかえられている。

つまり状況証拠はある。しかし決定的な証拠かどうかは議論の余地がある*1

疑問点2.
さらにドノヒュー・レヴィット説では「妊娠中絶が合法化され、その結果、恵まれない環境の青少年が減った(そのため犯罪も減った)」ことは説明できても、そもそも1980年から1990年代初頭にかけての犯罪増加を説明できない(アメリカ全土で妊娠中絶が禁止されたのは1900年)。

1993年からの犯罪激減の原因は中絶合法化で、1980年から1990年代初頭にかけての犯罪増加は別の原因というその可能性はあるが、もう少し考えてみる必要があるかもしれない。

(補足)サウスダコタ州での「実験」
サウスダコタ州で妊娠中絶をほぼ完全に禁止する法案が通ったため、このままその法案が実施されれば20年後にはレヴィットらの分析にまた新しい知見を付け加えることが可能かもしれない*2
http://www.asahi.com/health/news/TKY200602250305.html

論文リスト:Donohue and Levittの論文(全部PDFなので注意)
Donohue and Levittの一番最初の論文
Joyce (2003)への反論
Foote and Goetz (2005)への反論

ただし、強調しておきたいことはこういった視点(中絶合法化が犯罪を減らした[かもしれない])を提供したということは意義のあることで、DonohueとLevittは素晴らしい研究者だと思います。

(補足)訳者・望月衛氏について
仕事の都合上、現在、「クレジット・デリバティブ―モデルと価格評価」フィリップ・J. シェーンブッハーを読んでいます。この本の訳者が(偶然にも)「ヤバい経済学」の訳者でもある望月衛氏です。非常に優秀な方のようで、「クレジット・デリバティブ」の方も訳文がよく出来ていてあまり変な部分はないようです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492711686/

[妊娠中絶に関する矢野の意見]
妊娠中絶自体は望ましいことではないと思います。しかし、生む生まないの選択の自由はつねに保障されるべきだと思います。それ以上に望まない妊娠が起こらないように男女ともに責任を持って避妊をすべきだと思っています。

この点に関しては人それぞれに意見が違ってもそれほど問題はないと思うので、他人と論争する気は(あまり)ありません。

*1:ただし、「統計学では相関の推計は可能だが、因果の推計は現時点ではほぼ不可能に近い」ことを追求すると矢野自身の論文もかなりヤバい。

*2:現在、サウスダコタでは法案の撤回を求める運動が展開されている。

norisukesannorisukesan 2006/05/05 23:28 不躾なトラックバックにコメントありがとうございます。突然失礼いたしました。

最近太田在嬢も経済に関心がおありだそうですよ。日経新聞を読み始めているそうですから。先生、チャンスです(←何がやねん)。

koiti_yanokoiti_yano 2006/05/06 21:14 Norisukesanさん
コメントをありがとうございます。これからも気軽にトラックバックしてくださいね。
>先生、チャンスです(←何がやねん)。
僕は先生じゃないんですが、ここは本当に先生(経済学の)が何人も見ているので、一緒に言いましょう。

先生方チャンスです!(何が?)

kmori58kmori58 2006/05/09 19:25 ヤバ経(と略すと山渓みたい)、私も読みました。大変面白かったです。
ところで、1980年以降の犯罪増加については、「クラックの発明とコカインの供給増による麻薬常用者の増加」というのが著者達の説明だと思うのですが(真実かどうかはともかく)。

koiti_yanokoiti_yano 2006/05/09 21:20 Kmori58さん
コメントをありがとうございます。増加の原因と減少の原因が違うのがちょっと気になったのですが、考えすぎかもしれません(レヴィット先生のことだからちゃんと考えてあるのだと思いますし)。

望月衛望月衛 2006/05/14 01:20 矢野様、
私が関与した本を2冊もお読みいただき、まことにありがとうございます。「あまり変な部分はないようです」とのことで、少しある変な部分についてご指導いただければ幸いです。
> レヴィット先生のことだからちゃんと考えてあるのだと
今回の本にもたびたび出てきましたが、80年代には刑罰が軽くなってた、プラス、クラック、というのが彼の答えですね。犯罪方面では彼は論文たくさん出してて、彼のウェブサイトでほとんどは見られます。
> 疑問点1.
a) X causes Y, b) Y causes X, c) Z causes X & Y, d) by chance
というのがありうる相関のパターンだと思うのですが、X = 中絶、Y = 犯罪減少として、(この場合に限っては)後に起きたYがXをおこすことはないし、d)は統計的に検定できてる(そのわりに去年データ処理プログラムに間違いが見つかって大批判くらってましたけど)わけなんで、残るは第三の要因が両方を起こしたというパターンになるかと思います。矢野様はどのような第三の要因を考えておられますか。実際、相関と因果が区別できないという点で、統計って説得の道具ではあってもし証拠にはめったになりませんよね。ただ、自分は、20年のタイムラグと他の「よくある説明」を調整したうえでなお強い影響が残ったという点では、データが提示しうるそんな状況証拠の中では非常に強力な例だと思ったんですけど。

koiti_yanokoiti_yano 2006/05/14 06:48 望月衛様
わざわざありがとうございます。

1. 「クレジット・デリバティブ―モデルと価格評価」
>少しある変な部分についてご指導いただければ幸いです。
読ませていただいている部分は主としてシングルファクターモデルとコピュラの辺りです。「変な部分」というのは矢野の言葉遣いと少し違う程度のことです(「なんとならば」と書いてあるところは矢野ならば「なぜならば」と書くだろうな程度)。

2. 「ヤバい経済学」
>80年代には刑罰が軽くなってた、プラス、クラック、というのが彼の答えですね。
「80年代には刑罰が軽く犯罪が多かったが、90年代に入って刑罰が重くなったので、犯罪が減った」か「70年代以前は中絶率が極めて低かったが、73年に合法化されたので、その結果として犯罪が減った」のどちらかならば、矢野も「そうかな」と思うのですが、「80年代には刑罰が軽く、クラックの密売が儲かったので犯罪が多かったが、90年代に入ったら中絶合法化のおかげ(犯罪に走る青少年が減って)で犯罪が減った」というのは・・・面白い結果ですね。

そういえば、望月さんが訳された「天才数学者、株にハマる 数字オンチのための投資の考え方」も非常にすばらしい本でした。

とにかくわざわざコメントいただき本当にありがとうございました。

望月衛望月衛 2006/05/14 19:10 > 天才数学者
あわわわ、そんなものまで。ありがとうございます。そういやアレも説明がうまいだけのヤツを天才と呼ぶなとか、タイトルでいろいろ言われたなあ。
> 面白い結果ですね。
イベントスタディ系の実証で統制実験のようなうまい話を望むのは難しいということでしょうね。その分、論争がいつまでも続いて楽しめるというのもありますけど。

koiti_yanokoiti_yano 2006/05/15 07:32 >説明がうまいだけのヤツを天才と呼ぶな
僕はうまい題名だなと思いました。「天才数学者、株にハマる」は僕の周囲で「これから株をはじめたい」という人(なおかつ数学や統計学に詳しくない人)には「最低でもこれだけは読んでから始めてよ」と推薦させていただきました。

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