kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

沢村投手を殺した読売巨人軍

沢村投手といっても現在プロ野球の読売球団に所属している沢村拓一投手の話ではない。沢村栄治のことである。もちろん、先週半ば以来のプロ野球セントラルリーグ(読売リーグ)の試合結果に腹を立ててのタイトルであることは否定しないけれど。


一昨日から下記の本を読んでいる。


巨怪伝〈上〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀 (文春文庫)

巨怪伝〈上〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀 (文春文庫)


1994年に単行本として刊行され、2000年に文庫化されたこの本が今になって増刷されたのは、当然のことながら東電原発事故の影響だ。正力松太郎は「原子力の父」と呼ばれていることは周知の通り。しかし、その話が出てくるのは文庫本では下巻に収録されている第12章であり、私はまだ敗戦直後の読売労働争議を描いた第8章を読んでいるところだ。


なぜ読み終えてもいない本のことを書くかというと、この本の第6章から第7章にかけて、プロ野球草創期の話が出てくるからだ。


これが、読めば読むほど読売(巨人軍)に対する憎悪をかき立てる内容なのだ。正力松太郎という男は、自分の栄華のために周囲を踏みつけにしてなんとも思わない男だった。それが、これでもかこれでもかというほどしつこく描き出されている。このあたりが著者・佐野眞一の真骨頂だ。10年前、文庫化されたばかりの中内功の評伝を読んだ時も、読み始めたら止まらなかった。


カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈上〉 (新潮文庫)

カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈上〉 (新潮文庫)


上記の新潮文庫は現在では絶版で、その代わりにちくま文庫から刊行されているらしい。


『巨怪伝』から引用したい、草創期の読売ジャイアンツの悪行は書き切れないほどあるが、その一つが読売以前のプロ野球の歴史を「黒歴史」にしてしまったことだ。


読売巨人軍は、何も日本最初のプロ野球球団などではなかった。それ以前にも、日本運動協会、天勝野球団、宝塚運動協会という3つのプロ野球チームがあったのだ。読売巨人軍の前身である大日本東京野球倶楽部など、4番手に過ぎなかった。しかし、正力松太郎は先行する3つの球団を「黒歴史」、つまり「なかったこと」にしてしまったのだ。

このうち、宝塚運動協会については、かつて、下記の本で読んだことがある。


阪神タイガースの正体

阪神タイガースの正体


宝塚運動協会は、宝塚という地名から想像がつく通り、阪急の小林一三が始めたもので、小林は大阪毎日新聞と提携してプロ野球の組織を創設する構想があったが、毎日が消極的だったこともあってうまくいかなかった。

上記佐野眞一の本によると、正力松太郎アメリカからメジャーリーガーを呼んで興行を行った時にも、東京では読売、大阪では毎日が主催する構想があったそうだが、毎日が辞退し、小林一三がそれならと大阪朝日新聞を推薦したものの、毎日に配慮するMLB側が毎日のライバルである朝日の主催に難色を示したため、結局甲子園球場を持っている阪神電車に白羽の矢が立ったのだという。読売という東京のメディアがつくったジャイアンツのライバルが、毎日や朝日といった関西の大新聞ではなく、わずかに大阪と神戸を結んでいるに過ぎない私鉄の阪神電車がつくったタイガースだった*1ことには、そんないきさつがあった。

まあ毎日だの朝日だの阪神電車だのはどうでも良い。許せないのは読売の沢村栄治スタルヒンに対する仕打ちである。彼らのみならず、巨人軍草創期の選手や監督らに対する正力松太郎やその手下どもの仕打ちである。

慶応大への入学を望んでいた沢村栄治を無理に引き抜きながら、読売は沢村が出征して負傷したあと巨人軍に戻ってかつての活躍ができなくなると、容赦なく解雇した。それが沢村の戦死につながった。沢村が3度も兵役を命じられたのは沢村に中卒の学歴しかなかったためだが、それは慶応入りを前にしていた沢村を読売が強引に引き抜いたからだ。しかしそんなことにはおかまいなしに、読売は沢村を冷酷に切り捨てた。沢村を引き抜いた時、正力は沢村の父親に対して、一生彼の息子・沢村栄治の面倒を見ると約束したにもかかわらず。そして敗戦の年、1945年に沢村栄司は戦死した。そう、読売が沢村を殺したのである。

スタルヒンのケースに至っては、読売はスタルヒンの父親が犯した殺人事件をネタに脅迫同然の引き抜きを行っていた。いや、それは脅迫「同然」なんかじゃなくて脅迫そのものだった。読売の下手人は、実在した暴力団の名前を出して旭川の関係者を脅すとともに、スタルヒン一家に「読売入りか国外追放」かの選択を迫った*2と知って、そのあまりの激烈さに絶句した。

当時の読売・正力松太郎の悪逆非道を知ると、ナベツネなど「劣化版正力」に過ぎないとさえ思えてしまう。

*1:もちろん現在の阪神タイガース阪急阪神ホールディングスのグループ企業であって、かつてとは事情が異なる。

*2:スタルヒンの父親は共産革命を嫌って亡命した上、共産主義にかぶれた女性を殺害するという罪を犯したので、「国外追放」はソ連共産党政府に「粛清」されることを意味した。