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kojitakenの日記

2015-09-13 英労働党党首に「反緊縮」のジェレミー・コービン氏

原田伊織『明治維新という過ち〜日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト(増補改訂版)』を読む

初めにおことわりしておくが、この記事で取り上げる本の著者は一種の「右翼」であり、その歴史観には根本的に賛成できない部分がある。とりわけ、時代錯誤武士道への信奉や、江戸時代の幕藩体制の過大評価、それに下層階級に対する差別的な眼差しなどは全く承服できない。しかし、その明治維新批判薩長、特に長州批判吉田松陰批判も含む)、水戸光圀(黄門)を含む水戸徳川家批判等には見るべきところがあると感じたので、あえてとりあげる。



この本は2012年に同じ出版元から出た本の「増補改訂版」だが、当時より今の方がよく売れているようだ。それは、不人気ドラマとして悪名高い『花燃ゆ*1が、あの悪名高い幕末テロリスト吉田松陰の妹を主人公にしているせいもあろうし、この本が批判する長州にルーツを持つ総理大臣が悪逆非道の暴走を続けているせいもあろう。

以下、『週刊朝日』に掲載された斎藤美奈子による書評から引用する。

明治維新という過ち 〈週刊朝日〉|dot.ドット 朝日新聞出版

《今週の名言奇言 (週刊朝日)》

明治維新という過ち 原田伊織著

by 斎藤美奈子 (更新 2015/6/25 16:45)


 もはや狂気と断じるしかない。

 この種の歴史読み物としては、ありえないほど売れている本である。原田伊織『明治維新という過ち』。サブタイトルはなんと「日本を滅ぼした吉田松陰長州テロリスト」。

 いうことが、ともかく過激なの。勤皇志士とは〈現代流にいえば「暗殺者集団」、つまりテロリストたちである。我が国の初代内閣総理大臣は「暗殺者集団」の構成員であったことを知っておくべきである〉。

長州テロリストが行った多くの暗殺は、その残虐さにおいて後世のヤクザの比ではない〉〈彼らは、これらの行為を『天誅』と称した。天の裁きだというのである。これは、もともと「水戸学」の思想に由来する。そして、自分たちが天に代わってそれを行うのだという。もはや狂気と断じるしかない〉

 私たちが学校で教わった、あるいは小説やドラマを通じて刷り込まれた近代の幕開けとしての維新の歴史がことごとく覆される爽快感。

〈豊かな教養環境とはほど遠い下層階級から政治闘争(実際には過激なテロ活動)に身を投じた彼らは、俄か仕立ての水戸学だけを頼りに「大和への復古」を唱えて「廃仏毀釈」という徹底した日本文化の破壊を行った挙句に、今度は一転して「脱亜入欧」に精魂を傾けたのである〉

 そういわれると、たしかに彼らはクメール・ルージュタリバン文革時代の紅衛兵と同類に思えてくる。著者はしかも彼ら長州テロリストの発想が、山県有朋らを通じて旧日本軍に伝染し、先の侵略戦争にまで直結しているというのだ。

〈平成日本は今、危険な局面に差しかかっている。彗星の如く国民の不満を吸収する政治勢力が現れるのは常にこういう時期であり、それが正しい社会の指針を提示することは少ないのだ〉。そ、それは……。

 もっか違憲の疑いが濃い安保法案のゴリ押しに邁進する安倍晋三首相山口4区高村正彦自民党総裁山口1区の選出だ。それとこれとは関係ない? だとは思うが、でもあまりに感じが似ていてさ。

週刊朝日 2015年7月3日号

「関係ない」どころか「関係大あり」であろう。

この本の「アマゾンカスタマーレビュー」から引用する。

http://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R1VCZ9UAOMQHUG/ref=cm_cr_pr_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=490162282X

★★★★★ 明治維新」から150年、本書は長年の「長州史観」からの脱却の第一歩である, 2015/6/4

投稿者 つくしん坊

古今東西を問わず、ある政治勢力が、既存の政権を奪取し、新たな政権を打ち立てた場合、自らの政権奪取を正当化するための「神話」が創り出される。「明治維新」はその最たるものであろう。戦前はもちろん、戦後も現在に至るまで、この「神話」の呪縛は深い。著者は、歴史の専門家ではないが、日本人が毒されてきたこの「神話」に思い至り、本書を執筆した。「明治維新」から150年、長年にわたって日本人を呪縛してきた「長州史観」からの脱却の第一歩として歓迎する。なお、司馬遼太郎氏の小説や大河ドラマに見るように、この「神話」は現在も生きており、脱却にはまだまだ時間が掛かるだろう。以下、本書の印象的なメッセージを抜き書きする。

  1. 明治維新」とは、長州を中心とした未熟なテロリスト集団が行った「極右暴力革命」である。その陰謀好き、暴力的、対外侵略的という基本的性格は、日本の近代史全体を貫通している(現在の首相にもこの長州藩DNAがあるようだ)。そもそも、「明治維新」とは、「昭和維新」がきっかけになって名付けられたもので、当初は「御一新」と呼ばれていた。
  2. 薩長勢力は当初「尊皇攘夷」を旗印としていたが、「尊皇」は建前に過ぎず、権力奪取のために天皇を利用したに過ぎない。御所を砲撃するという前代未聞の事態を引き起こしたのは長州藩である。
  3. 権力を奪取した薩長勢力は、下級階層が中心で文化遺産への敬意は微塵もなく、大規模に「廃仏毀釈」を行ったほか、西洋の文物には無条件に節操なくひれ伏した。
  4. 幕府には優れた人材が多かったが、肝心の将軍徳川慶喜が臆病かつ暗愚で、決定的な時点での意思決定を誤った。
  5. 徳川慶喜による「大政奉還」後に事態が収束しなかったのは、西郷隆盛が主導して設置した赤報隊によるテロ活動があまりに非道であったためで、これが戊辰戦争のきっかけとなった。
  6. 吉田松陰がやたら持ち上げられてきたが、長州の過激な若者グループのリーダー気取りであったに過ぎない。思想家、教育家とはほど遠く、現在まかり通っている虚像(「松陰神社」まである!)は、彼の処刑後に久坂玄瑞山縣有朋らがでっち上げたものである。また司馬遼太郎氏の小説の影響も大きい。
  7. 松陰も影響を受けた水戸学は、水戸光圀誇大妄想に始まる。『大日本史』という荒唐無稽な歴史書を作ることで、藩の財政を消耗した。誇大妄想の悪しき「伝統」は、九代藩主斉昭の時代に子供じみた過激な「攘夷」思想となって爆発した。それを「理論化」する作業を行ったのが藤田東湖や会沢正志斎らである。この水戸学の狂気の思想が吉田松陰をいたく感動させ、長州藩テロリストグループの思想的な拠り所となったのである。
  8. 戊辰戦争の後半では、会津戦争などで多大の人的物的損害で生じた。これは、官軍に起用された指揮官クラスに武士道精神とは無縁のならず者を起用し、暴虐の限りを尽くさせ、それが東北諸藩の怒りを買って無意味な戦争になった側面が強い。

著者は、桜田門外の変水戸藩士に暗殺された井伊直弼のお膝元である彦根城下で育ったとのこともあり、「長州史観」への批判的な思いが強いようだ。しかし、本書の内容は、著者の個人的な思いとは別に、「長州史観」からの脱却の第一歩と考えられるべきである。歴史家の皆さんも「長州史観」の呪縛から脱却し、新たな視点から日本の近代史を書き直すことを期待したい。なお、本書では全く触れられていないが、尊皇攘夷勢力による孝明天皇毒殺説や明治天皇すり替え説の真偽も検証されるべきである。本書を読んで、「明治維新」の闇はまだまだ深いと痛感した。

書評に「(現在の首相にもこの長州藩DNAがあるようだ)」とあるが、これは著者の言葉ではなくレビュアーの言葉である。右翼である著者は、民主党政権批判しているが安倍晋三に対する批判はこの本には出てこない(改訂前の初版が2012年に書かれているせいかもしれないが)。しかし、それにもかかわらず、本書が描き出す「長州テロリスト」の悪逆非道は、昨日書いた下記記事で取り上げた、つまり本書と並行して読んだ、日本軍新潟の俘虜収容所収容されたカナダ人俘虜の著書に描かれた、香港及び新潟における日本軍の悪逆非道の印象と極端に似通っている。並行して読んだだけに余計に印象が重なる。そして、幕末の「長州テロリスト」や戦時中の日本軍の悪逆非道が、憲法違反安保法案を押し通そうとしている安倍晋三の姿とも重なるとは、私も強く感じるところである。

日本軍捕虜となった敵兵に対する扱いのひどさは、上記記事で取り上げた元カナダ人俘虜の著書の中で、ドイツ軍と比較されてこき下ろされている。つまり日本軍の俘虜に対する扱いは、ナチス・ドイツ軍隊のそれよりもはるかにひどかったというのである。日本軍虐殺したのは何も中国人や韓国人だけではなく、英米の捕虜にも容赦なかった。だから、第二次世界大戦における日本軍に強い反感を持っているのは、ネトウヨの言うような中韓だけではなく、欧米にもまた根強いものがある。そして、日本の戦時中における陸軍海軍を比較しても、陸軍の方が海軍とは比較にならないくらいひどかった。明治維新を受けて陸軍の元締めとなったのは長州山縣有朋だった。

私は、小学校高学年の時にこの山縣有朋を初めて知って以来、この男を嫌い続けていた。どうしようもなく好戦的な人間で、「平和の敵」だと思った。面構えがまた憎たらしかった。いや、面構えだけではなく、昭和になって北一輝に煽動された政友会の鳩山一郎らが絶叫した「統帥権干犯」問題の元凶は、明治憲法制定時に統帥権を独立させるよう干渉した山縣だったのである。山縣こそ、戦前日本最悪の極悪人の一人といえるだろう。

その山縣有朋が神格化したのが吉田松陰であった。だから私は昔から吉田松陰も嫌っていた。それは、最近この日記に吉田松陰に心酔している人間が現れたことによってさらにエスカレートしたのだが(笑)。

但し、この本においてはタイトルにもなっている吉田松陰批判よりも水戸光圀(黄門)ら水戸徳川家に対する批判の方が面白かった。吉田松陰批判もそれなりに痛快ではあったが、吉田松陰が極悪なテロリストであったことは、もはや日本の常識となっているから、さほどの意外性はない(笑)。

で、その吉田松陰が煽動した「長州テロリズム」とはどんなものであったか。この本を取り上げた下記ブログ記事から本書の記述を孫引きする。

 本来「志士」とは、「国家、社会のために献身する高い志をもった人」のことをいう。『論語』に曰く、

 「志士仁人は生を求めて以て仁を害するなし」

 即ち、志士とか仁者と呼ばれる(資格のある)人は、自分の生存のために人の道に背くようなことはしない、という意味である。長州桂小五郎たちは、京において、略奪、放火、暗殺というテロ行為を意識して積極的に展開した。徳川から政権を奪うという単なる一藩有志の政治目的のために、それを行った。そういう彼らを「志士」と呼ぶことは、如何な詭弁を弄しても無理である。

 彼らは、具体的にどういうテロ行為を行ったか。

 一部を列挙する。

 これらのテロを行ったテロリストには、薩摩藩士土佐藩士土佐の郷土崩れなども含まれているが、圧倒的中心が長州テロリストである。彼らのやり口は非常に凄惨で、首と胴体、手首などをバラバラにし、それぞれ別々に公家の屋敷に届けたり、門前に掲げたり、上洛していた一橋慶喜宿泊する東本願寺の門前に捨てたり、投げ入れたりした。

(上記は本書77〜78頁からの引用。一部誤記を修正した=引用者註)

 そういう情勢下で『池田屋事変』が勃発した。

 新撰組が、長州過激派の強烈なシンパである薪炭屋・枡屋喜右衛門(古高俊太郎)の存在を突き止め、その自白から、長州過激派孝明天皇拉致計画が明らかになった。古高俊太郎とは、近江栗太郡(今の守山市辺り)の出身で、長州間者の元締的存在として武器調達なども担っていた、御所襲撃計画のキーパーソンである。

 古高俊太郎の自白内容の骨子は、おおよそ次の通りであった。

古高の邸から、血判書や武器弾薬、放火道具、「會」の文字の入った提灯、長州過激派との連絡書簡などの物証も挙がり、京都守護職会津藩は震え上がった。如何に凄惨なテロを繰り広げてきた連中であったとしても、凡そ御所に火を放ち、天皇を拉致して自藩に連れ去るなど、尊皇の志の篤い会津にとっては信じ難い暴挙である。

(上記は本書98〜99頁からの引用。一部誤記を修正した=引用者註)

下記はブログ主の感想。

これが「長州テロリズム」である。これを「礼賛」するのが、安倍総理だとして、はて。日本の未来に「心配」にならない人がいるとするなら、一体、どういった精神をしているのか、ということであろう。なぜ、戦後のGHQが、日本に平和憲法を強制したのか。こういった狂信的な連中をなんとかして、「抑止」しておくためだったわけであろう。もし日本に、もう一度、戦中の「武器」を与えたなら、彼らはもう一度、同じことを始めるであろう...。

私も同感である。私が常々安倍晋三から感じるのは、その「狂信性」である。いかにも「長州人」らしいと思う次第だ。

同じブログの続編から、今度は本からの引用とブログ主の感想を続けて引用する。

 山縣有朋が連れ込んできた奇兵隊や人足たちのならず者集団は、山縣が新発田へ去っていたこともあって全く統制がとれておらず、余計にやりたい放題を繰り返す無秩序集団なっていた。女と金品を求めて村々を荒らし回ったのである。彼らは、徒党を組んで「山狩り」と称して村人や藩士の家族が避難している山々を巡り、強盗婦女暴行を繰り返した。集団で女性を強姦、つまり輪姦して、時にはなぶり殺す。家族のみている前で娘を輪姦するということも平然と行い、家族が抵抗すると撃ち殺す。中には、八歳、十歳の女の子が陵辱されたという例が存在するという。高齢の女性も犠牲となり、事が済むと裸にして池に投げ捨てられたこともあった。要するに、奇兵隊の連中にとっては女性なら誰でも、何歳でもよかったのである。

 坂下、新鶴、高田、塩川周辺では、戦後、犯された約百人に及ぶ娘・子供のほとんどが妊娠していた。医者は可能な限り堕胎をしたが、それによって死亡した娘もいたという。月が満ちて産まれてきた赤子は、奇兵隊の誰の子かも分からない。村人たちは赤子を寺の脇に穴を掘って埋め、小さな塚を作って小石を載せて目印にしたのである。村人は、これを「小梅塚」とか「子塚」と呼んだ。

 明治維新という過ち―日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト*2

これが、基本的には明治以降日本軍中国侵略における姿勢だった、と考えられるのであろう。

その通りである。実際、私はこのくだりを読んで、前述のカナダ人俘虜の著書の巻末に付録として収められた、香港における日本軍の残虐行為に関する証言記録と酷似していることに驚いたのだった。両者から受ける「ならず者」行為の胸くその悪くなる悪逆非道の印象は、あまりにも似通っている。1941年の第二次世界大戦開戦直後の「香港の戦い」において、日本陸軍は兵士約4万人を投入したが、「帝国陸軍」の体質は「長州テロリスト」の伝統をみごとなまでに忠実に受け継いでいた。

そして、安倍晋三こそ、「長州テロリスト」たちの正統なる後継者なのである。

*1直近の9月6日放送分でも、視聴率の自己ワースト記録をまたしても更新したらしい。

*2本書265頁=引用者註

pomme1919pomme1919 2015/09/13 16:23 ブログ主旨には共感ですが、本論とはあまり関係ないとはいえ一部ちょっと気になる箇所があります。
もっとも、Kojitakenさんではなくケネス・カンボン氏の書かれていることですが。

>つまり日本軍の俘虜に対する扱いは、ナチス・ドイツの軍隊のそれよりもはるかにひどかったというのである。

ナチスの歪んだ人種理論は捕虜の取り扱いにも露骨に示されました。北欧や英米などアーリア系の捕虜には比較的寛大な反面、ロシア人・ポーランド人など劣等人種とみなしたスラヴ系捕虜に対しては極めて残虐でした。米国国立ホロコースト記念博物館の予想では、捕虜となったソ連軍将兵の50%を越える300万〜500万が殺害されたとしています。一方、捕虜となった英米軍将兵で死亡したのは8000名強で4%未満です。とは言っても大変な犠牲者の数ですが、ソ連兵の犠牲者数が桁外れであることは明らかです。

そして、更に悲劇的なことに、過酷な強制収容所を生き延び戦後祖国へ帰還できた少数の捕虜をソビエト当局は「ナチスの為に働いた」と反逆者扱いし粛正したのです。

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