ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

kojitakenの日記

2017-04-16 「右傾したニセ科学批判人士」菊池誠のふざけたツイートに怒り心頭!

松本清張『表象詩人』(光文社文庫)を読む

サンデーモーニングの冒頭は北朝鮮、次がアメリカシリア攻撃をめぐって米露は対立してるのか馴れ合っているのかという話で、最後が森友学園事件を追及するはずが身内の右翼議員からの離党届(受理されず除名へ)やら代表代行辞任やらで揺れる民進党の3本。ゴルフ中継の延長で3本ではなく2本だった先週に続いて、森友学園事件の本筋はトピックから漏れた。昨日久々に立ち読みした小学館極右雑誌『SAPIO』に載っていた右翼人士・小林よしのりの漫画で、安倍昭恵と迫田英典の証人喚問を要求していたのを確認したが、右翼の小林ですら要求する昭恵の証人喚問を未だに自らの言葉として要求しなかったり、前原誠司民進党から出て行けと書きながら代表代行の辞意を表明した細野豪志はスルーしたり、あげくのはてには森友学園事件に関する橋下徹の文章(それは明らかに大阪府の責任を逃れようと全責任を国に押しつけようとする意図で書かれたものだ)を紹介したりする「リベラル」のブログを見るにつけ、劣化してるのは何も政府右翼たちばかりではなく「リベラル」(その実態は都会保守を含む保守人士たちであることが多い)も同じではないかと思う今日この頃。サンモニの長い長いスポーツコーナー以降は、読みかけの松本清張推理小説に集中してしまい、読み終えたら番組も終わるところだった。だから「風を読む」のコーナーも誰が何を言ったか全然覚えていない。ただ、日頃好まない寺島実郎が、日本は国連が機能しなくなっているからと言ってただアメリカについていくのではなくあくまで国連を通じた解決アメリカに求めるべきだとの正論を言って、暗に毎日新聞の幹部である科学記者の元村有希子(この記者が番組の方で国連が機能しなくなっていると言って、暗にトランプに盲従する安倍晋三正当化したのだった)を批判したことが頭に入った。

小林よしのりですら正面から要求する安倍昭恵の証人喚問を(よく引用する日刊ゲンダイの記事には書かれているのに)自分の言葉としては決して書こうとしない市井の「リベラル」もたいがいだが、保守寺島実郎安倍晋三への無気力な追随をとがめられる元村有希子もひどいよなあ、と思った。

ところでサンデーモーニングそっちのけで読み終えた清張の中篇「表彰私人」じゃなかった「表象詩人」は面白かった。有名な作品ではないが、2014年光文社文庫入りした「松本清張プレミアム・ミステリー」のシリーズ第2期7タイトルの最終巻に当たる。他に「山の骨」が収録されている。



表象詩人」の舞台は昭和初期の小倉。山前讓の解説文によると、清張が18,9歳の頃の経験がもとになっているとのことだから、昭和3〜4年(1928〜29年。清張は1909年12月生まれ。なお昭和時代の小説の通例で、清張はこの作品で年数を元号表記しているので、この記事でも私としては例外的だが元号表記を用いる)の小倉市(現北九州市小倉)が舞台だ。

当時清張が務めていた会社(川北電気)の取引先である東洋陶器(現TOTO)の用度課員と親しくなったとのこと。その人が登場人物の久間英太郎のモデルになっている。

数多い(読んでも読んでも未読の本が山ほどある)清張作品としてはあまり知られていないせいか、ネット検索で参照できるサイトもそれほど多くないが、下記Facebookの寸評が印象に残った(ネタバレ注意ですが)。

https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=492704997424350&id=369255539769297

 この作品はほとんど知られていません。また、松本氏の代表作に挙げる人も皆無でしょう。常識的に考えるとやはりこの作品が代表作とはいえないでしょう。しかし、私はこの作品に非常に惹かれます。それはこの作品が松本氏唯一の青春小説といえるからです。

 松本氏は朝日新聞社入社する前、印刷所の下働きをしていました。夢のない徒弟制度時代の救いは文学への傾斜です。この時期かなりの書物を読み、左翼系の同人雑誌にかかわったこともあります。このとき松本氏はある女性に心を惹かれますが、自分の将来の境遇の不安さから、大きな発展はありませんでした。

 この小説は松本氏がそんな苦しく切ない時代を過ごした、昭和初期の九州小倉が舞台となっています。

 主人公の三輪は詩作を趣味とする地方鉄道職員で、松本氏の分身です。仲間の久間や秋島とともに東京から転勤してきた、陶器会社のエリート職員、深田氏の家に集まり文学論を闘わせます。

 しかし、その高邁な文学理論も実は東京からきた深田の妻、明子へいいところを見せたいがための虚勢でした。都会的な雰囲気をまとった標準語を使う明子は、田舎の青年にとっては憧れの的であったのです。久間と秋島は明子の前で激しく議論し、自分を売り込みます。三輪はただ、二人の議論を見守るだけです。

 そしてある夏祭りの夜、明子は死体となって発見されます。事件は未解決に終わり、何十年後、今は東京で暮らす三輪はある思いを持って故郷、小倉を訪ねます。

 青春時代の甘酸っぱい香り、そして希望のないやるせなさがこの作品から感じられ、私はこの作品が忘れられません。

もちろんしっかりしたサスペンスになっており、面白さも抜群です。この小説は長い間、全集でしか読めませんでしたが、近年カッパノベルスから復刊されました。ぜひご一読をお薦めします。

文末に「近年カッパノベルスから復刊されました。」とあるが、上記引用文は2012年に書かれている。その後2014年に同じ光文社から文庫としても刊行されたことは前述の通り。

また、小説の時代からおよそ四半世紀後の「昭和30年代貴船橋下流右岸の東洋陶器(現TOTO)の風景」を、TOTOのOBたちによると思われるサイトから知ることができる。

東洋陶器といえば、小説が書かれた頃の70年代の小学校にあった便器には、"TOTO" と "Toyotoki" の2種類の表記があり、それを見ながら、たぶん前者が新しい便器で後者が古い便器であって、「トト」とは「トヨトキ」の略称なんだろうなと想像していたことが思い出される。下記「TOTOミュージアム」のサイトによると、"Toyotoki" は「1962年から1969年昭和37年から昭和44年)」の商標で、"TOTO" は「1969年以降(昭和44年以降)」の商標らしい。"Toyotoki" の商標を知っているというと「年がバレる」ことになるのかもしれない。

その後、同名のアメリカのロックバンドが現れるなどして(日本の便器メーカー名から命名したというのは俗説らしいが)"TOTO" がすっかり定着したため、ついに社名まで「TOTO」になってしまったことは周知だが、社名変更はもっと昔かと思っていたら10年前の2007年だった。それから、TOTOは今年5月15日に創立100周年を迎えるらしい。同社が今も小倉に本社を持つことも今年で創立100周年を迎えることも今の今まで全く知らなかった。

もう一つ、この小説で懐かしさを覚えたのは、登場人物の秋島明治マザー・グースの「誰が殺したコック・ロビン(駒鳥の雄) Who killed Cock Robin」のパロディの詩を披露するくだりだ。ああ、それはマザー・グースだな、ヴァン・ダインだっけと思い出しながらも、なにぶん読んだのがもう40年ほど前のことだから、作品名がすぐには出てこなかった。エラリー・クイーンの『Yの悲劇』の先駆けだったためにより強い印象のある『グリーン家殺人事件』には出てこなかったことは間違いないので、『僧正殺人事件』だったんだろうなと思ってネット検索をかけたらその通りだった、という次第。清張自身が小説のあとの方でヴァン・ダインと(アガサ・)クリスティに言及していたが、『僧正殺人事件』は1929年発表である。クリスティはほとんど読んでいないので『誰が殺したコック・ロビン』をモチーフにした作品が何であるかはわからなかった。マザー・グースに幅を広げると、有名な『そして誰もいなくなった』がある。しかし、「マザー・グース 松本清張」でググっても「表象詩人」への言及のあるサイトは、少なくとも検索結果の上位にはみつからない。清張としては無名の作品である所以だろう。

ところで、少し前にも「コック・ロビン」でググったら「クック・ロビン」の検索結果が出てきたので、「あれっ、クック・ロビンの方が正しいのか」と思ったことがあったが、そうではなかったことがわかった。

「Cock Robin」が「クックロビン」として一般化したのは、萩尾望都が「Cock Robin」を「Cook Robin」と見誤って「クック・ロビン」とカナ表記し(『別冊少女コミック1973年6月号掲載の「小鳥の巣」第3話で、主人公のエドガーが「だれが殺した? クック・ロビン……」と歌っているページの欄外に「クック・ロビン(Cook Robin)…駒鳥のオス」と記されている)、それがのちに『パタリロ!』(魔夜峰央著)の「クックロビン音頭」に引用されて広まったためであると、『ふしぎの国の『ポーの一族』』(いとうまさひろ著 新風舎文庫 2007年 ISBN 9784289503544)に指摘されている。

そうだったのか。昔私が読んだ『僧正殺人事件』は、井上勇の翻訳で、創元推理文庫から1959年に出版された版だったはずだ。


僧正殺人事件 (創元推理文庫)

僧正殺人事件 (創元推理文庫)


上記アマゾンのサイトには、下記の作品紹介がある。

コック・ロビンを殺したのはたあれ。「わたしだわ」と、雀がいった!マザーグースの童謡につれて、その歌詞のとおりに怪奇残虐をきわめた連続殺人劇が発生する。無邪気な童謡と無気味な殺人という鬼気せまるとり合せ! 名探偵ヴァンスの頭脳は冴えて、一歩ずつ犯人を追いつめる。『グリーン家殺人事件』と比肩される本格派の巨編である。

ちなみに現在では創元推理文庫から同じ作品の日暮雅通による新訳が2010年に出ているが、こちらでも「コック・ロビン」とされているようだ。

なお、『グリーン家殺人事件』は1959年延原謙新潮文庫版で読んだが、探偵の「ファイロ・ヴァンス」が「フィロ・ヴァンス」と表記されていた。同じ訳者の固有名詞では、コナン・ドイルホームズものの短篇第1作「ボヘミアの醜聞」で "Irene Adler" を「アイリーネ・アドラー」と表記しているのが変なのではないかとずっと思っていたが、イギリス英語を日本人の耳で聞くと、意外にも「アイリーネ」と聞こえるらしいとの情報を数年前に知って、この日記に書いたことがある*1。現在も新潮文庫から出ている延原謙訳は、「アイリーン・アドラー」と表記されている。ある時期に表記が変更されたものだろうが、意外と古い表記の方が良かったのかもしれない。こういう例もあるので、意外と「フィロ・ヴァンス」との表記もあり得るのかな、などと勝手に思っている。

表象詩人」に戻ると、登場人物の久間英太郎は野口米次郎、秋島明治北原白秋に傾倒していた。野口米次郎は知らなかったが、イサム・ノグチ父親で、自らも「ヨネ・ノグチ」という筆名を使っていた。作中では「ヨネ・野口」との表記がしばしば現れる。イサム・ノグチの方は香川県の庵治石を使った彫刻で、香川県在住時代におなじみだった。

また作中で久間のライバルとして火花を散らしていた秋島明治北原白秋に傾倒していた。北原白秋については少し前に読んだ同じ松本清張の『昭和史発掘』(文春文庫)第2巻収録の「潤一郎と春夫」に取り上げられていた。


新装版 昭和史発掘 (2) (文春文庫)

新装版 昭和史発掘 (2) (文春文庫)


「潤一郎と春夫」にも、白秋が1912年に隣家に住む人妻・松下俊子との不倫により姦通罪で告訴されて未決監に拘留されたものの、そこまでして結ばれた松下俊子と1年半後には離婚したことが書かれていたように思うが、「表象詩人」にも、俊子を歌ったと思われる「野晒」が引用されている。「野晒」は下記サイトで参照できる。

前記「誰が殺したコック・ロビン」も1922年に白秋が訳詞を発表していたのだった。「こまどりのお葬式(とむらい)」は下記「青空文庫」で読める。

青空文庫」では

「だァれがころした、こまどりのおすを」

「そォれはわたしよ」すずめがこういった。

と始まるが、これは新字新仮名遣いに改められている。「表象詩人」では、

「誰(たアれ)が殺した、駒鳥の雄(をす)を。」

「そオれは私よ。雀がかう云った。」

となっているといった具合に、句点の有無なども含めて微妙な違いがある。

こんな具合に興味は尽きないので、ここまで書くのに膨大な時間を要したが、やっと締めくくりに入れる。

私は子どもの頃、自分の生まれる前の知らない時代について想像をめぐらせることが好きだった。「表象詩人」が書かれた1972年頃にポプラ社から発売された(調べてみると1971年発行だった)江戸川乱歩の「少年探偵シリーズ」第37巻「暗黒星」に収録された「二銭銅貨」のリライト版を読んだ時に感じたわくわく感も、今回「表象詩人」を読んで甦ったのだった。

二銭銅貨」は1923年江戸川乱歩が初めて発表した短編小説で、ポプラ社版は探偵役を「若き日の明智小五郎」に書き換えるなどの変更を加えた上で子ども向けにリライトしたものだった。私は当時から既に、このシリーズの「怪人二十面相」もののバカバカしさを馬鹿にしていたものだったが(小林少年がなぜか車を運転するなど、めちゃくちゃな内容だった)、「二銭銅貨」には大いに惹かれたのだった。ホームズものの「踊る人形」を連想させる暗号ものだが、解読に成功したと思った暗号を「ゴジヤウダン」でひっくり返す鮮やかな手法もさることながら、生まれる前の知らない時代の情景を想像するのが楽しかった。最近は江戸川乱歩が再評価されているようで、「二銭銅貨」を含む文庫本なども本屋で見掛けるので、そのうち未読のオリジナルを読んでみたいものだと時々思うのだったが、この記事を書きながらネット検索をしていて、何も文庫本を買ったり借りたりしなくても、「青空文庫」で読めることに今頃思い当たったのだった。

はてなユーザーのみコメントできます。はてなへログインもしくは新規登録をおこなってください。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20170416/1492318452