Hatena::ブログ(Diary)

kokokubeta;

2011-04-10

ブログを移動しました

以降は、「β2」にて更新いたします。よろしくおねがいします。

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RU486RU486 2012/07/04 18:47 三便宝:http://www.86and81.com/Product/350.html
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天天素:http://www.86and81.com/product/17.html
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2010-03-02

更新を終了します

本家のブログ(広告β)を更新停止しました。こちらも、たぶん停止すると思います。アカウントにはかなり思い入れがありますが、それも停止するような気がします。とくに何かがあったわけではないですが、節目ということでリフレッシュしたいと思います。読んでくださっていた方、ありがとうございます。また近々お会いしましょう。

2010-02-11

ソーシャルメディアあうあう

実際にやれと言われたことはないけど、やれって言われたときのことを思って考えておこう。どこから考えようか。マスメディアとソーシャルメディアの差分を考えようか。

  • マスメディア
    • 「話しかける」
  • ソーシャルメディア
    • 「話しかける」
    • 「話しかけられる(それに返事する)」
    • 「他人同士が話しているのを聞く」
    • 「無視する」

ソーシャルメディアには、行動の選択肢が3つ多くあるのだとわかった。なにかを行うことで、この4つの行動がうまくグルグル回るようになるのがいい感じなのだろう。なんていうか、話しかけられたり、他人が話しているのを聞くというのは、プロモーションじゃなくてリサーチの領域でもある。愚直だけど、みんなと何かを作ってみるのがいいんじゃないか。仕切りがクライアントで。一般公開されちゃうから、アイデアをぱくられたくないという気持ちが先に立つけれど、ネット民というのはパクリや通報、そこからの突撃炎上に関する戦闘力は53万くらいあることはわかっているわけだから、他社に見られるとかそういうことはあまり気にしなくてよいかも。

2010-02-01

リア充は、同意する?

好きなライター、マルコムグラッドウェルの著書「第一感(原題blink)」から。

即興芝居を可能にしているルールのうち、特に重要なのは「同意」だ。物語やユーモアを創作する場合、登場人物がその場で起きたことをすべて受け入れると、やりやすくなる。

下手な役者は、演技力はあっても物語を止めてしまう。うまい役者は物語を進める。

うまい役者の即興芝居は、まるでテレパシーが通じているみたいだ。あらかじめ打ち合わせてあったみたい。相方の台詞を決して否定しない。ふつう、人はそんなふうに行動しないものだ。

なんていうか、これを見てノリというものについて考えてしまう。たまに、自分よりテンションの高い軍団と一緒に遊んだりすることがある。特に合コンなどでチームを組んだりするときに、仲間が、自分の想定しなかった角度からボケやツッコミを振ってくることがある。このときに、上記の即興芝居の考え方でいうと、同意しなければいけない。たいてい、「えっ」と一瞬引いてしまったり、「いやいや・・」とか黙ったりとかしてしまう。これが「ノリの悪さ」だと思う。複数のグループのノリの違いを乗り越えて、どのグループでも愛されるキャラは身の回りにいたりするが、彼らは確かに「否定」しない。「同意」する。変なツッコミが来ても、それを引き受けてしまう(典型的なのはノリツッコミ「そうそう○○で・・・っておい!」)。ノリのいい人を見ると、どうやって一瞬で返しを考えているんだろうと思ってしまうことがあるが、まあ経験の要素はあるだろうけど、たぶんこの「同意」というものが大きいだろう。で、これは煎じ詰めれば育ち方(自己防衛的な態度をとるような育ち方をしてきたかどうか、とか)と関連しているだろうし、たぶんリア充とか非コミュというものとも関連してくると思われる。

2010-01-26

天守閣上司

私の恩師(というか元上司)は、入り口の一番近くに座っている。狙いはわからないけど、これは偉いと思う。偉い人は、多くの情報を知らなければいけない立場で、それを集めなければならない立場というのが普通だと思う、それを実現しようとするとこうなる。しかし、ふつうの企業だと、偉い人はどんどん奥へ引っ込んでいく。もっと偉くなると、個室になったり、専用フロアとかになったりもする。もしかすると、これは城壁の考え方というか、天守閣的な考え方なのかもしれない。でも現代では、敵軍が攻め込んでくる可能性は低い。あるいは、「席の究極は個室」という考え方なのかもしれない。平社員の席は個室の途上である、的な。個人的には、偉い人はただでさえ話しかけづらいので、あんまり天守閣には行ってほしくない。社内SNSでもメールでも社内Twitterでもしくみ作りにはなっているとは思うけど、物理的なしくみっていうのも強い効果を生むのではなかろうか。

2010-01-18

透けて見える売り手の戦略性

小山薫堂氏の発言から。日経デザインから引用。

売り手と買い手の関係は、ある面では恋愛と同じだと思います。

売り手の狙いが見えた瞬間に、買い手の気持ちが冷めることがあります。そこで、売り手の狙いを表に出さずに、共感を作るところから消費者に近づいていくことが重要になります。

共感してくれる人にスポットを当てて、なるべく前面に押し出していく必要があります。共感している人がこんなに増えています、共感する人がどんどん増えて社会現象になりつつありますという雰囲気を生み出すことが、買い手に戦略性を意識させないプロモーション戦略だと言えます。

原始的には、売り手と買い手というのはあんまり分離していなかったわけで、そのへんがヒントになるんじゃないかなあと個人的には思っている。

2010-01-11

天下りと組織の成長

天下りについて先輩と話していた。官僚組織においては、同期として入った全員が出世できるわけではない。同期のトップが事務次官になる前に、他の人間はふるい落とされ、天下り先に行く。これが叩かれているわけだが、こういう状況はピラミッド型の組織であれば当然に起きることだと先輩はいう。そこで「じゃあ普通の企業はどうしているのか?」と聞くと、それは成長によって解消しているという。企業としての成長をすることで、ピラミッドを全体として大きくして、人員を吸収する。企業は、膨張の意志を持つだけはなくて、人員配置の要請からも成長を要請されているのだということがわかる。「じゃあ官僚組織も成長すれば天下りは起きないですね?」と聞いたら先輩は一言、「そうだよ。でもそれは戦争につながるけどな」。

2010-01-05

いじめ考

弱いものいじめとはよく聞く言葉だが、いじめは実は嫉妬からはじまっているのではないかという気がする。弱いけれど、どこかに強さを持っている存在に対して、同様に弱さと強さを併せ持つ存在が嫉妬し、いじめが発生する。貧乏だったり変わっているが(=弱さ)まともに社会生活を送ることができている(=強さ)に対して、嫉妬する。そしてあるタイミングで別の強さを持ち出して(たいてい腕力)相手の弱さを攻撃する。いじめっ子やいじめられっ子は、別環境では役割がよく逆転しているというのは、彼ら個々人が持つ弱さと強さが、アンバランスだからなのかもしれない。

また、いじめが発生する理由といじめが継続する理由は別だと思う。継続する理由は、(いじめている本人でさえも止めた方がいいとうすうす感じているにもかかわらず)いい感じに落ち着く、つまり止めてくれる存在がいないからではないかと思う。ここになると、第三者の目が重要になってきて、傍観されてしまうといじめている方も止められず、続ける役割を演じてしまう。そしてある程度、既成事実化してしまうともうどうしようもなくなってエスカレートしていく。

嫉妬なりエスカレートなりを生むのは本質的にそこに集団があるからで、解決としてシンプルなのは集団を解体してしまうことだろう。また、しかし本質的な、個々人のアンバランスさは残ってしまうので、その弱さと強さのアンバランスを妥当な形に戻してあげられることが重要だと思われる。難しいよなあ。

2010-01-04

色つき言葉

文章を読んでいると感情をざわっとさせる言葉が出てくることがある。たとえば「しょせん(所詮)」とか、すでに価値判断っぽい内容が含まれている言葉。ちょっと切り口は違うけれど、配布を「ばらまき」と書くのも同じ。ネガティブ方面だけではなくて、繁栄とか、平等とか、水戸黄門の印籠みたいに、内容の詳細はわからないけど漠然と良いイメージの言葉も同じ。要は、色のついている言葉。文章の中にこの「色つき言葉」がどのくらい、どういう配分で出ているかによって読者の印象や、文章に対する意見が変わってきそう。自動的にバババッと、それこそ単語に色をつけてくれるプログラムとかあったらおもしろいだろうなと思う。

2009-12-27

決定的な情報

風向きを変える、決定的な情報というものがある。商品購買においても、決定的な情報というのが何かというのは重要なことだ。たとえば、ある企業がコーポレートブランドのマークを作ろうとした。表現したいものは会社の熱意である。そしてその会社は火を扱う仕事をしている。たとえばこんなとき、アイデアとして炎をマークにすることになった。色はどうするか。当然、赤やオレンジの案が出るが、そこでこんな情報を出す。「いちばん熱い炎は、青ですよね?温度が高くなるほど、赤から青になっていく」この情報のあとでは、かなり青が選ばれやすいだろう。そしてさらに決定的な情報を出す。「ロゴというのは他者が見るためのものです。重要なことは、他者から見て熱そうに見えるかどうか、です」これで再び赤が選ばれるだろう。

さいきんはメディアの話を聞くことが増えた。メディアは数値化しやすくなり標準化され、それにしたがって議論もしやすくなってきている。「いつ」「どこで」そのメッセージを出せばいいのか。たしかにそれは大切なこと。しかしそれは半分。いつ、どこで、「何を」だすのか。そこにも決定的な何かがある。

2009-12-23

早廻しとスローモーション

ある種の映像は、スローモーションにすると何故か味わい深くなる。昆虫の脱皮とか雲の動きとか、もともとすごくゆっくり進むものは、早廻しにすると味わい深くなる。人が感知する情報量には心地よい領域(時間×変化量)があって、あまりにも多いと感じにくいし、あまりにも少ないと退屈してしまう。世の中の動きの多くは、実は情報量が多すぎるので、スローモーションにするとちょうどよくなって、心地よいのかもしれない。

2009-12-21

Twitterの思想

そういうものがあるのか知らないが、あるとしたらで考える。Twitterの思想は「目的志向でないWeb」で、検索(Googleとか)の思想と対立するもの。検索は究極の目的志向で、中央集権で、効率が先に立って、それによって価値を生み出すもの。Twitterは逆に、最初の目的はなく、分散で、ただ熱量の高い場所をまず生み出してそこから可能性を拾い出すというもの。目的と手段を逆転させた感じ。だから、ユーザーが目的志向になってしまうような要素(中央集権に近づいてしまう一覧性、序列が生まれるランキング、それを生み出す発言評価、そして検索など)を重視しない。とにかく無目的に、ただし熱量を持って活動してもらう、そこから素晴らしいものが生まれる。いってみればそれは「場」ということだろうし、コミュニケーションの本質の一つであるように思うし、イノベーションを生むための考え方にも近い。場ということだと、2ちゃんねるに近いように思うけど、これはアメリカ人の考えた、顕名としての2ちゃんなのかな。

2009-12-20

経営者の気持ち

一念発起して予算を投下し、バージョンアップ。メモリも増やしたから余裕だと思っていたら、なんだか無駄にメモリを食うプログラムが増えていて、ふざけんなという気持ちになりつつも、確かにアウトプットは以前よりよくなったという気もするし、でも冷静に考えると費用対効果は下がっているだろうという気がしつつも、それを検証するうまい手だてもないので、結果として漠とした不満がありつつ新体制を見守るという感じ。これは、Windowsの話。でも、会社の経営者もこういう気持ちになることが多いんだろうな。

2009-12-13

どれだけ俳句・川柳は募集されているのか

俳句・川柳っぽい広告、言い換えると「あるあるネタ」広告というのは一定の需要があるのか、たまにみかける。体感値としては、増えている。広告を見てくれる人がどんどん減っている(というふうに言われている)現況においては、あるあるネタというのはかなりの鉄板であり、商品につながるかどうかは別として人気がある。缶コーヒー「Roots」の広告とかはこれ系だと思う。そこからつながり、ナントカ俳句・ナントカ川柳の企画というのが企業発でよく見られたりする。これ、どのくらいあるのだろうか。

まだまだある。やっぱり多い。力尽きた。できるだけ継続開催されているものを集めたけど、単発キャンペーン系、小規模個人系だとおもしろいものが多い。「コラーゲン鍋川柳」とか「アンチエイジング川柳」とか「ワーキングプア川柳」とか、そんなにテーマを狭めて大丈夫なのかというものも。あと、俳句のほうが格式高く難しいからなのか、企業キャンペーン系は圧倒的に川柳が多かった。それと、川柳を探し始めたらこのようなブログに遭遇。

先週の公募川柳の発表は筆まめ川柳最優秀賞、訳あり川柳、ビートルズ川柳、いのちと献血俳句、フォト575、墨族川柳、大掃除川柳の7件であった。8、9月の募集ピークの発表が終わり発表数も一日一件のペースに落ち着いてきた。(中略)先週の公募川柳の募集はフォト575、さんてつ川柳、スッキリ川柳、エコロジー標語、恋のフレーズ、塗装川柳、柔道応援川柳、ランラン川柳、恋する川柳の9件であった。(中略)個人情報保護川柳は応募句のあまりの多さに急遽選者を募集した。選者に応募したがこれもまた応募者が多く、選ばれなかった。(川柳をかじる

世の中広いです。

2009-12-09

反応のモデリング

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自分をウォッチしていて、人間の活動に関するモデルを考えた。人は、何かの刺激に対して、瞬間的に行う判断がある。まずは、それが「危険か安全か」。そして同時に、その刺激に対して「受容するかコントロールを試みるか」。かなり原始的だけど、本人も気づかないほど瞬時にこの判断が行われているような気がする。喜怒哀楽を、それに従って整理してみた。この喜怒哀楽に乗っかって、感情が続き、そのあとそれを理屈づけるフェーズに入る。ある情報に対して急に怒る人というのは、瞬時に危険を察知し、そしてコントロールを試みる体勢に入る。そして、何らかの理屈で怒り始める。典型的な状況として、自分に対して不利になるであろう情報のインプットに対して怒る人というのがある。守旧派の上層部であったり、まあその他いろいろ。そして重要なことは、危険を察知してコントロールしなければいけないから怒り始めたのであって、別にインプット情報が間違っているから怒っているのではないということ。つまり怒っている人はいろいろ理屈付けして怒っているように見えるのではあるが、それは後から貼り付けた理屈であって、要は状況の排除を本能的に行おうとしているのみ、みたいな。うーん、身に覚えがあるぞ。

2009-12-03

暗号の快感

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アニメ好きにだけわかる絵とのこと。これは、たぶん涼宮ハルヒということなんだろう。制服と髪の毛とリボンの色が抽象化されて表現されている。抽象化された表現は、わかる人にだけわかるような暗号として機能するようだ。これは絵の話なのだろうけど、文字や文章のこととして考えたらどういうことになるだろうか。哲学書とか、難しい文章は暗号のように感じることがある。あと極端に短い名言とかも同じように感じることがある。あれってある種の暗号で、わかる人にだけわかる。その、わかる人にだけわかる感というのは内側にいる人にとっては快感なので、なかなかそれを民主化しようという気にはならないものなのかもしれない。

2009-11-17

文章における空気感

この文章が好きだ。

私は以前、このウェブサイトを好意的に紹介した。しかし、こんなの税金の無駄使いだ、という意見も、理解できる。99%の国民は、このウェブサイトを見ないに違いない。だから、廃止したって不都合はないだろう。同じ金額を使うなら、マスコミへの情報提供を強化する方が、よほどいいかもしれない。

が、それはそれとして、このウェブサイトが有用であることは疑いがない。税金を使って行われている事業の少なからずが、このような種類のものだ。政府広報オンラインを見たおかげで、正しいインフルエンザ対策を実行でき、命が助かる人がいるかもしれない。それでも、これは税金の無駄使いかもしれない。

だから、事業仕分けは難しい。

事業仕分けと無理な注文

なんで好きなのか。内容に同意したからというわけではないように思う。なぜだろう。よくわからない、なので、とりあえずわかるまで置いておくことにした。

2009-11-15

プレゼンスタイル

大ざっぱに言って、プレゼンには二種類あるように思う。ひとつは、演説(しゃべり)が前提としてあって、その補足としてスライドを作っている形式。文字が少なく、絵が多いスライドができあがることが多く、みんなが「素晴らしいプレゼン」と思うのはこちら。ジョブズプレゼンとかもそうなのかもしれない。もう一つは、資料が先にあって、それを説明するためにしゃべるというプレゼン。極端に言うと、資料を読み上げるだけ。企業で一般に見られるプレゼンは、こちらで、あまり人気はない。

この二種類はただし優劣で決まるものではない。これは、決裁権者が目の前にいるかどうかの違い。決裁をする人が目の前にいるなら、その人を説得しさえすればいいので、伝えたいことがその場でもっともエモーショナルに伝わればよい。したがって、演説メイン、スライドはおまけ。しかし、多くの企業では、担当者がプレゼンを聞き、持ち帰って上申するので、その場で担当者だけ納得しても仕方がなく、上申したり、持ち帰って部長なりに説明をしなければいけない。このとき、資料は詳細である方がよい(話者によって内容がぶれることは好ましくない)。プレゼンスタイルというのは決裁スタイルの裏返しなので、その場に適したやり方で考えるのがよさそう。

2009-11-14

食事に対する考え方

ダイエット関連の話を聞いていて、なるほどと思った話。

「食事というのは、その後の活動を行うために補給をする行為だと考えること。だとすれば、夜、これから帰って寝るだけなのに補給をするというのはおかしい話。だから、朝ご飯と昼ご飯をたくさん食べて、夜ご飯を少なめにする。お腹がどのくらい空っぽか(=お腹がどのくらいすいているか)ではなく、今後のためにどのくらい補給する必要があるか、という観点で考えること。」

なるほど、夜まで全く食べないで、お腹がすいてたくさん食べるということが間違いだとよくわかりました。

2009-11-10

えっと何だったか選手権

がんばれば「ああ・・・」と、読めるのだけれど、ささーと読み流していると必ず引っかかってしまう漢字というのがある。個人的に「それは変換せずひらがなにしといてくれ!」的な。

  • 俯く(うつむく)

これは、うなずく(頷く)と間違えやすい。

  • 歪(ひずみ)

最近なんだか見かけるようになった。これが出てくると確実に目が止まる。

  • 先ず(まず)

これを使う人は、「〜では無い」という漢字変換もよく使っている印象がある。

  • 躓く(つまづく)

わりとよく見るかも。挫ける(くじける)とごっちゃになっている。

  • 喚く(わめく)

ひらがなのほうが迫力がある気が。嘶く(いななく)とごっちゃになる。あと呟く(つぶやく)とか。

  • 目出度い(めでたい)

そこまで変換せんでも・・・という感想が出そうになる

  • 一寸(ちょっと)

これもなあ。「ちょっと」でよくね?どうみてもいっすん。

  • 頷く(うなずく)

さっき出てきたうつむく(俯く)とごっちゃに。

  • 何れ(いずれ)

めったに出てこないが、出てくると1秒くらい考えてしまう。

  • 拘る(こだわる)

これ、よく見かける。ネガティブな方のこだわるを連想してしまう(たぶん、拘泥から影響されてる)。

どれを変換するかというのは、個人の趣味もあるので何とも言えないが、自分が手書きの時に書かない言葉は打たないという原則を誰かから聞いてそれを参考にしている。