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KOKUZOの日記

2012-10-07 F1日本グランプリだ

今年もF1日本グランプリの週末になりました。私も以前は何回か鈴鹿サーキットに足を運びました。佐藤琢磨選手の快走などが印象に残っています。ジャック・ビルニューブ、デーモン・ヒル、ファンパブロ・モントーヤ、ジャン・アレジデビッド・クルサード、懐かしいな。

F1に関しては、ひとつ思うことがあるのですね。

以前は我が国の自動車メーカーもF1に参戦していました。現在も、小林可夢偉選手が戦っていますし、元ブリジストンの浜島さんはフェラーリメカニックとして活躍しています。日産自動車はRed Bullをサポートしています。しかし、チームとして、あるいはエンジン・サプライヤーとして参加している自動車メーカーはありません。

リーマンショックのあと、ホンダが撤退し、翌年にはトヨタが撤退しました。外国メーカーではBMWが撤退しました。しかし、他のメーカー、フェラーリ、メルセデス、ルノーはそのままレースを続けました。あの時、私はとてもがっかりしました。そして、ホンダもトヨタも二度とF1に戻って来て欲しくないと思いました。

ヨーロッパのメーカーも状況は同じだったはずです。しかし、F1から撤退することはありませんでした。それは、彼らにとって自動車や自動車レースは文化だからです。彼らには文化を支える義務と責任があるのです。そして、それを自覚しているから、どんなに苦しくても、頑張ってF1を支え続けたのです。彼らにとってものを作るということは、文化を作るということなのです。


我が国では盛んにものづくり大国などと言われていますが、しょせん金儲けの手段としてのものづくりにすぎないのですよ。実際にものを作っている人たちには、文化を作っているという意識が全くないとは思いません。しかし、声高に「ものづくり」と言っている政治家や経済人にそのような意識があるとは思えないですね。そのようなものづくりならば、中国であろうが、韓国であろうが、台湾であろうが、どこで誰が作っても同じなのですよ。だったら安く作れる所で作ればいいのです。

昨日の新聞に、iPhone5の部品の半分以上が日本製だという記事が載っていました。それはすごいことかもしれませんが、一方でだからどうなんだという思いもあります。だからと言って、iPhone5が日本製になるわけでもないのですから。多分アメリカ製の部品はほとんど使われていないのだと思います。それでもいいのですよ。アップルコンピューターは文化を作っているのですから。

もちろん我が国が世界一の部品工場になるという選択肢もあると思います。ただし、どこでも作れる一般的な部品ではなく、ここでしか作れない特別な部品でなければなりません。しかしそれが可能だとしても、それだけで大きな雇用が創出され、経済が復興するとは思いません。


とにかく、金儲けの手段としてだけの「ものづくり」は、貧しいなあ。

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