しろくまハウス9号 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-02-19

恋ダンス踊ってみた by クララ・ヨゼファ・メネンデス

2017年2月16日 PM9:48

マリア・アントニアに与えられた、個人的なローキューションのあと、フルミナウスちゃんのご出現

フルミナウスちゃん「クララ・ヨゼファ・メネンデス、1000回、超えたね。おめでとう。ジャン・マリー神父様にすべてをあずけ続けてください。あなたの献身ぶりは、すべてヨゼフ様が知ってくださっています。悩み等も、涙も、すべて受け取ってくださっています。安心して歩み続けてください。」


2017-02-06

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年2月2日

獣のフランシスコ反教皇にけんかを売る公のメッセージ

2017年2月2日 PM10:40

ペトロにーちゃんのご出現

ペトロにーちゃん「初代教皇であるペトロがわが息子へ伝える。昭和天皇はリトル・ペブルを支持していたので、当時リトル・ペブルを支持していた司祭だった志村辰弥神父が昭和天皇のもとへ呼ばれて、カトリックの洗礼を授けられて、その後崩御された。

 安倍総理大臣が獣のフランシスコ反教皇を日本に招いても、日本はリトル・ペブルのもとへ行くべきであって、決して獣のフランシスコ反教皇に取り込まれてはならない。

 皇室の一族の意思はそれぞれが尊重されるべきであって、国としての利益や立場を天皇の考えとして押しつけてはならない。正しいおこないをした昭和天皇に対して行なわれたように、今上天皇個人の意思を尊重されなければならない。

 真実は、獣のフランシスコ反教皇の話を聞いてはいけないということだ。日本の皇室は特に獣のフランシスコ反教皇にだまされてはいけない。リトル・ペブルを支持し続けなければならない。腐敗しきった教会を受け入れてはいけない。」


昭和天皇はリトル・ペブルを支持していた故、リトル・ペブル支持者の志村辰弥神父が呼ばれてカトリックの洗礼を授けられて亡くなった。日本はリトル・ペブルのもとに行くべきで獣のフランシスコ反教皇にとりこまれては決してならない。http://charbeljapan.world.coocan.jp/pr_170202.html

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年1月28日

キリスト、ロード・マイトレーヤにけんかを売る公のメッセージ

2017年1月28日 AM12:58

ペトロにーちゃんのご出現

ペトロにーちゃん「ロンジン・マリー、フランソワ・マリー、そしてコルベ・マリー・ジョン、3人の将来の司祭たちに、初代教皇としてペトロが話をする。特に、普段、わが息子のもとで、わが息子から直接話を聞く事が出来ないでいるロンジン・マリーとフランソワ・マリーに話す。しかし、コルベ・マリー・ジョンも同じように聞いておいてほしい。私たちの先生イエズスは、神であるがゆえに、とてもやさしい方である。世の終りの時までの全てをご存知であるので、とてもあわれみ深い。人間の全ての罪を知っているので、愛するが故に、ミサを制定された。イエズスご自身が、天の御父と聖霊に対する親しい交流を真似て、おそれてひれ伏し、おがみ通すことを望んではおられない御父に、父親と息子の愛のみの対話はどのようにすれば良いかを、使徒である私たちに、直接、述べられた。そして、イエズスが、どれほど人々を愛して、罪を許して、めぐみを与えたいと考えておられるかを伝えてほしいと望んでおられるか、という事実を、再び地上へ戻られる時まで続けるようにと述べられて、私たちのために、天の門を、再び開け放すために、十字架上で亡くなられた。何も罪を持つ事の無い汚れのない人でなければ、天の国を再び開け放つ事はなかった。神ご自身でなければ、不可能であった。御父の望んでおられることだった。人々の口の中へ、命の糧として入って神を(救い主を)信じて、待ち続けることが出来るように。神の存在を身近に感じる事が出来るように、ミサは司祭が続けていなければ、何の意味も持たなくなってしまう。だから信仰を持って、正しく行われなければいけない。実際に現存されている神を意識して、目の前でささげる。確信して存在を認めているのであれば、いつまでも対話を続けたいと思うではないか。むやみに省略させて、間違った言葉によって、めぐみはほとんど無くなってしまう。私は、今の時代の思い上がった、おろかな司祭たちに、あれほど何も勝手に変化をさせてはいけないと伝えたことを、いとも簡単に変えてしまっていることを見ていると、さむ気がする。信仰という第一条件すら消え去っていることにも、身の毛がよだつ。わが息子のもとで、将来、司祭になる3人の子供たちは、決して馬鹿にされても、批判されても、わが息子が伝えようとしているミサのやり方を、つらぬき通してほしい。まだ話したいことはたくさんあるけれども、今回はこれで終わりにする。」

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年1月23日

キリスト、ロード・マイトレーヤにけんかを売る公のメッセージ

2017年1月23日 PM11:22

ヨゼフパパのご出現

ヨゼフパパ「わが息子のもとで、これから司祭になる子供たちが、わが息子と共に正しいミサを練習し、習得することを、教会メーソンである者たちと、現代主義司祭たちは、都合の悪いこととして消し去りたいと思っている。どれほど祈りの密度が莫大であるかを知っている。ならずものであるわが息子たちが、悪魔の計画によって正統派といわれる人々から、教会の外へ出された状態になって、批判され続け、馬鹿にされ続けながら、正しいミサをすることを続けられないように、なんとかつぶしたいと思っている。相手にされなくなれば、司祭へと進む道もあきらめると思っている。フルエクソシズムのことも、都合が悪いと思っている。自分たちこそが、正しく神の道を歩んでいるので、おまえ達(わが息子たち)は、自分たちの忠告を聞いて、間違った行動を続けることをやめるべきだという事を、近い将来に、実際に話に来ることになる。あらゆる悪魔がなりすました人間が訪れることになる。何も知らない人々を誘導して、見失わせようとする。御子イエズスがとらえらわれて、バラバが釈放された時のように・・・。自分たちには、何ひとつ出来ることは何もないと失望させようとする。具体的にあり得る例を見せた。神がお考えになることに対して、何ひとつ人間は正しく理解をすることなどは出来ないことを思い出してほしい。ルシファーのあさはかなたくらみから身を守るためにも、マリアの助けを願いつつ、行動することを続けていくように。勇敢でありつづけてほしい。」

2016-12-24

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2016年12月18日

2016年12月18日 PM1:28

マリアママのご出現

マリアママ「今日は、子供たちの、私や天に対する間違った認識について話します。天に対して冗談を話している時、また罪を犯してしまった時などに、天に対して、聖人に対して、冗談を言った人や、罪を犯してしまった人に対して、一緒にいた人が、冗談に対してとがめるようなことを言わないでください。『マリアママにそんなことお願いしたらいけないんだよ』とか、『そんなことを言ったら、おこられるよ』など、『ふざけているようなことは言っちゃいけないんだ』と言わないようにしてください。

 私は、子供たちに対して、愛を持ってみつめてほほえんでいます。悲しいことがあった時には、その子供と一緒に泣いています。そして、なぐさめるために恵みを与えます。冗談を言った人に対して、私は何も叱ることはありません。悪質な冗談を言っている人の心も、私はあわれみます。小さな子供のような冗談やお願いを、とがめることはありません。私を意識して話をしてくれているので、とてもかわいいと思っています。

 人に対して批判をする言葉を口に出したりする前に、私に対して心の中で私に話をしてください。打ち明けてください。裁くという言葉や、とがめといった言葉を、必要以上に意識しないでください。他の人が、何かの小さな失敗をした時なども、決してとがめるような言葉を話さないでください。ほとんどの場合は、言った人は、その人自身にも影響がないものです。しかし、言われた人にとっては、いつまでも心に傷として残ってしまいます。ほんの小さな、ささいな言葉で傷ついてしまいます。人に対して何かを言う前に、私に話をしてほしいのです。

 話しかけられた人に対して、最終的に無視だけはしないようにしてください。何か声をかけられていることを知っていて、わざと無視をすることだけはしないでください。悪口を言われ、ののしられている時は、無言でいてもかまいません。もちろん、反撃をすることも、必要な時はそうしてください。無視をすることで、どれほど相手が傷つけられることか、考えてみてください。無視をする側も、される側も、平和を見出すことが難しくなります。

 私自身も、天からの働きかけ等を、錯覚や幻覚、幻聴という精神病扱いにされてしまって、気のせいだと無視されてしうと、とても悲しくなってしまいます。すぐにとがめられると恐れてしまっている子供たちのことも、残念でなりません。悪魔の妨害などもあるので、見極める必要があるということもわかっています。個人の意図的なものと、病的なものと、外部からのものは、明らかに違います。人はそれぞれ、本当に100%正しく判断をすることは不可能です。人の事を間違っていると批判をする時間があるのならば、私に向かって話しかけてください。むやみに批判をするという罪を避けることが出来ます。天のみむねに沿っている時は、必ず助けられることを信じてください。」

2016-12-08

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2016年12月8日

2016年12月8日 AM11:25

マリアママのご出現

マリアママ「今日は、私の事を祝ってくれていて、とても嬉しく思っています。世界中で、私を嫌っている息子たちが多く、涙にむせぶ、私の心をなぐさめてくれているのは、わが息子たちと、少数の人々になってしまっています。私は、私の事を嫌っている人々に対しても、忍耐強く愛して、私のところへ帰ってきてくれることを待ち続けています。神の愛の本当に計り知れないやさしさを、皆が知る時が来るでしょう。私のために、お祝いをしてくれてありがとう。私は、母として、子供の愛情をうけとめます。」

2016-11-27

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2016年11月23日

2016年11月23日 AM10:28

マリアママのご出現

マリアママ「聖母がお話しします。霊魂を持った人々の中で、人は何かを求めようとします。しかし、あらゆる情報が、たくさんありすぎて、正しいものを一瞬手に入れても情報が多いために、手ばなすことがたくさんあります。あまりの情報の多さと、人々が正しいとする事柄を、強制的に聞き続けた結果、偽りのものばかりを集めて途方に暮れるという結果になります。情報の多さに、自分を見失ってしまいます。最後に出す結論として、何も信じないことが一番だということになります。あらゆる思想を持った人がいて、それぞれの思想を語り続けます。それは、まるで一つの商品が、いかにすばらしいものかとPRするセールスマンと同じように、必死に語り続けます。何にも影響を受けていない人からは、結局、どれも同じようなものだと言われます。あなたがたは、私のことをとても慕ってくれています。何も、物理的に変化がなくても、霊魂に語りかけるものがあるので、それを信じるということが信仰の原点です。人々は何かにすがらないと生きてはいけないように造られました。あなたがたは、気付いているとおもいますが、‘物’ではなく、‘お金’でもなく、まさに寄りすがるべきものは、まことの神のみです。世俗的に成功をしている人でも、やはり心の豊かさは同じではありません。先進国の中で、特に都会で生活をしている一人の人と、アフリカのようなサバンナの中で、飢えと病気に苦しみながら、今日一日、生きられるかわからない状況にある人とでは、瞳の輝きが違います。そして、とても素敵な笑顔になるか、ならないかの違いになります。先進国のすべてを否定しているものではありません。心の豊かさの話をしています。今日、私がお話ししていることは、どのような宗教の人にでもあてはまることをお話ししています。たくさんの世に中の仕組みや、お金の動きで、物事が成り立っています。それでも、霊魂のレベルでは、何も役には立っていません。まことの神に寄りすがらなければ、全てはむなしいものになります。そして、お金をたくさん手に入れようとします。そのような状態が続いていくと、最悪の場合は戦争へと発展していきます。極端なお話をしているつもりはありません。私は、人々が避けて通ることを選ぶ問題をお話ししています。あなたがたの信じているものについて、関わりたくない人々は、怒ってあざわらい続けるでしょう。しかし、あなたがたは決して、あなたがたに人々がしたようなことは、しないようにしてください。しかし、話すべきことについては・・。話さなければならないときは、正面から立ち向かってください。信じているものについては、他の人々が、あなたがたにするようなことは、しないでください。世の中で、人々に共感を持たれて、おだやかに過ごしていける方法と、自分の心の中で、確信を持って信じて行動を起こすことは、違う次元ではありません。2つのことをまとめてすることは、本当は不可能なことではありません。しかし、いつのまにか、それとこれとは別という考え方が、当たり前になってしまいました。何か、人生に迷いが生じた時などに、症状を報告して、それに合ったことをアドヴァイスをしてもらう、そんな考え方がほとんどになっています。困った時にかけ込むところ、ということにしておいたほうが、人々は良いと考えています。まことの神である御子(おんこ)イエズスは、私と共に、常にあなたがたの近くで存在しています。良い時でも、常に同じ、変わらない愛を持ち続けています。困っている人々には、寄りすがるチャンスを与えます。何が必要なのか、初めから知っています。それでも運命論ではありません。運命論という言葉は、とても悲しいさみしいものです。そして、因果応報という言葉もまた、悲しくさみしいものです。間違った思想を、強制的な思想を植え付けることによって、最後は失望へと到着します。何のために生まれてきたのかを、わからなくてもいいと、わからないままでもいいという考え方になります。私は天の母として、子供たち一人ひとりに、愛のまなざしを向けています。時には、あなたがたが、嘆く前から、私は涙を流しています。人々は普通に生涯を終えても、病気で苦しみながら生涯を終えても、最期には、まことの神のあわれみに出会います。まことの神は、計り知れないほどに、寛大でいらっしゃいます。いつでも、幼子のように、心の底から泣いてわびる心を起こさせます。泣いてすがりつく子供に対して、天は罰を与えません。たとえ、泣いてあやまることが出来ない子供でも、私は、いつでも両手をひろげて待っています。どうか、神に心をゆだねることをやめないでください。母としての私にも、すがりついてください。たとえ、その子供の心に怒りがあっても、私は母として、笑顔で受け入れます。世の中の子供たち、一人ひとりにお話ししました。素直であってください。司祭の祝福を、全世界の子供たちにお願いします。

ジャン・マリー司祭「全能なる天主にまします、父と、子と、聖霊との祝福、世界中の子供たちのうえにくだり、つねにとどまらんことを、アーメン。」

マリアママ「信じることを続けることが、どれほど偉大なことかを、忘れないでください。終わりにしてください。」

マリア・アントニア「状況説明。今回は、ヴィジョンというか、目線になるんだけど、マリアママの目線で見せられていた。わかりやすく言うと、表がマリアママで・・。マリアママの着ぐるみを、私が着ている、その中から見ている感じ。視線が、マリアママの視線で話をしている。泣いている子供の話のところにきた時は、小さい子がかけ寄ってきて、ひざのところにしがみつくのを、上からみおろしているっていうのを、見せられていて、マリアママの手が、その子の頭をなでている手とかを見せられていた。マリアママのうちがわにいた、という感じです。」