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ニテヒナ日記 RSSフィード

2015-02-11

[]KAISOU BUNKOに向けて


この流れは、どういうことなのだろうか。

自然に流れると、行き着くところは、どこなのか。


決定的なことが起こった、と思った。起こったことより、それを「決定的」ととらえた

自分がいた。そこを、つい疑ってしまう。その捉え方が正しいのか。

未来から判断して欲しいと願う。チキンな発想なんだろうか。

先生の言葉を借りれば、「決断すること自体がストレス」だから、

先延ばしにするための理由を探しているだけなのかもしれない。

だから、ひとに会い、話をしたい。少しでも客体化して、この問題にあたりたい。


幅允孝さんの本を読み、トークショーにいき、

仕事を見てきた。

神楽坂のla kaguと新宿伊勢丹

あわせて話題のかもめブックスもみた。

la kagu とかもめブックスは決定的に違った。

どちらもとても大賑わいで、羨ましいほどのお客さんの数。

それでも、本を手に取りたくなるのは、圧倒的にla kagu。

一冊一冊内容を吟味しておいてあるのかどうか、入ってきた本を整理して、

まとめておいてあるだけなのかどうか。

それは、みればひと目でわかるし、私がセレクト系書店で

みたいのは、思考のあと。

セレクトのなかに、自分の大好きな本がある。

その隣には気になっていた本がある。その隣には、全く知らない本がある。

それを手に取る。


しかし、幅さんと同じ道を歩んでも仕方がないと思う。

先達のつくった道を歩きながら、自分の方法を作っていかなくてはいけない。


骨が折れる気がする。気がしているだけ。だって、まだ何もしていないのだから。


本なんて読まなくたっていいのだけれど、

本なんて読まなくたっていいのだけれど、

本の声を聴け―ブックディレクター幅允孝の仕事

本の声を聴け―ブックディレクター幅允孝の仕事

2014-12-23

[]KAISOU BOOKSのために



『服従の心理』という本を読んでいる。社会心理学の古典だそうで、

ハンナアレントのいう「悪の凡庸さ」を実験によって赤裸々にした本だ。

自分の現状を打開したいと思って読んでいたわけだが、

読むにつれて、その凡庸さにあきれ果て、胸がつまった。

決然と自らの規範に基づいて、非服従の精神を貫いた二人は、ともに

ナチス占領下のヨーロッパを生きた人だという事実。地獄を経験しないと、

自律的な判断ができないのか。

そして、非服従の姿勢を表明することは、服従姿勢をとることより、

苦痛を強いるらしい。社会秩序を自らが壊したのではないかと

いう後悔が生まれるのだという。



書かれていることが、今の自分の心境に重なってくる。

あまりにも重なりすぎて、拍子抜けするほどだ。

こんなに苦しくて、辛くて、葛藤の多い日々の感情の変化が、

シンプルな段階を踏んでいるだけだというのだ。

内心の疑惑、疑念の外部化、不同意、脅し、非服従。

私はいま、不同意のカテゴリーなのか、脅しのカテゴリーなのか。

身を削ることの多いこういう状況、私だけでなく関わる何人かの人も

非常に消耗させる状況を、何が支えているのか。

仕事としての使命?惰性?それともみんな服従してるだけなのかしら。

関わる人を幸福にしない環境ならば、解体してしまえばいいと思うけど、

別の文脈から見れば、それでも存在する意味のあるものなのだろうか。

内実はどうであれ、会社の影響力を内外部に表明するためには、必要とか。



この本を読んで、何をわかったのだろう。現状はこうであると理解したところで、何が変わるのだろう。

当事者でありながら、その前提を否定することを続けるためには、何が必要なのだろう。

そんなこと、する必要もないのかもしれない。それでもしてみたいと思うのはなぜなのかしら。

ヒーローになりたのか。自分を正当化したいのか。周りの人にこういう方法もあるよっていいたいのか。

ただ、新しい世界が怖いからしがみついているのか。



どれもピンとこない。もっとわくわくする何かに出会いたい。失望と付き合い続けるのは、終わりにしたい。



服従の心理 (河出文庫)

服従の心理 (河出文庫)

2010-09-21

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8月の暑い暑い日に思いたって、お弁当生活にチャレンジしようとおもう。

涼しくなったら始めようと思っていたので、なんだかな、今日始めることにした。

メニュー

※鶏肉の照り焼き

※わかめ入り卵焼き

こんにゃくのきんぴら


帰りの電車で考えたとおりの段取りでスタート。1時間20分ぐらいかかったかな。いただき物の葡萄を冷凍したり、あらいものしたり、弁当グッズの整理したりもしたから、作っていたのは1時間くらい。料理し始めるとびっくりするぐらいの集中力を発揮する。これはもう脳のデトックス。作り終わるとすっきりするもの。

ごはんも3合炊いて一膳ずつ冷凍。鶏と卵も冷凍。枝豆と帆立フライの冷凍食品購入、保存。いまだかつてなくフリーザーを利用している。

献立表  

9/22 鶏+卵+蒟蒻+枝豆+ツナサラダツクル  

9/23 卵+ツナサラダ+枝豆+帆立+キャベツオカカツクル

9/24 鶏+枝豆+帆立+キャベツオカカ   

   

2010-09-07

[]マイブーム『葡萄サイダー』

久しぶりにツイッターみたら冷凍ぶどうの作り方が。


これ、毎夏やってる!ピオーネが一番好き。この夏のマイブームはサイダーに冷凍ぶどうの粒を氷代わりにいれる。飲み終わるころには程よく溶けてて美味。そして水玉模様になるグラスがかわいいのです。RT @tsubuyakirecipe 冷凍ぶどう: 巨峰などのぶどうを冷凍庫で凍らせる。


アップしてから写真とっていたことを思い出したよ。

f:id:komayama:20100908000848j:image

2010-08-28

[]『三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー』たてもの見学会


楽しみにしていたこの日がやってきた。荒川修作+マドリン・ギンズの住宅見学会。HがさんとJR中央線武蔵境駅にてまちあわせ。Rとともにむかう。バスにゆられて10分ほどで最寄の停留所に到着。交差点をわたると東八道路沿いに周りと全く色使いの異なる建物があらわれ、一目で天命反転住宅とわかる。


受付を済ませるとスタッフの案内で301号室に。中に入ると20人くらいの参加者が思い思いに内部をすでに見学していた。

まず驚くのは内部の色彩の多様さ。14色使用し、6つの色が一度に視界に入ってくるように設計されているらしい。6色あれば脳がおのずと色のバランスをとり特定の色に過剰に反応しなくなるからだという。同じ色を使って外観も塗ってあるから幼稚園のようなカラフルさ。

そして目を疑うのがその間取り。一般的には3LDKと紹介しているらしいけれど家の中央に円を描くようにキッチンが配されてる。家の四隅にはそれぞれ球体と四角体の部屋が設置してある。2つある四角体は、一方は円形の畳が敷いてあり、畳から窓まで石が敷き詰められている。またもう一方はカーペットが敷いてある四角い箱。球体のひとつは完全な球でその内部がくり抜いてあるような構造。瞑想の間と勝手に名づけてみる。もうひとつは、真ん中に筒状のシャワールームがあり、その裏側にトイレがある。窓側に面し、これといった仕切りもないトイレ。伊豆での経験がなかったらそうとう面食らっていたと思う。極めつけが床全体がでこぼこで平面なところがない(正確に言うとほとんどない)ということだ。

体験後、学芸員から説明をうける。内部について。でこぼこ床は実は5パーセントの傾斜がついているそうだ。その上、天井にも実は傾斜がついていて、両端の高さが異なり遠近感が誇張されるよう設計されているという。本当に驚き。瞑想の間は、音の部屋と呼んでいるそうで高さによって音の反響がちがう。室内にははしごがあり、それに上ってみたり、天井にフックがたくさんついているので吊って収納したり、インターホンの画面が斜めになっていたりする。床のでこぼこは、大人の足の土踏まずの大きさと子供のものの2サイズあり裸足で歩いて感じてほしいそうだ。

そう、この住宅になぜヘレン・ケラーの名があるかというと、彼女のように体をつかって自然・環境を感じ取ってほしいからだという。そのためのアイデアがここにはたくさんつまっている。

構造上の話。設計を請け負った安井建設設計事務所にとっても、施工主の竹中工務店にとってもすべて前例のない仕事だったので、2人に逐一確認を取り、試作を繰り返し、建てたのだという。この建物自体、柱というものがなく、大きな土管にみえる部屋のパーツを積み上げて、柱の役目をさせたのだという。屋上にものぼらせてもらい、構造を確認する。周りは緑が多く、規制があるので高い建物がなく遠くまで見渡せた。

その後1階の事務所に移動し、実際どのように使っているのかをみせてもらう。部屋の入り口がすべて家の中央にむいているので、一体感があり生活者の距離が近くなるように感じた。荒川氏のいう建築する身体、環境を全面的に感じる身体を建築によって獲得させようという試みは、1994年の『遍在の場・奈義の龍安寺建築する身体』、1995年の『養老天命反転地』から一環してかわらない姿勢である。次にテーマパークとしてではなく日常からかえていきたいという思いで住宅をつくった。思い出すのは『天命反転都市』構想である。東京豊洲計画で特別賞に選ばれ、1998年のICCでの展覧会でみたあの模型のことだ。車は中に入れず、地下の駐車場に。地上は平面がなく住宅と住宅がスロープでつながっている都市。事務所にひっそりとおいてあったけれど、あれが実現する日はくるのだろうか。

建築する身体―人間を超えていくために

建築する身体―人間を超えていくために