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恍惚都市

 

2016-09-29

[]『君の名は。

やっと観てきた。とても楽しかった。公開後になされた以下の読解を読んだとき、感動のあまり実際に鳥肌が立った。

それを受けて、私は以下のように書いていたが、例えば、三葉が父親を説得したおかげで隕石事故を回避できた過去があったのかどうかについては、明言されていなかった。初見の限り、上のとおりに解釈できる内容だった。

運命はあるんだ、とか、運命を信じよう、とかではなく、運命とか普通にないけど、そういった中でどうやってやっていくのか? という視点のもとにあるように読めること。

2016-09-24

さやわか『文学の読み方』

文学の読み方 (星海社新書)

文学の読み方 (星海社新書)

日本の文学とは何か? という大きな問いに始まり、「錯覚」というキーワードを用いて明治時代から現在までの日本文学史を語った本。この大きすぎるかに見える問いに、きちんと一つの答えを提示するところが良かった。

文学はこうあるべきという視点から小説を論じるような規範批評の有効性が乏しいというのは自明のようだが、「現実を描けているか」「人の心を描けているかどうか」という評価軸については棚上げされているという問題点。読んでいて、「文学」という概念についていかに他人任せの考えを持っていたかを思い知らされたように感じた。感情移入できないと言われればそうかと思い、現代日本を描写できていると言われれば膝を打つ。はっきり言って『コンビニ人間』を読んだモチベーションは、現代の日本人が需要する小説はどのようなものか、といったものだったが、読むにあたっては、主人公がいかに現実の一面を写せているかを主軸に置いていたように思う。現実に近づいていれば優れているという向きだ。

帯にも書かれている「文学は『現実』も『人の心』も描けない」ことについて、折りに触れ言葉を変え丁寧に確認していくところは(「現実空間で交わされる言葉にしたからといって、人の心や現実そのものを描けるわけではありません」「言葉で『現実そのまま』を描くということは、やはり実質的に不可能なのですから」等)、「戦わなきゃ現実と」とトントン肩を叩かれているような気がして恐ろしくも楽しく、該当箇所に波線を引き引き読み継いだ。

「ゲーム的リアリズム」という概念についても、現実の重みをゲームを通じて見せてくれるから優れていて、意味があるのだという理解でしか無かったことを思い知らされた。いま、『動物化するポストモダン』、『ゲーム的リアリズムの誕生』、そして『僕たちのゲーム史』を再読したい。

日本以外の場所における文学とは何か? について、知りたくなった。

初版 p.212 の「渡郎」は「渡部」の誤植か。

2016-09-18

得能正太郎NEW GAME!』1-5巻

Kindleで購入。日常モノとしてひたすらテンプレートをこなしていくだけかと想像していたが、そうではなく、登場人物各人の成長が時間軸に沿って語られていく真摯な物語だった。キャラクターは皆、日々良くあろうとする気持ちを隠さず、それが、読む手である自分にとってはまぶしいが、まぶしさへの照れやごまかしが作中に見受けられない。読み進めていて気持ちよく感じた。

2016-09-15

[]『シン・ゴジラ

通算5回目。発声可能上映@T・ジョイ博多。「キンプリ勢」なのかと思われる、サイリウムや声出しが非常に洗練されている集団が前方におり、発声にあたっては、とても勇気づけられた。要所々々で様々に声出しをすると、前方後方に座る人がそれに続いてくれたり、逆に、誰かの言葉を拝借して叫んだりした。同行した方がサイリウムを貸してくれて、これが初サイリウムだったんだけれど、ボタンで色を切り替えることができる優れもので、他の人に合わせて色々と変更していくのが楽しかった(ゴジラがイキっているときは赤、自衛隊が活躍しているときは緑、間教授が喋っているときはピンクor白など)。

ハイライトとしては、おにぎりが出てきた時に白色のサイリウムを三本使って三角形にしてる人たちがいて、洗練されすぎやんと感動した。他に、立川移転時に一人だけ白色二本で十字架を作っていたのも見逃すことができなかった。

2016-09-14

[]CHOCOLATE LIPS『CHOCOLATE LIPS +4』

CHOCOLATE LIPS +4

CHOCOLATE LIPS +4