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藤棚の上 このページをアンテナに追加

「藤棚の上」は私「K子」が、自分のいろいろなことを棚に上げて愚痴るための場所です。
発言する限り個人的に責任をもって行きますが、公式発言とは違う、と言う事を了承の上でご覧下さい。(←パクリ)

2015-02-09 1年間の総括(3)

[]1年間の総括7 22:03 1年間の総括7を含むブックマーク 1年間の総括7のブックマークコメント

翌8日は土曜日なので夫が札幌から来ました。夫の両親と祖母(コナ美から見て祖父母と曾祖母)もお見舞いに来てくれました。妹夫婦&甥、コナ研の(仮)夫妻もお見舞いに来てくれたのですごくにぎやかな1日でした。

夫の実家の方にとってはコナ美が初孫&初曾孫なので、ものすごく喜んでくれました。これは後でも書くかもしれないけど、僕自身、コナ美の妊娠から出産から育児に至るまで、ちゃんと覚悟のあるうえでやってるという自覚があまりないので、周りの人がコナ美の誕生に喜んでくれてコナ美をすごくかわいがってくれているのが何よりも嬉しくて勇気や自信がもらえることです。

みんなが帰って夕方、僕がシャワーを浴びているときに夫にコナ美を見てもらっていたのですが、その時にコナ美のうんちのオムツを口頭での指示だけで交換してくれたのにはすごく感謝と尊敬をしました。なんか世の中の話だとうんちのオムツは取り替えない夫とかもいるって話でしたので・・・。今でも夫は普通におむつ替えとかしてくれてます。母乳だけで生きてたころと違って今はうんちも人糞ですが、それでも「臭せえ!!」って言いながらやってくれてます。ありがたい限りです。

9日、退院の日です。僕がどうしても赤ちゃんにはあのフランス人形みたいなひらひらの帽子(あれなんて言うんだろう)をかぶせたかったので、セレモニードレスを着せました。でも結局この退院の時の数時間しか着なかったので、今度産まれる妹の第2子にあげようと思いますw

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当然と言えば当然なのですが、コナ美は生まれた時点で結構爪が伸びていました。僕の行っていた産院では、沐浴は、最後の1日だけはお母さんが講習もかねてするのですが、それまでは看護師さんに預けて看護師さんがやってくれるシステムでした(その間にお母さんは医師の診察を受けたりする)。で、その沐浴に預けるときに「爪切ってもらえますか」って何度も言ってたんですけど結局8日ぐらいまで切ってもらえず、退院の時のコナ美の顔はひっかき傷だらけになってました・・・皆さんは出産のときには赤ちゃんの爪切り持ち込んだ方がいいですw

病院を出て実家に入ると、引き続き妹一家もいたので、僕らも合わせると総勢8名がひしめくことになりました。ちょうどお昼ご飯にラーメンの出前を取ろうという話の最中で、いつものように父と母と妹と義弟と甥がめいめい好き勝手にしゃべっており非常に賑やかでした。

そして1週間世間から断絶されていた僕は、その賑やかさにまったく脳がついていきませんでした。ありていに言うと精神がおかしくなってました。とりあえず何をしたらよいのかがわからなくなって、コナ美のベビーベッドの前で、整理しかけの荷物の中に埋もれてへたり込んでしまいました。

夫は僕の精神状態がおかしくなることに非常に敏感です。僕への対応が「そういうときのそれ」になったのがわかりました。ちょうど病院に忘れ物をしたことに気付いたので取りに行ってもらいました。

その日そのあと何をどうやって過ごしたのかは覚えていませんが、茶の間にレジャーシートを敷いてベビーバスを置いて(冬で寒かったので)、みんなで取り囲んでコナ美を沐浴させてる写真が撮られていました。非常に楽しそうです。家族が増えたって感じがしました。

[]1年間の総括6 21:03 1年間の総括6を含むブックマーク 1年間の総括6のブックマークコメント

翌7日、はからずも状況が好転します。

コナ美に新生児黄疸が出て、治療の必要ありと判断されたのです。

黄疸を起こす物質は紫外線に当たると分解されてウンチで排泄されていくらしく、新生児黄疸の治療は「数値が下がるまで赤ちゃんに紫外線を当て続ける」ことらしいです。

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こんな感じで、下からランプが当たる台の上に赤ちゃんを寝かせます。緑の布は服状になっていて、赤ちゃんはおむつだけになってこの中に入ります。表面は緑で光を通しませんが背中側は白い薄い布で光がとおるようになっています。おむつ替えや授乳のお世話の時以外はこの上に寝かせて光を当て続けるというわけです。当然夜寝るときとかもランプはつけっぱなしなので、部屋の明かりを消すと

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こういうサイバー赤子になりますwこれ毎晩すごい楽しかった。

で、なぜこれが事態の好転かというと、治療のためにはなるべく長い時間コナ美をこの上でおとなしく寝ている状態にしておく必要があるわけです。今までのように空腹でしょっちゅう泣いていては治療の効率が下がるので、ミルクで腹を満たして長い時間寝るようにします、となったのです!やった!

先述のように母乳信仰が強い病院でしたのでミルクを使うとなったときにすごいすまなそうな感じで看護師さんがミルクのセットを持ってきたのですが・・・ひょっとしたらここの産院はそういう志向の人が集まる病院だったのかも知れんけども実家から車で5分という理由で病院を選んだ僕にはそんなの全く関係ないので、もう全身で安堵を表現していたと思います。それでも乳頭混乱(赤ちゃんが哺乳瓶の乳首に慣れるとお母さんのおっぱいからお乳を飲まなくなるという現象)を避けるために哺乳瓶は使わず、注射器にミルクを入れてその先に細いチューブをつなぎ、そのチューブを僕の人差し指の先につけて指ごとコナ美の口にくわえさせるというまだるっこしい哺乳方法をさせられました(しかしながら僕にはほかにやることもないしこれでコナ美がお腹をすかさずにずーっと寝ていてくれるとあらば全然面倒だとは思いませんでした)。なんか動物園で小動物の赤ちゃんのお世話をしている気分になれましたw

この時のミルクの量は1回30mlでした。大さじ2杯分ですね。しかも毎回飲み切れるわけではなく20mlぐらいで終わっちゃうこともしばしば。「たった大さじ2杯分の母乳が出ないがために今朝までの僕とコナ美はあんな情けない思いをし続けていたのか・・・」と、お世話の管理表(おむつ替えや授乳をするたびに時間を控えておく表がある)を書くたびに少し泣きました。

[]1年間の総括5 10:37 1年間の総括5を含むブックマーク 1年間の総括5のブックマークコメント

コナ美を産んでからの1年間で一番つらかった時期はいつか?と言われたら僕は間違いなく「産婦人科に入院していた5日間」と答えます。

何が辛いかというと赤ちゃんがしばらく泣きやまないと予告なしに知らない人(看護師)が様子を見に来るということです。

僕の産んだ産院はいわゆる母乳信仰がちょっと強いところで、僕は退院間際になるまで母乳が出るようにならなかったのですが、「赤ちゃんは3日ぐらいは飲まず食わずでも大丈夫」と、体重が基準以上減ってしまうまで母乳以外のものは与えさせてくれなかったのです。いくら死なないとはいえ何も飲まないとおなかが空いて泣きます。乳首をくわえさせていれば刺激になってそのうち母乳が出る、とのことだったので頑張って泣くたびにくわえさせてはいるものの1滴も出ず、乳首は一瞬でかさぶただらけになりました。ランシノーをガンガン塗りました。

産んで2日目、2月6日の朝です。コナ美はまあ早朝から腹をすかして泣いたり泣かなかったりしていたのですが、朝ご飯を時間までに取りに行かないと知らない人(看護師)に部屋まで持ってこられてしまうので、ちょっとおとなしくなった隙に取りに行って、食べ始めようとしました。そしたらコナ美がまた泣き出してしまいました。この時点で8時を過ぎていて、また泣き止ませに時間を取られたりして下膳が遅れるとそれはそれで知らない人(看護師)の手を煩わせてしまうので、とりあえず急いで飯を食ってしまおう、と思いました。自分はデブなので食べる速度には自信がありますし、ご飯もすでに冷め切っていたのでまあすぐに食べ切れると思っていました。

食べ始めてすぐ、知らない人(看護師)が泣いているコナ美を心配してドアを開けました。

その人が見た光景は、泣いている赤子と、それに背を向けてすごい勢いで飯をかっ込んでいる死んだ目の母親です。

自分でもこのとき「目が死んでるんだろうな」と思っていたので、他人が見ればもっと死んでいたんでしょう。看護師さんが提案します。「お腹が空いて泣き止まないようですので、赤ちゃんに糖水をちょっとあげましょう。その間ナースステーションで赤ちゃんは預かっておきますのでゆっくりご飯食べててください」

病院の名誉のために書きますけど、産院はとても良い病院だったと思います。地元で赤ちゃん産む人がいたらおすすめしてもいいレベル。

ともあれコナ美はようやく空腹から解放されたのでこの日はずーっと寝ていました。僕はやることがなくなって(夫は書類出すためとかで札幌に帰ってしまっていて、親も仕事で、見舞いも来なかった日だった)、すごい手持ち無沙汰になって、無駄についったーをしまくったり前髪切ったりしていました。

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