第22回星の郷八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン出てきたよ

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レースが終わって約一週間。
人間とは恐ろしいもので、あれほどのダメージで心が折れたはずなのに、筋肉痛が治るに連れてキツい記憶は風化し、
次走るときは…なんていかん。


あんなしんどかったのに。
というわけで、次回うっかりエントリーをするのに歯止めをかけるべく、備忘録。

前日までの動き

そもそもは奥久慈トレイルや野辺山ウルトラやらと話題になってたタイミングでDerekが「エントリー始まるよ!クリッククリック!」と急かすもんだからなんか流れでクリックしてしまった。
ワンクリック野辺山。
OCN。


で、じゃあみんなで出るかーなんて思ってたらゆういちさんもりえさんも翌週の奥久慈出るからエントリーしてないって…
おいDerek…


困ってたらEricが「えへへボクどっちも出るよ!Derekやりえのせいだよねー」って、あんた誰のせいでもなく2週続けてウルトラって…


そんなこんなでダバダバしてるうちにかすみがうらマラソンで自己ワーストに近いサブ4をギリギリ切るタイムで完走し、なおこに「あんた走るたびに遅くなってるじゃない、聞いてなおこはね〜…」
と言われ、5月になり、このままじゃ引退だ…と思い気を取り直した次第である。

前日の動き

土曜日は仕事の激務も相まって遅く起き、妻の実家に車を取りにいった。
聞けば3月に亡くなった義父も、渓流釣りに出かけるときは夜中出発して朝釣りを楽しんでいたらしい。
前日泊まるか直接夜中行くか迷っていたのだが、それを聞いて同じ時間の使い方をしたくなった。
信心深いわけではないが、こういうのは重ねてしまう。


夕方車を運転して自宅へ戻り、三ツ矢堂製麺で炭水化物を摂取し、20時〜23時の3時間だけ睡眠を取った。

当日の動き

23時に予定通り起き、仕度をして車に乗り込み午前0時。
夜の道は空いている。
談合坂まで一気に行き、SAでスタ丼を食べた。


午前3時受付に到着をし、ゼッケンを受け取った。
ドドドドドっていう運営のジェネレータのエンジン音が、富士登山の山小屋を思い出す。
この音は緊張させるね。




駐車場へ移動し、ゼッケンをつけたりサロメチールを塗ったりバタバタしてたら4時を過ぎた。
シャトルバスに乗り込み、スタート地点へ。
すでにスタートラインには長蛇の列。
トイレの列に並び、余分な水分を出し、列のだいぶ後方に並ぶ。
いつも通りの服装で寒かったが、日中は暑くなるだろうと思い、走り始めるまでの我慢だと言い聞かせ体をほぐした。

レース中

そもそも2年前に柴又100kを走ったときは、キロ6分で入ってしまった。
それで50kまで行き、折り返した瞬間昇天した。
今回は山道だから比較できないものの、少なくとも入りの平地はキロ7分で入り、その体の負荷を覚えたまま山道に入ろうと考えていた。


途中は八ヶ岳を臨む絶景なコース。
国立天文台野辺山観測所の巨大なパラボラを横目に、林道に入っていく。



※写真は天文台のサイトから。


電波望遠鏡がある土地の「空気がきれいで選ばれた場所感」に萌えるよなあ…。


林道は何キロくらい続いただろう。
20kくらいかな。
その後死ぬほど下った。
この段階では力まないようにと心がけていたため、周りに抜かれる抜かれる。
けどゆういちさんから「55kまでは体力をできるだけ温存すべきなのです」という明確な理由を教えてくれないものの断言されていたのでそれを守る。
42k地点までにすでに結構しんどくなってきており、確かに山手線一周するときも最後の方は結構きついよな〜〜と思い出しながらエイドへ飛び込む。
今回良かったのはエイドでほとんど休憩をとらなかったこと。
座ったり一息ついたら終わると思い、エイドではまず水分を2杯くらい摂り、お菓子やおにぎりなどが目に入ればそれに手を伸ばし頬張り、最後にもう一度水分をとるかとらないか、くらいでもう体はスタートさせる。



もうあまりコースの記憶はないのだが、そこからは登ったり下ったりを繰り返していた。
確かにまだ少し余裕はある。
そう思い50kのエイドでもクイックチャージ。
沿道で応援していた孫悟空の一行にコーラをもらい超回復した。
「この時間にここにいる人たちは完走できるタイムだよ」
実はこれ少し気になっていた。
自分のタイム+40分くらいが関門の制限タイムだったからだ。
フルマラソンでは関門の時間なんて気にしたことなかったが、ウルトラでは関門ギリギリである。
やばい。
そう思っていたものの少し気が楽になり、気を取り直した。


55kのエイド以降は唯一の往復コースとなる為、折り返してくる人とたくさんすれ違いながら走る。
けどなんかすれ違う人の動きが違う。
ああ、結構折り返しまであるんだな…とがっかりする。
ここでゆかりさん、大学時代の先輩のアダチさんとすれ違う。
人とすれ違うと元気になれるよね。


時刻もすでに12時前後。
もう7時間走ってるんだよなあ…
案の定暑い。
服装はこれでよかった。
けど体力が削られる。
とは言え動きを止めることはできない。
エイドで水を頭からかけ始める。
辛い。


折り返して、55k地点まで戻り、左折して登り坂へ。
なんというえげつないコースなんだろう。
陽射しで目の前はまぶしくてまともに目を見開けない。
見えるのは歩き始めたり途中で横になっているランナーたち。
うーむ地獄…。


なんとか細かい上り下りをこなし、71kの関門へ飛び込む。
りえさんが待っていてくれた。
ここまでほぼ無言で走ってきたので何が嬉しいかって話を聞いてもらえること。
71k走って自分の欲求が疲れたとか喉がかわいたとかじゃなくて「話を聞いてほしい」になるとは思わなかった。


そこからはりえさんが並走してくれた。
どれほど心強かったことか。


ただ言うことが適当すぎて途中で心が折れたけど(笑)



79kmまで、泣く子も黙るというか鬼の馬越峠を登り切り、ここでも関門の制限タイムが迫っていた。
すると同じくエイドにいたランナーが、「もう今のままでは完走は無理だよ」とか言うもんだから、うすうすそんな気がしてたけど…


ということで山下りは脚を取り替えてギアチェンジ。
キロ4くらいだった気がする…


87キロのエイドまで一気に下り、残り13k。
少しでも食べておいたほうがいい、とりえさんに言われうどんを流し込む。
ここでもほぼ休みは取らずに再出発。
もう山道ではない…と思いつつもそこからのだらだら感はすごかった。


このコースは本当におかしい。


95kを超えたくらいからもう限界だった。
最後もゴール付近に近づき、アナウンスが聞こえるくらいまで接近するのにもう一度遠ざかる。
おかしいだろこれ…


残り3kくらいからようやく「あとちょっと」って思えるようになり、りえさんに励まされながら必死に脚を動かす。
今回は痙攣もなく、寝ることもなく、14時間ぶっ続けで体を動かせた。


最後の1kもやっぱり長かったけど、コーナー横切ってもう50mでゴールだった。
ゴールが見えた瞬間涙が流れる。
いやはや、ほんとに大変だった…
りえさんありがとう…





ちなみに男子100kの完走率は59.8%とのこと。
約1000名がゴールにたどり着けず…

翌日

体が動かないまま、朝7:30のフライトで青森へ出張…
アヘアヘ