そこがミソ。-ドラマや特撮感想などを気ままに

ブログ、感想は見た日の分にアップしたいので過去ログがいきなり埋まってることもあるってよ。

わたしたちの教科書#9

http://www.fujitv.co.jp/kyoukasho/trailer/index.html
ポー様が指摘したように、珠子が明日香の「虐め」を学校に認めさせるための裁判をやることは明日香に対する罪滅ぼしにしか過ぎないんだけど、あの洋食屋で珠子はそれを認めたんだろか。
ポー様は「虐められてることは恥ずかしいことだから」と言って、実際は明日香が死んでから1年もの間虐められ続けてることを認めようとしなかったけど、それは学校の教師が虐めを認めない以上、虐めの実体がどうであれその認識は「存在しない」のだから、子供からしたら「虐められてる」ことは「間違ってる」ってことで、つまり「間違ってるのは恥ずかしい」ってことだよな。だってポー様って学校にチクったんだよね、一度は。
気がついて欲しくないけど、気がついて欲しい。虐めてる子たちの不満の捌け口になってることを知ってて虐めを受けているポー様は、それでも彼女らを哀れんでるから耐えていられたんだろか?それともみんなそうだからそういうもんだと思ってるのか、もしかしたら明日香のことを気がつかないふりした罪の償いのつもりか?
珠子が明日香のために裁判をやること、虐められてるポー様を構うことは珠子の偽善といえば偽善なんだけど、起こってしまった取り返しのつかないことに対して、それを償いたいという気持ちがあるのは「正しいこと」なんじゃないだろか。たとえそこに明日香を見捨てたという事実があったにしても、明日香が虐められてたのを知っていながら見ないフリをしてたのも。
起こってからじゃないと事の重大性が判らないのかと言われてもそうとしかいいようがないし、明日香が死んでしまったからこそ明日香との関係性がどうだったのか、何をしてあげられるのかと考えて行動することは、偽善であってもそれはそれでしないよりマシ、考えないよりマシだと思うけどな。
それが今回の熊沢先生の、虐めの実体を知っていながら見ないフリをしていた、その自分の在りように「NO」と言ったところが怒濤の展開過ぎ。
明日香やポー様のことならともかく、自分の娘のことですら、間違ってることを間違ってると言い通せず守れなかったことを知り、それでも法廷で本当のことを言えない熊沢先生の苦悩から涙ながらの告白が描かれていたのは秀逸だった。


というか熊沢先生は善人なのは確かなんだよ。
でも明日香が虐めにあってることを知りながらも声は掛けず、なのに隠された明日香の靴を構内中探し回ってきれいにしてこっそりと戻してやったり、ポー様が虐められてるその現場にいながら当たり障りなく声だけは掛ける・・・って、だだ見ないふりしてるだけじゃなくて、見なかったことにしてしまった罪の意識からやってることだから、気持ちとしては「何とかしてあげたい」という本心なんだけど、結果として「偽善」なんだよね。そんなことより、虐めを認めて声を掛けてやる方が遥かに彼女たちは救われたはずなのに。
もちろん、加地先生にロッカーの番号をこっそり教えたのも、雨木副校長と三澤先生の件があったせいで自分は見ないフリをしてしまったからという、罪滅ぼしの気持ちから出てる偽善的行為だしね。
娘の暴力をセクハラによるものだと知っていても場を丸く収めるために学校側に謝った、娘が退学にならないようにと思ってのことだったんだろうけど、娘さんは「本当は一緒に殴って欲しかった」と思っていた。
自分が正しいことを正しいと言えない、間違ってることを間違ってると言えないことが、娘の心を一番傷つけていたと言うことを知って、加地に「大人になったら黒を黒とは言えない、白を白とは言えない」ことをどう思うか?と聞くんだが、熊沢先生は"それが大人というものだ"と思ってる自分を間違ってるって知ってる、だからそれは違うと言って欲しかったんだと思うんだけど、ダメ加地は「大人になったら判ってくれますよ」とか知ったふうなこと言うし。バッカじゃないのか加地。ここでも加地が間違ってるということのダメ押し。加地についてはどうするつもりなんだろうな、このドラマ。


裁判での証言、学校側が特に目論見があって呼んだわけでもなかった熊沢先生が、実は珠子たちの探してた「ジョーカー=切り札」だった!
学校側の妨害が入ることを見越して戸板先生に吉越先生を連れてくるように手を回していたり、吉越先生が実は娘さんを探す熊沢先生に繋がってたとか、それを聞きだして知らせにくるのが戸板先生だったりとかいうのは盛り上がりとして単純に上手い。素晴しいどんでん返しだった!というか戸板先生、ここで珠子とつるんでたっていうのがバレちゃったよ!?
そして「学校に虐めはあったのか?」と熊沢先生に迫る珠子(というか管野美穂)の迫力と、泣きながら「本当のこと」を語る熊沢先生(というか佐藤二郎の演技)に圧倒されて、ただただTVを食い入るように見つめさせるこの脚本の凄さと演出の上手さが、とにかくこのドラマの凄まじく本気なところな気がする。「ドラマ」であることってこういうことだと思うけどな。
このまま学校側の敗訴ってことになるんだろか?そう簡単でもないと思うけど、珠子がポー様に言った「泣くってことは、希望があるってことよ」というのを信じたいな。


今日の八幡君。
出番が頭だけでもあってよかった。自棄になる八幡先生はカワイイけど、ヒロたんが本筋に絡んでなくて、ある意味よかった・・・ゴメンよヒロたんw 本筋のテンションを落とすことにならんでホントによかった。カワイかったけど、冒頭でよかった。