友部正人ライブ

koshohoro2006-10-09

 いよいよこの日がやってきました。ドキドキしてます。

 11時に出勤。間もなくやってきたミカコと直ちにレジを交替し、まず駒込大観音光源寺へと向かいます。アンプとマイクをお借りして、その足で今度はブリックワンへ。こちらではゴザの上に敷く長座布団を30人分ほど。ライブなどのイベントに必要なあれこれを僕たちははほとんど持っていないので、こうして地元の方々にいつもお世話になっているのです。感謝。

 店に戻ってからはバタバタあたふたとあっという間に時間が過ぎてゆき、いざ開演と相なりました。

 自分の店で聴く友部さんのうたは、ひとつひとつの言葉が思いのほかはっきりと伝わってきて、ちょっとびっくりしました。その感覚をうまく表現するのは難しいのですが、結果として、たとえそれが数えきれないくらい耳にしてき、ソラで歌えるような曲であっても、違ったふうに聴こえる、あるいは別の何かに気付かされることとなりました。歌詞も、メロディーも、コンパクト・ディスクに収録されているものと同じはずなのに、伝わってくる言葉の肌ざわりが違うのです。そんなの当たり前だ、ライブってそういうもんだろ、と言われちゃうかもしれませんが、そういうことでもないのです。うまく伝えられないのは残念ですが、とにかく得難い時間でした。

 演奏された曲や、朗読された詩のなかから、ぼくにとって印象に残ったことを少々書いておきます。

 まず「本屋さんについての曲は特にないのだけど、たぶん関係があると思う」というひと言のあとに歌われた「長井さん」。ご存知の方も多いと思いますが、♪はじめてガロを読んだのは/永島慎二の特集号、という歌詞ではじまるあの曲です。この日は店のショー・ウインドウを友部さんバージョンにしていたのですが、昨日までは永島慎二の本もそこにありました。大好きなこの曲がほうろうで歌われたのはうれしかったなあ。

「ぼくはそんなに詩を読む習慣はなかったのだけど、吉祥寺に住むようになり、周りがみんな詩集を持ち歩いていたりするのに影響を受けて、ぼくも読むようになっていった。そんな仲間たちの中心的な存在が、高田渡だった」。そんなふうに始まった渡さんについての思い出話と、それに続いて歌われた「朝の電話」と「一本道」も忘れられません。たぶんあの場に居合わせた多くの人が渡さんについてそれぞれの思い出を持っているに違いなく、たとえばぼくは数年前、東北沢で偶然遭遇したライブの様子を思い浮かべていたのですが、あの時間、そんなひとつひとつの思いが友部さんの歌と重なりあい、とても親密な空気をみんなが共有しているのがわかりました。

 何編かあった詩の朗読のなかでは、元たまの石川浩司さんのものが印象に残りました。タイトルは失念してしまったのですが、「本当は殺したいんだろう」というフレーズではじまる作品です。あとからご本人に伺ったところ、はじめからこれと決めていたわけではなく、しかも「石川さんの詩は(読むの)難しいんだよね」とのことでしたが、とてもそうとは思えない読みっぷりでした。はじめに書いたことに繋がるのですが、友部さんの口から発せられた言葉は、不思議な力で僕たちのなかに入ってくるのです。

 最後にひとつ。これは本番中のことではないのですが、どうしても忘れられないことを。 

 リハーサルを始めるための準備、つまり棚を移動し、ゴザを敷き、椅子を並べ、といったことをしている間のことでした。思わぬ方向からギターを爪弾く音が聞こえてきて、びっくりして振り向くと、本棚の間をまるで流しの人のように歩いてくる友部さんがいました。背筋をきちんと伸ばし、棚の本を見るでもなく眺めながらギターを弾くその姿は、ぼくが言うのもなんなのですが、ほうろうの雰囲気にあまりに溶け込んでいて、これはちょっと感動的でした。

(宮地)


友部さんのライブの写真を古書ほうろうのアルバムにアップしました。ピンぼけ多いですが。

すてきなライブでした。
来てくださったみなさま、きっかけを作ってくださったみなさま、お力添えくださったみなさま、ほんとうにどうもありがとうございました。
(ミカコ)