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2006-03-28

[]東浩紀が久しぶりに興味深かった。

このpodcast(鈴木健・近藤淳也・東浩紀)を聞いたら、12月に行った『波状言論S改』(青土社)刊行記念トークセッションより全然面白かった。あの時の東浩紀の発言の疑問が1つこれで解消したのもよかった。

まず、12月のトークセッションに関しては以前エキサイトブログ書いたこのエントリーが自分の印象で、その一部を再掲する。

(再掲ここから)

大きな物語左翼右翼マルクス,etc)も崩壊して、何か明確な敵というか、知識人が批判する対象というものは存在しない。

「じゃあそんな時代に知識人は何をするべきか」

という問題について議論することになった。(というか、東がそうした)

で、東はいかに現代において語ることが困難であるかを述べるだけで、自分がどのような意見を持っているのかを言おうとしない上に、北田や隊長が言うことにダメだしをする。

何回か東にダメだしされて、業を煮やした隊長が

「東さん、じゃあなんであなたはこんなことをやってるんですか?」

と問いかけた。

はたから見ていて東以外は「じゃあそんな時代に知識人は何をするべきか」という事にそんなに興味が無いように見えたので、執拗にそれを聞きたがる東に対する隊長の疑問はもっともな事だと思った。

で、東はそれに対してまともに答えない。「それは私がうけたポストモダン的な訓練が…」と繰り返すばかり。

あんまり東がグダグダしているので、隊長が最後の質問というか譲歩で

ニートとかが社会に出てって役立つのはいいことだよな?」といったようなことを聞いたのだが、それに対しても東はいちがいにそうとはいえないとか、失業者とニートが厳密にかぶるわけではないとか言うだけで、自分がどう思っているのかを言わない。

(再掲ここまで)

この12月のトークセッションで、東浩紀は人に話をふる役割に終始ししていて自分の考えを語らず、隙を見せないで喋り続けるスキルの高さが目立ったが、「今の議会民主主義には同意できない」といった発言があり、そこだけ何か隙があったように感じ、詳しく聞きたいなぁと思っていた。

以下、今回のpodcastの発言をそのまま書き起こしたものは太字で。東浩紀以外の2人でどっちの発言かわからない所は「不明」とする。(2人をわけなくても、伝えたいことはわかると思うので手間を省いた。)後、酒飲みながらのトークなので、それを加味して雰囲気を察してください。

不明「でも、そんなこといったらそれこそ(東浩紀が)政治家になったっていいじゃないですか」

東「政治…というか僕は国民国家の政治システムというか、つまり議会民主主義みたいなものがちょっと嫌いなんですよ。つまりあれって、なんかこう、政策パッケージっていうか、昔いろんな党があった時はいいけど、まず最近そうだけど自民党民主党もあんまり政策変わらないわけでしょ?つまり、いろんな政策のオプションはあるのに全部パッケージ化して、こいつを選ぶかあいつを選ぶか、二者択一にするわけですよね?あんなの全く原始的なシステムで、あーゆーの僕ちょっと嫌いなんですけどね。だから、みんなが参加できる形で…(ここで発言が被った)」

不明「政策ごとに〜(聞き取れず)できればってこと?」

東「まあ政策ごとに選挙権を分割するべきだと思います。僕は」

不明「でもなんか、全員で決めるみたいのに近いですよね、なんか」

東「いや、でも一人一票である必要もないと思いますよ、僕は。だから、最初の生まれた段階で政策ごとにわりふった選挙権パッケージのようなものを与えて、あとはその選挙権どうしで売り買いするというような」

不明「おー。市場があるんですか」

東「だからそれは、いわゆる経済的な貨幣をいれないべきなんですけど、つまり政治的な貨幣(関与かも)を」

不明「権利は平等ってことです?」

東「つまりあの、僕は、コンテンツ産業系の選挙権は、なんか北朝鮮系関係選挙権の0.3みたいな、とかそういうような市場を作るってことですね。」

近藤「わかりました?」

鈴木「いや、わかるけど、でも東さんはさっき言ったことと全く逆のことを言っていて、つまり世界を複雑化させているわけよ。」

東「そんなことないよ」

鈴木「で、99パーセントがそれについていけないんじゃないのと東がよく僕に指摘するほうなんだよ。」

東「あー、政策1個1個に興味ないってことか」

鈴木「じゃなくってようするに、コレとコレを売り買いするのって、結構複雑になるわけだよね。…」

東「違うんだよ、鈴木健、市場ってシステムのすばらしいのは、みんながバカでもなんとなくハッピーになれるっていうのが市場の素晴らしいところなんだ。」

鈴木「アダムスミス的な話…」

東「そうそう。結局ものを売り買いする人は自分が儲かるかしか考えてないわけじゃん。例えば、原発問題だけに関心がある人がいるとするでしょ、別にイルカ問題でもいいんだけど。でさ、原発問題にだけ関心がある人っていうのは、原発にしか興味ないわけですよ。社会全体見渡す必要ないわけ。でも、原発には妙に興味があるから、原発関係に票集めようと一生懸命するわけだよね。で、自分の他の政策関係にもっていた票の全部を売り払って、原発関係のことを集めるわけじゃん。それを彼は大変なる局所的ななんていうか、利害で動いてるんだけど、でもそういう人がいっぱいいれば、なんかそれなりに原発関係に関して言えば政策よくなったりすると思うのね。

鈴木「例えば自民党だと部会政治みたいなものでしょ?」

東「いや、違うと思うけどねぇ。もっとマーケットに近いんだけど。僕的には。」

鈴木「まあ、そうだね、そういう意味では違うよね。」

東「うーん。だから、みんながバカでもうまくやっていけるシステムをどう考案するかっていうのがキモなんじゃないかと。」

これを聞いて、東浩紀があの時いわなかったのはこれだったのか、とすっきりした。もしかしたら東浩紀に普段から注目している人達には知っていて当然の話かもしれないけど、私は初めて知った。別に普通におもしろいと思うんだけどなぁ。12月にも話せばよかったのに。通貨を使ったシステムでやらかすと、どうしてもあの人が思い起こされてしまうから慎重になっているんだろうか。


この後も、このアイデアから発展して東浩紀から、「アメリカ大統領選挙イラク人も参加できるべき」「でもそのためには日本国民だから一票みたいな考えを根本的に覆す必要があるんですよ。」「選挙権一人一票という原則から考え直す必要があるだろう。」といった面白い発言がぽんぽんでてくる。

でも、最後にはてなの人に「それを(東浩樹が)もっと具体的に設計していったらいいんじゃないですか」といった、東浩紀、毎度おなじみの話題をふられると、もちろん答えられず場が沈み、その後の東浩紀の発言が最高だった。

東「ぼくはあの(イニシャルDの)豆腐屋みたいになりたい。わけですねぇ。つまりなんかこう、普通には単なる街の、なんかわけのわかんない奴とかなんだけど、実はすごい。」



あと、おもしろかったのは、

近藤淳也の「ケネディニクソンのテレビ討論を通して、なぜケネディが勝ったか解説する番組を見て、文字ではわからなかった本当の真実を知った」発言後のの東浩紀の攻撃モード。普通、角がたつからこんな風には思っててもいえないよなぁ、と思いつつ東浩紀に同意。

東「身体感覚ってものからいかに合理的理性を切り離すかってことばかりやっているわけじゃない、人間は。」

近藤「でも、顔を見たら人がわかるってことありますよね」

東「ありますね。でもそれはウソですね。」

近藤「ウソですかぁ?」

東「ええそう思いますね。」

近藤「でも、人事の採用にかんしては、かなり当たりますよ?」

東「いや、つまり、人間はウソで動いているからですよ。つまり、結局の所、人間はお互いの能力が問題なのではなくて、お互いうまくやっていけるかということで組織は動くので、つまりうまくやっていけるかを判断するのが大事なんですよ。でも、それと合理的な能力は別です。」


また、東浩紀は「ライブより(座談会とかトークを聞かせるもの、)、テキストのほうが大事」「ライブはどうでもいい。ライブは歴史に残らない。」「複製に複製を重ねてもクリエイティブな物は残る。」「東浩紀が数行に要約されてもインパクトが残るようになりたい。」「(歴史を見れば現在の)人の心をつかんでも無意味」「どんなに粗雑な翻訳でもものをちゃんと考えているのはわかる」といった事を言っていた。ならばやっぱり存在論的、郵便的のようにゴリゴリに沈黙思考した方がいいんじゃないかと思うのだ。動物化するポストモダンの方向性だと、そこにかいてある事が表面上は陳腐化した後にも、その思考スタイルを読むことが読者の経験となるような本にはならないと思う。



最後に。

東「百年後にどう残るかみたいな話をした時に、人間が信頼できるかなんとかって、関係ないんだと思うんですよね、」

不明「最後に残るのは本だと思ってる?」

東「いや、本じゃなくてもいいんですよ。つまり…でも、なんか僕最近残るとかも考えてなくなっちゃって、結構どうでもよくなってきた。今から五年前くらいはそう思ってたんですけどねぇ。残るとは何かとかになってきてなんかこう」

これは、豆腐屋にあこがれるものとしての韜晦だよね。

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