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kotaの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-06-17

マストドンをビジネス視点でみたとき、マストドンがとてもつまらないものに見えた

 【engadget日本版】『マストドンをビジネス視点でみたとき「流行るかどうか」は「どうでもいい問題」である

 企業が顧客コミュニティを作るのにマストドンを使え、というのが上の記事の主張に思える。

  

 こうなったらつまらないと思わないか?

 企業の顧客コミュニティなんか、別にマストドンでなくて構わない、そうなんでも良いんだ。企業掲示板、メーリングリスト、facebook、Lineなんでも手段はあるじゃないか。

 

 そうじゃないんだ。マストドンは楽しいんだ。

 昔、apacheで自宅サーバを立ち上げたり、1FDLinuxで自分だけのディストリビューションを作ったりしたあの楽しさ。プラモデルを作っているのに似た楽しさがマストドンにある。

 自分の立ち上げたコミュニティサービス。それをどう使おうか想像するだけでワクワクするじゃないか。マストドンコミュニティはそんなワクワクで推進されている。

 

 ビジネス視点でマストドンをみると、上の記事の見方が妥当だろう。流行りのものを使って顧客の関心を惹く。基本的なアプローチだ。これってつまらないものの見方だ。マストドンが終わって次にXXドンが流行ったら、同じことを言うんでしょう? 基本構図は「流行りもので顧客の関心を惹く」なのだから。

 

まとめ

 マストドンをビジネス視点で見るとつまらない。

 大事なのはマストドンとどう関わるとワクワクするかだ。

2016-08-06

不仲説に見るSNS拡散の法則:建前としてのサプライズ、本音としての優越感

 ネットを見ていて、不仲説の記事が目につく。

 『松本人志がダウンタウン不仲説に本音「別に良くはない」』、『オグシオ不仲説否定?小椋久美子さん「そこまで…」』、『菜々緒、桐谷美玲との「不仲説」についてInstagramで言及 その内容は?

 

 何故にこんなに不仲説の記事があるんだろう?

 

 不仲説の記事は、アクセス数・視聴数を稼げる(読み手側の要因)のだろう。また、「不仲だと言われていますが、実際のところどうなんですか?」などとインタビューして記事にしやすい(書き手側の良い運)のだろう。

 アクセス数・視聴数を稼げる人気記事だとすると、それは何故なんだろう?それは、不仲説記事がある読者にはサプライズを与え、別の読者に優越感を与えるからだろう。つまり、広い読者層にインパクトを与えるのだろう。

 サプライズを受ける読者というのは、不仲説の対象人物が好きで憧れているような、いわゆるファンだ。良い人だと思っていたのに、そんなネガティブな一面があるなんてびっくり信じられない、そういう印象を与える。

 一方、優越感を得る読者というのは、人間は仲良くあらねばといいう道徳規範をもって、そうではない対象人物を貶める。そして相対的に自分が優位に立つことができる。例えば、芸能人の不仲説の場合は、あんなに成功していると思っていたけど道徳的にはダメなのねと、相手を貶めることができる。いわゆる、他人の不幸は蜜の味というやつだ。

 噂話のネタとして不仲説を考えると、SNSなどで拡散しやすい性質をもっていることがわかる。一般人が、不仲説記事を読んだ時、優越感を感じつつ、友人等と記事をシェアする際には「信じられない、びっくりしちゃった」等のコメントをつける、つまりサプライズを演じることが可能である。そのため、本音は優越感を感じつつ、建前としてのサプライズを使うことができる。気兼ねなく噂話を友人として、優越感を感じることができる。

 不仲説というのは、SNS時代の優秀コンテンツなのだ。

まとめ

 不仲説記事が多い。不仲説記事は、SNSで拡散しやすい性質をもっているためだろう。それは、不仲な芸能人に対して、建前としてサプライズを演じつつ、本音として優越感を他人とシェアできるために思う。

2016-03-26

日本の炎上政治は、残念

 「「炎上政治」と“脊髄反射”」(シロクマの屑篭)

 

「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名記事が炎上し、これが政治の場で取り上げられている。これについて、世論の収集方法として偏っている。これが上の記事の趣旨だ。

 集合知は炎上からは生まれない。ネットにより様々な知が集まり、集合知として昇華する。集合知により、社会は豊かになる。そんなことは無くなったのだろうか。個人がネット上で考察や意見を述べ、それに刺激されて新たな考察が生まれる。そうしてより合わさった知が、集合知である。

 「日本のネットは残念」。かつて梅田望夫氏が述べた言葉だ。日本では、ネット上で考察や議論が浅いことを評して「日本のネットは残念」と言ったのだと思う。上のブログのタイトル”脊髄反射”も、考えなしで反応している様子を表現したのだろう。

 かつて2ちゃんねるの発の言葉に「敵に回すと恐ろしいが、味方にすると頼りない」とネット民を表したものがある。一人一人が反射的に嫌いを表現する。好きに対する反応が鈍く、嫌いに対する反応が鋭い。そうして脊髄反射の嫌いが寄り集まって炎上が起こる。

 「ネットのバカ」(新潮新書)は、有名人のゴシップに群がるネットの人々を分析している。

 ネットのご利益である集合知を正立させるのは、一人一人の考察と意見である。脊髄反射の好き・嫌いからは集合知は生まれない、生まれるのは衆遇である。炎上政治とは衆遇政治となる。

 日本の炎上政治は残念なのだ。 

関連エントリ

2016-03-15

AI(人工知能)によって仕事がなくなる

 今日のNHKクローズアップ現代のタイトルは「仕事が無い世界がやってくる?!」だった。「機械・人工知能・AIが奪う、なくなる職業・仕事のランキング」(IDEASITY)も、似た話だ。

 人工知能(機械)が人間の代わりに仕事をするようになる。これは、人間にとって幸福なのか?不幸なのか?という話だ。

 古代ローマ時代では、奴隷が労働を行っていた。奴隷が生産する農作物をローマ人が食べていた。つまり、ローマ人は働くことなく生活していた。奴隷の生み出す富はローマ人のものだった。ローマ人には奴隷に仕事が奪われる、という感覚は無かっただろう。

 では、人工知能(機械)が生み出す富は、誰のものになるのだろうか?これが大事なポイントである。

 もし、この富が社会全体に配られれば、人は働く必要が無くなる。機械が生産をし、サービスをする。人間は欲しいものを得て、余暇を楽しむ。そんな世界がやってくる。

 もし、機械の生み出す富が、一部の人間(大抵は裕福な人)が独り占めすれば、残りの人々は富を得ることができず貧しい暮らしをすることとなる。

 人工知能(機械)が生み出す富をどう分配するのか? 社会システムの問題である。今のような資本主義では不幸な方に進むだろう。古代ローマは資本主義ではなかった。

2016-02-05

グローバルな世界のインターナショナルな意見と、シャープの再建

 『<シャープ>鴻海が買収へ…6000億円超拠出 最終調整』(毎日新聞@Yahooニュース)

シャープが電子機器受託製造大手、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業からの出資を受け入れ、同社傘下で再建を図る方向で最終調整していることが4日分かった。実現すればシャープは鴻海に事実上買収されることになる。

シャープ 鴻海支援額7000億円規模 機構側の形勢逆転』(毎日新聞)

経営不振に陥っているシャープは4日、電子機器受託製造大手、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業による出資を受け入れる方向で最終調整に入った。鴻海は支援額を7000億円規模に上積みしたとみられる。

 シャープの再建を巡って、日本政府(産業革新機構)と台湾企業(鴻海(ホンハイ))が取り合いをして、台湾企業がシャープを買う。簡単に言えば、こういうことです。

 

 企業活動はグローバル化しています。例えば、Googleは世界中にオフィスや研究所があり、様々な人種の従業員が働いています。スターバックスも、世界中に店舗を展開しています。日本の製造業も製造拠点を海外に持っており、従業員数は日本より海外の方が多い企業もあります。

 こうして、企業にとって”国”という単位が意味を持たなくなってきています。ですから、”日本の”会社という考え方も意味がありません。

 オープンイノベーションという流れで言えば、技術は金で買う、世の中になっているということです。世界中の研究者や企業から、技術は金で買える、ということです。

 

 シャープに関して、今後「外国に日本の技術が流出する」とか、「日本の製造業の弱体化」といった、”日本”を中心とした発想の意見が噴出すると思っています。こういう”国”を意識した発想では、インターナショナルな枠組みから思考から抜けれないのではないかと思います。

 

 ”国”という分類が意味のないグローバルな企業活動の時代において、シャープの技術を金で買った企業がいる、ということなのだと思います。7000億円で売れる技術を育てたシャープの従業員はすごいと思います。その技術を、鴻海(ホンハイ)の経営力で価値に変換できるとしたら、(グローバルな意味で)世界は豊かになるのでしょう。