ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

読書80年:名和小太郎

2013-03-23

【269冊目】 法橋登 『科学の極相:思考の対位法』 哲学書房  (1990年)

本の紹介にはいるまえに、評者の思い出を若干。
 もう30年以上まえのことになるが、当時、物理学科の学生だった評者は、山内恭彦教授からは、物理数学の講義で、「数学というものは頑健な仕掛けなので、2トン積みのトラックに4トン積むようなことができる」という台詞を聞かされたことがある。また、坪井忠二教授からは、手回しの計算器で、物理現象やら社会現象やらを手あたりしだいに題材にして、フーリエ解析の実習をうけた。
 こんな記憶がいまでも鮮やかに残っている。数学を土台にした物理学というものは、けっこう頑健であり、本来の適用範囲をこえた拡張性をもっている、ということらしい。そんな物理学の頑健性と拡張性を思う存分発揮してみた、というのがこの本である。つまり、この本は、現代物理学の論理を中心に据えて、知的世界を散策したものである。
 その知的散策とはなにか。それは現代物理にはじまり、西欧の哲学文化人類学経済学大脳生理学、それに、中国老子荘子インドの中観説、日本の道元と、古今東西にわたる。こう紹介すると、読者は、また独善的なニュー・サイエンスか、とうんざりするかもしれない。もちろん、ここにニュー・サイエンスの臭いがないとはいわない。
 だがここには、さきに断ったように、中心に現代物理学が一本通っている。つまり、すべての話題がそこに収斂するような構造をもっている。たとえば経済モデルを語った章では、ハイエクの目でみると、ワルラスのモデルは「非相対論的近似」だ、なんていう発想。こんな表現に出会うと、物理と経済に通じた読者であれば、おもわずニヤリとするだろう。
 この本では、学問のディシプリンを越えて、議論が自在に動く。その自在さをランダムにとりだして、ちょっと例示してみようか:縄文人→ドゥ・シャルダン神学人類学)のオメガ点→フレーザーの『金枝編』→谷村新司の「いい日旅立ち」→因縁→光円錐→「アインシュタイン・ボドルスキー・ローゼンの相関」→量子力学論争→・・・。
 まあ、こんなぐあいに連想(ただしくはメタファー)が活躍する。ついでながら「メタファーは発見をもたらす」とは、この本を評した哲学者中村雄二郎氏の言葉である。このへんが凡百のニュー・サイエンス本とは違う。
 ここに書かれていることは、著者の独り合点ではない。著者は、自分の意見について、海外の専門家に手紙で論争を挑み、場合によっては渡航して討論する。その積極性には脱帽せざるをえない。このような経緯についての回顧も、この本の楽しさを膨らましている。
 それにしても、この本は読者に対していささか不愛想である。題材の博引傍証はよいとしても、ここに引用した文献、参照した題材について、親切な注を付けてほしかった。だれもが、著者と同程度に知識人である、ということではないのだから。
 というような性格をもつ本なので、この本はだれにも推薦できるというものではない。実利的なハウトゥーを期待する人は読者にはなりえない。また、定説とか教科書的な知識のみを欲する人も読者になれないだろう。
 だが、知的好奇心にとむ人は、応えられない喜びを満喫するだろう。なにしろ古今東西の知的世界を通時的共時的に散策するのだから。

拙著『科学の読み方 技術の読み方 情報の読み方』 KDDクリエイティブ (1991年) p.53-54

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kotaro81/20130323/1364030039