
いやだなー人生のやりなおしなんて出来るわけないじゃないですか - コトリコ
これはこの間に書いた僕の日記なんだけど、なんだかすごくお金一派のことを怒っているような気がする。
だけど僕が書きはじめた最初の頃は、むしろお金一派を擁護するつもりだったのです。
それなのにお金のおじさんと書きたいばっかりに、僕は怒ってるみたいな文章を書いてしまったのでした。
ところで、僕は日常生活があまり充足しているわけではないので、いろいろな意見を難しい顔をして話してるみたく書くのも楽しいですし、雑談みたいなのを書くのも楽しい。
なんで楽しいかというと、書いたものをいろいろな人が読んでくれるからですね。
孤独な老人の人なんかにもとてもお勧めな娯楽です。
ところが偉い人が、一所懸命に色々なことを書いたりすると、急激に楽しさが減少するような気がします。
偉い人が人の考え方を変えようとして一所懸命に文章を書いても、人の考え方やら行動を変化させるのは難しい。
なぜかというと、そういうことはメンドいからです。
メンドいことは嫌なので、とりあえず誰でも思いつくような文句を言っておこうという人が、少なからず存在する。
偉い人に文句を言うのは楽しいし、自分が偉い人よか偉くなった気もします、最高の気分ですね。
もちろん一所懸命に書いた文章を読んで楽しかったよと言ってくれる人もいらっしゃるわけですが、文句を言う人のほうが声がデカい、本当にどうしようもない感じです。
僕はお金一派と称して下記のようなことを書いてきたわけです。
ところが僕の中ではこれらの称号は、学年で言えば幼稚園くらいで、世の中にはもっとすごい人がいる。
欲ボケ>>金気狂い>>金の亡者>>お金大好き人間>>お金一派 (番外:ネットストーカー)
こういう感じですね。
ブログやらなんやらにまともな文章を書いてる人というのは、だいたいが良い人で、本当に悪い人はまずそういうものを書かない。
戦争中は軍部で金を儲けて、戦後は戦後補償に乗じて金儲けをして、国営企業の民営化に際してまた金を儲けたりするのに忙しい。
僕とかでしたら、壁に金塊を隠したりするなどといった行為は趣味の良い冗談にしか思えませんが、本気でそういうことをする金気狂いは存在するのです。
しかし世の中に名前が出てくる悪い人というのは、どっちかっていうと猿回しの猿みたいなものであって、本当に悪い欲ボケというのは、僕の知らない所にいる。
そういう人というのは、金とか自分のよくわらない欲のために、平気ですごい数の人に不便をかけたり、見殺しにしたりするのです。
人の書くものにケチをつけるのは時には必要ですね。
特に僕なんかは書いてるうちに自分でもよく分らなくなって、意識が不明瞭な感じになりますから、どんどんケチをつけるべきでしょう。
しかしながら、その人が概ね正しいことを書いてる場合には、部分的には間違っていても、賛同してあげることも大切じゃないでしょうか?
善意の人が文句ばっかし言われてるのを見ると、dankogai以外の人は、そのうち書くの止めちゃうんじゃないかなーとか、僕は余計な心配をしてしまうのです。
というわけで今日は dankogai の名誉欲は凄いという話しでした。