君はフィクション / 中島らも

中島らもの遺作集ともいうべき短編集。
すべての収録作品が外れなしの成熟したらもワールドを展開しているが、
なかでも圧巻は「DECO−CHIN」だ。
一読して自分の中でベストだった人体模型の夜の「ピラミッドのへそ」を軽く超える衝撃だった。


・・・とあるライブハウスで音楽雑誌記者が偶然出会ったバンド、コレクテッドフリークス。
メンバーは皆、社会と隔絶する「なにか」を持った者たち。
しかし、その隔絶する「なにか」がこのバンドに驚くべき魅力を与えている。


肩から伸びる3本目の手を駆使する超絶テクニックのドラマー。
「密林をアナコンダが這っていくようなうねり具合の重低音」(この一文だけでもクラクラする)
下垂体性小人症のベーシスト。
巨人症、ウォーキング・トールは3本のギターを駆使する、緩急自在のギタリスト。


そして、バンドの音を決定づける存在。
一体双頭奇形のシャム双生児、ああと、あああ。
美しい容姿で魅了しながら、完璧なハーモニーを紡いでいく。


らもさんが作り出した架空のバンド、コレクテッドフリークス。
でもそれは、物語の中で架空とは思えないリアルな質感を持っている。
そのわけは、らもさんの完璧な描写、そして「詩」だ。


美しい詩の中に、張り詰めたような緊張感が漲っている。
音は聞こえないけれど、この詩を読むだけでコレクテッドフリークスの音を感じることができる。
あまりにもカッコよすぎて鳥肌が立ってしまったので、そのままレビューに載せたい。




コレクテッドフリークス / In the forest




昔、人無き森陰に 墓を護れる姫在りて
奥津城(おくつき)深く銀(しろかね)の 時の亡骸(むくろ)は饐(す)えて有り


月が欠ければいやましに 細く鋭く爪を研ぎ
月満つ夜は嫋々(じょうじょう)と 紫淡く歌を織り


(スパニッシュギターソロが終わり、双生児のユニゾンが神々しく共鳴する)


摘みし葡萄に指染めて
弦(いと)無きリュート掻き鳴らす
想えば眠りの浅き夜に
御身(おんみ)の姿の白きこと
御身の姿の白きこと
御身の姿の白きこと



コレクテッドフリークス / 子供の歌




♪笛ひとつ吹けば
星ひとつ降り
笛ふたつ吹けば
星ふたつ降り
笛吹けば 星が降り
笛吹けば 星が降り
夜明け前にもう一度
哀しめ




本当にかっこいい。
かっこいいというより、神々しい。
この感覚は、らもさんが仕組んだ前半に出るコミックバンドの
どうしようもないぐらいダメな歌詞を読ませるという
対比の力で、よりそう感じているのかもしれないが
それでも、この詩の力は圧倒的だ。


「INTHEFOREST」はスパニッシュギターの描記があるが
重く沈む、張り詰めたようなアンビエントにボーカルを入れるのも良さそうだ。
らもさんが音を入れるとどうなるのだろうか。


主人公の記者は一度見ただけのコレクテッドフリークスの完全な虜になり、
自らの四肢を切断し、ペニスをおでこに移植してバンドのメンバーとなる。


このくだりは別として、障害というわけではなく、社会と「異」なるものに
はただの異行ではない、なにか普通ではありえない表現力や能力を持ってる可能性を感じることがある。
それは、記憶力であったり、絵画の能力であったり。
らもさんはそれをバンドの音として表現し、見事にはまったのだと思う。


この短編を読んで、残念に思うことが二つ・・・。

一つは、なぜらもさんの死が初めて心の底から残念に思えたこと。
階段で転んで死んでしまったと聞いた時、なぜかあれだけ好きだったのに
そうなんだ、ぐらいにしか思わなかった。
らもさんらしいな、というぐらい。
なぜか現実感がわかなかった。
でも、この「DECO−CHIN」を読んで、初めて彼の死を悔やんだ。
もっともっとらもさんに書いてほしかった。
もっともっとらもさんの頭の中にあるものにどっぷりと浸かりたかった。

そして、二つ目は、生前の彼の音楽活動にもっと触れておくベきだったという事。
こんなに凄い歌詞を生で聴くべきだった。

天国ではカド君とまた、音をかき鳴らして好きなだけラリッていることでしょう。
うらやましいな。

合掌