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苫小牧福音教会 水草牧師のメモ帳

2011-10-19

うちのポチは天国に行けるのでしょうか?

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松原湖バイブルキャンプにあったきのこ。たぶんホコリタケといって食べられるはずです。でも、おいしいかどうか知りません。あるいは、笑いころげるかもしれません。)


 牧師をしていて、時々聞かれるのは、愛犬家愛猫家のクリスチャンから、「うちのポチは救われるのですか」「うちのミケは・・・」ということである。犬というのは今日ではかわいいペットだが、古代イスラエル生活のなかではイゼベルの死肉をあさったいやしい動物とされていて、「聖なるものを犬に投げるな」などといわれている。猫はそもそも聖書に出てこない。外典に一箇所あるだけ。猫は干支にも出てこない不思議な身近な動物である

 では、どう考えるか?聖書全体の救いの歴史から広く考えよう。

 創世記第三章によれば、被造物のかしらであるアダムが神に背いて堕落した結果、被造物全体が呪われてしまったとある。そして、ローマ書8章によれば、現在、被造物は滅びの束縛の下に置かれていて呻いているとあり、神の子たちの現われを待ち望んでいるという。つまり、人間だけではなく他の被造物も滅びの束縛から解放されるというのである。そこには当然犬も猫も含まれる。それは、人間が神と被造物との契約における代表であるという理由からであろう。

 では、創造から再臨の時に至るまでに存在した全被造物が贖われる万物救済論を聖書は教えるかといえば、それは違うだろう。ノアの洪水とき、神の選んだ動物たちだけが自分たちで箱舟の中に入って行ったとある。ノアを代表とする神と被造物との間の契約のうちに入れられている動物たちが大洪水から救われた。

 また、逆の例もある。ヨシュア時代アカンが罪を犯したときアカンの家族だけでなく、彼の家畜までも滅ぼされた。アカンを契約代表とする一つの契約共同体に含まれるものとして、神はアカンの所有する家畜をも取り扱われたわけである

 以上から考えると、「ポチのためにも、あなたはちゃんとイエス様に忠実な信徒として歩んでください。」とお答えするのが聖書的に正しいと思われる。

IKEGAMIIKEGAMI 2011/10/19 11:33 安心しました。
ご存じかもしれませんが、こんなユニークは絵本もあります。
いかがでしょうか。

「いぬはてんごくで・・・」 
作・絵: シンシア・ライラント
訳: 中村 妙子  出版社: 偕成社
絵本ナビ のサイトの紹介がいいですね。

koumichristchurchkoumichristchurch 2011/10/19 12:46 C.W.ニコルさんは、子どものときに大事にしている犬がいたそうですが、牧師に犬は天国にいけるのかと質問したところ、犬が天国になどいけるわけないとニベもない答えをもらって、教会から離れたそうです。残念なことです。

koumichristchurchkoumichristchurch 2011/10/19 13:01 どうも「天国」という霊のみでキリストのもとにいるという中間状態のイメージが、プラトン的、ネオプラトン的、オリゲネス的、アウグスティヌス的イメージでキリスト教に入って来て支配的になり、「新しい天と新しい地」という、つまり、人間だけでなく被造物すべてのの更新という聖書本来の救済が長らく欧米のキリスト教会から失われた結果ではないかと思います。全被造物の贖いこそ、聖書に啓示された救済です。神は単なる魂の創造者ではなく、全被造物の創造者ですからね。

シロブンシロブン 2017/09/05 17:42 私は、動物たちは否応なしにみな天国へ招き入れられると信じる。
人間と関わりのあったペットだけに限らず。
人は意図的に神に反逆するが動物はそうはしないからだ。そういう意志もないし、責任もないからだ。
被造物(動物)は責任がないのに、人間の罪の結果、死ななければならなくなり、虚無に服している。それは神がそれを許されたことであり、だから彼らには望みがある。と書いてある。
ローマ8章19節〜。
人間のペットだからではなく、神の被造物だからだ。
天国には人間より動物たちのが多いのだろうか。。それでも、私達に知らされている天国はごく一部分であり、天国は神様が王であるのだから、何も心配ないし、委ねれば良いことだろう。
ノアの箱舟に全動物が入らなかったから、全動物が天国に入るのではなく、救われた人間と関わりのある動物だけ(ペットだけ)が天国に入るのだろうという意見もあるが、それは違うと思う。というのも、動物は虚無に服していることだ。なぜなら、たといこの地上で箱舟に全動物が入ったとしても、いずれはみな死ぬ運命にある動物たちだからだ。
だから神様はすべての動物を入れなかったということだと思う。繰り返しになるが、これもまた、動物たちは人間の罪のせいで虚無に服しているということだ。動物たちが可哀想?そうか、その通りだ。それも、私達のせいだ。神様はひどい?せめて動物たちは連帯責任を負わせないべきだ?しかし、それは神の領域だ。神に決定権があり、人はとやかく言える立場にない。それに、人だけが死に、動物たちは死なないとすれば、この堕落した世界でどんな悲惨な結果になるのだろう…。
しかし、新天新地は人間にとっても、動物達にとっても全く新しい、希望であり、動物たちも考えはなくとも、その魂はうめきながら待ち望んでいる状態だということであろう。

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