Hatena::ブログ(Diary)

苫小牧福音教会 水草牧師のメモ帳

2009-07-18

泉は湧き出ずるかぎり

 「ハゲがなんじゃい!」の山本敏雄先生7月14日参照)は、小学校卒業記念アルバムの扉に、「泉は湧き出ずるかぎり泉である」ということばを書いてくださった。書いていただいた当時は、なんのことだかさっぱりわからなかった。高校生の時だったか、国語先生が「泉」という字は象形文字であると教えてくださって、「白」の下に「水」があるのではなく、大きな岩の下に水があって、その水が下から上へとしみていって、岩の上から噴出しているのであると黒板に絵を書いて説明してくださった。泉とは、「出づる水」の意であるというわけだった。なるほど「泉は湧き出ずるかぎり泉」なんだと理屈がわかった。

 信州に越してきて三年目だった。隣村の、今は灯明の湯という温泉施設ができている場所に案内してもらったことがある。当時は、バルブが畑のあぜから突き出していてジャージャーとお湯が噴出して、水路に流れ込んでいた。「もったいないですねえ。なんで閉じないんですか?」と聞いたら、Mさんが「閉じちまったら、水脈が変わって、湯が出なくなっちまうだよ。」と教えてくれた。びっくりした。なるほど!ほんとうに泉は湧き出ずるかぎり泉なんだと胸に落ちたのである

 池のように自分のために溜め込む貧しい人生ではなく、世のため人のために湧き出るような人生を生きてゆけ。そういう願いをこめて、「泉は湧き出ずるかぎり・・・」と山本先生が一人一人の卒業アルバムに書いてくださったのだ。湯気を上げて勢いよく噴き出す温泉を見ながら、そう実感した。

 「イエスは答えて言われた。『この水を飲む者はだれでも、また渇きますしかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。』」ヨハネ福音書4:13,14

 きょう岐阜の長良キリスト教会に出かけ、明日、あさって、創世記からお話させていただこうとしている。長良キリスト教会の増田先生という方も湧き出る泉のような先輩である

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小海小学校への通学路風景。いいところでしょう。

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こんにちはスイカちゃん。私がパパよ。すこやかに美しく育てと祈る♪

2009-07-17

励まし合いとけなし合い

 驚いたことに、ハゲを話題にしたら、アクセス件数が急にはね上がりました。みなさんハゲにはこんなに深い関心を持っているんですね。ハゲは多くの人のなやみの種ですが、一方でハゲはこんなに人気者なんだとみることもできます。ともにハゲの悩みを持っていると、深い共感をおぼえ、そして励ましをいただける。ただあまり励ましあうことも問題かもしれない。ハゲ増しはいやですね。

 そういえば、神学生時代、「励まし合い」と「けなし合い」は同義語であると、今は京都でKGKの働きをしている先輩に教えていただきました。かすみ草のTさんです(6月4日参照)。「ハゲ増し合い」と「毛無し合い」だから。Tさんは、今も昔もふさふさで、髪が盛り上がっていますもんね。こっちは笑い事ではありません。でも笑い飛ばすことができたら、円形脱毛ならば多くのばあいは生えてくるんです。

 半世紀も生きて後の陣地の後退は、いかんともしがたい感じがあります。私もずいぶん両翼から攻め込まれてMになっています。下手をすると中央の先鋒が包囲されて孤立する危険があります。そうしたらキューピーさんです。同期の畏友大樹先生は上空から落下傘部隊の激しい攻撃を受けて、このままいくとアッシジのフランチェスコになりそうです。

 京都酷暑でしょうね。ご自愛ください。こちらは涼しくしています。今朝は雨。

あなたがたの髪の毛さえも、みな数えられています。だから恐れることはありません。」(マタイ福音書10:30、31)

 

2009-07-15

大リーグボール1号とハゲ

 小学生のころ一世を風靡したマンガに「巨人の星」がある。甲子園で剛速球投手として鳴らした星飛雄馬はあこがれの巨人軍入団した。しかし、入団当初こそ通用した飛雄馬の球は、やがてプロバッターたちにポカポカ撃たれるようになり、しかも、いったん撃たれるとホームランになってしまうのである。小柄な飛雄馬の球は、球質が軽いということだった。ほどなく飛雄馬は二軍に転落した。

 二軍転落の数日後、とある禅寺の参禅者の列の中に失意の飛雄馬の姿があった。横一列の参禅者の背後を禅僧が行き来して、からだが揺れる者の肩に警策をピシリ、ピシリと当てていく。飛雄馬は何度も打たれた。

 座禅が終わって、茶を勧めながら高僧が飛雄馬に言った。

 「お若い方。ずいぶん打たれておられたようじゃのう。・・・・打たれまい打たれまいとするから、打たれる。むしろ、打たれてみようという境地になるならば・・・

 この瞬間、飛雄馬のあたまにひらめくものがあった。『今まで、おれは打たれまい。打たれまいとしてきた。だが、むしろ打たれてみよう・・・と考えたらどうだろう。』と。

 このようにして打者バットにあえて当てて、凡打に打ち取るという大リーグボール1号が発明された。

 いったん円形脱毛症になると、洗髪のたびに抜け毛が気になって、頭をそうっとしておこうとして、洗髪がおろそかになる。洗髪をおろそかにすると、頭皮アブラっぽくなってよけいに抜ける。抜けるから怖くてごしごし頭を洗わない。すると、また抜ける・・・・。悪循環である。また、精神次元でも悪循環がある。何らかのストレスAが原因となってハゲができたとする。ハゲが出来たとき、それを気にしているとその「気にしてハゲを隠そうとする」ストレスBが原因となって、ハゲが治らなくなる。するとすでにストレスAは終わっているのに、ストレスBゆえにハゲが治らないことになる。小学校ときの私はまさにこの悪循環の中に陥っていた。

 私を悪循環から救出したのは山本敏雄先生の「ハゲがなんじゃい!」という一喝だった。「ハゲまい、ハゲまいとするからハゲる。むしろハゲてみよう。」という境地に立つ。「えーい。ハゲなばハゲよ!」と開き直ってしまう。すると不思議、毛が生えてきた。

 アブラムとロトは約束の地で、それぞれの家畜が増えたとき、両者の郎党たちの間に草地・水場をめぐって争いが起こった。そこでアブラムはともに暮らすことはお互い不幸なことであると考えて、住む場所を分けようと甥のロトに提案した。このときアブラムは叔父の立場であったから自分が先に土地を選ぶと主張することができたにもかかわらず、ロトに先に土地を選択することを許した。ロトはシメシメと考えて、ヨルダン川沿いの緑の低地を選んだ。アブラム荒野に行くことになった。ところが、そのときからアブラムに声があった。

「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久あなたあなたの子孫とに与えよう。」

 この後、「得た」と思ったロトは結局すべてを失い、失ったアブラムはすべてを得ることになる。(旧約聖書創世記12章後半参照)

 得よう得ようとすれば、失う。むしろ手を開いてしまとき、神が与えてくださる。・・・牧師ブログらしくなったかな。

2009-07-14

円形脱毛症の話

「あっ!修ちゃんハゲがある。」小学校4年生の1学期の休み時間同級生ハゲ発見された。

「やーい。やーい。50円ハゲ。」とぴょんぴょん跳ね回り、おどけて騒いだのは、中尾というやつだった。当時の50円玉はニッケル硬貨でずっしり重くて、直径25ミリもあったから50円ハゲ結構大きなハゲだった。

 円形脱毛症というのは心因性のものである。なんで小学生が髪が抜けるほどに悩んでいたのか、さっぱり原因はわからない。だが、いったん50円ハゲができてしまうと、そのハゲハゲの原因となってしまった。つまり、はげていることを気に病んでいることが、ハゲが治らない原因になってしまったのだ。私はいつも野球帽をかぶるようになった。そして、学校椅子にすわっていても頭頂部をのぞかれないように気を遣っていた。母は心配して皮膚科に連れて行ってくれて、軟膏を毎日塗ってくれた。けれども、円形脱毛症心因性なので、軟膏など効くわけがなかった。今思えば心因性であると知っている医師は気休めになれば、と処方したのだろう。

 円形脱毛症になると、洗髪するたびにごっそりと髪の毛がぬけて排水口にたまるし、毎朝起きると枕や毛布にたくさん髪の毛がくっついている。「一本、二本、三本・・」とまるで番町皿屋敷みたいに数えると、何十本という単位である。いよいよ「僕はまもなくつるっぱげになってしまう」と小さな心を苦しめた。すると、ますます毛が抜ける。

 幸い、4年生の夏、私は引越しすることになって、禿敵(てんてき)の中尾君がいない学校転向することになった。それでも常にハゲを人に発見されまいとして日々注意を怠らなかった。ただ小学校の近所にあった赤尾という散髪屋に行くと、「ありゃあ。こりゃ大きいなあ。中学に上がる前に治ったらええけどなあ。」とおじさんに言われた。神戸では公立中学は丸坊主と決められていたのである。私はときどき、夢を見た。鏡を見ると、髪の毛が一本もなくなっている。オバQでさえ三本毛があるのに、一本もない。・・・悪夢だった。この悪夢はたしか20歳ころまで時々見たからハゲの問題は心の相当深いところの傷になっていたのだろう。50歳を越えた今のハゲと、12歳から思春期少年のそれとは深刻度がぜんぜん違う。

 ところが新しい小学校で6年生になったとき、授業中に後ろで突然、すっとんきょうな大声がした。

「あーっ!修ちゃん、ハゲがある。」

 凍りついた。今度は藤田というやつだった。彼はあざける調子ではなく、ただ単に大発見に驚いていたのであるクラスが一瞬、シーンとなった。すると、担任山本敏雄先生が怒鳴った。

あほ藤田ハゲがなんじゃい!」

 山本敏雄先生は、それは見事なはげ茶瓶だったのである

 そのあと、藤田を含めクラスの誰一人として私のはげをバカにするやつはいなかった。私は、というとハゲのことがみんなに知れ渡って気持ちがさばさばしてしまった。もう隠す必要もなくなったからである風呂に入って頭を洗うときも、「ハゲがなんじゃい!」と気合をいれてごしごし洗っているうち、最初はごっそり抜けていた毛がいつのまにか抜けなくなって、二ヶ月もしたらハゲはなくなってしまっていた。

 秘すればハゲ。秘せずんハゲなるべからずであった。ハゲは隠しているから力を持って私を縛っていたが、明るみに出されると、もはやその魔力を失ってしまった。

 あのハゲの第一発見中尾はいまごろどうしているだろう。もう熊に食われてしまったのだろうか。それともハゲの仲間入りしただろうか。

 「エリシャはそこからベテルへ上って行った。彼が道を上って行くと、この町から小さい子どもたちが出て来て、彼をからかって、『上って来い、はげ頭。上って来い、はげ頭』と言ったので、彼は振り向いて、彼らをにらみ、【主】の名によって彼らをのろった。すると、森の中から二頭の雌熊が出て来て、彼らのうち、四十二人の子どもをかき裂いた。」粁鷁Φ2:23-24