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苫小牧福音教会 水草牧師のメモ帳

2018-03-31

博多の大濠公園訪問

 九州佐賀でのKGK春季学校のご奉仕を終わって、帰り道、福岡博多大濠公園に立ち寄りました。私が育ったのは神戸ですが、母の実家がこの公園の近所にあって、小学一年生のころ来たことがあるんです。訪問は、五十年ぶりのことです。桜が満開で、よい陽気にさそわれて多くの人が散歩していました。池にはカモメとカモとコクチョウとウがいました。池の向こうには黒田官兵衛福岡城が見えました。

 私の母は「うちは〜せんとよ」とか話してましたし、祖母は「しぇんしぇえ(先生)が、来ござった」とか「しぇみが鳴いとるばい」とか話してましたから、佐賀春季学校九州弁を聞けるかなあと楽しみにしていたのですが、若い人たち全然方言を話さないので、少々がっかりしました。そこで、大濠公園で一周二キロをウォーキングをしているお年寄りに追いついて話しかけると、懐かしい博多弁が聞けました。

 博多のおばあちゃんは毎年「黒門飴」というおいしい飴を、神戸に住む私たちに送ってくれたことを思い出しました。そこで駅に向かう横断歩道のところで、お年を召したご婦人に「黒門飴屋さんはどこにありますか?」とうかがいました。でも、もうお店はだいぶ前に閉じたのだそうです。私の祖父唐人町大塚眼科医院をしていましたと話すと、なんと憶えていてくださり、懐かしそうになさっていました。

 半世紀ぶりの地を訪ねるというのは、不思議感覚でした。

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2017-01-28

幼稚園時代の先生からのたより

久々に手に取った万年筆幼稚園時代先生手紙を書いたら、お返事をいただきました。私は神戸市須磨区にあった日本基督教団須磨教会付属千鳥幼稚園なでしこ組のとき担任先生で、まもなく77歳を迎えられるそうです。

 明るくて筋のとおった先生でいらした印象が心に残っていますが、今回のお便りで初めて、先生11歳のとき母親を亡くされて、ご苦労の多い若い日をたどられた後に、幼稚園先生になられたのだということを知りました。

 先生の祈りがあって、私は後年にイエス様を知るようになり、伝道者に導かれたのだなあと思います幼稚園時代先生が「修治先生」と書かれたのを見て、照れくさいような、背筋が伸びるような気持ちになりました。

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2016-05-10

「あなたはどこにいるのか?」

次の主の日「あなたはどこにいるのか?」という題で、創世記3章から礼拝説教をする予定です。このことばを読むとかならず思い出すのですが、説教にはふさわしくないのでお話したくてもできないことがあります

学生時代にキルケゴールを教えてくださったO先生は、もともと京都大学で理論物理を勉強していて、その後、キリスト教神学の研究に転じた方です。そのO先生が、他大学で教鞭をとる立場になって、ずっと後(30年ほど後でしょうか)、京都で講演会に招かれたそうです。その講演題として、創世記3章9節の主がアダムに呼びかけられた「あなたはどこにいるのか?」を掲げられたそうです。

 そうしたら、その講演会に、O先生の同年輩とおぼしき一人の女性が来られたのだそうです。その女性は「あなたはどこにいるのか?」という講演題を読んで、O先生がこの題に仮託して自分をさがしているのだと思い込んで、何十年ぶりで先生に会いに来たというのです。「いやーびっくり、冷や汗ものでした」色白の先生が顔を真っ赤にして笑っていらしたのを思い出します。

 あのO先生も天に召されたと三年ほど前、風の便りに聞きました。

2015-06-20

拾得物

 小学生のころ、兄はときどき「十円玉拾った」と言って交番に届けては、きれいな十円玉に交換してもらって帰ってきた。ぼくはうらやましくて、いっしょうけんめい探したが犬のウンチしか見つからなかった。そんなもの交番に持っていくわけにも行かないし、新しいのと交換してもらいたくもない。

 ところがある日、学校から帰宅したら、玄関がしまっていて、そこに不審な風呂敷包みが「落ちて」いる。交番に届けると、風呂敷包みの中から8個ほど玉子がはいった籠が出てきた。

 おまわりさんに調書を取られて、意気揚々と家に帰ると、母と来客が話している。「おかしいわあ。玉子の包み、玄関に置いといたんやけど。」

 玉子は来客の持ってきてくださった手土産だったのだ。・・・お客さんと交番に行くと、1割の謝礼を渡すようにと指導があり、ぼくはお小遣いをもらってしまった。大金だった気がする。

 お客さんは笑って、母は平身低頭していた。

2011-05-04

朋あり遠方より来る

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 ふるさとの高校時代の同級生の友人M君とRさんが、連休の中日にはるばる小海線に乗って訪ねてくれた。M君とは13年ぶりであり、Rさんとは高校卒業以来だから35年ぶりということになる。M君は、Rさんたち6人で今回の連休を小淵沢ですごしていて、その合間に小海に立ち寄ってくれたのだった。M君は電話では話そうとしても話すことのできないこと、でも話しておきたいことがあるとのことだった。

 M君は高校時代は生徒会文化委員長で論客として知られた。RさんはM君と話す私をかたわらで見ていて知っていらしたけれど、申し訳ないけれど、私はほとんど知らなかった。だがしばらく話すうちに面影が記憶の底から浮かび上がってきた。文化委員会で会計をなさっていたとのこと。当時も控えめだったけれど、今回も控え目にしていらした。二人の男の子(もう独立しているが)の母親であり、ある外資系の会社に勤めていらっしゃるよし。今回の連休の集いも生徒会OBたちの集まりであるとのこと。

 当時、高校にはM君と議論をして勝てる人は教員も含めていなかっただろう。M君は予算決定の会議で、毎回そのさわやかな弁舌で、体育会系の予算を削って文化部の予算の増額を果たした。筆者の中学からの友人山岳部のY君はたいそう悔しがっていた。勝ち目があるわけがない。M君は小学校に上がるか上がらないかのころから労働組合のプロフェッショナルの論客であったお父さんに訓練されて育ったのだった。

 筆者自身は、高校時代なにをしていたかといえば、恋もせず、生徒会活動にも加わらず、部活動にも属さず、ただひたすらモリアオガエルを追いかけていたのだった。あとは、将来国文学者を志すようになってからは、国語古典の授業では、いろいろと下調べをしては、ああだこうだと議論していた。そんなわけで当時、人を遠ざけていたわけではないけれど蛙との付き合いに時間が奪われて筆者の交友関係は狭かったのだが、M君はなぜか筆者のような者のことを心に留めていてくれたのが不思議だった。

 今日、話をしていてわかったのは、月に一度くらいM君といっしょに下校する機会があると、筆者はクリスチャンであるM君になにかと反キリスト教議論をふっかけてやっつけていたことが印象深かったのだそうである。こちらは、そんなこともあったっけくらいの記憶なのだが、M君にとっては強烈な印象として残っているようだ。もう一つは、文科系部活の発表会に個人発表として「モリアオガエルの研究」を部屋にいっぱい貼り出したことが印象的だったとのこと。このことについては、筆者はすっかり忘れてしまっていたのだが。

 そんないやな、蛙好きの反キリスト男が、大学にはいったとたん熱烈なキリスト教徒となって布教し始めたのだから、びっくりしたとのこと。そういえば浪人時代は猛暑の京都の予備校の集中講義に通うため、二週間ほど下宿をいっしょにしたこともあった。大学に入ってからも幾度かたがいに行き来したものだった。

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(小海駅の桜)

 もうひとつ不思議なのは、筆者が大学卒業後、神学校で3年間の伝道者としての訓練を受けて最初に赴いた練馬の大泉学園の近所にM君がたまたま住んでいて、ふとしたことから訪ねてきてくれて、家族ぐるみの付き合いが始まったことだった。彼には東欧から来た若い奥さんがいて、敬虔な正教徒だった。神戸と信州にわかれて住むようになってからも、うちを訪ねてくださった。こども好きの奥さんで、幼児用の英語の本とアンデルセンの幸福の王子をプレゼントしてくださった。

 その奥さんが先年召されたのだった。そのことは私も風の便りに聞いてはいたが、彼から直接聞いたことはなかった。今回、彼が電話では話せなかったこととして、顔と顔をあわせて話したいと言っていたことは奥様の逝去に関することと、奥さんの母国のご実家で育てられている二人のお子さんたちの消息にかんすることだった。あまりにも早い別れであった。が、もう時間もたったからだろう、淡々と、そしてお子さんの話の時はユーモアさえまじえて話してくれた。自分の身に置き換えようがないけれど、置き換えて考えると、慰めることばがない。 

 帰りは、M君とRさんに野辺山高原からの八ヶ岳をどうしても見てもらいたくて、車で送ることにした。小海線からでは野辺山高原の雄大な八ヶ岳は見えない。滝沢牧場から、雪をいただいた雄大な八ヶ岳にふたりが歓声をあげてくれたので嬉しかった。

 小淵沢に向かう車中、ふと気が付いた。おふたりを昼食に連れて行くのを忘れてしまったのだ。・・・私は十分、心の耳を開いて聴くことができたのだろうか。こんな配慮の足りない人間が、よき友に恵まれているのは、ほんとうに神のあわれみというほかない。