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苫小牧福音教会 水草牧師のメモ帳

2018-04-07

北海道聖書学院(HBI)入学式

 本日4月7日、北海道聖書学院(HBI)の入学式で、初めて司会をしてきました。学院から入院式と言った方がよいのではないかと事前に冗談を言っていたので、院長先生は私が入院式と言うかなと期待と不安があったそうです。本科生が4名ふえて(新入生3名、編入性1名)、1名信徒聖書コースに入りました。聴講生はこれからです。少ないと思われるかもしれませんが、寮の部屋が本科生用に15しかないのです。もっとも、もし本科生が15名を超えた場合には、それなりに対処する準備はあります

 院長の松元先生はヘブル人への手紙12章1−3節から

1.人生にはメリーゴーランドのような人生と、旅としての人生がある。メリーゴーランド楽しいけれど同じところをぐるぐる回っている。キリスト者人生目的地のある旅である信仰創始者であり完成者であるキリストから目を離さないで行こう。

2.キリスト者人生は、励ましてくれる信仰の諸先輩に囲まれて、最後まで走りぬく人生である

3.キリストは、私たち人生最初から最後まで同伴者となってくださる。パラリンピック視覚障害もつ選手に同伴して声をかけ続けるガイドスキーヤーのように、キリスト私たちに伴ってくださる。

という心に残るメッセージをくださいました。


北海道聖書学院を少し紹介します。

1.学びの面では、聖書を原語から釈義する訓練を受けることができます聖書を体系的にまなぶ組織神学部門では、神学思考力・判断力を身に着けることができます歴史神学部門では歴史上のキリスト教会に学びつつ勇気を与えられます実践神学部門では、熟達した牧会者がその経験聖書観点から整理して、現場牧師たちも聞きたいクラス提供しています

 過去20人規模のクラス編成の神学校で学んだことのある学生には、「HBIは小規模クラスなので、しっかり質問して学べる」と好評です。教員現場の牧会経験者たちです。

2.寮生活キリストにある生活訓練を受けることができる。みないい雰囲気ですよ。

3.卒業までに海外研修があります

4.スキー教室がある。

5.経済的には年間55万円で学費生活費が賄える。(海外研修積立はべつだっけ?)

 というわけで、伝道者として身をささげて生きるべく主の召しを自覚している方に、お薦めしたい良い学校です。スキーができなくても入れます・・・たぶん。ぼくはボーゲンしかできませんが、教員をしています

 ああ、それから北海道東京間の旅費は、以前は高かったのですが、航空券が安くなったのでだいたい往復3万円程度でOKになっています

ホームページはこちら  https://www.hbi-wmc.org/

2017-09-21

キェルケゴール『死に至る病』で、おなかがよじれる  

 きょうは北海道聖書学院での現代神学の授業で、キェルケゴールの『死に至る病』の第一編の最初文章をIさんに朗読してもらったのですが、「関係する、関係である関係という、関係・・・」と連発されて、あまりのわからなさがうけて、ツボにはまって読めなくなってしまいました。やむなく、続きをKさんに読んでもらったら、Kさん最初すらすら読んでいたのですが、そのうちまたもストップ。もう、クラス中、おなかがよじれるほど笑ってしまいました。

人間精神である精神とは何であるか? 精神とは自己である自己とは何であるか?自己とは自己自身関係する所の関係である。すなわち、関係ということには関係自己自身関係するものなることが含まれている──それで自己とは単なる関係でなしに、関係自己自身関係するというそのことである

人間は有限性と無限性との、時間的なるもの永遠的なるものとの、自由必然との、統合である。要するに人間とは統合である統合とは二つのものの間の関係であるしかしこう考えただけでは、人間はいまだなんらの自己でもない。

 二つのものの間の関係においては関係それ自身否定的統一としての第三者である。それら二つのもの関係に対して関係するのであり、それも関係の中で関係に対して関係するのである。たとえば、人間が霊なりとせられる場合、霊と肉との関係はそのような関係である。これに反して関係がそれ自身に対して関係するということになれば、この関係こそは積極的第三者なのであり、そしてこれが自己なのである。」

 

 難解ですが、一応、授業ですから、ここ何日か繰り返し読んでいるうちに、私は少しわかってきた感じなので、それを説明しました。

 それにしても、キェルケゴールでこんなに笑える授業になるとは想像しませんでした。もちろん、私も涙が出るほど笑いました。キェルケゴールがみたら、なんと思うでしょうかね。


<追記 2017年9月26日>

死に至る病』は最初がこんなふうなので、先に進まないままに断念してしまう人が多いようですが、先に進めば少し面倒でもちゃんと読める文章です。内容は、絶望を論じて、それが罪であることです。『死に至る病』の続編は『キリスト教の修練』という本です。

 私の単なる思い付きの仮説ですが、キェルケゴールが本論冒頭でこんな書き方をしたのは、彼が読者として想定した知識人たちに、「お、読んでみるかな」と食いつかせるためではないでしょうか。マタイ福音書の冒頭に系図があるのは、ユダヤ人に「お、読んでみるかな」と読ませるためであり、ヨハネ福音書冒頭に「初めに、ロゴスがあった。」と哲学的表現があるのは、きっとギリシャ文化圏の人々を引き付けるためであったのと同じように。

2017-07-29

涼しい夜

今夜も涼しいです。いま、23度。夏の苫小牧はいいです。冬に氷の世界で耐えたご褒美?

家内とワンコと港に散歩に行きましたら、魚釣りの人たちがいました。キュウリという魚とソイという魚が釣れていました。キュウリはかたちも細長くてキュウリみたいですが、においがキュウリなんです。

港公園をうろうろしているうち、夕闇が迫り、大きな自動車運搬船が灯りをつけて入港してきました。名古屋から来た船です。

HBIで2学期に現代神学と終末論を教えるので、ノート作成中。どちらもあれもこれも、と説明したら、きりがない。かぎられた時間の中で、単に知識の切り売り・情報提供でなく、判断する力をつけてほしいと思っています


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2017-06-29

丸山忠孝先生を見送りました

丸山忠孝先生の3日間の特別講義が終わりました。3日目は、母国フランスの宗教改革者としてのカルヴァンという近年の研究の観点からのお話でした。カルヴァンはいわばディアスポラとしてジュネーブにおり、そこで聖書を語る福音主義的説教者を養成し、また、文書を送って故国フランスの宗教改革を進めたのでした。少しまとまったら報告します。

ルターもカルヴァンもあの時代に神様が世に派遣した宣教師であり、私たちも21世紀の今という時代に神から世に派遣された宣教師であるという結びでありました。

お帰りは千歳空港までお送りして、フードコートで北海道の親子丼ぶりを食べていただこうと思ったら、おまけがついていました。北海道の親子丼とはシャケとイクラ丼ですが、それにウニとエビも乗っかっていました。

先生はあと2年で80歳だそうですが、精神も身体もタフで、相変わらず苦み走っていてダンディでした。

最後にアインシュタインのことばを引用なさいました。

Once you stop learning, you start dying.

あなたが学ぶことをやめた時、あなたの死が始まる。

2017-03-23

一歩前へ

 神学校新年度に向けて、組織神学キリスト論、救済論、聖霊論のノートを整理しなおしています。昨年は、初めての年だったので、自分としてはいまひとつ整理が行き届いていなかったなあと感じています。今度は、もっと順序を整理しておこうというわけです。昨年度、授業が終わった時、「知識においても、情熱においても、毎回わくわく楽しみにしていました」というお手紙をいただいたので、はげまされました。

新しい年度はさらに「一歩前へ」。

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