Hatena::ブログ(Diary)

苫小牧福音教会 水草牧師のメモ帳

2018-08-22

O.P.ロバートソン『契約があらわすキリスト』出版間近!

 35年前の神学生時代、「創世記から黙示録まで一貫する神のご計画をどのように読み取ればよいのだろうか。その鳥観図を得てこそ、各巻・各部分の正しい位置づけと解釈ができるだろう。」という願いをもっているなかで、 The Christ of the Covenants出会い、むさぼるように読みました。そして、母教会奉仕に帰った3年次には半年ほどかけて、その内容紹介のクラス担当させていただいたことを思い出します。以来、この本が邦訳されて広く読まれることになれば、どれほど日本キリスト教会にとって有益だろうかという思いを持ち続け、神学生必読書を紹介してくれと言われると、必ずそのリストには本書を入れたことです。

 このたび、ヨベル出版から本書が邦訳されて出ることになったという、素晴らしい知らせをフェイスブックで知ったので、ここでも紹介することにしました。

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2018-08-18

谷川直子『世界一ありふれた答え』

 この本の内容は重く厳しくつらい内容なのですが、ちょうど、あの青い海に砂浜にたたずむ白い傷んだピアノの表紙のように、決して重苦しくはなくてかえって心洗われていくような感想をもちました。それは、現実自分に向き合っていこうとする主人公の誠実な姿勢ゆえでしょう。人はその誠実さを回復していくとき、癒されていくという事実によって、人間も捨てたものではないと思わせられました。

https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%80%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%B5%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%AD%94%E3%81%88-%E8%B0%B7%E5%B7%9D-%E7%9B%B4%E5%AD%90/dp/4309025099/ref=sr_1_4?s=books&ie=UTF8&qid=1534571288&sr=1-4&refinements=p_27%3A%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E7%9B%B4%E5%AD%90

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2018-06-01

お知らせ「新・神を愛するための神学講座」連載スタート

「舟の右側」6月号から、「新・神を愛するための神学講座」の連載が始まります。前の「神を愛するための神学講座」は絶版になって20年ほどたちます。その後、教えられて来てみなさんにぜひお伝えしたいことがあり、また、そろそろ向こうからお呼びがかかるような年齢にもなったので、全面的に新たに稿を起こすことにしました。さわりを少々・・・

 キリストは無限の神と有限な人間との懸け橋です。またキリストは十字架の死と復活によって、神と人間の仕切りとなっていた罪を処理してくださいました。キリストは、その生と死と復活をもって、私たちに全身全霊をもって神を愛すること、そして隣人を自分自身のように愛することを教えてくださいました。

 

 許されるならば、18回連続。最後まで行けたら一冊の本にしていただける予定です。

よかったら、ご一読ください。

コチラ↓

http://www.revival.co.jp/

2018-03-16

「幸福の王子」

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  (ウォルター・レインによる)


 小学生たちが今日は8人わーっと嵐のようにやってきた。先週の6人に2人の新人が加わっている。ドラムをたたいたり、ピアノを弾いたりして大騒ぎしていたが、そうだと思いついて、「紙芝居を見る人!」と言ったら一人をのぞいて、手が上がった。

 手元にあった「幸福の王子」の紙芝居をしてあげた。アンデルセンの作品である。私が須磨の教会付属の千鳥幼稚園に通っていた時、たぶんクリスマス会で「幸福の王子」をしたことがある。私は、町の観光案内人役なのか市長役なのかさだかでないが、ともかく劇の最初に美しい姿の幸福の王子像を人々に自慢げに紹介し、最後にみすぼらしくなってしまった王子像をけなすという役だった。

 夏が終わり、ツバメたちがもっと暖かい地(エジプト?)に渡っていこうとするとき、一羽のツバメが幸福の王子の像の足元で一休みしていると、王子の目から落ちた涙がツバメを目覚めさせた。王子が貧しいやもめと子供をかわいそうに思って落とした涙だった。王子に頼まれてツバメはこの貧しい母子のもとに往時の剣の飾りの宝石をとどける。ツバメはなんだかとてもうれしかった。翌日ツバメが旅立とうとすると、王子は今度は自分のブルーの目の宝石を、貧乏画家に届けてくれと頼む。・・・・このようにして、王子はツバメに頼んで次々に自分の宝石、黄金を貧しい人々に届けさせる。ツバメはこの奉仕に夢中になり、そして、冬が訪れて、力尽きて死んでしまう。そのとき、王子の像の鉛で作られた心臓が二つに割れる。

 神は、天使に地上で最も美しいものを持ってきなさいと命じる。天使は王子の割れた鉛の心臓とツバメの亡骸を神のところにお持ちする。

 紙芝居が終わりに近づいて、「あ、そうだったんだ」と気が付いて質問した。「この幸福の王子は誰かのことを例えています。誰のことでしょう?」こどもたちは顔を見合わせていたが、S君が手を挙げてこたえた。「イエスさまです!」 幸福の王子はイエス様のことを指していたのだということが、幼稚園のころから五十数年もたった今日、はじめてわかった。なんとも鈍いことに、私はずっとキリスト教の幼稚園なのに、なんで幸福の王子の劇なんかしたんだろう?と疑問に思っていた。

「主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」(競灰螢鵐8:9)

 クイズが終わると、子どもの一人が言った。「じゃあ、ツバメは誰を指しているんですか?」胸を衝かれた。瞬間、主は私をあのツバメとして召して、あのツバメのように生きよとおっしゃっているのだとわかったからである。 

2018-02-20

辺見じゅん『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』

 先の敗戦後、ソ連軍は1945年2月米英とのヤルタ協定に基づき、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、対日参戦して満州に侵攻した。ソ連軍によってシベリヤに抑留された人々は57万5千人。氷点下30度を下る極寒の中での強制労働によって失われた生命は、厚生労働省政策レポート「シベリア抑留中死亡者に関する資料の調査について」には次のような数字が挙げられている。

(1)旧ソ連地域に抑留された者 約 575,000人(うちモンゴル約 14,000人)

(2)現在までに帰還した者 約 473,000人(うちモンゴル約 12,000人)

(3)死亡と認められる者 約  55,000人(うちモンゴル約  2,000人)

(4)病弱のため入ソ後旧満州・北朝鮮に送られた者等 約  47,000人

 上記(2)の473,000人の日本への移送は1947〜56年にかけて行われたが、なお残された人々は実に敗戦から12年目になってようやく戻された。本書の主人公と目される山本幡男氏は、1954年8月25日にハバロフスク強制収容所で亡くなった。だが、山本氏が家族にあてて癌に冒された最期の床で力をふしりぼって書いた遺書を、彼が収容所で秘密裏に主催した「アムール句会」の人々を中心とした6人が、分担し一字一句暗唱して、遺族に届けたのだった。なぜ暗唱したのか。収容所の管理者は、収容所内で行われた事柄にかんする秘密が外部に出ることを嫌って、文字の書かれた紙は見つけ次第すべて没収することになっていたからである。それまでも秘密の句会が開かれるたびに、メンバーはそれぞれセメント袋の切れ端に煤でつくった墨で記して、北溟子こと山本氏が批評して味わい、会の終わりには細かくちぎって捨ててしまわねばならなかった。事実、山本氏の遺書がしたためられたソ連ノートも、帰還を前にして没収されてしまった。

 アムール句会の仲間たちが、危険を冒してでも山本氏の遺書を遺族に届けたいと願ったのは、山本氏が強制収容所内にあって、虜囚に希望を与え続ける人だったからである。日本に戻ることなどありえず、自分たちは白樺の根元に埋められてしまう運命なのだと悲観する「白樺派」が多かった中で、山本氏は極限状況にあっても希望を語り続け、アムール句会を通して人々の心に光を与え続けたのだった。そうした北溟子山本氏がガンに冒されて帰国が望めなくなったとき、彼に遺書を書くことを提案した一人の友がいた。そして、彼らは山本氏が書いた遺書を読んだとき自分ももし遺書を書くとしたら、このようなものを書き残したいと思うものだったのである。

 もう三十年も前に読んだヴィクトル・フランクルの『夜と霧』をふと思い出した。収容所の極限の生活を生き抜いた人は、身体強壮な人々でなく愛や希望をうちに抱いた人々であったというようなことが書かれていた。


*シベリア抑留について

 http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20141009/p3