うんちくうんちくん

 

2009-12-20 少し前の話で恐縮ですが

先日うちの母が居間の雨戸を閉めようとしたらヤモリがちょうど窓ガラスと雨戸の隙間のところにいて、戸袋のあたりで姿を消したそのヤモリが翌朝雨戸を開けた際に家の中に入っては一大事、でももしかしたら一晩寝たらヤモリの存在をすっかり忘れて普通に窓を開けてしまうかもしれないと考えた母がカーテンの上に「ヤモリがいる!」とかいた紙切れをセロテープで貼っていたのですが、そしてそれはしばらくの間居間のカーテンに貼られ続けていたのですが、それを見るたびわたしは萩尾望都さんの『11人いる!』みたいだなあと思っていました。


それはそうと次のイベント参加予定は1月の大阪シティです。冬コミは落ちました。

2009-11-18 先週の話で恐縮ですが

今朝電車の中で(先週発売の)週刊モーニングを読んでいたら、『昆虫探偵ヨシダヨシミ』が映画化という記事が載っていて、一気に目が覚めました。

世の中に映画化の話は数あれど、告知ページを見た瞬間「ネタに違いない」と確信して「ネタです」宣言を探したにもかかわらずネタではなかったという体験は、最初で最後のような気がします。


自分的には今世紀最大の衝撃を受けたニュースだったのですが、残念ながら身近に昆虫探偵ヨシダヨシミについて話すことができる相手が誰一人いなかったので、勢い余って一年以上放置していたこの日記を再開させてみました。(続くかわかりませんが)


でも映画は観に行かないような気がします。わたしは映画は数年に一度しか観ないのですが、今年の夏すでに劇場版NARUTOを観てしまったのです。


2008-07-13 アヌスはアヌスでもオクタヴィアヌスなんです (読書ログ?)

腐女子妄言なのであまり真に受けないでください。

ローマ人の物語〈15〉パクス・ロマーナ(中) (新潮文庫)

ローマ人の物語〈15〉パクス・ロマーナ(中) (新潮文庫)

前回の日記において、(わたしの中で)完全に受として認知されたオクタヴィアヌス――もといアウグストゥス

こんなにも受々しいのだから、当然世の中にも彼を受だと思っている人がたくさんいるだろうとの思いから、ネットで検索してみたのですが……あれ?

アウグストゥス 受」とか、それらしい単語をいくつか組み合わせて検索してみたのですが、アウグストゥス受の魅力について語ったページはほとんどヒットしませんでした。

アウグストゥスは尊称だから、受として語るなら本名のオクタヴィアヌスの方が相応しいのかも……!とか余計な気をまわして「オクタヴィアヌス受」で検索してみても、結果は同じ。というか、前回のこの日記がヒットしました。なんて不毛な。

そりゃまあわたしも、さすがに「アウグストゥス受同盟」とかがあるとは期待していませんでしたが、少なくとも「アウグストゥス受」を標榜するサイトの一つや二つは、あっても良かったのではないかと。

なんたって現代は、やおい天国なのです。マンガやアニメはおろか、アイドルグループ野球選手も政治家も近所の人も、男が二人以上居れば(腐女子にとって)やおい妄想をすることはそう難しくありません。

歴史上の人物だってもちろん例外ではないのです。幕末だって三国志だってやおいがあるというのに、なぜローマ帝国アウグストゥス)のやおいがないのでしょう。

――というわけで、以下では不肖黒雲母アウグストゥス受を世の中に布教すべく、その魅力を勝手に語ろうと思います。


ローマ人の物語〈16〉パクス・ロマーナ(下) (新潮文庫)

ローマ人の物語〈16〉パクス・ロマーナ(下) (新潮文庫)

アウグストゥスの魅力――すなわち受々しさについては、すでに14巻のところに書いてあるよと思われるかもしれませんが、どっこい、アウグストゥスの受たる所以はそんな程度ではないのです。

外見は重要ですが、絵的にはものすごく重要ですが、それでもただ美少年なだけでは受とは到底呼べません。受が受たるにはその性格や立ち居振る舞いといった本人に由来することはもちろんのこと、当人の置かれた状況や周囲の人間といった外部の要因までもが関わってくるわけですが、その意味でも彼は完璧な受でした。

小説中でアウグストゥスの「右腕」と「左腕」と称されているアグリッパマエケナス。彼らはアウグストゥスの統治を語る上で欠かせない人物ですが、アウグストゥス受について語る上でもまた、欠かせない人物です。

二十代の頃から(アグリッパに至っては十代から)アウグストゥスを日に陰に支え続けた男たち――彼らがアウグストゥスとデキていたに違いないと思う根拠は「腐女子の勘」というただ一点にのみ基づきますが、わたしと同じように考える腐女子は世の中には多いと思います。支えられてこそ受です。守られてこそ受なのです。

さらに、アウグストゥスは真の受たる受として、これ以上にないほどの偉業を成し遂げました。

アウグストゥスの彫像はローマ帝国全域から広く出土していますが、そのほぼ全てが三十代くらいまでの彼を模したものだというのです。

77歳まで生きたにもかかわらず、彫像は三十代ばかり――その理由を、塩野センセイは「アウグストゥスによるイメージ戦略」だと推察していますが、腐女子代表として、わたしはそれに大きく異議を唱えたいと思います。

アウグストゥスは老けた像を作らせなかったのではありません。アウグストゥス自身が、年をとっても老けなかったのです。』

これは、世の中の「オヤジ受」なるジャンルの受の、そのことごとくが実年齢よりも若く見えることからも、決して根拠のないものではないということがおわかりになるでしょう。

まさに魔性の受です。これだから魔性の受なのです。