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2006-03-06 今日の雑感

[][] 子供に価値観の多様化を教える愚

子供の夜更かしや食生活の乱れをなくそうと、文部科学省は4月から、「早寝・早起き・朝ごはん」を合言葉に、朝のラジオ体操や学校での早朝読書会など、子供の生活リズムを改善させる様々な地域活動の支援・推進に乗り出す。

 具体的には、親子での早朝ゴミ拾いやラジオ体操、始業前10分間にパズルやクイズを解く「頭ほぐし運動」など、地域や学校が独自に実施する取り組みについて、文科省がその効果を検証したり、フォーラムを通じて全国に紹介したりする。2006年度予算案に1億3000万円を計上している。

 2月28日には、活動の推進母体として、日本PTA全国協議会、全国商工会連合会、全国ラジオ体操連盟など30団体による全国協議会発起人会を設置した。4月24日に全国協議会の初会合を開く。

 文科省の調査では、朝食を食べないことがある小学生は15%、中学生は22%に上る。国立教育政策研究所の03年度調査では、朝食を「毎日食べる」小学5年生は、「全く食べない」か「ほとんど食べない」子供より、国語・算数のテストで平均1割以上得点が高い傾向にあるという。



筆者の子供時代には,いつも夜9時になったら親から就寝命令が出てましたね.夜12時過ぎまで起きてられたのは大晦日くらいのもんでした.今は夜11時過ぎにコンビニに行っても,当たり前のように幼児が親と一緒に堂々と買い物をしてます.時代は変わったものですが,これでは早起きも出来ませんし,夜遅くにものを食べていれば朝ご飯も喉を通らないでしょう.

筆者も子供の時には,夜更かしする大人や親を観ていて「早く大人になって好きなだけテレビを見たり友達と遊びたい」なんて思ったりしたものです.しかし,子供の時に夢見た大人の行状なんて結局,空虚で大した事がないものが多いんですけどね.

政治評論家の三宅久之氏が以前,何かの番組で「子供に人権なんてないんだよっ」って発言されたのを聞いて,確かに極論的な物言いではあるが”全くその通り”だと思った自分の思考は親の躾に感謝すべきであろうか.子供にはその時代に多くの学ぶべき事があります.早寝・早起きの生活規範を教えることもさることながら,きちんとした挨拶の仕方等々,ものの価値を教える前に真っ当な人間ならもつべき礼儀を教え込むことが何よりも大事でしょう.親や社会による多少の強権発動もやむを得ません,子供のためです.子供の教育には知育よりむしろ,徳育を重視すべきです.”智慧”と”知恵”は似て非なるものです.徳育に由来する”智慧”をもつ人間になれば,自ずと勉強もするようになり”知恵”も身につくようになると筆者は思います.

文科省は誤った認識に基づく”ゆとり教育”をまだ継続するようですが,どうせ”ゆとり”を用いるのであれば,空いた時間にはもっと”道徳教育”を取り入れるようにしたら良いと思うのは筆者だけではないと思いますが,如何でしょうか?

上記の記事では朝食を食べる・食べないが知力(国語・算数の点数)と相関があると述べています.そこでは生活のリズムが子供の脳に及ぼす影響を論じているのでしょうが,こうした好影響(効果)をもたらす原因が”従来(昔)からの生活規範”にあることは明白です.要は筋が通っていると云うことでしょう.こうした生活規範は日本で昔から行われてきた徳育によって育まれてきたものです.この結果が統計的に観てどれだけ有意性があるのかは分かりませんが,少なくとも科学的な目を通しても理に適ったものだと言っているわけです.

世の中,いくら価値観が多様化しても,変えて良いものと変えてはいけないものがあります.そうした判断基準に”昔から日本社会にあるもの,残ってきたもの”を取り入れることは相当に有効な事ではないでしょうか? 子供には先ずこうしたことを教えていくことが肝要でしょう.価値の多様性は価値判断がきちんと出来るようになってから学べばよい,というよりこれが分かれば自ずと有効な判断を感じ取っていくことでしょう.


財団法人「日本青少年研究所」が日本、米国、中国、韓国の高校生を対象に行った「友人関係と生活意識」の比較調査の結果、日本の高校生は勉強や成績よりも、漫画・音楽など大衆文化や、携帯電話・メールの方に強い関心を抱いていることが分かった。

 どういうタイプの生徒になりたいかという問いには、米国や中国は八割、七割が「勉強がよくできる生徒」を第一に挙げたのに対して、日本はわずか四割に過ぎず、最も多かったのは「クラスのみんなに好かれる生徒」という項目だった。「失敗を恐れず、未知なものに挑戦する生徒」や「リーダーシップの強い生徒」という項目も四カ国中最低で、覇気に乏しく、ひ弱な高校生像が浮き彫りになった。

 なぜこうした意識が高校生の間に広がることになったのか。一つには、彼らの知的好奇心を刺激して、自ら学業を積み上げようとする意欲を吸い上げられなかった公教育、中でもゆとり教育が影を落としているといえよう。同時にまたこの社会が刻苦勉励することを重く見なくなった風潮を指摘しないではいられない。

 戦後の物の見方・考え方の一つとして、個性の尊重やら価値観の多様化やらが力を振るった。自己責任の下では何をしても自由という考え方だ。こうした考えを無批判に推し進めていけば、そこそこの人生が送れれば別に勉強に打ち込む必要などない、と易(やす)きに就き、目の前のことにしか関心を抱かぬ若者が出てきても不思議ではない。そうした意識が多数を占めることに、生命力を衰微させる国の行く末を見て取る向きも少なくあるまい。

 川の流れるように、ただ流れ流されて日を送るだけでは、人として生きる喜びが生まれるだろうか。磨かなければどんな美玉も輝かない。大志とは言わぬ。世のため人のために役に立つ人間になりたい−そういう“小志”くらいは抱きたい。そのために、力の限り努力するのが若者という時間の人生における仕事ではないのか。

 日本人は元来そういう国柄を持っていたはずだ。価値観多様化の時代ならばなおさら、若者が身を削る思いで努力することの大切さを社会全体がもう一度思い返し、再び時代のうねりとして呼び起こそうではないか。


上記は今朝の産経新聞の社説です.

見事?に結果が出ていますね.日本人としての礼節や生活規範を学ぶ前に”価値観の多様性”とやらを信じ込まされてしまった不幸な現代高校生達の現実です.

しかも,知的好奇心(知恵の獲得)さえ失われようとしている.彼らの親はこれをどう受け止めているのでしょう?

日本人が従来から受けてきた教育を”愛国心を煽る”だの”全体主義への第一歩”だと詰る前に,上の結果が何を意味するのかよく考えていただきたいものです.

今の学校教育は”亡国”を促進する起爆剤みたいなもんです.



↑日本の伝統と日本人としての誇りを破壊する↑

皇室典範の改悪に強く反対します(万世一系HPにとびます).


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