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2006-04-01 今日の雑感

[][] 歴史捏造主義か歴史修正主義か?

未だにあのアカイ爺さんの影響力を排除できない読売の言説にしては珍しくまともな以下の社説.中共工作の一環と知ってか知らずか,のこのこと毎度,支那詣でに勤しむ間抜けな元首相達,橋龍さん,アンタの行き先は中共ではないですよ・・以下自粛.

ところで,中共のいう”A級戦犯が祀られている靖国神社へ指導者が行くこと云々・・”には整合性があるとの見方がある(よくサヨクが言っている).「1978年にA級戦犯が靖国神社に合祀されたときには中国は何も言わなかったくせに,1985年に当時の中曽根首相が参拝した段になって初めて非難したじゃないか」という言説に対する一種の返し技である.

確かに論理的視点のみに立てば整合性はあるだろう.日本の一神社に戦犯とはいえ亡くなった人の魂を祀ることに対して,さすがの中国も内政干渉をしていないとの見方だ.しかし,これは飽くまで中共側の視点を善意化しているだけであって,政治的視点の配慮に欠ける考え方ではないかと思う.

ご存じの通り,中共はわが国より遙かに狡猾外交の上手い国である.1978年の合祀の時点でもし,このことが政治的工作に利用できると踏んでいたならば,内政干渉をものともせず,思い切り声を上げてきただろう.首相が1985年に参拝して初めてそれに気付いただけのことである.何しろ,チベット侵略に対する非難を平然と内政干渉と言いきる国だ,それくらいの斟酌がなければいいように騙される.

筆者は小泉首相の靖国参拝への考え方には全くもって賛同しかねるが,ただご英霊を敬うという一点にのみ賛意を示す.一連の小泉式政治手法の中において,これしか賛成できるものはないとも云える.よって,後継総理の真の意味での参拝や,来るべき天皇陛下のご参拝を実現するためにも,ここは断固譲ってはならない.今年こそ8月15日,堂々と正装で参拝して欲しい,そして「今日のわが国の発展はご英霊の高貴な礎の上に成り立つものだ,わが国にもはや戦犯などいない,他国に口出しされることでは断じてない!」とはっきり宣言して欲しい.超希望的観測だろうが・・・.

中国の対日姿勢に変化の兆しがあるのかどうか、注目された「重要講話」だった。

 中国の胡錦濤国家主席は、日中友好7団体の代表と会談し、「A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社を日本の指導者たちがこれ以上参拝しなければ、首脳会談をいつでも行う用意がある」と語った。

 日中首脳の相互訪問が途絶えている原因は小泉首相にあり、小泉内閣の下で関係改善は困難、と言いたいのだろう。

 「指導者たち」という言い方から、「ポスト小泉」候補が仮に首相に就任した場合は、靖国参拝をすべきではないと牽制(けんせい)する意図がうかがえる。

 あえて「重要講話」としたのも、日本側に明確にメッセージが伝わるようにしたい、ということではないか。



 だが、中国が靖国参拝の中止を声高に要求している限り、首相が参拝をやめれば、日本国内では「他国の圧力に屈した」と受け止められるだけだろう。かえって「嫌中」ナショナリズムをあおる結果を招きかねない。

 胡主席は「争えば双方が傷つく。中日友好を発展させることが、両国の利益に合致する」とも述べ、交流拡大の必要性を訴えた。

 2月の二階経済産業相訪中以来、閣僚レベルの交流は復活しつつある。だが、最も重要な交流の機会は首脳会談だ。

 小泉首相は「靖国参拝という一事をもって首脳会談を行わない国は、中国と韓国のほかにない」と指摘している。その通りだ。

 中国にしても、トップの要求が日本に聞き入れられなければ、江沢民・前主席時代の「反日」愛国教育で育った世代から、体制批判が出かねない。

 いつまでも「歴史」を外交カードにすれば、互いに抜き差しならない事態になるだけではないか。

 中国国内にも、対日政策の見直しを求める声が出ている。

 中国社会科学院の元日本研究所長は最近、「歴史の決着を最優先すれば、両国関係は絶え間ない悪循環に陥る」との見解を中国の専門誌に発表した。

 「絶え間ない悪循環」を避けるためにも、中国は、「歴史」認識と首脳会談再開を絡める姿勢を改めるべきだ。

 「歴史」認識に関する問題は、他国が口をはさめば事態を複雑にさせる。が、そのことは、日本人が「歴史」に無頓着でよいことを意味しない。

 あの戦争は何だったのか。戦争責任をどう考えるべきか。戦没者をどう追悼したらよいのか。「歴史」と向き合い、国民的議論を深めることが必要である。


ふむ,歴史認識か.最近は中共も従来の歴史認識が通用しなくなってきているためか,手を変え品を変え突っかかってくる.サヨクが”歴史修正主義”などと勝手にレッテル貼りする問題だ.南京大虐殺が段々と下方修正され,Genocide(Massacreとも・・虐殺の定義など,ここでは無意味だ)とのプロパガンダが通用しなくなってきたと思っていたら,今度は重慶大!爆撃の訴訟ですか?

重慶爆撃に関しては”日本を見つめる”さんのエントリーでも取り上げておられるが,以下の考え方が筆者にとっては一番しっくりくる.

重慶は、国民党軍が各建物の上に高射砲や対空機関砲を据えたりして、一般人を盾としていたために起こった被害であり、これは、国民を戦闘に巻き込でも平気な中国支配層の考えが起こしたものである。

日本は、一般人の犠牲を最小限とする努力をしており、重慶でも爆撃の前にビラを投下して一般人は退去するように警告していたのを、一般人を盾にするような卑怯な戦法を採った国民党政権の卑劣行為である。


確かに,この認識は,どうしても旧日本軍を悪者に仕立て上げたい連中にとっては許せない考え方だろう.筆者は中共側民衆が「日本が重慶を爆撃した」という歴史事実のみをもって(誇張・捏造を排したと言う意味),勝手に日本を恨むことに何の問題もないと思っている.東京大空襲や原爆投下という非道なる行いに対して日本人がアメリカにもつ根源的な恨みと基本的には同じものだ.

だが,これが政治的な意味合いにおいて発せられたのなら,きちんと”それは違う”と日本側の論理を説明しなければならないのは自明である.ましてや訴訟なら尚のこと,”1952年以来,中共側,国民に戦時賠償の請求権はない(日華平和条約,1972年の日中共同声明ではそれを追認した)”という歴史的事実を公に反芻しなければならない.当然のことである.

引用した考え方は歴史認識の一つではあるが,決して”歴史修正主義”なんかではない.あるのは対立した二者から観た一つの歴史事実に対する考え方だけだ.引用文は日本側から観た論理で,そうでないのは中共側から観た論理である.大方のレッテル貼りする者達は,我々を”歴史修正主義者”と揶揄する前に自分たちも非日本側から観た”歴史修正主義”に加担していることに気付くべきである.

では歴史事実とは何だろう.一切の感情的評価を排した物理的現実といって良いのか?

例えば,Aという人物の射殺死体を見たB,Cの二人の者がいたとする.二人は何故,そこに死体があるのか経緯を全く知らないし,彼ら以外にそれを公表できる人がいないものとする.BはAが何者かに理由もなく殺されたものと勝手に考え,またCはAがきっと誰かに恨まれてたから殺されたんだと考えた.この場合,歴史事実は”Aが銃で撃たれて死んでいた”ということだけだ.だが,これを公にする場合には死体を目撃したBとCが何らかの形で発信しなければならない.当然,BはAが理由もなく殺されていたと主張するだろうし,CはAが恨まれた末に殺されたと主張するだろう.客観的事実は一つなのに,その事実はBとCによって二つ生成されてしまう.

勿論,BとCによる事実発信は単なる歴史認識の問題であるが,それと同時にある歴史事実がそれを目撃した者のフィルターを通してしか後世の者には認識できないことを物語っている.何だか量子論めいた話になってしまったので,以下の文を引用したい.

「歴史は事実である」の言明になぜ無理があるかというのは、まず経験的に知れる。わずか半年前、あるいは1週間前、あるい今起きつつある出来事でも、事実は分からないものだ。それについて、語る人の数だけ、「説明」がある。何が事実であるかは、一体、接近可能かどうかすら保証されないものだ。最近の事件では、野口氏が自殺したかどうかすら、分かっていない。

なぜそうなるのかも、明らかだ。確定可能性がある事実とは、個々の要素的な物理的事実なのだ。例えば傷口の観察だ。これだけでも何かが分かりそうなものだが、それが難しい。そして、何が真実だったかの確定は難しい。


引用は”worldNote”さんのエントリーである”歴史は事実じゃない”からさせていただいた.筆者もこの意見に賛成で,歴史事実はそれを語る人の分だけ存在する.このことは左右に関係なく歴史検証において,皆がもつべき観点であると思う.

これを鑑みると,”歴史修正主義”という考え方が如何に狭隘で一方的なものの見方であるかが分かるのではないか.

*今日はまた”である”調で書いてみましたが,なかなか歴史問題って根が深いですね.まぁ,中共や南北朝鮮の主張する歴史問題は安直ですけどね.


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dame&mudadame&muda 2006/04/03 23:48 本当にもういい加減うんざりですね。
礼儀をわきまえない野蛮な近隣諸国と国内の蛮人達に向かって、「火のように侵略するのが正しい時代であった」とつい本音を言いたくなりますよ。(笑)

kousotsudrkousotsudr 2006/04/04 12:06 >dame&muda様,コメント有り難うございます.
>「火のように侵略するのが正しい時代であった」
彼らには,その当時まともに国を制御する能力に欠けていたんですね.ですから”五族協和”の精神など理解できなかったのでしょう.
彼らの精神性が向上するのはいつになることやら,気が重くなりますね.