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2008-03-02

[][][][]隣人訴訟

昭和52年5月8日、三重県鈴鹿市で一人の男児が自宅裏の農業溜池で水死する事故があった。母親が買いものに行っている最中の出来事である。母親が出かける際に、隣戸の友達と遊ぶ男児について、友達の母親との間に「よろしくお願いします」「二人で遊んでいるから大丈夫でしょう」という旨のやり取りを交わしていたことから、男児の両親が、隣人である友達の母親らを相手取って損害賠償を求める訴えを提起した。

一審の津地方裁判所昭和58年2月25日判決(判例時報1083号125頁 判例タイムズ495号64頁)では、7割の過失相殺を認めたうえで被告側に賠償を命じた。これに対して、原告側は控訴を検討したものの、侮辱的あるいは脅迫的内容の電話・手紙が殺到したため、控訴を断念し、訴えを取り下げざるをえない事態に追い込まれた。いわゆる「隣人訴訟事件」である。ドラマ化もされているので、知っておられる方も多かろう。

この事件の際に、法務省が見解を発表している。先ごろ検索をしてみたところ、驚くべきことに、法務省ウェブサイトも含め、この見解が利用しやすい形ではウェブ上に存在しないことが分かった*1。このようなことは、望ましいことではない。そこで、煩を厭わず、以下に見解全文を掲げる。引用は、星野英一『隣人訴訟と法の役割』(有斐閣 1984)*2による。

本件は、訴えを提起したこと自体やその後の訴訟上の対応などを非難した多数の侮辱的ないし脅迫的な内容の投書や電話が原告及び被告のもとに殺到したため、原告は第一審で一部勝訴したにもかかわらず訴えそのものを取り下げるをえなくなり、また第一審で一部敗訴し控訴した被告も原告の訴えの取り下げに同意せざるをえなくなったものであって、そのため裁判を受ける権利が侵害されるに至った事案である。

いうまでもなく、裁判を受ける権利は、どのような事実関係であっても、自己の権利または利益が不当に侵害されたと考える場合には、裁判所に訴えを提起してその主張の当否についての判断及び法的救済を求めることができるとするものであり、国民の権利を保障するための有効かつ合理的な手段として近代諸国においてひとしく認められている最も重要な基本的人権のひとつであるところ、前記のような多数の者の行為により、これが侵害されるに至ったことは人権擁護の観点からは極めて遺憾なことというほかはない。

法務省としては、かねてより自己の権利を主張する場合にあっても、相手の立場を配慮し、互いに相手の人権を尊重することが必要である旨強調してきたところであるが、本件を契機として、国民ひとりひとりが、法治国家体制のもとでの裁判を受ける権利の重要性を再確認し、再びこのような遺憾な事態を招くことがないよう慎重に行動されることを強く訴えるものである。

昭和58年4月8日 法務省見解 (上掲書p234)

付言すれば、世は必ずしも「味方」と「敵」に二分されているわけではなく、「悪しき味方」ないしは「悪魔の接吻」ということがありうる。したがって、「味方」の側こそが、「慎重に行動」しなければならぬ局面というものもあろう。また、上の事件は「日本人論」や「日本文化論」の脈絡で論ぜられることがしばしばであったけれども、このような発想は生産的ではなかろう。ここでみられるような軽挙妄動をする手合いは、古今東西の別なく湧いてくるものであって、「法」が困難であることはいずくも同じだからである。現代日本社会において、こうした輩をどのように抑制していくか、その個別具体的な方策こそが知恵の使いどころであろうと考える。残念ながら、こうした「方策」について、私には未だ定見はない。

以上をもって、二日遅れ、或いは三週間遅れの意見表明に替えることとする。なお、上掲書には「隣人訴訟」事件当時の主要新聞各紙の社説が載っているので、以下に引用する。興味があればご覧頂きたい。むろん、論旨に諸手を挙げて賛成する趣旨で引用するのではない。


伝統的社会の未熟な部分

 預けた幼児水死の隣人訴訟(津地裁)の原告が、“非難集中”に耐えかねて七日、訴えを取り下げた。判決の当否とは別に、伝統社会の未熟な部分を見る。
 「置いてってよ」「じゃあお願いね」―親しい近所づき合いでは、ふつうどこでも見かける風景である。助けられたり、助けたりは「遠くの親類より近くの隣人」というほど、きわめて伝統的な近隣習俗であった。
 その子供が水死したことで、法の論理は、預かった側に損害賠償の支払いを命じた。
 世間は黙っちゃいない。その日から被告側には激励の声が殺到し、原告側には非難攻撃の矢が集められた。ある意味で、加害者と被害者の立場が完全に逆転した。原告と被告の立場が入れ替わった感じさえ受ける。
 原告側は嫌がらせ電話と攻撃の手紙に追いつめられたばかりでなく、子供や親類にまで累が及び、父親はそれまでの職場を追われて転職せざるをえなかった。
 「これでは生きていけない」ほど疲れ果て、追いつめられたことが、訴訟取り下げの理由といっている。ありていにいえば、法の目でなく、世間の目の追及に耐えられなかった。
 もともと、この判決に私たちは法の限界を見る思いであった。法の限界とは法の不備のことではなく、善意の過失責任を金銭的な対価に計量化することの、基本的なためらいのごときものである。
 ただ、ここで留意しなければならぬのは、原告側が繰り返しいっているように「隣人を訴えるのが本意でなく、あんな危険な場所を放置しておいた公共責任を追及したかった」という点である。
 当事者の話を総合すると、原告側が「隣人を訴訟に巻きこんだ」のは「訴訟技術」の問題であって本意ではないとする説がある。
 一般的にいって、民事訴訟の法廷では、当然のことに、対立する両者の主張が、その目的を擁護するために極限にまで高められる。つまり、いいにくいことだが、法廷で展開される事実関係とは、極言すれば「裁判上の事実」であって、「近所づき合いの事実」とは別のものになる可能性がある。
 その意味で、一方的に原告側に寄せられた非難集中の矢は、裁判上の事実だけを材料とする、いささか感情的な反応といわれても仕方がない。ある意味では、正義感の過剰顕示のようなところがある。
 善意といたわりを基として成り立っているはずの日本の近隣社会のヨシミの構造とは、一つには、相手の立場を自分の立場として考えることだろうと思う。素朴にいって、愛児を失った両親の悲しみも思わないわけにはいかぬ。勇気を出していうなら、今度の訴訟取り下げは「隣人から金を取るために裁判に持ちこんだのではない」という原告側の精一杯の「抗議」だったかもしれない。
 問われるべきは、国や自治体などの過失責任を追及できなかった判決であった。判例はこのまま生き残るというし、この訴訟取り下げは、なにひとつ解決しなかったばかりでなく、難解な宿題を先送りしたにすぎない。

中日新聞昭和58年3月9日付社説(上掲書pp235-236)




近隣訴訟と法の役割

 三重県鈴鹿市で幼児が母親の留守中に溜池に落ち、水死した事故をめぐり、近隣の夫婦の間で争われた裁判で、勝訴した原告の夫婦に全国から電話や手紙によるいやがらせが相つぎ、それにたえかねた原告は七日、訴訟の取り下げ手続きをとった。
 近所付き合いのよしみで預かった子供の不幸な死が裁判に発展したのも珍しいが、いやがらせや脅迫で訴訟断念に追い込まれたのもまれな例で、衝撃的ですらある。
 近隣社会の紛争解決のあり方や、憲法の掲げる「裁判を受ける権利」の保障、意見を異にする人をすぐ村八分にしたがる心理など、今回の出来事の根底には、私たちに深刻な反省を迫る幾多の問題が横たわっているように思われる。
 原告夫婦へのいやがらせは判決直後から始まり、電話は六百本、はがきや手紙は五十余通にのぼった。長女は学校でいじめられ、夫は電気工事の仕事を打ち切られ、転職を余儀なくされたという。
 もともと、この訴訟では県や市も被告になっていたが、判決では県や市の過失が認められなかったために、「隣人」の責任ばかりが浮き彫りにされた。だが、善意で預かった子の死亡事故で、預かり主が賠償を命じられた例はないわけではなく、判決は法の世界では決して非常識なものではない。
 にもかかわらず、今回の判決に違和感をいだく人びとが多く、結果的に陰湿ないやがらせを誘発したのは、私たちの間で、近隣紛争の解決を法や裁判に訴えることへの抵抗が根強いことによるのだろう。
 日本人は家庭や近隣間の問題に法が介入するのを伝統的にきらう傾向が強い。それは一つには、同質性の高い地域社会では慣習などに基礎をおく生活規範で秩序を維持し、住民間の利害を調整することができ、あえて法の介入を必要としなかったためである。
 それに加えて、明治政府による近代法の導入が、不平等条約改正のため法治国家の体面を整えるという目的で、性急に、政治的に強行されたという事情も見落とせない。法の建前と現実の生活規範とのズレは、過去百年にわたり日本の法律文化を彩ってきた顕著な特色なのである。
 もちろん紛争をどのように解決するかは、個人の哲学や感情の問題である。社会や文化の型とも深くかかわっている。
 今回のような事件で原告に反感をいだく人がいるのは、日本の社会では不思議はない。何事も裁判に訴える傾向の強い欧米でも、訴訟による解決は社会的コストがかかりすぎると、反省の声が聞かれる昨今である。
 しかし近隣紛争に発する訴訟が増加傾向にあるという現実は、地域社会内部の紛争処理能力が次第にうしなわれつつあることを物語っているのではないだろうか。
 「裁判を受ける権利」が憲法で保障されている体制のもとでは、法と裁判は万能ではないにせよ、ごく当たり前の紛争解決の一手段であるはずである。そうした意味で広い視野で今回の訴訟の行方を見守る度量が、私たちにあってよかったのではないか。
 訴訟に訴えたことに疑問をもつ人びとでも、原告夫婦に加えられた匿名のいやがらせを是認はしまい。民主主義は意見の多様性を尊重する政治制度であるが、それだけに発言には責任が伴う。
 自分を安全な位置におき、そこから相手の人格を攻撃する匿名のいやがらせは卑劣で、民主主義社会と相いれない。コミュニケーションの発達により被害が深刻になりがちであるだけに、なおさら許されまい。

朝日新聞 昭和58年3月9日付社説 (上掲書pp237-238)




 坊やの水死について、預けた隣家などの責任を求めて起こされた三重県の「隣人訴訟」が大きな波紋を呼んでいる。隣家の責任を認めた先月末の一審判決もさることながら、今度は、勝訴した原告に対して、いやがらせの電話などが殺到したため原告側が裁判の継続を断念するという事態になり、それらの是非をめぐって、茶の間や職場でも論議がまき起こっている。
 いずれの立場に立つにせよ、極めてあと味が悪い。法律によって権利と義務を明確にしてゆく、新しい動きと、それになじまない、日本型社会の古さが露呈された感じだが、事はそれだけですまない。隣とのつきあいや、地域社会はいかにあるべきか。戦後の激しい都市化の波の中で、似たような「不安定な関係」にさらされている市民は多く、お互いの問題としてつきつけられた大きなテーマであろう。
 外出するため、三歳の坊やを隣家に預けた。ところが、その坊やが近くのため池で水死した。預けた方の夫婦は、池の管理などがずさんだとして、国、三重県、鈴鹿市、砂利業者などを訴えると同時に、隣家にも監督の責任を問うた。一審の判決は国や自治体などの責任は問えないとし、結局、坊やの両親に七分、隣家に三分の割合で監督の責任を認め、隣家に五百二十六万円の賠償金を支払え、と命じた。
 この裁判について、世間では二つの点で強い異論が出た。一つは、隣人を訴えるとは何事か、これでは近所づきあいもうっかりできないではないか、という原告への批判。もう一つは、裁判官もおかしい、もう少し、世間の常識に合った大岡裁きができないのかという議論である。
 いずれも素朴な国民感情の反映で、同じように首をかしげた人は多かったにちがいない。これまでの、日本の隣同士の助け合いやほのぼのとしたつきあいに水をさすような違和感が否めないからだ。
 しかし感情論と法的な合理性は別だ。何もかも法律や裁判で決着をつけようとする“乱訴の時代”に首をかしげることはできても、この坊やの両親が隣家をも訴える権利は何人も否定できない。法によって明確に保障されている。
 また、いやしくも、人の子供を預かるときは、全くの放ったらかしでなく、なにがしかの責任をともないますよ、という判決にもうなずける点はある。何となく、ナアナアで、事柄をあいまいにしてしまう日本的風潮に一石を投じた判決といってもいい。
 そう考えてくると匿名の電話や手紙で原告を「人でなし」呼ばわりし、また家族はもとより親類まで白い目で見るようなことは、極めて陰湿な、古い日本型社会のいやらしさが、もろに出てしまったもの、といえる。電話で非難した人のなかには善意の人たちが多いにちがいない。しかし、結果的には、戦前の“むら八分”―それも、ものすごくスケールの大きな全国的な非難の大合唱一家を集中攻撃したことになる。
 この裁判の不幸の一つは、原告の最初の意向と違う方へ、経過が流れて行ったことだ。原告は、ため池にロープやサクをつけるなどの安全対策をとるべきだといわれていたのに、それを怠った国や自治体の管理責任を問うのが目的で裁判を起こした。しかし付随的に加えたという隣家の責任だけが残ってクローズアップされた。議論される時は、そのあたりの経緯がすっとばされ、隣家の責任を問う、その一点だけであれこれ、いわれたきらいがある。
 ともあれ、都市部のマンションなどの集合住宅、新興住宅地で、新しいつきあい方が求められている。他人のプライバシーにまでドカドカと踏みこんだ古い日本型交際に反発するあまり、顔が合ってもあいさつ一つ交わさない隣人がふえている。かといって欧米風の市民社会のルールやモラルもない。その点ではむしろ、この「隣人訴訟」とは逆の、あたたかいつきあい方が望まれるのだが、それは決して何もかも無責任ですます関係であってはなるまい。愛情に裏打ちされ、しかも節度のあるつきあい方をみんなでさがさなければならない。

毎日新聞 昭和58年3月9日付社説 (上掲書pp239-241)




「隣人裁判」と訴えの取り下げ

 鈴鹿市で起きた幼児のため池水死事故をめぐる損害賠償請求訴訟は、先月、津地裁で言い渡された判決が、さまざまな反響を呼んでいた。だれしもの身近で起き得るトラブルだけに、人それぞれに意見や感想を持ったことだろう。
 ところが、その反響が過熱して、勝訴した原告夫婦に非難や中傷の電話、手紙が相次いだため、夫婦は、訴えそのものを取り下げる手続きをとった。
 勝訴しながら、原告が訴え自体を取り下げるなどという事態は、極めて異例のことである。
 敗訴した側は、すでに控訴の手続きをとり、争いは、改めて上級審の審理に持ち込まれようとしていたのだが、この訴え取り下げに、控訴人が同意すれば、訴えは消滅する。
 裁判の結果、あるいは訴えのかたちに、どのような感想を持ち、どんな批判をしようとそれは自由だ。
 しかし、今回のケースのように、原告の自宅へ、直接、攻撃的な非難中傷の行動に出るのは、全く冷静さを欠いた対応で、慎むべきことというほかない。
 昼夜を分かたず、多い時は一日三百本もの電話がかかったというが、こんな一方的な、意見の押しつけは暴力と何ら変わるところがない。
 一種の正義感にかられての行動というかも知れないが、見も知らぬ他人に、こんな行動をとることは、明らかに常識外のこと。おそらく非難中傷のテーマとしたであろう人間関係、隣人関係を語る資格がないものの行動といってよかろう。
 原告は、電気工事の請負という仕事も、判決の後、打ち切られた。小学生の長女は、近所や学校で、嫌がらせをうけた。現代の村八分ともいうべき仕打ちではないか。
 意見の相違が、どのようなものであれ、こんなかたちで、訴訟の中断を招いたことは、まことに残念なことであった。
 もともと、わが国の社会には、契約の意識が薄いといわれる。約束事が、ハラとハラで決められたり、義理人情のしがらみが先行したりもする。そうした関係から、裁判で争うこと自体を嫌う風土も作られた。
 物事をつきつめず、人と人が、わかり合える社会は大いに結構な社会だ。あいまいといえば、あいまいだが、そうした伝統的風土をよしとして、重視する人はなお少なくない。その風土に、近代の権利意識が導入され、近年は、わが国の社会も確かに変わって来た。権利意識の高まりにつれ、最近は、何でも裁判の場に持ち込めばいいという乱訴の傾向も一部に出はじめたともいわれるほどだ。
 今回の訴訟も、こうした風土や背景を考えると、議論の分かれる内容を含んでいたことは確かである。
 津地裁の判決は、民事訴訟として法のモノサシを当てれば、確かに、ひとつの解決のかたちであるには違いない。
 しかし、勝訴した原告にしてみれば、行政責任が問われなかったことに不満が残ったし、一方、敗訴した側や、わが国の伝統的風土を重視する立場の人たちには、人間関係の点で、割り切れなさが残ったはずだ。
 そのあげく、過熱した反響が訴えの取り下げという異例の事態を招いた。こうした流れを見て、感じさせられるのは、いまの、われわれの社会が、さらけ出した「未熟さ」ということではなかろうか。
 人間関係も、そのるーるである法についての考え方も、一人ひとりが育て上げ、成熟させていかねばなるまい。
 問題になった損害賠償の裁判自体が、隣人を訴えたという点で、人間関係、隣人関係を考えさせられるテーマだった。それだけに、その判決への反響が、また人間を傷つけるような形で波紋を広げたのはなんとも悲しく思える。反響のあらわれ方も合わせて、現代社会の一段面をのぞかせた裁判だった。

読売新聞 昭和58年3月9日付社説 (上掲書pp241-243)




「裁判を受ける権利」の保障を

 他人に預けた幼児の水死事故をめぐる三重県鈴鹿市の隣人訴訟で、原告、被告双方に全国からいやがらせ電話などが相つぎ、訴訟が取り下げられる、という問題が起きた。それについて法務省は「裁判を受ける権利」が侵害されたとして、再発防止のため国民に自重を求める異例の見解を発表した。
 私的な紛争の解決を訴訟に求めることは、見解もいうように基本的人権の一つである。民主主義は意見や行動の多様性を認め合い、互いに尊重する制度でもある。自己の意にそわぬ立場の人に村八分的な脅迫を加えることは、民主主義社会とは相入れない。
 法務省人権擁護局は、憲法をはじめ民主的な法制度の国民生活への定着につとめてきた。今回の問題に機敏に対応したのは、当を得た措置といえるだろう。
 だが見落としてはならないのは、今回の陰湿ないやがらせが、多分に訴訟自体への違和感によって誘発された面が大きいという事実だ。欧米社会では日常茶飯事といわれるのに、わが国では、近隣紛争を裁判にもちこむことに、なぜこうも抵抗が強いのか。
 それは、日本人の「法ぎらい」や「裁判ぎらい」に行きつくだろうが、このさい、われわれ自身の法や裁判に対する考え方を再検討してみる必要があろう。
 裁判ぎらいについては、三つの説明の仕方があるようだ。一つは、法意識の遅れととらえる立場だ。明治政府による裁判制度や近代法の導入が、法治国家の体裁を整えるという政治的目的で性急に行われたため、法が日常生活を規律する規範として十分に根づかず、人びとの意識の中に前近代的な因習が根強く残っているというのである。
 第二は文化の型の違いによるとする見解だ。それによると、欧米の闘争・競争型社会とちがい、わが国は調和と話し合いを尊重する和合型社会で、そこに裁判ぎらいの真の原因があり、どちらが進歩しているとか遅れているとかの問題ではないという。
 日本人の情緒的な国民性が、ものごとの論理的な側面だけをとらえて、黒白をつける裁判制度になじみにくいのだとする意見もある。これに対して、史実によれば日本人は古来、決して裁判ぎらいではなく、それが裁判ぎらいになったのは、為政者が国民の要求にこたえるための裁判制度の整備を怠ってきたためだ、とする主張もある。
 いずれの見解が正しいかはともかく、確実にいえるのは、近隣紛争に端を発する訴訟が増加しつつあり、今後もその傾向に変化は見られまいということだ。それは、地域社会内部の紛争処理能力が失われつつあることを物語っている。
 現実のそうした変化は、法や裁判に対する人びとの意識をも変えていくだろう。その可能性を見落としてはならない。
 法務省見解は「裁判を受ける権利」の重要性を強調するが、そう考えるのなら、見解の公表にとどまらず、国民が容易に裁判を受けられるよう、制度改善策を講じることが必要だ。国民が訴訟に二の足を踏む大きな理由の一つは、時間と費用がかかりすぎることと、よい弁護士が得られないことにある。
 まず裁判官や弁護士の大幅増員が不可欠である。貧しい人のために裁判費用を立て替える法律扶助制度の充実、沙汰には欧米で実施されている訴訟費用保険の導入なども、検討に値するだろう。
 今回の事件は、不当な社会的圧力で「裁判を受ける権利」が奪われた例だが、権利を実質的に保障するためには、司法をより身近なものにしなければならない。

朝日新聞 昭和58年4月10日付社説 (上掲書pp243-245)

*1:正確に言えば、いわゆる「2ちゃんねる掲示板」の1スレッドにおいて、全文の引用がなされたものが見つかった。このことは、記しておきたい。もっとも、この引用は必ずしもアクセスしやすいということはできないので、やはり本記事には一定の意義があるものと思う

*2隣人訴訟と法の役割 (ジュリスト選書)

今更ながら今更ながら 2009/09/10 02:58 全部読ませて頂きました。掲載に感謝致します。

各メディアは「叩くのは言語道断だ」と知ったような書き方をしていますが、
そのように仕向けた責任の一端が他ならぬメディア自身にもあったことを、ここに付け加えさせて頂きたく思います。

”「近所づきあいに冷や水をさす」として否定的な評価が多くマスメディアから報じられたこともあり、この判決に対する世論の批判は強かった。
その批判は、曲折した形で訴訟当事者へ向かった。判決が報じられると同時に原告夫婦に対し非難の手紙や電話が殺到し、・・・”
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A3%E4%BA%BA%E8%A8%B4%E8%A8%9F)

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