2008-03-25
■[法学][メモ]営業権
スミスは、同時代人ニュートンの発見に強い影響を受け、社会秩序にも同じような「神の手」が働いているはずだと信じた。しかし彼自身は、ニュートンのように手際よく神の存在を証明できなかった。のちにニュートンをまねた新古典派経済学が、均衡の存在を証明したが、Arrow-Debreuの証明した条件はきわめて非現実的で、むしろ均衡の不在証明ともいうべきものだ。
ではスミス自身は、この矛盾をどう理解していたのだろうか? 一つのヒントは、本書の指摘するように、『道徳感情論』にも「見えざる手」という言葉が1回だけ出てくることだ。これは資本家が労働者を雇う際に、利潤最大化のためには労働者をフェアに扱わないと逃げてしまう、といった文脈で使われている。つまり公正(fairness)の感覚を共有していることが均衡を実現するというわけだ。
池田信夫ブログ記事「「見えざる手」は誰の手か」(3/24)〔強調は引用者〕
Equity (池田信夫)
2008-03-24 15:43:39
Binmoreが「公正」の概念の例としてあげているのは、イギリスのequityです。これは普通の法律(statute)とは違って、不公平な扱いを是正することを要求する自然法的なルールです。株のことをequityと呼ぶのも、ここから来ています。
こういう公正の考え方は非常に特殊なもので、欧州でも大陸諸国にはありません。また『株主を重視しない企業』にもあるように、堂島の米市場に始まる日本の市場にもなかった。そういう市場はインサイダーどうしのもので、「株屋」は顧客の注文を「呑む」のが当たり前で、だますのは当たり前で、だまされるのがバカ。世界的には、こういうルールが圧倒的な多数派です。イギリスでさえ、サッチャー政権のやった「ビッグバン」の前は、証券業界はインサイダーの独占でした。
しかし結果的には、こうしたインサイダーの市場は「恐い」ので、アウトサイダーが近づかない。それに対してウォール街には、よくも悪くもインサイダーがいなかったので、多くの個人投資家が集まり、これがアメリカの経済力の源泉になりました。それを見て、他の国もフェアな資本市場をつくろうと1970年代から改革が始まったのです。
だから前にも書いたように、インサイダー取引は自然法的には悪ではないが、取り締まるべきなのです。しかしそれは、交通違反のようなもので、懲役を科すほどの重罪ではありません。行き過ぎると、今のように市場が萎縮して、株式市場がかえってだめになります。
上記記事コメント欄
ドイツの連邦通常裁判所の営業侵害に関する新しい判例で、「営業権」という権利が認められ、かなりの学者がこれに賛成しているけれども、このままそっちの方に流れていくと、日本の「利益衡量論」と同じようなことになっていきますよ、という論文を〔1976年に:引用者註〕書いた。少し具体的にご紹介しましょう。
営業侵害の場合に、ドイツ連邦通常裁判所は、一九五一年に、これを、所有権侵害と同じように、「営業権」侵害と捉えました。所有権自体の否定だけでなく、所有権の行使を妨害すれば所有権侵害になるように、「営業権」自体の存立を覆すことだけでなく、その現象形態である具体的な営業活動の展開を妨害することもまた、「営業権」侵害になり、差止めや損害賠償の理由になる、というのです。
「営業権」侵害と捉えることは、原告企業の置かれた情況や原告企業がつかんだチャンスが従来どおり存続することを保障することです。言い換えれば、あたかも、原告企業にその営業圏が法秩序によって配分され、帰属しているかのように、取り扱うことを意味します。このような営業上の支配領域の承認は、本来、常に競争にさらされ、競争に打ち克ってこそ、初めて一定の収益が得られる競争の原理を否定することになります。根本から、「独占」は「競争」と矛盾します。営業侵害では、ドイツ民法典八二三条一項にいう所有権その他の「権利」のように、特定領域の支配に対する侵害に重点があるのではない。その眼目は、競争相手を打ち負かすための、フェアでない、えげつないやり方にあります。つまり、競争秩序に反する行為態様こそが問題なのです。このことは、例えば、日本の不正競争防止法にいう「不正競争」(同法二条)や独占禁止法にいう「不公正な取引方法」(同法二条九項、一九条)を見れば、明らかです。これらを産み出す根底にあるもの、これらを含むトータルなもの、としての競争秩序の法を考え、その最も基礎的・普遍的な規範群を、わたくしは民法の営業侵害問題の中で見ます。
ここで分かりやすくするために、講義の冒頭で触れた末川博先生の『権利侵害論』を借りて来ましょう。これは、権利侵害なるがゆえに違法な場合と、権利侵害でなくても違法な場合の二本立てである、と話しました。そして、この区分は判断の具体的な規準として役立つとも言いました(本書九頁以下)。言うまでもなく、ここで取り上げた営業侵害は後者の違法類型に入ります。なぜなら、「権利」が法秩序(末川流に言えば許容法規範)によって法主体に割り当てられ(積極的に許容された)支配領域を意味するなら、「営業権」は営業活動に一種の縄張りを認めることになってしまうからです。「権利」が市民にとって「自由の砦」であり得たこととは、全く正反対のものとなります。
原島重義『法的判断とは何か―民法の基礎理論』(創文社 2002)*1 pp115-117 〔強調は引用者〕
原島教授によって、池田教授を例解することは、お二方のいずれにとっても不本意なことであるかもしれない。また、原島教授が紹介される末川流の違法論*2についても、異論がありうるところである。しかし、いまはいずれも措く。
お二方が一致して説かれているのは、「権利=排他的支配領域」イメージには当てはまらない、しかしなお保護すべきフェアな行為態様というものがあるということであろう。ここでは、英国における「知的財産権」の保護が、元来はこうした「フェアな行為態様保護」の文脈と親和的であったことを思い出してもよいかもしれない。
池田教授は、フェアネスを保護してきたequityの伝統に言及され、原島教授は引用部分の直前で、カント『判断力批判』における「美的判断」の議論を参照される(上掲書pp94-99)。このあたりの対照も興味深いところである。
*2:付け加えておくならば、この末川流「二本立て」説は、平成16年改正によって、目出度く日本民法典に実弟されるに至った。
民法709条:故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
旧民法709条:故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス
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