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2008-05-26

[][][]日本の「反知性主義」

仲俣暁生氏が、ホーフスタッター『アメリカの反知性主義』に対する書評を発表されことを契機として、幾人かの論者の方が、「反知性主義」に対してコメントしておられる。なかなか興味深い問題ではあるので、メモしておくこととする。

はてなダイアリー*1

「反知性主義について」(改題) - 虚舟庵雑録

アメリカは反知性主義でもあるけど - finalventの日記

反知性主義とか優越感とか - A Road to Code from Sign.

私も、気が向けば幾つか思うところを追記で書き付けようかと考えている。差当り一つだけ述べておくとすれば、この「反知性主義」の問題は、「都市」と「領域」、そしてそれぞれが産み出す思考様式の関係という視角から眺めてみなければならないように思われる*2。その意味で、虚舟庵御主人が、トクヴィルを引いて、デモクラシーと「反知性主義」の関係を忘れてはならないとの警告を発せられたのは、まことに正鵠を射た応答であったと考える*3

08.5.27追記:

次の通り、記事本文に対して、izw134氏よりトラックバックを頂いた。また、虚舟庵御主人が、先の論考に対する補遺を公表された。

Versions of Democracy - アメリカ法観察ノート

「反知性主義」について(補遺) - 虚舟庵雑録

それぞれ読み応えのある論考であり、私が追記をする必要はなくなったと思う。

特に、izw134氏が「デモクラシーの諸ヴァージョン」という発想を示して、それと「都市」・「領域」の問題を関連させて考察すべきだと示唆されていることは、大いに頷ける。虚舟庵御主人が本文引用記事中で引いておられる、william1787氏の『研究生活の覚書』という日記においても、同じような問題意識に基づく考察が展開されており、是非ともの参照に値する。

08.5.28追記:

虚舟庵御主人が、更に考察を進めておられる。

日本近代史についての雑多な覚書 - 虚舟庵雑録

知識人論に関するご所見の部分はともかくとして、「デモクラシー」を社会状態として捉えることを明らかにされたことは、実りある議論へ繋がる途であって、全面的に賛成できることと思う(なお、izw134氏の上記論考も、実はこのことを前提としていたものと読むことができよう。「都市」と「領域」の関係を深く問うとは、正に「社会状態」を問うことに他ならぬのであるから。)。

一つだけ留保を付すならば、「そもそもアメリカの建国者たちからして、古代ギリシアやローマというのは反面教師として存在していた」と断ぜられている部分には、疑義が残る。確かに、建国の父”達は、ギリシア・ローマをそのまま再現しようとしたのではなく、それらのパラダイムの欠点に鋭い目を向けていたことは明らかであろう。しかし、だからと言って、直ちに、ギリシア・ローマは「反面教師」に過ぎなかったということはできるだろうか。一考を要するように思う*4

08.5.29追記:

議論の発端たる仲俣氏が、追加の論考を発表されておられる。

はてなダイアリー

08.6.3追記:

izw134氏が、上に掲げた記事に対する私の質問に答えて、記事を書いてくださっている。同氏には、心より感謝申し上げたい。

米国型違憲審査制についての覚え書き - アメリカ法観察ノート*5

なお、次の関連記事も、参照に値する。

哲学イルヨ - アメリカ法観察ノート

*1些事ではあるけれども、この記事中の追記において、仲俣氏は、虚舟庵御主人の文仲氏を、稲葉振一郎先生であるとしておられる。私は、文体や波山堂におけるお話からして、別人なのではないかと思っていたのであるが、あるいは私の勘違いであったのだろうか。そうだとすると、稲葉先生の芸域の広さというものには、驚かされる。08.5.27訂正:稲葉振一郎先生のご教示及び本文追記引用の虚舟庵記事により、稲葉先生と文仲氏は別の方であることが明らかとなったので、その旨訂正する。なお、仲俣氏もその後記事を訂正された。

*2:参照:
大室幹雄『正名と狂言―古代中国知識人の言語世界』(せりか書房 1975)
新編正名と狂言―古代中国知識人の言語世界

*3:もっとも、私自身は、広い意味での「大正教養主義」を、他ならぬデモクラシーとの関係において再考し、その最良のエッセンスを、今後の社会構想にあっても活かしていくべきであるというように考えている。

*4:関連して、ギリシア・ローマを批判する文脈で、ハイエクの自生的秩序論には「政治学」としては賛同できない、という命題を提出されている点も、釈然としない。あるいは、虚舟庵御主人は、「ギリシア・ローマの『国家』は、自生的秩序の一種であった」という、―いわば―フュステル・ド・クーランジュ風の見方をされているということであろうか。

*5:なお、ここでの論点―但し、具体的な見解の相違というよりは、観点の相違という面が大きい―は、当然、次の書のテーマに関係するものである。
阪口正二郎『立憲主義と民主主義』〔日本評論社 2001〕
立憲主義と民主主義 (現代憲法理論叢書)
立憲主義と民主主義 (現代憲法理論叢書)

realisterealiste 2008/05/26 21:16 我が国の反知性主義は、アメリカのそれの如き一貫したものではなく、政治政策のための一種の目くらましのようなもので、実態は、更なる愚民化により、政治が隘路に入って居ることからくる痛苦を緩和し、なおかつ、急務となっている少子化に対応するための苦肉の策ではあるまいか。実際、反知性主義といへども、国民は存外に賢いのであって、反知性主義が流行しているという一事をもって実態の日本国民が非知性的であると短絡することは的を射ていないのではないかと感ずる。

kouteikakouteika 2008/05/26 22:03 >realiste様

>>反知性主義が流行しているという一事をもって実態の日本国民が非知性的であると短絡することは的を射ていないのではないかと感ずる。

そもそも、「反知性主義」がどのようなものであるのかについて争いがありましょうし、また、現代日本社会において、「反知性主義」が、殊更「流行」しているのであるかどうか、私には定かに分からぬところです。
しかし、仮に「反知性主義」が「流行」していることが事実であったとしても、それをもって「日本国民が非知性的であると短絡することは的を射ていない」という、引用後段のご趣旨には賛成いたします。

shinichiroinabashinichiroinaba 2008/05/27 03:59 別人です。仲俣さんの勘違い。

kouteikakouteika 2008/05/27 21:13 >稲葉先生

はじめまして。このような場末の日記にまで、親しくお知らせを頂きまして、恐縮です。
稲葉先生と虚舟庵御主人は、それぞれのお考えに隔たりがあるように見ておりましたので、仲俣氏のおっしゃりように、半ば信じられぬ気持ちをもっておりました。これで、疑いが氷解しました。
記事の註には、訂正をしておきます。どうもありがとうございました。

shinichiroinabashinichiroinaba 2008/05/28 08:27 いえいえ、お気になさらずに。ご丁寧な対応、痛み入ります。

realisterealiste 2008/05/28 20:41 日本法はやっぱりだめだと思うのですが、どうでしょうか。

izw134izw134 2008/05/29 12:43 私が「社会状態」を(も)視野に入れている(べきだと考えている)との点はご指摘の通りです。
ただ他方で私が「デモクラシー」を「政治構想や制度」のレベルで使っていることも確かです(*)。
とまれ、両者のレイヤーをいったん区分した上で、両者のインタラクションのあり方を検討するのが豊穣な考察の可能性を開くのではないか、という点については−−語法の差は別にして−−共通認識が成立しているのではないかと思います。

さらに付言すると、どちらを説明変数としどちらを被説明変数とするかについてはまた立場が分かれるかも知れませんし、私自身揺れています。
そもそも説明変数/被説明変数という形で思考/議論を統制しようとすること自体、悪しき“社会科学”だ、との見方も、人文的方法を強調する立場からは批判されるかも知れません。

独立期アメリカにおける古典古代の理解についてここで十分に展開する能力を持ち合わせませんが、単純な拒絶ではなかったのではないかとの見通しについては共有します。
ただ、文仲氏の該当の記述は、私が不用意にも「古代アテナイをパラダイム事例とする都市におけるデモクラシー」を「共和主義」に特に留保を設けず接続してしまったことを批判することから出てきたものと思われ、若干の位相の差はあるにせよ最終的な立ち位置はそう遠くないものではないかとも愚考しています。

* 「ジャクソニアン・デモクラシー」や「共和主義」との関連であれば「社会状態」の/を含めた意味で使うことも不可能ではなかろうが、「多数決主義」としての「デモクラシー」を「社会状態」にかかわるものとして把握することは困難。

kouteikakouteika 2008/05/29 17:36 >izw134様

トラックバックどうもありがとうございました。
このような脇でぶつぶつ言っておるだけの記事にまでお越しくださり、解説を頂きまして、たいへん感謝いたします。上のご教示で、虚舟庵御主人とのやりとりがすっきりと整理できたように感じます(実は、虚舟庵の第二記事について、izw134様への反論となっている部分と、御主人が独自のご見解を展開された部分とが混交していて、少々読みづらいとの感想をもっていたのです。)。

>>両者のレイヤーをいったん区分した上で、両者のインタラクションのあり方を検討するのが豊穣な考察の可能性を開くのではないか、という点については−−語法の差は別にして−−共通認識が成立しているのではないかと思います。

これは、まことにその通りであるというふうに存じます。はじめから何もかも一緒くたに議論をしてしまっては、単なる混沌がまっているだけである、議論をはじめようとするならば、ものごとをしっかりと分別しなければならない、ということだろうと思います。

もっとも、法学を一応齧ったにも関わらず、どうも人文風が抜け切らぬ私としては、七つの穴を穿って混沌を殺してしまうようなこともいかがなものかと思うところもあります。その限りで、

>>そもそも説明変数/被説明変数という形で思考/議論を統制しようとすること自体、悪しき“社会科学”だ、との見方も、人文的方法を強調する立場からは批判されるかも知れません

という考えにも、半歩ほど近づいているところがあります(もっとも、”悪しき社会科学”とまでは考えないのですが・・・)。まあ、これは論題と関係のない雑談ですけれども。

ともあれ、ご両者の議論は興味深く拝見をしております。今後とも、更なる展開を楽しみにしております。

courts-on-netcourts-on-net 2008/05/30 12:38 保護司のじいちゃん、日本法はだめだと思うのですが、どうなのかお?

kouteikakouteika 2008/05/30 23:16 >realiste様

私は、コメントを頂く方を、対等な相手としてお迎えしたいと思っておりますので、「保護司」の如く、一段上に立って何か申し上げるというようなことは、好みません。

courts-on-netcourts-on-net 2008/05/30 23:56 2008/05/28 20:41付けのコメントに返信がないのですが。

kouteikakouteika 2008/05/31 00:02 >realiste様

私には、よく分からぬ問題については、返信を致さないこともあるのです。

courts-on-netcourts-on-net 2008/05/31 00:04 kouteika様ほどの知識の持ち主が、本問題につき「分からぬ」ということはございませんでしょうし、仮に分からないとしても、私のブログに縷々述べられていることを適切に総合していただければ、何が問題となっているかはご理解いただけるものと考えます。

kouteikakouteika 2008/05/31 00:07 >realiste様

realiste様の日記を拝しましても、なるほどrealiste様はこのようなご見解であるか、というに留まり、私から何か申し上げるべきことは見つからないのです。

courts-on-netcourts-on-net 2008/05/31 00:11 このブログにおけるkouteika様の問題関心の程度から察しますと、当然、日本法のおかしさについても一家言あるものと考えるのが、社会通念上相当なのであって、何もコメントすることがないというのは、おかしいのではないでしょうか。

kouteikakouteika 2008/05/31 00:28 >realiste様

おかしいのではないか、とおっしゃいましても、事実そうなのですから仕方ありません。もうこの辺りにいたしましょう。お休みなさいませ。

courts-on-netcourts-on-net 2008/05/31 18:01 憲法の精神が社会に実現しているかのような誤解を与える教科書によって子どもを教育することは、利益考量としては、信義則違反であり、教育行政は違法を犯していると思うのですが。

kouteikakouteika 2008/05/31 18:57 >realiste様

私が、日記を閲覧する時間を読んで投稿しておられますか?w
日記を開いてみたら、直前の時間にコメントを頂いていたもので、びっくりいたしました。

冗談はさておき、

>>憲法の精神が社会に実現しているかのような誤解を与える教科書

差当り、小中学校の教科書を念頭に置いてお答えすれば、この部分は正しくないと思います。従って、realiste様のご見解は、前提を欠くものです。

なお、小中学校の教科書における「憲法論」が、―realiste様のおっしゃるのとは異なった意味においてですが―一種独特の”歪み”を持っているということは、私も同じような感想を持ちます。もっとも、なぜそうなったのか、それがどのような意味を持つのか、については、未だ考えが十分深まっておりませんが。

courts-on-netcourts-on-net 2008/06/01 04:00 kouteika様は、現実の憲法が普通であって、教科書の憲法は美化されているとお考えのようです(私は、教科書の憲法が普通であって現実の憲法は汚れていると解します)。
私が疑問なのは、なぜ現実の憲法をそのまま子どもに教えないのか、ということです。

kouteikakouteika 2008/06/01 10:55 >realiste様

>>kouteika様は、現実の憲法が普通であって、教科書の憲法は美化されているとお考えのようです

realiste様のおっしゃる「現実の憲法」がどのようなものを指すのかはっきりとわからないのですけれども、私は、何らかの現実と照らし合わせて、小中学校の教科書の記述が「美化」されていると考えているわけではありません。

確かに、例えば『公民』の任意の教科書をめくってみると、憲法に関する記述の部分―統治機構についての一部はよくできているのではないかと思いますけれども―は、”浮いている”印象を受けます。しかし、それは「美化」をしたためではなく、一種の「俗流化」がなされているためであるように思われます。そして、この「俗流化」されたイメージというのが、意外に根強く憲法イメージを規定している、広く流通していると言う意味で「現実」となってしまっている。私は、どちらかといえば、そのほうに問題を感ずるわけです。

courts-on-netcourts-on-net 2008/06/01 11:36 公民の教科書というよりは、広く教科書全体、そして学校が教える社会イメージ全体が、過剰に美化されているのである。普通の人間であれば学校の教育を真面目に受けると、日本には純正な国民主権が実現しているようにみえる。しかし社会に出るとすべてウソであると分かる。このやり方は卑怯である。渡海は何を考えているのか。

kouteikakouteika 2008/06/02 16:10 >realiste様

ご疑問の件は、本日記の「コメント対処方針」(但し、2008年6月2日改定前のもの。)第1項b号に該当するコメントでしたので、同項を適用したものです。

http://d.hatena.ne.jp/kouteika/20080125/1201226927

なお、本日頂いたコメントも、同項b号、同項c号に該当するものでしたので、同様に対処いたしました。どうか、ご了承をお願いします。

realisterealiste 2008/06/02 16:17 頭だけで身体を奴隷にしたキチガイ民族め

kouteikakouteika 2008/06/02 16:20 >realiste様

「民族」については、何とも申せませんが、少なくとも私自身について言えば、「頭でっかち」(realiste様のおっしゃりようはこの趣旨と思いますが)とのご批判は、当たっておろうと思います。

realisterealiste 2008/06/02 16:29 不幸な国ですね。思い出しましたよ。子どもの頃、自然に勉強しているときが一番幸せだったことを。今は官僚マスコミが作った言語に呪縛されてますからね。あなたが作ってきた国はこんなもんですよ。情けないですね。本質問題ですよこれは。人間存在の。自然権があるか、幸か不幸か。いくら飢えなくても、自然権がなければ人間は不幸なのですよ。

realisterealiste 2008/06/02 16:30 あなたは自然の木を見捨て、病める木に巣食って蠢く虫けらなのですよ。私はしばらく前まで自然の木にいましたが、ネットで虫けらにたくさん遭遇することで、意気阻喪しました。あなた方がしていることは不正義ですし、正当化は出来ません。していることの本質は北朝鮮の如き人為統制行為でしょう。

realisterealiste 2008/06/02 16:34 ドイツ、フランスはまさに自然の木ですが、日本は観念で作られた病的な木ですね。そしてその観念の木に住み着いて、これを操作し、おのれらに都合のいい結論を導くのが法律家。
まったく日本は最悪の国だと思いますよ。見た目は反映国家のように見えても、実質は自然を無視した頭だけの国ですね。東大法学部が諸悪の根源でしょう。

realisterealiste 2008/06/02 16:40 研究されている学術も西洋の猿真似で、自分の身体性から思考して生み出したものはほとんどないですし、ともかく外国から仕入れてこれをまとめて身につけ、利益を産むことしか考えていない。自然権も余裕も幸福もない、たんに他国に勝てよ追いつけよでやってきたのが30年前。そこから先は何をしたか。何も出来ないでうろうろしていただけ。考え出したのはいまのような不正社会のみ。かわいそうですね。私はこの国に生まれてものすごく不幸ですよ。

realisterealiste 2008/06/02 16:51 日本は人間を疎外した観念支配の国であり、人間の自然性、身体性を侵害している。日本人が身体性や自然性を発揮するのは、家に帰ってだらっとするときだけで、それ以外のところでは頭でっかち。学問の分野でも、西洋の学者の既存の論文を引用してつなぎ合わせるのみで、自分で考え出そうということは考えようともしない。身体性は常に低俗であり、三流であり、日本人が素をさらしたときの醜悪性は何ら改善されていない。ここ100年で日本がしてきたことは、本質を無視して技術的功利的な抹消問題をできる限りエンハンスすることのみで、肝心の思想哲学問題については何の改善改良も行ってこなかった。日本は100年で外面的には多大な産出をみたが、内面や本質において何らの成長もない。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 17:48  realisteさん
 前にも同じようなことを書きましたが・・・。
 あなたが言うところの「自然法」「自然権」事態の概念内容がはっきりしないのです。あなたの,
・自然に勉強しているときが
・自然の木を見捨て
・自然権も余裕も幸福もない、
・人間の自然性、身体性を侵害している。
等々から考えると,「自然(法)」「自然(権)」という言葉を「単純・素朴・天然・非頭でっかち・直観・非複雑・非人工的」という文脈で用いているようです。
 しかし,これは,学問(哲学・法哲学)で語られている「自然法」「自然権」とは異質のものでしょう。
 説教になりますが,このようなある程度専門性が高いブログでコメントを書くからには,既知とされている概念を前提として議論をするか,あるいは,自然法について,自分なりの定義(定義でなくても考え方)をしなければならないでしょう。
 味気ない作業(頭でっかち)と言われるかもしれませんが,学問が頭でっかちであるのは当たり前のことです。
 そういう学問的議論におけるお作法・手順も踏まないであちこちの専門性の高いブログで新味のない不平不満を繰り返しているだけなのです。
 誰も相手にしない(あなたを賞賛している人はどんな人たちですか?)は当たり前でしょう。
 kouteikaさんは,良くおつきあいしているとは思いますが,どのような気持ちでつきあってくださっているか,あなたは想像できますか?
 去年の8月ころだと思いますが,「実定法解釈学もろくにできない人間が団藤重光の法学入門やら自然法やら論究してもちゃんちゃらおかしい」とあなたに述べました。まだ分からないのでしょうか?

realisterealiste 2008/06/02 17:50 あなたはこんなところでとぼけた長文書いてないでアデランスにでも行ったほうがいいですよ。

kouteikakouteika 2008/06/02 18:14 >Barl-Karth様

コメントありがとうございます。

>realiste様

まず、17時50分付けコメントのようなおっしゃりようは、Barl-Karth様に対して失礼に当たりましょうから、その旨ご注意願います。

次に、私が、「自然」をそれだけで直ちに賞賛するという立場には与することなく、むしろ「人工」(あるいは「人為」と言ってもよいかと思いますけれども)のほうを高く評価する傾きを持っていることは事実です。「自然の木を見捨て、病める木に巣食って蠢く虫けら」というのは、その限りにおいて当たっている面もありましょう(「病める木」というのは正しくないように思いますが)。
同様にまた、私は、「身体性」を称揚するタイプの議論―あるいは少なくともその一部―について、距離をもって眺めております。

realisterealiste 2008/06/02 18:24 馬鹿だな。人為は幸福を産まないんだよ。日本の現状考えろ。人為がよいというのは、お前らの思い込みで、圧倒的多数には歓迎されていない。

realisterealiste 2008/06/02 18:26 日本は頭でっかちのだめ国家だと言ってるんだよ。たとえば学問でも自然に行うのが幸せなのに、日本はある計画に従った学問しか奨励しない。終わってんだよ。

realisterealiste 2008/06/02 18:30 お前のコメント欄での対応は自然の木を見捨て、病める木に巣食って蠢く虫けらそのままである。


あと、日本は愛があるとかなんとかいうが、実際は愛よりも憎の方が多く、いじめや自殺が横行している。日本はろくでもない国だ。

realisterealiste 2008/06/02 18:34 お前みたいな人工マンセー人間が日本を支配しているので日本は不幸となっている。ドイツ、フランスの自然性を見習え

realisterealiste 2008/06/02 18:43 ちなみにゲーテも言うとおり、多様なものの均衡を得させようとする日本のやリ方は不自然で、神が予定していないという。自然の統制こそが普通なんだよ。日本は功利主義をやりたいので無理をしている。不自然なので欝やノイローゼが増えるのだろう

kouteikakouteika 2008/06/02 20:06 >realiste様

お考えは分かりました。こうした狭い場所での議論では、互に相手方を説得するというのは、なかなかに困難なことであろうと思います。このあたりで、このお話はお仕舞いと致しましょう。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 22:09 kouteika さん宛

 realisteによる「アデランス」云々のコメントですが,どうぞお気になさらないよう(パターナリスティックな気遣いは,有り難いのですが,今後このような気遣いはなさらないでください)。
 私の顔貌ですが,毛沢東とヘーゲルとメランヒトンを足して3で割ったような感じです(ナニソレ??)。しゃべり方は,「山瀬まみに似ている」とも「のだめカンタービレのタイトルロール(野田恵)に似ている」とも言われています。

realiste氏が高調する「自然法」「自然権」云々ですが,確かに自然法,自然権をこのような方向(単純素朴,ありのまま,天然云々)で理解する見解もないではありません。しかし,これは,自然法・自然権という概念を学問的文脈で使う際の「共通の了解事項(ジャーゴン)」として後任されているわけではありません。
 realiste氏は,「自然法」「自然権」「自然」に関して少しく論及していますが,氏がどのような意味合いにおいて,これらの言葉を使っているのか的確な理解が困難です。
 これでは学問的(それほど高度なものではなく,大学法学部程度のもの)議論のとっかかりさえないではありませんか?
 私が,氏との議論に徒労感・もどかしさばかり感じているのは,それほど不当なことではないでしょう。

 そもそも,学問的議論というのは,「説得」(あるいは説伏)のためにあるのでしょうか? 私はそうは思いません。対論者相互で,「あぁ,あなたは,そういうことを考えているのですね。了解了解。でもあなたの見解は,これこれの点で,再考の余地がありませんか」みたいな作業だと思います。
 ギリシア的な意味における「弁証法」でしょう。
 お互いの見解が異なり,幾ら議論を交わしても見解の一致を見ないと言うこともあり得ましょうが,そういう場合は,「どこの点でどういう風に見解が一致しなかったか」という点を「(囲碁や将棋の感想戦見たく)語り合えれば従ぶんんあのだろう」と思います。要するに学問的対話というのは,「オルグ」でも「折伏」でも「イデオロギー闘争」でもないのです。もっと豊かなものです。
 realiste氏は一流大学法学部で,数年間学問に取り組んだと自称しているのですから,私の言いたいことが理解できる筈です。
 分からないことがあったら,指摘してくださいね。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 22:20 「学問でも自然に行うのが幸せなのに」という点ですが,学問(哲学・神学・法律学等の人文・文化科学)はその方法において,極めて高度な悟性を使用するものではないでしょうか?
 芸術(アート)も同様です。何しろ「アート」ですから,概念上必然的ですよね。
 私も人文諸科学のほかに「アート(クラシック音楽,就中声楽や合唱」を嗜んでおりますが,例えばの話,「発声法」・「楽曲分析−スコアの解析,アゴーギグやフレージング−」はとてもアーティフィシャルなものです。もっと言えば,テクニカルなものです。
 そういう学問や芸術の初歩的道具−悟性的思考,テクストの分析的読み込み,漢字の読み方,概念の的確な理解や言表−が使用できなくては,ある程度のレベルの議論−大学法学部レベル−が出来るはずもありません。
 「顔を洗って勉強し直せ! 哲学や法哲学を語るのはそれからだ!」と口を酸っぱくして言っている所以を理解できませんか?

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 22:25  誤字脱字が多々ありますが,ご容赦。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 22:28  私は,学問的議論の進め方としてカント的思考や新カント学派的思考からどうしても抜け出せないのです。恐らく(外れていたら失礼)koteika氏も同様でしょう。
 で,realisteさんは,どのような哲学的背景で,「自然」「自然法」「自然権」なる言葉を使っているのでしょうか? この点が分かれば,多少はあなたの言葉の使い方も理解できるのではなかろうかと思う次第です。
 あるロールプレイングゲームに出てきた,あの名前の人風の考え方でしょうか?

realisterealiste 2008/06/02 23:01 台本を使ってクイズ番組を作ったり、式典をするのに3ヶ月も予行演習をしたり、2chねらーのような業者を用意してネット上の言論封殺を行う国に自然権思想がないのは明らかですね。自然権思想があれば、クイズ番組などはぶっつけ本番でやったものをそのまま流すでしょうし、式典は予行演習などしないでしょうし、ネットの言論も放置しておくでしょう(むろん最低限の規制はあるが、これは社会矛盾を防止するための真に最低限のもの)。

realisterealiste 2008/06/02 23:09 日本のように、その筋が「これが模範解答である」というのを示して、そこに呪縛しておく国には自然権があるとはいえない。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 23:16  だからね,自然法・自然権・自然という言葉のあなたなりの定義,あなたなりの考え方を説明してくださいと言っているのです。
 天然パーマですか? realisteさんは。

realisterealiste 2008/06/02 23:23 お前は機械か。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 23:27  聖書の言葉を思い出しました(コレヘト)。
 頭のはげた人や白髪の人を尊敬せよ。その頭には,知恵と知識が詰まっている(要旨)。
 その反面「禿頭」が神の呪いであるというよな言葉もありました(エゼキエル?)。

realisterealiste 2008/06/02 23:30 頭が禿げているかどうかなどということはどうでもよい。論理的に議論せよ。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 23:35  もう止めます(realisteさん宛のコメント)。これ以上お目々汚しになるとkoteikaさんのブログの評判に差し障りがあるかも知れませんので(笑)。
 realisteさん,そんなに対論意欲があるのであれば,ご自分のブログのコメント機能を開けてもらえませんか?

realisterealiste 2008/06/02 23:39 あなたには、議論する意図はなく、自分を賢く見せつつ人をおちょくることしか考えていないように見える

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 23:41  これで最後にしましょう。
「お前は機械か。」
 ある意味で「yes」と答えておきます。
 あなたのように勉強もろくすっぽしていないのに,さも自分には学識があるかのように,さもさも論理的であるかのように(アルスオプ? 稲葉先生が詳しい)振る舞うフェイクをやっつけるのは,「機械」的悟性で十分です。
 もう一回東京大学の学部に入り直して,徹底的に思考し・学問し・対論してみませんか? でないと(極端な物言いですが)あなたはこの世で何の役にも立たず,皆から軽蔑して唾棄され死んでしまう存在でしょう。そんな人生を送りたいのですか?

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/02 23:44 http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88+%E4%BA%BA%E5%B7%A5+%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E7%9A%84&ei=UTF-8&fr=sfp

realisterealiste 2008/06/02 23:52 なんだ馬鹿か。

realisterealiste 2008/06/03 00:45 数学を月とすると法学はスッポンです。単なる利益考量を概念でモデリングして科学風味にした安っぽいトリックなどまじめに取り組む価値はございません。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/03 01:15  あなたは「スッポン」と規定されている法律教義学さえ,(東京大学法学部を卒業しているのに)満足に理解されていない。
 しかも,「数学数学」と言っているのに,ご自身が修得されている数学の知識は,せいぜいのところ,理工系大学院生のレベルであり,何らのオリジナリティもオーソリティー(藤村)もない。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/06/03 01:17 <ちなみにゲーテも言うとおり>
そういう故事の引用は,フェイクであり自己の知識に何らかのオーソリティがあるかのような物の言い方です。誠に実に唾棄すべきフェイクというほかありません。

kouteikakouteika 2008/06/03 02:05 おやおや、少し目を離していた間に、随分と激しいやり取りが行われていたのですね。これは、火の出るような議論であると思います。

>Barl-Karth様

「パターナリズム」の件、かえって失礼なことをしてしまいましたようです。どうかお許し願いますよう。

それから、本日記のコメント欄を議論のためにお使いいただくのは、何ら差支えありません。もともと、本日記に、守るべき「評判」などというものはないのですから、お気になさらず、ご自由にお使い頂ければと思います。もっとも、―相手方が無礼な振舞いをした場合にはなかなか困難なことではありますが―、できる限り激さずに、穏やかに議論を進めてくだされば幸いです(無論、これまでのところ、Barl-Karth様はそのようにして下さっているのですが。)。

カントについては、Barl-Karth様の仰るとおりで、私も、その影響を強く受けていると言ってよいと思います。最近では、Barl-Karth様の影響で、ヘーゲル『法哲学』を読み直そうなどと思っておりますがw。


>realiste様

ここ幾月か、realiste様の現代日本社会や現代日本法に関するご見解を伺って参りました。しかし、残念ながら、その大半について―特に抽象度の高いものについては―、私の力不足から十分なお答えができないこと、何度か申し上げましたとおりです。
これまでに、realiste様のお考えにつき、概ね網羅的に伺ったように感じます。その中で、私が異なった考えを持っている点や、力不足でお答えのできない点というのも、ほぼすべて明らかになったものと存じます。上で申し述べましたように、特にウェブ上での議論におきましては、どちらかが他方を説得してしまうというようなことは、なかなか期待できない、互いの違いが明らかとなれば、それでよしとしなければならない、と私は考えております。そうすると、私とrealiste様の間の違いや私の力不足がほぼすべてはっきりした以上、更に議論を重ねましても、実りあるものとなることを期待するのは難しいように思います。
従いまして、これより先、「日本」「日本社会」「日本法」「日本人(あるいは日本民族)」などにつき、その一般的。抽象的な欠点を指摘して論難する趣旨のコメントは、ご無用に願います。(なお、このお願いは、本日記「コメント対処方針」第2項c号の「警告」とお考えくださいませ。今後とも、議論を実りあるものとするため、どうかご了解をお願いいたします。

realisterealiste 2008/06/03 11:21 これ言い訳の模範として教科書に載るよ。

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