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Ms.の鏡

2017-01-01 二天一流

2017年新年明けましておめでとうございます。

なんと!1年前のお正月ぶりの更新。

昨年は、本当に目まぐるしい1年で、最後の最後まで走りきった感じでした。

プライベートでは春から息子達が家を出ての新たな生活、業務活動では新規プロジェクトや大学への勤務もスタートし、全てにおいて『新たなスタート年』となりました。

そして一つの節目としてアール・マム15周年を記念し、東京では実母が参加、上田では義父母が参加の、ささやかながらの記念パーティーを行うことが出来ました。

年を重ねる毎に実感することは、今は亡き恩師が教えてくれた五輪書にある『二天一流』の言葉。

活動を通じて携わる社会の課題1つ1つに向き合う機会を得る度に『二天一流』の重みと己の未熟さを繰り返し知ります。

気高く険しい『二天一流』の道は、狂おしくも楽しき道であることだと、もがきあげきながらも多少分かるようになってきました。

今年も、目の前に戴くテーマ1つ1つに対して、良く見聞きし『二天一流』を軸として、精進し臨んでいきたと思います。

今年もどうぞ、よろしくお願い致します。

2016-01-04 らしくあれ

笑っちゃう!

2016年がスタートしました。

この写真は私がまだヨチヨチあるきの頃。我ながら笑っちゃうお気に入りの一枚です(^^♪

お宮参りの掛け着を仕立てた着物だと母から聞いた記憶があります。

昨年頃より、自分の言葉で自分の素顔のままで、導かれるように語り、動いている様になっている自分を感じています。

「らしく」あるためには、とても様々な出来事をくぐり抜ける年月も必要であったのだということも、少しだけ分かってきたように思います。そしてこれからも「らしく」あり続けるためには、もっともっと様々な出来事を享受し続ける必要があるのだと思っています。

息子達も、それぞれに自らの意思を持って自分の道を歩き始めてきました。

最近、彼らとのつき合いも、非常に面白くなってきたように思います。

この写真の中にいる、声が聞こえてきそうな満面の笑顔の私らしくあるように、今年一年も、様々な出来事に果敢に臨んでいきたいと思います(^_-)-☆

2015-07-14 「答え」は自分の中

昨年の半世紀バースデーを迎えてからプラス1のバースデーを迎えることができました。

1年前のブログに書いた通り、この想いを、この1年ずっと自分の中で見つめながら、過ごしてきました。

●生まれてから25年間

両親から生を授かり、両親に育てていただいた25年間

●新たな命から25年間

子供達の生を授かり、子供達の成長を通じて育てていただいた25年間

そしてこれからは・・・

●生かされる25年間

社会から生(恩恵)を授かり、社会への貢献から育てていただく25年間

1年前には、具体的なコトが明確になれず、ただただ想いだけでしたが、この想いを深く追求し、最終的に自分の原点軸に立ち戻りました。

幼い頃からの今に至るまでの、自分の履歴を深く見つめ直し続けてみました。

両親が、どんな想いでどんな風に、日々の暮らしの中で私を育ててくれていたのか?

学校の社会の中で、友達や先生方と過ごしてきた、様々なシーンと教え。

思い悩む中で、巡り逢った人々と、自分の中の決断

1年前には明確になっていなかったコト。

それは、自分の中に「答え」がありました!!

紛れもない、その「答え」は、今までの自分の歴史が、まるで一点の焦点となって明確に見えました。

そして不思議なことに、それが明確になると、用意されていたかの様に、自然に導かれる様に、歩みを共にできるパートナーや協力者、そしてそれを後押しする状況のタイミングさえも、合ってくることに、本当に驚きと不思議を感じます。

思う存分プレイできる後半戦のフィールドを見つけた今、今日の照りつく太陽の様に、熱くプレイに挑みます!!

2014-12-30 失い得る大きさ

年明け早々に、富士急ハイランドで「度胸 入魂!!」からスタートした2014年

今年は、半世紀バースデーイヤーに相応しい年であったと、1年を振り返り思います。

今年は「失い得る大きさ」を知った年でした。

予期せぬことで、ポカポカと居心地の良い場所に、ある日突然、波風が起こり、その場を失ってしまいました。

人間が出来ていない私は、一人あたふたと嘆き、恨み、迷い、悩み、の堂々巡りの出口が見えない穴の中に陥ってしまいました。

でも一通り自分の中で、あげきもがいた後、何だかスーッとした気分になり「はい。さよなら!」と言える自分になっていました。これは、次の扉の窓をあける為の「さよなら」であると思えました。

そして思った通り、失ったものよりも遥かに素晴らしい出逢いに巡り逢うことが出来ました。

今までの何度かの繰り返しを重ね、無念な込み上げる怒りを攻撃する口を閉ざすことも、少しずつ覚えてきた気がします。

でも、たぶんこの先ずっと出来ないであろうこと、笑顔になれないことだけは、私にはきっと出来ないだろうということ。

それから、本当に大切なものは、時間や距離では測れない「素敵な秤」があることも、とても良く分かりました。

つまらぬ要らないことを削ぎ落とすと、本当に大切で必要なコト・モノ・人が寄ってきて、そして実に快い絆を通い合わすことができる素敵さ!

自分では良く分からない不思議な力に恵まれた、とても素晴らしい2014年でした。

ありがとうございました。感謝 (m_m)

2014-08-19 2つ目の節目

今年の誕生日で、半世紀バースデーを迎えることが出来ました。

この節目にあたって、こんな様に自分の中で思えています。

●生まれてから25年間

両親から生を授かり、両親に育てていただいた25年間

●新たな命から25年間

子供達の生を授かり、子供達の成長を通じて育てていただいた25年間

では、これからの25年間は、、、、

正直、明確な事は解りません。

自分がこの世に生を受けた時、自らが産み生まれたばかりの命を目を前にした時、これからどうであるのか、まったく不明だった様に、これからの25年間がどうなのか、正直、明確なことは解りません。

ここ数年を通じ、近親者の最後を見送ることを体感したことにより、人の生には必ず最後というものがあるのだ、という思いに至ってから「生かされている時の中で」という想いが、非常に強く明確になっています。

この50年間の育みを、一貫して支えてくれているのは「社会」です。

「社会」というとあまりに大きく捉え過ぎですが、気づけば計り知れない恩恵を、巡り会った人々からを含め、大きな大きな恩恵を今に至るまで享受してきている自身が今ここに居ます。

これから25年間を、今はこんな風にイメージします。

●生かされる25年間

社会から生(恩恵)を授かり、社会への貢献から育てていただく25年間

さて25年後の私は、何を語るのでしょうか?