川本卓史京都活動日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-05-21

「信濃のコロンボ」と信濃追分「分去れの碑」

| 08:15 |

1. 花と緑の美しい季節になりました。神代植物公園薔薇が咲き誇っています。

それぞれの花のイメージに合わせてどういう名前を付けるか、栽培者の楽しみでしょう。「イングリッド・バーグマン」「マリア・カラス」「ジナ・ロロブリジタ」など美女名前が多く、「プリンセスダイアナ」も「プリンセスミチコ」もありました。


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2.ところで前回友人がTV出演して、正調江刺追分を歌ったと報告しました。今回はその続きです。

(1) 出演したのは「信濃コロンボ」という長野県警捜査一課の警部活躍するシリーズテレビドラマです。

刑事コロンボ」という大人気だったアメリカドラマの「本歌取り」で、よれよれの背広とレインコートを着てさえない風体の・しかし粘り強く殺人事件を追いかけ、かならず犯人をつかまえる刑事ピーター・フォーク扮する)をお手本にしています。


(2) 「信濃コロンボ」の第4回の舞台軽井沢の「信濃追分」で、殺人事件が発生、東京の「本郷追分」でも事件が起き、被害者が何れも北海道江差町出身だというので、警部捜査の足を伸ばす。そこで背景として、「江差追分」を歌う場面が出て来る、ここにセミプロである友人がエキストラとして登場して、奥様も合わせて踊りました。堂々として、とてもよかったです。


(3) この友人が雑誌「あとらす35号」に書いた文章日本民謡追分節の変遷」から勝手引用すると、


・「江差追分」は日本民謡の中でももっとも有名でしょうが、これは舟唄であり、「危険な航海を冒して江差に来た北前船船乗りや、ニシン漁の漁師たちは、無事に蝦夷地に着いた安堵感をこの歌に込めて歌った」。

・ところが、「追分節」という民謡ルーツは馬子唄であり、とくに「江差追分節」の原形は「信濃追分節」である。

・「追分」は、もともと「牛馬を追い、分ける場所」を意味し、そこから街道分岐点意味するようになった。

・全国に「追分」と名の付く場所は多くあるが、中でも信濃追分中山道越後に行く北国街道分岐点)がもっとも栄え、参勤交代時代街道一の宿場だった。


・ということで、「信濃追分」と「江差追分」とは深いつながりがあり、このテレビドラマはその歴史的事実をうまく使っています。


3. まずは冒頭で、信濃コロンボ警部が,「信濃追分」に友人を案内する場面があり、ドラマ軽井沢観光案内にもなっています。


(1) ここが中山道と北國街道分岐点というところに、「分去れ(わかされ)の碑」が立っています。この碑もテレビに映り、警部説明する場面もありました。

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(2)このシーンを見て、数年前に別の友人から教えてもらった「プリンセスミチコ」の歌を思い出しました。

「かの時に我がとらざりし分去れの、片への道はいずこ行きけむ」


(3) 美智子皇后短歌の名手として知られていて、その作品は、永田和宏の「現代秀歌」(岩波新書)にプロの作者と並んで、取り上げられています。永田氏はこう解説します。

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―――「ある時にみずからが選択したひとつの道があった。当然、選択しなかった方の道もあったはずで、そのあり得たかもしれないもうひとつの道は、もしそちらを択んでいたらどのような方向へ推移していっただろうかと思い返す、そのような歌ととった」


そして続けて ――「「かの時」とは何かは明確には何も述べられてはいないが、当然のことながら、それは皇太子妃になるかどうかという選択であったことだろう・・・・」

ただし、ご本人はとくに深い意味はなく、学生時代から軽井沢によく行っていて、この「碑」を見た時にふと浮かんので作った、と言っておられるそうです。

教えてくれた友人は、「日本戦争を択んだとき」という解釈もあるのでは、と言っていました。


何れにせよ、読む人の誰にも、「かの時」はあったでしょう。読む人自身のことに思いを馳せることの出来る、「秀歌」だと思います。あなたの「かの時」はいつ・どういう状況だったでしょう?

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4. 最後になりますが、この「信濃コロンボ4」を見て、アメリカ元祖コロンボ」とのドラマづくりの違いを感じたので、そのことも触れておきます。

日本ドラマは実にウェットな物語になっているなあと痛感したことです。本筋とは直接関わりない物語や場面が多く、

 

(1) 殺人犯麻薬グルーのボス。ここに江差出身青年が脅されてメンバーに入っている。姉が1人いて、弟の身を案じて自分が身代わりになろうとする、何ともセンチメンタルな場面が出て来る。

(2) この姉の友人が軽井沢洒落た店をやっていて、殺人事件に巻き込まれる。彼女東京にいる富裕な父親と、事情があって疎遠にしている。信濃コロンボ警部捜査を続けながら、本筋にまったく関係ないが、この親子の仲をとりもつ努力をする。


(3) 最後は、逮捕された麻薬ボスに、警部が悔い改めるように説教する場面で終わる!

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(4) これに比べて、アメリカの「コロンボ」は、何ともドライです。

犯人は常に、ロスアンゼルス郊外の豪邸に住む、知的職業につく大金持ちのエリート著名人です。IQの高そうなインテリです。傲慢でもありスノビッシュでもあります。

それを追求するコロンボは、当初は犯人から見下される、庶民代表格です。


犯人最後に必ず罪を暴かれますが、最後までふてぶてしく、悪びれることなく振る舞います。

この、「庶民」対「富裕層エリート」という対決の構図が、そして最後後者が前者に敗北するというドラマが、この番組の人気の秘訣でしょう。

それはアメリカの「反知性主義」とつながるかもしれません。


(5) えてして日本ドラマでは、「エリートの悪」対「庶民」の対立という物語はあまり好きではなく、むしろ対立を包み込むウェットな人間関係が望まれているのではないでしょうか。

(6) 因みに、「反知性主義」とは、「日本ではネガティブ意味に使われるが、アメリカでは必ずしもそうではない」というのが『反知性主義アメリカが生んだ「熱病」の正体』(森本あんり、新潮新書、2015)です。

―――「反知性主義は、知性に反対する主義ではない。それは、一部の権威特権階級が知性を独占することへの反発であり、徹底した平等主義によって裏打ちされている。

権力と結びついた知性は、知性が本来もつ反省」の能力を失う。反知性主義は、知性のこうした堕落への批判を含んでおり、むしろ知的運動であるとも言える。」――


日本の、「何でもウェットな人間関係に解消しよう」という思想とはだいぶ違うように思えますが、どうでしょうか?

もっとも、この国ではそもそも権力と知性とが結びついているかどうか自体問題かもしれません・・・・・

2017-05-14

詩集「わが涙滂々」の英訳本と東京新聞の記事など

| 07:45 |

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1. 連休田舎暮らしを終えて東京に戻りました。

孫も英国に戻りました。学校が始まり、出掛ける前に一人でチェス盤に向かっているという写真が届きました。「詰め将棋」ならぬ「詰めチェス」というのもあるのですね。前々回、たった2人が参加する課外活動で「準優勝」のトロフィーを貰ったという「ほめるのがうまい英国学校」の話しを書きましたが、その次も準優勝、ただしメンバーはもう少し増えたようです。


2. 田舎では東京新聞は買えません。代わりにこれも地方紙信濃毎日新聞を読み、帰京して東京新聞の購読を再開しました。

12日の同紙夕刊には、詩集「わが涙滂々―原発ふるさとを追われて」を紹介する大きな記事掲載されました。

福島 涙の詩 世界へ」という見出しです。

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記事は――東京電力福島第一原発事故避難を強いられた福島県葛尾村小島力さん(82)が2013年に出した詩集「わが涙滂々」の英訳版が3月出版された。事故で人がいなくなり、荒れていく故郷の様子を書いた作品などを収録。心を動かされた東京の元英語教師が「海外にも発信したい」と翻訳を申し出た・・・――

と始まります。


記事小島さんの写真英訳を完成した女性名前出版した西田書店社長編集長日高さんの名前とともに、「巧拙を超えたメッセージ性を感じた」と出版を決めた、というコメントも載りました。


実は、西田書店日高さんには、雑誌「あとらす」を作ってくれていて日頃お世話になっています。

話題英訳本が出たときに、彼から(ちょっと理由もあって)私にも送ってくれました。

すぐに読み、今回の英訳意味は大きいと思い、

多少の宣伝にもなるかなと思って、ブログにも載せました。

http://d.hatena.ne.jp/ksen/20170312/1489275009

今回の記事で、広く知られることになるのはまことに嬉しいです。西田書店は彼と助手の女性(昔からの稀勢の里の大ファン、福島県出身)と2人でやっている、失礼ながらちっぽけな本屋ですが、なかなか良心的な本を出しています。


3. 田舎ではブルーレイに取ってある録画は見られないので、帰京してから見ました。

友人関連のもの2本です。

1本は「信濃コロンボ4軽井沢追分殺人事件」という内田康夫原作推理小説テレビドラマにした作品に、友人夫妻がエキストラで出演したもの。

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彼は江差追分日立支部長をしています。

ドラマの中で、「江差追分」を歌っている場面を入れたいという演出家要望で、白羽の矢が立ったようです。奥様が踊りをやるので、この踊りも入ってお二人で出演、仲間と一緒に堂々とテレビの中で「追分節」を歌い、奥様がその前で舞いました。

まことに立派なものです。

このことについてはさらに次回か次々回のブログで、もう少しフォローしたいと思います。


4. もう1つは、放送大学番組で「歌え、歓喜の第九」という番組です。

(1) 友人(家人の兄、つまり私の義兄でもあります)が放送大学でのプロジェクト「第九を歌う」に参加して、2年越しの練習をしてこの3月26日東京芸大音楽ホール奏楽堂で演奏会がありました。ちなみにこの日はベートーベンの死後190年の当日だそうです。

(2) その模様を練習から始まり、ずっと追いかけた番組放送大学製作し、テレビで放映されたものです。

公演の模様は1時間番組のうちの最後の数分でしたが、友人の顔も写って、家人と二人で「出た、出た」と確認しました。


(3) 合唱に参加したのは250人、みな放送大学の受講生から応募、中には教職員もいて、普段先生として他の授業を教える立場にある人が素人として参加して、学生と一緒に歌う、こういう姿はいいですね。

250人の半数以上が、初めて合唱を歌うという、まったくの素人。60〜70歳代が7割だそうです。オーケストラ芸大OBというプロ主体ですが、放送大学学生からも募集して、オーディションで2人が合格した素人もいました。


(4) 放送大学は、基本は通信制正規大学です。

この「第九プロジェクト」も正規の授業でもちろん単位がつきます。南関東の7つの学習センターの合同授業で、しかし当然、通信制というわけにはいかず、「面接授業」と加えて自主ゼミ必要になり、7か所で2年で200回以上も集まったそうです。

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さすがに放送大学と感心したのは、授業である以上、ただ歌を歌う、合唱練習〈実技〉だけではなく、様々な関連の勉強とセットになっているということです。

 

作曲者ベートーベンについて、「第九」の意義、当時の時代背景や音楽史、第4楽章で歌われる「歓喜の歌」の作詞シラーについて、

そして、ドイツ語の読みや、楽譜の読み、五線紙の書き方も学びます。


(5) 指揮者は、映画男はつらいよ寅さん」のテーマ曲をつくった山本直純氏の息子山本純ノ介さん。

合唱指導は某大学教授で、おまけに、友人のお孫さんがこの先生の勤務する大学学生でもあって、友人は20歳のお孫さんと一緒に、合唱指導の授業を受ける機会もあったそうです。何とも羨ましい・素晴らしい話です。


承知の通り、合唱時間は、例えばヘンデルメサイア」に比べて、第4楽章だけでそんなに長くないですが、「専門家の誰もが認める難曲」だそうです。

楽譜から読み取る力がないと歌えない」という合唱指導先生コメントもあり、放送大学の副学長最初に、「第九を歌うって? それは無理でしょう」と笑いながらコメントしている微笑ましい光景も写りました。

残念ながら、私はとても挑戦できそうもありませんが、参加した人たちにとっては、本当に思い出に残る良い経験、そして良い勉強になっただろう、と思いました。

2017-05-07

連休は蓼科の田舎で畑仕事

| 07:34 |

1. 連休は老夫婦2人で田舎に過ごしています。

八ヶ岳にはまだ雪が残りますが、里に下りると桜や花桃が満開、家の周りも徐々に木の芽が芽生えています。

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老骨に鞭打って畑仕事に精を出しました。

3軒の仲間で地元オーナーの畑を借りて、耕し、畝をつくり、植え付けをする作業です。1日2時間程度の労働で3日間、幸いに良い天気でした。


3軒のうち我が家はいちばん弱気で、借りた土地の半分強しか使わず、それでも大いにくたびれ3日目は長女夫婦東京から来て手伝ってくれたので、何とかじゃがいも枝豆などの植えつけを終えました。

もっと所詮素人仕事、畝も、畝と畝との間のあぜ道も、でこぼこしています。

この時期はとうぜんにプロ農家も農作業を始めていますが、さすがに彼らの作る畝はきれいに一直線になっていて、見事なものです。

もう亡くなりましたが、昔借りていた農家Aさんのおばさんは実にこういう作業に厳しくて、きちんと畝づくりをしないと怒られたものでした。

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今年から代わりに,新しいオーナーHさんにお願いして借りることにしました。

彼は、30年以上前に奥さんに先立たれて一人暮らし、たしか96歳と高齢ですが、まだ元気で自分で畑もつくり、米づくりはさすがに数年前に止めましたが、車も運転します。

驚くべきエネルギーです。

今年の畑はしばらく使っていなかったので、まず畑起こしから始まり、これはオーナー仕事で、自ら耕運機で耕してくれました。そのあと我々が重い袋を抱えて、肥料を撒きました。

畝づくりと植え付けは我々だけでやりました。


近くにオスの雉が歩いていて、メスを探しているのでしょうか ずっとひとりで、

時々「ケーンケーン」と鳴いていました。私たちには、素人作業をからかっているように聞こえました。

雉という鳥は桃太郎のお供にもなり、古くから日本山野で見かける馴染のある鳥だったのでしょう。

万葉集にも古今集にも詠まれていますし、

(春の野のしげき草葉の妻恋にとびたつ雉子のほろほろとなく)

「雉も鳴かずば撃たれまい」ともいいますが、「けんもほろろ」と言う言葉は、広辞苑は「無愛想に人の相談などを拒絶するさま」という定義とともに、「けん」も「ほろろ」も雉の鳴き声と説明しています。

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2. 我々のやっていることは、素人道楽ですが、農家本業として農作業をやるのはたいへんな苦労だなあと、ほんの少しやってみても再認識します。

(1) すべて手作業でやっていた時代想像するだに苦労だったでしょうが機械化されたとはいえまだまだ手作業の部分も多い。

(2) 農地は丁寧に維持しないとすぐに荒れてしまう。そのため手抜きをせずにきちんと仕事するという習慣が根付き、それが村落共同体文化になっている。

(3) それだけ手間をかけて丹精こめて作った割には経済的に割のいい仕事ではない。

(4) したがって当然に継承されず、次世代の子どもたちは都会に行ってしまう。

(5) その結果、残った農家高齢化がいっそう進み、彼らが死去すると休耕地が増えることになる・・・・

という状況でしょう。


Aさんの一人息子は都会で働いて家族を養っており、土地はいまはほとんど使われていません。かって見事に整地されていた場所の多くに雑草が生えています。

Hさんはまだ元気で働いていますが、何せ90代の後半でいまや自分の食べるぐらいの作物しか作れません。3千坪あるという土地のかなりは休耕地で、だから我々が道楽で借りたいという申し出も「自由に使ってくれ」ということになります。


そして2人のお嬢さんは都会の商家に嫁いでいるそうで、戻ってきて農家を継ぐ気持ちはないでしょう。

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これだけ広い、よく手入れされた農地が将来どうなってしまうのかな、と気になります。

そうは言っても、Hさんは常々、「農業は厳しい仕事」と繰り返し、こう言っています。

サラリーマンより気楽な仕事と思って始める人も多いが、難しい。

農業再生情熱と夢をもって来る人もいるが、情熱だけではうまく行かない。

私のように、代々(彼は4代目)やっていて、こういう厳しい暮らしが当たり前と思って続けている人と都会の人とは違う。まあ、10人に1人もうまく行かないのではないか


3. ということで山で過ごしていると、都会の喧騒とはまったく違う日々です。

テレビ新聞もほとんど見ないので、浮き世の出来事にもうとくなります。

幸いにPCは手元にあるので、その気になれば情報は入手できますし、友人のメールも届きます。

(1)フランス大統領の決戦投票についての英国エコノミスト誌」の直前の記事メールで友人が流してくれます。

その友人は「こういう若いマクロンは39歳)人が彗星のように出てきて、既存政治家を蹴散らしたという事実には、喝采を送りたい」と言い、

(2)それに応じた別の友人は、

マクロンの圧勝を期待したいところです。 労働者をたきつけるルペンに対し、 現地に乗り込み「マクロン帰れ!」の罵声にもめげず、自説を正々堂々とのべる彼に感動しました。

EU問題について、鉄鋼同盟以来の仏独両国のこれまでの努力を無にしようとするルペン移民問題について、歴史的フランス過去植民地政策をすっぽり忘れて大衆に焚き付けるルペン。対してマクロンは過去植民地政策注視しようと言っています」とコメントしています。

メールでつながる、こういう友人の存在は有難いです。

(3) 以下、友人が邦訳してくれたエコノミスト誌の記事の一部です。

「勝っても負けても、マクロンは革命を起こした。

彼の見事な台頭には、フランスのみならず世界に対して大きな象徴的な意味がある。

彼がルペンを破るなら、フランスは、世界に、年配者よりも若者がいい、恐怖よりも楽観がいいということだけではなく、親EUリベラリズムポピュリズム国粋主義を打ち破ることができると実証することになるだろう」

と述べて、マクロンを支えるボランティア若者たちの「起業直後の会社事務所のような」運動本部の熱気と熱情を伝えています。

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(4)もちろん、マクロン、ルペンのどちらが勝っても「分断」は残るでしょうから、勝者は大きな課題に取り組むことになります。


しかしエコノミストという、英国のお堅い・質の高い・伝統的な雑誌(いまは日本経済新聞社資本下にあります)が「リベラリズムが勝ってほしい」と主張している姿勢が心に残りました。

この国で、リベラリズムを高く掲げる中道左派の39歳の若者が登場し、それを支持する若者ボランティアでその周りに結集するという事態想像できるでしょうか?

2017-04-30

『ことばを鍛えるイギリスの学校』(山本麻子)のことなど

| 07:18 |

1. GW連休が始まり、老夫婦田舎に来ています。桜がちょうど盛りで、鯉のぼりも舞っています。

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前回はイースター休暇で一時帰国した孫のことを書きました。

英国小学校のことにも触れたいと思います。

といっても、とくに詳しいわけではなく、彼が通っている学校のことを両親から聞いて、『ことばを鍛えるイギリス学校』(山本麻子、岩波現代文庫2012年)という本を読んだ知識からの受け売りです。


2. 彼はいま5歳2か月ですが、昨年9月から学校男子だけのカトリックイエズス会)の学校)に通い始めました。

入学したときは4歳7か月でしたが、『イギリス学校』には、「英国では、義務教育の開始は原則として5歳である」とあります。

原則として」とあるように、孫の学校のように5歳直前から受けいれるところもあって、何れにせよ日本より早いです。

入学試験などはなく、校長先生との面接がすべて。親の方もいろいろな学校を見てそれぞれの校長に会って、その中から選択したようです。「国教会の国イギリスで、カトリック学校は珍しいのではないか」と言ったところ「そうでもない」という返事でした。それなりに納得して入れたのでしょう。

受け入れの時期も弾力的で、この学校場合は、9月1月の年2回受け入れます。新入生を一斉に迎える「入学式」などはなく、神父さんのミサがあり、そのあと先生と授業の紹介があって、それが初日で、「先生の数が多いので驚いた」と。


「新入学の子どもは、まずリセプション・クラスと言われるいわば「試しクラス」のような部門に入って、1年経って「第1学年(Year 1)」に進む。6歳前後に「2学年」に進み、11歳のころ中等学校の開始となる。

そして「16歳前後で、全員が受ける中等教育終了資格試験(GCSE)の終了をもって義務教育が終わる」と同書にあります。

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彼の場合も目下「試しクラス」にいて、今年の9月から「第1学年」に進学することになります。


3.   しかし「試しクラス」といってもちゃんとした授業があります。生徒は1クラス十数人。

朝の9時から午後3時まで。しかも選択でそのあと1時間、「課外活動」に参加することも出来ます。彼は、チェス、ラグビーなどを取っている由。第1学年になると朝8時開始とのこと。

授業は、算数地理歴史科学コンピュータ音楽・体育などの時間もありますが、多くは国語に割かれます。

かつ、「暗記重視のスパルタ式」と「表現力や発想力」を重視する教育との組み合わせのようだとは親からの情報です。

以下貰ったメールの続きですが、

イギリスは、中学に上がるまでは、暗記重視のスパルタ式で、徹底的に知識を叩き込みます。算数だけはなく、国語の「語彙」や「スペル」も、細かいテストもたくさんあります。

その上で、同時に養ってきた表現力、発想力、論理性が、中学生以降、花を咲かせるようです」とあります。

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4. 本書は、著者がイギリス大学に勤めながら3人の子供を現地校に通わせた実体験をもとにこの国の教育について書いた本です。

まず「はじめに」で、イギリスの初等・中等教育の特色について述べます。

(1) イギリス人にとっての「教育」とは「独立して考えることができるようになるため」であること。

(2) 「一人一人がこの世で居場所を見つけることが大切」でありそのため「生徒一人一人の個人としての評価を重んじなくてはならない」。

(3) その上で、「(母語としての)英語」の教育を何よりも重視する。

(4) 生徒への接し方は、「加点主義」を基本とする。「イギリス教育では個々人はみな違うという前提がある。能力も違う。どの子も居場所がなくてはいけないから、一人一人のよいところを評価してやることが大切だと思っている。だから、どんな小さなことでも、達成したことはほめてやり、それによってその子の発展を促すようにしているのだ。

また、個人の功績を正当に評価するということは、どの部分にだれがどのくらい貢献したかをはっきりさせることにもなる・・・・」。


5. 詳しく触れる紙数はありませんが、「国語、ことばを鍛えること」を最重要視することは、本書の以下の章立てからも推察されます。

・第3章:何より重要な「国語」―英語先生いちばん人気があり、親も子どもに対して、まず英語に秀でてほしいと思っているらしい、と著者は言う。

・第4章:まず、話す

・第5章:小さいうちからどんどん読ませる

・第6章:幅広い「書く」教育

➡ 5歳から7歳のころから、子どもたちは書くことを楽しみ、その価値がわかるように指導される。

こういう訓練を経て、13歳ぐらいになれば、シェイクスピアを初め、沢山の文学書を原典で読むようになり、「物語」や「劇」や「調査研究報告」を(時に共同で協力して)書きあげたり、発表したり、上演したりするようになります。

例えば、第3章について著者の説明を補足すると、

母語としての英語はすべての基本というのが、英国初等教育

英国国語教育は単に読み書き能力助長だけではなく、公の場で個人として独立した意見筋道立てて、まとまりとして、述べたり書いたりすることを重視している。

しかも、聞き手読み手などを意識して、人前では決して他人中傷しない、反対意見は人を傷つけないように上手に言ったり書いたりする・・・・などといった言語ルールも小さいときから教える・・・・

そのもとには「子どもは話すことによって学ぶ」という社会通念があるのだろう。

(その分、算数理科では多少、他の国より劣るかもしれないとも指摘しています)」


6. 孫の「試しクラス」でも与えられた本を毎週読んで、皆の前で発表し、朗読したり、あるいは、3〜4人で交代して、自分たち話題を選んで他の生徒の前でそれについて話し合い時間があったりします。

しかもその進み具合は個人のレベルに応じて異なり、早く進む生徒もいれば遅いのもいる、それを先生個別に見ていくのですから、たくさんの先生必要なのも当然かもしれません。「話す・発表する」と同時に、他の生徒は「きちんと聞く、質問する」ことも訓練されます。

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7. 最後に、著者の山本氏が書いている「加点主義・ほめることの重要性」については、たしかに孫の「試しクラス」でも何かというとほめて賞状を出すというきめ細かいやり方には驚きます。

「今週のスター」だの、「書き方(ハンドライティング)賞」だの、ランチタイム給食を3回お代わりしたら「ランチタイムアワード」という賞まで貰いました。

放課後の課外クラスのチェス授業で「準優勝」という賞状を貰ってきて訊いたら参加者は2名だったそうで、これには笑ってしまいました。

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というようなことで、いまのところは楽しく通学しているようです。

これが「第3学年」の8歳になると、少なくとも平日は寄宿舎に入れられるそうですから、果たしてどういうことになるやら・・・・

2017-04-23

東京新聞「春はイースター商戦?」と駒場児童館へ散歩

| 08:40 |

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1. 東大駒場山桜八重がまだ満開です。キャンパスは元気な新入生の姿が多くみられます。

他方で欧米学校はしばらくイースターの休暇中。その間、英国から娘の友人一家観光旅行来日したことはブログに書きましたが、入れ替わりに今度は5歳の孫もやってきました。


まずは東京新聞話題からですが、甥が部長をしていることもあって、長年購読しています。

前身が「都新聞」という芸能記事に強かった新聞で、いまは中日新聞の子会社ですが、伝統を継いでスポーツ芸能に強く、「浅田真央選手引退」であれば朝刊の1面トップ、おまけに連日特集記事を組みました。

こちら特報部」という2頁組の紙面も面白く、週刊誌TVワイドショーは一切見ないので、週刊誌ネタに相当する記事もあり参考になります。

もちろん、今では数少ない「リベラル」を標榜する新聞でもあり、1面トップに、「「富の集中」日本も」だの、「IOCなどへの手数料4.9億円→90億円、五輪契約検証できず、本紙公開請求に都が非開示」という見出し記事を載せたりします。浅田選手も1面トップ、このバランスが面白いです。これら全てが署名記事なのも特徴です。

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日経産経を愛読する方のお気には召さないかもしれませんが、自称オールド・リベラリスト」(言うだけで何もしない、という自己批判も含めて)としては、愛読しています。


2 その東京新聞ですが、先週、イースター復活祭)に関する記事が載りました。

今年のイースター4月16日(日)だったことに触れ、「春はイースター」「第二のハロウィーンへ・・・業界狙う次の商機」と題して2回載りました。

(1)「ハロウィーンの次の商戦としてイースターが注目されている。だが違和感はないか。イースターキリストの復活を記念した祝祭で、宗教色が非常に強い。信徒でもない人たちが、イベントとして楽しむことを、クリスチャンはどう思うのか」というリード文で始まり、

(2) 「イースターは、死ぬということや本当の命とは何かということを考える大事な時だ」として、お祭り化することへの懸念を述べる牧師日本人)と、「気にならない。クリスマスのツリーだってキリスト教無関係。ただのイベント」と言う牧師在日アメリカ人)の2つの意見を載せ、

(3)「今年のイースター商戦の市場規模は推計で320億円。ハロウィーンバレンタインの4分の1弱の規模だが、3年前と比べて130億円増えている」そうです。


3, まあ何でもありの「文化雑種」が日本なのでしょうから、とくに気にしなくてもいいのかもしれませんが・・・。

しかし、キリスト者ではなくとも、「復活」の意味についても少し考える機会になればいいのではないかな、とも思います。

そういう私もさして知識を持っているわけではありませんが、

例えば遠藤周作の『イエスの生涯』『キリスト誕生』は3回読んで、とくに前者の後半の「受難」と「復活」を語る文章は深く印象に残りました。

(1)「復活」〈十字架の死から3日後にイエスが甦ったと弟子たちが語る〉はもちろん私たち非キリスト者現代人にとって、理解できる出来事ではありません。

遠藤自身も、「復活」は果たして歴史的事実なのか、キリスト永遠生命を語る象徴的な挿話なのか、と問い、それを「謎」とよび、同時に「なにか、弟子たちの心を根底からくつがえすだけの衝撃的なものがイエスの死の前後起こったと考えるのが、この謎を解く方法の一つであるように思われる」と言います。


(2) まず弟子たちは、イエスがこのような悲惨にしてみじめな破局を迎えるとは夢にも考えていなかった。

→しかも、そういうイエスを神はなぜ助けないのか、なぜ沈黙を守り、あの死の苦悶にも眼をつぶっておられるのか。

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その弟子たちはペテロを筆頭に「我々と同じように、よき話を聞こうという気持は多少あっても、信念弱く、肉体的恐怖のためには師をも犠牲にする卑怯性格があり、そのくせうぬぼれと世俗的野心のみ強いという平均的人間だったのである」。


(3)  その彼らが、イエスの死後「まこと、この人は神の子なり」(マタイ)と感嘆の叫びをあげたのはなぜか?

――「何もできなかった人。この世では無力だった人。・・・痩せて、小さかった。彼はただ他の人間たちが苦しんでいる時、それを決して見棄てなかっただけだ・・・。そして自分を見棄てた者、自分を裏切った者に恨みの言葉ひとつ口にしなかった。「悲しみの人」であり、自分たちの救いだけを祈ってくれた。」

→「無力なイエス、何もできなかったイエス悲惨な死によって −それが悲惨な死であるがゆえにその死のまぎわの愛の叫びは ――弟子たちに根本的な価値転換を促したのだ。

・・・こんな人を弟子たちはかって知らなかった。

弟子たちはその時、はじめて、わかりはじめた。生前イエスが語っていたことが何であったかを。


(4) 遠藤周作理解が通常のキリスト者見解と同じかどうか、私にはわかりません。

しかし11歳で必ずしも自らの意志でなく洗礼を受け、「キリスト教とは何か、キリスト者とはどういう存在か」を生涯かけて考え続けた彼にとって、「イエスの復活」とは、「(私たちと変わらない平均的な人間である)弟子たちの魂と精神の“復活”だった」と理解したのだと思います。

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4. まったく専門外の話題臆面もなく取り上げてきました。

なぜこんなことをくだくだ考えたか?というと、冒頭で触れたように、学校イースター休暇の間、英国からやってきた5歳の孫と付き合ったからだけのことです。


夫婦でどうやって彼と付き合うかをいろいろ考えて、先週の某日は、駒場にある目黒区立「児童館」に連れて行きました。

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ここは、 小体育館 (ボール一輪車、なわとびなど出来る) 遊戯室(オセロ、将棋、 読書などで遊ぶ) 図工室(粘土木工作など)の 部屋があり、常時 係の人がいます。 朝9時からいつでも 使えて、好きな時に帰ればいい。便利な、よく出来た施設で、職員も実に親切です。

平日の午前中に行ったので、乳幼児を連れた母親が2組いただけでごく空いていて、孫はボールフラフープ粘土づくりで遊んだりして、大いに喜んでいました。

どこの区にも同じような施設があるのでしょうがたまたま拙宅に近く、行きは井の頭線で1駅、帰りは駒場公園経由、花みづきと八重の咲く駒場通りを、老夫婦と3人で歩いて帰りました。道々、上に書いたような遠藤周作の想いを考えながら歩きました。

日本の、こういう子供向けの施設は、私の子時代なんかよりはるかに充実していて、その点はいまの子どもは幸せだなあと痛感しました。