川本卓史京都活動日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-01-15

オバマ大統領退任演説と「現実はいつかあなたに追いつく」

| 08:41 |

1. 猫の額ほどの庭に、昨年晩秋調布植物公園で買い求めた薔薇が、けなげに美しい花を咲かせています。公園で満開だった品種「イングリッドバーグマン」に似ているかなと思いながら眺めています。

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先週のブログは、聡明で活動家文化人類学者だったオバマ大統領母親について触れ、オバマ氏が自身への強い影響を認めながらも、白人だった母親と一体化せず自らは黒人アイデンティティを選んだことに触れました。結婚相手純粋黒人の(祖先は、奴隷として連れてこられた)ミッシェル夫人を選びました。

彼は、その母親について(生きていればまだ私よりも若い76歳です)1月10日シカゴでの「退任演説」で触れました。

「私の母が、『現実はいつかあなたに追いつくものよ(reality has a way of catching up with you)』とよく言っていました」という文脈です。理想家だったアン・ダナムいかにも思わせる言葉だと感じました。

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ということで今回は、この退任演説を聴いた感想です。

以下のホワイトハウス公式サイトスピーチのヴィデオと原文が掲載されています。50分強のスピーチを、例によって一度も原稿に眼を通すことなく、超満員の・熱気にあふれた聴衆に向かって語りかけました。

https://www.whitehouse.gov/farewell

2.聴衆の殆ど全てが彼の選挙運動を支えた支持者でしょうから、「熱気」は当然でしょう。

彼が登場すると皆総立ちで拍手が終わらない。「始められないから、着席してください」と何度言っても終わらない。ついに「(もうすぐ退任する)レームダックの言う事なんか誰も聞いてくれない」とぼやき、そこで笑いをとって皆ようやく座りました。

「あと4年!あと4年」のコールも続き、「それは無理だ」と笑いながら答える場面もありました。


3. やり遂げたこと・実績についてはいろいろ批判があるものの、この日のスピーチは例によって立派なものでした。スピーチの中で使われた言葉から印象に残ったのは以下の通りです。

(1) 大統領である以上、「アメリカアメリカ人」という言葉が最も多く登場したのは当然です。

その次に多かったのは「民主主義(democracy)」だったと思います。私が数えただけで25回、2分間に1度出てくる勘定です。「本日民主主義について語るのが目的です」と語りかけ、アメリカ社会は良くなってはいるが、まだまだ不十分で課題も多いとして、特に「格差と不平等」「人種問題」「民主主義精神(sprit)」が脅威にさらされていると指摘しました。


(2)とくに「精神」については、以下のように語りました。


・「アメリカ民主主義は、あって当然のものだと思った時にこそ危機にさらされるのです。私たち全てが民主主義制度を築きあげる使命に取り組まなければなりません。

・・・こういったすべてを成し遂げるには、皆さんが「参加(participation)」するか否か、権力の向かう方向が揺れ動くときも、市民としての責任を引き受けるか否かにかかっています。」

・「アメリカ合衆国憲法は、驚嘆すべき、すばらしい贈り物です。しかし、ただの証文にすぎません。それ自体に力はないのです。

力と意味を与えるのは、私たち市民であり、参加し、選択し、連帯し、自由を守るために立ち上がることによって初めて、それが可能になるのです。

我々一人ひとりが、民主主義を「懸念する、嫉妬深い番人」たるべきであり、このすばらしい祖国をよりよいものにしようと常に務めるという、喜びに満ちた使命を担うべきです。」

・「私たちの外見はすべて異なりますが、「市民」という誇るべき肩書を共有しています。それは民主主義において最も大切な職務office)」です。「市民」「市民」」(とここでオバマはこの言葉を2回強調しました)。

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(3)このように「市民」という言葉もよく使われました。

自らについても、「みなさんに奉仕することは、私の人生における栄誉でした。これで終わりではありません。私は、これからも「一市民」として、生涯みなさんと共にあり続けます。」と語りました。

上院議員になるまでは、シカゴ貧困地域再生に取り組む組織オーガナイザー(まとめ役)だったバラク・オバマがこれから「一市民」としてどのように生きていくか(まだ55歳です)、楽しみに感じた一言でした。

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4. 最後に,硬い内容から離れますが、やはり彼がスピーチの終わりに、家族に、バイデン副大統領に、支持者に、若者と「若い心を失わない人たち」に深い感謝と期待を述べた言葉が印象に残りました。

(1)我々日本人には照れ臭くてなかなか出来ませんが、こういう場で徹底的に褒め立てる、これもアメリカの「文化」でしょう。

(2) 2人のお嬢さんについても、

普通ではない環境に置かれても、君たちは素晴らしい女性に成長してくれました。賢く、美しく、しかしもっと大事なことに、心優しく、思慮深い情熱に溢れた人間に。私の人生で成しえたすべての出来事のなかで、君たちの父であるということ。これを一番誇らしく思います」。

もちろん、素晴らしい2人なのでしょうが、まあ、皆さんのお子さん達とどれほど違うか?

しかしこれだけ褒められるのを見ると、「褒めること」が如何に大切か、人間は(多少大げさで誇張があっても)褒めることで成長する存在だと痛感した瞬間でした。

(3) そしてミシェル夫人について。「25年にわたって、妻や母であるだけではなく、私の親友でもあり続けてくれました。

自らが望んだわけではない役割を引き受けながらも、自らの存在を示しました。気品勇気をもって、堂々と、そしてユーモアを失わず。君のおかげで、ホワイトハウスは、みんなに開かれたものになりました。そして、新たな世代が君をロールモデルとして、より一層高みを目指しています。君のおかげで、私はとても誇らしい。そして、この国自体も君のことをとても誇らしく思っています。」


子供教育をめぐって口論をしたことだってあったんじゃないの・・・と皮肉の1つも言いたくなりますが、それでもこれだけ褒める姿は、聞いていて気持よいです。

それといろいろな資質を褒める最後に「グッド・ヒューモア(good humor)」をあげたのも印象に残りました。

英米人にとって、「センス・オブ・ヒューモアの持ち主であること」が最大の賛辞であることを再確認しました。

2017-01-08

アメリカ大使館員の踊る「恋ダンス」など

| 08:39 |

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1.今年も元旦の朝から家人が庭のかりんの枝にオレンジを置いておくと、小鳥が飛んで来てきれいに平らげていきます。平和光景です。

もっと家人は憤慨していますが、大きなヒヨドリが我が物顔にたくさん食べて、小さな目白は少し上の枝にとまって親分が食べ終わるのを待ってから残りにありつきます。生きていくのは人間社会自然界も厳しいものです。


2. 十字峡さん「真珠湾和解象徴?」について的確なコメント有難うございました。

中高時代の友人からも同じく「違和感を覚えた」というメールがあり、続く感想の一部を引用します。


(1) ワシントンポストが報じた三点については彼らの言いたいことがよく想像できます。

(2) (日中戦争まではともかく)太平洋戦争米国経済軍事閉鎖による日本自衛戦争であったとマッカーサーですら最後には証言しているそうです。しかし、戦争手段として問題解決したことは誤りであったと考えるべきです。

(3) 今後 どんなことがあっても日本国民戦争以外で問題解決することを真剣に考えるべきです。最近の動きを見ていると、正義のためや国家のためには戦争もやむなしのような甘い風潮があるようにかんじられ、心配しています。

(4) (原爆投下の)当時はだれが見ても日本は完敗の状態です。藁をも掴むつもりで、 ソ連ポツダム宣言には参加していない国だからということで、仲介を求める愚かな日本米国は十分知っていたのです。

(5)以上を考えると、当時の日本政府陸海軍が、戦争以外で問題解決するにはどうすべきだったかを、今真剣に考えるべきだと思います。

これも感服して読みました。

以上、前回のフォローが長くなりました。

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3. 元旦夕方から東京にいる子供や孫が集まり、賑やかでした。

若い世代の話を聞くのは結構面白いです。

とくに当方夫婦テレビも(もちろん紅白も)観ず、スマホもやらないので、知らない情報がたくさんあります。

最近スマホでの話題は?」という当方質問

(1)「恋ダンス」と(2)「ピコ太郎」と答えてくれました。

知らないのは我々老人だけかもしれませんが、

(1) 「恋ダンス」というのは、テレビの人気ドラマ主題歌だかその踊りかだそうで、

しかもこれをクリスマスの余興にアメリカ大使館職員が踊り、それをユーチューブに載せて、大人気になったそうです。

サイトは以下ですが、ケネディ大使も自ら登場して、お陰で大使の評判は上々とのこと、平和なものですね。

https://www.youtube.com/watch?v=7xuXlpvWw1I

(2)「ピコ太郎」とか言う芸人動画は以下の通り。

https://www.youtube.com/watch?v=HFlgNoUsr4k

どこが面白いのか、老人にはさっぱり分かりませんが、ジャスティン・ビーバーとかいうアメリカの人気歌手も歌っているとか・・・・

(3)ただし、孫の補足コメントによると、「こういう話題は「旬」の物だから、あっと言う間に別の話題に変わってしまう」そうで、今ごろ取り上げるのはもう「古い」と言われるかもしれません。ユーチューブの画面も消えてしまうかも・・・。いまは忙しい時代です。

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4. 最後に、相変わらず昨年末からの新聞雑誌を読んでいて、「オバマの8年」という回顧記事に「「黒人初」の期待、失望に」という見出しがあり、面白く感じましたので一言。

というのも、日本だけではなくアメリかのメディアも「初の黒人大統領」と書くことが多いのですが、彼は、母親白人で正確には「混血」です。

このことは2008年4月21日号のタイム記事をもとに以前にもブログに書いたことがあります。

ただ昨年末アメリカについて私よりよほど詳しい友人が「いままで純粋黒人だと思っていた」と言っていました。知らない方もおられるかなと、残すところ10日になった大統領母親について、ここで再度取りあげます。


(1) 母親旧姓アン・ダナム1942年カンサス生まれの白人女性ヒラリー・クリントンの5歳年上。

ハワイ大学在学中、18歳でケニアからの留学生結婚、61年のちの大統領バラック生まれる。(「多民族社会ハワイといえどもこの時期、白人黒人との結婚稀有であった」とはタイム誌)。

(2) しかし、ハーバード博士課程に進学した夫と2年で離婚シングルマザーとして働きながら卒業し、インドネシアからの留学生再婚。夫について、バラックをつれて同国に移住

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夫が出世して西欧風になっていくのと反比例して彼女インドネシアに惹かれ、価値観の異なった夫とまたも離婚

この間、教育上の理由からバラックハワイ祖父母のもとに送る(彼は白人祖父母のもと、小中高一貫の名門私立校に通う)。

(3) 彼女ハワイに戻り、修士を取得。再びインドネシアに戻り、この地をフィールド・ワークの対象に選び文化人類学研究継続マイクロクレジット事業にも携わる。(「オバマ母親は、アジアの貧しい女性を助けることに深い関心を持っていた」)

この間、研究を続け、1992年、50歳で、インドネシア農民テーマにした博士論文を完成。しかし、95年52歳で子宮がんのため死去・・・・。遺言により、灰はハワイの海に撒かれた。

(5) タイム誌は、彼女は「夢見る人」であり「ロマンティックな行動家だった」と評します。

自分いちばん良い資質は、母から受け継いだ」とはオバマ自身言葉だそうです。

様々な人種が入り混じるアメリカでは「人種」の定義は、基本的には「自己申告」です。

私たち日本人が「私の人種は〜」と自分定義することはあまりないでしょう。


他方で、自らのアイデンティテイを自らが規定する国で、オバマ大統領は、母親自分に与えた大きな影響を認め、感謝しながらも母親の血と一体化することなく、自らは「黒人であること」を選んで生きていた・・・・

という生き方に興味を持ってこの8年を眺めてきました。

広島慰霊碑の前でのスピーチのあと被爆者の森重昭さんと抱擁したことについて

「それはアメリカ大統領被爆者との抱擁でもあったけれど、虐げられてきた歴史を持つ者どうしの抱擁でもあった。・・・非白人であるオバマと森氏の抱擁は、日米という国家関係に回収されない地平を指し示してもいるのだ。」

という言説(雑誌現代思想」に載ったニュージーランド大学で教える日本女性の)を思い出しました。

2017-01-01

2017年お正月に考える

| 08:32 |

1. おめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

忘年会も終わって暇になったので、昨年末以来たまった新聞雑誌を読んでいます。

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まずは、安倍首相真珠湾訪問です。

(1) 安倍首相スピーチは、なかなか良かったと思います。

「不戦の誓い」を確約したのは良かった。願わくば、この誓いを2017年本当に実践してほしいものです。

ただ、「パールハーバー真珠の輝きに満ちた、この美しい入り江こそ、寛容と和解象徴です」という呼びかけは、レトリックとしてはきれいとは思いますが、「ここが和解象徴」と言われると、個人的には「うん?」という気持もあります。


(2) ワシントン・ポスト(WP)の「オバマ日本のアベ、パールハーバーへ悲しみの訪問(somber visit)」と題する記事では、安倍首相スピーチについて「殆ど日本語で語った」とした上で、以下3か所を引用しました。


戦争犠牲者に「永劫の、哀悼の誠をささげます」

・「戦争惨禍は二度と繰り返してはならない。私たちはそう誓いました」

・「(日米同盟は)いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難に、ともに立ち向かう同盟です」


(3) WPは「和解象徴」という言葉引用しませんでした。

以下のような解説もありました。

「(真珠湾攻撃は)不意打ちであった。しかし日本政府は、意図的な「奇襲」ではない、事務的な過ちで通知が遅れたのだ、と繰り返し主張している」

また、

日本指導者たちは、国内右翼の反対もあっていままでパールハーバー訪問を避けてきた。アベは、1945年8月戦争を終わらせるために”アメリカ最初原子爆弾を落とした広島への5月オバマ訪問日本人好意的に受け止められたのをみて、好機がきたと判断した。」

いまだに拘るようですが、

戦争を終わさせるために(to help end the war)」原爆を落とした」という表現個人的には反発を覚えます。


日本側の敗北が決定的だったあの時点で、それが果たして「より少ない犠牲」だったのか、他に犠牲を少なくする選択肢はなかったのか、がまずは問われるべきでしょう。

アメリカ政治学者マイケル・ウォルツアーは、根底から否定します。「1945年の夏において、勝利を目前にしたアメリカには日本国民交渉を試みる責任があった。こうした試みすらもなく原子爆弾使用民間人殺害し恐怖せしめることは、二重の犯罪であった」(『正しい戦争不正戦争邦訳は風行社』)。

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(4) WPのこの記事には、140以上の読者のコメントが寄せられており、なかなか面白いです。

かなり真面目に、きちんとした知識をもとに、コメントした人同士でアメリカ人の好きな「ディベイト」をしようという姿勢が見えます。

もちろん、「二人とも税金を使ってハワイに休暇に行ってその時間ちょっと使っただけさ」なんていうクール感想もあります。

日本に対する厳しい意見もあります。あの戦争そのものについて、原爆正当化する,天皇戦争責任を追及する,「バタアン死の行進」のような捕虜虐待を指摘する・・・等のコメントがあります。

また、「その後すぐに、閣僚靖国に参拝したではないか。不戦の誓いなんて口先だけさ」という厳しいコメントもあります。因みに防衛大臣の参拝は真珠湾慰霊と同じく取り上げられました。

靖国については、もちろん参拝する人たちの動機はさまざまでしょう。純粋特定の故人を詣でるという人も多いと思います。

しかし、欧米を含む国際社会からは、歴史修正主義東京裁判否定と一体化して理解される、それは結局は日本国益にはならない、と私は考えますがどんなものでしょう?)


(5)他方で、「世界でいまだに戦争は続いている。だからこそ、平和であろうとする努力は常に称えられるべき」とか、

「俺たちの国だって、無警告で原爆を、しかも市民に落としたではないか

シリア空爆だって宣戦布告をしていないじゃないか・・・」といった意見もあります。

もと海軍軍人だったという人からは「第1に、なぜ、どのように戦争になったかをもっと学ぶべき、第2に、汝の敵を愛せよというキリストの教えを自ら問うべき」

「そもそも、アメリカ1945年12月には交戦国ではなかった。しかし、実際に連合国軍事支援を行っていた。

そういう状態で(市民への無差別攻撃なら許されないが)軍事基地への不意打ち攻撃米海軍自身が、備えるべきではなかったか、その責任はどうなのか・・・」


――等々、両論入り乱れて、(ひどいコメント誹謗中傷もありますが)だいたいが真面目に、かつ長々と論じています。

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2. このアリゾナ記念館、もちろん行ったことはありません。

ただ、これも忘年会某先輩の話を聞きました。

彼は、父上が横浜正金銀行勤務でホノルル支店勤務の時に、自らもハワイ暮らしオバマさんと同じ、小中高一貫の名門私立校に通って、真珠湾攻撃直前に帰国した方です。

帰国子女のはしり英語の方が得意。

帰国した中学生時代日本の学校で遠足に行った感想文で「牛がいらっっしゃいました」と書いて笑われたそうです。

それはともかく、今でも同窓会で数年に一度は母校を訪れるので、アリゾナ記念館に行ったことがある。

館内で英語オーディオを聞いたが、説明は「真珠湾攻撃は奇襲」だし「この戦争日本が仕掛けたもの」。但し、「日本戦争に及んだのは追い詰められた国際状況にも一因がある」と解説していて、まあまあフェアな印象を受けた、と言っておられました。


ところで、米紙記事の中に、オバマ大統領就任当時といまの2つの写真を一緒に載せているのがありました。

8年の間に年を取ったなとあらためて痛感します。すっかり白髪になりました。

やはり激職だったのでしょうね。

そのあたりはまたの機会に。

十字峡十字峡 2017/01/01 17:53 川本さん
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
僕も、「真珠湾が和解の象徴」という意味が理解できなかったうえ、正直違和感を覚えました。「やられた方」が寛恕の精神で言うならまだしも、「やった方」がいう言葉ではないと思います。オバマ大統領が原爆ドームを見て和解の象徴であると言えば、日本人はどう思うでしょうか?

2016-12-25

今年も忘年会、「吉原毅X古賀茂明講演会」のことも

| 08:14 |

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1. 前回は職場の先輩との忘年会の話でした。

先週は世田谷区有志による読書会忘年会もありました。

古い付き合いではないので、意外性という楽しみがあります。

女性から、私のブログに「雑誌「The New Yoker」についての記載があり、私も長く購読しているので、ちょっと嬉しくなりました」とメールを貰いました。「あの雑誌を読んでると やっぱりアメリカはすごい と思ってしまいますが・・・」と。

昔、家族で住んだことがあるそうですが、日本から購読する人は珍しいでしょう。

私はもっぱら東大駒場図書館で読んでいます。

確かに楽しい・かつレベルの高い雑誌です。

11月28日号には「まさかが起きた(It happened here)」と題して、トランプ選出後のオバマ取材しての11頁の長いエッセイで、面白かったです。

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読書会では、殆どが現役世代ではありませんから、今何をやっている、昔こんなことをしていたなんていう私事はあまり喋らないのが普通です。当日選ばれた本についての意見交換に終始します。

しかし、忘年会はそうは行かないので、お酒も入り話は私事にも広がります。

たまたま隣に座った白髪の美しい女性はどうやら同年代で、お茶大卒とのこと。

話が学生時代に及び、お互いに60年安保世代で樺美智子さんが亡くなった当日も国会デモに行ったという話で盛り上がり、握手をしました。そうしたら、近くにいた2人の女性がそれぞれ当時高3と高2と年下でしたが、やはり当日デモの中に居たと発言

こういう「意外性」が新しく知り合った人との、面白い出会いです。


2. 以上は長い前置きですが、

これもやはり読書会のメンバーの同世代女性に教えてもらって、12月1日(木)に「吉原毅X古賀茂明講演会」というのを聞いてきました。彼女古賀さんの親戚だそうで私が同じ中高OBだと知って教えてくれました。チラシには、「お二人は麻布高校の先輩後輩で、遠慮のないお話が期待できます」という宣伝文句もありました。表参道の「ウィメンズプラザ」は100名ほどの超満員で、老若男女、多様な出席者でした。

(1) 古賀さんはもと経産省官僚番組を観たことがないので経緯は知りませんが、テレビの「報道ステーション」で政権批判をやって降板させられた由。この日の発言を見る限り、政策批判はありますが特に過激でも感情的でもなく、もし事実ならこの程度でテレビ番組を降ろされるというのは理解できません。

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(2)一部紹介すると、

日本経済の先行きに大きな懸念を持っている。経産省の罪は大きい。

日本は(a)原発推進を止めず〈コスト的に合わないのに)世界の潮流から遅れ、

(b)太陽光・風力の芽を摘み、

(c)排ガス強化規制で遅れを取り、

(d)技術革新などで世界との連携が出来ず、

(e)IOTや3Dプリンターでも出遅れ

➡1人あたりGDPは今や20 位まで下がり。

これで先進国と言えるか?

例えばアメリカGE社は最近航空機エンジン部品を3Dプリンターで完璧製造することに成功した。日本の伝統的な「匠の技」が通用しない時代に入っている。

・いま問われているのは、

(a) 経済成長不要論があるが、成長はやはり必要、ただし質が重要

(b) グローバリゼ―ション批判流行だが、批判してもダメ、避けて通れない。要はマイナスをどう抑え、果実をどう配分するかの問題

(c) 目指すべきは、真の「先進国」、「経済倫理との一致」ではないか

即ち(イ)人を大切にする国、(ロ)自然環境を大切にする国、(ハ)経済に公正なルールが適

用される国の3つが大事電通過労死象徴的、これでは「真の先進国」になれない。

さすがにも元経済官僚だけあって、産業政策などの知識意見には傾聴すべきものがあると思いました。

(3)他方で、吉原さんはもと城南信用金庫理事長。いまは城南総合研究所の所長で、改革派経営者として知られています。

・「人を大切にする」は「思いやりを大切にする」と並んで城南信金経営理念である、

との説明があり、

原発反対の立場から、原発いかコスト的に合わないか中国を含めて、世界の動きがいま太陽光、風力に進んでいる現状を具体的に説明し、

・さらに、福島原発事故の後始末として取り組んでいる

(a)「トモダチ作戦被害者支援基金」(いまも400名がガンや白血病後遺症で苦しみ、7名が死亡し、アメリカ医療が高額な問題もある・・・)

(b)「3.11甲状腺がん子ども基金

などの具体的な説明がありました。「トモダチ〜」は福島事故の直後に救援活動に入ったアメリカ軍兵士放射能後遺症問題です。彼らを支援する活動は、小泉細川元両首相吉原毅氏他1名が発起人になって始めたものです。城南信金組織をあげて支援しているようです。サイトは以下の通りです。

http://www.jsbank.co.jp/38/tomodachi_kikin.html

吉原さんは、今年、アメリカに行ってこういう米兵たちにも会って話を聞いてきた、

記者会見で報告しながら、涙が止まらずに困った、と語りました。

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3. ということで、少し感想を補足すると、

(1) 城南信用金庫は、地域に根ざしつつ、こういう支援も行っていて、なかなか立派な金融機関だなと思いました。

(2) 日本メディアは少し怠慢ではないか

例えば、この講演会の模様を数人の麻布OBメールしたところ、「トモダチ作戦被害者支援基金」の話なんて初めて聞いた、購読している日経で読んだことはない、という返事を貰いました。東京新聞は割に丁寧に報道していますが、なぜか大手マスコミはこういうニュースを流さないらしいです。

また、米兵の救援で放射能を浴びた後遺症があるのなら、福島住民、とくに子供たちにも問題が出ているのではないか

吉原さんと城南信金が取り組んでいる「3.11甲状腺がん子ども基金」はこの点に絡む活動です。サイトは以下です。http://www.311kikin.org/

4. 最後に、もう1つ忘年会大学時代の級友が集まりました。

雑談に終始しますが、1つ面白いと思った発言は某君からで

天皇誕生日天皇言葉がとてもよかった」というものです。

実は私は読んでいなかったので反省し、帰宅して1日前の新聞を探しました。

彼は、加えてこういうコメントもあり、ちょっと心に残りました。

「僕たちが大学2年生のときに、天皇皇后のご成婚があった。それ以来、お二人がずっと元気でおられて、それ以来青年時代からいままでの、まあまあ大過なく暮らしている僕らの老年とまさに重なっている。これはとても幸せなことだと思う。その間、戦争もなかったし・・・・」

こういう庶民が居るということを、83歳になられた天皇に知らせてあげたいと思いました。

それでは皆様良いお年をお迎えください。

2016-12-18

銀座「はち巻岡田」と職場の先輩と吉田健一『海坊主』

| 08:04 |

1. 12月は有難いことにお誘いがかかって、外での会食が多少増えます。

先週はその中に、実に久しぶりに訪れた「「はち巻岡田」がありました。

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昔の職場のえらい先輩からこれまた久しぶりに声がかかって、緊張して伺いました。

同氏のごひいきの店で、現役時代の大昔に連れていってもらったことがあります。

もう1人大先輩がいて3人でした。


通人には知られた店でしょうから、紹介する必要もないかもしれませんが、創業大正5年今年100周年とのこと。

関東大震災(大正12年)で焼け野原になった銀座でいち早く店を再開した。

水上龍太郎という慶應出身小説家企業人(父親明治生命創業者で自らもそこに勤めた)がその心意気に感激して『銀座復興』という小説で取り上げて以来有名になり、文人企業人が通う店になった。

「(おやじは)年中鉢巻をしていて、自らはち巻岡田と呼ぶ。……震災後、銀座一帯が砂漠だった真中に小屋を建て、すいとん時代を尻目にかけて刺身で飲ませ「復興の魁(さきがけ)は食物にあり・・・」と大書して貼り出した人物だ。銀座から勲章をやってもいい位だ」と水上随筆に書きました。

食べたり飲んだりの店は、文人が書いてくれると宣伝になって有難いでしょう。

いまは3代目がやっています。

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ということで、私などには本来敷居の高い店ですが、常連である先輩の相席ですから気楽でした。

「緊張した」と書きましたが昔の職場は、上下関係にやかましくない、若い人ほど上司に向かって言いたいことを言うところでしたから、この日もすぐにそういう雰囲気になりました。

2人とも80代というのに、すぐにトランププーチンの話になり、思い出話、同僚の噂、病気の話など一切出ないのも、昔の職場らしく、楽しい会話でした。


2.ここを訪れた文筆家の常連のうち、私が読んだのは吉田健一です。

言わずとしれた吉田茂の一人息子。

酒が好きで、食と酒の随筆をたくさん書いていますが、これは余技で、評論小説翻訳の方が本格的です。

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彼の短い小説に『海坊主』という不思議作品があり、1956年新聞掲載、「非日常から日常を照らし出した奇想天外小説」と評されますが、

冒頭を以下にご紹介します。


――或る雨が降る晩、これは文士身分で、銀座松屋裏にある「岡田」という料理屋で飲んでいた。料理屋と言っても、これもおよそ何でもない、酒が飲みたい人間に酒を飲ませ、料理が食べたいものに料理を出すだけの店である。だから、酒は樽で灘から取って、自分包丁を振う主人は、流儀江戸前料理でありながら、関西にも行って修業してきた。―――

よく言われることですが、彼の文体文章は独特です。

ここでも「これは文士身分で」とあるのが、なぜこういう一節を入れたのかよく分かりません。そのあとに「これもおよそ何でもない・・」と「これ」がまだ出てくるので、「たかが文士風情で・・」と書きたいのかもしれません。

おまけに「文士身分」の語り手は、最初から最後まで一人称を一切使わない。

「私」でも「僕」でも「自分」でも他の名乗りもない。これも意識してでしょうが、独特です。実は書いてみるとわかりますが、「これは」なかなか難しいです。


酒は樽の菊正宗で、おそらく創業以来でしょう。銘柄はこれだけで、置いてあるのは菊正とビールだけ。

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先輩は「樽の菊正を置いているのはここと並木の藪そばで、この2つの酒は同じ樽でも特製に思える」と一言。いかにも年齢を感じさせるせりふです。


3.小説『海坊主』に戻りますと、「文士」1人で飲み、先代のことも思いだしてこう語る。

「まだ先代が「岡田」をやっていた頃は、空けた徳利は下げずに新たに徳利を持って来ることになっていて、自分が何本飲んだか、前に置いてある徳利を数えれば解った。

それも、誰でも幾らでも飲める訳ではなくて、主人の一種の勘で誰は何本が適量と定め、それ以上を頼むと、「貴方はもうそれ位でいいでしょう」と言われてけりだった」。


・・・「その晩は雨が降っていて、飲むには誂え向きだった。・・・その時戸が開いて、お客が一人入ってきた。」

そして、暫らくして・・・「相手がこっちの方を向いて、「一杯如何ですか」と徳利を上げた時は、何も断る理由はなかった。雨の晩に一人で飲んでいるのもいいものであるが、二人で飲むのも結構楽しい。そして飲んでいる時に誰か知らない客に声を掛けられるのは、それだけで嬉しくなるものである。」

まさに「日常」が語られる訳ですが、この語りがうまい

読んでいると本当に、旨い酒が、もちろん燗で飲みたくなります。燗酒がいちばんというのも高齢者証拠でしょう。


2人は暫らく一緒に飲んで・・・

「雨の夜の銀座は綺麗な筈で、・・・男と一緒に「岡田」を出た。

銀座道路案の定、雨に濡れて街灯の明りで薄く光っていた。・・・」

そのあと2人であちこち飲み歩く。最後は男が誘って隅田川の川っ淵の料亭にあがる。

飲んでいるうちに

「男が立ち上って、障子の外の欄干を跨いで地面に降りた。

・・・・

庭を横切って、その端から川に入った・・・・そして月光を散らして中流まで行った時は、既に頭が四斗樽位はあると思われる大亀になっていて、亀はその頭を川下の方に向けて泳ぎ去った。」

これで小説おしまいです。

馬鹿々々しいと思われたらそれまでですが、大好きな小説の1つです。

もちろん先輩2人との酒席は最初から最後まで「日常」の世界で「非日常」はありません。楽しく・気持ちよく午後5時から飲み始め、7時には終わりました。

店を出ると、その夜は雨の予報でしたがまだ降ってはおらず、しかしやはり「銀座道路は街灯の明りで薄く光っていて」「綺麗」でした。

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銀座通りに大きな車が止まっていて、その横に「分際を弁えよ安倍晋三、次代天皇の大世直しに備え奉れ。 皇祖天照大神世直し特別広報隊」と大書してあるのに驚きました。


これは「日常」か、それとも「非日常」か。いよいよ21世紀銀座にも海坊主が現れたかと一瞬おもしろく思い、暫らく眺めて写真も撮りました。

ということで今回は馬鹿々々しいお話しです。