川本卓史京都活動日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-04-23

東京新聞「春はイースター商戦?」と駒場児童館へ散歩

| 08:40 |

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1. 東大駒場山桜八重がまだ満開です。キャンパスは元気な新入生の姿が多くみられます。

他方で欧米学校はしばらくイースターの休暇中。その間、英国から娘の友人一家観光旅行来日したことはブログに書きましたが、入れ替わりに今度は5歳の孫もやってきました。


まずは東京新聞話題からですが、甥が部長をしていることもあって、長年購読しています。

前身が「都新聞」という芸能記事に強かった新聞で、いまは中日新聞の子会社ですが、伝統を継いでスポーツ芸能に強く、「浅田真央選手引退」であれば朝刊の1面トップ、おまけに連日特集記事を組みました。

こちら特報部」という2頁組の紙面も面白く、週刊誌TVワイドショーは一切見ないので、週刊誌ネタに相当する記事もあり参考になります。

もちろん、今では数少ない「リベラル」を標榜する新聞でもあり、1面トップに、「「富の集中」日本も」だの、「IOCなどへの手数料4.9億円→90億円、五輪契約検証できず、本紙公開請求に都が非開示」という見出し記事を載せたりします。浅田選手も1面トップ、このバランスが面白いです。これら全てが署名記事なのも特徴です。

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日経産経を愛読する方のお気には召さないかもしれませんが、自称オールド・リベラリスト」(言うだけで何もしない、という自己批判も含めて)としては、愛読しています。


2 その東京新聞ですが、先週、イースター復活祭)に関する記事が載りました。

今年のイースター4月16日(日)だったことに触れ、「春はイースター」「第二のハロウィーンへ・・・業界狙う次の商機」と題して2回載りました。

(1)「ハロウィーンの次の商戦としてイースターが注目されている。だが違和感はないか。イースターキリストの復活を記念した祝祭で、宗教色が非常に強い。信徒でもない人たちが、イベントとして楽しむことを、クリスチャンはどう思うのか」というリード文で始まり、

(2) 「イースターは、死ぬということや本当の命とは何かということを考える大事な時だ」として、お祭り化することへの懸念を述べる牧師日本人)と、「気にならない。クリスマスのツリーだってキリスト教無関係。ただのイベント」と言う牧師在日アメリカ人)の2つの意見を載せ、

(3)「今年のイースター商戦の市場規模は推計で320億円。ハロウィーンバレンタインの4分の1弱の規模だが、3年前と比べて130億円増えている」そうです。


3, まあ何でもありの「文化雑種」が日本なのでしょうから、とくに気にしなくてもいいのかもしれませんが・・・。

しかし、キリスト者ではなくとも、「復活」の意味についても少し考える機会になればいいのではないかな、とも思います。

そういう私もさして知識を持っているわけではありませんが、

例えば遠藤周作の『イエスの生涯』『キリスト誕生』は3回読んで、とくに前者の後半の「受難」と「復活」を語る文章は深く印象に残りました。

(1)「復活」〈十字架の死から3日後にイエスが甦ったと弟子たちが語る〉はもちろん私たち非キリスト者現代人にとって、理解できる出来事ではありません。

遠藤自身も、「復活」は果たして歴史的事実なのか、キリスト永遠生命を語る象徴的な挿話なのか、と問い、それを「謎」とよび、同時に「なにか、弟子たちの心を根底からくつがえすだけの衝撃的なものがイエスの死の前後起こったと考えるのが、この謎を解く方法の一つであるように思われる」と言います。


(2) まず弟子たちは、イエスがこのような悲惨にしてみじめな破局を迎えるとは夢にも考えていなかった。

→しかも、そういうイエスを神はなぜ助けないのか、なぜ沈黙を守り、あの死の苦悶にも眼をつぶっておられるのか。

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その弟子たちはペテロを筆頭に「我々と同じように、よき話を聞こうという気持は多少あっても、信念弱く、肉体的恐怖のためには師をも犠牲にする卑怯性格があり、そのくせうぬぼれと世俗的野心のみ強いという平均的人間だったのである」。


(3)  その彼らが、イエスの死後「まこと、この人は神の子なり」(マタイ)と感嘆の叫びをあげたのはなぜか?

――「何もできなかった人。この世では無力だった人。・・・痩せて、小さかった。彼はただ他の人間たちが苦しんでいる時、それを決して見棄てなかっただけだ・・・。そして自分を見棄てた者、自分を裏切った者に恨みの言葉ひとつ口にしなかった。「悲しみの人」であり、自分たちの救いだけを祈ってくれた。」

→「無力なイエス、何もできなかったイエス悲惨な死によって −それが悲惨な死であるがゆえにその死のまぎわの愛の叫びは ――弟子たちに根本的な価値転換を促したのだ。

・・・こんな人を弟子たちはかって知らなかった。

弟子たちはその時、はじめて、わかりはじめた。生前イエスが語っていたことが何であったかを。


(4) 遠藤周作理解が通常のキリスト者見解と同じかどうか、私にはわかりません。

しかし11歳で必ずしも自らの意志でなく洗礼を受け、「キリスト教とは何か、キリスト者とはどういう存在か」を生涯かけて考え続けた彼にとって、「イエスの復活」とは、「(私たちと変わらない平均的な人間である)弟子たちの魂と精神の“復活”だった」と理解したのだと思います。

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4. まったく専門外の話題臆面もなく取り上げてきました。

なぜこんなことをくだくだ考えたか?というと、冒頭で触れたように、学校イースター休暇の間、英国からやってきた5歳の孫と付き合ったからだけのことです。


夫婦でどうやって彼と付き合うかをいろいろ考えて、先週の某日は、駒場にある目黒区立「児童館」に連れて行きました。

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ここは、 小体育館 (ボール一輪車、なわとびなど出来る) 遊戯室(オセロ、将棋、 読書などで遊ぶ) 図工室(粘土木工作など)の 部屋があり、常時 係の人がいます。 朝9時からいつでも 使えて、好きな時に帰ればいい。便利な、よく出来た施設で、職員も実に親切です。

平日の午前中に行ったので、乳幼児を連れた母親が2組いただけでごく空いていて、孫はボールフラフープ粘土づくりで遊んだりして、大いに喜んでいました。

どこの区にも同じような施設があるのでしょうがたまたま拙宅に近く、行きは井の頭線で1駅、帰りは駒場公園経由、花みづきと八重の咲く駒場通りを、老夫婦と3人で歩いて帰りました。道々、上に書いたような遠藤周作の想いを考えながら歩きました。

日本の、こういう子供向けの施設は、私の子時代なんかよりはるかに充実していて、その点はいまの子どもは幸せだなあと痛感しました。

2017-04-16

村上春樹現象と『騎士団長殺し』を読む

| 08:41 |

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1. 数日前の朝の散歩道、東大駒場キャンパスの桜並木も落花の風情。野の花はいま盛りです。

氤岳居士さんコメント有難うございます。

学部では、「歴史」だの「化学」だの「文学」だのリベラルアーツを学ぶ」は「学部」と書いたから誤解を招いたのでしょう。「undergraduateでは、あるいは学部レベルでは」と書くべきでした。ご承知の通り英国大学カレッジ制で「学部」は存在しない、したがって、「化学」をリベラルアーツの1つとして「専攻(major)」したと彼は言ったのだと思います。


2. 花は美しいが、人の世は怖ろしい。せめて浮世から離れてフィクション世界を取り上げようと、今回は村上春樹です。7年ぶりの本格長編だという『騎士団長殺し』第1部「顕れるイデア篇」第2部「遷ろうメタファー篇」の2冊がベストセラーリスト首位を独占しています。どこの本屋も山積みになっています。

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その後、新聞雑誌書評もたくさん出て、「村上作品としてこの十数年最も面白いものだと思う」だの「自身による最良の村上春樹論」だの、好評です。

おまけに東京新聞は他に、「『騎士団長殺し好調、おなじみの設定満載」(3月6日)、「私はこう読んだ」(3月14日)「本人に聞く、新作の思い」(4月2日)、と3回も特集記事を載せています。

アメリカトランプ現象、方や平和日本は「村上春樹現象」でしょうか。

私は決して彼の良い読者ではありませんが、7年前の『IQ84』は面白く読んでブログにも感想を載せました。

それに私のような老人でも、子供世代や孫世代との会話には、多少、この小説について知っておいた方がいいかもしれません。と思って、2月25日の発売日に早速購入して、すぐに読み終えました。

結論を言えば、「まあまあ面白い」でしょうか。


3.ただ、以下は、もっぱら不満になってしまうのですが・・・。

まずは、どこが面白いか?というと、おそらく

(1)「騎士団長殺し」とは何のこと?

(2) 絵に登場する騎士団長が「私」の前にあらわれて、自分を「あたしはただのイデアだ」と言う。どういう意味か?

(3) 同じく絵の人物「顔なが」や「ドンナ・アンナ」(「ジョン・ジョバンニ」)があらわれて、今度は「わたくしどもは、ただのメタファーであります」と言う。どういう意味か?

自分なりに理解することにかかっているのだと思います。

総じて、本書に触れた書評はあまり面白くないですが、そこのところにあまり触れていないからでしょう。

.

4.補足すると、

(1) はモーツアルトオペラドン・ジョバンニ」の第1幕に登場する。「この曲を聴くたびに「騎士団長って何だろう」と気になっていた。「『騎士団長殺し』というタイトルが頭に浮かび、その感触の奇妙さに引かれた」➡じゃあ、それはどんな話になるのか・・・と物語がふくらんだ、村上はこう語ります。

つまり、モーツアルトオペラが、彼にとってのイデアであり、メタファーになっていったということですが、物語からはその必然性が感じられないように思えます。

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ドン・ジョバンニ」も物語小道具の1つに使われる。

そして彼の小説の特徴は、こういった小道具が頻繁に出てくることです。

それは「物語」に欠かせない必然か?

あまたある書評の中で面白いとおもったコメントは1つあり、少し長いけど引用します。


生活に困っている人も・・・拒否される人も出てこない。(略)もちろん、そうした物語はあってもいいし、それは今の作者が描く(描きたい)人ではないのだろう。けれど、2017年日本に生きる一人の人間として、物語に登場するワイン、車、オペラ、というアイテムにどうしようもなく距離を感じてしまう自分もいる」(窪 美澄).

つまり「必然性を感じない」ということで、そういう感覚はとても健康ではないか、と感じるのです。

例えば、著書のお得意の表現はこんな風です。

――「彼は白いボタンダウンシャツの上に、細かい上品な柄の入ったウールのヴェスト、青みがかったグレーのツィードのジャケットを着ていた。淡い辛子色のチノパンツに、茶色スエードの靴を履いていた。例のごとく、すべての衣服が心地よさそうに彼に着こなされていた。・・・背後に銀色のジャガーが見えた」


こういう文章を読んで小説家「窪 美澄」もいらつくのではないか

チノパンツが何たるかも知らない、ジャガーに乗ったこともない老人は、そこに「必然」も、まして「イデア」も「メタファー」も感じません。


5.しかも、面白いと思うのは、書いている村上春樹がもう68歳だということです。

上述したチノパンツの男は50代の設定。

主人公の「私」は36歳。30歳も若い主人公を設定する「必然」はどこにあるのか?

村上春樹は、自らの「老い」を、「人生下り坂に向かっていく心意気」をなぜ書かずに、いつまでも若い、あるいは中年の男の「ダンディな」生き方にこだわるのか?

こういう文章もあります。

―――「大きな鍋に湯を沸かし、トマトを湯箭して皮を剥き、包丁で切って種を取り、それを潰して、大きな鉄にフライパンで、ニンニクを入れて炒めたオリーブオイルを使って、時間をかけて煮込む。こまめにアクを取る。

(略)私自身は古い時代ジャズを聴きながら料理をするのが好きだった。よくセロニアス・モンク音楽を聴いたものだ。『モンクス・ミュージック』が私の好きなアルバムだ。コールマン・ホーキンズジョン・コルトレーンが参加して素敵なソロを聴かせる。でもモーツアルト室内楽を聴きながらソースをつくるのもなかなか悪くなかった」


こういう文章を読むと、1960年代ニューヨークに住んで、グリニッチヴィレッジで友人とジャズ生演奏を聴いた老人としては、正直いって勘弁してよ、と言いたくなります。

もちろん主人公料理するのは必ず、サラダであり、パスタソースであり、そして料理をしながら聴く音楽に、森進一都はるみも出てきません。

それは『物語』と必然的に結びついているのか?これも「メタファー」か?

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そして最後に、何といっても、性描写が多すぎる。

これはさすがに、小説家中島京子がある対談の書評で、「なにしろ、なんだろう、このセックスの多さは、と思いますよね」と言っています。

まったく真っ当な感想と思いますが、どうもほとんどの批評家は「村上春樹」というブランドに遠慮しているのか、そういうことを言わない。


68歳の老人がこれだけ性の描写を続ける「必然」が、これまた分かりません。

同じ性でも、ノーベル賞作家川端康成が「デカダンス文学の名作」と評される老人の性を描いた「眼れる美女」を書いたのは61歳のときです。

この方が、はるかに「必然」を感じるのですが、村上は、なぜ、かくも「若作り」をし、「西洋音楽料理」に拘るのでしょうか?

英訳されて日本人以外に読んでもらうことの方が大事だと思っている訳ではないでしょうに。


5.じゃ、どこが面白かったのか?と訊かれると、「主人公の私が肖像画家という設定になっている物語であること」をあげたいと思いますが、その点に触れる紙数はなくなりました。

2017-04-09

花を愛でる、英国人と無駄話、嘘はつかない、

| 08:29 |

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1. 我善坊さん、いつも丁寧かつ的確なコメント有難うございます。

「くに(country)」と「国家(nation State)」という表記については、某友人からメール質問もあり、説明をつけた方がよかったかもしれません。

こういう表記にした理由を補足すると、以下の通りです。

(1) 我善坊さんのように「国(nation)」と「国家(state)」を区別するのが普通

(2) 私は後者を「国家nation state)」と書いたので、混同されないように「くに」の英語に「nation」を入れなかった。ここは正確には「国民国家nation state)」とすべき。

(3) 前者を[国(nation)]ではなく[くに(country)]にしたのは、まさに我善坊さんご指摘のように、日本では((2)に書いた「“国民国家」であることもあって)「ナショナリズム」が「nation」と結びつけられてしまう、その危険を避けたかった。


2.以上でお礼と補足を終えますが、前回は「真実は死んだのか?」というタイム誌の嘆きを紹介しました。

人間はなぜ平気で嘘をつくのか?」と同時に、国際ニュースを見ていると、

人間はどこまで残虐になれるのか?」と嘆きたくなります。

例えば、シリア内戦科学兵器が使われているという報道悲惨映像です。

欧米シリア政府非難し、政府ロシアは、反政府軍仕業応酬し、

―――ここでも、どちらかが平気で嘘をついている。

しかも、その結果が空爆というさらなる悲劇を招いている・・・・

これら一連の流れが、普通の神経の持ち主なら堪えられないと思うのですが、まるで日常出来事のように報道される・・・

もし神がこの世を創造したのであれば、人間は神が作りだした最悪の作品ではないか、そんな気持ちにさえなってしまいます。

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そんな世界にあって前回写真で紹介した英国水仙の花やいま東京で盛りの花々は、最良の創造物の一つでしょう。

自分たちは、何とこの美しさに及ばないことか。そんな後ろめたい気持ちがどこかにあるから、私たちは花を愛でるのではないでしょうか。


2.いま欧州イースター休暇とやらで、娘の友人が一家日本にやってきて、彼らと半日付きあいました。桜は満開、良い天気で、喜んでいました。

六本木国際文化会館で軽いお昼のあと庭に出て桜を眺め、東京ミッドタウンというホテル、お店、オフィスビル美術館公園などを備えた複合施設散策し、リッツ・カールトンホテルラウンジで憩い、そのあとバス渋谷まで一緒に行き、そこから歩いて代官山まで行くという彼らと別れました。

英文ガイドブックに、お勧め散歩コースがいろいろ載っているそうで、昨日は谷中に行った由。代官山代々木富ヶ谷千駄ヶ谷などと並んでお勧めの1つだそうです。彼らが日本のどういうところに関心をもつかは興味があります。

谷中天王寺幸田露伴小説にある)は家人実家のお墓があるのでよく行きますが、たしかに最近外国人観光客の姿をよく見かけるようになりました。

しかも、若い人はとっくにご存知でしょうがスマホ検索すれば、歩くルートも含め、すべての情報英語で入手できる、便利な世の中になったものです。

夫婦と2人のお嬢さん一家は、東京に3泊、そのあと高山京都宮島から箱根に戻って、帰途につく由。

泊りはいわゆる民宿で、「airbnb」という国際組織があってインターネット世界中どこでも予約できるそうです。これも若者は先刻ご承知しょうが簡単英語力で、ネット経由自分で何でもアレンジできる時代になりました。

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東京の泊まりは東麻布で、京都も便利な場所にあるようです。こんなことを外国人から教えてもらうのですから、老人には面白いです。


3.六本木面白い場所国際文化会館のあたりは、大使館クラブハウス学校東洋英和)や教会鳥居坂教会)があって閑静な一画ですが、交差点に向かって歩くと、細いビルが林立し、夜の歓楽の場所などが雑然と並び、通りすぎると今度はモダン複合施設になります。

細いビルを指さし、「あれは和製英語で“ペンシル・ビル”と言う」と教えたりしながら、歩きました。

教会を見ながら「日本クリスチャン人口の約1%」と言うと、「そんなに少ないのか」とびっくり。「殆ど仏教徒か?あなたもそうか?」と訊かれました。

質問が多いのは欧米人観光客の通例で、「なぜ、マスクをしているのか?」から始まり、質問攻めにあいました。

ミセスは40代の半ばでしょうか。ロシアで生まれ育ち、大学院アメリカコロンビア大学MBA、そこでオックスフォード大を出てやはりコロンビア留学した英国人の夫と知り合ったそうです。

彼はオックスフォードセントキャサリン・カレジでは「化学」を専攻、コロンビアではやはりMBAを取得した。

彼らの学歴を聞いていつも思うのは、学部では、「歴史」だの「化学」だの「文学」だのリベラルアーツを学ぶ。大学院で「法律」や「経営金融」などの専門を学ぶ。こういう学びがきわめて当たり前だということ。

彼はロンドン投資銀行にしばらく勤めたあと退職して、いまは風力発電機械製造する小さな会社を立ち上げたそうです。

化学」と「経営」の知識はともに役立っているでしょうし、同じ会社で「宮仕え」を続けるという生き方に拘らないのも、日本ではまだ珍しいのではないか


4.ミセスの方は、シティの某投資銀行管理職で、「英国EU離脱」の話題を話し合いました。

英国は、3月末に離脱正式通知をして、これからEUとの交渉が始まる。

どちらにとっても厄介な交渉、2年で終わるか?

離脱によって、自他ともに認める「国際金融センター」の王者ロンドンがどうなるか?

パリアムステルダムフランクフルトなどに「金融センター」の地位を奪われるのではないか、英シティは地盤沈下するのではないかという懸念が拡がっています。

シティにはタチアナさんや私の娘のような外国人も多く、雇用経済社会に大きく貢献していますが・・・・

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タチアナさんは、シティの地位が揺るぐことはない、とかなり楽観的でした。

英語英国法律会計人材などのインフラのほか、「大陸では労働規制雇用者に甘すぎる。週35時間勤務、休暇は年6週間もある、これでは金融仕事なんかできない・・」とよく働くキャリア・ウーマンらしく、雇用者天国ドイツフランス批判的でした。

それにしても、英国人だって一家4人ではるばる日本に来て2週間も滞在する・・・、「過労死」が問題になっている日本雇用の状況とはだいぶ違うのではないか、と考えながら(Karoushiは英語辞書採用されているだろうか?)話し合いました。


日本人の老人と英国からの中年夫婦と、桜を眺めながら、そんなよもやま話をした時間でした。

お互いに、利害関係も何もない、「一期一会」で「嘘をつく」必要などまったくない。

「嘘をつく必要がない、嘘をついたって何も得することはない、そういう状況をできるだけ多く自分の周りにつくる。そうすれば人は嘘をつかなくなる・・・のではないか」。

老い先短く、利害関係に巻き込まることがないから、こんなきれいごとを言えるのかもしれません・・・・

氤岳居士氤岳居士 2017/04/09 12:16 「学部では、「歴史」だの「化学」だの「文学」だのリベラル・アーツを学ぶ。」とありますが,「化学」がリベラル・アーツだとは思わず,「科学」ではないのか?! と思ったりしています.

2017-04-02

「毎日がエイプリル・フール?」とタイム誌「真実は死んだのか?」

| 08:19 |

1. 今回もロンドン郊外から届いた花写真を載せます。

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ワーズワースのよく知られた詩「水仙」に「黄金色の〜(golden daffodils)」と歌われる花です。

「そして私の心は喜びに満たされ、水仙とともに踊り出すのだ(And then my heart with pleasure fills ,And dances with the daffodils. )」で終わる短い詩です。


2. 遅くなりましたが、前回の「国連世界幸福度報告、日本は51位」に関して、aさん、arz2beeさんコメント有難うございました。

フェイスブックで某さんからもこんなコメントを頂きました。

幸福を測るのは大変難しいことです。世界51位の国だからと言って、上位の北欧スイス移住したいかと問われれば、貧しくとも日本暮らしたいです。日本の歴史文化日本人にとって計り知れないほど魅力を感じます。」

お礼をかねて感想を補足したいと思いますが、

(1) aさんの「上位3つの国に住んだことがある」とは羨ましいですね。「強烈な村社会」という指摘も面白いです。日本もかってはそうだったのではないでしょうか?閉鎖的だったかもしれないけど、隣人相互助け合いや思いやりの気持ちもっとあったのではないか

(2) arz2beeさんの「寛容に乏しい、そういう自覚症状が足りない」というご指摘はまったく同感します。どうしたらよいでしょうね。「道徳」の授業やまして大日本帝国欽定憲法下の「教育勅語」で身につくようには思えません。

そして「寛容と忍耐」は池田首相言葉でしたか。

そう言えば、先日旧職場の先輩・同僚と3人で食事をしたとき、「戦後首相で誰をいちばん評価するか?」と訊かれて「池田さん」と即答したところ、同僚も同じ意見でした。

あの時代、まだ「ジャパニーズ・ドリーム」があったように思うのですが老人の繰り言でししょうか。

もっとも先輩は「俺も異存ないが、それは日本人少数意見だと思うよ」とも言われました。旧東銀マンには少数意見の持ち主が多いかもしれません。

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(3) 某さんの「51位でも日本暮らしたい。歴史文化の魅力は計りしれない」の指摘も面白いですね。お気持ちはよく分かります。

僭越でかつとんちんかん感想かもしれませんが、「くに(country)」と「国家Nation State)」の違いがあるように感じました。

例えば、相対的貧困率アメリカに次いで高い、母子家庭ではOECDいちばん高い

という、そういう層に属している方は、「くに」への愛着はあっても「国家」からは見

捨てられていると感じているのではないでしょうか。


3. 以上、お礼と補足が長くなりました。

4月が始まり、昨日は「エイプリル・フール」でした。昨年も紹介しましたが、東京新聞の「こちら特報部」という欄は、毎年この日2頁にわたって意図的な「フェイク・ニュース」を流します。

今年はあるコラムニストが「トランプツイッターで突如辞任を発表」と書きました。

やはりトランプネタが多いでしょうね。

朝のBS国際ニュースはよく観ていますが、昨日はマイケルマカティアという日本語の流ちょうな、トランプ大嫌いのニューヨーカーが、「ロシア疑惑が深まり、トランプはついに大統領選挙をやり直す、と発表。スパイサー報道官は今回は前回以上に圧勝すると語った」という報道をもってニューヨークの市内をインタビューし、本当だと思って大喜びした人も居た、と伝えてくれました。


4. もっとも、昨今のニュースを見たり読んだりしていると、

ポスト真実」だの「もう1つの事実alternative fact)」だの、これでは「毎日エイプリル・フール」ではないかと思えてきます。

これも先日、旧職場の友人4人と飲んでいて、「この傾向はどうも“virtual reality”という言葉が使われだした頃からではないか」と1人が言いだしました。彼は英国私立学校で学んだ帰国子女英語はお手の物ですが、「昔はこんな言葉聞いたことがなかった。おまけに”virtual“はもともと「現実の」という意味でこれをrealityと重ねるのはおかしいし、日本語が「仮想現実」と訳すのはもっとおかしい」と語ります。

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「100万円の寄付を受け取った」だの「渡していない」だの、事実は1つしかないのに、これも「alternative fact」だというのでしょうか。

おまけに不思議なのは、あまりこれ以上「事実を追求する」という姿勢がみられないことです。事実なんか、まして真実なんか、そんなものさ・・・と白けているのでしょうか。

もちろん誰もが「嘘」をついたことはあると思います。

サラリーマンであれば、田舎の親戚の何人かを危篤にしたり亡くしたりして、「嘘も方便」と心の中で言い訳した経験があるのではないでしょうか。

しかし同時に、私たちの世代であれば「正直であれ」と親から云われて育ったのではないでしょうか。

いつから「政治家や公の発言で、嘘をつくのはやむを得ない」という方便もっともらしく流布するようになったのでしょうか。

戦争中の大本営発表の「大嘘」から始まったのでしょうか?

例えば、百条委員会とやら、或いは国会委員会の喚問で、証人が「〜真実を述べることを誓います」と宣言する。あれはそもそも誰に「誓って」いるのか?

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欧米人であれば、聖書に手を置いて「神に誓う」のでしょう。

もっとも、トランプだって就任式のときに真面目な顔で聖書に手をおいていたが、あれだけ平気で嘘をついている・・・・

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5.そんなことを秘かに嘆いていたら、タイム誌の4月3日号が「Is Truth Dead ?(真実は死んだのか)」と題して、特集記事を組んでいました。

トランプ果たして現実統治にあたって、危機管理にあたって、真実に直面する勇気があるのか、そもそも「真実」はもはや死んでしまったのか?と嘆いています。

内容を紹介する紙数がなくなりましたので、出だしだけ披露すると以下の通りです。

―――「アメリカの子供たちは何世代にわたって、幼いジョージ・ワシントンの話を習ってきた。勇気を出して、桜の樹を切ったのは自分だと認めたという伝説である。

しかしこれが作り話であっても、それは真実という理想をこの国の文化として育てようという願いから作られたものであった。

それがいま、新しいトランプ大統領のもとで、・・・(真実は死んでしまったのか?)」

―――

6.最後に、余計な話ですが籠池前理事長の外国特派員協会での記者会見3月23日)以来、英米メディア電子版には「忖度」について面白がって書いている記事があります。

これを英語でどう訳すか?一語では訳せない。日本人というのは面白い・・・といった口調です。さまざまな英訳がとびかいましたが、ニューヨーク・タイムズの例をあげると「powers at work behind the scenes」。

そのうち「Sontaku」が英語辞書に加わるかもしれません。

我善坊我善坊 2017/04/05 10:06 「virtual は「現実の」という意味だ」と教えられ、びっくりしました。この言葉、以前にはあまり見ませんでしたので。
早速辞書を引いたら、
That is so in essence or effect, although not formally or actuallyとあり、別の辞書には、
being something in effect, though not so in nameとあって、“Mr. Smith is the virtual president, though his title is secretary”という例文がありました。「実は」「事実上の」という意味だったのですね。それであれば英語でvirtual realityというのは必ずしも違和感はない。多少「重ね言葉」的な感がありますが。もちろん「仮想現実」は完全な誤訳。
「国country, nationと国家stateを区別しない」というのもその通りですね。
だから「愛国心patriotism」と「ナショナリズム、民族主義nationalism」が区別されない。前者は教えられずとも自然に身に付いてしまうもので、後者は教育による後天的なもの。
従って「愛国心は、行き過ぎると弊害を伴う」ことを教えることこそが、真の「愛国心教育」だと思うのですが。

2017-03-26

国連「世界幸福度報告書2017」で日本は51位

| 08:04 |

1. 柳居子さん長文のコメント有難うございます。見事な「無形資産」を披露して頂き、他の高齢者にも大いに参考になりますね。100歳になるまでチョコレートが届くことでしょうと、長寿を祈りあげます。「幸福日本人」の1人でしょう。

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ロンドン郊外に住む、娘のところからは春の花便りが届きました。

春の到来は、幸せな気分にさせてくれます。

3月20日は「国際幸福の日(The International Day of Happiness)」だそうで,

この日に合わせて今年5回目の国連世界幸福度報告2017」が発表されました。


2. 155か国の「幸福度」をランク付けしたもので、ノルウェイが1位、日本は51位という評価でした。


インターネット掲載されて、本文だけでも188頁あり膨大ですが、総論38頁だけをダウンロードして何とか読み終えたところです。

調査手法をごく簡単に言えば、

(1) 各国の世論調査で、自分幸福度を「主観的に」0から10までのスケールのどこかに位置づけてもらう。

(2) これをもとに、以下の6つの説明変数統計データによる「回帰分析」(定義は省略します)をして、国別の点数をつける。

(a) 1人あたりGDP

(b) 健康寿命予測

(c) 社会助け合い状況

(d) 寛容さ

(e) 選択の自由

(f) 政府企業に対する信頼、


3. その結果が155か国の国別ランキングになる訳で

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(1)「幸福度ベスト10」は、1位ノルウェイ(満点10点のところ7.54)、2位デンマーク(7.52)、以下アイスランドスイスフィンランドオランダカナダニュージーランドオーストラリア、スゥエーデン。

因みにこの10か国の顔ぶれは2016年報告も同じ。

(2)「幸福度ワースト10」はルアンダシリアタンザニアなどアフリカ諸国が多く、上位10か国とはほぼ4点の開きがあります。

(3)因みに、アメリカ14位(6.99)、ドイツ16位、英国19位、シンガポール26位、フランス31位、台湾33位、マレーシア42位、ロシア49位・・・など。

(4)日本の51位は5.92点で上位5か国とは1.5ポイントの差があります。


この差がどこから来るかですが、

(1) 日本GDP世界3位だが、1人あたりのGDPとなると27位に後退する。

(2) 健康寿命はもちろんランクが高いが、それ以外は見劣りする。とくに、(c)社会助け合いと(d)寛容さの2つがかなり劣る・・・

といったところでしょうか。

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4. 因みに本報告書の特徴は

(1)「幸福の国別評価」には「主観的」(自分幸せだと思っているかどうか)な物差し重要だという考え方を採用している。

(2) 「幸福」の指標としては、経済的な豊かさや健康だけではなく

「その国の社会的基盤(social foundation)」がきわめて重要だと強調している。

更に言えば、「経済的豊かさ」や「健康」も社会基盤によって支えられる、という主張。


報告書から読み取れるのは、こんなメッセージです、

トップ10か国は西欧比較的小さな、産業化された国が多い。1人あたりGDPも極端に大きい国ではない。彼らの「高い幸福度」の主因は、1人1人を支える強固な社会基盤と平等感にある」


5. 報告書は、(1)「主観的な」幸福感と(2)「6つの指標」の数値に若干の乖離があることを認めています。

例えば、ラテンアメリカでは前者の平均が後者より0.6点高くなり、他方で東アジア日本を含む)では逆に低くなる。

そしてこれは文化の違いによるものだろうが(ラテンの人たちは楽観的・・・といった)、その乖離は大きくはなく、(2)の6つの指標で、(1)「主観的幸福度(subjective well-being)」の殆ど説明できるとしている。


6、 私たちが考えなければいけないのは、あるいはこの国の指導者に考えてほしいのは、

51位が果たして妥当かどうかというような議論ではなく、ましてや「こんな低い数字おかしい」と批判したり,無視するのではなく、

(1) 少なくとも、国連が主導している、世界公表されている国際調査で、日本ランクは決して高くないという事実

(2) その中で「助け合い」「寛容」「自由選択」といった項目で評価が低い。

(3) かたがた、前述したように「客観的指標」である1人あたりGDPからみても27位(為替相場による変動は多少あるものの)は決して威張れる数字ではない。

・・・ではないでしょうか。


7. 最後に「日本貧困」という問題についても簡単に補足します。

たまたま、先週の火曜日に、毎月集まる元の職場同期会がありました。

神田如水会館にこの日は10人出席し、私が前座で「遠藤周作の『沈黙』とスコセッシ監督映画化」について短く話し、

そのあと某君が「日本貧困問題――貧困格差の測り方」と題して発表がありました。

以下の指摘が特に記憶に残りました。

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(1) 日本の「相対的貧困率」(定義は省略)は高い。OECD加盟国で実質、アメリカに次いで2番目。2015年で全世帯の16.1%が「貧困層」。

(2) とくに1人親世帯相対的貧困率は、OECD加盟国間で世界最悪。2015年大人1人子ども1人世帯貧困率は、実に54.6%。

(3) 1980年代半ばから、格差拡大傾向。その後の無策あるいは間違った対策の結果、世界最悪に近い状態を招いた。

ジニ係数定義は省略)ベースで、日本では、所得再配分効果が非常に小さい。特に、税制による再配分効果はほとんどない、OECDで最低。

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(4) 以上から言えるのは、「日本平等の国」というのが間違った認識であるという事実と、政策対応が遅れているという懸念

この認識がどうも共有されていないのではないか。それには欧米に比べて、データの不足、あるいは情報公開の不足もあるのではないか。

事実」を政治メディア直視して、真剣に取り組むべきではないのか。--


この国のトップリーダーは、トランプに会ったり、メルケルに会ったり、プーチンに会う予定だったり、忙しいようです。

その「外交大国」ぶりは一部の国民プライドを高めているかもしれない。


しかし、内部では「ひとつ国民国家という共同幻想が打ち破られている」という、ある識者の指摘を思い出しました・・・

aa 2017/03/27 19:04 上位3つの国に住んだことが有りますが、どの国も強烈な村社会です。
あるいは人との距離ランキングかもしれません。

arz2beearz2bee 2017/03/30 15:04 幸福度51位という低位、助け合いと寛容さに乏しい。そうした自覚症状が足りないように感じます。それを指摘すると睨む人達が居るように感じるのは、神経過敏症でしょうか。確か、池田首相だったでしょうか、寛容と忍耐と言われました。相手に幸せをもたらす呪文かもしれません。