川本卓史京都活動日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-06-26

EU離脱を選択した英国国民投票を終えて

| 08:34 |

英国欧州にとって運命の日(Moment of destiny for Britain & Europe)」

23日(木)の国民投票の結果は、事前の世論調査で「僅差あるいは離脱派の若干優勢」が伝えられていたとはいえ、実際に起きてみると、衝撃で世界を包みました。

私も普段から、エコミスト誌やガーディアン紙を愛読し、その主張に共感し、最後には英国人理性的判断良識が働くだろうと楽観していましたが・・・。

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本件は日本でも詳しく報道され、「EU統合危機ドミノが起きるか?」「英国の国論は二分し分断され、連合王国崩壊のおそれも」「市場は引き続き大荒れか、シティの将来は?」・・・

といった悲観的な見出しが並びます。

キャメロン首相判断戦術への批判も多くみられます。

それらはみなその通り、尤もな指摘であり懸念ですが、私は以下、少し違った視点に立ちたいと思います。


1. 結果を受けて、キャメロン首相が辞意を表明。7分間のスピーチは立派だったと思います。所詮建前で、実情はもっと深刻だろうと思いますが、それでもどこかの知事さんがやめた時とはまるで違って、言うべきことをきちんと・潔く語ったと思います。


要約すると

(1) 議会制民主主義を基本とするこの国にあって、今回の国民投票民意を問うことは民主主義精神に沿った歴史的出来事であった。

(2) 結果は自分の考えとは異なる民意になったし、私の信念はいまも変わらない。しかし、国民の選択尊重されねばならない。

参加した全ての国民感謝するとともに、離脱派には祝意を表する。今は皆でこの方向に向けて努力していこう。

在英EU人達にすぐに急激な変化が起きるわけではない。冷静に対処してほしい。

(3)新しい目的地に向かうには私は適任ではない。新しい・強いリーダーシップ必要である。

しかし後任が決まるまでは私も全力をあげて取り組む。いまは安定がもっと重要であり、英国経済基本的好調である。民主主義モデルを示し、平和議論を重ね、最良の方法を探していこう。

私の意見は異なるが、こういう結果を国民選択した以上、英国EUから離れても力強く存在していけると信じている。私も全力をあげて協力し、この国を愛し続ける。

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2. 今回英国国民は厳しい・困難な道を選んだ、世論は真っ二つに分かれた、EU諸国にも打撃を与えた。不確実性と混乱と分裂は長く続くのではないか?暗闇に向かうのではないか?


しかし、と思います。

だからこそ、二分した国論をどうやってまとめていくか、「自由多事争論にある」として、その先をどうまとめるか・融和を図るか、英国のこれからの民主主義が問われているのではないか。


それを「分裂はさらに深まる、民主主義危機だ」と悲観的に分析するよりも、多少の懸念と大いなる期待を持って見守りたいと思います。英国国民が、さらにはEU諸国がこれから必死努力していくこと、民主主義の更なる新しい実験を暖かく見守るべきではないか、と思います


3 国民投票について補足します。

これについても「なぜ、国民投票に踏み切ったのか?」「無知ポピュリズムの勝利ではないか?」「国民投票危険性浮き彫りに」などといった批判が内外に多くみられます。


しかし、と思います。議会制民主主義を基本とする国において、とくに最も歴史の古い・優れた議会制民主主義の国、英国においても、国の政策に対する全国レベルの直接民主主義の発動は、決して多くありません。


英国では過去2回。1回は、1975年EU前身であるEUU(ヨーロッパ共同体)加盟の是非を問うたとき民意は加盟を肯定)。

2回目は2011年選挙制度改革を問うもので、この時は改革案小選挙区制比例代表的な要素を織り込む)への否定民意となった。

今回が3回目ですが、キャメロン首相は「判断は皆さん自身の手にあります(The choice is in your hands)」と語りかけ、国民投票にこの国の運命を委ねました。


もちろん、キャンペーンの間、政治家同士の激しい中小誹謗がとびかったことも事実でしょう。ハリー・ポッターの作者がインターネット上で、「対立をあおる苦々しいキャンペーン」と批判し、双方の政治家の主張は「これまで聞いた中で最も醜い物語」と指摘したことは、日本でも報じられました。


しかし他方で、健全民主主義も見られたのではないか。

双方の立場若者がもちろんボランティアで、国会議事堂でディベイトを行い、街頭で通行人と話し合い、戸別訪問を繰り返す姿も報道されました。

このディベイトに参加した学生代表の1人(残留支持の女子学生)が郷里に帰って、両親と真剣に話し合う様子もテレビで見ました。

離脱派英国人アイデンティティ大事と主張しているが、EUの援助でイタリア大学留学した私には、英国人であり欧州人でもあるという2つのアイデンティティがあっていいのではないかと考える」と主張して、父親と話し合っていました。

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4. 今こそ英国人よ、頑張って「民主主義」の手本を見せて欲しいと思います。

もちろん、このような想念の先に、ひょっとして初めての国民投票に参加せざるを得ないかもしれない、これからの日本のことを心配している自分がいます。もしそうなったら私たちは、民主主義を貫徹するために、どういう行動をとるべきだろうか?


その意味からも、今回の英国人の行動と判断を私達のこれからの反省や教訓としつつ、

同時に、真価を問われるジョンブル魂、逆境にあっての不屈の精神英国人らしい冒険心と楽天主義に期待したいと思います。

2016-06-19

EU残留を問う英国国民投票と現役政治家を襲った悲劇

| 08:26 |

1. 我善坊さん有難うございます。コメント拝読しながら、学校秀才とは何か?そ

もそも教育、とくにリベラルアーツ教育について考えました。「仰げば尊し我が師の恩」と歌った、私のような古い世代には、教育人格陶冶の場ではないかという思いが抜けません。

2. 十字峡さんのコメント(「漱石坊ちゃんお手伝いさんは清(キヨ)でした」、ご

指摘の通りです。最後の3行は何度読んでも胸が熱くなります。

――「死ぬ前日おれを呼んで坊ちゃん後生だから清が死んだら、坊ちゃんのお寺へ埋めてください。お墓の中で坊ちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は小日向の養源寺にある」

漱石はここを書きたいためにこの小説を書いたのではないでしょうか。


話は変わりますが、前回、香港に住む中国人がはじめて、海のない山国の田舎寿司屋にやって来たという話を書きました。

コメントに十字峡さんの名前を拝見し、中国人観光客とも関連して、京都検定1級の同氏の5月20日ブログを面白く読んだことを思いだしました。

京都延暦寺中国語ドイツ語絵馬を見つけたという内容です。

http://d.hatena.ne.jp/mfujino706/20160520

絵馬国際的になったものです。日本神様仏様もこれからはドイツ語まで勉強する必要がありますね。

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3. ところで以上は前置きです。

今回は、1週間後に迫った、EU残留離脱かを問う英国国民投票について触れようと思っていましたが、イングランド北部ヨークシャー田舎17日に白昼、現職の下院議員が射殺されるという悲劇が起きてしまいました。

アメリカと違って銃規制の厳しい英国では信じられない出来事で、現職政治家殺害1990年以来だそうです。この時はアイルランド独立を主張するIRSの犯行でした。


犯人は即逮捕されたが、動機はまだ分っていない。

残留派離脱派哀悼のため、キャンぺーンの一時中止を決めました。

被害者は、41歳の労働党新人議員で、2人の幼い子ども母親で、将来をもっとも有望視された「rising star希望の星)」と英国のどのメディアも伝えます。


労働者階級の家庭に育ち、地元公立学校に通い、家族で始めて大学、しかも名門ケンブリッジ奨学金入学


その後、オックスファムの政策担当などNPOで働きました。英語では「チャリティ・ワーカー」という言葉を使います。「チャリティ」は非営利社会貢献組織のこと。

オックスファムもその1つで日本にも支部があります。

http://oxfam.jp/aboutus/

このサイトから「歴史」を紹介すると、

―――1942年ナチス軍による攻撃で窮地に陥っていたギリシア市民に、オックスフォード市民5人が、食糧古着を送ったことが、オックスファムの始まりです。「オックスフォード飢饉救済委員会(Oxford Committee for Famine Relief)」という名で、その後、オックスファム(Oxfam)と名称を改めました。 1948年オックスフォード市民レベルでの活動を開始するとともに、ヨーロッパ戦後復興、難民支援自然災害に対する緊急支援などを行ない、その支援活動歴史を刻んできました。―――


コックス議員チャリティ・ワーカーを経て2015年下院初当選した新人、ばりばりの庶民派、人権派です。野党労働党の大方の議員と同じく(現党首も、元首相のブラウンブレアロンドン市長サディ・カーンも)EU残留を支持していました。


英国ガーディアンはこれは、人道主義理想主義民主主義に対する攻撃である」と社説に掲げ、ケンブリッジ大学生活が自分を変えた、と生前語っていたという逸話を紹介しています。

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――「それまで私は、政治にも労働党にも何の関心も持っていませんでした。

それが、ケンブリッジ入学して、この国では、どういう生まれか?どういう喋りかたをするか?誰を知っているか?などがとても大事なんだということを知ったのです。

私はと云えば、そんな上流階級の喋り方なんか知らなかったし、然るべき人間なんて誰も知らなかった。友人たちが海外旅行を楽しむ夏休みには、父親の働く、郷里の歯磨き製造工場アルバイトをしていました・・・」―――

英国は、惜しい女性を亡くしたものです。


4.この悲劇が、23日の国民投票にどのような影響を与えるかは分かりません。

残留派離脱派それぞれのキャンペーンが熱を帯びていること、ここにきて「離脱派」が支持を増やしていること、それを不安視して市場が荒れていること、お互いのキャンペーン中傷合戦にもなっていること等、日本でも詳しく報道されています。

経済面からすれば、EUに残った方が英国にとってプラスなのは常識ではないか、と私など思いますが、それぞれに理屈感情があって、世論は二分されています。

他国のことですから第三者無責任意見の表明は避けたいと思いますが、アメリカヒラリートランプ場合と同じように、個人攻撃中傷合戦に陥ることは、見ていてがっかりします。

日本選挙運動もそれだけは避けて欲しいと思いますが・・・・


たまたま、数日前に職場の元同僚4人で蕎麦屋で憩いましたが、

英国のEU離脱を問う国民選挙、米国大統領選が主な話題になりましたが、なんといっても話題の中心はUK選挙でした」とあとで幹事メールで報告してくれました。

一番爺さんの私と某さんの2人が「そうは言ってもいざとなればイギリス人良識が働くだろう(つまり最後残留に落ち着くだろう)との感触。一方、比較若い2人は「何が起きるか分からないのが最近の風潮。余談は許さない」との見方

「どんな結果となるか見ものです」とありました。


もとの職場海外での仕事が専門で、殆ど誰もが英米勤務があり、引退してもこういう出来事に知識と関心を持ち続ける人が多く、話題も盛り上がります。

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最後に、私がこの問題英国での流れを見ていて感じるのは、

とくに保守党がまさに真っ二つに割れている、現職の議員のみならず、閣僚でさえ、残留離脱の両方の支持者がいるという現状です。

これは結果がどちらになっても、その後の保守党に亀裂を生むのではないか

と同時に、ある意味でこれが健全民主主義ではないかとも思います。

アメリカもそうですが、「党議拘束」なんてものはない。

それに比べて、この国は、党が決めたことへの反対を許さない。これはどこから来たのでしょうか?

まさに福沢諭吉の言うように、

自由の気風はただ多事争論の間にありて存するものと知るべし」

ではないでしょうか? 自由民主の党名が泣くのではないでしょうか?

2016-06-12

6月の蓼科はれんげつつじや金ぐさり

| 08:05 |

1. 先週は数日、田舎で過ごしました。築40年の古い家でいろいろ手直しが必要になって、工事に立ち会うという用事もありました。畑の野菜の育ちぐあいも見てきました。


6月の蓼科田植えが終わって田には水が貼り、新緑の林には、のんびりとかっこうの鳴き声が聞こえ、散歩するとれんげつつじや金ぐさりが咲いています。

1か月前の5月連休写真のように

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まだ八ヶ岳に雪が残り、花桃が美しかったのですが、すっかり自然が変わりました。夏の最盛期にはまだ早いので人も車も少なく、ほっとします。


鄙には稀な、しかしごく庶民的な、主人ひとりだけの寿司屋カウンターに座って、この日は他に誰も相客がいなくて、岡谷の「高天からくち」本醸造というこれまた庶民の酒を飲みながら、40代の「大将」とお喋りをしました。


「うちみたいな田舎の小さな寿司屋にも、今年の冬は初めて中国人のお客が来ました」と報告してくれました。


「それはいニュースだ。こんな田舎にも外国から来てくれるなんて楽しみだね」と応じたところ、昔気質師匠から「若いもんが客とちゃらちゃら喋るんじゃない。黙ってしっかり握れ」と厳しく修業されたという大将が、そのときばかりは、写真を撮ってあげたり、調理場まで案内してあげたり大サービスだったそうです。


香港から来たと言ってましたが、家族連れで、お互いに英語で喋っていました。

“私たちは中国人じゃない”って言ってましたよ」という話で、

「そんな会話よくできたね。注文もよくわかったね」と訊いたところ、彼はアイ・パッドを持っていて、これで検索すると英語が出てくるので何とかなるそうです。「自分たち中国人ではない」と英語で語る香港人がいつまでそういう風に暮らせるか、ちょっと気にもなりました。


この「大将」ですが、わりとウマが合います。余計なお世辞は言わない。こちらが年金生活者であることを充分知って、贅沢なネタは出さない・・・・けっこう気を使ってくれます。それでいて修業時代の話など、なかなか含蓄のある話をしてくれます。


ここ蓼科はまあ観光地ですから、夏には、名も顔もそこそこ知られた芸能人が入ってくることがある。ところが大将は、そういう有名人にも、騒いだり、特別待遇をしたり、「サインをお願いします」なんてことを一切言わない。貰ってないから当然ですが、サインなんか飾ってない。

「そういう普通の扱いを気に入ってくれる人も中にはいますが、だいたいは、ちやほやされる方が居心地いいんでしょうか。その後あまり来て頂けません」と言って、それを気にする風もありません。

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2. たしかに、私たち庶民ばかりが安酒を飲んでいる小さな店に、有名人が現れたら、対応が難しいかもしれません。

いま話題の某都知事がお見えになったらどうでしょうか?

この人、あまりに話題になり過ぎて、こんな拙いブログに取り上げるのも馬鹿々々しいですが、・・・・それでも少し気になるのは、この人がいちおう、同じ大学の同じ学部卒業しているということです。


もちろん私のような凡才と違って、おそらく大秀才で、だから卒業大学に残って助手になり、助教授になったのでしょう。


助手に残るには成績最優秀のほかに、指導教授が見込んで、推薦し・引っ張る筈です。引っ張られた方は「お師匠さん」と呼んで、一生その先生について行きます。


例えば、丸山眞男南原繁師弟関係はよく知られています。丸山さんは敬愛をこめて師匠のことを度々回想しています。本当は西洋政治思想に興味があったが、南原さんに「君は日本政治思想をやれ」と言われて(南原さんの専門はドイツ政治哲学)そこで一生が決まったということを含めて、大きな影響を受けました(丸山師匠と違ってキリスト教信者にはならなかったというのは興味深い問題ですが、話が逸れます)。


つまり私が気になるのは、某都知事の「お師匠さん」は誰だったのか?

この人のどういうところを見込んで、助手にしたのか?その後どういう論文指導をしたのか?師匠弟子関係は、寿司屋の「大将」の話を聞いても、人格品性マナー指導が含まれるように思うが、そこはどうだったのか?つまりどんな修業時代だったのか?

というようなことです。


こういう人を助手に選んだ「お師匠さん」の品性良識が、某都知事品性良識以上に問われているのではないか?もちろんもう存命ではないでしょうが、生きていたら、さぞ自らの選択大学での指導に悔いを感じたのではないか、という気がします。

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3. 最後に、これまた私事ですが、先々週の日曜日に、亡き母の13回忌の法要を執り行いました。小平霊園で浄土真宗僧侶読経してもらい、そのあとの「直会」にも参加して頂きました。

総勢25人の子供、孫、ひ孫の世代が集まり、中には単身赴任の遠い地方から駆け付けたり、海外から出てくれたりした孫もいて、「それって、いま話題の“公私混同”じゃない?ひょっとして、ファーストクラス?」などと冗談を言われながら(もちろんそんな身分では毛頭ありません)、賑やかでした。

一人一人が、母の思い出や近況報告をし、大学生高校生のひ孫の世代も立ち上がってきちんと喋ってくれました。


お坊さんが、何度も「いろいろな法要に出たが、13回忌でこれだけ大勢集まり、しかもこれだけ楽しく賑やかな会は珍しい。故人の人徳でしょう」と言ってくれました。

「中には、お通夜の席で身内同士の醜い争いになることもあります。そういうご家族はその後の法要に一緒になることはまずありません」・・・・とも。

まあ我が家は、争うほどの資産土地も何もないので当たり前ですが。そう言えば、昔母が作ってくれた小さな・小さな墓には、父母の他、他家に嫁に行った上の姉や戦後未亡人になった貧乏時代の母を支えてくれたお手伝いの清さんも分骨して一緒に眠っており、窮屈ながら賑やかでしょう。

そこでまた、週刊誌見出し電車の吊り広告で見ただけですが、某都知事は、親族や身内の誹謗中傷が激しいようだということも思い出しました。

学業成績優秀で、偉い「お師匠さん」にも恵まれた人なのでしょうが、身内との付き合いはあまり幸せそうじゃないな、とちょっと気の毒に思いました。

4.以上、今回は私事ばかり書き連ねました。

我善坊我善坊 2016/06/12 16:36 私は舛添を、「朝まで生テレビ」でタレントデビューした30年前間に見ていますが、当時は並居る論客の議論にフォローできず、「ずいぶん出来の悪い東大助教授だなあ」と思ったのを覚えています。しかし今回の騒動で、彼が鳩山邦夫と全国大学入試模試で2番3番を争う秀才であったと聞き、びっくりしました。
友人の政治学者に聞いても、彼の論文を知る者はいない。
今回も状況が読めず、危機管理能力の欠如ゆえに次々と墓穴を掘って、「アタマの悪さ」を露呈してしまいました。受験秀才は知的能力とは無関係、ということですかね。

十字峡十字峡 2016/06/12 18:27 感想を縷々述べたいところですが、それは別の機会に置いておくとして、的外れな感想を。
「お手伝いの清さん」に鋭く反応しました。
漱石の坊ちゃんのお手伝いさんは清(キヨ)でした。
お母様の時代よりずっと前の話だと思いますが、何となく懐かしい思いで読ませていただきました。

2016-06-05

エコノミスト誌「中東特集―内部の戦争」

| 08:00 |

1. 我善坊さんコメント有難うございます。

情緒を排して冷静な事実に立って判断をするよう促すのが、マスメディア役割のはず」というご意見は、マスメディア役割についてはご指摘の通りと思います。

ただ、一般論としていえば、

オバマさんの言動自体が十分に「情緒的」だったし、むしろ個人的には「冷静」なスピーチより情緒的なところが心に残りました。欧米メディアもそこに動かされたのではないか。情緒が、(良くも悪くも)世界を動かすというエネルギー否定することは出来ないのではないでしょうか。

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2. 今回のスピーチについてはライターであるベン・ローズ報道官への高い評価

があると同時に、最後までオバマが手を入れた事実日本新聞にも報道されました。

5月27日当日の英国ガーディアン紙が「誰が、オバマヒロシマスピーチを書いたか?」という記事を載せています。

―――オバマ大統領文体感情豊か(lyrical)な特質は、実際の政策実現をはるかに上回った水準を就任以来、保っている。

その立役者はもちろんベン・ローズだが、スピーチもチーム・ワークの産物であり、今回であれば国務省国防省などが目を通して、またローズに戻される。

 しかし、最終的な執筆者オバマであり、今回も多くの手書き修正があり、スピーチに流れる基調音は彼自身のものであろう。――――



3. ところで、前々回のロンドン新市長について書いたブログに「私もカーン氏に元気で頑張ってほしいと思います」というコメントをarz2beeさんから頂いたのを、前回見落としました。遅まきながらお礼ととともに、私もまったく同感です。

このロンドン市長についてのブログエコノミスト誌が伝えるエピソードを紹介しました。


――彼が労働党内閣大臣だったときバッキンガム宮殿に招かれて、宣誓をする必要があった。「どの聖書に手を置いてするか?」と訊かれて彼は「コーラン」と答えたが、宮殿には備付けがなく、彼は自分で持参した」―――


これを読みながら私がふと考えたのは、「これが日系イギリス人だったらどうするだろうか?」という疑問です。

日系イギリス人が将来こういう機会のある役職につくかは分かりませんし、その人は英国教育を受けて英国国教会信者になっているかもしれない。

しかし私のような普通の日本人感覚を(宗教的には)持ったまま育ったとすれば、

聖書でもない、コーランでもない。じゃ、どうやって、何に対して誓うのだろうか?」

という素朴な疑問です。

大げさに言えば、日本人にとって、神とは何なのか?

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4. ご承知の通り、中東は、政教一致社会です。『イスラーム文化』の中で井筒俊彦

氏は、「学問も、道徳政治法律芸術も、公私にわたる人間生活の内外すべて、隅から隅までいっさいの領域を「コーラン」の解釈に委ねる文化」と定義しています。


そして、いま、そこには悲劇が、深く・長く続いている。戦争テロのない・死者や難民の出ない平和中東を、どうやったら実現することができるでしょうか?


ロンドン新市長の登場も、こういう出来事の積み重ねが希望につながっていくかもしれない。

中東について、私は全くの素人ですが、たまたま5月20日号の「エコノミスト誌」

が「内部の戦争(The War within)」と題する15ページの特集記事を組んでいます。

そこで、今回は以下、簡単にこの記事に触れて終わりにします。


(1)現在アラブ悲劇は「文明の衝突」(ハンティントン)ではなく、「アラブ文明内部の衝突」である。従ってアラブ自身によってしか解決できない。

外部者ができるのは、事態を少しは改善させるか、逆に一層悪化させるかのどちらかであろう。


(2)アラブ危機は深刻かつ複雑である。安易解決策はかえって危険である。解決には時間がかかり困難を伴うことを認識すべき。


(3その際、以下のような主張に、疑問をもつことが重要と考える。


現在悲劇の原因は、アメリカ欧州諸国にあるとする批判

欧米も間違いと失敗を犯した。しかし根本的な責任アラブ自身にある。

大義が自らの圧制と権力隠れ蓑に使われただけなのだ。

アラブ諸国国境線を引き直し、人種宗教にそった国造りが重要だとする主張について

➡(地方権限委譲するならともかく単なる分割は)アラブの安定化にはつながらない。

例えばイラクを、北はクルド人へ、西はスンニ派国民、南はシーア派国民へと分割することは少数民族を満足させるかもしれない。しかし、パレスチナ問題のように、どこにも少数民族は残り、単一民族(あるいは宗教)の領土にはならす、紛争対立は解消しない。

独裁政治アラブにとって必要であり、独裁こそが混乱や過激派を押さえつける体制であるという主張があるが、

➡間違っている。権威主義は安定への道ではない。

アラブには、君主制の国(サウディ他ガルフ諸国ヨルダン)と共和制の国があるが、前者の方が安定している。しかし、どちらの体制であっても「独裁制」は統治正統性を失ったと言えよう。

アラブ指導者にとって、「真の意味での統治正統性」が必要であり、そのためには、リベラルであれ原理主義者であれ彼らの批判にも「場」を与え、最終的には民主主義を目指すことを通して、国民の信頼を回復することが最重要である。


悲劇の原因はイスラムのものにあるとする、ドナルド・トランプ的な主張があるが、

➡これも間違っている。我々は、イスラム内部の多様な考えを認識し、穏健なイスラムをより一層支援すべきである。イスラム一般を叩くことは解決策にはならない。

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5. そして、最後に、中東未来は?

(1) アラブ主義は失敗した。しかし、アラブ統一という課題は残るのではないか。その点で、(問題を抱えてはいるが)EUは参考になるのではないか。

(2) 危機は根深い。しかし、改革に向けての大きな好機会でもある。

アラブは、もう一度、甦り、栄えることが出来るのではないだろうか。豊かな大河豊富石油資源観光資源考古学上の魅力、若年層が多い人口構成、そして欧州に近い地理的経済的利点、優秀な知性の存在科学技術伝統・・・・

これらを、指導者軍部が十分に認識していればの話だが。

2016-05-29

オバマと広島が海外の新聞の見出しになった日

| 07:34 |

1. 私の今回のブログはやはり、オバマ大統領広島訪問です。

28日(金)、広島長崎関係のある人(とくに高齢者)を除いて、どれだけの日本人が関心を持ったかは分かりませんが、

私は、テレビの実況中継をNHKでみて、翌朝の日本新聞を読み、その日の午前中は、もっぱら英米報道を知りたいと、ネットを覗きました。

彼のスピーチYou Tubeで何度も聞きました。

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メディア電子版)の主な見出しをあげると以下の通りです。

(1) ワシントン・ポスト紙「オバマ広島核兵器の廃絶をよびかけ」

(2) ニューヨーク・タイムズ 「広島を訪れたオバマ、“道徳革命”をよびかけ」

(3) ABCテレビ 「広島への歴史的訪問で、オバマ、「道徳的な覚醒」を訴える」

(4) CNNテレビ 「オバマ広島の生き残り者と感情のこもった抱擁」

(5) 英国タイムズオバマ最初の現役の大統領として広島へ」

(6) フィナンシャル・タイムズバラク・オバマ歴史的広島訪問

(7) 英国ザ・ガーディアン紙「オバマ、”広島記憶は決して消してはならない”」

(8) 豪州オーストラリアン「オバマ“空から死が降ってきた”と」


それぞれのメディアによって異なり、CNNを除く米国メディアは、未来を語るオバマを取り上げ、英国ガーディアン豪州原爆について触れました。


2. オバマ大統領演説は、全文が日本新聞に載っています。

私は、良いスピーチだと思いました。(たまたま出張ロンドンから一時帰国している娘も同意見で、感動的と言っていました)。

もちろん彼のスピーチのうまさには定評があります。「やっていること以上に言ってることが素晴らしい」と言われています。


印象に残ったのは、以下のような諸点です。

(1) 広島が9回、長崎が2回の他に、「被爆者」という日本語を2回使ったこと。

―「“Hibakusha”の声を、いつか聞くことができなくなる日が来ます。しかし1945年8月6日朝の記憶絶対に消してはなりません」

「私たちは過去から学び、選択することができます。過去の過ちとは異なる物語子どもたちに語ることができます。(略)私たちはこうした物語を“Hibakusha”から学ぶのです」


(2) 広島で亡くなったのは、日本人だけではないこと。

「私たちは、なぜ広島を訪れるのでしょうか。それほど遠くない昔に恐ろしい暴力

暴れ狂ったことを思い起こすためであり、死者を弔うためです。死者には10万人を超える日本の男女と子どもたち、数千人の韓国人12人のアメリカ捕虜もいました」


(3) 被爆者から学ぶ「物語」を具体的に語ったこと。

――本当に憎むべきなのは原爆を落としたパイロットではなく、戦争そのものだと語った被爆者女性もいました。また「原爆で死んだ米兵の遺族を探しあてた男性は、米国人自分と同じように家族を亡くした喪失感を抱えていると感じたと言いました」と。


(4)アメリカ独立宣言の有名な言葉―「すべての人間平等に造られ、造物主によって、生命自由幸福追求という不可侵権利を与えられている」―を引用したこと。

そして、この言葉を「物語Story)」と呼び、決して容易には実現しない、アメリカ国内であっても簡単ではない物語だが・・・・

しかし、「努力して、世界中に広められるべき理想です」として次のように続けます。

「私たちは、この物語を語るために広島を訪れるのです。

そして私たちはおそらくここで、自らの愛する人たちのことを思い浮かべるでしょう。

朝起きてすぐに出会子ども達の笑顔。朝食の食卓での暖かい触れあい。両親が心の和むように抱擁してくれたこと。

私たちは、こうしたことを思い起こし、愛する人同士の貴重な触れあいのひとときが、同じように71年前のここ広島にもあったのだと感じるのです。死んでしまったあの人たちも、私たちと少しも変わらない人だったのだと。


3. 最後に、森重昭さんについて触れます。大統領スピーチで「原爆で死んだ米兵の遺族を探しあてた男性」と言及した人です。


この人と彼を主人公にした映画については、「映画「ペーパ―・ランタン(灯篭流し)」と森重昭氏」と題するブログで紹介しました。

http://d.hatena.ne.jp/ksen/20160417

CNNテレビ見出しで「広島の生き残り者と感情のこもった抱擁」という見出しを掲げました。

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英米メディア電子版はすべて、この写真掲載しました。

ガーディアン紙は次のように報じました。

――とても感動的な瞬間だったが、オバマ大統領は、森重昭氏を抱擁した。被爆して生き残った79歳の森氏は感情を抑えきれないように見えた。

大統領は私と抱き合いたいという仕草をみせてくれました。だから私たちはそうしたのです」と彼は語った。何十年もかけて12名のアメリカ戦争捕虜の遺族の行方を捜し、この12名が公に原爆の死者として認定されるのに尽力した。

東京新聞によると、同氏の出席はアメリカ側の招待によるそうです。


4.そう言えば、私のブログを見て、「この映画を観たいがどこで上映しているか?」と質問してきた人がいました。

ご興味のある方は以下のサイト最後に、短いですが、予告編を見ることができます。

http://abcnews.go.com/Lifestyle/graduation-speech-harvard-calling-powerful-youll-hear/story?id=39427065

映画「灯篭流し」で検索すると沖縄名護市広島県人会が、4月末に上映と作曲者のトークショーをやったというのを見つけました。

また6月18日〈土〉には東京港区で、ある研究会主催して上映するというサイトもありました。

一般映画館ではやっていないのかもしれません。

それにしても、東京六本木国際文化会館での試写会(これはアメリカ財団企画したものです)のすぐあとに、まず沖縄でやったという事実に、ちょっと感心しました。

やはり、沖縄という場所は、ヤマトンチュー以上に戦争悲劇体験し・記憶している人が多く、アメリカに対する想いも複雑で深いのではないか。だから、こういうことへの感度が高くなるのではないか・・・・と感じました

我善坊我善坊 2016/05/29 21:22 オバマ大統領の広島演説には私も感動しました。
ことに「我国のような核保有国は、恐怖の論理から逃れる勇気を持ち、核兵器なき世界を追求しなければならない」というくだりに、最も感動しました。今後の大統領がだれであっても(たとえトランプでも)、この言葉に少なからず拘束されようし、またそう期待したいものです。
演説は良かったと思いますが、日本のメディアが相変わらず情緒に頼った報道に終始し、「良かった」だけで終わっているのには違和感がありました。直後に見たBBCは、広島からのレポーターが「オバマの脇には、核攻撃命令のボタンを収めたブリーフ・ケースを持ったオフィサーが控えている」と、現実を指摘していました。日本の報道では、私の見る限りそうした指摘はなかった。
活字よりはラヂオ、ラヂオよりはTVの方が情緒に傾くのは已むを得ないとはいえ、情緒を排して冷静な事実に立って判断をするよう促すのが、マスメディアの役割のはずですがー。