ダン・ブラウンの『インフェルノ』が提起する人口過剰問題


1. 昨今の異常気象もあるのでしょう。「この夏は全国的に大気不安定」とはテレビの気象予報が繰り返し伝えるところです。
しかし、いつも書くように「日本は自然はきれいだし水は豊富だが、昔から災害大国である」上に、70年前の戦争でも悲惨な目に遭いました。痛ましい出来事が今年も起こります。
その中で私が暮らす八ヶ岳山麓にある茅野市は、お陰さまで空襲など戦争の被害もなくいままで大きな災害も無く、冬の寒さを別にすれば住みやすいところだ、とはこの地に生まれ住み92歳になっても元気な・土地の「顔」のような知人の話です。昨日も畑でとれた野菜を持って自分で軽を運転して来てくれ、しばらくお喋りをしました。但し農家の未来にはかなり悲観的。東京に嫁いだ2人の娘は帰ってこない、1万坪もあるという農地と山林は持っていればたいへんなだけと言って要らないとしか言わない、しかし買ってくれる人はまず居ない、農業を継ぐ人も周りにどんどん減っている・・・と悩みもあるようです。日本の農業はどうなるのでしょう。


2.他方で平和で豊かになって、都会人は大型客船の豪華な船旅を楽しんでいると前回書きました。
これについてフェイスブックで、「アメリカではクルーズは庶民的な旅」とのコメントを頂きなるほどと、参考になりました。経験がないので、豪華なディナー・パーティなどをすぐ想像してしまいますが、庶民の楽しみでもあるのですね。
「仮想旅行」も書きましたが、フィレンツエ旅行の経験から、旅は計画段階が楽しいというコメントも頂きました。確かに、事前準備も一種の「仮想旅行」だと思いました。


そこで前回は中味には触れられなかった、人気作家ダン・ブラウンのベスト・セラー『インフェルノ』(邦訳も同じ題名)の紹介に入ります。
本書は肩の凝らない娯楽・サスペンス小説ではありますが、著者はいつも興味深い「仕掛け」を設けてくれて、本書では
(1)「人口過剰問題」への読者の関心を高めること
(2)ダンテの「神曲」について多少の知識を得る
(3)フィレンツエやヴェネツィア等への「仮想旅行」
の3つです。


3.最初の「人口過剰問題」については、無知な私には本当にどこまで深刻なのか判断できませんし詳しく語る知識は毛頭ありません。
しかし本書は「きわめて深刻である」という立場に立って物語を展開させており、今回はこの問題の紹介で終わってしまいそうです。
すなわち、

(1) 過去の世界の人口はおよその推定でしかないが、それでも20世紀に入ってからの増え方はたしかに「異常」と言えるのではないか。下の写真は本書のあるページに載るグラフですが、過去のおよそ100年で人間という動物がいかに地球上に急増しているかの姿です。

(2) 例えばきわめて大ざっぱな推測値ではあるが、世界の人口は
・紀元前100年から西暦元年ごろ(ローマ帝国のシーザーやキリストの頃)はおよそ2億〜3億人。
・ダンテやルネッサンスが花開いた14〜15世紀にもまだ4〜5億人。
・20世紀の始まる1900年代初頭でも15〜16億。
そこから2000年には何と60億、2013年約70億、50年には90億、と予測されている。
大ざっぱに言って、「西暦1900年までの約2000年間かけて4倍になった人間の数は、1990年からその後4倍になるのにたった100年しかかからなかった。150年間では6倍になる・・・」
これはやはり「異常」と言うべきではないか。
「たしかに地球は深刻な人口過剰問題を抱えている」と本書でWHO(世界保健機構)の事務局長(もちろん架空の人物)も認めます。
(3) しかし「WHOや国連は抜本的な対策を取っていない。せいぜい、産児制限を世界的に広める活動を続けているぐらいだが、これだけでは解決にはならず、「何れ世界は破滅を迎える」と主張する人たちが居て、その1人に、もちろんフィクションですが、天才的な遺伝子工学者ゾブリストが登場します。
「人間は“多産”に過ぎる。子供を作り過ぎる動物なのだ」というのが彼の認識であり、「持続可能な地球上の総人口はせいぜい40億人程度」と主張する。


しかしもうすでに70億の人類がいる。それならどうするのか?


4. もちろん所詮は娯楽小説であり、物語を面白くさせるための「仕掛け」だろうからさほど真剣に考えて読むこともなかろうという意見もあるでしょう。
それと、言うまでもなく、人口の急増は、食、水、エネルギー、環境一般などに大きな悪影響を与えるでしょうが他方で、90億人の人間が暮らすようになっても心配ない、食糧危機だって起きない、と主張する人も居ます。
8月3日の日経は1面トップに「食と農、大転換の予兆」と題する特集記事を載せて「90億の胃袋を満たせ」という見出しで様々なイノベーションや取り組みを紹介し、「(人類最大の挑戦になるかもしれないが)遺伝子組み換え技術によって、十分な食糧を提供できて、食糧危機は絶対に起きない」というアメリカ・モンサント社の幹部の楽観的な発言も載っています。

この問題について繰り返しますが、私は専門知識ゼロで分からないとしか言いようがありません。あわてて以下のサイトなどを検索して読んでいるぐらいです。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~sumida/Food.html#01

しかし常識的に思うのは、仮に総量としての「食」が技術の進歩によって可能になったとしても、それは、均等に配分されるかどうかは別問題ということでしょう。
飽食と言われ、賞味期限切れの「食」は捨てられてしまう国もあれば、いま総人口の7人に1人、アフリカ、アジア・太平洋地域など9億人以上が飢餓に苦しんでいると言われます。

5.さらに、ダン・ブラウンの『インフェルノ』で天才的な遺伝子学者ゾブリストが主張するのは「人口過剰は食・水・環境・・・といった物理的な影響だけではなく、人間が大量に増えることによって資源をめぐる争いも激化し、貪欲など“人間の精神”の荒廃と病が拡がる」という警告です。
そこから、ダンテが『神曲』で書く、人間が地獄に落ちる7つの大罪(貪欲、飽食、妬み、裏切り、嘘・・・・等)に話題が拡がり、
従って、いま存在する人間を減らすための「(方法としては)邪悪な」ゾブリストの天才的な対策と、
それを阻止すべく立ち上がるWHOの事務局長と助けるロバート・ラングドン(『ダヴィンチ・コード』以来のシリーズの主人公でハーバード大学の美術史の教授で“シンボル(宗教的な象徴)”の解析が専門の)の活躍が始まります。

70億の人口を40億人に減らすためのゾブリストの「邪悪な仕掛け」が発動する期限が迫る。
それを妨げるには彼が愛読し・仕掛けに組み込んだダンテの「神曲」を読み解き、ダンテの足跡を追って、謎を見出さなければならない・・・・・
ということで「仮想旅行」が始まるのですが、
どうやら今回の「お時間がよろしい」ようです。