さすけの波乱万丈な日常 このページをアンテナに追加 RSSフィード

ホームはmoonwhistle.org。神無月サスケの近況報告。より詳細に雑多に日常をつづったtwitterはこちら→ktakaki00

2016-08-04 久々の更新

[]Moon Whistle の曲に作詞しました

Moon Whistle は 1999年公開。リメイクも2011年に出ており、その間、歌詞を作ってくれる人がたくさんいました。

フリゲの中には作者公式の歌詞があるゲーム音楽もあるようですね。ふと気が向いたので、主要なフィールド曲に歌詞をつけてみました。

普段はあまり作詞などしない僕なのでたどたどしいのはご容赦を。

曲のダウンロード

下記の歌詞の曲は、ここからダウンロード出来ます。

http://fhouse.s17.xrea.com/moonwhistle_remake/midimh.html

いざ行かん (XMIDI005.mid)

春の土手を歩く風の匂い

草は萌えてちょうちょは舞いを楽しむ

川は流れメダカが泳ぐ

柔らかい日差しが川を照らして 輝く

ふと浮かぶよ あの日の思い出

みんなわいわい 陽気の中 駆け回った

季節巡り 雪が解けて また来た春 また思い出になる

ひざしの中を (XMIDI024.mid)

青空を覆ううろこ雲

ビルの谷間から覗く太陽

心地よい風が吹いてくる

空き地から聴こえるよ虫の声

赤く色づくもみじ セイタカアワダチソウ

どうして 僕を 寂しくさせるの?

友達と一緒に出かけよう

きっとみんないれば楽しくなる

秋のものを探しに行こう

遠くまで道はずっと続いてる

夕闇にとける街 (XMIDI001.mid)

お日様が 低い空で 町を赤く染める

街灯が 僕の影 長く延ばしてるよ

公園の 賑やかな声 今はもう静まった

誰かさんの サッカーボール ぽつんとたたずむ

夕焼けに 光る 一番星

晩御飯が 待ってる おうちに 帰ろう

あしたまた 遊ぼう

さわがしい大通り (XMIDI006.mid)

1.

忙しそうに歩く人達 腕時計 見ている

喫茶店を 窓越しに見た さぼってる サラリーマン

ビルが 立ち並んで 見知らぬ人が 通り過ぎる

窓の ガラス光る 昼の太陽 反射する

黒い革靴 書類手に持ち 繁華街 

無心に 駆け回る 大人たちの午後

2.

犬の鳴き声 鳥のさえずり 自動車のクラクション

しゃれた生垣 干された布団 青空の飛行機雲

路地の 隅の方で 井戸端会議 おばさん達

デパートの 駐車場で こっそり遊んでる 子ども達

晴れた昼下がり けだるい午後 元気出し

さあ 歩き出す 探検だ 知らないとこ 行くぞ

手をつないで歩こう (XMIDI054.mid)

住んでる 町は違っても 心は通じ合うよ

歳の差 気にならないよ 仲良く行こう

僕が困れば 助けてくれて

君が困れば 僕が行く

何も話をしなくても 笑顔が一番

手と手を とりあおう 友達になろう

嫌な子 いるけど きっと仲良くなれる

一緒に 歩こう 街は魅力で一杯

僕らみんな一緒に 凄い冒険するぞ

2015-04-25 Moon Whistleのセルフノベライズ

[]ムーンホイッスル小説版を電子出版します

ご無沙汰しておりました、久々のブログ記事です。

今回、拙作ムーンホイッスル(Moon Whistle)の小説版を、Amazonで電子出版することになったので、お知らせです。既にアマゾンで登録を済ませており、数日内に公開される流れです。

ここまでの大まかな流れ

このセルフノベライズは、僕が2013年の春から夏にかけて仕上げたものです。おりしもフリーゲームのノベライズが盛んになっていた時期、ということで執筆を思いつきました。

2013年の9月に、某社の編集者さんに読んでいただける機会があり、内容としては、一定の理解を示していただけたのですが、事情があって出版には至りませんでした。

それは、ライトノベル専門の編集部だったこともあり、「あまりライトノベルらしくない」という理由が大きかったようです。確かに、キャラクターを立てるというより、ちょっと児童文学っぽい描写が多いのは僕も承知しています。

もう一つは、「長年愛されておりファンのすそ野が広いのは事実だが、ここ数年の盛り上がりには欠ける」という点も挙げられました。

そういうわけでその編集部では出していただけませんでしたが、丁寧な対応をしてくれたと感謝しています。

そして、同じ会社の別の書籍部に渡してくださいました。これが2014年1月のことです。

しかしそちらの編集者さんからは、あまり良い対応をしていただけませんでした。いくつかのフリーゲームのノベライズを担当している方なのですが、僕の小説は、いつまでたっても読んでもらえないばかりか、こちらがメールで相談してもなしのつぶてということが続きました。興味がなくても、最低限、読んでは欲しかった、それは無理でもきちんとその旨ご連絡いただけたら、と思っています。このように、編集者さんにも、いろんなタイプがあるのだと痛感しました。

2013年の末ごろに、「ムーンホイッスルが商業展開するかも」ということを僕はツイッターで表明したのですが、それはこの件が進んでいることでした。かなりいろいろと考慮してもらったのですが、前述のとおり、出版には至りませんでした。

電子出版で出してみることに

そういうわけで、一度はお蔵入りにした小説ですが、その後「紙の書籍がだめでも、電子出版ならいけるんじゃないか」と思うに至りました。

なにしろ、昨年あたりから、僕のよく知っている人達が次々に電子出版に参加しており、あちこちで話を聞いていたからです。

これまで「紙の書籍でないと、読みたい人の手に届かない」そう思っていたのですが、これだけ電子書籍が普及してきたなら、その懸念は小さくなる、と感じました。

それで早速、その準備を始めました。2014年9月ごろのことです。

その後、表紙絵やイラストを描いてくれる方(飛鳥好一さん)とも出会い、こうやって電子出版することが出来ました。感謝。

読んでくれる皆様に感謝

今回、こちらの小説については、いろんな方に読んでもらいました。そして、いろんな意見をいただけました。

特に、今回、電子書籍での販売に至ったのも、知人からのアドバイスでした。

小説を公開するだけなら「小説家になろう」など、無償で公開可能なサイトはたくさんあります。しかし、今回は、あえて有償にした方がいい、という意見が圧倒的でした。フリーで公開しても、数件感想書いてもらうだけで風化しかねない、といった意見が聞かれました。

この「フリーより有償の方がいい」という意見については、僕の中では肯定する気持ちと否定する気持ちが半々でしたが、やはり「本当に読みたい人にだけ手に取ってもらいたい」という気持ちで実験的な要素も含めています。

金額はひとまず5ドル(500〜600円くらい)にしました。こちらも、僕は300円くらいにするかと思っていましたが、それじゃ安い、というご意見を伺ってのことです。確かに、本当に読みたい人にだけ届けるのなら、妥当かもしれません。価格は変更可能らしいので、少しこの金額で余裕を見ます。

今しばらくお待ちを

現時点(17:04 2015/04/25)ではまだ公開されていません。

公開されたら、恐らく、プレビューとして序盤が読めると思いますので、興味がある方は見ていただけたら幸いです。

追記(21:05 2015/04/25):公開されました!

小説ムーンホイッスル

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00WO3O3O0

今後地味にプロモーションしていきたいと思います。

2013-09-09 ぱるんさんを偲ぶ

[]ぱるんさんの命日

9月10日、それはツクラーの僕にとって忘れられない日となりました。2010年9月10日、ぱるんさんは9階から飛び降り、この世を去りました。僕がその事実を彼のお父様から聞かされたのは2011年の2月28日でした。

今も話題になっているRe:Kinder、それを完成させてからわずか2ヵ月後のことだったようです。

それ以来、この日は僕も特別な感慨をもって迎えます。今年もお父様とメールのやり取りをいたしました。

※詳細:ぱるんさん、逝去 2011-03-02

http://d.hatena.ne.jp/ktakaki/20110302/p1

メールの内容など一部公開

許可をいただいたので、お父様のメールから引用させていただきます。

病院で息子を、確認したあの顔が今でもハッキリと焼き付いています。死亡診断書は9月10日0時44分なのですが、マンションから、飛んだのは、9日の11時53分です。心肺停止状態と聞いています。ですから、正確には僕だけは今夜が命日と思っています。でも墓参りには、明日いきます。

他にも、墓参りに、好きだったお菓子をお供えした話を聞かせていただいたり、かけつけた葬儀屋にて撮影した彼の写真なども拝見しております。

写真

いくつか、写真を送っていただきましたので、許可を戴いて、公開させていただきます。

※写真をクリックし、「オリジナルサイズで表示」を選ぶと、オリジナルサイズでご覧いただけます。

ぱるんさんの部屋(2012年撮影)

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生前の配置のまま、綺麗に手入れが施されているようです

ぱるんさんの作品

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手描きの作品が多数残されているようです。

幼き日のぱるんさん(左)とお父様(右)

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高校時代の作品

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文化祭に提供した絵だそうです

ぱるんさんを偲んで

ぱるんさんは本当に感性の強い方でした。彼が訴えかけたものを思うと、今でも考えがとまらなくなります。ツクラーの皆さん、ぜひ、ぱるんさんのことを偲んでください。そして、彼の分まで生き、そして、創作を続け、遺志を引き継ぎましょう。

2013-04-10

[]同人作家が自サイトに同業者作品のレビューページを作るとはがゆい思いをするという話

はじめに

かつて僕はフリーゲームのレビューページを自分のサイトに開設していた。僕はMoon Whistleというフリーゲームの作者である。

しかし、大変歯がゆい思いをしていた。ずっと黙っていたが、ちょっと思うことがあったので、書かせてもらう。

本題

僕も作品を作る人だ。なのにそれを完全に無視して他の作品ばかりを褒めるメールを送ってくる人があとを絶たなかった。他にも、同業者(他のレビューサイトの人)が宣伝8割に挨拶に来たのだが、僕がそのサイトに行くと、僕がライバル視している同列レベルの作品がずらりと紹介される中、僕の作品のレビューはない……それならわざわざ宣伝しにくるなよ、そんなことが何度もあってうんざりしていた。

たとえばトヨタの子会社の工場にあなたが勤務するとして、通勤にトヨタ以外の車を使うのはありだろうか。社会人なら答えはおのずと分かる。だが、その常識を持っているであろう人が、僕の作品(=うちの子)が紹介されておらず「よその子」ばかりをほめちぎっているサイトを平気で僕に紹介する。それが同人創作の世界の現実である。そんな無礼なのは、世間知らずの学生さんだけだと思うだろう、しかしこれが社会人にも多かった。

無理もない。レビューのページを見に来た大抵の人は僕の作品など知らない。僕がレビューしている「よその子」が好きなだけなのだ。僕のことなど、調べようともしないし、そもそも僕が創作者であることさえ知らないかもしれない。

僕は大変歯がゆい思いをしていた。僕の作品は人を選ぶとはいえ、エンターブレインのコンテストで受賞している、一応、それなりに知名度のある作品だと自負していた。それがここまで相手にされていなかったのか、と落胆した。

この気持ち、共感してくれる人は少ないかもしれない。当時、フリーゲーム作者とレビュワーを兼務していて、どちらでも名を挙げている人を見かけなかったからである。しかし、これは同人世界に共通の問題だと感じた、だからこそ言わせて貰う。

もしあなたが創作者でレビューページを自分のサイトに作るなら、あなたが同列、ライバル視している「よその子」ばかりが褒められて「うちの子」は8割がた完全無視されるだろう。同ジャンルのレビューページを作っている人が挨拶に来るが、その方のサイトを見に行くと自分が同列に思っている「よその子」がべた褒めされ「うちの子」が完全に無視されていることが8割である。そのことを覚悟しなければならない、と。

フリーゲームというのは同人の中でもフリーソフト、つまり無料の世界である。そこでは、プレイして反響をもらえることこそが最大の報酬である。それなのに、この仕打ち。善意を仇で返された気分だ。

そもそも僕が「よその子」の紹介を始めたのは、純粋にフリーゲーム界隈の賑わいに花を添えたいという思いがあったからである。だから、心から好きなゲームばかりでなく、あえてライバルとみなしている作品も紹介した。そして「よその子」を紹介する以上、そちらの評判を聞くのは予想がついていた。しかし、現実は僕の予想の斜め上を行った。まさかここまで「うちの子」の存在を黙殺されるようになるとは思いもしなかった。

なぜこうなったのか、僕なりに分析する。プレイヤーは、作者自身よりも、同好の志とつながりたいのだろう。作者に直接言いづらいことでも、ファン同士なら言いやすい、というわけだ。結果、作者は直接評価を聞かず、僕の耳に入るのは僕がレビューした作品、つまり僕がファンと思われている作品の話題ばかりになるんだろう。

でも、やはり腑に落ちない。「うちの子」の話題をしてもらえず、「よその子」の話題ばかりされて喜ぶ親(=作者)って、そんなにいるものなのか。だが、同人作品とそのレビューの世界はそういう「配慮」をプレイヤーに求めることはかなわない世界なのだ、と悟った。

ここまでのまとめ

  • 同人作者が自分の創作のジャンルのレビューサイトを開設すると、大抵「他所の子」ばかりが褒められ「うちの子」は見向きもされない。「うちの子」の話をしてもらえるの2割、残りはよその子、ライバル視している作品の話題である。
  • 自分と同列か格下だと思っている同人作品をあなたのサイトで紹介すると、あなた自身の作品より数倍反響が来る。
  • 他の同人レビューサイトの運営者があなたを同業者とみなして連絡を取って来るが、見に行くと「うちの子」の紹介はなく「よその子」ばかりが絶賛されていることが8割である。
  • あなたの「よその子」レビューを見てあなたに連絡をしてくる人の8割はあなたの作品をプレーしていない。あなたが創作をしていること知らない人さえかなりの割合いる。
  • 「よその子」を貴方に対してべた褒めしてくる人が「うちの子」を黙殺するのに耐えられない人は、レビューのページは作らない方がいい。

対策

ならどうするか。

自分のサイトではなく、投稿型のサイトに、いちレビュワーとして投稿するのが無難である。書籍におけるアマゾン読書メーターのようなサイトがフリーゲームにもある。ふりーむや、会員登録など若干敷居は高いがベクターがそれだ。こういうサイトにレビューを書き、サイトから自分のレビュワーページにリンクを張るだけにしておく。こうすることでフリーゲームへの貢献度は損なうことなく、純粋にその作品へのひとつのレビューとして、溶け込むことが出来るのだ。現に僕も、フリーソフト超激辛ゲームレビューに投稿する形になってから、上記の「よその子絶賛、うちの子無視」の連絡はこなくなった。

あるいはライバル作品など最初からレビューしないことだ。褒められると自分も嬉しくなる作品だけレビューすることだ。もちろん、これは消極的な解決策であり、ライバル作品も紹介した方が、その界隈全体の繁栄に繋がるのは間違いないが、それは相当歯がゆい思いをする覚悟が必要なリスキーなことなのである。大変残念な現実である。

おわりに

フリーゲームは作者とプレイヤーの距離が近く、それらの境界線が曖昧の文化だった。ゆえに、プレイヤーが作者となり作品を公開したり、僕のように作者がプレイヤーとして多くの作品を発掘したり、そういう動きが盛んであった。しかし、それが「よその子」の話ばかり聞かされるという状況を生んでしまった。これは同人特有の問題かもしれない。

僕は自分の作品にそれなりの自負があるものの、あまり自己主張するのは卑しい、もっと謙虚に、という姿勢で来たが、それがこのざまである。卑しくとももっと「自分は○○作者です」ということを、アピールして行くのがこの世界で生き残るための、そして歯がゆい思いをしないための知恵なのかもしれないと今では思っている。

余談

上記の10年以上も前の話をするきっかけになったのは、最近もらったメールである。古いフリーゲームが忘れ去られているのを残念に思い、今もレビューが残っているうちのサイトを評価してくれるものだったが、内容はまさに「よその子絶賛、うちの子無視」だった。やはり何らかの形にしておかないと、と思い、したためた次第である。

皆さんにとって、何らかのご参考になれば幸いである。