<小説のお時間>〜伊藤くんのひとりごと

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 時刻は夜である。
 この小説が画期的というのは、掟破りという意味においてである。ここでは時間的拘束も場所による制限も無い。

 時系列は複雑であり、学年はドラえもんやコナンのように変わらない。登場人物が全く言葉を発しない事もあれば、主人公以外の人物描写や筆者の屁理屈に終始する事もある。スジナシである。スジナシというのは笑福亭つるべが、毎回ゲストと筋の無い即興劇を演じるのが売りの番組である。一度ご覧になるとよろしいかもしれない。

 ところで、ここ最近小説のお時間ばかりだとお嘆きの奇特な方もここまで読んでくると、実は小説とは名ばかりで大して以前の勉強ブログと内容に大差無いではないかとお気づきの方もいるかもしれない。本当は気づいてくれという淡い期待を込めて今書いている。

 このようにして愛用のMacに向かって心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくっていると一端の作家気取りになってくるから不思議である。妄想は自由だ。憲法でも保障されている。

 一昔前にはできなかった事が今では個人レベルで大抵の事はできる。例えば、この文章もそれなりのソフトを使えばちょっとした自費出版並みの書籍を作る事さえ可能だ。

 そもそも画面に打ち出されているだけで、他人の書いた文章のような錯覚に捕らわれる事がある。いっそ他人が書いていると思えば、拙い文章もいくぶん慰めに変わる。

 ネットという不特定多数の目にさらされているだけでも書く意味はあるし、文豪と呼ばれる人しか出版できなかった時代を比べれば随分幸せな事だろう。だからと言って何でも書いていいのかと言えばそれも違う気がするが。

 さて、時刻は夜なのである。そろそろ会話を増やさないとマジでやばい、イケてない。エロかっこわるい。想定の範囲外だ。

 これは言葉の賞味期限を測定する為の実験である。

「何か期待外れやったな〜」
久々に登場の田山等、経済学部二回生、秋葉系である。浮かない顔の彼には、ヲタ知識を刺激するような要素は薄かったのだろう。

「私はああいうの分かるな。やっぱ女だからかなぁ。何かよしよしってしたくなるというか。その携帯、かわいい〜みたいな。あたしも同じのにしようかなみたいな」
 文学部・山口洋子二回生である。いちいち解説を入れるのはファンサービスというより、作者のキャラ設定リバースと単に人物描写に自信が無いからである。こちらはヒトシとはうって変わって嵐の過ぎ去った雲一つ無い空のように涙そうそうのサビの出だしのような表情である(聴覚と記憶を喚起させる実験である、文学性など望むべくも無い)。

 「まあ、あんなもんだろう。マンガの実写化っていうのは難しいからな。キャラの見た目が似てたらとりあえずオッケーみたいな」
 キムタク似の社会学部二回生、金持ちで議論好きであったと記憶する所山一樹、通称カズである。洋子さんと並んで歩くとモデルカップルみたいな感じである。天は二物以上与えていると確実に思う。うらめしい。

「僕は音楽が良かったと思うな」
 最後に口を開いたのは、我らが伊藤くんである。今さら説明は不要だろう(と書けばバックナンバーも見てもらえるだろうか)。

「あっ、それ、私もそう!やっぱ、バンドの話だからそれは大事よね。ベックだって、のだめだって、そこがダメだとザルだもん」

「救いようが無い、と」
ヒトシがぼそっと後ろでつぶやく。

「さむっ」
カズがブルった仕草で笑う。
続けて、「スケキオがいない犬神家っていうのもありかも」

「まっ、一番のミステリーは90歳の市川監督がメガフォンを取るって事だけど」
 ヒトシがさらにかぶせる。知ってるぞという意思表示である。ヲタのプライドはエベレストよりも高いのである。もしホテルを経営する事になれば、有頂天ホテルと呼ばれるであろう。

「あれ、流行るよね。もうCMでばんばん流れてたしね」
洋子さんの言葉に、伊藤くんの目がきらりと光る。流行という言葉に過敏な性分なのだ。ワレモノ注意のシールを貼ってもおかしくないくらい繊細なのだ。渚カヲルならガラスのようにという比喩を口にするところだろう。繊細というより、マメなのかもしれない。とにかく、いろんな事に伊藤チェックが入るのである。きっと家に帰って早速、携帯にダウンロードするつもりだろう。

 もしこの部分がセリフで語られていたら、ヒトシがエヴァネタだねとつっこむところであるが、作者のA.T.フィールドもまたチョモランマのように高い。梅田と大阪である。ネタは加速するが、無視しても物語には影響が無いので気にしなくていい。

 そうこう話しているうちに(大して話していないのではないか?)、出入り口に行列ができ始める。

 タイタニックのような形をしたこのビルは大阪の中心地、梅田のど真ん中に存在する。近くにはそねざき警察という日本で一番いちゃもんをつけられているであろう、かわいそうな国家施設がある。

 そねざきという地名がひらがなで表記されているのは、誰にでも読めるようにという配慮からだろうか。少なくとも当て字ではない。

 以下、余談の事ながら、筆者がよく利用する駅になるほどなと思わせる注意書きの看板がある。パッと見ると「高圧電気通電中」といういかめしい漢字表記と共に、近寄ったら危ないよという感じの絵が描いてあるのだが、その漢字の上にはひらがなで「こわいでんきがながれています」と書かれているのだ。これなら、大人も子どももお姉さんも(懐かしいフレーズだ)納得である。但し、漢字の読み仮名テストで減点されるので、世の中には柔軟性が求められるのだと教えてあげた方が賢明だ。どうやらひらがなは思考をときほぐす効果もあるようだ。

 ところで伊藤くん達が入ったこの映画館はシネコンと呼ばれる複合型のシアタールームである。そして、このビルの最上階に位置しているレイトショーで観たため、すでにエスカレーターは営業時間に準じて停止している。つまり、他の飲食店やファッションフロアはすでに閉店しているのである。

 従って、出入り口は必然的に二基のエレベーターに限られる。人気作品の為、ようやく劇場の扉を抜けた先もまた人でいっぱいである。

「うわ〜、めっちゃ混んでるやん!これはだいぶ時間かかるで」
時計を気にしながら、ヒトシが大きな声を出す。

「私、人混み苦手」洋子さんの顔に嵐が指す。実際、洋子さんはジャニヲタで嵐というグループが好きらしい。誰がタイプ?というヒトシ人形の質問に、みんな好きと答えたと言うが、それは煙幕なのではないかという見方もある。

 ジャニーズつながりで書けば、昔テレビで「人ゴミと書くと怖いね」とキムタクがつぶやいていたのを見た事がある。確か同じ年齢の人を招いて対談する企画番組だったと思う。他にもサーフショップに行って、値段を尋ねると店員が「木村さんならこれくらい安いでしょ」という発言にムッときたとも言っていた。これがセルフプロデュースでないとしたら、庶民感覚を持った感受性の強い若者という事になる。宇多田ヒカルが「金持ってるよ〜」と明るく言い放つようになかなか人物として素敵だと思う。予断を許さない余談である。

 ところで、人混みが好きな人などそうはいないのではないか?

 もし、いるとすれば、逃走中の犯人か、群衆の中で孤独に浸る執筆中の作家など限られた人種に違いない。ファーストフードを食べながら、眼下の人間観察を行ってみると、世の中には変な動きをする人がいるものだ。急に立ち止まって、思案した後、歩きだす人。地面にしゃがみ、鞄の上で書き物をするサラリーマン。前方不注意のままメールに夢中の高校生。もしかしたら、携帯電話を耳に当てたままひとりごとをつぶやいている人だっているかもしれない。そもそもこうしてマンウォッチングをしている人間だって十分に変だ。張り込みの刑事と間違われる確率よりも、単なる暇な人間と思われる方が一般的だろう。

 こうして、並んでいる人達を見ていると人間への興味は尽きない。圧倒的に若い女性が多い中で、年配の男性も混じっているが、周りを見渡せば、他の劇場でも上映作品があったらしい。つまり、群衆はますます増えるばかりだ。

 行列の前方で、「え〜」という声が上がる。何やらどよめきが起きているのだ。

「なになに?どうしたの?」
背伸びした洋子さんが、首をかしげる。実際はかしげていないが常套句というのは、文才の無い者にとっては定型文章と共に使いやすい。

「てゆーか、上がってくるエレベーターが全部満員なんだよ」
ヒトシの口癖に逆接の意味を探すのは、海中に落ちたコンタクトレンズを見つけるよりも難しい。

「変だね」伊藤くんも首をかしげる(楽だ)。

「何が?」
洋子さんにはワトソン癖がある。実は分かっているのに誰かに言わせたいという役回りを演じるのだ。賢いワトソン、あるいは今風に表現すれば山内一豊の妻、千代と言ってもいいかもしれない。

 仕方ないな〜というしたり顔で、見事ワナにはまったのはヲタの悲しき性に火がついたスーパーヒトシくんである。
「つまりね、このビルはこの映画館以外はほとんど閉まっているのに、下から来るエレベーターが満員なんてどう考えてもおかしいという事だと思うよ」

「そっか。そうよね」
心の中で舌を出しながら、洋子さんはうなずく。物事に聡い女性というのを嫌う男性も、若さとかわいさには弱い。見ようによっては嫌なタイプかもしれないが、洋子さんの巧妙さに気付く人間はそう多くは無い。

「下の階に行こうか」
カズがつぶやく。

「でも階段で降りると結構時間がかかるよ。洋子さんもいるし」
最後の言葉はヒールの高い女性を気づかっての発言である。伊藤くん、意外にやるではないか。

「下の階に降りられればいいよ」再びカズがつぶやく。

「えっ?」
ヒトシが驚く。

「そうね」
洋子さんもコンマ2秒で悟る。但し、他の二人には聞こえないように微かに、である。

「それでいいの?」
伊藤くんは傍観者である。ヒトシ陣営と言ってもいいが、カズの頭の良さはすでに分かっているので、本能的に従う方がいい事はこれまでの経験から帰結している。

(突然の暗転、スポットライトが一人の人物を照らし出す)

「え〜、みなさんご無沙汰しております。新畑任二郎でございます。今回の事件は地の文が長すぎます。その点では、みなさんはアンラッキーでした。残念ですぅ。しかし、このブログを丹念に読んでいる人はラッキーでした。ポイントはなぜエレベーターは満員なのか?ヒントは〜、答えはすでに過去のブログに書いてあります。でもちょっと考えてみて下さい。解答編は次回のブログで、新畑任二郎でした」

 そういう事になったのである。

 果たして、何人の人が過去のブログを読み返すか?あなたにその勇気と根気と時間はあるのか?私なら、直ちにこのブログを読むのをやめるか、次回の更新を待つか。二つに一つである。無駄な事に頭は使いたくないからだ。

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