2010-12-14 識別子とプライバシーの関係〜識別子の持つべき性質
超、久しぶりにエントリする機会ができました。
経緯
@_natさんが下記のエントリを英語で書きました。
Identifier and Privacy @ =nat
http://nat.sakimura.org/2010/12/09/identifier-and-privacy/
意外にこういう記事って、日本語になっていないだけでスルーされることが多い気がするので、
下記みたいな経緯で、大したことではないですがエントリに書き起こします。
これで@masason的に「できました。」とか言えます。
この@_natさんのエントリで言っていることは、国民IDとか市民IDといった分野で使われるべきIDが備えるべき要件ってなんだろうね、という話です。
IDといっても、識別子、当人確認、身元確認、、、色々意味の異なることがありますが、ここでは識別子(Identifier)の話に限定します。
なにやら国民IDの世界では、識別子を新しく発行すれば全てが解決するという乱暴な議論がされている?というウワサですが、私はそんなに深く関わっていないのでコメントしません。
とりあえず、個人的には、特に番号に関係する下記は分けて論じられるべきテーマだと思っているという立場表明のみしておきます。
- 税と社会保障の共通番号(いつのまにか枕詞が取れたのは番号万能説のせい?)
- 国民コード(分野ごとに異なる共通番号を束ねるところ?身元確認とかどうするんでしょ。)
- ポータル(スマートカードとリーダ準備しないと使えない仕組みって、、、)
各企業に落ちてくる何兆円とも言われる国家予算の思惑もありますが、正論を言い続ける人の手伝いはしようと思います。
本題
そろそろ本題を。私の解釈で書きます。
’At Identity.Next yesterday, we had some discussion as to the desirable characteristics of the identifiers, especially in the context of National or Citizen IDs. In most cases, the use of such identifier seems to be restricted in a way that it can be used in some particular purposes. However, enforcement seems to be an issue.
普通は目的に応じた(使用できる範囲が予め決まっている)識別子があるけれども、それがちゃんと目的のみに利用されているかどうかを考え出すと監査やら色々煩わしいことがあるのではないでしょうか、ということですかね。
’The breach of the privacy can happen in various ways but we have discussed two particular form of it:
プライバシー侵害にも色々あるけど、議論が発散するので論点絞りました、と。
’1) breach by multi-party collusion/linking
- two pieces of information at different locations linked together to extract an information that the person did not wish.
1)複数の関係者の結託、情報結合による侵害:
複数の関係者(主に事業者)が、あるユーザの識別子が色々なところで利用されていると、その識別子を元にユーザを相互に紐付け、本来意図していない、複合的なよりその個人を表すデータの収集が可能になってしまう。
良く言われる、サイト横断的に同じ値になる識別子を使うと、サイトごとが結託して名寄して、プライバシー侵害が起きますよ、という話ですね。
’2) breach by inter-temporal linking
- two pieces of information now and past to extract an information that the person did not wish.
2)時系列な結合による侵害:
過去と現在の2つの情報を結びつけ、情報の所有者が意図しない情報を抽出するすること。
こちらは、あまり意識しない場合が多そうです。同一のサイトに対してユーザは常に同一の識別子を提示していると、過去と現在の情報をリンクされ、ユーザが望まない時系列データを生成されてしまいます。通常それを回避するときは、ユーザは別の識別子になる別アカウントをわざわざ取り直しますが、それは煩わしいですよね。
自然に理解でき、一般的にプライバシー保護、名寄せ防止などの観点で語られているものは、1)の話である場合が殆どではないでしょうか。
1)は、Federation用語で言えば「SPごとの仮名(PPID)を返す」ことで対処可能です。
PPID生成のアルゴリズムや、ドメインの変化などへの耐性はここでは論じません。ShibbolethのeduPersonTargetedIDとか、SAMLの仮名とか、Identity Metasystem InteroperabilityのPPIDとか仕様組み込みの仮名生成ロジックは沢山ありますので、参照すると良いのではないでしょうか。その他、仕様組み込みの仮名生成アルゴリズムとは別に、ユースケースにあった方法を使っているサービスは様々あります。
一方、2)に対する保護についても少し記載があります。
’As humans makes a lot of mistakes (esp. when young), some protection against 2) should be put in place as well.
The typical way of dealing with 2) is use temporal (not-permanent) identifiers such as Germans do in their new eID scheme that started this November 1, 2010.
先日スタートしたドイツのeIDでは、1)、2)ともに考慮されているとのことですが、具体的な仕様については確認していません。ちなみに、Federation仕様で仮名を考慮している場合、2)への考慮もなされている場合もあります。(例えばSAMLでは同じSPに対する仮名の洗い替えが仕様で規定されている)
’In any case, 360 degree identifier (the identifier that is permanent and that can be used for any purpose) seems to be a bad idea from the point of view of the privacy protection. From time to time such an identifier seems to be proposed to improve “efficiency” but it probably is best to avoid. It would be worthwhile to consider such a scheme that has “visible but sectoral and temporary identifiers” coupled with “invisible and strictly controlled persistent identifier”.
これは私は基本的に同意です。全てのユースケースにおいて統一的に利用出来る万能かつ永続的な識別子がもし存在するとして、大は小を兼ねるのはわかりますが、用途ごとに異なる識別子を使い分けるほうが実際は好都合な場面も多いのではないでしょうか。(とはいえ、少なくともプライバシーを犠牲して万能な永続的識別子を作ってしまう方が、実は運用は楽かもしれません。)
理想的には、識別子は用途に応じて次の2種類の性質を使い分けることが出来ればよさそうです。
- 空間的に有効な識別子(例えば様々なサービスのあるグループにおいては有効だが、別のグループでは意味を成さない識別子)
- 時間的に有効な識別子(例えばある時点では有効だが、時間が経つと意味を成さなくなる識別子)
そして当然、識別子の発行主体だけが知りうる永続的な識別子と、上記2つの性質を持つ外部に提示される識別子のマッピングが正しく行われる必要があります。
完全に一致するわけではないですが、上記の識別子の性質を考慮した仕様があります。発行主体の単位で一意な識別子ではなく、この世の全てのリソースに永続的な識別子を割り当て、システムでは永続的な識別子に対応する空間的には一意だが永続的ではない識別子を利用することを目的としたXRIという仕様です。XRIでは既存のDNSの仕組みも利用して、非常にセキュアに詐称困難な形で動的に時間的な識別子から空間的な識別子を識別子解決(XRI Resolution)できたりします。
最近少々盛り上がりを欠く印象がありますが、そろそろこういった識別子に関する議論が改めて取り上げられる時代が来たのかもしれませんね。
’It will require “identifier rotation” per the systems because they only see the temporary identifiers, but it would be a good design to do so in any case to improve the robustness of the system, just like we MUST take care of the key rotation in the systems.
最後の部分は私はあまり詳しくないので断言しにくいのですが、識別子の洗い替えを考えることは新しいことではなく、ルートCAの鍵管理などでのノウハウが転用可能ではないかということですね。
以上、意訳+αでした。
2010-04-17
キリマンジャロ登山記7(fin) 〜静寂のウフルピーク〜
登山開始5日目7時。
ギルマンズポイントから氷河の上を歩いてステラポイント(5735m)に到着。
http://www.flickr.com/photos/40193185@N06/4469770522/
ここで、Michelの提案で、サンドラパーティと、僕・ステファンパーティに2分割することになった。
キボハットを出発して8時間体調は悪くない。頭痛は少しあるが痛いという程ではない。でも酸素がすくねーよ。
淡々と同じペースで、呼吸リズムを作って歩き続ける。
見えてきた。
あった。8時10分、ウフルピーク(5895m)到着。とても静かな場所だった。
殆ど運動をしていないのに呼吸が粗い。酸素くれー。でも頭痛はほぼ無し。
http://www.flickr.com/photos/40193185@N06/4469775484/
可愛い帽子をかぶる僕。なんか着膨れしてズングリムックリだな。
とにもかくにも、コレがこの旅行でよく聞く"I dit it!"の瞬間。
僕はモーグル上村愛子さんと同じく、先天性の心室中隔欠損症で、左心室と右心室の間には穴が開いていて、心肺能力が低いハズなんだけど、それでも登れるという証明にもなった。
山頂での脈拍はたぶん120〜150/m程度。運動強度的には、70〜80%というところ。まぁ、「ややキツイ」ぐらいでしょう。
それにしても、この余韻に長く浸っていたいのに、「いやいや長くいると危険だから早く帰るよ」とMichel。だからこそPrecious timeだというのはわかるけど、ちょっと寂しい。
ここからは、登ったんだから当然下るよね、という切ない現実。
ひたすら下る。
キボハット(4700m)で3時間ぐらい休憩をして、、、一気にホロンボハット(3700m)まで下る。
下り中は、、、"I'm exhausted." 気味だった。足動かない。
ということで、前日ホロンボハットを出発して2000m登り、ウフルピークに到達して、再びホロンボハットに戻るというハードな一日だった。
登山開始6日目。
ホロンボハットから、マンダラハットで少し休憩して、一気に2000m下る。
この入口から短期間でずいぶんいろんなことがあったなぁなどと回顧しながら、ゴール。サンドラ、ステファンも無事に登頂し、戻ってこれた。本当によかった。
ホテルに戻りCertificationをもらう。紙切れ一枚に大きな重みを感じる、なんて久しぶりの体験で新鮮だった。
ガイドのMichelとSideにはホント感謝。Zara Toursを利用する際は、どうぞ彼ら2人を指定してみてください。
サンドラが、「MOSHIの街にごはん食べに行くわよ!」と。
ガイドにチップを払ったので「もう1ドルも持っていないんですが・・・」と僕。
シュテファンがおごってくれる!らしい。ありがとう!
サンドラとシュテファンは、タンザニアの楽園、ザンジバル島に向かうとのこと。朝5時に彼らを見送り、自分も東京へ。
大丈夫、コーヒーは買った。
グッバイ、キリマンジャロ。
キリマンジャロ登山記6 〜頂上アタック〜
登山開始4日目夕方。
キボハットで仮眠をとる。睡眠中の呼吸数低下で高山病になるのが嫌だったので、ダイアモックスを半錠服用。
副作用ですげートイレに行きたくなる。
でも、トイレいったら虹が見えた。吉兆。
キボハットの小屋のなかには、成功した人、体調不良などでやむなく留まる人、様々な想いが交錯しているよう。
ここでも、晩飯をそれなりに食べ、お茶を大量に飲む。陸上部時代に得た、ウォーターローディングとカーボローディングを初日の体調不良後からかなり実践してきたので、体調は良い。頭痛はそれなり。
自分は比較的高山病が軽度のようなので、一安心。
また寝る。
って、起きたら23時じゃん。24時出発じゃん。
我ながら、少し呆れる。焦りながら準備。
登山開始5日目0時、キボハットを出発し、ギルマンズポイント(5681m)を目指す。
ここからは、ひたすらzigzagルートを登るのみ。写真を撮る余裕はあんましない。
足のことはあまり気にしなかった。だって、筋肉的に無理だったら最初から無理。山の歩き方はもう覚えたので、呼吸のリズムだけにひたすら何時間も意識し続けた。
このころ、サンドラの足は限界。一歩踏み出すのがとてもツラそうだった。
でも、朝6時45分、ギルマンズポイント(5681m)に全員到着した。
みんなと抱き合いながら号泣してたような気がする。
ちょうどこのとき、BS TBSの世界絶景紀行なるスペシャル番組の制作スタッフ(2人!)も上がってきていて、カメラに映った。
「メガネが・・・メガネが曇って前が見えない!」
とかたぶん言ってたかもしれん。しょうもない。
ガイドのMichel(マイケル)とSide(シディー)が言う。
「次はウフルピークだろ?」
キリマンジャロ登山記5 〜未知のキボハット〜
登山開始4日目。
いよいよ、だ。
8時出発。
この道を真っ直ぐいけば、明日の朝には、ここから2000m登った頂上にいるはず。
標高4200mぐらいのところに"Last water point"が。様々なパーティーが水を補給する。自分も水を補給し、サンドラからもらった殺菌用タブレットをボトルに入れる。
植生はさらに変わっていく。草木がなくなった。砂利ばっかり。
頂上アタックルートも見えるようになってきた。
キボハットまでもう少し。よし、今のところ酸素すくねーな、って事以外特に体に変調なし。でもほんと酸素減ったなぁ。
そして14時50分、キボハット(4700m)に到着。
来るところまで来た。
この辺、やっぱり余裕なくて写真が・・・少ない。
ということで、肉声入りキボハットムービーをば。
http://www.flickr.com/photos/40193185@N06/4468919481/
いよいよ、今晩。頂上へ。
キリマンジャロ登山記4 〜高地順応日でリフレッシュ〜
登山開始3日目。
この日はホロンボハット(3750m)でもう一泊し、高地順応をする日程を組んでいた。
実際のところ、頭痛はあるものの高山病辛い・・・という程の症状は今のところなく、筋肉・心肺能力のリフレッシュのための超重要な一日になった。
順応日とってなければ、今日中に頂上アタックしてなきゃだめだもんね。
それは流石にたぶん無理。
イギリス人ドクター?の3人組は今日頂上アタック。オーストラリア人のメリッサにお別れ中。なんだよ、いい雰囲気じゃんかよ。
僕と、ステファンと、サンドラは、4200m付近のゼブラロックまで登るハイキングを実施。
キボハット(4703m)へ続く分かれ道を右に。明日は左に行くのか。そうか。
ずいぶん近くに頂上が見えるようになってきた。キボハットもちらっと見える。
サクサクッと目的地を訪れて、
再びホロンボハットへ戻って、
シャンプー。
昼飯。
メリッサは、某豪大を今年卒業する21歳の可愛い女の子。3ヶ月ぐらい休みを使って、世界中を旅しているらしい。ひとりで。パワフルだ。
ブーズアレン&ハミルトンに就職が決まっているそうな。
まだしゃべってる。。。
サンドラはドイツ人なのにかなり英語がうまい。そういう仕事をしているのかと聞いたら、映画やドラマを英語+英語字幕で見続けて練習しただけだという。感心する。
そして夕食。日が暮れ始める。
夕食時のキャンプには、これから登る人だけでなく、登り終わった人も到着し始める。失敗した人には励ましの声をかけ、成功した人には賞賛を与える。
どうやら今日は天候が非常に悪く、風が強かったようだ。今のところ自分が上るタイミングでは非常にコンディションが良さそうと聞いている。
大丈夫。体も高山病も問題ない。
明日はキボハット、そして頂上を目指す。
キリマンジャロ登山記3 〜富士山到達〜
登山開始2日目。
すでに最初のマンダラハットで最悪の状況だったが、朝は時間通りにくるわけで。限られた時間でやることはやったので、体調をチェックする。
うん、体調は良い。体はあちこち痛いがまだ大丈夫。頭痛はなくなった。
9時過ぎにマンダラハットを出発。
でも、余裕があるわけじゃない。一歩一歩、山で足を痛めない歩き方を確かめながら歩き続ける。
昨日の熱帯雨林と植生ががらっと変わって、草原っぽい感じ。
14時50分にホロンボハット(3750m)到着。
ホロンボハットで一休み。晩飯を食す。
ステファンは今日とった写真をチェック。さすが彼は余裕。
ハットの食事場所は、いろんな人種で溢れてた。並行して登っていたパーティーは、イギリスのポスドク?、ギリシャ人、ドイツ人、ケニア人の修学旅行生、フランス人、カナダ人、日本人(TBS系ドキュメンタリー撮影チーム)、タイガーバームを貸してくれた心優しいイスラエル人、死ぬほどおしゃべりなオーストラリア人の可愛い女の子などなど。
おぉ、キリマンジャロ山頂が少し見えた。
絶景。
翌日、ホロンボハットでの高地順応日に続く。
キリマンジャロ登山記2 〜I'm exhausted〜
旅行3日目。
今日から、キリマンジャロに登り始める。
Springlandホテル(1000m)にて水3リットルを購入し、朝7時に出発。
イギリス人3guysのパーティーと、
ドイツ人2人組。僕はこっちのパーティーと登る。
男性は、シュテファン。元ドイツ軍兵士で、今はトライアスロン選手として悠々自適な生活を送っているそう。離婚して7歳になる娘がいるってさ。
女性は、サンドラ。ソーシャルワーカーとして、ベルリンで働いているそうな。独身。ステファンの息の合うパートナーだそうな。
それ以上は聞きません。ま、海外にはよくある関係だと思うので。
サンドラは盛んに僕に言う。「あなた、そんなに小さな荷物で大丈夫なの?本気なの?準備不足なんじゃないの?」
出発して最初のハットまで熱帯雨林をひたすら歩く。
で、写真。少ないのですが、この日の僕は最悪の状態で、全く余裕がなかったから。
全身の筋肉がつって一歩踏み出すことも困難。
脱水症状。
頭痛。
嘔吐。
もう死ぬかと思った。
予定より1時間遅れてマンダラハット(2729m)に到着。
またサンドラが僕に言う。
「明日は今日よりハードよ。あなた、今の体調じゃ、、、降りるか続けるか決断しないとだめよ。」
僕は、必死こいて水分を取りまくる。
ダイアモックスを飲んで睡眠時の呼吸中枢への刺激を高める。
Springlandホテルで食べ過ぎた脂っこい食べ物を胃から全て流し去る。
代わりに消化の良い食事を、食欲がないにも関わらず適量胃に入れる。
吐き気がスゴイが、疲労物質を追い出すために深呼吸しながらストレッチをする。
そして十分な睡眠をとる。
明日朝起きて、調子が悪かったら、今回の旅は終了。
絶対治す。
そして、夜が明けた。
登山2日目(マンダラハット→ホロンボハット)に続く。
キリマンジャロ登山記1 〜羽田→ドバイ→ナイロビ→キリマンジャロ〜
キリマンジャロ旅行記。つけておきます。忘れないうちに。
1日目。
羽田→関空。飛行機は20:40羽田発なので、18時に横浜オフィスを飛び出す。
19時に家に帰ってきましたよ。松屋で朝飯を食べるなどして、出発。
羽田→関空はJAL・エミレーツのコードシェア。到着する頃には乗り物酔いで体調不良。
関空でコートをクロークに預ける、海外旅行の(死亡時の額が大きい)保険へ加入、無くなっても良い時計などを購入し、23:20発のエミレーツでドバイへ。
しかしエミレーツ航空すごい。
映画は最新。"Hurt locker"と"An education"と"9 District"を見る。どちらも今回のアカデミー賞受賞作品。ただし英語なので、なんとなくしか分からん。
席にはコンセントついてて充電できるし、USB端子にLAN端子まで付いていて、とてもエコノミーとは思えない機材の充実度。さすがドバイを起点にした世界最高のおもてなしで有名な航空会社。
残念ながら、隣の席に、一人旅の若いおねーさんが偶然座り、盛り上がる展開は無し。つまらんね。
2日目。
朝5時過ぎにドバイ到着。ドバイ国際空港@アラブ首長国連邦は死ぬほどデカイ。ちなみに、新海誠作品のスタッフが作った大成建設のCMは、同じくUAEのドーハ国際空港のもの。泣ける。
http://www.taisei.co.jp/about_us/library/cm/tvcm/doha_cm30b.html
トランジットに5時間ほどあるので、当然、ブルジュ・ドバイこと、ブルジュ・ハリファへ行く。
エミレーツ航空専用のterminal 3直結のドバイメトロに飛び乗り、最寄駅へ。
降りたらそこには・・・。
とにかく高い。828mという建物が縦に伸びる様は異常。古代バビロニアと同様今のドバイも世界の中心ってこともあり、まさにバベルの塔。
とはいえ、のんきな一旅行者の僕は、当然展望デッキに上がりたいワケですが、、、どうやら電気系統の異常?だかなんだかで現在非公開中途のこと。無念。
# どうやら2010年4月中旬に再公開した模様。タイミング悪かった。
時間もないので、ドバイ国際空港へ戻る。あっちゅーまだったな。ひたすら地平線の先まで砂漠の世界を飛行機で飛んで、飛んで、いざナイロビへ。
ジョモ・ケニアッタ国際空港@ケニアに夕方に到着。驚くほどアジア人が殆どいない。この街ナイロビは、2010FIFAワールドカップの開催国南アフリカのヨハネスブルグに次いで、世界に2番目に治安が悪いそうな。
という噂を聞きつつも、空港の周りは別にそんなこともなく。
とはいえトランジットの時間も少ないので、一瞬入国してすぐ出国。軽くケニア飯で腹ごしらえしてから、18:00発PrecisionAirでキリマンジャロ国際空港@タンザニアへ。
・・・軽飛行機からようやく見えた。
明日、この山に登る。
キリマンジャロ国際空港から、MOSHIのSpringlandホテルへ。
到着するなり、すぐ停電。みんなNOKIA携帯の液晶画面を懐中電灯替わりにしてる。
まぁ、停電する国なんてそこら中にある。昔いったフィジーでもしょっちゅう停電していた気がするし、そんなものか。
ちょっとしたハプニングと飛行機からみた山の光景に、興奮しつつ、寝る。
2009-06-18
オリンパスE-P1をポチってみた
ずっと気になっていたE-P1。
衝動買いしてみた。パンケーキ+ズームレンズキットで14万弱。
高かった。EOS Kiss X3やD5000で良かったのではと本気で思う。
予約購入をした理由をまとめてみよう。
- 私の属性
- コンデジしか使ったことがない。
- その癖、ちょっと絵作りしたくなってきたこの頃。
- 高級コンデジに憧れ、リコーGR Digitalを眺めていた。
- デジタル一眼レフデビューしてみたい。
- でもデジ一はでかいと思っている。持ち歩くのにはちょっと。。。
- 私なりに考えるE-P1のマーケット
- 賛否両論ポイントへの私の割り切り
- 外付けEVFが無いことに対して
- 内蔵フラッシュが無いことに対して
- その他
次のモデルが出たら買い換えりゃいいじゃん。今欲しいんだから、今買えばいいじゃん。でもパナソニックのLX5は気にならないと言ったら嘘になりますね。
2009-04-11
インド旅行記Final 〜ガンジス河でバタフライ〜
3/19 (Thu) 00:00
一泊Rs.80(160円)のドミーの中では、下痢と体調不良で力尽きる人たちがうめき声を上げていた、でも、割と元気だった僕は普通に寝ることにした。
んだけど、いきなり夜中に太鼓やら歌い声が・・・真下のガートでお祈りが始まった。
寝れねーよ。。。
05:00
目が覚める。うっすらと明るい。
ガンガー(ガンジス河)で沐浴をする決心をしていた僕は、昨日の夕方に買った民族衣装に身を包みなんも持たずにガートへ向かう。
早朝でもガートには既に人が集まり、沐浴を始めている人たちもいた。
目の前が明るい。ガートの対岸から真っ赤な朝日が昇った。
ある人は沐浴している。
ある観光客は興味深そうに船の上から写真を撮っている。
今日も変わらず、遺体は焼かれている。
そうか、今日もなんも変わらん一日が始まるのかー。
灰になってガンガーに流されれば、そんな業から解脱できるのだろうか。
あいにく僕はここで死ぬわけには行かないので、さっさと沐浴を済ませることにした。
ガートの水面の床が、超滑るんですが、、、!?
転んでいきなり右肘怪我した。隣でインド人が笑ってる。
気を取り直して、頭まで浸かり、まぁ、ネタにするために軽くバタフライをする。
さすがに沖で本気バタフライをする気にはならない。
ガンガーの水質は、人が沐浴する安全基準(よく分からないが)の300倍の大腸菌がいるらしい。
そりゃそうだ、インド人の糞尿、遺体、生活排水に工業廃水全部飲み込んでるんだもん。
聖なる流れ、と、清らかな流れは全く意味が違う、ということらしい。
とにもかくにも、俺のカラダと、民族衣装は、聖なる汚水の洗礼を受けたわけだ。
その後は、、、すぐにシャワー浴びましたよ。ドミーでうめき声あげてる人に仲間入りしたくなかったので。
あとは、ヴァラナシ周辺を回りつつ、夕方には飛行場へ。
DomesticのSpice Jetで、ヴァラナシからデリーへ帰る。
デリーでは、友人と合流し、インドのクラブへ行ってきた。
日も変わる頃にやってきたIndian girlが、テンション高すぎて朝まで付き合わされて最悪。
enjoy fuckin last night!みたなことを連呼され、めんどかった。
でも、結構可愛かったようなきもするぞ。当然友人が口説いていた。
ふといなくなったと思ったら、さらに激マブのフランス人を、ひたすら友人が口説いていた。
僕も、ジューテームぐらいは言ってやった。ハグは挨拶だからね。別に良いよね。
3/20 (Fri) 08:00
二日酔い。貧血。下痢にて、いったんデリー観光へ出かけたものの友人宅へ戻って倒れる。
起きたら16時。デリー観光終了w
それじゃ悔しいので世界遺産だけピンポイントで3つほど回って、おみやげ買って、飛行機飛び乗る。飛行機の中では、寒気と、発熱と、下痢できつかったー。
成田で医者に、「3日経ってひどくなったら、赤痢かマラリアっぽいのででかい病院へ」と言われた。
一週間ぐらい下痢でしたが、平気でした。
最後はめんどくなって一気に書いてしまった。。。
2009-03-30
インド旅行記5 〜ガンジス河は全てを飲み込む〜
3/18(Wed) 14:30
ほぼ予定通り列車はヴァラナシ駅へ到着。
人が多い。そして生活レベルが今までの町より下がっている印象。良い感じで臭い。
とりあえず、明日は飛行機でデリーへ戻るという弾丸トラベルなので、案内状で空港までの時間とオートリキシャーの適正価格を聞く。"May I help you?"とか書いてあるくせに、オッサンは異常ににぶっきらぼうで、英語もモソモソしてて良くわかんない。
大丈夫だ。まだ僕には「はぁ?」とか思いつつ、笑顔で「Thank you!」するくらいの余裕はある。
そのとき、後ろで「日本人ですかー?」との声が。
デリーを出てからは、マジメに日本人と会ったのはここが最初だった。
33のネーチャンで、既に宿も決まっているらしい。オートリキシャーが割り勘出来るので、ガンガー(ガンジス河)まで相乗りすることにした。
特定の宿までしか連れて行かない!とかいう、超うざいコミッション狙いのリキシャワーラー(ドライバーのこと)と格闘しつつ、「これは友情の証だ」とかいって、得体の知れない睡眠薬入りの?菓子を出してくれるおっさんを越えてガンガー近くの交差点まで。
臭い。牛が過去最大級にいる。道が狭いから、牛がいると通れねーんだよ。
ウンコもEverywhereにある。つか、ウンコ掴んだ少年に追いかけられたぜー!
現地で、日本人が出入りするというフレンズゲストハウスへ。
部屋が開いていなかったので、一泊Rs.80(160円)のドミーに決める。
入るとそこには、下痢で力尽きた人と、沈没した人が。。。合掌。
時間の無い僕は、火葬場でもあるガートへ向かう。ガートってのは、階段状のエリアのこと。水位の増減があっても沐浴出来るように階段状になってる。
丁度、遺体を3体ほど焼いているところだった。子供と行き倒れの人は焼けないらしく、石をくくってガンガーに沈める。
生々しい火葬の煙のせいか、僕は涙が止まらなかったです。
近くにはホスピスがある。皆ガンガーを目指すそうな。死に場所ってやつですか。
その後は、ガンガーへボートでこぎ出し、夜のお祈りを見る。
毎日、決まった時間に、只ひたすらに祈る。
何に?
モチベーションは?
生きてる、からでしょうかね。
ちょっと調子づいてますかね。すみません。
夜、タンドゥーリチキンを食べて寝る。うん、食欲健在。
・・・僕はなんだかんだいって観光客だった。ちと自己嫌悪ですかね。
翌日、ガンガーの夜明けと、バタフライへ続く。
インド旅行記4 〜霊廟タージ・マハール〜
03/17(Tue)
昨晩Rakeshに、6時出発にしよう!と提案したら、怪訝そうな顔をしたので、OK、7時に出発にしようか。ということになった。
5時間後、12:00アーグラ周辺にある、ファテープル・スィークリーへ到着。
自動車では敷地内に入れないとのことなので、オートリクシャー(人力車の自動3輪版)で入り口へ。
ここではこの旅唯一のガイドを取って回ってみた。
が、案の定ボッタくられた。礼拝に必要だからこれ買え、親戚が商売してるからあれ買え。
戻った俺の話を聞いて、Rakeshは苦笑いをしていた。
Rakeshは、15才まで近くの村で育ったらしいので、彼のよく知るレストランで昼飯。
うん、うまい。キーマナンと、チキンカリー。
次、タージ・マハール。Rakeshの友人が連れてってくれたんだけど、マジ英語が下手。
仕舞いには彼女と電話しだした。すごいなインド人。ここで最初に下痢になったよ。
アーグラ・フォートは、まぁ普通です。
ジャミー・マスジット(モスク)は、丁度18:30に到着したらメッカの方角へ祈りが始まるところだった。足早に俺を追い越して、拝礼を始める。毎日何回も。死ぬまで。
ヒンディーが多いインドにはマイノリティのイスラムだけど、当たり前のように共存している。
夜も、Rakeshオススメのレストランへ。
うん。うまい。ガーリックナンと、マトンカリー。
アーグラとRakeshに別れを告げ、22:30 アーグラ・カント駅発の寝台列車に乗り込み、目指すは聖地ヴァラナシへ。15時間の列車の旅。
電車がショボくて隙間があったせいで、走行中のすきま風。三段ベッドのtopで死ぬかと思うほど寒くて震えてた。まわりのインド人はちゃっかりブランケット持ってる…
朝5時には、「チャーイ、チャーイ」いらんかねー、みたいなオッサンが乗り込んで来て目が覚める。
インド人の子供がすぐ隣でウンコもらしてて、その後片付けが大変そうだった。
そのネタで隣のファミリーと話したり、中谷美紀のインド旅行記を読んで15時間の長旅を終える。
いよいよ、聖なるガンジス河の町。ヴァラナシへ続く。
インド旅行記3 〜アウト・カースト〜
到着初日の寿司パが終わって、宿へ到着したのは午前1時。
歯を磨いた後はミネラルウォーターで口をすすぐ。考えすぎ?いや、予防だよ。
寝て3時。
3/16(Mon) 05:00 Rakeshの車でジャイプールへ。
5時間後、アンベール城到着。
Rakeshはガイドはしないので、一人で歩いていたら、ガイド超うざい。
うざいガイドを回避するためにゾウに乗らなかったのが最大の後悔。
次、水の宮殿。
ほとりで写真をとっていたら、赤ちゃんを抱いた少女がやってきた。
単純にバクシーシを要求されるだけなら、既に耐性があったけど、最初の衝撃。
いきなり胸見せられて、何事!?と思ったんだけど、彼女の胸は肉がちぎれていて、褐色の皮膚にピンクの大きな傷口が露出していて、、、
カラダの欠損すらバクシーシのためのアピールポイントなのか、、、もっと純粋な叫びなのか。情けないながら、どうすれば良くわかんなかった。
次、シティ・パレス。まぁ、普通でした。すげーマブい金髪外人がいたことぐらい。
ガイドを自分で雇わずに、外国人が英語ガイドを雇っているのを、横から盗み聞きするのが最適と言うことがわかった。半分ぐらい分かるので、タダなら集中できるよ。
次、ジャンタル・マンタル。
育ちの良さそうなインド人少年少女と仲良くなった。彼らはおそらくイギリス系学校へいってるような金持ちカースト。
次、ナルガール要塞。
ここは山道を相当時間かけて行っただけに、ガイドToutsもいない静かな廃墟だった。
万里の長城を思わせる印象と、青空の下、眼下に広がるジャイプールを見て、非常にリラックスできる。土壁の修復に精を出すにーちゃんと一緒に作業をしてホテルへ向かう。
寿司パで出会ったネーチャンから、「パールパレス良いよ」と言われていたが、no roomにつき、Karni Niwasホテルへ。1000ルピーもするくせにホットシャワーが出なくて憤慨しっぱなし。
ふらっと晩飯を食いに行くも、道ばたで生活するアウト・カースト(不可触民)にバクシーシを要求され、インドの差別のなんたるかを感じた。
ガンジーによって神の子と呼ばれても、大学へ行く権利を得ても、それでもアウト・カーストとしての永遠の業からは、決して解脱することはできない。
生まれたときから運命が決まってしまうカースト制度は、無くなったという表向きのアピールとは裏腹に、今でもインドをしっかり支えているらしい。複雑。
夜、BBCを見て寝る。ほんとホットシャワーでないのは腹立たしい。
翌日、アグラへ続く。
インド旅行記2 〜上位1%の富裕層〜
気温32度、現地時間3/15(Sun) 18:40。
予定より一時間弱のdelayでIGA着陸。
Immegrationを通過して両替。金額・偽作・欠損をちゃんとチェックするのは、インドだから。両替はババ抜きと一緒だと思う。いかにイケてない紙幣を人に押しつけるか。
出口には、世界一との悪評名高いToutsに溢れているかと思ったら、意外や静か。んー、日曜だから?インドは週休1日らしいので、貴重な日曜はか弱いジャパニーをカモるのも休むようです。
ドライバーRackeshと合流し、とりあえず友人がいるという家へ。
聞くに、そこにいるインド人は殆ど弁護士らしい。日本人は、メーカーや商社の現地駐在員や、投資ファンドや現地採用の人。
モルジブ勤務の経験のあるネーチャンと、ダイビングの話で盛り上がった。
日本に今度戻ってくるらしいので、また会うことにする。
メーカーのニーチャンと、同期の話で盛り上がった。
弊社の同期コンサルが、インドまでIVに行って会ったまさにその人だったり。
世界は、狭いなー!
あれやこれやしている内に、せんだみつおゲームで盛り上がった。
仕舞いには、ヒンディーを使った卑猥な感じなせんだみつおゲームになった。
ある程度の生活レベルを確保すると、人間大体こうなる。
なんか、インドの半分以上は一日200円以下で暮らしてるらしい。
1000万程度の純資産を持つ人数は、全人口の0.01%。
とはいえ、パイが10億越えてると、1000万人はいるのかー。
数字はマジシャンだねー。金持ちいっぱいいるなー。
などとスカしたことを思っていた自分は、翌日から猛省することになりました。
翌日ジャイプールへ続く。
インド旅行記1 〜どたばた出国〜
今回、インドへ自分探しの旅へ行ってきたので、感想をつらつらと書いておきます。
まぁ、なぜ自分探しなのかはスルーしておいて、インドで友人が働いていたのが最初のきっかけ。ちょっとそこまで出かけてこよう、ってぐらいの軽い感じに考えてましたー。
3/11(水)
内幸町のHISへ駆け込む。丸北で打ち合わせがあるので、用件だけ伝えて、名刺のアドレスにチケット取れたか連絡するよう頼む。思えば、かなり失礼な客だったなぁ。
3/12(木)
至急ビザが必要なので、出社を遅らせ茗荷谷(ビザ発給所)へ。明日の夕方にまた来い、と言われる。
HISから連絡があり、Air Indiaの直行便往復ならとれました、とのこと。金10万弱を支払ってくる。まだ3月だから、燃料代ばっちり3万円取られました。。。
3/13(金)
派遣さんへのホワイトデーと、仕事の引継ぎと、忘年度会をまわしつつ、空き時間で茗荷谷へ行って、ビザゲット!
3/14(土)
準備。地球の歩き方を買う。友人に頼まれていたブツを買う。今思えば、消費大国・物質世界に慣れているため、ついつい荷物が多くなっていたような気がする。
3/15(日)
スカイライナーでちょっと優雅に。下痢止め、風邪薬、酔い止め、消毒液を空港で購入。
12:00 AI307便にて、インディラ・ガンジー国際空港(Delhi)へ!実は出発が早まってて、呼び出される始末。第2ターミナルって出島みたいなゲートに連絡列車でいくこと知らなくて、甘く見てました。
インド旅行記2へ続く。





































































































東京出張のときは失礼いたしました。まったく余裕がなかったす。
スイス、いいぞー!
さて今日もクラブに行ってきます。