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2011-02-05

[] 東武日光線徒歩 (その 2)

2 月 5 日に、東武日光線の続きを歩きました。板荷駅から新栃木駅まで。


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全体通して軽い田舎という感じで、栃木らしかった。

板荷駅からしばらくは、住宅地より畑や田んぼや荒地の方が多い感じ。

北鹿沼駅周りはだいたい住宅地で、新鹿沼駅周りは商業地もある街の中心地。

そこから樅山駅までは国道沿いに行ったので多少店もありつつ住宅街中心な印象。

樅山駅から楡木駅までは田んぼと川の間の道を行ったので、人家はほぼなかった。川沿いに良いくっつき虫悪いくっつき虫がいっぱい生えてた。意味がわからない人は一度くっついて見るといいと思う。

郊外の風景が続く国道を進んで、鹿沼市から西方町に入る。ここまでは道沿いの主役は田んぼや畑だったけれど、ここからは住宅が中心になっていった。東武金崎駅。有人駅で椅子があったので少し休憩した。

西方町から都賀町に入る、と思ったら栃木市に入った。合併したらしい。家中駅。駅入り口が東と西にあり、連絡通路とかなかったのでやむを得ず中を通らせてもらった。

合戦場駅。名前がかっこいい。でも駅周りはただの住宅街で合戦の空気はなかった。

このへんで日がくれてしまった。まだ日暮れが早い。あとは大きいスーパーとか本屋とかでてきて、(ここまでと比べると) 都会になったなーと錯覚しつつ、新栃木駅。東武宇都宮線ぶりだけれど、記憶はかすれ気味だった。

なんとか快速停車駅までこれたので、次回の再開がちょっと簡単になったのが嬉しい。

2011-01-23

[] 東武日光線徒歩 (その 1)

1 月 22 日に、東武日光線を歩きはじめました。東武日光駅から板荷駅まで。


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日帰り日光とか交通費バカにならないと思っていたのだけど、東武で行けば片道 1170 円も安いと知って行ってみた。

東武日光駅に着いてみたら、雪が積もっていて、道も凍っていた。楽しいけれど、危ないし距離も稼げない。あー。当日の天気 (晴れ) しか確認しなかったのは失敗だった。今住んでるところが暖かいせいか、どうも寒さ対策は忘れやすい。

日光線のときにも歩いた日光街道日光杉並木の道を歩いて下る。車道の雪は溶けているが道の端はまだで危なかった。ただ、歩道が結構あって、記憶ほどは危なくなかった。

そのうち杉並木公園内の道にそれて、ちょっとしたら上今市駅。後から地図で見ると、川の上を歩いたことになってた。まさか川が凍ってて気がつかなかったわけじゃないよなあ。上今市駅は駅舎が観光地風だけれど、住宅街の中にあるちょっと寂しい駅だった。

そこから、東武鬼怒川線のときに歩いた道に出て、すぐに下今市駅。今市の街の中心はこのへんで、タクシーがいっぱいいた。

ちょっと遠回りしてマックに寄り、大通りから離れて、東武日光線をくぐり、住宅街、田んぼ、を抜けて、JR 日光線を渡り、日光例幣使街道の杉並木に出る。大体が市街化調整区域らしくて、歩道とかはろくに整備されておらず、自動車的な意味では一番危ない場所だったと思う。

街道が大きく左に曲がるところで街道から離れて、森の中の道を進む。道がほとんど凍っていて、そういう意味ではここが一番危なかった。そして予定より大幅に時間がかかったと思う。あと地図に存在しない道が書かれていて少し迷った。

集落に出たらすぐに明神駅。公衆トイレ程度の駅舎の無人駅で、山の中の集落によくある感じ。そのまんまだけど。

その先、また地図に存在しない道が書かれていて、今度は大きく迷った。結構引き返し&迂回が必要になった。その後は田んぼや畑の中の道をひたすら歩いて、ちょっと集落になったところで下小代駅。駅舎は明神駅と同じで、とても小さかった。そこに山登りか何かの団体さんがぎっしり詰め込まれていて近寄りがたかった。駅前に廃墟?みたいな何かがあって、夜来たら恐ろしそうだった。

駅からちょっといくと、日光市から鹿沼市に移る。地図で見ると結構建物があるのだけれど、歩いてる感じとしては山の中という雰囲気だった。山を降りると古い建物がまばらにある地域になって、そこを抜けると県道。あとは県道をひたすら歩いて、板荷駅。帰ってから見たら、有人駅の中ではもっとも乗降人員が少ない駅らしくて、少し意外だった。明神駅の方がもっと寂れてそうだったのに。

この時点で 4 時で、もう一駅くらいは行けたけれど、明日用事があったので早めに切り上げることに。なので今日はここで終わり。

日光線は東武動物公園駅まであるのだけれど、ざっと見積もってあと 3 回くらいはかかりそう。長いなー。

2011-01-08

[] 両毛線徒歩 (後編)

1 年近く沿線歩きの記録を書いてませんでしたが、書いてなかっただけで歩いてはいました。書いてなかった期間の分はサイトを見ればわかります。詳しいことはそのうち書きたいとして、今年の分から再開したいと思います。

2011 年最初の歩きは、2008 年 10 月ぶりに両毛線を歩きました。佐野駅から、終点の小山駅まで。


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佐野駅から出発。両毛線だけは廃駅をたどることにしていて、犬伏駅跡と小野寺駅跡に行く。でも、複線化の影響でそれらしい痕跡は全くわからなかった。

小野寺駅跡の前くらいから岩舟町なんだけれど、この町はここ数年くらい市町村合併でとてももめているらしくて、家ごとに「栃木市に賛成」「合併に反対」という看板を掲げていた。町中でその状況だったので (123) 、部外者としてはとてもきな臭い感じだった。隣家同士で賛成と反対なところもいっぱいあって、どういう結果になっても町中でしこりが残るよなあこれ。とか余計な心配をしてあげた。

町の雰囲気のせいではないだろうけど、岩舟駅は改築したての新しい駅舎のわりに暗くて元気がない印象だった。

大平町に入る町境の標識があったけれど、大平町はすでに栃木市に合併しているので要するに栃木市入り。合併して 1 年近く経つのに変えられてないんだなあ。この手の標識だけは、今まで歩いてきて古いまま放置されていたのは一度も見たことがなかった。カーブミラーとかガードレールとか不法投棄禁止とかに書かれた町名とかはどこでも放置されがちだけれど、

大平下駅は駅前が工事中だった。やや公衆便所っぽい形の小さい駅だった。

この先は郊外型の街な雰囲気になり、それから市街地っぽくなり、栃木駅についた。高架型の大きな駅だった。

駅前のマックで昼ごはんを食べるつもりだったのに、マックが撤退していてがっかりした。30 分ほど進んだところのヤオハンのマックに寄った。

郊外型の街並の県道を進んで、県道から離れて田んぼや畑の中を進んだ。交通量のわりに道が無駄に高規格だった。突き当たりに思川駅。跨線橋が完成間近で、北側には抜けられなかったけれど、整備中のロータリーが見えた。駅前なんにもないように見えたけど、使われるんだろうか。

あとは県道に戻って、ひたすら歩いたら突き当たりに小山駅。小山駅に来るのもこれが最後になると思う。まあ、東武日光線を歩くのに日光線沿いに泊まるとこ見つからなかったら小山に来るかも知れないけど。

2010-03-22

[] 小湊鉄道徒歩 (前編)

2/20 (土) に、小湊鉄道を歩き始めました。前編は房総半島の真ん中の上総中野駅から、上総牛久駅まで。線路の距離で 22.7 km 、歩きの距離で 29.3 km 。


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まずは小湊鉄道に乗って上総中野駅へ。上総中野駅までいく列車が少なく、朝一番でも 8:58 着。無人駅だけど電車を降りてすぐなので、運転手・車掌の人や乗客 (たぶんほとんど鉄道マニア) がうろうろしていた。それを尻目に出発。

駅周りには個人商店なんかがあったけれど、すぐに古い木造平屋が中心の住宅街になり、それから人家のない二車線の道路になった。わりと歩道があるのでよい。途中畜産団地なるものがあって牛フン臭かった。

ほこらがあったあたりで大きな道から外れて、沢を渡るとひっそりと集落があり、そこを抜けると大きな車道に出る。そこからすぐに個人商店とかのある集落があり、そこに養老渓谷駅があった。観光用のバスが待っていた。一日乗車券で駅をうろうろし、個人商店でお菓子を買って再出発。

また人家の乏しい自動車用の道に戻り、ずっと行くと集落になって上総大久保駅。外から見ると駅全体が木陰の下にあって、ひっそりとした雰囲気。駅舎は張りぼてのような構造。駅の中にはトトロの絵。あと鉄道マニアがうろうろしていた。

この先は、人家がまばらにある道路が多かったと思う。山の郊外型というか。月崎駅は無人駅。駅前のヤマザキの前でおばちゃんたちがずっと立ち話していた。あと鉄道マニアが線路の周りや近くの踏切をうろうろしていた。駅舎の中に、100 円の貸自転車や、絵本が置いてあった。何かの映画のロケ地に使われたらしい記念写真なんかも飾ってあった。なにか屋根が高い気がした。

大通りを外れて、野原の真ん中にほったて小屋みたいのがぽつんとあり、それが飯給駅だった。いたぶと読む。近隣に住宅はあるものの、明らかに利用者の少なそうな駅だった。鉄道マニアすらいなかった。

線路の西側の山道を抜けて、大通りに出てしばらく行くと、里見駅。無人駅だけど、駅前で観光客向けっぽい店屋が出ていて、結構にぎわっていた。あとトイレを作っているようだった。

駅前の大通り沿いを北に進む。だんだん人家が増えてきた。右手に高滝湖が見えたあとで線路を渡り、しばらく進むと高滝駅。木造の小さな駅だった。猫が 2 匹いた。

大通りを進み、上総久保駅の近くに来たけれど、駅に近寄るための横道がみつからなくてうろうろする。近くにいた人に聞いたら、北から大きく回り込むとのことだった。そして上総久保駅。飯給駅みたいに、田んぼの中にぽつんとある駅舎だった。置いてあった駅ノートは、地元の中学生が書いているのだろうか、下劣な落書きでいっぱいだった。

線路沿いの道を進み、上総鶴舞駅の近くに近づいたけれど、上総久保駅と同じように近寄るルートがよくわからず、あぜ道に迷い込んでしまった。上総鶴舞駅。駅前には大分新しめの住宅が並んでいて、町になってきた気がする。なぜか鉄道マニアがいっぱいうろうろしていた。

近くの国道に出て、それ沿いにずっと歩く。一部歩道がなくて怖かった気がする。

国道を離れて、上総川間駅に近づいた辺りで、後ろから車に追い越された。その車は駅の真ん前に止まって、男女が出てきて、駅の周りで男が女の写真を取り始めた。なんだったんだろう。写真集の撮影かなにかだったんだろうか。線路に降りるのは良くないですよ。

彼らとお互いに邪魔をしつつ駅舎や周りの写真を撮った。ここも田んぼの中の無人駅だけど、建物はプレハブっぽくてちょっと雰囲気がちがった。駅前に水たまりとぬかるみが多かったのが何か印象的。

あとは徐々に町の雰囲気になり、上総牛久駅。この日はここで終わり。ちょうど電車が出発するところだったので、適当に写真を撮って電車に飛び乗った。


ほとんど無人駅でいい感じだった。あと、この回は通算歩行距離 (線路の距離で) が 3000 km を突破した回だった (計算があっていれば上総中野〜養老渓谷の間) 。現在大体 2/3 程度なんだなあ。


[] 小湊鉄道徒歩 (後編)

翌週は雨だったので、翌々週の 3/5 に続き。上総牛久駅から五井駅まで。線路の距離で 16.5 km 、歩きの距離で 20.5 km 。


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上総牛久駅からスタート。駅前にはバスが回転する広場 (ロータリーというほど整備されていない) があり、タクシーの営業所もあり、ここまでの駅と比べるとだいぶ町型の駅だった。あと駅前に「市原おもいやりナウ」(うろおぼえ) とか書いてあった。

その先は少し郊外風に戻る。この間はちょっと長く感じた。ちょっと古い住宅街の中に馬立駅。普通の駅だった。駅前でタクシーの運転手の人たちが立ち話していた。

鳥屋敷のそばを通って表通りに。線路を渡った後は線路沿いに北上し、わりとすぐに光風台駅。跨線橋とか、コンクリートの目立つ近代的な駅舎になってきた。古っぽいけれど。駅から南側は田んぼばっかりで、北側は丘の上に住宅街がびっしりだった。光風台というネーミングセンスは勝利していると思う。

この先は住宅街の中にある木造駅舎が続いた。上総山田駅、上総三又駅、海士有木駅、上総村上駅。正直、あんまり印象に残ってない。

館山自動車道を潜り抜けた辺りからだいぶ街な雰囲気になって、街中にいきなり小湊鉄道の車両基地があって、それを過ぎたところが五井駅だった。ここで終わり。


予想よりだいぶ早く終わってしまった (昼過ぎに着いた) けれど、近くに歩いていない線路がなかったので、ご飯を食べて帰った。


[] 常磐線徒歩 (その 3)

3/13 には、常磐線を歩きました。去年の 8 月ぶり。友部駅から水戸駅まで。線路の距離で 16.5 km 、歩きの距離で 20.5 km 。


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この時期を選んだ理由は、青春 18 切符を使えること (友部駅まで片道 2000 円を超える) と、偕楽園駅の臨時開業の時期であること。

友部駅からスタート。片道 2 時間を超えるのでつらい。水戸線と前回の常磐線で 2 度来た友部駅も、今回で最後。

駅周りの住宅地を抜けると、田んぼばかりののどかな線路沿いの風景がずっと続いた。そのうち人家が現れ、そのうち内原駅。水戸線にありそうな小さめの駅だった。

内原駅の先には巨大なイオンモールがあり、それを超えたあたりで「水戸市」入りの標識があった。けれど後で調べたところ、ここは内原町合併前の境界で、現在は内原駅の前の人家が現れたあたりが水戸市と笠間市の境界だったらしい。

その先はまた田んぼの風景が続き、住宅があったのは内原町だったあたりだけ。

川沿いのあぜ道を歩き、大通りに出たとたんに、コンビニやスーパーやチェーンの料理屋がでてきて、ちゃんとした街の雰囲気になった。カスミの裏を抜けると赤塚駅。なんだか丸みのある立派な橋上駅舎だった。人気はそこそこあった。

住宅街の中の県道をずっと歩く。もうすぐ偕楽園のためか、すごい渋滞だった。歩く方が早い。

線路を離れて丘を超えたら、下り坂で偕楽園駅に近づいていく。歩道橋を渡ると偕楽園。梅祭り中なのですごい人ごみ。屋台を通り過ぎて階段を降りたら、臨時の偕楽園駅。梅祭り中の土日だけ開業している。

駅の表に「偕楽園駅」という名前が見つからなかったので、ホームの駅標を撮るために青春 18 切符で入場しようとすると、混雑中なので入場規制中とのこと。電車に乗るつもりはないんだけど列に並び、20 分くらい消費した。

その後はさっさと街中を進み、貨物ターミナルのちょっと雰囲気の悪いあたりを抜けると水戸のビル街が現れ、すぐに水戸駅。ペデストリアンデッキがでかい。駅の北側には黄門様の像があった。宇都宮駅に「餃子の像」があったことから水戸駅には「納豆の像」があるに違いないと思って探したら、南側に本当にあった。


この日はここまでにして、偕楽園を観光して帰った。水戸駅はまた今度泊まりがけでじっくり探検したい。

2010-02-19

[] 東葉高速鉄道徒歩

また溜まってしまった。1/16 (土) は、短めに東葉高速鉄道を歩きました。線路の距離で 16.2 km 、歩きの距離で 21.9 km 。


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西船橋駅をスタート。総武線、武蔵野線、京葉線、東西線で来た西船橋も、これで最後だと思うと感慨深い。まあ近くの京成西船駅にまた来るのだけれど。

線路沿いに西に歩き、古い感じの住宅街の中をごにょごにょと進む。千葉のこの辺りは歩道の整備状況が悪く、交通量も多いので怖い。

すると、住宅の中にとてもさりげなく東海神駅 (地下駅) の入口があった。

東海神駅を出ると、だんだん新しめの住宅街になっていき (でも道の状況はよくない) 、郊外化していき、急に広場になって飯山満駅。高架の駅で周りにコンビニくらいしかないあたりが、つくばエクスプレスの駅によく似ていた。

また少し古い感じの街並みになり (見た感じで言っているので、本当に古いか新しいかは知らない) 、北習志野駅に着いた。ここは駅前にペデストリアンデッキと大きなバスターミナルがあり、商店街も隣接していて、活気があった。「汚らしの」とか失礼なことを思いついたけど、ぐぐってみると千葉人の間では常識のようだった。千葉にしてはさほど汚くなかった気がする。ここのなか卯でごはんを食べた。

次の船橋日大前への道のりでは、大学の敷地を通れるだろう (通れないと不便すぎる) と期待して進んだところ、通れなくて大きく迂回させられた。近隣住民はさぞかし不便だろう。

そんなこんなで船橋日大前駅。妙に高校生が多いと思ったら、この日はセンター試験のようだった。「新生活ガイド」とかいうパンフレットを配っている人がいて、渡されそうになった。まあこんな日にそんなところにいるからなんだろうけど、何歳だと思っているんだ。

次はわりとすぐ八千代緑が丘駅。新しく綺麗な、イオンに接した駅だった。駅でシャイっぽいインド人がチラシを渡せずにおろおろしていたのが印象的。駅南側がどでかいイオンで、北側にヨークマートがあったけれど、勝負あった感じだった。

遊歩道っぽい道をひたすら歩き続ける。京成バラ園なるものがあったけれどスルーして、八千代中央駅。前の駅と同じ感じで、綺麗ででかい駅だった。それなりに人もいた。駅南側のゆうちょ銀行が「さいたま支店」になっていて謎だったけれど、さいたま支店は埼玉、群馬、千葉、茨城、栃木の直営店の統括支店らしい。知らんかった。

川を渡って村上駅。ここまですべて高架駅で、ここはでかいイトーヨーカドーが近くにあった。立ち寄ってみたけれど、あまり見たいものはなかった。

最後にちょっと丘を登って、終点の東葉勝田台駅。ここでは地下駅。京成勝田台駅と同じ。駅入り口の壁に書かれた「Keisei」の文字がかっこ悪かった。

[] 新京成電鉄徒歩

1/23 (土) は新京成電鉄を歩きました。線路の距離で 26.5 km 、歩きの距離で 32.6 km 。


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新京成電鉄は京成とどういう関係なのかいまいちよくわかってないけれど、とりあえず京成扱いでカウントしている。実は以前松戸駅から途中の五香駅まで歩いたことがあるのだけれど、雨が降って中止したので、反対側からやり直し。

というわけで京成津田沼駅からスタート。すぐそばの新津田沼駅までの間はショッピングモールとかがいっぱいあった。陸軍が演習用に施設した線路とかのせいで、やたらとグネグネ曲がる。

新津田沼駅を離れると住宅街になって、前原駅、薬園台駅。次の習志野駅はその地方を代表する名前からなんとなくでかい駅かと思ったけど、商店街の中の小さな駅だった。

北習志野駅は一週間前に来たばかり。高根木戸駅、高根公団駅、滝不動駅、三咲駅、二和向台駅、と、商店街と住宅街の入り混じったような街並みの駅をどんどん進む。駅間はとても短い。

鎌ヶ谷大仏駅では、近くの鎌ヶ谷大仏に立ち寄る。小さいことで有名。お墓に囲まれた大仏で、なんというかがっかり感すらなかった。

ここから初富駅までが最大の駅間。といっても 2.1 km 。空腹をこらえながら歩いた。

初富駅は少し古くて小さな感じの駅だったけれど、そこを超えると広い道と新しく整備された街並み。でも人影はまばら。

イオンにはさすがに人がいたけれど、土曜日の昼間にしては人が少なかったと思う。入ってすぐがふとん売り場とか、配置がなんか変じゃないだろうか。ここのフードコートでご飯。

イオンを出るとすぐ新鎌ヶ谷駅。東武野田線ぶり。

駅を離れるとすぐ閑散とした街並みになって、北初富駅。次のくぬぎ山駅は、何かきな臭い雰囲気だった。

その先は、元山駅、五香駅、常盤平駅、と、住宅街のような商店街のような街並み。我ながら表現力が乏しい。

八柱駅では武蔵野線の交点なためかすごく賑わっていた。

この辺りから日が暮れ始め、みのり台駅、松戸新田はまた住宅街兼商店街。

上本郷駅は、踏切北側の交差点自体が急な坂になっていて、クラクションの音がすさまじかった。

そこからしばらく住宅街で、それを抜けると今度は繁華街で、そこが松戸駅。ここで終わり。日は暮れていたけれど、かろうじて明るいうちにつけてよかった。


[] 京成千葉線・千原線徒歩

1/30 (土) は京成千葉線・千原線を歩きました。前半の千葉線は、線路の距離で 12.9 km 、歩きの距離で 15.3 km 。


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京成津田沼駅をスタート。京成幕張本郷駅と京成幕張駅までは総武線と同じ感じの道のり。

幕張駅の先も、ちょっと離れるだけでほぼ総武線。検見川駅、京成稲毛駅と、商業施設は近くの総武線に取られた感じで、古くて活気のない裏通りの住宅街を縫うように進む。

みどり台駅、西登戸駅、新千葉駅と、ぎりぎりまで住宅街の街並みで、次がすぐ京成千葉駅。千葉駅の寸前までこんな普通の住宅街だったとは。

その先は見慣れた千葉の街並み。高架下のショッピング街を進むと、高架下にそのまま千葉中央駅があった。ここのロッテリアでご飯。


ここまでで千葉線終わり。この先は千原線。線路の距離で 10.9 km 、歩きの距離で 15.2 km 。


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千葉中央駅から線路沿いの住宅街をひたすら歩くと千葉寺駅。駅前に千葉寺駅の南側はもうだいぶ郊外な雰囲気だった。

その先は線路沿いを歩けないところが多く、住宅街を抜け、坂を下り、それから上り、京葉道路を超えると大森台駅。半分地下に埋まってた。

この先は未開拓地帯のようなので大きく東周りに迂回。仁戸名市民の森を抜けて、大網街道に出て南下。道沿いにくまなくゴミが捨ててあるのが千葉だなあ。

外房線を立派すぎる立体交差でくぐって右折して、外房線沿いにしばらく歩く。ヤオコーに立ち寄って、その裏くらいにおゆみの駅。駅舎もロータリーも駅前の街並みもとても整備されていて立派だけど、人がほとんどいなかった。南側に出ると、立派な陸橋?ペデストリアンデッキ?スロープ?があって、それを降りる。やっぱりこっちも人がいない。

やや緑があって落ち着いた雰囲気の住宅街と線路の間の道を歩いて、大きな道にでて、しばらく南下する。またむやみに立派なトンネルをくぐる。この上が終点のちはら台駅。トンネルを抜けて坂を登ってぐるっとまわって到着。

駅はちょっと丘の上の雰囲気で、周りはだだっぴろい感じ。ロータリーがひろいのもあるけれど、その周りにも家とか建ってないのが大きく貢献している。

ちはら台駅より先に延伸予定が全くないわけではないみたいだけれど、線路の先にガソリンスタンドとか建ってて、事実上延伸はないんだろうなあと思った。


[] 千代田線徒歩

2/6 (土) は、東京メトロ千代田線を歩きました。代々木上原駅から北綾瀬駅まで。線路の距離で 24.0 km 、歩きの距離で 30.7 km 。


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代々木上原駅からスタート。住宅街の中にあって、駅前は広くない。工事中だった。

小田急の代々木八幡駅を通り過ぎて代々木公園駅。代々木公園の端っこだった。

代々木公園の中の道を抜けて、徐々に人通りが多くなって、明治神宮前駅。

おしゃれな表参道駅。歩いてごめんなさい。

青山霊園を横切って乃木坂駅、赤坂駅。高級感と浮浪者の匂いが漂っていた。

首相官邸の手前で国会議事堂前駅。相変わらず警備の人がいる。

国会議事堂を通り過ぎて、官庁街になって霞ヶ関駅。公報の張り紙とかあった。

日比谷公園を回り込んで日比谷駅、二重橋前駅。帝国ホテルとか高級ホテル街。

工事中の東京駅の前を歩いて大手町駅。

ほぼお茶の水駅の新御茶ノ水駅。ここでマック

妻恋坂交差点を通って、湯島駅。梅まつり開始前日の湯島天神に立ち寄った。

不忍池を通り過ぎ、だんだん下町の雰囲気。根津駅、千駄木駅。

NTT のビルの建設に反対している商店街を通り過ぎ、西日暮里駅。

だんだん駅間が長くなって、町屋駅。とても人がいた。主婦層的な人が多い。

隅田川のせいで大きく北に迂回。尾竹橋をわたって、東に行ったら北千住駅。何回来たかわからない鍛え千住駅もこれで終わりかと思ったら、まだ東武伊勢崎線があった。

荒川を渡って、だんだん下町と言うより郊外、というか足立区風・さいたま風街並み。大通りをちょっとはずれたところに綾瀬駅。ここも結構にぎわっていた。

後で知ったけれど、千代田線は本当はここまで、これより先は支線らしい。まあ細かいことは気にしない。

するするっと北上すると、わりとすぐ北綾瀬駅。ここで終わりだけどちょっと先に行って、歩道橋から綾瀬車両基地を観察して、綾瀬駅に戻って本当に終わり。


住宅街→普通の街→おしゃれ街→高級ビジネス街→高級ホテル街→ビジネス街→下町→下町→下町→さいたま、という、東京を味わいやすいルートでよかったと思う。

この時点で、歩いた線路の総距離が 2997.3 km 。次は 3000 km 記念。