気ままなねこのように

2013-04-28 ターンエーガンダム全話みた感想 このエントリーを含むブックマーク

 ちょっと前に、やっぱり富野さんの作品を一度ちゃんと見ておかないとイカンなと思って、TUTAYAでターンエーを借りてきて1週間くらいで全話みた。
感想としては観てよかったと思いました。最近見たアニメと比べるとキャラクターや物語を作っていく力(意志?)が全然ちがうし、全体に一つの哲学が走っているのが気持ちが良かった。

一番好きになったエピソードは第20話「アニス・パワー」と第32、33話「神話の王」「マニューピチ攻略」だ。

 第20話「アニス・パワー」では、戦場が近づいてきているのに先祖から受け継いだ畑から避難しない老婆アニスが、その畑を戦場にして焼き尽くすムーンレィスの機械人形に向かい「おまんまを誰から頂いてると思ってるんだ、この土っころがみんな作ってくれるんだ!」と叫ぶ。
実際、地球帰化するためと言いつつ、無理やり土地を占領しているムーンレィス内では食糧不足の問題が起きていて、街で食料を略奪している描写もされている。戦争をする(遊ぶ)ことだけにかまけて、生きる(食べる)ことを想像しない男たちの視野の狭さ、愚かさを感じることが出来るエピソードで好き。

 第32、33話「神話の王」「マニューピチ攻略」は古代文明のような王政をとるマニューピチを舞台にした話で、金枝篇をベースにしたような非常に神話的な構成になっている。
まず、テクノロジーの結晶であるガンダムと、神話的なモノを違和感なく絡めて話が作れるのがすごいなーと思いましたね。
なぜそういうことが出来るかというと、モビルスーツが戦争をするための兵器として開発されたのではなく、黒歴史の遺物として土の中から発掘されたことで、土着の物、もともと土地にあったモノにしているからだと思います。そうすることでモビルスーツ地球人に「戦争もできる道具」みたいな認識で受け取られています。
例えば、ソシエカプルをこの子って呼ぶし、ロランはガンダムで牛を運ぶ。そういう光景はひどく牧歌的で癒される。
 また土着的な古いものとすることでガンダム宗教的な性格も得ている。ファーストでガンダムは「白い悪魔」と呼ばれていたけど、それはあくまで都市伝説的なニュアンスにすぎなかった。けれど、ターンエーが昔から村の成人儀式で神像として使われていたように、よりアニミズム的存在としても扱われている。

 ロボットアニメでは、なぜロボットを出すのかって理由付けが必要だと思うんだけど、ターンエーでは、戦争ができる道具を手に入れた時、人はそれを賢く使うことができるのかっていう普遍的なテーマを描くためにちゃんと使われていて、この設定を思いついたのはすごい。
 
 そういう意味で、宇宙世紀ではニュータイプという能力は、人の革新と言われながら単なる戦争の道具になっていったという歴史だったのに対して
ターンエーでは、ニュートラルな力として発掘されたガンダムをなんとか建設的に使おうとする思いがみんなの中にあったところが、富野監督が人類はそこまで愚かではないと思っているように感じてよかった。