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くぼてつ日記

2018-06-02

墓参してのちに・・・ 00:00

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昨日、喜寿を元気で迎え、今朝はベランダに訪れたスズメの親子の鳴き声で起こされ快適な朝を迎え、かねてから気になっていた外海の墓に線香を上げに行く事にした。

立場がら支持者、知人の葬儀に出向き霊前で合掌、線香を上げるのが半分議員の仕事の様なものだがご先祖、亡き母はじめ兄弟の焼香がおろそかになっていた。

78歳で逝去した母、64歳で逝った兄、そして3年前63歳で急逝した弟、彼らの冥福を祈り親子兄弟の関係ではあるが私にとっては大の恩人でその絆は帰らぬ人になり増幅した。

生きている内は分らない肉親の情がこみ上げて来たものだ、早晩 私もこの世にサヨウナラの身なので今の段階から誼をつけておかねばならないと姑息な事を考えている。

このままいけば私もこの石碑の下部に有る陰湿な納骨室に入れられることになるのであろうがどっちみち私の中ではあの世は存在しないと思うので石室に入るのは気が乗らない、出来れば樹木葬、海洋散骨 の方が私のキャラに合ってる、海洋散骨五島灘が一番、二番目は大島大橋あたりが気に入っている、海洋葬は法務省管轄らしいが法的には何処でも問題ないようで余り大げさにならない程度であれば届け出なしで遺族は実施できる様だが、業者に依頼しないと船を出せないので長崎には不在であるが、都会地他全国ににはその筋の専門業者が商売として散骨専門でやっているようだ、時津のシニアクラブに代行を打診し第一号を私にするのも面白そうだ。

77歳の今、平均寿命まで余命3年、3年では大した事は出来ない、余り手間暇のかかる事は

避けていかなければならないがラオスだけはエンデイングワークにしてみたい。

(写真は思い出の海水浴場五島福江 六方浜)

2018-06-01 喜寿を迎えて。

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2018年6月1日 私の誕生日、77歳になり喜寿で晩年の大きな節目か。

子供達がいろいろ祝事を考えて呉れているようだが私的にはよく活き残った感はするが老化は否めずブルー(蒼)、友人達が早逝し取り残された者の侘びしさを味わい嘆く日々もある。

本日只今誕生」をモットーにして謙虚に真摯に努力研鑽を重ねてきたが振り返ってみれば足跡を確認する事が出来ない、砂浜をひた走って来たのか寄せる波に打ち消されて足跡は無い。

自分自身は結構、波乱万丈 修羅場を乗り越え潜って来た気がするがこれも形の無い体験

世の中には天下国家を語る大尽から大企業の億万長者まで名だたる偉いさんが同じ時代を共有し同じ空気を吸って生きている、総理大臣安倍晋三副総理 麻生太郎 国会ではボコボコに叩かれて青息吐息、立場は偉いだろうが果たして幸福度はどうであろうか。

人間の幸福度とは何だろう、人生の意義は何だろう、俺は何をしにこの家系に生まれて来たのか。

今頃になって考え、よしんば答えが出て来ても何がどうなる訳では無い、大臣も乞食も物理的な違いの渦の中で生きているが、持ってる時間は同じ、吸う空気の量も同じ、幸福度を計測するはかりがあれば第一条件は自由度だろう、自由度からすればおこもさんの方が大尽、大臣より恵まれてる

遥かに恵まれている。

12時を過ぎたら眠たくなった、今日は自分に対して献花してやろう。

2018-05-27 坊がつる大船山」登山行

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今月のハイライトは何といっても二十数年来の念願が叶い「九重連山の坊がつる〜大船山1786,2m」登山行が実現出来た事。

昨年は天候に恵まれず不調、今年は満を持し5月の連休明け11日〜12日 里山クラブの仲間9人で登山道のリボンを頼りに全員登頂、想像より苛酷な登山で有ったが皆で励まし合い乍一人も脱落者を出さず無事に帰って来た。

苦労と苦痛が多ければ多いほど達成感は大きい、9人の相互力で達成できた成果で2,3人の少数なら途中リタイヤしていたかもしれない、また最初から大船山登山道の険しさを知っていればトライしなかったかも知れないし「知らぬが仏の」気持ちで挑戦した結末。

私にとっては念願が叶い参加して貰ったメンバーの皆なに感謝の気持ちで一杯であるが同行の皆さんも感動したようだ、楽しい体験を共有できた事は特筆に値する。

九州で一番高い場所にある温泉として名高い「法華院温泉」山小屋に宿す、夜半に温泉に浸り夜空を見れば満天の星空、若かりし頃訪ねた志賀高原発哺温泉が思い出された。

人生の宿題を一つ果したような気分「達成した充実感と果たしおえた空虚感」二立相反した複雑な気持ちになったものの達成感の方が優位で有る事は否めない。

今回の山登りから得た教訓は「一歩一歩のたゆまぬ努力が大きな結果を得る」という事。

2018-05-09

ほたるの里「石木ダム」フォーラム。 23:23

5月6日 大型連休最後の日「川棚町公会堂」で表記のフォーラムが開催された。

4月に石木川原地区ダム反対地権者13世帯の生活を映像にした記録映画があり鑑賞、かねてよりダム計画に疑問を持ち問題の検証を考えて来た経過もあり、加藤登紀子さん&川原地区住民主催のフォーラムに友人を同行し参加。

他に元滋賀県知事嘉田由紀子氏、京大の河川工学今本名誉教授、八ッ場明日の会から渡辺女史

豪華ゲストが石木ダムの問題点を指摘した、本来ならまっ先に県知事、元知事、」県議会関係者、受益者佐世保市長など関係者が参加すべき事であるが参加しないのは自分たちの判断に瑕疵がある事を自認しての事であろう、何とも情けない事である。

この問題は石木部落、川棚町佐世保市長崎県庁 役所の問題と捉えがちであるが県事業の原資は県税、つまりは県民負担で賄われる。

長崎県民は長崎奉行所の時代からお上には逆らわない慣習がありおとなく臆病すぎる。

無駄な公共事業は即刻 中止し、有益な事業に投資しないと長崎県の人口流出に歯止めがかからない、衰退傾向はこんな県民性が起因しているのかも知れない。

政治の貧困は国を滅ばす、国も地方も可笑しくなり、無責任が横行、倫理道義化石化したのか。

幾ら私が嘆いても蝉の声にも劣り考えれば考えるほど虚しい、一石を投じる何かをしないと彼らにm申し訳が無いような気がしてならない。

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2018-04-06 大いなる「里の凡人」。

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敷島大和心を人問わば朝日に匂う山桜花・・・江戸時代国学者本居宣長」の歌である。

今年の春は寒暖の差が多かったせいか「サクラ」の開花も予定より4,5日早かった模様、あちこちに梅や桜、果ては桃の花まで見に行く機会が多かった。

最後の花見は去る4月3日琴海町戸根川沿いの桜並木を里山の人達とウォーキングかねて赴く、戸根川の上流に「ほたるの里」が有り5月の上旬には「ほたる祭り」もあり現地を紹介すると、その先200m位先に「@あっとさ琴海」という面白い自然体験の私設施設が有る聴き訪ねた、個人開園で家族連れビジターに無料開放、喜々としていた。

先週は西彼町の「無限郷=写真」向月庵のご夫婦と初面談、歓待を受け再訪を約し来たばかり、先月初めには矢上古賀町の「虎馬園=梅林植樹園」ここの創園者も趣味で開園し見学者自由参観開放し社会奉仕されていた。

奇しくも偶然、この1ケ月間に3人のボランテア精神旺盛な人達に出会った、夫々がご高齢で余命は計れないが、世の中には奇特な人が結構いるものだと感心させられ、今は亡き「月光の里」庵主小松昌幸先生を思い出す。

偉大なる凡人とは彼等の事であろうか「財を成し、名を立て、位を得て」も隣人に尊敬を得れなければ卑に等しく語るに落ちる。

政治家が信頼を得ていないのは言行の不一致からである、口先では綺麗事ばかり言い乍、本気度が見えて来ないし、果敢な勇気もない。

徒党を組み数の力で押し切ろうとする是も非も無く自分の栄達のみに齷齪しポリシーもプライドも無い、政権に媚びる保守構造これこそ国難である。

里山には無名一兵卒乍、天地の理の中で悠々と「生きる名人」が沢山いるから面白い。