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2010-12-03
■[自然][空模様][食養]春一番と似た天気図、ギンナン
朝どしゃぶり、昼近く雨が上がったら、すごい南風で温かくなった。春一番のようだなと思って、天気図を見たら、やはり日本海低気圧。朝の土砂降りは、そこから伸びる寒冷前線の雨だった。
昼過ぎ近くの講演を通ったら、街路樹のイチョウから強風で落ちたギンナンをひろっている人が大勢いた。自転車のタイヤでツブした感じがして止まってみたら、横の樹の下にたっぷり落ちていた。5分ほどでたくさんひろえた。タネだけ取り出し洗って干した。小粒だが、ご飯に炊き込むにはいいかもしれない。
この低気圧が日本列島の東の海に出て発達すれば、西高東低で冬型気圧配置で寒くなるのかなと思った。けど、18時の天気図では、西から移動性高気圧が近づいているので、たいした冬型にはならないかも。
2010-07-21
2009-06-04
■[本][自然][想の操体]『鎮守の森』
- 作者: 宮脇昭
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2007/04/25
- メディア: 文庫
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その土地本来の天然の森に近い森を再現している宮脇昭先生の本。鍼灸操体などの治療に近い感じもしておもしろかったし、私の自然観や身体観と似ているなとも思った。
とくに、おもしろかったのは、以下。
- その土地本来の森であれば、火事にも地震にも台風にも耐えて生き延びる
- 「書いてあるのは引き写しや又聞きかもしれないから、まずは、見ろ、この大地を。現場に出て、自分の身体を測定器にして、自然を目で見、手で触れ、匂いをかぎ、なめて、触って調べろ」ドイツの師匠チュクセン教授の言葉。
- 「コンピュータにインプットできない見えないものを見ようと努力し、研究し、書き残せ。それが人類に最後に残された英知」同じくドイツの師匠チュクセン教授の言葉。
- 森が、草原水辺などと接するところは、ツル植物や低木などの林縁群落(マント群落)で囲まれ、さらにその外縁は、草本植物で縁取りされ(ソデ群落)、森が直接異環境にふれないように守られている
- 日本の本来の自然植生は、鎮守の森にいちばんよく残っている
- 日本の自然植生の主役は、照葉樹林域ではシイ、タブノキ、カシ類、夏緑広葉樹林帯ではブナ、ミズナラ、カエデ類などの高木種。
- 脇役も取り間違えない、照葉樹林帯では、亜高木のシロダモ、ヤブツバキ、モチノキ、ヤマモモ、ネズミモチなど、低木のアオキ、ヤツデ、ヒサカキなどをできるだけ多くの種類混植密植。また、縁には、林縁群落として、マント群落、ソデ群落の構成種群を細い帯状に植える。
- その土地の本来の自然植生に基づいて森作りをする(本来の樹種の数十cmの苗を混成蜜植)と、3年程度は、帰化植物の雑草取りなど人手をかけて管理する必要があるが、それ以降は管理の必要がなくなり安定する。
- 本来の自然植生に基づかないと、ずーと管理が必要だし、災害にも弱い。用材用の杉林やカラマツ林、薪炭柴用の里山の雑木林は、人の手が入らなくなるとジャングル状に荒れてしまうし、火事にも地震にも台風にも弱い。
- 自然な森が破壊されると、多種多様な植物がはいってきてジャングル状になり、持続しないし、安定もしないが、鎮守の森は、最もダイナミックに安定した森社会。
- 全ての敵に打ち勝ち全ての欲望が満足できる最高条件というのは、むしろ危険な状態。生態的な最適条件というのは、生理的な欲望をすべて満足できない、少し厳しい、少し我慢を強要される状態であることを、長い命の歴史は教えている。
- イオングループは1990から店舗のまわりの森作りをしていて(07年3月現在578店舗636万本)、その植樹祭には毎回予想以上の方が参加している
- 「鎮守の森」をドイツのシューワーベ博士が国際語にしようと1974年に提案し、今や国際語になっている
- 曹洞宗の大本山である横浜の總持寺の大貫首の板橋興宗禅師は、お寺には「森閑」「凛とした」雰囲気がいると思い、宮脇先生の提案を受け入れ「千年の森」作りをはじめた。
- 「氏神の森にカミが宿っているという信仰が日本人にはある。明治以降の神道ではない、古代から続くカミへの信仰。日本には、本来の仏教は無く、日本宗があるだけ。」板橋禅師。
- 帰化植物は、鎮守の森には歯が立たなかった。キリスト教などが韓国に比べて定着しないのも、鎮守の森にカミが宿るという信仰が残っているから。(宮脇先生&板橋禅師)
- 3つの選択枝しか残されていない。一つ、昔は良かったと後戻り。現代人には戦前の生活はできないから無理。二つ、今のままで充分じゃないかと立ち止まる。バランスのない2輪車のように倒れてしまう。倒れないためには進むしかない。だから、3つめは、緩やかに成長発展し続けること。ハードからソフトへ重点を移しながら。
- 一神教が2000年で地球をダメにした。唯一神や人間が中心だったから、他の生き物や自然環境は征服し利用するためのものだった。鎮守の森の信仰は、自然との共存思想。仏教の衆生は、生きとし生けるもの全て。
私たちの鍼灸や操体の治療も、8.のようなものを目指したいものだなと思った。
2009-05-22
■[本][自然][養生]生物と無生物の間
- 作者: 福岡伸一
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/05/18
- メディア: 新書
- 購入: 56人 クリック: 1,487回
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おもしろかったのは、
- 生命は動的平衡にある流れである
- 生命とは、代謝の連続変化であり、その変化こそが生命の真の姿
- ドミナント・ネガティブ現象:タンパク質の部分的欠落や局所的改変のほうが、分子全体の欠落よりも、より優位に害作用を与える
- 生命という名の動的平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、同時に時間軸の受けを一方向にたどりながら折たたまれている。それは決して逆戻りできない営みであり、同時に、どの瞬間もすでに完成された仕組みなのである。
生物は機械ではないということ。そして、東洋的な感じもした。例えば、諸行無常。養生の施術も、受け手の方の体と術者の体という、二つの「動的平衡にある流れ」が、互いに情報を伝え合いながら、互いの動的平衡を保ちつつ、なおかつ、組としての動的平衡も取りながら一緒に流れていくという感じがしている。





