朝食を欠食すると、グルコースが不足すると言うけれど

 教科書では、血糖値は空腹時血糖で70〜110mg/dlに維持されていると言います。しかしながら、一方で朝食摂取を促す言説によれば、朝食を摂取しないとブドウ糖が枯渇して脳に十分なエネルギーが行かなくなってしまうと言います。これは、一見したところ矛盾ではないかと思うのです。

 血糖値は70〜110mg/dlに維持されているのだから、朝食を摂取しなかったところでグルカゴンやらコルチゾールやら、それらホルモンによって血糖は維持されるのではないかと思うのです。であれば、グルコースが不足して脳にエネルギーが行かないなどという言説は、民衆が朝食を摂取することによって潤う、朝食販売業者による悪辣な嘘ということになります。

 では、実際朝食をとらないと血糖値はどこまで下がるのでしょうか。

 「朝食の摂取習慣と摂食の有無が男子大学生の体温、血糖値と自覚症状に及ぼす影響」は、朝食の摂取習慣の有る無しでグループ分けし、それぞれが朝食を摂取した場合、朝食を欠食した場合の影響を調べた研究です*1。これによれば、朝食摂取習慣の有る無しに関わらず、すべての群で朝食摂取前(8:10)の血糖値は80〜85mg/dl、朝食を摂取した群は朝食後(8:30)に血糖値が上昇し120〜140mg/dlに、10:20の測定では110mg/dl付近、昼食摂取前(11:50)は90mg/dlほどで、昼食摂取後(12:30)にまた上昇しています。

 対して朝食摂取なしの群では、8:30の測定で80〜90mg/dl、10:20で75〜85mg/dl、11:50でも同じく75〜85mg/dlとなっています。昼食摂取後(12:30)では、朝食摂取習慣のある群で140mg/dl、朝食摂取習慣のない群で120mg/dlと、有意差はないようですが、朝食摂取習慣のある群のほうがより血糖値が高くなる傾向が見られます。

 この結果だと、朝食摂取しない群でも、教科書通り血糖値70mg/dlを維持しています*2。もちろん維持しているからと言って問題無しなのかどうかはわかりませんが、健常者の空腹時血糖の範囲内に維持されているのですから、本当に「グルコースが不足して脳にエネルギーが行かない」のかどうかは疑わしく思います。

 また「33時間絶食時運動負荷後の血漿ホルモン、血糖、乳酸、遊離脂肪酸およびグリセロール濃度の消長」では、運動負荷前の食後12時間後、24時間後、30時間後、33時間後にも各ホルモンや血糖の血中濃度を測定しています。これによれば、33時間絶食後運動を負荷する群で食後12時間の血糖値が77.4±5.3mg/dl、コントロールとして食事摂取後に運動を負荷する群(だけどこの群も、食後12時間時点ではまだ食事をしていない)で79.9±11.0mg/dlです。これが食後24時間になると、絶食群の血糖値は68.5±6.3mg/dlと、平均では70mg/dlを割りこんで、以後食後33時間の測定まで同じような血糖値を維持します*3

 この結果を見ると、一応教科書の正常範囲を正常にエネルギーが供給される範囲と仮定すれば、食後12時間から食後24時間のどこかで、正常にエネルギーが供給されなくなる、「グルコースが不足して脳にエネルギーが行かない」状態になるということになります。

 それを裏付ける、かどうかはわかりませんが、遊離グリセロールが食後12時間で0.085±0.023と0.072±0.007mM/Lだったものが、食後24時間で0.132±0.045mM/Lと、かなり増加しています*4。同論文では「肝グリコーゲン含量はほぼ24時間の絶食で枯渇する」との先行研究を挙げて、

絶食約18時間経過頃から脂質代謝が急激に亢進し、エネルギー源として脂肪組織から脂肪酸の供給および肝における糖新生の基質としての脂肪酸を供給したのかも知れない。
(「33時間絶食時運動負荷後の血漿ホルモン、血糖、乳酸、遊離脂肪酸およびグリセロール濃度の消長」)

としてます。

 細かなことを言えば脂肪酸糖新生の材料にはなりませんが、グリセロールは糖新生の材料となり得ます。遊離グリセロールは食後24時間で増加していますから、食後12時間から24時間のどこかで、糖新生亢進のスイッチが入っている可能性があります。このことから考えても、食後12時間から24時間のどこかというのがポイントになっているように思えます。

 前日の夕食を午後8:00までに食べ終えて朝食食べずにお昼12:00を迎えたとすれば、食後16時間ですか。うん、やっぱり食べといたほうが無難だと思います。

そうは言っても、やっぱり疑わしい。

 以上の結論は、文中でもふれているように、「一応教科書の正常範囲を正常にエネルギーが供給される範囲と仮定すれば」という仮定に基づいています。血糖値が低下傾向にあって、糖新生が亢進している状態だと、本当に「脳にエネルギーが行かない」のかどうかは疑問が残ります。だって、脳のエネルギーを確保するための糖新生だし血糖値維持でしょ。

 「朝食の摂取習慣と摂食の有無が男子大学生の体温、血糖値と自覚症状に及ぼす影響」はその考察で、

朝食を摂取することにより(略)エネルギー基質を脂質依存型から糖質依存型に移行させることで、その日の午前中の活動に向けて身体の状態を休止モードから活動モードに切り替えているのではないかと考えられた。

と言っていますが、これも突っ込みの余地はだいぶあると思うのです。脂質依存糖質依存と言うけれど、脳は脂質をエネルギーになんかできない、常にグルコース(+少しのケトン体)なわけで、それをいうなら脳は常に糖質依存だよ。とか、ならインスリン作用不足で骨格筋等がグルコースをあまり取り込めない2型糖尿病の人は脂質依存型だろうから、その人たちは常に休止モードなのか、とか。

 そんなわけで、ここら辺の疑問を解決してくれそうなの希望。

*1:朝食摂取習慣のある群12名、ない群12名を対象。

*2:以前朝食を欠食すると昼食摂取後の血糖上昇が著しいというのを見たのですが、今回の結果で朝食欠食群と朝食摂取群でそのような違いは見られません。むしろ、有意差はないようですが、朝食摂取習慣の有る無しで異なった傾向が見られるようです。朝食摂取習慣のある群では、朝食欠食・朝食摂食の両群でともに140mg/dl前後、朝食摂取習慣のない群では、欠食摂食両群で120mg/dl前後と、同じような値になっています。

*3:面白いのは、摂食群で運動負荷直前、朝食後3時間後の測定で、血糖値が71.7±5.7mg/dlと低い値になっている。

*4:摂食群の夕食後5時間で0.054±0.026mM/L、起床時で0.063±0.032、朝食後3時間で0.066±0.030mM/Lだから、食後12時間時点ではそれほどでもなく、食後24時間ではかなり遊離グリセロールが増加している、と思われます。