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栄養学のメモと活用 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-01-16

生化学の教科書で見たケトン体

 すでに何回も書いている話題ですが、飽きもせず引き続きケトン体でございます。

 こちらの記事の追記で記したように、リッピンコット生化学*1では、ケトン体は長期に渡る飢餓時において、脳のエネルギーの70%ほどをまかなうようになる、と書かれています。残りの30%のうちの、20%はグルコース、10%はアミノ酸*2です。

 それに対して、これまた何度も引き続けておりますが、ハーパーの生化学*3では、ケトン体でまかなうのは脳のエネルギーの20%、残りはグルコースであると書かれています。

 両者の記載は大きく異なります。かたや、ケトン体で20%。かたや、グルコースで20%。いっそのこと、ハーパー様で書かれているグルコースとケトン体が逆だったら、全て丸く収まるのに。わたくしはそんな浅はかな思いを胸に、ハーパー様の原書を確かめずにはいられないのでした。

The brain can metabolize ketone bodies to meet about 20% of its energy requirement; the remainder must be supplied by glucose.

Harper's Illustrated Biochemistry (Harper's Biochemistry) p140)

 もちろんそんなことはなかったんですけどね。

 とまあ、ここで終わってもいいのですが、せっかく図書館まで行ったので、それ以外の生化学の教科書も読んでみました。あたったのは以下の5点です。

  • ホートン生化学 第4版*4
  • レーニンジャー新生化学(下)第5版*5
  • ストライヤー生化学 第5版*6
  • カラー 生化学*7
  • ヴォート生化学 第2版*8

 生化学の教科書では、生理学の教科書に比べて、ケトン体のエネルギー利用について、よく触れられているように思いました。*9

 ホートン生化学では、40日間絶食時におけるグルコース利用状況のグラフがあったのですが、主に糖質代謝の変化を追っていて、脳におけるケトン体の利用割合については記述が見つけられませんでした。レーニンジャーの新生化学についても、具体的な割合の記載は見つかりません。

 次に、ストライヤーの生化学を見てみましょう。

飢餓のおよそ3日後には、大量のアセト酢酸とD-3-ヒドロキシ酪酸ケトン体)が肝臓で作られる。(略)この時点で脳はかなりの量のアセト酢酸をグルコースの代わりに消費し始める。飢餓の3日後には脳のエネルギー必要量の約1/3はケトン体で賄われるようになる。(p863)

 このように、エネルギー源をケトン体に切り替えることによって、筋肉のたんぱく質が糖新生に使われてしまうのを防ぐのだそうです。その結果、飢餓の初期(3日目)には、筋肉のたんぱく分解量が1日あたり75gだったところを、40日後には、1日あたり20gで済むようになるのだそうです。

 また、脳でエネルギー源として使われるケトン体は、絶食3日目で50g、40日目で100gとあります。3日目で脳のエネルギー要求の約1/3をケトン体でまかなうとありましたので、40日目にはその倍、約2/3をまかなっているといえるのでしょう。

 このような記述は、カラー生化学でも、ヴォートの生化学でも出てきます。

絶食第3日目には、脳は約1/3のエネルギーをケトン体に依存するが、40日目には2/3と増加する。

(『カラー 生化学』p640)

脳は必要な酵素を合成してしだいにケトン体に適応する。ケトン体は3日の絶食後では脳のエネルギー需要の1/3しか満たさないが、40日絶食後ではエネルギー需要の70%を満たす。

(『ヴォート生化学(下)』p684)

 まあこのように、リッピンコットの圧勝、ガイトンさんの圧勝なのでした。

教科書の感想

 ざっと見た感じ、ストライヤーかカラー生化学が読みやすそうかなあと思いました。ほかを詳しく読んだわけではありませんが、少なくともこのトピックに限れば、ストライヤーに惹かれます。もちろんお高いんですけどもね。

*1リッピンコットシリーズ イラストレイテッド生化学 原書4版

*2:この記述がじつはよくわからない。アミノ酸からの糖新生でできたグルコース、という認識でよいの?

*3イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書27版

*4ホートン生化学

*5レーニンジャーの新生化学 下

*6ストライヤー 生化学

*7カラー 生化学

*8ヴォート 生化学〈下〉

*9:もっとも、生理学の教科書では見つけられなかっただけかもしれないけど。

2011-12-29

ケトン体がわからなくなった

 先日取り上げた『「食育」批判序説』*1のなかで、著者はガイトン『人体生理学』*2から引用して、体内で糖が不足した際には

脳で使われるエネルギーの約2/3はこれらケトン体、主としてβ−ハイドロキシプチレートに由来する。[ガイトン 1982:844]

(『「食育」批判序説』p30)

と、脳が必要とするエネルギーの約70%をケトン体でまかなうとおっしゃいました。

 ところが、わたくしが以前読んだハーパー様*3には、

脳はそのエネルギー要求性の約20%をケトン体でまかなうことができるが、残りはグルコースから得なくてはならない。

(『イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書27版』p154)

と、ケトン体で補えるのは、脳の必要とするエネルギーの約20%とあります。

 両者の違いは70%〜20%とかなり大きく、ハーパー様に多少なりとも親しんでいたわたくしは、ガイトンにあるというその記述にかなりの混乱を覚えたのでした。

 さて、このように違いがあれば、一体どちらが正しいのだろうと疑問をもつのは当然です。そこで、近くの図書館におもむいて、それらしき生理学の教科書を漁ってみました。

ほかの教科書も調べてみる

 あたってみたのは以下の5つです。

  • 標準生理学 第6版*4
  • バーンレヴィ カラー基礎生理学*5
  • コンスタンゾ 明快生理学*6
  • ギャノング生理学 原書23版*7
  • ガイトン生理学*8

 ガイトン生理学もあたったのは、これ2010年の新しいものなんですね。『「食育」批判序説』で著者が引用していたのは、1982年の古いやつです。ハーパー様は2007年。両者にある違いは、ひょっとしたらこの30年ばかりに蓄積されたケトン体研究の成果なのではないか。ハーパー様に肩入れをしつつ、このように考えたのです。

 しかしながら、上に挙げた本のほとんどで、わたくしの要求を満たした記述はありませんでした*9。もちろんすべての本でケトン体は載っているのですが、ケトーシスやケトアシドーシスとの関連で載っているのがほとんどで、飢餓時のエネルギー源としてどの程度期待ができるのかなどに関しては、あまり関心が払われていません。

 そんな中、ガイトンの生理学には相変わらずきちんと載っていました。残念ながら、わたくしの希望に沿う形ではありません。

 高脂肪食への適用:ゆっくりと炭水化物食からほとんど完全な脂肪食へと変換した場合、人体は、通常よりはるかに多くのアセト酢酸を使用するように適応し、この場合、ケトーシスは通常起こらない。(略)2,3週間後には、通常ほとんどすべてのエネルギーをグルコースから得ている脳細胞ですら、その50〜75%のエネルギーを脂肪から得られるようになる。

(『ガイトン生理学』p890)

 「ゆっくりと炭水化物食からほとんど完全な脂肪食へと変換した場合」なので、単純に飢餓が訪れた時にこの反応が現れるかはわかりませんけれども、やはり脳のエネルギーの50〜75%はケトン体でまかなうと言っています。

 ガイトン以外では、ギャノングの生理学に若干の記載が見られるくらいでしょうか。ただしこちらは、イヌの場合です。

 これら血中のケトン体は飢餓時の重要なエネルギー源となる。正常イヌを絶食させた時、代謝率の半分はケトン体の代謝によるものであるといわれる。

(『ギャノング生理学』p381)

 脳のエネルギーの、ではなくて、体全体のエネルギー代謝の約半分ですから、こちらの記述ではガイトン生理学の記述よりも、だいぶ控えめになっています*10

結局よくわからない

 以上のように、生理学であまり関心がない分野なのか、または探し方が悪かったのか、わたくしの知りたかったことそのままが載っている教科書は少なく、載っていたとしても共通の答えを指し示してはいないのでした。

 はじめに戻ってハーパー様を再び紐解けば、

ケトン体は、骨格筋と心筋の主要な代謝エネルギー源であり、脳のエネルギーの必要性を部分的に満たす。長期の絶食では、グルコース代謝は体全体のエネルギー生産のための代謝の10%未満となる。(『イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書27版』p157)

という記述もありました。

 確か脳はかなりの大食漢で、体全体のエネルギーの20%くらいは平らげるとあった気がします*11。グルコース代謝で10%ということは、脳のエネルギーの半分くらいしかまかなえていないんじゃないでしょうか。

 んじゃあガイトンさん正しいの? という気にもなるけれども、なら「脳はそのエネルギー要求の約20%をケトン体でまかなうことができる」っていう記述はなんなんだいとも思います。

 結局のところ、一度はハーパー様の記述でわかった気になったケトン体が、再びわからなくなってしまったのでした。

ガイトンさんは読みやすそう

 どうでもいいのですが、『ガイトン生理学』は、イラストも豊富で言葉もわかりやすく、大変読みやすそうだと思います。ほかの生理学の教科書*12ではあまり扱っていない、栄養学とクロスする分野にも比較的多くのページを割いています。

 なかなかよい本なのだろうと思いました。すっごい高いけど。

追記(2012.01.10)

 コメント欄でご指摘いただいたとおり、リッピンコットの生化学には、わたくしの要望にぴったりの記述と図があったのでした*13。そちらによれば、絶食後数日では、脳のエネルギー源はグルコースのみだけれども、2,3週間もすれば血中ケトン体が上昇し、主なエネルギー源として利用されるとのこと。

 図では5〜6週間の飢餓状態における脳のエネルギー源が示されているのですが、目算で、グルコースはだいたい20%。3-ヒドロキシブチル酸(=3-ヒドロキシ酪酸ケトン体のひとつ)で60%くらい、アセト酢酸(これもケトン体)で10%、アミノ酸で10%とあります。

 なんか胡散臭い本*14だし、これも本当は違うんじゃない? と思って調べてみた飢餓時のケトン体利用率だったのですが、どうやらガイトンさん有力みたい。

*1「食育」批判序説―「朝ごはん」運動の虚妄をこえて、科学的食・生活教育へ

*2ガイトン人体生理学 下 第2版―正常機能と疾患のメカニズム

*3イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書27版

*4標準生理学 (STANDARD TEXTBOOK)

*5カラー基本生理学

*6コスタンゾ明解生理学

*7ギャノング生理学 原書23版

*8ガイトン生理学 原著第11版

*9ちなみに、手元にある『リッピンコット イラストレイテッド生化学 原書4版』(asin:4621080237)にも、飢餓時にどの程度のエネルギーをまかなうかに関する記述はありません。記述ありとのご指摘をコメント欄でいただきました。確認するとご指摘のとおり、しっかり書いてありました。ごめんなさい。

*10:イヌの場合だけどね!

*11:でもどこか信頼のおけるところで得た情報だったか覚えていないので、あまり真に受けないほうがいいかもしれません。

*12:といっても、流し読みしたほか4つについてしか知らないけど。

*13:というわけなので、ほかの「記述なし」だと思った本に関しても、ただ単に見落としていただけかもしれません。ご利用の際はご自身でご確認をお願いします。

*14:ガイトンの生理学が、ではなくね。

2011-11-14

『「食育」批判序説』を頑張って読んだのさ。

 さて、本日は先日も取り上げた『「食育」批判序説』*1につきまして、内容に踏み込んで見ていきたいと思います。

 書いているうちにとても長くなってしまったので、最初に構成を記しておきましょう。

  • 「朝ごはん」運動への批判
    • ケトン体研究詳細
    • 断食療法
    • それらを持ちだしたことへの疑問
  • 著者の言う、それから身土不二の「科学」
    • ようやくわかった「身土不二の原則」
    • 著者の「科学」と現代栄養学の「科学」
  • むすび

 すべて読むとかなり時間がかかる上に疲れますので、時間と体力に不安のあるかたは「著者の言う、それから身土不二の「科学」」を読まれると、それなりに面白いんじゃないかなあ、と思います。特に「身土不二」っておかしくないあれ、というかたにはいいんじゃないかと。

 それでも長いと思う人は「ようやくわかった「身土不二の原則」」だけでも読んでいただけると大変嬉しいです。

「朝ごはん」運動への批判

 著者はまず第1章で、「朝ごはん」運動を批判します。朝ごはん運動とはご存知のかたもおられるとは思いますが、「早寝早起き朝ごはん」をスローガンにしたあの運動のことです。そのようにして生活リズムを整えようというのが主眼であると理解しておりますが、そのなかで取り上げられている「朝ごはん」は、食育分野におきましても極めて重要な位置を占めています。

 「朝ごはん」運動推進者は言います。脳はすべてのエネルギーをブドウ糖に依存する、君が朝目を覚ました時、すでに最後の食事から10時間12時間は経っている。肝臓に蓄えられているグリコーゲンは枯渇に近い。朝起きたときに君が朝食を食べなければ、午前中脳はエネルギーなしで過ごさなくてはならない! 頭はボーっとする、集中できない、イライラする。そんな状態で勉強できるのか? ほら、朝食を食べていない子のテストの点数は、食べている子よりもこんなに低いんだぞ。朝食は食べなきゃダメだぞ。

 著者は言います。そんなことあるわけない。ケトン体っていう脂肪酸からの代謝物質があって、それも脳のエネルギー源となるじゃないか、と。そして、ガイトンという人の『人体生理学』*2という本から引用します。

 糖利用の低下はケトーシスretosisにつながる。ケトーシスは第46章で述べたようにケトン体産生が非常に増加した状態を意味する。幸い、ケトン体は糖のように血液脳関門を通り脳細胞でエネルギー源として利用される。従ってこの時、脳で使われるエネルギーの約2/3はこれらケトン体、主としてβ−ハイドロキシプチレートに由来する。これら一連の変化は、少なくとも一部は体内の貯蔵たんぱくの保存につながる[ガイトン 1982:844](p30)

 まさかこの事実を、栄養学の教科書も書くような連中が知らないわけはない。このことを隠して、脳はブドウ糖のみをエネルギー源とする、だから朝食を食べないとエネルギーが枯渇してしまうのだというのは、不誠実であると言うのです。

(「朝ごはん」運動推進者による、脳はブドウ糖のみをエネルギー源とするという説明は)人体の生体エネルギー機構において脂質代謝が脳に対して有する意義を意図的に無視し、糖質代謝のみで説明する極めて恣意的な論と言わざるをえない。(略)脳の唯一の燃料はブドウ糖であるという見方に変革を迫る研究成果が公表されたのは、すでに四〇年前の話である。その後おおくの追試を受け、とうに生化学「教科書」にも書かれている事柄なのに、それを無視した議論は誠実さを欠く。(p31)

 もっともな批判だと思います。わたくしはこの事についてそれなりの好意をもって捉えておりますので、おそらくは専門外の人に説明する際に、わかりやすく話を単純化させたのだろうと思っています。しかしながら、このような「不誠実」な態度が、人びとに不信を募らせることとなり、ひいてはそれら不信を抱いた人びとをトンデモさんたちに掠め取られる結果になるのではないかとも危惧します*3

 ここで著者は、自らの主張を補強する2つの論証を挙げています。

1. ケトン体研究詳細

 1つは、ケトン体研究の詳細です。ラダーマンという人らの研究による長期飢餓状態(40日間も!)における5段階の代謝ステージという図がそれなのですが、1日の間でも飢餓が*4長期になるにしたがって、グルコースをエネルギー源とする臓器が減っていくのがわかります。2日目以降になると脳のエネルギー源としてケトン体が利用され始め、24日過ぎに、脳の主たるエネルギー源としての役割が、グルコースからケトン体に変わっています。

 ささやかなことですが、以前見たハーパー様*5によれば、ケトン体は脳のエネルギーの約20%程度までをまかなうことができるはずでした。それがここでは、脳の主たるエネルギー源となるとか、先ほどの引用箇所では脳のエネルギーの約2/3をまかなうとか、わたくしは少々驚きと混乱を持ってこれを読むことになりました。

 そしてもう1つが、わたくしにさらなる驚きをもたらします。断食療法です。

2. 断食療法

 ここで著者は、甲田光雄という人が行なっている、断食療法*6を持ってきます。わたくしはこの甲田光雄というかたを初めて知ったのですが、1,2年の間で11日間の本断食、12日間の本断食、14日間の本断食と3回の断食を経験し、ついには完全朝食抜きの生活法を実践し始めたかただとあります。朝食抜きだけならまあなんてこともない*7とも思いがちですが、

最近まで二〇数年は昼食をも抜いた一日一食の生活を続けていた。(p37)

と言いますし、さらには1日2食食べるときも、普通の食事を食べるわけではありません。

(甲田光雄の食事内容を写した写真があって)上左から、生ゴマ、生ピーナッツ、大根おろし、山の芋おろし、中央は柿茶。下左から青どろ(青野菜をミキサーで砕いたもの)、塩、玄米粉、人参おろし、1年中この食事を昼、晩と食べる。朝食は取らない。1日のカロリーはわずか1000キロカロリーである。(p39)

 この食事でもって本人は元気であって、何万人もの病者の治療に用いたとあります。治療の実際は知りませんし、わたくしごときの手に負える相手ではなさそうですので深入りしませんが、しかし驚きの食事内容であるとの感想には、大部分のかたご同意いただけるかと思います。

著者がこの2つを持ちだした理由はなにか?

 わたくしには不思議でなりませんでした。

 ケトン体が実際に脳のエネルギーとして使用されるのだという事実は、まあ示す必要のあったことでしょう。ですが、その詳細に立ち入って、40日間もの長期に渡る飢餓実験を語る必要などなければ、甲田光雄の驚きの食生活など語る必要もないのです。

 思い出していただきたいのですが、批判する相手は、たかだか「朝食」なのです。抜いたところで、せいぜい16〜18時間です。長期絶食でもなければ、11日間の絶食でもない。1日1食か2食の青どろ主体の食事なんか、語る必要もないのです。ましてや、青どろ主体の食事内容なんて、怪しいと思われるだけ、見せるだけ損なのです。

 にもかかわらず、著者はこれを語っている。なぜなんだろう?

著者のいう、それから身土不二の「科学」について

 著者は2章で、「階層原理」について語ります。階層原理とは、つまるところ構成する要素によって、自ずと語ることのできる対象・範囲が限定される、ということだととりあえずわたくしは理解致しました。栄養素を要素とする理論であれば、対象は細胞や組織などになり、料理を要素とする理論においては、個人が対象のメインに入る、食糧を要素とする理論では、国や地域、大都市などが入るであろうといいます。ですので、

 栄養生理学や栄養生化学において、分子次元を問題とすることは当然であるが、生活者の日常生活次元の食べ物・食事を議論するさい、それを用いた議論は慎重であるべきなのだ。(p115)

となります。

 これは正直なところ、正確な理解が出来ているのか自信がないのですが、たとえば細胞を用いた試験管内実験である成分の有効性が確かめられたとしても、それを即座にヒトに当てはめるのは無理があるでしょう。慎重にならざるをえません。そういうことだろうというのが、わたくしなりの理解です。

 現代栄養学は、この原則を破っている。だから著者は、現在の栄養学を栄養素学であると批判します。ビタミンAがどうした、たんぱく質がどうした、栄養素のことを主に語る。それはそれで、必要な分野もあるだろうけれども、その同じ言葉でもってヒトを対象とした食事を語るのは階層が違う、カテゴリーミスなのだというのです*8

 これもまた、まっとうな批判であると思います。わたくしなども栄養主義の気が多分にあるので、注意しなくてはならないでしょう*9

 そのような現代栄養学に対して、著者の持ちあげる食養は違う、といいます。

 そもそもヒトが何かを食べるとき、それはさまざまなものに規定されます。なにかが収穫されるという自然や環境であったり、そのなにかを食べるという文化であったり、また料理法という文化であったり、そういった大きなものに規定されて、ヒトは食べるものを選択します。これら、自然、環境、文化、さらに歴史まで視野に入れて、論理的に導かれたものが「食養」なのだ、だから「食養」は科学なのだ、というのです。

 また(桜沢如一とか、村井弦斎とかの食養が)現代栄養学の栄養素主義的食品分類・食品群論と比べて特徴的なことは、豊川の指摘した栄養学の四構成要素*10の関連、とくに「食糧」次元の問題を必然として問う視覚を有し、生活次元の「実験」を経て一定の論理のもとに食事の原則を規定している点である。逆にいえば、現代栄養学からのそれは、食品選択の基準として社会・自然との関連が意識されておらず、実験室内の分析・要素主義的な研究をもとに提言されているものであり、論理的逸脱があるといわねばならない。(p141)

 (桜沢の食養は)食概念に実態としての食べ物ならず、関係論的にそれを生み出す自然および社会・文化的環境一切を含むところがおおきな特徴である。かつそれが「人(一般には生命体)を作る」わけであるから、環境−食−生命体の緊密な繋がりに配慮していたということができる。現代栄養学では、食べ物に含まれる化学物質・栄養素等に着目し、その生体内での機能・代謝を実体論的に解明しようとする関心がつよいのにたいして、桜沢においては、環境と生命体とのかかわりを捉えるさいの関係論的関心においてそれを媒介する食が主題化されているのである。(p144)

(略)桜沢のそれ(食養)は<生命の秩序>として食のあり方を一般性において把握し、それに則したものであり、生活次元の論理として評価するとき、現代栄養学と比してはるかに<科学的>であるといえる。(p164)

 ここでもまた、桜沢如一や村井弦斎の推薦する食事内容とその是非については立ち入りませんが、しかし1つ指摘しておきたいのは、著者は桜沢らの「自然→食糧→食事」と来る階層移動は認めていて、どころかものすごく評価しているのに、なぜ「栄養素学」の「栄養素→食事」の階層移動には極めて批判的なのか、という点です。階層が異なるものを、安易に当てはめてはならない。それはそのとおりだと思います。そして現代栄養学がそれを行いがちである、個人的には、とくに商品を売る際のセールスやセンセーショナルに取り上げるマスコミにより顕著な傾向だとは思いますが、栄養学もまたその傾向があるのは事実であると思います。そこはより慎重であるべきなのでしょう*11

 しかしながら、階層の移動が全く行われない、というのもおかしな話です。得られる食糧から利用できる食品は決まってくるし、食品によって料理は自ずと制限されるのでしょう。マクロからミクロへの移動は、このように行われて、それを著者は肯定、大いに肯定しています。むしろ、その繋がりを論理的に導くことこそが科学であるのだと。

 であれば、栄養素研究で得られた知見もまた、食事内容に反映されてもおかしくはありません。食事内容によって、求められる食品が変わってくる、それによって、食料生産の内容だって変化する。このように、直接的に当てはめるのは慎重でなければならないけれども、でも相互に影響し合うものなのではないでしょうか。

 でも、著者はミクロからマクロへの適用については否定的です。それにはおそらく、理由があるのです。

ようやくわかった「身土不二の原則」

 身土不二、という言葉があります。これはもともと仏教用語だそうなのですが、桜沢ら「食養家」が食と環境の相互作用を記述した言葉が、「身土不二」です。正しくは「身土不二」ではなく、「身土不二の原則」です。この「原則」があるところが、今回わたくしが本書を読んで、身土不二を理解する上でのポイントではないかと思った部分です。通常この身土不二は、生まれたところ、生活するところの環境で育つ食べ物を食べるのが健康にいいんです、というような教えであるとされています*12。そしてそれを逸脱するところに、病が発生するというわけです。

「『正しい食物』とは、その土地・環境に則した食物のことです」[桜沢 1942/1972:26]「数千キロも遠く離れた風土・環境を身体に取り入れて、故障がおこらなかったら不思議」[同 :36]だという主張である。(p157)

 普通の「現代栄養学」を学ぶものであれば*13、いやそんなこと言っても近くで取れるものばかり食べてたら栄養偏るんじゃないの? ペラグラとか、ヨウ素欠乏とか、そういうの困ってるところもあるんじゃないの? と反応をするんじゃないかと思います。わたくしもそうでした。しかしながら、その反応こそが「身土不二の原則」を理解していない証拠なのです*14

 著者は高橋久仁子の「この発言(身土不二のこと)はもっともらしく情感に訴えるが、風土病の問題などもあり、考え方として危険ではないか?」という発言に対して、理解に苦しむと言っては反論します。

 (生命体は各環境に適応して進化をするが、環境の変化等で被害を被ることもある)事実、生命化された自然は、ある時代、ある種の生命体を絶滅に追いやる歴史を刻んできた。比喩としていえば、「母なる大地」もときに自らが育んできた生命体に牙を剥くわけだ。またある生命体にとって栄養レベルで問題含みの環境状況になれば、当該生命体に何らかの失調状況が訪れるのは当然のことである。(p160)

 仮に失調状態が訪れたとしても、それは「当然のこと」なのです。その上でしかし、と続けて、「生命体は<身土不二>を嫌って地球を離れるわけにはいかない」と言います。いくら悪影響を被っても、その環境を離れるわけにはいかないのだから*15、そこで生きていくしかないじゃないか、というわけです。

 これが、わたくしが理解した「身土不二の原則」の重要な点であり、「原則」の2文字こそがポイントであると考えた所以です。原則であると決めたのだから*16、どういう結果が現れようとも受け入れるしかないのです。

種としての絶滅を免れるときは、そうした過酷な環境に、より適応的な性質(遺伝子)をもった個体が増え、環境問題と生命体適応の落差は縮まる傾向を示すことが想定されるが、そのかん個体次元で見れば不適応的状態を呈することもあり得よう。風土病もそのひとつとして位置づけることができる。(p160)

 もちろん人類も自然環境の変化や自らの放散に伴って、変化する環境としての食対象に対応を迫られたはずである。その段階までに獲得された身体性(生理的特質)に対して、食を介して得られる栄養に過不足がある場合、何らかの失調が生じるのは当然のことである。(p161)

 どうですか、この諦観なのですよ。

 身土不二を掲げる人に、その悪影響を説いたって揺らぐわけないのです。悪影響をもたらす環境とともに暮らしていこうと決めた、そのような原則を受け入れたのですから。「まあ不便だけど、でも別にいいよ」くらいなものです。

著者の「科学」と現代栄養学の「科学」

 以上見てきましたように、著者の科学と現代栄養学の科学はだいぶ異なります。そしてだいぶ異なるがゆえに――問いかけは遥か上に行ってしまいましたが――奇異に映るにしても、著者は断食療法に触れるのが必然であったのです。

 農耕の始まる以前、狩猟時代は朝起きてすぐに食べ物がある、なんていう恵まれた環境にはありませんでした*17。そのような環境で、人類は長きに渡って過ごしてきた。であれば、朝食を食べないくらいで頭が働かなくなるなんて構造で、生き残っていけるわけがない、飢えがわずかばかり(数日とか)続いたって、それで的確な判断が出来ず、身体が動かなくなるわけがない。

 このように「科学的」に導かれた認識で、著者ははじめから「朝ごはん」運動を批判していたのです。ですから、そのような認識に沿う、数日絶食時の体内エネルギー状態や、実際に断食を実践しているかたの実情を、ぜひとも記しておく必要があったというわけです。

むすび

 「朝ごはん運動批判か、そうだよ、食育やる人はこの批判に耳をかたむけるべきだよ、栄養教諭課程の人とかさ、絶対読むべきだよ!」なんて思って買った本書だったのですが、非常に残念な結果でした。本書を通じて「身土不二の原則」を自分の中に落とし込めたような気がするのが、唯一の救いでしょうか。

 しかしねえ、著者は著者のいう科学が現代栄養学で受け入れられず、もっぱら分析的科学が食育の分野で大手を振るっていることを批判しておりますが、わたくしはむしろ逆を心配しておりますよ。

 著者は、脳のエネルギーがブドウ糖のみであるという恣意的な内容が『学校給食』に載っていることを問題視しています。なぜなら、管理栄養士で農学博士である河合知子の言を引いて、『学校給食』を「学校給食関係者を主たる読者とし、かつ現場への影響がつよいと考えられる専門誌」であると考えているからです。

 しかしそれを言うのであれば、著者イチオシのマクロビだって学校給食に載ったんです。著者の考える「科学」は、著者の考えているよりもはるかに、食育に食い込んでいるのですよ。

*1asin:4750330523

*2asin:B000J7OY7Yasin:4567514734

*3:だって、不誠実な態度はそれだけじゃないからね。著者もそのあとで指摘しているけれども、朝食とテストの関係とか、ほかに様々な要素のあるなかで相関関係が見られたというだけなのに、いつの間にか因果関係であるかのように騙って「朝ごはん」運動を推進しているし。ケトン体については好意的に見ることができるけど、こっちはそうは行かないよ。

*4:というより、「空腹が」または「食間が」と言ったほうがわかりがいい

*5asin:4621078011これだってそれなりに定評のある生化学教科書なんでしょ。

*6:甲田療法、といったほうがいいんでしょうか。

*7:なんて言ったらいけないのかもしれないですが。

*8食生活指針については、一定の評価を与えているようです。ですので、食事バランスガイドもまた、たぶん一定の評価をもらえるのでしょう。

*9:だってそのほうが面白いんだもーん。

*10:食糧、食品、料理、栄養素の4つ。

*11:たぶん、現代栄養学の側からもこの手の批判は上がっていると思う。だからこそ、食生活指針であり、食事バランスガイドであるわけだ。WHOだかFAOだかも、栄養素ベースではなく料理ベースでの指針を出しなさいとアナウンスしていたと思う。

*12:というか、わたくしはそう聞きました。

*13:と言っても、栄養学を学ぶはずの学校で「身土不二」の言葉が肯定的に使われていたりするんだけどね。

*14:と勝手に決めつけます。あくまで本書を読んでわたくしなりに落とし込んだ「身土不二」でしかないのですが。

*15:現代は離れられるし、離れなくても環境からの悪影響を少なくできるんだけどね。

*16:著者が言うには、「科学的に導かれた認識」であるのだから

*17:しかしささやかではあるけれども、わたくしはこの認識にも疑問がある。狩猟時代の人たちはものすごく栄養状態が良くて、その結果としてとても身長が高い。彼らの身長に再び追いつくのって、19世紀後半だか20世紀だかじゃなかった? だとすれば、それほど空腹にあえいでいたとは思えないんだけど。

2009-06-18

朝食を欠食すると、グルコースが不足すると言うけれど

 教科書では、血糖値は空腹時血糖で70〜110mg/dlに維持されていると言います。しかしながら、一方で朝食摂取を促す言説によれば、朝食を摂取しないとブドウ糖が枯渇して脳に十分なエネルギーが行かなくなってしまうと言います。これは、一見したところ矛盾ではないかと思うのです。

 血糖値は70〜110mg/dlに維持されているのだから、朝食を摂取しなかったところでグルカゴンやらコルチゾールやら、それらホルモンによって血糖は維持されるのではないかと思うのです。であれば、グルコースが不足して脳にエネルギーが行かないなどという言説は、民衆が朝食を摂取することによって潤う、朝食販売業者による悪辣な嘘ということになります。

 では、実際朝食をとらないと血糖値はどこまで下がるのでしょうか。

 「朝食の摂取習慣と摂食の有無が男子大学生の体温、血糖値と自覚症状に及ぼす影響」は、朝食の摂取習慣の有る無しでグループ分けし、それぞれが朝食を摂取した場合、朝食を欠食した場合の影響を調べた研究です*1。これによれば、朝食摂取習慣の有る無しに関わらず、すべての群で朝食摂取前(8:10)の血糖値は80〜85mg/dl、朝食を摂取した群は朝食後(8:30)に血糖値が上昇し120〜140mg/dlに、10:20の測定では110mg/dl付近、昼食摂取前(11:50)は90mg/dlほどで、昼食摂取後(12:30)にまた上昇しています。

 対して朝食摂取なしの群では、8:30の測定で80〜90mg/dl、10:20で75〜85mg/dl、11:50でも同じく75〜85mg/dlとなっています。昼食摂取後(12:30)では、朝食摂取習慣のある群で140mg/dl、朝食摂取習慣のない群で120mg/dlと、有意差はないようですが、朝食摂取習慣のある群のほうがより血糖値が高くなる傾向が見られます。

 この結果だと、朝食摂取しない群でも、教科書通り血糖値70mg/dlを維持しています*2。もちろん維持しているからと言って問題無しなのかどうかはわかりませんが、健常者の空腹時血糖の範囲内に維持されているのですから、本当に「グルコースが不足して脳にエネルギーが行かない」のかどうかは疑わしく思います。

 また「33時間絶食時運動負荷後の血漿ホルモン、血糖、乳酸、遊離脂肪酸およびグリセロール濃度の消長」では、運動負荷前の食後12時間後、24時間後、30時間後、33時間後にも各ホルモンや血糖の血中濃度を測定しています。これによれば、33時間絶食後運動を負荷する群で食後12時間の血糖値が77.4±5.3mg/dl、コントロールとして食事摂取後に運動を負荷する群(だけどこの群も、食後12時間時点ではまだ食事をしていない)で79.9±11.0mg/dlです。これが食後24時間になると、絶食群の血糖値は68.5±6.3mg/dlと、平均では70mg/dlを割りこんで、以後食後33時間の測定まで同じような血糖値を維持します*3

 この結果を見ると、一応教科書の正常範囲を正常にエネルギーが供給される範囲と仮定すれば、食後12時間から食後24時間のどこかで、正常にエネルギーが供給されなくなる、「グルコースが不足して脳にエネルギーが行かない」状態になるということになります。

 それを裏付ける、かどうかはわかりませんが、遊離グリセロールが食後12時間で0.085±0.023と0.072±0.007mM/Lだったものが、食後24時間で0.132±0.045mM/Lと、かなり増加しています*4。同論文では「肝グリコーゲン含量はほぼ24時間の絶食で枯渇する」との先行研究を挙げて、

絶食約18時間経過頃から脂質代謝が急激に亢進し、エネルギー源として脂肪組織から脂肪酸の供給および肝における糖新生の基質としての脂肪酸を供給したのかも知れない。

(「33時間絶食時運動負荷後の血漿ホルモン、血糖、乳酸、遊離脂肪酸およびグリセロール濃度の消長」)

としてます。

 細かなことを言えば脂肪酸は糖新生の材料にはなりませんが、グリセロールは糖新生の材料となり得ます。遊離グリセロールは食後24時間で増加していますから、食後12時間から24時間のどこかで、糖新生亢進のスイッチが入っている可能性があります。このことから考えても、食後12時間から24時間のどこかというのがポイントになっているように思えます。

 前日の夕食を午後8:00までに食べ終えて朝食食べずにお昼12:00を迎えたとすれば、食後16時間ですか。うん、やっぱり食べといたほうが無難だと思います。

そうは言っても、やっぱり疑わしい。

 以上の結論は、文中でもふれているように、「一応教科書の正常範囲を正常にエネルギーが供給される範囲と仮定すれば」という仮定に基づいています。血糖値が低下傾向にあって、糖新生が亢進している状態だと、本当に「脳にエネルギーが行かない」のかどうかは疑問が残ります。だって、脳のエネルギーを確保するための糖新生だし血糖値維持でしょ。

 「朝食の摂取習慣と摂食の有無が男子大学生の体温、血糖値と自覚症状に及ぼす影響」はその考察で、

朝食を摂取することにより(略)エネルギー基質を脂質依存型から糖質依存型に移行させることで、その日の午前中の活動に向けて身体の状態を休止モードから活動モードに切り替えているのではないかと考えられた。

と言っていますが、これも突っ込みの余地はだいぶあると思うのです。脂質依存糖質依存と言うけれど、脳は脂質をエネルギーになんかできない、常にグルコース(+少しのケトン体)なわけで、それをいうなら脳は常に糖質依存だよ。とか、ならインスリン作用不足で骨格筋等がグルコースをあまり取り込めない2型糖尿病の人は脂質依存型だろうから、その人たちは常に休止モードなのか、とか。

 そんなわけで、ここら辺の疑問を解決してくれそうなの希望。

*1:朝食摂取習慣のある群12名、ない群12名を対象。

*2:以前朝食を欠食すると昼食摂取後の血糖上昇が著しいというのを見たのですが、今回の結果で朝食欠食群と朝食摂取群でそのような違いは見られません。むしろ、有意差はないようですが、朝食摂取習慣の有る無しで異なった傾向が見られるようです。朝食摂取習慣のある群では、朝食欠食・朝食摂食の両群でともに140mg/dl前後、朝食摂取習慣のない群では、欠食摂食両群で120mg/dl前後と、同じような値になっています。

*3:面白いのは、摂食群で運動負荷直前、朝食後3時間後の測定で、血糖値が71.7±5.7mg/dlと低い値になっている。

*4:摂食群の夕食後5時間で0.054±0.026mM/L、起床時で0.063±0.032、朝食後3時間で0.066±0.030mM/Lだから、食後12時間時点ではそれほどでもなく、食後24時間ではかなり遊離グリセロールが増加している、と思われます。

2009-04-08

糖新生のお勉強

 解糖系のお勉強の繰り返しになるけど、解糖とはグルコース(炭素数6)がピルビン酸(炭素数3)に代謝されるまでの反応です。

 ピルビン酸はそのあとピルビン酸デヒドロゲナーゼという酵素でアセチルCoA(炭素数2)になり、アセチルCoAはオキサロ酢酸(炭素数4)と反応してクエン酸(炭素数6)になります。そのあと、クエン酸はなんだかんだと炭素を手放しながら*1エネルギーを生産し、最終的に炭素数4まで減らしてオキサロ酢酸になります。そこにアセチルCoAがやってきて、というクエン酸→オキサロ酢酸サイクルを、TCAサイクルと呼ぶわけです。

 さて、糖新生は解糖系をさかのぼる反応なのですが、その経路には難関が待ち受けています。というのも、解糖系はおおむね可逆的なのですが、三つの不可逆反応が含まれているのです。その三つとは、

  • ヘキソナーゼによる「グルコース→グルコース6-リン酸」の反応
  • ホスホフルクトキナーゼによる「フルクトース6-リン酸→フルクトース1,6-ビスリン酸」の反応
  • ピルビン酸キナーゼによる「ホスホエノールピルビン酸→ピルビン酸」の反応

です。

 前のふたつは、それでもそのまま逆行させる酵素が別にあるのですが、最後のホスホエノールピルビン酸→ピルビン酸の反応については、逆行させる酵素がありません。したがって、ピルビン酸から糖新生を行うには、

  1. ピルビン酸カルボキシラーゼによる「ピルビン酸→オキサロ酢酸」の反応
  2. ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼによる「オキサロ酢酸→ホスホエノールピルビン酸」の反応

と二段階を踏んで*2、解糖系の中間体に戻って糖新生を行うことになります。

 糖原生アミノ酸は、ピルビン酸や、TCAサイクル内の代謝物であるオキサロ酢酸、α-ケトグルタル酸、フマル酸に代謝されるので、上記の反応によってグルコースまでたどり着くことができます。また、グリセロールもフルクトース1,6ビスリン酸*3に代謝されるので、グルコースになることができます。

 ということで「たんぱく質*4はグルコースになりますよ!(あと脂質*5も!)」なわけなんですが、ただそれとは関係なく糖新生で一番重要だと思ったのは、

アセチル-CoAを生成するピルビン酸デヒドロゲナーゼの反応は不可逆であり、アセチル-CoAからの2つの炭素単位がクエン酸回路に入っても、オキサロ酢酸が生じる前に二酸化炭素として2つの炭素原子は消失する。このことは、アセチル-CoA(そして、アセチル-CoAを生じるいかなる基質も同様)はけっして糖新生には使われないことを意味している。

(『イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書27版』p154)

これでしょう。

 アセチルCoAはいくらできても糖新生には使われない。だから、脂肪酸のβ酸化でアセチルCoAたくさん作ってエネルギー産生の準備OK! だとしても、それは以前見たように*6ピルビン酸カルボキシラーゼの活性を増加させてピルビン酸→オキサロ酢酸の反応を促進してTCAサイクルに入るかもしれないし、あるいは寂しくケトン体を生成し続けるかもしれないけれども、どちらにしても血糖上昇には利用されないんです。

 図で見ると、アセチルCoAはTCA入るし、TCA入るということはオキサロ酢酸になるから、ついそこからグルコースまで逆行できると勘違いしてしまったけど*7、TCA回る間に炭素2つ消えてもとのオキサロ酢酸に戻るだけなんですね。オキサロ酢酸の量にもピルビン酸の量にも影響与えないんだから、そりゃグルコース増えないわ。

*1:たぶん、敷金とか礼金とかそういうのでしょう。ともに炭素1つ分で。

*2:厳密に言えば、オキサロ酢酸からTCAサイクルを逆行してリンゴ酸になり、ミトコンドリアの外に出てからまたオキサロ酢酸になる、という段階もある。

*3:フルクトースの代謝でおなじみの。

*4:糖原生アミノ酸は「アミノ酸」だからたんぱく質の代謝産物ね。

*5:一般的な脂質である中性脂肪は、グリセロールに脂肪酸が三つ結合したもの。

*6:「ピチャンジャラ族はやっぱり糖なしでもいいかもしれない」と「ケトン体補足

*7:僕だけですか? そうですか。