備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

改定後のGDP統計からみた貯蓄投資バランス

 貯蓄投資バランスとは、国民経済計算確報の資本勘定から推計した資本調達(貯蓄)と資本蓄積(投資)の差額である。実際の勘定(統計表)では、借方と貸方の差額が「純貸出(+)/純借入(-)」として、貸方に計上される。つまり、資本勘定とは、一国経済(および制度部門別)の貯蓄と投資のフローを実物面からみたもので、貯蓄投資バランスは、一国経済(および制度部門別)の資金余剰(不足)の実態を示すものだといえる。なお、資本勘定が実物面からみたものとすれば、金融面からみたものが金融勘定である。金融勘定では、貸方と借方の差額が「純貸出(+)/純借入(-)」として、資本勘定とは逆に借方に計上され、概念上は資本勘定のそれと一致するものとなる*1

 これまで、日本経済の実情、特にデフレ下における資金余剰の実態をみる上で、実物面からの貯蓄投資バランスを重視してきた。これまでの分析をおさらいすると、家計部門(個人企業を含む)の貯蓄が縮小する中、企業部門(非金融法人企業)の貯蓄が増加し、企業部門には内部留保により富を内部に蓄積させる傾向がみられた。企業の投資意欲が低下すれば、ひいては貨幣乗数が低下し信用創造が働きにくくなることから、デフレを深化させることにもつながる。一方、家計部門とともに企業部門の資金余剰を受ける形で貯蓄を縮小させてきたのが政府部門(一般政府)であった。
 昨年末から今年にかけ、国民経済計算確報の数値が国連2008SNA基準への対応等により大幅に改訂された。これを受け、上述のようなこれまでの傾向が改定後の国民経済計算確報においてどのようになったのか、改めて確認する*2

 まずは、一国全体での貯蓄と投資の推移を名目GDPに対する比率で確認する*3。近年の動きを追うと、貯蓄投資バランスは2001年から2007年にかけしだいに拡大し、その後2010年をピークに縮小する過程にあったが、2015年は再び拡大した。
 なお、貯蓄投資バランスは、純輸出と海外からの所得の純受取の合算額に概ね一致する。貯蓄投資バランスの縮小過程では純輸出の減少も続いており、実際この間、円安であったにも拘わらず輸出の低迷が指摘された時期もみられた。一方、これを資本勘定の側からみると、投資が増加傾向にあった一方で貯蓄が減少しており、このことが貯蓄投資バランス縮小の要因となっている。

 ところが2015年は一転して貯蓄が大きく増加し、貯蓄投資バランスも拡大した。改めて貯蓄投資バランスの推移を制度部門別にみると、長期的には家計部門の貯蓄超過幅がしだいに縮小する一方で、企業部門が投資超過から貯蓄超過に転換し、その後の貯蓄超過幅も拡大する傾向であることに変わりがない。一方、近年の動きに特徴的なのが一般政府である。一国全体の貯蓄投資バランスが縮小する中、一般政府では拡大傾向にあり、足許2015年の貯蓄投資バランスの拡大にも、企業部門とともに一般政府の寄与がみられる。

 3年ほど前のエントリーにおいて、期待インフレ率がゼロに近い中で消費税率を引き上げることは、デフレを深化させることになり、「量的・質的金融緩和」を始めとした現下の経済政策とも不整合であることを指摘したが、その中で以下のように記載した。

 なお、今回の消費増税は、その全額を社会保障財源に充てるとされている。増税分が介護・福祉サービス等に従事する者の賃金や各種の社会保障給付に回るのであれば、これらは再分配政策の範疇であり、それ自体が現下の経済政策と不整合なものではない。しかしそうではなく、公債償還等に回るのであれば、一国全体の貯蓄の増加につながり、総需要にはマイナスに働く。いずれにせよ、このあたりの資金の流れはみえにくい。

http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20140402/1396436820

 一般政府の貯蓄投資バランスの推移をみる限り、消費税率の引き上げを含めたこの間の財政の動きは、金融緩和政策とは明らかに不整合であったと指摘できそうである。金融緩和を続けても、財政が資金を吸収するのであれば、市中の貨幣量の増加は限られ、ひいては物価上昇率をも抑制する。また、このことは賃金の抑制にもつながり得る。企業の投資意欲が低いことも、一面としては、そうした文脈の中から考えることができる。目標インフレ率を達成するため、相応の賃上げを行い、消費や投資を喚起することによって経済の好循環を達成したいのであれば、こうした政策と整合的な財政政策を行うことが求められよう。

*1:実際は、推計に使用する基礎統計の違い等から一致しない。

*2:なお、本稿では改定前後の詳細な比較は行わない。

*3:本稿における貯蓄投資バランスは、貯蓄(貯蓄+純資本移転+固定資本減耗)から投資(総固定資本形成+在庫品増加+土地の純購入)を引いた金額であるが、一国全体の資本勘定における「純貸出(+)/純借入(-)」はこれに統計上の不突合を加えたものであるため一致しない(制度部門別の勘定では一致)。