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2016-06-22-水

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補給物資

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神社百景DVDコレクション全国版3 熊野三山

明らかに編輯は出雲大社伊勢神宮と違う。伊藤英明が前に出すぎに対して堤真一が声のみとなります。カメラワークには少々不安定に見えます。

もっと熊野古道を紹介してくれればよかったかもしれません。神倉神社漏れないのは有り難い話で、花の窟も紹介できればさらにいいではないかと。

もし南方熊楠折口信夫モデルとした三島由紀夫『三熊野詣』の話があればなお更有り難くなります。



万葉集試訳

0815 梅花歌卅二首 【并序。】

 天平二年正月十三日,萃于帥老之宅,申宴會也。于時,初春令月,氣淑風和。梅披鏡前之粉,蘭矗禪綰傾瓠2丹福そ賣羂椡澄ぞ廠殕綣傾蓋,夕岫結霧,鳥封穀而迷林。庭舞新蝶,空歸故鴈。於是,蓋天坐地,促膝飛觴。忘言一室之裏,開衿煙霞之外。淡然自放,快然自足。若非翰苑,何以攄情。請紀落梅之篇,古今夫何異矣。宜賦園梅,聊成短詠。

大伴旅人山上憶良


短詠 【卅二之一。】

 武都紀多知 波流能吉多良婆 可久斯許曾 烏梅乎乎岐都都 多努之岐乎倍米 【大貳紀卿。】

 正月立(むつきた)ち 春來(はるのきた)らば 如是(かく)しこそ 梅(うめ)を招(を)きつつ 樂(たの)しき終(を)へめ 【大貳紀卿(だいにききゃう)。】

 每逢正月至 東風解冰春臨者 歲歲復年年 如是招梅迎新春 盡歡宴飲慶復始

紀男人 0815

「并序」,此序作者有諸說。催宴者乃大伴旅人,而實質作者蓋山上憶良乎。語中多見王羲之「蘭亭序」、王勃、駱賓王詩序之影。

「帥老」,此云大宰帥大伴旅人,年方六十六。老為敬稱。依之可知序之實質作者非旅人

「初春令月,氣淑風和。」,令月乃佳月之意,此譽正月而為言。氣指氣象、氣候。『蘭亭序』有「天朗氣清,惠風和暢。」之語。

「梅披鏡前之粉」,此以女性鏡前白粉之妝,喻梅花色之白。梁何遜『詠春風』云:「鏡前飄落粉。」

「蘭矗禪綰傾瓠廖ね乃芝蘭,或指同心之友。珮乃納各種香而繫於腰間之袋。後字相對前句鏡前而言。

「松掛羅而傾蓋」,羅乃薄絹,蓋為貴仁出門時所用之長傘。

「岫」,或坐峰,開穴之山形

「鳥封穀而迷林」,穀乃薄絹之類,或云霧穀。穀字「禾」實乃「糸」字。

「故鴈」,去年亦來之鴈。故字相對於新蝶。

「蓋天坐地」,典出『淮南子』「以天為蓋,以地為輿。」

「促膝飛觴」,促膝表親睦,飛觴表酒杯來回之狀。

「翰苑」,詩文之苑,此云文筆。

「園梅」,梁簡文帝有「園梅斂新衰」之語。

「梅(うめ)を招(を)きつつ」,招待迎梅。將梅花擬人化之語。

「樂(たの)しき終(を)へめ」,盡歡,『萬葉集』中多指飲酒之樂。


0816 【承前,卅二之二。】

 烏梅能波奈 伊麻佐家留期等 知利須義受 和我霸能曾能爾 阿利己世奴加毛 【少貳小野大夫。】

 梅花(うめのはな) 今咲(いまさ)ける如(ごと) 散過(ちりす)ぎず 我(わ)が家園(へのその)に 在(あり)こせぬかも 【少貳小野大夫(せうにをのだいぶ)。】

 今見此梅花 盛咲之後未散盡 風情洽宜矣 還願吾家庭園間 殘梅如是莫盡落

小野老 0816

「我(わ)が家(へ)」,「我(わ)が家(いへ)」之略,或略作「我家(わぎへ)」。

「在(あり)こせぬかも」,「こせ」為「くれる」之意,而「ぬかも」表希求

0817 【承前,卅二之三。】

 烏梅能波奈 佐吉多流僧能能 阿遠也疑波 可豆良爾須倍久 奈利爾家良受夜 【少貳粟田大夫。】

 梅花(うめのはな) 咲(さ)きたる園(その)の 青柳(あをやぎ)は 蘰(かづら)にすべく 成(なり)にけらずや 【少貳粟田大夫(せうにあはただいぶ)。】

 今見梅花咲 一片繁開此園間 青柳發新僉’酬覦揄鴇首上 芽生更新湧命息

粟田人上 0817

「蘰(かづら)」,以蔓性植物或柳枝結為輪狀之髮飾。

「成(なり)にけらずや」,表示某事實,喚起注意或求取同意之語法。

0818 【承前,卅二之四。】

 波流佐禮婆 麻豆佐久耶登能 烏梅能波奈 比等利美都都夜 波流比久良佐武 【筑前守山上大夫。】

 春去(はるさ)れば 先咲(まづさ)く宿(やど)の 梅花(うめのはな) 獨見(ひとりみ)つつや 春日暮(はるひく)らさむ  【筑前守山上大夫(ちくぜんのかみやまのうへだいぶ。)】

 每臨新春至 身居早咲宿庭間 獨見翫春梅 隻身吟味無人擾 終日如此暮春時

山上憶良 0818

「宿(やど)」,人所居住之空間,且多指植有草木庭院之處。ど字當為甲類萬葉假名,原文作「耶登」者違例。

「獨見(ひとりみ)つつや」,詠嘆句法。按獨字可知憶良所處為自宅。

0819 【承前,卅二之五。】

 余能奈可波 古飛斯宜志惠夜 加久之阿良婆 烏梅能波奈爾母 奈良麻之勿能怨 【豐後守大伴大夫。】

 世中(よのなか)は 戀繁(こひしげ)しゑ哉(や) 如是(かく)しあらば 梅花(うめのはな)にも 成(な)ら益物(ましもの)を 【豐後守大伴大夫(とよくにのみちのしりのかみおほともだいぶ)。】

 空蟬憂世間 心煩戀苦如是哉 與其處火宅 不若化作梅花者 反得逍遙獲自在

大伴三依 0819

「戀繁(こひしげ)しゑ哉(や)」,「繁(しげ)し」表毫無間斷,「ゑ」表痛苦、不快之情感之感動詞。「哉(や)」為詠嘆助詞

「梅花(うめのはな)にも 成(な)ら益物(ましもの)を」,讚歎、稱羨無心之梅花。

「豐後守大伴大夫」,未詳。或指大伴三依,或指大伴宿禰麻呂。

0820 【承前,卅二之六。】

 烏梅能波奈 伊麻佐可利奈理 意母布度知 加射之爾斯弖奈 伊麻佐可利奈理 【筑後守葛井大夫。】

 梅花(うめのはな) 今盛(いまさか)り也(なり) 思(おも)ふ共(どち) 髮插(かざ)しにしてな 今盛(いまさか)り也(なり) 【筑後守葛井大夫(ちくごのかみふぢゐだいぶ)。】

 梅花匂清雅 今時盛開咲一面 志同道合者 速速折枝以髻首 梅今盛咲誠絢爛

葛井大成 0820

「思(おも)ふ共(どち)」,氣同道合之同志、夥伴。

「髮插(かざ)しにしてな」,「髮插(かざ)し」乃「髮插(かみざ)し」之略。以花木之枝次於髮上為飾。て乃完了助詞つ之未然形。な乃接於未然形後表意志與勸誘之終助詞


0821 【承前,卅二之七。】

 阿乎夜奈義 烏梅等能波奈乎 遠理可射之 能彌弖能能知波 知利奴得母與斯 【笠沙彌。】

 青柳(あをやなぎ) 梅(うめ)との花(はな)を 折餝(をりかざ)し 飲(の)みての後(のち)は 散(ち)りぬ共良(ともよ)し 【笠沙彌(かさのさみ)。】

 今摘青柳花 又折白梅花以餝 髻首蔓與枝 盡歡宴飲酒酣後 散華吹雪亦宜矣

沙彌滿誓 0821

青柳(あをやなぎ) 梅(うめ)との花(はな)を」,破格表現,當為「青柳と梅の花とを」。柳多作為蔓,但亦時有插頭之例。(1856)

「折餝(をりかざ)し」,由573「鉐變り 白けても」可知滿誓乃帶髮沙彌。

「散(ち)りぬ共良(ともよ)し」,放任表現。在宴飲之後,花散亦無不可。

0822 【承前,卅二之八。】

 和何則能爾 宇米能波奈知流 比佐可多能 阿米欲里由吉能 那何列久流加母 【主人。】

 我(わ)が園(その)に 梅花散(うめのはなち)る 久方(ひさかた)の 天(あめ)より雪(ゆき)の 流來(ながれく)る哉(かも) 【主人(あるじ)。】

 梅散吾苑中 落花紛紛添皓白 疑是久方遙 遠自萬丈高天上 飄舞零雪流來哉

大伴旅人 0822

「天(あめ)より雪(ゆき)の 流來(ながれく)る哉(かも)」,以雪欲花落之狀。流者乃雨、雪、花等持續降下之狀。以雪喻梅者,多見於六朝詩。旅人於『懷風藻』亦有詩云「鄒情既遠 迪古道惟新 穆穆四門客 濟濟三人 梅雪亂殘岸 煙霞接早春 共遊聖主澤 同賀擊壤仁」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kaifuu/kaifuu02.htm#ootomo_tabito

0823 【承前,卅二之九。】

 烏梅能波奈 知良久波伊豆久 志可須我爾 許能紀能夜麻爾 由企波布理都都 【大監伴氏百代。】

 梅花(うめのはな) 散(ち)らくは何方(いづ)く 然(しか)すがに 此城山(このきのやま)に 雪(ゆき)は降(ふ)りつつ 【大監伴氏百代だいけんばんじのももよ。】

 汝云梅花落 所謂散華在何方 迴見顧四方 此城山間無花落 唯有零雪降紛紛

大伴百代 0823

「散(ち)らくは何方(いづ)く」,此云花散之處在何方。

「然(しか)すがに」,雖述如此,然而實際上...

「此城山(このきのやま)に」,指大野山。用此字以大宰府可見該山,而指稱之。

此歌否定前曲所述,按序文時節,蓋不能見落梅。故全卅二首除本曲外雖多詠落梅,或許實則為文學上之虛構。


0824 【承前,卅二之十。】

 烏梅乃波奈 知良麻久怨之美 和我曾乃乃 多氣乃波也之爾 于具比須奈久母 【少監阿氏奧嶋。】

 梅花(うめのはな) 散(ち)らまく惜(をし)み 我(わ)が園(その)の 竹林(たけのはやし)に 鶯鳴(うぐひすな)くも 【少監阿氏奧嶋(せうけんあじのおきしま)。】

 梅花咲而落 蓋是惜此梅早謝 吾宿庭園間 竹林之中鶯發鳴 啼泣惋惜音不斷

安倍奧嶋 0824

「我(わ)が園(その)の」,此句當指作者自宅之園,而非旅人之苑。

「鶯鳴(うぐひすな)くも」,『古今集』中蟲鳥啼鳴,多有影射人類涕泣之訴。『萬葉集』中此歌亦為類例。原文「怨之美(惜しみ)」字亦含歎恨花謝之情。


0825 【承前,卅二十一。】

 烏梅能波奈 佐岐多流曾能能 阿遠夜疑遠 加豆良爾志都都 阿素毗久良佐奈 【少監土氏百村。】

 梅花(うめのはな) 咲(さ)きたる園(その)の 青柳(あをやぎ)を 蘰(かづら)にしつつ 遊暮(あそびく)らさな 【少監土氏百村(せうけんとじのももむら)。】

 梅花味清雅 盛咲一面此庭間 手折青柳枝 編織為縵作遊樂 盡歡終日此園中

土師百村 0825

「蘰(かづら)にしつつ」,本句つつ有數人一同施行相同動作之意。

「遊暮(あそびく)らさな」,遊ぶ亦有飲宴之意。

0826 【承前,卅二十二。】

 有知奈毗久 波流能也奈宜等 和我夜度能 烏梅能波奈等遠 伊可爾可和可武 【大典史氏大原。】

 打靡(うちなび)く 春柳(はるのやなぎ)と 我(わ)が宿(やど)の 梅花(うめのはな)とを 如何(いか)にか分(わか)む 【大典史氏大原(だいてんしじのおほはら)。】

 搖曳隨風動 擺盪春柳無限好 其與吾庭間 如雪暗香白梅花 如何分別孰優哉

大原 0826

「打靡(うちなび)く」,春之枕詞。每逢春至,草木伸展,隨風飄盪,故此。

「如何(いか)にか分(わか)む」,分在此有識別、判斷優劣之意。

0827 【承前,卅二十三。】

 波流佐禮婆 許奴禮我久利弖 宇具比須曾 奈岐弖伊奴奈流 烏梅我志豆延爾 【小典山氏若麻呂。】

 春去(はるさ)れば 木末隱(こぬれがく)りて 鶯(うぐひす)そ 鳴(な)きて去(い)ぬなる 梅(うめ)が下枝(しづえ)に 【小典山氏若麻呂(せうてんさんじのわかまろ)。】

 每逢新春至 隱於木末樹梢之 鶲鳥樹鶯兮 發鳴啼春更飛去 移行下枝迎春暖

山口若麻呂 0827

「木末(こぬれ)」,「木末(このぬれ)」之略。末(ぬれ)乃事物之先端,梢。

「鳴(な)きて去(い)ぬなる」,なる表推定傳聞。

0828 【承前,卅二十四。】

 比等期等爾 乎理加射之都都 阿蘇倍等母 伊夜米豆良之岐 烏梅能波奈加母 【大判事丹氏麻呂。】

 人每(ひとごと)に 折餝(をりかざ)しつつ 遊(あそ)べども 彌珍(いやめづら)しき 梅花(うめのはな)かも 【大判事丹氏麻呂(だいはんじたんじのまろ)。】

 人每折其枝 插頭近首髻以為餝 如此宴遊樂 然見彼花不厭飽 彌珍愛之梅花矣

丹治比 0828

「彌珍(いやめづら)しき」,更令人憐。「珍(めづら)し」有可愛之意。

0829 【承前,卅二十五。】

 烏梅能波奈 佐企弖知理奈波 佐久良婆那 都伎弖佐久倍久 奈利爾弖阿良受也 【藥師張氏福子。】

 梅花(うめのはな) 咲(さ)きて散(ち)りなば 櫻花(さくらばな) 繼(つ)ぎて咲(さ)くべく 成(な)りにて非(あら)ず哉(や) 【藥師張氏福子(くすりしちゃうじのふくし)。】

 梅花咲清雅 花開花落雖可惜 然見櫻含苞 將繼梅謝再綻放 再添花色報春音

張福子 0829

「繼(つ)ぎて咲(さ)くべく 成(な)りにて非(あら)ず哉(や)」,落梅雖令人惜,然櫻已含苞待放,將繼之滿開。

「藥師」,醫師之和風表記

0830 【承前,卅二十六。】

 萬世爾 得之波岐布得母 烏梅能波奈 多由流己等奈久 佐吉和多留倍子 【筑前介佐氏子首。】

 萬代(よろづよ)に 年(とし)は來經(きふ)とも 梅花(うめのはな) 絕(た)ゆる事無(ことな)く 咲渡(さきわた)るべし 【筑前介佐氏子首(ちくぜんのすけさじのこびと)。】

 縱令千萬代 年歲流逝不復返 然此梅花者 年年常盛無絕時 咲度古今亙永久

佐伯子首 0830

「來經(きふ)」,年月流逝,日積月累之意。

0831 【承前,卅二十七。】

 波流奈例婆 宇倍母佐枳多流 烏梅能波奈 岐美乎於母布得 用伊母禰奈久爾 【壹岐守板氏安麻呂。】

 春(はる)なれば 宜(うべ)も咲(さ)きたる 梅花(うめのはな) 君(きみ)を思(おも)ふと 夜眠(よい)も寢無(ねな)くに 【壹岐守板氏安麻呂(いきのかみはんじのやすまろ)。】

 每逢新春臨 理宜綻放咲盎然 清雅梅花矣 吾每念君心浮動 夜間輾轉甚難眠

板持安麻呂 0831

「宜(うべ)」,道理如此。表以下所言為當然。

「君(きみ)を思(おも)ふと」,只要想到梅花。此以君字表梅花之擬人。

0832 【承前,卅二十八。】

 烏梅能波奈 乎利弖加射世留 母呂比得波 家布能阿比太波 多努斯久阿流倍斯 【神司荒氏稻布。】

 梅花(うめのはな) 折(を)りて髮插(かざ)せる 諸人(もろひと)は 今日間(けふのあひだ)は 樂(たの)しくあるべし 【神司荒氏稻布(かむづかさくわうじのいなしき)。】

 舉手執梅花 折枝插髮以髻首 諸人今日間 遊樂盡飲渡終日 歡愉快活似無憂

荒木稻布 0832

「樂(たの)しくあるべし」,「あるべし」於此乃「看似...之狀」之意。

「神司」,大宰府主神和風表記。荒氏蓋荒木、荒田井荒井之略。

0833 【承前,卅二十九。】

 得志能波爾 波流能伎多良婆 可久斯己曾 烏梅乎加射之弖 多努志久能麻米 【大令史野氏宿奈麻呂。】

 每年(としのは)に 春來(はるのきた)らば 如是(かく)しこそ 梅(うめ)を髮插(かざ)して 樂(たの)しく飲(の)まめ 【大令史野氏宿奈麻呂(だいりょうしやしのすくなまろ)。】

 每年逢春來 如是折梅以插頭 梅枝髻首而 歡飲盡宴以迎春 萬象復始歲更新

小野宿奈麻呂 0833

「每年(としのは)に」,年之端,而『萬葉集』4168腳注云:「每年,之をとしのはと云ふ。」

0834 【承前,卅二二十。】

 烏梅能波奈 伊麻佐加利奈利 毛毛等利能 己惠能古保志枳 波流岐多流良斯 【小令史田氏肥人。】

 梅花(うめのはな) 今盛(いまさか)り也(なり) 百鳥(ももとり)の 聲戀(こゑのこ)ほしき 春來(はるきた)るらし 【小令史田氏肥人(せうりゃうしでんじのこまひと)。】

 清雅梅花開 暗香浮動今盛也 吾待時已久 百鳥爭鳴令人眷 鳥語聲囀春來矣 

田口肥人 0834

「聲戀(こゑのこ)ほしき」,「戀(こ)ほし」蓋「戀(こ)ひし」之古形。『古事記』下有「衷戀(うらこ)ほしけむ」云云。東國語「こふし」「くふし」或為其訛音形。


0835 【承前,卅二廿一。】

 波流佐良婆 阿波武等母比之 烏梅能波奈 家布能阿素毗爾 阿比美都流可母 【藥師高氏義通。】

 春去(はるさ)らば 逢(あ)はむと思(も)ひし 梅花(うめのはな) 今日(けふ)の遊(あそび)に 相見(あひみ)つるかも 【藥師高氏義通(くすりしかうじのよしみち)。】

 吾思待春至 當得久離後相逢 清雅梅花矣 今日遊興飲宴上 蓋得有幸相見

高丘義通 0835

「逢(あ)はむと思(も)ひし」,以逢字比欲賞梅之擬人手法

0836 【承前,卅二廿二。】

 烏梅能波奈 多乎利加射志弖 阿蘇倍等母 阿岐太良奴比波 家布爾志阿利家利 【陰陽師礒氏法麻呂。】

 梅花(うめのはな) 手折髮插(たをりかざ)して 遊(あそ)べども 飽足(あきだ)らぬ日(ひ)は 今日(けふ)にしありけり 【陰陽師礒氏法麻呂(おんやうじきののりまろ)。】

 梅花咲一面 手折梅枝而髻首 遊宴盡歡飲 終日嬉戲不飽足 其日正為今日

磯部法麻呂 0836

「飽足(あ)きだらぬ」,不覺飽足、厭煩。按天草本『平家物語』、日葡辭書,「飽足(あきだ)る」皆採連濁之音。


0837 【承前,卅二廿三。】

 波流能努爾 奈久夜汙隅比須 奈都氣牟得 和何弊能曾能爾 汙米何波奈佐久 【笇師志氏大道。】

 春野(はるのの)に 鳴(な)くや鶯(うぐひす) 懷(なつ)けむと 我(わ)が家園(へのその)に 梅(うめ)が花咲(はなさ)く 【筭師志氏大道(さんししじのおほみち)。】

 新兔嫐邊屐£鳥詠春發啼鳴 欲與鶯相睦 吾家庭園花咲 一面綻開待鶯至

志紀大道 0837

「鳴(な)くや鶯(うぐひす)」,や乃間投助詞

「懷(なつ)けむと」,懷(なつ)く表不令對象遠離,與之親睦之意。

「梅(うめ)が花(はな)」,が與の同,而熟合度勝於の。『古事記』等更常用が字。『萬葉集』依場合亦有可用の而刻意用が之例。


0838 【承前,卅二廿四。】

 烏梅能波奈 知利麻我比多流 乎加肥爾波 宇具比須奈久母 波流加多麻氣弖 【大隅目榎氏鉢麻呂。】

 梅花(うめのはな) 散紛(ちりまが)ひたる 岡邊(をかび)には 鶯鳴(うぐひすな)くも 春片設(はるかたま)けて 【大隅目榎氏鉢麻呂(おほすみのさくわんかじのはちまろ)。】

 梅花開而謝 零落舞散降紛紛 於彼岡邊者 鶯鳥徘徊發啼鳴 是知時節春至矣

榎井鉢麻呂 0838

「岡邊(をかび)には」,び乃邊之意,用法同於神奈備(かむなび)山之備字。

「春片設(はるかたま)けて」,「片設(かたま)く」表某時期之到來。

0839 【承前,卅二廿五。】

 波流能努爾 紀理多知和多利 布流由岐得 比得能美流麻提 烏梅能波奈知流 【筑前目田氏真上。】

 春野(はるのの)に 霧立渡(きりたちわた)り 降雪(ふるゆき)と 人(ひと)の見(み)る迄(まで) 梅花散(うめのはなち)る 【筑前目田氏真上(ちくぜんのさくわんでんじのまかみ)。】

 新兔嫐邊屐〕瓜霧湧白一面 人目見之者 疑為皓雪降紛紛 寔是梅花散吹雪

田中真上 0839

「春野(はるのの)に 霧立渡(きりたちわた)り」此句有修飾第三句「降雪(ふるゆき)と」之說,亦有修飾第五句「梅花散(うめのはなち)る」之說,未詳孰是。

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2016-06-16-木

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■補給物資

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万葉集試訳

0800 令反惑情歌一首 【并序。】

 或有人,知敬父母,忘於侍養,不顧妻子,輕於脫屣,自稱倍俗先生。意氣雖揚青雲之上,身體猶在塵俗之中。未驗修行得道之聖,蓋是亡命山澤之民。所以指示三綱,更開五教,遺之以歌,令反其惑。歌曰:

 父母乎 美禮婆多布斗斯 妻子美禮婆 米具斯宇都久志 余能奈迦波 加久敘許等和理 母智騰利乃 可可良波志母與 由久弊斯良禰婆 宇既具都遠 奴伎都流其等久 布美奴伎提 由久智布比等波 伊波紀欲利 奈利提志比等迦 奈何名能良佐禰 阿米弊由迦婆 奈何麻爾麻爾 都智奈良婆 大王摩周 許能提羅周 日月能斯多波 雨麻久毛能 牟迦夫周伎波美 多爾具久能 佐和多流伎波美 企許斯遠周 久爾能麻保良敘 可爾迦久爾 保志伎麻爾麻爾 斯可爾波阿羅慈迦

 父母(ちちはは)を 見(み)れば尊(たふと)し 妻子見(めこみ)れば 慈愛(めぐしうつく)し 世間(よのなか)は 如是(かく)ぞ理(ことわり) 黐鳥(もちどり)の 繫(かか)らはしもよ 行方知(ゆくへし)らねば 穿沓(うけぐつ)を 脫棄(ぬきつ)る如(ごと)く 踏脫(ふみぬ)きて 行(ゆ)くちふ人(ひと)は 石木(いはき)より 生出(なりで)し人(ひと)か 汝(な)が名告(なの)らさね 天(あめ)へ行(ゆ)かば 汝(な)が隨(まにま)に 地(つち)ならば 大君坐(おほきみいま)す 此照(このてら)す 日月下(ひつきのした)は 天雲(あまくも)の 向伏(むかぶ)す極(きは)み 谷蟆(たにぐく)の 小渡(さわた)る極(きは)み 聞食(きこしを)す 國(くに)の真秀(まほら)ぞ 云云(かにかく)に 欲(ほ)しき隨(まにま)に 然(しか)には非(あら)じか

 仰見父母者 尊敬之情生泉湧 俯瞰妻子者 慈愛之意發油然 天地六合中 理當如是世間典 當猶黐鳥之 相依相繫不離棄 行方不知所以也 或有不倫者 棄捨人倫如敝屣 脫卻穿沓而 逕自擅行不顧者 蓋自石木間 所化生出之人哉 速告汝謂何名矣 若行去高天 隨汝恣意可隨情 然今在地上 其乃大君之所治 於此所照臨 日月星辰之下者 縱為天雲之 遙遙向伏遠極界 或為谷蟆之 四處匍匐遠極境 皆披吾皇澤 御宇真秀之國矣 如此如彼而 縱欲恣情脫倫常 其非人世所容也

山上憶良 0800

「倍俗先生」,違背世俗之遁隱者。「倍」乃「背」而「先生」雖為敬稱,寔為諷刺。

亡命山澤」,「亡命」與「亡名」同,脫離名籍、戶籍者。按『賊盜律』,避課役而逃至深山沼澤,不應國司所召者,當謀反罪,處絞首刑

「三綱」,君臣、父子、夫婦之道。綱乃綱常之意。

「五教」,或云五常,父義、母慈、兄友、弟順、子孝。『戶令』有當教化蒼生五教之語。

「慈愛(めぐしうつく)し」,「慈(めぐ)し」乃可愛之情,「愛(うつく)し」乃欲庇護弱小者之情。

「黐鳥(もちどり)の」,為黐(自樹皮所取之黏液)所補之鳥。

「穿沓(うけぐつ)を」,穿孔之敝屣。

「脫棄(ぬきつ)る」、「脫棄(ぬきうつ)る」之略。「捨(うつ)」乃捨つ之古語

「行(ゆ)くちふ人(ひと)は」,「ちふ」乃「と云ふ」之略。如是這般。

「石木(いはき)より 生出(なりで)し人(ひと)か」,木石無情,此云該人無血無淚。

「汝(な)が名告(なの)らさね」,ね表希求

「地(つち)ならば 大君坐(おほきみいま)す」,「地ならば」乃「地に在(あ)らば」之略。律令制已行,則地上為天皇法治之域。憶良身為國守,有出自律令官療身分教化之意。

「谷蟆(たにぐく)の 小渡(さわた)る極(きは)み」,「谷蟆(たにぐく)」乃蛤蟆之古名。

「聞食(きこしを)す」,尊者「飲食」之敬語,轉為「治理」之用。

「然(しか)には非(あら)じか」,「然(しか)」表對象之所作所為。(不被允許)

0801 反歌 【承前。】

 比佐迦多能 阿麻遲波等保斯 奈保奈保爾 伊弊爾可弊利提 奈利乎斯麻佐爾

 久方(ひさかた)の 天道(あまぢ)は遠(とほ)し 尚尚(なほなほ)に 家(いへ)に歸(かへ)りて 業(なり)を為(し)まさに

 遙遙久方兮 天國之路道遠矣 不若識時務 歸至故里居家中 安分守己生業

山上憶良 0801

「久方(ひさかた)の」,天之枕詞

天道(あまぢ)は遠(とほ)し」,前往天上之道。此處呼應本歌「天(あめ)へ行(ゆ)かば 汝(な)が隨(まにま)に(若得行去天上,則不須為人倫理束縛,可為所欲為。)」而指其不可能

「業(なり)を為(し)まさに」,業指生業。國司之任,在勸課農桑,甕戶口。


0802 思子等歌一首并序 【并序。承前。】

 釋迦如來,金口正説:「等思眾生,如羅睺羅。」又説:「愛無過子。」至極大聖,尚有愛子之心。況乎世間蒼生,誰不愛子乎。

 宇利波米婆 胡藤母意母保由 久利波米婆 麻斯提斯農波由 伊豆久欲利 枳多利斯物能曾 麻奈迦比爾 母等奈可可利提 夜周伊斯奈佐農

 瓜食(うりは)めば 子供思(こどもおも)ほゆ 栗食(くりは)めば 益(ま)して偲(しぬ)はゆ 何(いづ)く因(よ)り 來(きた)りし物(もの)そ 眼界(まなかひ)に 元無掛(もとなかか)りて 安眠(やすい)し無(な)さぬ

 食瓜思吾子 食栗更益偲兒等 聖有愛子之心 蒼生孰不愛子乎 是以何因緣 有生於世來此矣 飄忽於眼界 無由閃現瞥面影 心陷思愁難安眠

山上憶良 0802

「金口」,佛具卅二瑞相,其一稱身金色相。金身釋迦,其口亦金,故云。

羅睺羅」,釋迦在俗,所生子名。『金光明最勝王經』如來壽品有云:「普觀眾生,愛無偏黨,如羅睺羅,惟願世尊施我一願。」

「愛無過子」,『雜阿含經』有云:「所愛無過子, 財無貴於牛, 光明無過日, 薩羅無過海。」

「瓜」,按『正倉院文書』可見青瓜、黃瓜之疇,而此概指黃瓜。方時黃瓜一只約三至五文。藤原平城宮跡有黃瓜子出土。

子供思(こどもおも)ほゆ」,ども乃表複數之接尾語。

「栗」,方時栗一升約五至八文。於果實中屬最高價之類。

「何(いづ)く因(よ)り」,以何宿緣。

「眼界(まなかひ)に」,「目(ま)な交(か)ひ」之略。

「元無(もとな)」,莫名,無理由地。

「安眠(やすい)し無(な)さぬ」,無法安寢。

0803 反歌 【承前。】

 銀母 金母玉母 奈爾世武爾 麻佐禮留多可良 古爾斯迦米夜母

 銀(しろかね)も 金(くがね)も玉(たま)も 何(なに)せむに 優(まさ)れる寶(たから) 子(こ)に及(し)かめやも

 無論銀或金 抑或珠玉之疇者 何謂優寶乎 此類雖以稀為貴 豈及吾子萬塵哉

山上憶良 0803

「銀(しろかね)も 金(くがね)も」,銀之「か」於此乃清音,金之「く」為黃(き)之交替形。

「何(なに)せむに 優(まさ)れる」,反語呼應形疑問助詞。「優(まさ)れる」有比較之意。


0804 哀世間難住歌一首 【并序。承前。】

 易集難排,八大辛苦,難遂易盡,百年賞樂。古人所歎,今亦及之。所以因作一章之歌,以撥二毛之歎。其歌曰:

 世間能 周弊奈伎物能波 年月波 奈何流流其等斯 等利都都伎 意比久留母能波 毛毛久佐爾 勢米余利伎多流 遠等徇媛拭 ̄鹽弸竿周等 可羅多麻乎 多母等爾麻可志【或有此句云,之路多倍乃,袖布利可伴之,久禮奈為乃,阿可毛須蘇毗伎。】 余知古良等 手多豆佐波利提 阿蘇比家武 等伎能佐迦利乎 等等尾迦禰 周具斯野利都禮 美奈乃和多 迦具漏伎可美爾 伊都乃麻可 斯毛乃布利家武 久禮奈為能【一云,爾能保奈須。】 意母提乃宇倍爾 伊豆久由可 斯和何伎多利斯【一云,都禰奈利之,惠麻比麻欲毗伎,散久伴奈能,宇都呂比爾家利,余乃奈可伴,可久乃未奈良之。】 麻周羅遠乃 遠刀古佐備周等 都流伎多智 許志爾刀利波枳 佐都由美乎 多爾伎利物知提 阿迦胡麻爾 志都久良宇知意伎 波比能利提 阿蘇比阿留伎斯 余乃奈迦野 都禰爾阿利家留 遠等徇媛拭〆監畆伊多斗乎 意斯比良伎 伊多度利與利提 摩多麻提乃 多麻提佐斯迦閇 佐禰斯欲能 伊久陀母阿羅禰婆 多都可豆惠 許志爾多何禰提 可由既婆 比等爾伊等波延 可久由既婆 比等爾邇久麻延 意余斯遠波 迦久能尾奈良志 多麻枳波流 伊能知遠志家騰 世武周弊母奈斯

 世間(よのなか)の 術無(すべな)き物(もの)は 年月(としつき)は 流(なが)るる如(ごと)し 取續(とりつつ)き 追來(おひく)る物(もの)は 百種(ももくさ)に 迫寄來(せめよりきた)る 娘子等(をとめら)が 娘子(をとめ)さびすと 韓玉(からたま)を 手本(たもと)に卷(ま)かし【或(ある)は此句云(このくありいは)く、白妙(しろたへ)の,袖振交(そでふりかは)し,紅(くれなゐ)の,赤裳裾引(あかもすそび)き。】 齡同子等(よちこら)と 手攜(てたづさは)りて 遊(あそ)びけむ 時(とき)の盛(さか)りを 留兼(とどみか)ね 過(す)ぐし遣(や)りつれ 蜷腸(みなのわた) 手鉐(かぐろきかみ)に 何時間(いつのま)か 霜(しも)の降(ふ)りけむ 紅(くれなゐ)の【一云(またにい)ふ、丹秀為(にのほな)す。】 面上(おもてのうへ)に 何方(いづく)ゆか 皺(しわ)が來(きた)りし【一云(またにい)ふ、常(つね)なりし,笑(ゑま)ひ眉引(まとび)き,咲花(さくはな)の,移(うつろ)ひにけり,世間(よのなか)は,斯(か)くのみならし。】 丈夫(ますらを)の 壯士(をとこ)さびすと 劍太刀(つるぎたち) 腰(こし)に取佩(とりは)き 獵弓(さつゆみ)を 手握持(たにぎりも)ちて 赤駒(あかごま)に 倭文鞍打置(しつくらうちお)き 這乘(はひの)りて 遊步(あそびある)きし 世間(よのなか)や 常(つね)に在(あり)ける 娘子等(をとめら)が 小寢(さな)す板戶(いたと)を 押開(おしひら)き い辿寄(たどりよ)りて 真玉手(またまで)の 玉手插交(たまでさしか)へ 小寢(さね)し夜(よ)の 幾許(いくだ)も有(あ)らねば 手束杖(たつかづゑ) 腰(こし)に綰(たが)ねて 彼行(かゆ)けば 人(ひと)に厭(いと)はえ 此行(かくゆ)けば 人(ひと)に憎(にく)まえ 老耆(およ)し男(を)は 如是(かく)のみならし 玉限(たまきは)る 命惜(いのちを)しけど 為術(せむすべ)も無(な)し

 空蟬憂世間 舉手無措施無術 歲月猶逝水 流年早去之所如 取續追又生 易集難排八辛苦 百種更迫來 難遂易盡無寧日 年稚娘子等 整妝容儀洽少女 取執韓玉而 纏於手本卷手腕【或有此句云,白妙敷栲兮,揮袖相振姿阿娜,胭脂真紅兮,赤裳裾矣更長引。】 與同儕子等 共相攜手齊遊戲 無憂更無慮 然以年輕若花盛 春春難久留 隨時之過年齒長 蜷腸卷貝兮 青絲烏玉濡鉐 何時轉瞬間 一如白霜降斑駁 胭脂透紅兮【一云,丹秀之所如。】 姣好妍面容顏上 何方何處至 皺紋隱現悄來矣【一云,昔日常歡笑,百媚容顏秀眉長,其猶盛花之,咲而不久早移落,所謂世間者,如斯無常久必衰。】 威武大丈夫 行狀欲猶狀士者 取配劍太刀 繫於腰間不離身 手執獵弓而 握持不懈振武功 赤駒駿驪馬 打置倭文鞍其背 騎乘更馳騁 遊獵四方步野間 如此人生者 豈得常在亙永遠 稚齡娘子等 小寢香閨之板戶 押開潛入室 隱忍辿寄為逢鵝≦細真玉手 執子玉手交枕眠 如此相寢夜 竟得幾許有之哉 盛年早流逝 執手束杖綰腰間 行至彼方者 為人所厭受忌避 來至此方者 為人所憎為所嫌 老耆之男者 年邁之後蓋如斯 玉限魂極矣 雖惜身命憐青春 然歎無術莫可為

山上憶良 0804

世間難住」,「住」乃佛語,停止、駐留之意。

「八大辛苦」,人生苦之根源四苦,生苦、老苦、病苦、死苦,併別離苦、怨憎會苦、求不得苦五陰盛苦以為八大辛苦。

「二毛」,醋咫白毛。『昭明文選』潘岳「秋興賦」有云:「我春秋三十有二,始見二毛。」

「年月(としつき)は 流(なが)るる如(ごと)し」,蓋漢語「流年」之和譯。前後有流年難駐之歎,與辛苦接踵而至之悲。

「追來(おひく)る物(もの)は」,此云八大辛苦。

「娘子(をとめ)さびすと」,さぶ意指言行洽如其狀。

「韓玉(からたま)」,舶來品之美玉。

「蜷腸(みなのわた)」,「手鉐(かぐろきかみ)」之枕詞

「何方(いづく)ゆか 皺(しわ)が來(きた)りし」,此句為將皺紋擬人化表現

「眉引(まとび)き」,如引眉尾之長狀。

「獵弓(さつゆみ)」,幸弓,用以授獵之弓矢。

「遊步(あそびある)きし」,遊乃遊獵之意,步為馳騁四方

「い辿寄(たどりよ)りて」,摸索探詢。

「厭(いと)はえ」,面露嫌惡而避忌之狀。


0805 反歌 【承前。】

 等伎波奈周 迦久斯母何母等 意母閇騰母 余能許等奈禮婆 等登尾可禰都母

 常磐為(ときはな)す 如斯(かく)しもがもと 思(おも)へども 世事(よのことな)れば 留兼(とどみかね)つも

 雖欲如常磐 永恆久在不改易 然事與願違 諸行無常世常理 年華易逝難留駐

山上憶良 0805

 神龜五年七月廿一日,於嘉摩郡撰定。筑前國守山上憶良

常磐為(ときはな)す」,「ときは」乃「とこいは」之略。

「如斯(かく)しもがもと」,もがも乃表願望之終助詞

「世事(よのことな)れば」,老死乃世之常理。


0806 大宰帥大伴卿相聞歌二首

 伏辱來書,具承芳旨。忽成隔漢之戀,復傷抱梁之意。唯羨,去留無恙,遂待披雲耳。

歌詞兩首 【大宰帥大伴卿。】

 多都能馬母 伊麻勿愛弖之可 阿遠爾與志 奈良乃美夜古爾 由吉帝己牟丹米

 龍馬(たつのま)も 今(いま)も得(え)てしか 青丹良(あをによ)し 奈良都(ならのみやこ)に 行(ゆ)きて來(こ)む為(ため )

 神駒龍馬矣 吾冀今日亦能得 青丹良且秀 大和奈良寧樂京 吾欲行來會伊人

大伴旅人 0806

「來書」,旅人與住在奈良之友之相聞,按漢序隔漢、抱梁之語,蓋為女性。考旅人交友,或為丹生女王

「隔漢之戀」,牛郎織女隔銀河(銀漢)之故事。此欲筑紫奈良路遠。

「抱梁之意」,按『昭明文選』琴賦李善注,尾生與女相約僑下,然女方不來,其後川水氾濫,尾生遂抱橋腳而死。

「去留」,一方離去一方留下。『遊仙窟』有云:「所恨別易會難,去留乖隔。」

「披雲」,書儀語之一。披雲以見青天,欲見貴人之意。

龍馬(たつのま)も」,龍馬見於『昭明文選』等漢文,も表願望。

「今(いま)も得(え)てしか」,てしか亦表希求之終助詞

「青丹良(あをによ)し」,奈良枕詞。早自記紀歌謠便可多見。自古奈良山邊多產青埴而言。


0807 【承前,其二。】

 宇豆都仁波 安布余志勿奈子 奴婆多麻能 用流能伊昧仁越 都伎提美延許曾

 現(うつつ)には 逢由(あふよし)も無(な)し 烏玉(ぬばたま)の 夜夢(よるのいめ)にを 繼(つ)ぎて見(み)えこ

 空蟬現世中 苦於相思無逢由 漆遽╋妄臓〕冥夜夢欲相會 還願繼見無歇絕

大伴旅人 0807

「烏玉(ぬばたま)の」,遏¬襦¬看枕詞

「夜夢(よるのいめ)にを」,を字乃置於表意志命令之內容之下之間投助詞

「繼(つ)ぎて見(み)えこそ」,こそ乃表冀求之終助詞

類歌3108。


0808 答歌二首 【承前。】

 多都乃麻乎 阿禮波毛等米牟 阿遠爾與志 奈良乃美夜古邇 許牟比等乃多仁

 龍馬(たつのま)を 我(あれ)は求(もと)めむ 青丹良(あをによ)し 奈良都(ならのみやこ)に 來(こ)む人(ひと)の為(た)に

 神駒龍馬者 吾將探尋求來矣 何以求諸乎 奉為欲來青丹秀 奈良京之汝君也

佚名 0808

「來(こ)む人(ひと)の為(た)に 」,「為(た)」與「為(ため)」通。佛足石歌有「法(のり)の為(た)の因緣(よすか)となれり。」之例。

0809 【承前,其二。】

 多陀爾阿波須 阿良久毛於保久 志岐多閇乃 麻久良佐良受提 伊米爾之美延牟

 直(ただ)に逢(あ)はず 有(あ)らくも多(おほ)く 敷栲(しきたへ)の 枕去(まくらさ)らずて 夢(いめ)にし見(み)えむ

 不得直相逢 別離久月積累 柔細敷栲兮 依偎枕邊不欲去 只願入夢常相會

佚名 0809

「有(あ)らくも多(おほ)く」,「有(あ)らく」乃「有(あ)り」之く句法。

「敷栲(しきたへ)の」,床、枕、袖之枕詞

「夢(いめ)にし見(み)えむ」,古俗以為對方思己,則將現於己身夢中。


0810 大伴淡等謹狀

梧桐日本琴一面 【對馬結石山孫枝。】

  此琴,夢化娘子曰:「余託根遙嶋之崇巒,晞幹九陽之休光。長帶烟霞,逍遙山川之阿,遠望風波,出入鴈木之間。唯恐,百年之後,空朽溝壑。偶遭良匠,剒為小琴。不顧質麤音少,恒希君子左琴。」即歌曰:

 伊可爾安良武 日能等伎爾可母 許惠之良武 比等能比射乃倍 和我摩久良可武

 如何(いか)にあらむ 日時(ひのとき)にかも 音知(こゑし)らむ 人(ひと)の膝上(ひざのうへ) 我(わ)が枕(まくら)かむ

 何年復何月 何日何時方可得 伯樂知音者 妾欲以其膝為枕 發聲繞樑奏天籟

琴娘子 0810

「大伴淡等(たびと)」,即大伴旅人(たびと)。東大寺獻物帳亦可見此唐風之名。

「孫枝」,接近樹根所生之小枝。『昭明文選』琴賦有云:「乃斲孫枝。」

「此琴,夢化娘子」,文學虛構夢中化孃子已述生平之趣向,多摩『琴賦』、『遊仙窟』之語。https://zh.wikisource.org/wiki/%E7%90%B4%E8%B3%A6

「九陽」,天空之盡頭。『琴賦』云:「惟椅梧之所生兮,託峻嶽之崇岡。披重壤以誕載兮,參辰極而高驤。含天地之醇和兮,吸日月之休光。鬱紛紜以獨茂兮,飛英蕤於昊蒼。夕納景于虞淵兮,旦晞幹於九陽。經千載以待價兮,寂神跱而永康。」李善注云:「王逸曰:『九陽,謂九天之崖也。』」

「烟霞」,霞靄之類,此為帶有神仙思想之赤霞。『琴賦』有「帶朝霞」之語。

山川之阿」,山川之盡頭。「阿」與「隅」同。典出『昭明文選』秋興賦「逍遙山川之阿。」

「出入鴈木之間」,典出『莊子』山木篇之寓言。木以有才而見伐,鴈以無才而遭凶,故當取中道云爾。此曰梧桐木介於有才無才之間。『遊仙窟』云:「非隱非遁,逍遙鵬鷃之間;非吏非俗,出入是非之境。」http://open-lit.com/listbook.php?bid=10737&cid=1&gbid=217 「鵬鷃」依『秋興賦』改「山川」,「是非」按『莊子』山木改「鴈木」。

「溝壑」,表示悲慘之場所

「剒」,伐之意。諸本作「散」,蓋訛。此依廣麕棆之。

「左琴」,『古列女傳』賢明傳云:「左琴右書,樂亦在其中矣。(中略)左琴右書,為人灌園。」『顏氏家訓』、小治田安麻呂墓誌亦見左琴右書之語。

「音知(こゑし)らむ」,能知其音良者。琴音多訓「ね」而此舉「知音」之典而訓「こゑ」。『昭明文選』洞簫賦有伯牙、鍾子期之故事

「枕(まくら)かむ 」,以之為枕。

0811 僕報詩詠曰 【承前。】

 許等等波奴 樹爾波安里等母 宇流波之吉 伎美我手奈禮能 許等爾之安流倍志

 言問(ことと)はぬ 木(き)には在(あり)とも 愛(うるは)しき 君(きみ)が手馴(たな)れの 琴(こと)にしあるべし

 汝雖不言語 木質之類非靈長 然必美賢聖 明君手馴注恩寵 珍愛絕妙麗琴矣

大伴旅人 0811

 琴娘子答曰:「敬奉音,幸甚幸甚。」片事覺,即感於夢言,慨然不得止默。故附公使,聊以進御耳。謹狀不具。天平元年十月七日,附使進上。謹通,中衛高明閤下。謹空。

「愛(うるは)しき」,對男性敬愛之情之讚美。

「君(きみ)」,高貴之人。此云藤原房前。

「手馴(たな)れ」,愛用之品。當於左琴。

「音」,令人感激之語。

公使」,因公自太宰府上京之使。此指大堅大伴百代。

「進御」,『琴賦』云:「進御君子,新聲憀亮。」

「不具」,此云未達書信之體。自謙詞。

「謹通」,同謹言、謹狀。通有「通信」之意。

「中衛高明閤下」,中衛乃中衛府,高明指高望重之人,閤下指位高權重之人。

「謹空」,僅此留空,止筆於此。書信末尾之慣用語。

0812 中衛大將藤原卿報歌一首 【承前。】

 跪承芳音,嘉懽交深。乃知,龍門之恩,復厚蓬身之上。戀望殊念,常心百倍。謹和白雲之什,以奏野鄙之歌。房前謹狀。

 許等騰波奴 紀爾茂安理等毛 和何世古我 多那禮之美巨騰 都地爾意加米移母

 言問(ことと)はぬ 木(き)にもありとも 我(わ)が背子(せこ)が 手馴(たな)れの御琴(みこと) 地(つち)に置(お)かめやも

 其雖不言語 木質之類非靈長 然是吾兄子 恩寵手馴御琴也 豈可怠慢置地乎

藤原房前 0812

 十一月八日,復還使大監。謹通,尊門。 【記室。】

「芳音」,達筆之書信。已下乃藤原房前之回信。

「龍門之恩」,受贈美琴之恩。龍門乃龍門山。『秦賦』李善注引『史記』云「龍門有桐樹,高百尺,無枝,堪爲琴。」

「蓬身」,身分卑微之自謙詞。蓬乃雜草。

「戀望」,心懷非常之眷。

「白雲之什」,此云身居白雲所隔遙遠筑紫之地之旅人所贈之歌。

「我(わ)が背子(せこ)が」,此指旅人

「地(つち)に置(お)かめやも」,豈會粗末地對待。

「尊門」,對對方之尊稱。

「記室」,書記


0813 山上臣憶良,詠鎮懷石歌一首 【並短歌。】

 筑前國怡土郡深江村子負原,臨海丘上有二石。大者長一尺二寸六分,圍一尺八寸六分,重十八斤五兩,小者長一尺一寸,圍一尺八寸,重十六斤十兩。並皆墮圓,狀如雞子。其美好者,不可勝論。所謂,俓尺璧是也。【或云,此二石者,肥前彼杵郡平敷之石,當占而取之。】去深江驛家二十許里,近在路頭。公私徃來,莫不下馬跪拜。古老相傳曰:「徃者,息長足日女命,征討新羅國之時,用茲兩石,插著御袖之中,以為鎮懷。【實是御裳中矣。】所以行人敬拜此石。」乃作歌曰:

 可既麻久波 阿夜爾可斯故斯 多良志比廖_槌能彌許等 可良久爾遠 武氣多比良宜弖 彌許許呂遠 斯豆迷多麻布等 伊刀良斯弖 伊波比多麻比斯 麻多麻奈須 布多都能伊斯乎 世人爾 斯彁杪針稟耻掘〕章てν昭ぁ^鉾翕垓餡椎等 和多能曾許 意枳都布可延乃 宇奈可美乃 故布乃波良爾 美弖豆可良 意可志多麻比弖 可武奈何良 可武佐備伊麻須 久志美多麻 伊麻能遠都豆爾 多布刀伎呂可儛

 掛幕(かけまく)は 竒(あや)に畏(かしこ)し 足日女(たらしひめ) 神尊(かみのみこと) 韓國(からくに)を 向平(むけたひら)げて 御心(みこころ)を 鎮賜(しづめたま)ふと い取(と)らして 齋賜(いはひたま)ひし 真玉為(またまな)す 二(ふた)つの石(いし)を 世人(よのひと)に 示賜(しめしたま)ひて 萬代(よろづよ)に 言繼(いひつ)ぐがねと 海底(わたのそこ) 沖深江(おきつふかえ)の 海上(うなかみ)の 子負原(こふのはら)に 御手(みて)づから 置(お)かし賜(たま)ひて 惟神(かむながら) 神(かむ)さび坐(いま)す 奇御魂(くしみたま) 今(いま)の現(をつつ)に 貴(たふと)きろかむ

 僭述掛尊諱 畏慎誠惶復誠恐 氣長足姬尊 神功皇后足日女 渡海征三韓 平伏海西鎮諸蕃 欲鎮荒御心 取石以撫胎中帝 是為鎮懷石 戒慎心誠以奉齋 真玉渾圓兮 此二石者難勝論 以之示蒼生 天下世人令拜觀 欲使繼萬代 口耳相傳續綿延 滄溟海底兮 沖津水底深江之 海上子負原 筑前怡土子負原 御手親置此 安置二石傳永遠 惟神隨神慮 更顯神威為所祀 靈妙奇御魂 二石今亦可眼見 靈蹤現存誠尊貴

山上憶良 0813

「二石」,『筑前風土記逸文云:「兒饗野。此野之西,有白石二顆。一顆長一尺二寸,大一尺,重卅一斤。一顆長一尺一寸,大一尺,重卅九斤。曩者氣長足姬尊欲征伐新羅,到於此村,御身有妊,忽當誕生。登時取此二顆石,插於御腰祈曰:「朕欲定西堺,來著此野,所妊皇子。若此神者,凱旋之後,誕生其可。」遂定西堺,還來即產也。所謂譽田天皇是也。時人號其石曰皇子產石,今訛謂兒饗石。」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/fuudo/itubun/itubun05.htm筑紫風土記逸文云:「子饗原。有石兩顆。一者片長一尺二寸,周一尺八寸。一者長一尺一寸,周一尺八寸。色白而鞭,圓如磨成。俗傳云:「息長足比賣命,欲伐新羅,閱軍之際,懷娠漸動。時取兩石,插著裙腰,遂襲新羅凱旋之日,至芋湄野,太子誕生。有此因緣,曰芋湄野。謂產為芋湄者,風俗言詞爾。」俗間婦人,忽然娠動,裙腰插石,厭令延時,蓋由此乎。」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/fuudo/itubun/itubun04.htm

「俓尺璧」,直徑一尺之玉。

「占而取之」,蓋依卜定而運至此地。

「驛家」,設於驛路,唯公用往來者備馬、宿之處。

「去深江驛家二十許里」,今子負原八幡宮者,約在深江西約七百公尺處,於數不合。蓋憶良從建部牛麻呂傳言而詠之。

「鎮懷」,按長歌,則用以鎮應神帝之荒御心。『筑前風土記』則述其鎮延應神帝之產日。

「實是御裳中」,此考『古事記』、『風土記』之所言。而本文尚重當地口傳。

「掛幕(かけまく)は」,かけむ之く句法,出口述言之意。

「竒(あや)に」,難以言狀。

「向平(むけたひら)げて」,令彼服從。

「い取(と)らして」,著用、佩帶之意。「い」乃接頭語,「取らす」乃「取る」之敬語形。

「齋賜(いはひたま)ひし」,清淨潔齋,詠唱咒文,以求心願成就

「言繼(いひつ)ぐがねと」,がね表願望、希望之預想終助詞

「海底(わたのそこ) 沖深江(おきつふかえ)の」,「海底」乃「沖」之枕詞。沖有遠海、海底等意,此為後者

「海上(うなかみ)」,未詳,蓋為地名。或指海邊或海之彼端。

「惟神(かむながら)」,惟神,隨神所慮。以石為神之憑代而尊之。

「奇御魂(くしみたま)」,不可思議之精靈,尊崇二石靈格之語。

「今(いま)の現(をつつ)に」,眼前之事實。「現(をつつ)」蓋「現(うつつ)」之轉。

「貴(たふと)きろかむ」,「かむ」乃「哉(かも)」之音轉。



0814 【承前短歌。】

 阿米都知能 等母爾比佐斯久 伊比都夏等 許能久斯美多麻 志可志家良斯母

 天地(あめつち)の 共(とも)に久(ひさ)しく 言繼(いひつ)げと 此奇御魂(このくしみたま) 敷(し)かしけらしも

 蓋欲永流傳 天地與共歷久遠 口耳繼相語 故置靈石敷此處 亙古彌新奇御魂

山上憶良 0814

 右事傳言,那珂郡伊知鄉蓑嶋人建部牛麻呂是也。

「天地(あめつち)の 共(とも)に」,天地與共。共之原意為同伴之意。

「敷(し)かしけらしも」,「敷かす」乃「敷く」之敬語形,固定之意。

sherrysherry 2016/06/25 13:49 星野大師的新作耶! レインマン好看嗎?

最近要來整理補書清單(快一年沒進書了>.<)

kuonkizunakuonkizuna 2016/06/25 14:55 無腦男,目前還算普通。

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2016-06-14-火

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■真字萬葉集卷四

http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m04.htm



万葉集試訳

0793 大宰帥大伴卿報凶問歌一首

 禍故重疊,凶問累集。永懷崩心之悲,獨流斷腸之泣。但依兩君大助,傾命纔繼耳。 【筆不盡言,古今所歎。】

 余能奈可波 牟奈之伎母乃等 志流等伎子 伊與余麻須萬須 加奈之可利家理

 世間(よのなか)は 空(むな)しき物(もの)と 知(し)る時(とき)し 彌彌益益(いよよますます) 悲(かな)しかりけり

 空蟬憂世間 一切無常盡虛假 切身知悉時 彌彌益益更添悲 哀愁崩心獨斷腸

大伴旅人 0793

大宰帥大伴卿」,此云大伴旅人。當時正三位,六十四歲。

「禍故」,不幸。故乃災禍、物故之意。敦煌書儀類有「禍故無常」云云。

「崩心之悲」,駱賓王書有「崩心之痛極」云云。敦煌寫本有「常何墓碑」云云。

世間(よのなか)は 空(むな)しき物(もの)と」,佛教「世間虛假」之思想表現。『大智度論』有「世間空」云云。

「知(し)る時(とき)し」,末尾「し」乃強調。凶訊相次,實感世皆空虛。

0794 筑前守山上臣憶良挽歌一首 【并短歌。】

 蓋聞,四生起滅,方夢皆空,三界漂流,喻環不息。所以維摩大士在乎方丈,有懷染疾之患;釋迦能仁坐於雙林,無免泥洹之苦。故知,二聖至極,不能拂力負之尋至;三千世界,誰能逃邂杷警嗤圈F鸛誘チ,而度目之鳥旦飛;四蛇爭侵,而過隙之駒夕走。嗟乎痛哉!紅顏共三從長逝,素質與四永滅。何圖,偕老違於要期,獨飛生於半路。蘭室屏風徒張,斷腸之哀彌痛;枕頭明鏡空懸,染筠之淚逾落。泉門一掩,無由再見嗚呼哀哉。

  愛河波浪已先滅 苦海煩惱亦無結 從來厭離此穢土 本願託生彼淨剎

日本挽歌一首

 大王能 等保乃朝廷等 斯良農比 筑紫國爾 泣子那須 斯多比枳摩斯提 伊企陀爾母 伊摩陀夜周米受 年月母 伊摩他阿良禰婆 許許呂由母 於母波奴阿比陀爾 宇知那毗枳 許夜斯努禮 伊波牟須弊 世武須弊斯良爾 石木乎母 刀比佐氣斯良受 伊弊那良婆 迦多知波阿良牟乎 宇良賣斯企 伊毛乃美許等能 阿禮乎婆母 伊可爾世與等可 爾保鳥能 布多利那良毗為 加多良比斯 許許呂曾牟企弖 伊弊社可利伊摩須

 大君(おほきみ)の 遠朝廷(とほのみかど)と 領(し)らぬ靈(ひ) 筑紫國(つくしのくに)に 泣子為(なくこな)す 慕來(したひき)まして 息(いき)だにも 未休(いまだやす)めず 年月(としつき)も 未有(いまだあ)らねば 心(こころ)ゆも 思(おも)はぬ間(あひだ)に 打靡(うちなび)き 臥(こ)やしぬれ 言(い)はむ術(すべ) 為(せむ)術知(すべし)らに 岩木(いはき)をも 問放知(とひさけし)らず 家(いへ)ならば 形(かたち)は有(あ)らむを 恨(うら)めしき 妹命(いものみこと)の 我(あれ)をばも 如何(いか)に為(せ)よとか 鳰鳥(にほどり)の 二人並居(ふたりならびゐ) 語(かた)らひし 心背(こころそむ)きて 家離(いへざか)りいます

 聖明大君之 遙遙天邊遠朝庭 化外不領靈 西海筑紫太宰府 汝猶稚泣子 心慕夫君隨至來 路遙道甚遠 片刻未息無稍歇 顧見赴此時 年者未易月未改 怎料凶訊至 吾心難信意難服 如此倉卒間 打靡倒臥沉永眠 不知當何言 茫然不知當何為 石木不言語 無以問之解憂情 若留故家中 或得存命久長青 恨香消玉殞 憐哉愛也吾妹命 汝在幽冥間 吾當奈何所為哉 鴛鴦鳰鳥兮 兩人並居相依偎 絮語誓永久 然今背信離家去 獨赴泉路去世間

山上憶良 0794

「四生」,胎生(哺乳類)、卵生(鳥類)、濕生(魚、龜、蛙等)、化生(昆蟲變態之疇。),泛指一切生物之佛語。

三界」,欲界(滿溢欲望之現世)、色界(高於欲界,但仍執著肉體、物質世界)、無色界(超脫物質束縛,唯精神存在世界)。眾生反複循環之三界

「大士」,對佛、菩薩之尊稱。

「不能拂力負之尋至」,語出『莊子』大宗師篇。

「二鼠競走」,見於『譬喻經』、『大般若波羅蜜多經』。

「四蛇爭侵」,佛足石歌有四蛇,以構成萬物之地水火風四大元素比喻為四種毒蛇。

「過隙之駒夕走」,『莊子』知北遊篇云:「人生天地之間,若白駒之過隙忽然而已。」

「四」,婦、婦言、婦容、婦功。

「泉門」,死後世界黃泉入口之門。敦煌本『大目連冥間救母變文』云:「一掩泉門不再開。」

「愛河波浪已先滅」,以河水易溺於愛意,以波浪比喻煩惱。此云妻死。

「苦海」,此云現實世界

「大君(おほきみ)の 遠朝廷(とほのみかど)」,意指太宰府乃遠離首都天皇行政官廳。此或云派遣太宰府之官人,或云旅人妻云夫為太宰帥而赴任。

「領(し)らぬ靈(ひ)」,筑紫枕詞

「慕來(したひき)まして」,此云此云旅人妻自願隨夫赴任而來。

「息(いき)だにも 未休(いまだやす)めず」,舟車勞頓,長旅之後尚未稍作休息。寓含若得休息養生就好了之意。

「臥(こ)やしぬれ」,倒臥。

「問放知(とひさけし)らず」,無法問石木以放下憂愁。

「鳰鳥(にほどり)」,鳰鳥惜性出雙入對,故比喻夫婦相和。

「家離(いへざか)りいます」,「家離る」乃死亡之敬避表現

0795 反歌 【承前。】

 伊弊爾由伎弖 伊可爾可阿我世武 摩久良豆久 都摩夜左夫斯久 於母保由倍斯母

 家(いへ)に行(ゆ)きて 如何(いか)にか我(あ)が為(せ)む 枕付(まくらづ)く 妻屋寂(つまやさぶ)しく 思(おも)ほゆべし

 縱令歸吾宿 茫然不知當何為 枕付共衾兮 妻屋之內今清寂 唯有憂思愁自生

山上憶良 0795

「枕付(まくらづ)く」,「妻屋(つまや)」之枕詞。亦用於人麻呂失妻時輓歌

「妻屋(つまや)」,建於母屋附近之離屋。「妻」字於此有「端」之意。

按「思(おも)ほゆべしも」,此概山上憶良於葬送歸途,推量大伴旅人心情所詠。

0796 【承前反歌第二。】

 伴之伎與之 加久乃未可良爾 之多比己之 伊毛我己許呂乃 須別毛須別那左

 愛(は)しきよし 如是(かく)のみからに 慕來(したひこ)し 妹(いも)が心(こころ)の 術(すべ)も術無(すべな)さ

 哀也甚憐兮 有生如是短折故 心慕隨至來 妹妻之心令人悲 惆悵不止更淒切

山上憶良 0796

「愛(は)しきよし」,此為具「嗚呼,何等悲哀」意味感動詞

「如是(かく)のみからに」,「明明生命如此苦短」 之意。「からに」意同「ゆゑに」,此乃即如是之物之意。

0797 【承前反歌第三。】

 久夜斯可母 可久斯良摩世婆 阿乎爾與斯 久奴知許等其等 美世摩斯母乃乎

 悔(くや)しかも 如是知(かくし)らませば 青丹良(あをによ)し 國內悉(くぬちことごと) 見(み)せ益物(ましもの)を

 追悔總莫及 早知永隔如是者 青丹良且秀 海西筑紫遍國中 踏破令見千百景

山上憶良 0797

「如是知(かくし)らませば」,如果當初知道妻子竟會如此輕易地死去。

「青丹良(あをによ)し」,奈良枕詞。在此或取廣意而用以贊歎大宰府館內之筑紫國。

0798 【承前反歌第四。】

 伊毛何美斯 阿布知乃波那波 知利奴倍斯 和何那久那美多 伊摩陀飛那久爾

 妹(いも)が見(み)し 楝花(あふちのはな)は 散(ち)りぬべし 我(わ)が泣淚(なくなみた) 未乾無(いまだひな)くに

 妹妻昔所見 栴檀楝花已凋零 雖已經幾時 物換星移往事非 然吾泣淚未嘗乾

山上憶良 0798

「楝花(あふちのはな)」,栴檀。落葉高木,木梢小花盛開於五月末。花色白,五瓣,筒狀雄蕊色紫。六月上旬凋謝。按左注云七月末,依花期有所齟齬

「散(ち)りぬべし」,此句「べし」有將要、似將之意。

0799 【承前反歌第五。】

 大野山 紀利多知和多流 和何那宜久 於伎蘇乃可是爾 紀利多知和多流

 大野山(おほのやま) 霧立渡(きりたちわた)る 我(わ)が嘆(なげ)く 息嘯風(おきそのかぜ)に 霧立渡(きりたちわた)る

 筑紫大野山 霧湧瀰漫渡山間 吾人哀渡日 悲歎所化息嘯風 摧霧立渡彼山哉

山上憶良 0799

 神龜五年七月廿一日,筑前國守山上憶良上。

大野山(おほのやま)」,自大宰府政廳北去一點八公里可望見之山。

「息嘯風(おきそのかぜ)」,因嘆息所產生之風。「息嘯(おきそ)」乃結合「息(おき)」、「嘯(うそ)」而成。古俗以為,激烈之嘆息將化為雲霧越度。

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2016-06-08-水

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補給物資

f:id:kuonkizuna:20160608215235j:image

神社百景DVDコレクション全国版2 伊勢神宮

創刊号出雲大社に比べると、撮影禁止の件もあって流用映像も多い。出雲大社でやった特別参拝も行って欲しいが無理ですね。意外にも全部ではないが元伊勢摂社末社の話も出てきた。


万葉集試訳

0767 大伴宿禰家持更贈大孃歌二首 【承前。】

 都路乎 遠哉妹之 比來者 得飼飯而雖宿 夢爾不所見來

 都路(みやこぢ)を 遠(とほ)みか妹(いも)が 比來(このころ)は 祈(うけ)ひて寢(ぬ)れど 夢(いめ)に見(み)え來(こ)ぬ

 親親吾妹矣 久邇都道蓋遠哉 比來近日間 雖祈相見就寢者 不復見汝在夢中

大伴家持 0767

「都路(みやこぢ)を 遠(とほ)み」,「遠み」乃み語法之疑問條件。蓋是平城舊京至久邇京之路遙所致乎。

「祈(うけ)ひ」,「祈(うけ)ふ」乃向神祈願某事之成就。於此表期待能於夢中與大孃相會。

本歌寓含「若汝思吾,當現於吾夢之中。然比日不見於夢中,路遙或是一因,是否汝心中無我?」之意。

0768 【承前,第二。】

 今所知 久邇乃京爾 妹二不相 久成 行而早見奈

 今知(いまし)らす 久邇都(くにのみやこ)に 妹(いも)に逢(あ)はず 久(ひさ)しく成(なり)ぬ 行(ゆ)きて早見(はやみ)な

 今御宇天下 恭仁新京久邇都 遷居於此後 不與妹逢日已久 還願速歸早相見

大伴家持 0768

「今知(いまし)らす」,現今於此治理天下。久邇京唯首都者,僅三年二個月,期間將平城京太極殿及其迴廊解體搬運至此。然期中聖武帝計巡幸、留居紫香樂之地四回,而久邇京未臻首都該有之機能、景觀。


0769 大伴宿禰家持報贈紀女郎歌一首

 久堅之 雨之落日乎 直獨 山邊爾居者 欝有來

 久方(ひさかた)の 雨(あめ)の降(ふ)る日(ひ)を 唯一人(ただひとり) 山邊(やまへ)に居(を)れば 欝(いぶ)せかりけり

 遙遙久方兮 天雨紛降零落日 形單而影隻 孤身獨居山邊者 方寸自憂心抑欝

大伴家持 0769

「山邊(やまへ)に居(を)れば」,「山邊(やまへ)」位於恭仁京北側,蓋今海住山寺所在三上山麓。家持1602所詠「鹿鳴く山邊」蓋為同地。

「欝(いぶ)せかりけり」,氣氛陰鬱,無以釋懷之狀。

0770 大伴宿禰家持從久邇京贈坂上大孃歌五首 【第一。】

 人眼多見 不相耳曾 情左倍 妹乎忘而 吾念莫國

 人目多(ひとめおほ)み 逢(あ)は無(な)くのみそ 心(こころ)さへ 妹(いも)を忘(わす)れて 我(あ)が思(おも)は無(な)くに

 以畏人目多 故不前去相逢爾 顧吾心深處 時時刻刻吾妹 莫有忘懷稍歇時

大伴家持 0770

「人目多(ひとめおほ)み 逢(あ)は無(な)くのみそ」,不逢乃畏人目而已,非無他意。題詞云報贈歌,此前蓋有大孃何不來相會之歌而此為辯答。

0771 【承前,第二。】

 偽毛 似付而曾為流 打布裳 真吾妹兒 吾爾戀目八

 偽(いつは)りも 似付(につ)きてそする 現(うつ)しくも 誠我妹子(まことわぎもこ) 我(われ)に戀(こ)ひめや

 偽語虛言者 佯贗似真所作矣 親親吾妹子 汝心方寸何所思 可誠戀我不假哉 

大伴家持 0771

「偽(いつは)りも 似付(につ)きてそする」,「偽り」乃為欺人之所作。此云雖不戀而佯作相戀。「似付(につ)き」指模似真實,佯令難辨。

「現(うつ)しくも」,實際之真心,非流於一時情感或有所虛偽。

本歌蓋模2572曲。

0772 【承前,第三。】

 夢爾谷 將所見常吾者 保杼毛友 不相志思者 諾不所見有武

 夢(いめ)にだに 見(み)えむと我(あれ)は 解(ほど)けども 相(あ)ひし思(おも)はねば 宜見(うべみ)えざらむ

 欲逢在夢中 吾遂解紐後入寢 然汝不念吾 吾人單戀非相思 理宜無緣會夢田

大伴家持 0772

「解(ほど)けども」,古俗以為,下紐自解,乃伊人將至之兆。遂有解紐就寢,以其夢中相會之習。

「相(あ)ひし思(おも)はねば」,並非相思,寔乃單方面之情感。

「宜(うべ)」,合理。

0773 【承前,第四。】

 事不問 木尚味狹藍 諸弟等之 練乃村戶二 所詐來

 言問(ことと)はぬ 木(き)すら紫陽花(あぢさゐ) 諸弟等(もろとら)が 練(ね)りの智腎(むらど)に 詐(あざ)むかれけり

 草木言語 紫陽花疇能結實 嗚呼諸弟等 智腎巧語花言矣 吾殆被詐為所欺

大伴家持 0773

「言問(ことと)はぬ 木(き)すら紫陽花(あぢさゐ)」,連不能言語紫陽花亦會結實。

「諸弟等(もろとら)」,未詳。諸弟或為人名。蓋傳遞家持、大孃間書信之使者乎。口傳或有失誤,而導致兩者不睦

「練(ね)りの智腎(むらど)」,「練り」乃練達、熟練之意。「智腎(むらど)」,『新譯華嚴經音義私記』注作「腎」。『白虎通』云五臟有「肝仁、肺義、心禮、腎智、脾信。」,腎被視為司掌人智之器官。此云狡猾,善於吹噓之人。



0774 【承前,第五。】

 百千遍 戀跡云友 諸弟等之 練之言羽者 吾波不信

 百千度(ももちたび) 戀(こ)ふと言(い)ふとも 諸弟等(もろとら)が 練(ね)りの言葉(ことば)は 我(あれ)は(たの)まじ

 縱令千百度 花言巧語云戀者 嗚呼諸弟者 如此練達誑輩語 吾不復鯒復信

大伴家持 0774

「百千度(ももちたび) 戀(こ)ふと言(い)ふとも」,即便諸弟述說千百遍「妳是愛著我的」,我也不會相信。之意。


0775 大伴宿禰家持贈紀女郎歌一首

 鶉鳴 故鄉從 念友 何如裳妹爾 相緣毛無寸

 鶉鳴(うづらな)く 故(ふ)りにし鄉(さと)ゆ 思(おも)へども 何(なに)そも妹(いも)に 逢由(あふよし)も無(な)き

 人罕鶉鳴兮 吾自昔居故里時 念汝至於此 然苦無由與妹逢 每憂相思心鬱鬱

大伴家持 0775

「鶉鳴(うづらな)く」,「古し」、「古る」之枕詞。鶉之習性,好居於杳無人煙之荒山草深處,故云。

「故(ふ)りにし鄉(さと)ゆ」,自尚居於飛鳥舊京時起。「故(ふ)りにし鄉(さと)」即故鄉。

「何(なに)そ」,「何ぞ(奈何)」之原型。

0776 紀女郎報贈家持歌一首 【承前。】

 事出之者 誰言爾有鹿 小山田之 苗代水乃 中與杼爾四手

 言出(こちで)しは 誰(た)が言(こと)なるか 小山田(をやまだ)の 苗代水(なはしろみづ)の 中淀(なかよど)にして

 今非昔比矣 昔誰出言獻慇懃 今猶小山田 苗代水之中淀矣 不復問津甚絕情

女郎 0776

「言出(こちで)しは 誰(た)が言(こと)なるか」,「言出(こちで)し」乃「言(こと)」+「出(いで)」之略。當初是誰先示愛攀談之意。

小山田(をやまだ)の 苗代水(なはしろみづ)の」,引出「中淀(なかよど)」之序。「苗代」乃插秧之前,蒔種、發芽、育苗之處,水不得涸而多用泉水

「中淀(なかよど)にして」,此以苗代水之中涸比喻對方不再來訪。


0777 大伴宿禰家持更贈紀女郎歌五首 【承前,第一。】

 吾妹子之 屋戶乃籬乎 見爾徃者 盖從門 將返卻可聞

 我妹子(わぎもこ)が 宿籬(やどのまがき)を 見(み)に行(ゆ)かば 蓋門(けだしかど)より 歸(かへ)してむ哉(かも)

 相思情難耐 若吾網見吾妹子 所宿屋籬者 蓋自門戶汝所拒 閉門追返令歸哉

大伴家持 0777

「我妹子(わぎもこ)が 宿籬(やどのまがき)を」,「籬(まがき)」乃以柴、竹之類所編之屋垣。此云想定被拒於門外時遮羞之詞,非欲與人相會而至,乃欲見其家籬而來。

「歸(かへ)してむ哉(かも)」,て乃完了助動詞つ之未然形。此句主語為紀女郎。縱然藉口來觀屋籬,恐怕仍得吃閉門羹云云。

0778 【承前,第二。】

 打妙爾 前垣乃酢堅 欲見 將行常云哉 君乎見爾許曾

 未必(うつたへ)に 籬姿(まがきのすがた) 見(み)まく欲(ほ)り 行(ゆ)かむと言(い)へや 君(きみ)を見(み)にこそ

 何以往汝所 雖云欲見宿籬姿 遂來汝邸者 其寔由者理自明 欲睹君面之所以

大伴家持 0778

「未必(うつたへ)に」,未必,大致,等意。

「籬姿(まがきのすがた)」,姿字多用於人,此則指物之形。

「君(きみ)」,吾君,此含有戲謔之意。


0779 【承前,第三。】

 板盖之 醋敘屋根者 山近之 明日取而 持將參來

 板葺(いたぶき)の 醋屋根(くろぎのやね)は 山近(やまちか)し 明日日取(あすのひと)りて 持(も)ちて參來(まゐこ)む

 所云板葺之 軒付醋屋根者 所幸山在近 明日入山日伐取 持之參來奉汝命

大伴家持 0779

「板葺(いたぶき)の」,以板葺屋頂之建築。神龜元年太政官令五位已上及富有者廢板葺(易損)改瓦葺、丹塗,然未普及。恭仁京蓋以板葺、檜皮葺、茅葺為多。

「醋屋根(くろぎのやね)は」,醋攬媚慙⊆皮之木材。然以醋敝屋頂不合常理,或為用以押鎮葺板之軒付醋據

「山近(やまちか)し」,所幸吾家離山不遠。

0780 【承前,第四。】

 郤取 草毛苅乍 仕目利 勤和氣登 將譽十方不有【一云,仕登母。】

 醋攫(くろぎと)り 草(かや)も刈(か)りつつ 仕(つか)へめど 勤(いそ)しき愚生(わけ)と 褒(ほ)めむとも非(あら)ず【一云(またにい)ふ、仕(つか)ふとも。】

 伐樹取醋據ヾ∝螻篩隶抃材 雖欲仕如此 不望汝褒吾勤勉 愚生唯全己念爾【一云,縱仕奉如此。】

大伴家持 0780

「草(かや)も刈(か)りつつ」,持續刈割茅草。茅草蓋為芒類,而為屋頂之葺材。

「仕(つか)へめど」,奉仕。此亦有諧謔之情。

「勤(いそ)しき愚生(わけ)と」,「勤し」乃勤勉之意,姓氏「勤臣」或書作「伊蘇志臣」。

0781 【承前,第五。】

 野干玉能 昨夜者令還 今夜左倍 吾乎還莫 路之長手呼

 烏玉(ぬばたま)の 昨夜(きぞ)は歸(かへ)しつ 今夜(こよひ)さへ 我(あれ)を歸(かへ)す莫(な) 道(みち)の長手(ながて)を

 漆遽╋妄臓〆鯡詆塲叱秧諫邸〜外今日者 莫令我還如昨夜 此道甚長足難涉

大伴家持 0781

「昨夜(きぞ)は歸(かへ)しつ」,昨夜已遭(紀女郎)請回,至少今夜能或留宿。

0782 紀女郎裹物贈友歌一首 【女郎名曰小鹿也。】

 風高 邊者雖吹 為妹 袖左倍所沾而 苅流玉藻焉

 風高(かぜたか)く 邊(へ)には吹(ふ)けども 妹(いも)が為(ため) 袖(そで)さへ濡(ぬ)れて 刈(か)れる玉藻(たまも)そ

 疾風高且勁 吹拂岸邊舉駭浪 然奉為吾妹 不惜濕袖濡襟裳 苅來海幸玉藻矣

女郎 0782

「風高(かぜたか)く 邊(へ)には吹(ふ)けども」,風自高空往岸邊吹下。漢詩常以風高描述秋冬之疾風

「袖(そで)さへ濡(ぬ)れて 刈(か)れる玉藻(たまも)そ」,此句不明作者己身如海女取藻,或擬海女之情而作詩。前有「為妹」云云,或擬男性而作。


0783 大伴宿禰家持贈娘子歌三首

 前年之 先年從 至今年 戀跡奈何毛 妹爾相難

 一昨年(をととし)の 先年(さきつとし)より 今年迄(ことしまで) 戀(こ)ふれど何(な)ぞも 妹(いも)に逢難(あひがた)き

 遠自前年之 更前一年始戀慕 迄至今年者 戀情無歇莫止息 奈何難以與妹逢

大伴家持 0783

「一昨年(をととし)の 先年(さきつとし)」,大前年。

「戀(こ)ふれど何(な)ぞも」,「何(な)ぞ」乃「何(なに)ぞ」之略。

0784 【承前,第二。】

 打乍二波 更毛不得言 夢谷 妹之手本乎 纏宿常思見者

 現(うつつ)には 更(さら)にも得言(えい)はず 夢(いめ)にだに 妹(いも)が手本(たもと)を 卷寢(まきぬ)とし見(み)ば

 若得逢現世 滿足不復更言矣 至少於夢中 願以吾妹手為枕 卷寢安眠在夢田

大伴家持 0784

「現(うつつ)には」,若得與現實相逢。

「更(さら)にも得言(えい)はず」,在此以上無話可說。「得(え)...ず」表不可能

「妹(いも)が手本(たもと)を 卷寢(まきぬ)とし見(み)ば」,「手本を 卷(ま)く」表以對方之手為枕。「見ば」之下省略「幸せ」。

0785 【承前,第三。】

 吾屋戶之 草上白久 置露乃 壽母不有惜 妹爾不相有者

 我(わ)が宿(やど)の 草上白(くさのうへしろ)く 置露(おくつゆ)の 身(み)も惜(を)しからず 妹(いも)に逢(あ)はざれば

 吾人宿庭間 草上白皙置露之 易散之所如 此身虛渺莫所惜 只因無以與妹逢

大伴家持 0785

「置露(おくつゆ)の」,以上乃比喻夢幻虛渺易逝之身命之序。

「身(み)も惜(を)しからず」,原文書「壽」字而通於「命」,此身與命相繫。

0786 大伴宿禰家持報贈藤原朝臣久須麻呂歌三首

 春之雨者 彌布落爾 梅花 未咲久 伊等若美可聞

 春雨(はるのあめ)は 彌頻降(いやしきふ)るに 梅花(うめのはな) 未咲(いまださ)か無(な)く 甚若(いとわか)み哉(かも)

 春雨降紛紛 雨零彌頻鮮歇時 然則梅花者 至今未咲何所由 蓋是兒區喘婪

大伴家持 0786

「彌頻降(いやしきふ)るに」,比喻久須麻呂提親次數頻繁。

「梅花(うめのはな)」,或指家持亡妻之遺兒「稚子(みどりこ)」。蓋久須麻呂贈歌已有此表現

「甚若(いとわか)み哉(かも)」,女兒尚幼如蕾。


0787 【承前,第二。】

 如夢 所念鴨 愛八師 君之使乃 麻禰久通者

 夢(いめ)の如(ごと) 思(おも)ほゆるかも 愛(は)しきやし 君(きみ)が使(つかひ)の 數多(まね)く通(かよ)へば

 每念此事者 其猶幽夢又似幻 愛也令懷念 君之使者頻來訪 絡繹不絕無歇時

大伴家持 0787

「夢(いめ)の如(ごと) 思(おも)ほゆるかも」,所言如夢。或指提親之事,或云己子尚幼。

0788 【承前,第三。】

 浦若見 花咲難寸 梅乎殖而 人之事重三 念曾吾為類

 衷若(うらわか)み 花咲難(はなさきがた)き 梅(うめ)を植(う)ゑて 人言繁(ひとのことしげ)み 思(おも)ひそ我(あ)がする

 其株齡甚稚 欲令花咲仍難矣 如此稚梅矣 若植吾庭時甚早 我懼人言痛繁雜

大伴家持 0788

「衷若(うらわか)み」,尚稚而未熟。

「梅(うめ)を植(う)ゑて」,蓋云將少女育於己家。此前蓋寄於亡妾親族之所。


0789 又家持贈藤原朝臣久須麻呂歌二首

 情八十一 所念可聞 春霞 輕引時二 事之通者

 心九九(こころぐく) 思(おも)ほゆるかも 春霞(はるかすみ) 棚引(たなび)く時(とき)に 言通(ことのかよ)へば

 心沉情意悶 愁雲慘霧覆方寸 切莫憂如此 待至春霞棚引時 言使通來必不絕

大伴家持 0789

「心九九(こころぐく)」,心(こころ)ぐし那心情鬱悶不樂之狀。原文情八十一乃借九九相乘之表現,多見於漢籍

「言通(ことのかよ)へば」,此云久須麻呂之使(今後)將頻繁往來。

0790 【承前,第二。】

 春風之 聲爾四出名者 有去而 不有今友 君之隨意

 春風(はるかぜ)の 音(おと)にし出(いで)なば 在去(ありさ)りて 今(いま)ならずとも 君(きみ)が隨(まにま)に

 春風呼嘯兮 音聲浮名噂起者 在而去之間 縱非今即償汝願 有朝一日隨君意

大伴家持 0790

「春風(はるかぜ)の」,音之枕詞

「音(おと)にし出(いで)なば」,此音乃世間之慮扇幻譟流言之疇。

「在去(ありさ)りて」,一直如此。此云流言廣傳,其後總會有辦法。或有對未來之樂觀之意,或單純隨波逐流。

0791 藤原朝臣久須麻呂來報歌二首

 奧山之 磐影爾生流 菅根乃 懃吾毛 不相念有哉

 奧山(おくやま)の 岩蔭(いはかげ)に生(お)ふる 菅根(すがのね)の 懃我(ねもころわれ)も 相思(あひおも)はざれや

 深山茂林間 磐影之中孳蘩生 菅根之所如 吾亦情切意懇睦 豈非與汝相思哉

藤原久須麻呂 0791

「菅根(すがのね)の」,以上乃借根(ね)之音引出「懃(ねもころ)」之序。首句「奧山」有暗喻內心深處之意。

「相思(あひおも)はざれや」,此乃反語。「我(われ)も」非指與家持同,意指與少女同。789,790或為家持擬少女之情而代詠者。

0792 【承前,第二。】

 春雨乎 待常二師有四 吾屋戶之 若木乃梅毛 未含有

 春雨(はるさめ)を 待(ま)つとにしあらし 我(わ)が宿(やど)の 若木(わかき)の梅(むめ)も 未(いま)だ含(ふふ)めり

 其概待春雨 含苞未放俟時熟 吾屋戶庭間 若木之梅實未結 唯蘊花蕾羞展顏

藤原久須麻呂 0792

「待(ま)つとにしあらし」,「あらし」乃「あるらし」之略。

「未(いま)だ含(ふふ)めり」,含苞未放。

以上七首,事由未詳。姑依新全集解。

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2016-05-31-火

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■補給物資

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■広沢真貴子 青木和幸『あたらしい出雲旅行

読了出雲出身者によるわが道を行く出雲の紹介書。のぼのぼの雰圍氣で独自の視点から出雲の穴場を歩き回る感覚

なぜか意宇六社が殆ど言及してないのが少々不思議に思える。



万葉集試訳

0721 獻天皇歌一首 【大伴坂上郎女在佐保宅作也。】

 足引乃 山二四居者 風流無三 吾為類和射乎 害目賜名

 足引(あしひき)の 山(やま)にし居(を)れば 風流無(みやびな)み 我(わ)がする態(わざ)を 咎賜(とがめたま)ふ勿(な)

 足曳勢險峻 深山之間久居矣 故不知風流 妾身行儀或不周 還願勿咎請見諒

坂上郎女 0721

「獻天皇歌」,此天皇聖武帝。

「佐保宅」,大伴安麻呂、大伴旅人所居住之大伴氏本家,非郎女坂上里居宅。

「山(やま)にし居(を)れば」,佐保宅近於佐保山,故云。

風流無(みやびな)み」,風流即「雅(みやび)」,此云洗練之宮庭風情與都會情趣。

「我(わ)がする態(わざ)を」,吾人所為。實際所為未詳,按『代匠記』有聖武帝贈艷書而婉拒,或贈當地土產之類所添之信。若為後者,佐保山土產蓋為山芋之類。

「咎賜(とがめたま)ふ勿(な)」,「咎(とが)む」除責怪外亦有訝異之意。

0722 大伴宿禰家持歌一首

 如是許 戀乍不有者 石木二毛 成益物乎 物不思四手

 如是許(かくばか)り 戀(こ)ひつつ有(あ)らずは 石木(いはき)にも 成(な)ら益物(ましもの)を 物思(ものおも)はずして

 憂愁如此許 苦於相思哀戀慕 相較情悲切 不若化成木石類 不為戀苦無憂思

大伴家持 0722

「石木(いはき)にも 成(な)ら益物(ましもの)を」,木石乃無心非情物之代表。此云與其受戀情煎熬,不若化作木石。

0723 大伴坂上郎女從跡見庄,賜留宅女子大孃歌一首 【并短歌。】

 常呼二跡 吾行莫國 小金門爾 物悲良爾 念有之 吾兒乃刀自緒 野干玉之 夜晝跡不言 念二思 吾身者瘦奴 嘆丹師 袖左倍沾奴 如是許 本名四戀者 古鄉爾 此月期呂毛 有勝益土

 常世(とこよ)にと 我(わ)が行(ゆ)か莫(な)くに 小金門(をかねと)に 物悲(ものかな)しらに 思(おも)へりし 我(あ)が子(こ)の刀自(とじ)を 烏玉(ぬばたま)の 夜晝(よるひる)と云(い)はず 思(おも)ふにし 我(あ)が身(み)は瘦(やせ)ぬ 嘆(なげ)くにし 袖(そで)さへ濡(ぬ)れぬ 如是許(かくばか)り 本無(もとな)し戀(こ)ひば 故鄉(ふるさと)に 此月頃(このつきごろ)も 有克(ありかつ)ましじ

 吾之所往者 其非常世幽冥國 然於小金門 愁眉憂苦餞我行 掛心念安否 吾子刀自大孃矣 漆遽╋妄臓〔諍賁喫常相念 吾每憶大孃 己身枯瘦窶骨立 悲歎息之間 衣袖漬濡淚沾襟 思慕如此許 戀倦莫名繁生者 故鄉跡見庄 坐立難安心忐忑 何以克情滯月頃

坂上郎女 0723

「常世(とこよ)にと」,常世乃異界,此指死後之世界。「と」乃「とて」之略,而之前省略「行く」。

「我(あ)が子(こ)の刀自(とじ)を」,「の」為同格連接詞。刀自乃一家之中心之女性,多用於令人尊敬中年以上女性。此如「目豆兒(めづこ)刀子」之用法,對代替自己看守家邸之大孃懷有期待與勉勵之情。

「本無(もとな)」,無由。

「故鄉(ふるさと)に」,此云古京。平城遷都後,乎飛鳥藤原之地作故鄉。大伴氏莊園跡見庄乃位於櫻井之外山一帶。

「有克(ありかつ)ましじ」,難以忍耐。此云慕情難耐,豈能久居跡見達月。

0724 反歌 【承前。】

 朝髮之 念亂而 如是許 名姊之戀曾 夢爾所見家留

 朝髮(あさかみ)の 思亂(おもひみだ)れて 如是許(かくばか)り 汝姊(なね)が戀(こ)ふれそ 夢(いめ)に見(み)えける

 朝髮之所如 思念紊亂千萬緒 蓋是汝姊命 念我掛情邃如此 遂現邯鄲會吾夢

坂上郎女 0724

 右歌,報賜大孃進歌也。

「朝髮(あさかみ)の」,「亂(みだ)れ」之枕詞

「如是許(かくばか)り」,如此之般。按左注報大孃歌者,其歌蓋述及大孃不安,乞求坂上郎女速速歸宅。

「汝姊(なね)が戀(こ)ふれそ」,「汝姊(なね)」為對女性近親之指稱詞。此蓋母親隨二孃等妹輩之稱呼以喚大孃。

0725 獻天皇聖武歌二首 【大伴坂上郎女春日里作也。】

 二寶鳥乃 潛池水 情有者 君爾吾戀 情示左禰

 鳰鳥(にほどり)の 潛(かづ)く池水(いけみづ) 心有(こころあ)らば 君(きみ)に我(あ)が戀(こ)ふる 心示(こころし)めさね

 二寶鳰鳥之 所潛漁獵池水矣 汝若有靈者 願示吾心與大君 令知吾戀切如此

坂上郎女 0725

「鳰鳥(にほどり)」,棲息湖沼之水鳥,善於潛水。

「心有(こころあ)らば」,心與池乃結語,意指池之中心。如池心宮。

「心示(こころし)めさね」,「ね」乃表希求之終助詞。此云其望出遊之天皇可於池面見得自身容姿映照之水鏡。

0726 【承前,第二。】

 外居而 戀乍不有者 君之家乃 池爾住云 鴨二有益

 外(よそ)に居(ゐ)て 戀(こ)ひつつ有(あ)らずは 君家(きみのいへ)の 池(いけ)に住(す)むと云(い)ふ 鴨(かも)に有(あ)ら益(まし)を

 相離居遠處 遙慕久長無所益 苦戀如此者 不若化身離宮中 庭池所居鴨鳥矣

坂上郎女 0726

「君家(きみのいへ)の」,此蓋云離宮。或為春日附近之高圓離宮。或云高圓離宮春日離宮同所。

「鴨(かも)に有(あ)ら益(まし)を」,此鴨亦為水鳥,但與鳰鳥不同。此云願身化無心之水鳥,只欲常伴天皇近側。

0727 大伴宿禰家持贈坂上家大孃歌二首 【離絕數年,復會相聞徃來。】

 萱草 吾下紐爾 著有跡 鬼乃志許草 事二思安利家理

 忘草(わすれぐさ) 我(わ)が下紐(したひも)に 付(つ)けたれど 醜(しこ)の醜草(しこくさ) 言(こと)にし有(あ)りけり

 宣草忘憂草 吾繫彼草於下紐 欲以解戀憂 然其無驗唯醜草 名不符實徒滑稽

大伴家持 0727

「離絕數年」,坂上大孃贈家持歌蓋在天平三、四年頃,其後家持先後與笠女郎山口女王大神女郎、中臣女郎等約十人有所和歌贈答,獨缺坂上大孃。其間兩者或實離緣,而在天平一年悼亡妻(萬葉462)後,再行復會。其後有家持訪竹田庄與坂上郎女之贈答。

「忘草(わすれぐさ)」,萱草之古名,古俗有忘憂之效。

「下紐(したひも)」,下袴、下裳等內衣之紐。

「醜(しこ)の醜草(しこくさ)」,醜(しこ)有不快之意,用以辱罵憎惡對象之語。『日本書紀神代有「不須也凶目污穢之國(いなしこめききたなきくに)」云云。

「言(こと)にし有(あ)りけり」,此云忘憂草有名無實,無以解戀憂。


0728 【承前,第二。】

 人毛無 國母有粳 吾妹兒與 攜行而 副而將座

 人(ひと)も無(な)き 國(くに)も有(あ)らぬか 我妹子(わぎもこ)と 攜行(たづさひゆ)きて 副(たぐ)ひて居(を)らむ

 空蟬此世中 可有何國無人跡 欲攜吾妹子 共赴彼地長廝守 相隈相依渡此生

大伴家持 0728

「人(ひと)も無(な)き 國(くに)も有(あ)らぬか」,ぬか表希求。祈望有為有倆人之世界

「攜行(たづさひゆ)きて」,攜手同行。

「副(たぐ)ひて居(を)らむ」,相依相伴之意。

0729 大伴坂上大孃贈大伴宿禰家持歌三首

 玉有者 手二母將卷乎 欝瞻乃 世人有者 手二卷難石

 玉(たま)ならば 手(て)にも卷(まか)むを 空蟬(うつせみ)の 世人(よのひと)なれば 手(て)に卷難(まきがた)し

 若汝為玉者 纏於手上不相離 然汝乃空蟬 浮生欝瞻憂世人 不得纏手難相副

坂上大孃 0729

「玉(たま)ならば 手(て)にも卷(まか)むを」,若汝為玉石,即可纏於手上為腕飾,時時相依。

「空蟬(うつせみ)の」,世之枕詞。有浮身、憂世、空虛之意,亦與原文欝瞻相襯。

0730 【承前,第二。】

 將相夜者 何時將有乎 何如為常香 彼夕相而 事之繁裳

 逢(あ)はむ夜(よ)は 何時(いつ)も有(あ)らむを 何(なに)すとか 彼宵逢(そのよひあ)ひて 言繁(ことのしげ)きも

 將欲相逢者 夜夜皆得相會晤 然以何由乎 彼夕相逢渡宵後 浮名紛起人言繁

坂上大孃 0730

「何(なに)すとか」,本為詢問動機、目的之「其是為何?」疑問句,而其後接「繁(しげ)き」屬違例。


0731 【承前,第三。】

 吾名者毛 千名之五百名爾 雖立 君之名立者 惜社泣

 我(わ)が名(な)はも 千名(ちな)の五百名(いほな)に 立(た)ちぬとも 君(きみ)が名立(なた)たば 惜(を)しみこそ泣(な)け

 妾不顧己名 浮名千名五百名 雖立無所懼 然恐吾君損名譽 惜之傷懷淚泣下

坂上大孃 0731

「千名(ちな)の五百名(いほな)に」,の為同格連接詞,同類表現有「千秋之五百秋」等。即便流言飛語千千萬萬。

「立(た)ちぬとも」,其下省略代表放任之「よし」。

此曲相較於鏡王女93責問對方,甚有自我犧牲之精神

0732 又大伴宿禰家持和歌三首 【承前。】

 今時者四 名之惜雲 吾者無 妹丹因者 千遍立十方

 今(いま)しはし 名(な)の惜(を)しけくも 我(あれ)は無(な)し 妹(いも)に因(よ)りては 千度立(ちたびた)つとも

 事既至於今 名譽吾亦無所懼 浮名之疇者 溯源其若因妹起 縱令千度吾不惜

大伴家持 0732

「今(いま)しはし」與590「今(いま)しはと」同意現在已經。

「妹(いも)に因(よ)りては」,(縱然傳出流言,)若原因是由妳而起。

0733 【承前,第二。】

 空蟬乃 代也毛二行 何為跡鹿 妹爾不相而 吾獨將宿

 空蟬(うつせみ)の 世(よ)やも二行(ふたゆ)く 何(なに)すとか 妹(いも)に逢(あ)はずて 我(あ)が獨寢(ひとりね)む

 空蟬憂世間 浮生豈有二度者 奈何孰由兮 吾竟不得與妹逢 孤寢獨眠寂難耐

大伴家持 0733

「世(よ)やも二行(ふたゆ)く」,人生豈會有兩次。反語疑問。此「世(よ)」表人之壽命、一生。

「何(なに)すとか」,730之「何すとか」表疑問,本歌則為反語

0734 【承前,第三。】

 吾念 如此而不有者 玉二毛我 真毛妹之 手二所纏乎

 我(あ)が思(おも)ひ 如此(かく)して有(あ)らずは 玉(たま)にもが 允(まこと)も妹(いも)が 手(て)に卷(ま)かれなむ

 吾人亦有思 如此相離隔兩地 不若化玉朱 允妹所云纏手上 肌身不離常相伴

大伴家持 0734

「如此(かく)して有(あ)らずは」,「如此して」表現況如此艱辛,「有らずは」乃「還不如...」之意。

「玉(たま)にもが」,に乃斷定助動詞なり之連用形,もが表願望。

「允(まこと)」,真、誠、寔,此為同意、接受(允諾)他人所述之副詞用法。呼應前曲792。

0735 同坂上大孃贈家持歌一首 【承前。】

 春日山 霞多奈引 情具久 照月夜爾 獨鴨念

 春日山(かすがやま) 霞棚引(かすみたなび)き 心(こころ)ぐく 照(て)れる月夜(つくよ)に 一人(ひとり)かも寢(ね)む

 寧樂春日山 雲霞棚引遮頂上 心憂不解晴 朦朧髣髴月夜間 隻身孤寢度夜長

坂上大孃 0735

「心(こころ)ぐく」,「心ぐし」之連用形,心情鬱悶不得暢快。於此同時描述朧月夜夜景與對象之抑鬱之情。


0736 又家持和坂上大孃歌一首 【承前。】

 月夜爾波 門爾出立 夕占問 足卜乎曾為之 行乎欲焉

 月夜(つくよ)には 門(かど)に出立(いでた)ち 夕占問(ゆふけと)ひ 足占(あしうら)をそせし 行(ゆ)かまくを欲(ほ)り

 朧月夜之間 出立門外佇衢中 夕占問熒惑 更為足占探兇吉 因吾欲形與君會

大伴家持 0736

「門(かど)に出立(いでた)ち」,此「門(かど)」意指門前。該字非專指門戶,亦用於門前之道。

「夕占問(ゆふけと)ひ」,日暮之時,立於道衢,聞往來人語,以得神靈啟示之占法。古俗黃昏之時,熒惑將化幼童,稍來預言。

「足占(あしうら)」,設定標識,暗訟吉凶而踏足,依未知左右卜定吉凶之占法。以上,猶豫出行與伊人相會,於此之前藉占以斷當行與否,逢得與否。

0737 同大孃贈家持歌二首 【承前。】

 云云 人者雖云 若狹道乃 後鷸廓掘仝緻嗾鯰魴

 云云(かにかく)に 人(ひと)は言(い)ふとも 若狹道(わかさぢ)の 後鷸(のちせのやま)の 後(のち)も逢(あ)はむ君(きみ)

 人多口齢検♀眾紛紜傳蜚語 願於稍後日 若狹道上後鷸魁〜裹亰逢解思愁

坂上大孃 0737

「云云(かにかく)に」,如此如比,世人慮戦靆妓併之狀。

「後鷸(のちせのやま)」,藉同音引出後文今後相逢之語。

0738 【承前,第二。】

 世間之 苦物爾 有家良之 戀二不勝而 可死念者

 世中(よのなか)の 苦(くる)しき物(もの)に ありけらし 戀(こひ)に堪(あ)へずて 死(し)ぬべき思(おも)へば

 人云愛戀者 世間最苦物也矣 所言蓋灼然 吾今難堪慕戀苦 心念欲死以百了

坂上大孃 0738

「世中(よのなか)の 苦(くる)しき物(もの)に ありけらし」,「けらし」乃「けるらし」之略。文中省略戀字,云戀為世間苦痛之最。


0739 又家持和坂上大孃歌二首 【承前。】

 後湍山 後毛將相常 念社 可死物乎 至今日毛生有

 後鷸(のちせやま) 後(のち)も逢(あ)はむと 思(おも)へこそ 死(し)ぬべき物(もの)を 今日迄(けふまで)も生(い)けれ

 名猶後鷸魁仝稷澹綟能逢鵝\軌有此念 雖輒艱苦每欲死 仍耐延命今日

大伴家持 0739

「後鷸(のちせやま)」,此作「後」之枕詞之用。

「死(し)ぬべき物(もの)を」,今亦將死。(然欲相逢而克尋短之念。)

0740 【承前,第二。】

 事耳乎 後毛相跡 懃 吾乎令憑而 不相可聞

 言(こと)のみを 後(のち)も逢(あ)はむと 懃(ねもころ)に 我(あれ)を(たの)めて 逢(あ)はざらむかも

 若非巧語乎 花言其後將相逢 詞句雖懇切 令吾欲鰒畭狂譟〜浬不與相逢哉

大伴家持 0740

「言(こと)のみを」,其後蓋略「言ひて」云云。

「我(あれ)を(たの)めて」,讓我相信、依鮑仝澄ご盼相逢。

0741 更大伴宿禰家持贈坂上大孃歌十五首 【承前,十五第一。】

 夢之相者 苦有家里 覺而 搔探友 手二毛不所觸者

 夢(いめ)の逢(あ)ひは 苦(くる)しかりけり 驚(おどろ)きて 搔探(かきさぐ)れども 手(て)にも觸(ふ)れねば

 相會在夢中 雖晤寔苦不堪言 驚晤覺之後 攪手探之觸皆空 心中悵怏徒空悲

大伴家持 0741

「夢(いめ)の逢(あ)ひは」,夢中邂逅。

「驚(おどろ)きて 搔探(かきさぐ)れども」,自睡夢中驚覺,伸手探觸。張文成『遊仙窟』有「少時坐睡、則夢見十娘。驚覚攪之、忽然空手。【陸法言曰,攪,手取也。】心中悵怏、複何可論。」云云。http://blog.goo.ne.jp/taketorinooyaji/e/3c0774ab737b4a5af12f099908d8f43b

以下數曲,不乏用典『遊仙窟』之處。『遊仙窟』乃初唐武后時期之傳奇小說。文曰文成受遣黃河之源,乞仙窟為宿。受匿居仙窟之寡婦崔十娘及五嫂歡待,遂與十娘相交,翌日泣別。採四六駢麗體之雅俗折衷文。對話富知機而雅俗兼具,或云蓋影射紅燈巷中賣笑之女與問柳之客之應酬。該作於中國已然散佚,而日本則仍有醍醐寺本、真福寺本、金剛寺本等諸系統之寫本現存


0742 【承前,十五第二。】

 一重耳 妹之將結 帶乎尚 三重可結 吾身者成

 一重(ひとへ)のみ 妹(いも)が結(むす)ばむ 帶(おび)をすら 三重結(みへむす)ぶべく 我(あ)が身(み)は成(な)りぬ

 日日衣更遏)絨畄誦菘ㄧ重 吾結三重矣 別後焦戀苦相思 朝朝帶緩愈羸弱

大伴家持 0742

「一重(ひとへ)のみ 妹(いも)が結(むす)ばむ 帶(おび)をすら」,按高松塚古墳壁畫,可知當時無論男女,皆以一重帶結衣前。

三重結(みへむす)ぶべく」,憂困於戀,以致形瘦骨立之表現。『遊仙窟』文成與十娘別後,有「比目絶對、雙鳧失伴、日日衣遏朝朝帶緩。口上唇裂、胸間気満、涙臉千行、愁腸寸断。端坐垓廖⌒厳賣襟、千思競起、百慮交侵。獨顰眉而永結、空抱膝而長吟。望神仙兮不可見、普天地兮知余心、思神仙兮不可得、覚十娘兮断知聞、欲聞此兮腸亦亂、更見此兮悩余心。」之語。

類歌有3262、3273。

0743 【承前,十五第三。】

 吾戀者 千引乃石乎 七許 頸二將繫母 神之諸伏

 我(あ)が戀(こひ)は 千引石(ちびきのいし)を 七許(ななばか)り 首(くび)に掛(か)けむも 神(かみ)の隨(まにま)に

 吾戀荷重苦 其猶七許千引石 掛首縛此身 奈何戀苦致如此 蓋為天意隨神哉

大伴家持 0743

「千引石(ちびきのいし)を」,集千人力,方得曳之巨石。

「首(くび)に掛(か)けむも」,苦悶如千引石七許懸首之狀。

「神(かみ)の隨(まにま)に」,視為神意,唯有接納。原文「神之諸伏」難訓,此孤作隨神解。

0744 【承前,十五第四。】

 暮去者 屋戶開設而 吾將待 夢爾相見二 將來云比登乎

 夕去(ゆふさ)らば 屋戶開設(やどあけま)けて 我待(あれま)たむ 夢(いめ)に相見(あひみ)に 來(こ)むと言(い)ふ人(ひと)を

 時值夕暮者 開設屋戶敞前門 吾將待伊人 其言夢裏向渠邊 欲相晤逢在邯鄲

大伴家持 0744

「屋戶開設(やどあけま)けて」,「設(ま)けて」乃準備之意。『遊仙窟』雲雨之後,文成述:「今宵莫閉戸、夢裏向渠邊。」

類歌2912。

0745 【承前,十五第五。】

 朝夕二 將見時左倍也 吾妹之 雖見如不見 由戀四家武

 朝夕(あさよひ)に 見(み)む時(とき)さへや 我妹子(わぎもこ)が 見(み)とも見(み)ぬ如(ごと) 尚戀(なほこ)ひしけむ

 朝朝復夕夕 將見之時募依依 親親吾妹子 逢之相見如未晤 慕情不減更相思

大伴家持 0745

「朝夕(あさよひ)に 見(み)む時(とき)さへや」,就算(結婚而)朝朝夕夕相見

「尚戀(なほこ)ひしけむ」,此云縱然對象近在眼前,慕情不止,唯更益發。

0746 【承前,十五第六。】

 生有代爾 吾者未見 事絕而 如是可怜 縫流囊者

 生(い)ける世(よ)に 我(あれ)は未見(いまだみ)ず 言絕(ことた)えて 如是可怜(かくおもしろ)く 縫(ぬ)へる袋(ふくろ)は

 自有生以來 此世之中吾未見 言絕難名狀 如是可伶奪天工 巧縫袋囊猶此者

大伴家持 0746

「言絕(ことた)えて」,絕於言語,難以形容。

「如是可怜(かくおもしろ)く 縫(ぬ)へる袋(ふくろ)は」,其袋蓋大孃贈與家持之物。『蜻蛉日記』有「天地を袋に縫ひて幸を入れて持たれば思ふことなし」。


0747 【承前,十五第七。】

 吾妹兒之 形見乃服 下著而 直相左右者 吾將脫八方

 我妹子(わぎもこ)が 形見衣(かたみのころも) 下(した)に著(き)て 直(ただ)に逢(あ)ふ迄(まで)は 我脫(あれぬ)かめやも

 此乃吾妹子 所贈信物形見衣 吾著於裳下 迄至復見相逢日 豈卸緣物離肌身

大伴家持 0747

形見衣(かたみのころも)」,大孃餽贈以為信物,而加持身著不離之衣。

「下(した)に著(き)て」,觸於肌膚,亦不為外人所見。

「我脫(あれぬ)かめやも」,絕不褪下其衣。

0748 【承前,十五第八。】

 戀死六 其毛同曾 奈何為二 人目他言 辭痛吾將為

 戀死(こひし)なむ 其處(そこ)も同(おな)じそ 何為(なにせ)むに 人目人言ひ(とめひとごと) 言痛(こちた)み我(あれ)せむ

 戀死殉情者 其與苟活不相逢 實則無所別 奈何畏人目人言 痛於蜚辭不相見

大伴家持 0748

「戀死(こひし)なむ 其處(そこ)も同(おな)じそ」,戀死與避人目而不得相逢者,其痛楚相同。

「言痛(こちた)み我(あれ)せむ」,「言痛(こちた)み」乃「言痛(こちた)ち」之み語法。み語法加上す(せむ) 乃如此認為之意。


0749 【承前,十五第九。】

 夢二谷 所見者社有 如此許 不所見有者 戀而死跡香

 夢(いめ)にだに 見(み)えばこそ有(あ)れ 如此許(かくばか)り 見(み)えずし有(あ)るは 戀(こひ)て死(し)ねとか

 縱唯在夢中 若得相見情能緩 然以如此許 幽顯雙方不得逢 是欲令吾戀死歟

大伴家持 0749

「夢(いめ)にだに 見(み)えばこそ有(あ)れ」,「あれ」同「あらめ」,「こそ」於此接「あれ」而意為「あらめど」,「蓋是如此」之意。あり表現在憂愁之狀況持續而活著。

0750 【承前,十五第十。】

 念絕 和備西物尾 中中荷 奈何辛苦 相見始兼

 思絕(おもひた)え 侘(わび)にし物(もの)を 中中(なかなか)に 何(なに)か苦(くる)しく 相見始(あひみそ)めけむ

 念絕棄所望 思侘決意捨此情 中中不上下 奈何辛苦猶如此 再度相見復相逢

大伴家持 0796

「思絕(おもひた)え」,放棄與大孃結婚之想法。727題詞有「離絕數年」之語,其後家持與諸多女性有所往來,而終歸大孃身邊。

0751 【承前,十五十一。】

 相見而者 幾日毛不經乎 幾許久毛 久流比爾久流必 所念鴨

 相見(あひみ)ては 幾日(いくか)も經(へ)ぬを 幾許(ここだく)も 狂(くる)ひに狂(くる)ひ 思(おも)ほゆるかも

 自前相見起 未經幾日時未久 然吾心緒亂 幾許痴狂近毀滅 所念激情漲不衰

大伴家持 0751

「狂(くる)ひに狂(くる)ひ」,狂ひ乃為物憑依而失去平常心之狀態。此云為戀所苦,其心若狂。

0752 【承前,十五十二。】

 如是許 面影耳 所念者 何如將為 人目繁而

 如是許(かくばか)り 面影(おもかげ)のみに 思(おも)ほえば 何如(いか)にかもせむ 人目繁(ひとめしげ)くて

 慕戀如此許 處處見汝俤面影 觸景更生情 吾當何如癒此念 人目繁多不得會

大伴家持 0752

面影(おもかげ)のみに 思(おも)ほえば」,觸事皆以為伊人面影,更勾相思之情。「思(おも)ほえば」唯自今至未來之假定。


0753 【承前,十五十三。】

 相見者 須臾戀者 奈木六香登 雖念彌 戀益來

 相見(あひみ)てば 須臾(しまし)く戀(こひ)は 和(なぎ)むかと 思(おも)へど彌彌(いよよ) 戀(こひま)さりけり

 吾人有所思 以為若得相見者 戀慕相思情 或得須臾獲緩和 然僅痍彌相思

大伴家持 0753

相見(あひみ)てば」,假定條件語,て乃完了助動詞つ之未然形

「和(なぎ)むかと」,穩重和緩,上二段動詞

0754 【承前,十五十四。】

 夜之穗杼呂 吾出而來者 吾妹子之 念有四九四 面影二三湯

 夜(よ)の明(ほど)ろ 我(あ)が出(いで)て來(く)れば 我妹子(わぎもこ)が 思(おも)へりしくし 面影(おもかげ)に見(み)ゆ

 夜之將明時 吾將出歸別來時 親親吾妹子 念有戚戚蹙眉狀 面影見方寸中

大伴家持 0754

「夜(よ)の明(ほど)ろ」,將近黎明之時分。

「思(おも)へりしくし」,別離之際,大孃寂寞憂愁之面容。

0755 【承前,十五十五。】

 夜之穗杼呂 出都追來良久 遍多數 成者吾胸 截燒如

 夜(よ)の明(ほど)ろ 出(いで)つつ來(く)らく 度數多(たびまね)く 成(な)れば我(あ)が胸(むね) 截燒(きりや)く如(ごと)し

 夜之將明時 吾別來告出歸者 其度數愈繁 我胸方寸更熾痛 猶如千截復炙燒

大伴家持 0755

「出(いで)つつ來(く)らく」,つつ表持續反復。

「截燒(きりや)く如(ごと)し」,為刃物千切,業火熾燒之苦。『遊仙窟』文成見十娘阿娜之姿,心情紊亂,有「未曾飲炭、腹熱如焼、不憶呑刃、腸穿似割。」之詞。

0756 大伴田村家之大孃贈妹坂上大孃歌四首 【四首第一。】

 外居而 戀者苦 吾妹子乎 次相見六 事計為與

 外(よそ)に居(ゐ)て 戀(こ)ふれば苦(くる)し 我妹子(わぎもこ)を 繼(つ)ぎて相見(あひみ)む 事計(ことはか)りせよ

 遠居在外地 每為相思戀慕苦 艾也吾妹子 還請計事謀良方 如何繼續得相見

大伴田村大孃 0756

「外(よそ)に居(ゐ)て」。「外(よそ)」指自坂上大孃所居之坂上至己所居之田村。又暗喻為對方疏遠。

「繼(つ)ぎて相見(あひみ)む」,一直得以持續相見

0757 【承前,四首第二。】

 遠有者 和備而毛有乎 里近 有常聞乍 不見之為便奈沙

 遠(とほ)くあらば 侘(わび)ても有(あ)らむを 里近(さとちか)く 在(あり)と聞(き)きつつ 見(み)ぬが術無(すべな)さ

 若居遠處者 此心或得抿其情 然聞在近里 人處近鄰無計逢 寔誠艱辛難釋懷

大伴田村大孃 0757

「遠(とほ)くあらば 侘(わび)ても有(あ)らむを」,若位居遠處,或許能放棄。堪稱社會一般共通心理。

「里近(さとちか)く」,坂上、田村別在法華寺之北與南,寔相去不遠。

0758 【承前,四首第三。】

 白雲之 多奈引山之 高高二 吾念妹乎 將見因毛我母

 白雲(しらくも)の 棚引(たなび)く山(やま)の 高高(たかだか)に 我(あ)が思(おも)ふ妹(いも)を 見(み)む由(よし)もがも

 白雲棚引兮 足曳高山之所如 高高引領盼 吾所思妹汝命矣 可有逢由相見

大伴田村大孃 0758

「白雲(しらくも)の 棚引(たなび)く山(やま)の」,引出「高高(たかだか)」之序。

「高高(たかだか)」,期待家人歸還或伊人來訪,墊腳引領之狀。


0759 【承前,四首第四。】

 何 時爾加妹乎 牟具良布能 穢屋戶爾 入將座

 何(いかなら)む 時(とき)にか妹(いも)を 葎生(むぐらふ)の 污宿(きたなきやど)に 入坐(いりいま)せてむ

 久待光陰逝 何時方能迎吾妹 漫草葎生兮 穢屋污宿吾家中 引之入坐來居矣

大伴田村大孃 0759

 右,田村大孃、坂上大孃,並是右大辨大伴宿奈麻呂卿之女也。卿居田村里,號曰田村大孃。但妹坂上大孃者,母居坂上里,仍曰坂上大孃,于時,姊妹諮問,以歌贈答。

「葎生(むぐらふ)の」,雜草茂生之處,漢字或書蒰蔞(『新撰字鏡』)、蘩蔞(『本草和名』)。


0760 大伴坂上郎女竹田庄贈女子大孃歌二首

 打渡 竹田之原爾 鳴鶴之 間無時無 吾戀良久波

 打渡(うちわた)す 竹田原(たけたのはら)に 鳴鶴(なくたづ)の 間無(まな)く時無(ときな)し 我(あ)が戀(こ)ふらくは

 打渡望無際 橿原竹田之原間 鳴鶴之所如 毫無間歇無止時 我戀故里慕家人

坂上郎女 0760

「打渡(うちわた)す」,遙望之狀。『古今集』1007有類例。

「鳴鶴(なくたづ)の」,以上乃引出「間無(まな)く時無(ときな)し」之序。

「間無(まな)く時無(ときな)し」,毫無停歇之時。

0761 【承前,第二。】

 早河之 湍爾居鳥之 緣乎奈彌 念而有師 吾兒羽裳可怜

 早川(はやかは)の (せ)に居鳥(ゐるとり)の 緣(よし)を無(な)み 思(おも)ひて有(あ)りし 我(あ)が子(こ)はも憐(あは)れ

 早川急流之 河鶺鐵伺圭蠻 〔緣無可恃 其心忐忑念不安 吾兒可怜甚憐矣

坂上郎女 0761

早川(はやかは)の (せ)に居鳥(ゐるとり)の」,藉由居於急流之中小不安之景,引出其兒忐忑心狀之序。

「緣(よし)を無(な)み」,無可依靠、託付之事物。

0762 紀女郎贈大伴宿禰家持歌二首 【女郎名曰小鹿也。】

 神左夫跡 不欲者不有 八多也八多 如是為而後二 佐夫之家牟可聞

 神(かむ)さぶと 否(いな)には非(あら)ず 為當(はた)や為當(はた) 如是(かく)して後(のち)に 寂(さぶ)しけむ哉(かも)

 雖云不欲者 其非徹悟而拒矣 為當也為當 時恐如是允之後 一旦君離我寂哉

女郎 0762

「神(かむ)さぶと 否(いな)には非(あら)ず」,「神さぶ」本為如神之行狀,此為年老而達到悟道之境,不再對兒女情長有感之意。此云非因不顧娑婆而拒絕對方。

「如是(かく)して後(のち)に 寂(さぶ)しけむ哉(かも)」,此云與家持之戀愛關係。擔心將來家持離己而去。

0763 【承前,第二。】

 玉緒乎 沫緒二搓而 結有者 在手後二毛 不相在目八方

 玉緒(たまのを)を 沫緒(あわを)に搓(よ)りて 結(むす)べらば 在(あり)て後(のち)にも 逢(あ)はざらめやも

 魂絲玉緒矣 搓為沫緒編韌繩 如此固結而 其後雖遇未料事 蓋有不逢之緣乎

女郎 0763

「沫緒(あわを)」,蓋為編織之法。相較於易斷之片緒,沫緒乃較為堅韌之編法。

伊勢物語』有「玉の緒をあわをによりて結べれば絶えての後もあはむとぞ思ふ」云云。

0764 大伴宿禰家持和歌一首 【承前。】

 百年爾 老舌出而 與余牟友 吾者不猒 戀者益友

 百歲(ももとせ)に 老舌出(おいしたいで)て よよむとも 我(あれ)は厭(いと)はじ 戀(こひ)は(ま)すとも

 縱汝年百歲 齒落口緩老舌出 步履闌珊者 吾不厭之仍愛戀 慕情唯疚ち集

大伴家持 0764

「百歲(ももとせ)に 老舌出(おいしたいで)て」,主語為紀女郎中華思想以為,百歲為人類壽命之限。年老則齒脫頷緩,易見老舌。

「よよむとも」,體力衰弱,步行不便之狀。

「厭(いと)はじ」,不厭。厭(いと)ふ乃嫌惡某事物而背向之狀。


0765 在久邇(恭仁)京,思留寧樂宅坂上大孃,大伴宿禰家持作歌一首

 一隔山 重成物乎 月夜好見 門爾出立 妹可將待

 一重山(ひとへやま) 隔(へな)れる物(もの)を 月夜良(つくよよ)み 門(かど)に出立(いでた)ち 妹(いも)か待(ま)つらむ

 兩京去不遠 唯隔奈良一重山 月夜照六合 吾妹蓋出立門前 待吾歸兮守空宅

大伴家持 0765

「久邇(恭仁)京」,天平十二年藤原廣嗣責難時事,贈請除妖僧玄掘吉備真備等君側之奸。聖武帝指其朝敵,任大野東人為大將軍,討伐誅殺廣嗣。而天皇未聞復命,即離平城,經伊賀伊勢美濃近江等地,定都山背國相樂郡三香原,是為恭仁京。家持時任內捨人,留妻平城而隻身赴任恭仁。

「一重山(ひとへやま) 隔(へな)れる物(もの)を」,平城、恭仁二京,相去十公里,其間只隔奈良山。

「月夜良(つくよよ)み」,家持想像其妻見月色則度夫君或藉月光來訪,故出門以待之狀。\

0766 藤原郎女聞之,即和歌一首 【承前。】

 路遠 不來常波知有 物可良爾 然曾將待 君之目乎保利

 道遠(みちとほ)み 來(こ)じとは知(し)れる 物(もの)からに 然(しか)そ待(ま)つらむ 君(きみ)が目(め)を欲(ほ)り

 路遙道遠矣 心中蓋知君不來 然亦久待哉 雖知道理情難耐 只欲一逢與君會

藤原郎女 0766

「物(もの)からに」,逆接接續助詞

「然(しか)そ待(ま)つらむ」,與前曲{門(かど)に出立(いでた)ち」呼應。

「君(きみ)が目(め)を欲(ほ)り」,欲見一面。

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2016-05-28-土

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万葉集試訳

0703 巫部麻蘇娘子歌二首

 吾背子乎 相見之其日 至于今日 吾衣手者 乾時毛奈志

 我(わ)が背子(せこ)を 相見(あひみ)し其日(そのひ) 今日迄(けふまで)に 我(わ)が衣手(ころもで)は 乾(ふ)る時(とき)も無(な)し

 自與吾兄子 昔日相見別以來 至於今日者 吾之衣袖未嘗乾 日夜相繼淚洗面

巫部麻蘇娘子 0703

相見(あひみ)し其日(そのひ)」,自前次相會以來。「其日」以下若補「より」則更易理解

「乾(ふ)る時(とき)も無(な)し」,「乾(ふ)る」乃「乾(ひ)る」之古形上二段ふ之連體形。

以下由女子贈歌,而未署對象者,蓋為贈家持之曲乎。


0704 【承前,第二。】

 栲繩之 永命乎 欲苦波 不絕而人乎 欲見社

 栲繩(たくなは)の 長命(ながきいのち)を 欲(ほ)しけくは 絕(た)えずて人(ひと)を 見(み)まく欲(ほ)りこそ

 冀得如栲繩 祈神求命長壽者 所願自無他 只希不絕會汝命 長相廝守至石爛

巫部麻蘇娘子 0704

「栲繩(たくなは)の」,「長」之枕詞。栲乃由桑科植物所提取之纖維。

「欲(ほ)しけくは」,「欲しけく」乃「欲し」之く語法。

0705 大伴宿禰家持贈童女歌一首

 葉根蘰 今為妹乎 夢見而 情內二 戀渡鴨

 葉根蘰(はねかづら) 今(いま)する妹(いも)を 夢(いめ)に見(み)て 心內(こころのうち)に 戀渡(こひわた)る哉(かも)

 夢中見吾妹 睹汝織結花草而 以為葉根蘰 蓋汝深懷方寸中 戀渡思慕之所致

大伴家持 0705

「童女」,未成年女子女子成人,束髮結髻。

「葉根蘰(はねかづら)」,蘰乃以蔓性植物編織而成之髮飾。

「夢(いめ)に見(み)て」,古俗思念他人,則將出線於該人夢中。故此云夢中見得童女,蓋是童女思念己身所致。

0706 童女來報歌一首 【承前。】

 葉根蘰 今為妹者 無四呼 何妹其 幾許戀多類

 葉根蘰(はねかづら) 今(いま)する妹(いも)は 無(な)かりしを 何(いづ)れの妹(いも)そ 幾許戀(ここだこ)ひたる

 編織結花草 以為葉根蘰之女 吾所不識矣 其是何處娘子者 念汝煩戀幾許乎

童女 0706

「何(いづ)れの妹(いも)そ 幾許戀(ここだこ)ひたる」,此應答前曲,云己身並未思念家持,其夢中所見,蓋為別人。婉拒之戲言。


0707 粟田女娘子贈大伴宿禰家持歌二首

 思遣 為便乃不知者 片垸之 底曾吾者 戀成爾家類 【注土垸之中。】

 思遣(おもひや)る 術(すべ)の知(し)らねば 片垸(かたもひ)の 底(そこ)にそ我(あれ)は 戀成(こひな)りにける 【土垸中(かたもひのなか)に注(しる)せり。】

 欲解相思愁 然卻無奈不知方 片垸單相思 吾居其底沉其中 唯陷戀慕徒傷感 【記於土垸之中。】

巫部麻蘇娘子 0707

「思遣(おもひや)る」,一解心中憂苦。此云分散戀心。

「術(すべ)の知(し)らねば」,の字為對象語格。

「片垸(かたもひ)の」,僅有單口之土師器。(陶瓷類土器)「かた」乃杯、碗之疇,「もひ」則為收容飲料水之較深之土器。而「かたもひ」與單戀(片思)雙關。

「戀成(こひな)りにける」,產生重症之戀情。

0708 【承前,第二。】

 復毛將相 因毛有奴可 白細之 我衣手二 齋留目六

 復(また)も逢(あ)はむ 因(よし)も有(あ)らぬか 白栲(しろたへ)の 我(わ)が衣手(ころもで)に 齋留(いはひとど)めむ

 今日一旦別 其後無由重逢哉 故以白栲兮 吾之衣袖慰君心 齋留願更滯稍時

粟田女娘子 0708

「因(よし)も有(あ)らぬか」,ぬか表希求

「齋留(いはひとど)めむ」,齋戒清潔以慰留對方。齋字有將對象神聖視之意涵。

0709 豐前國娘子宅女歌一首 【未審姓氏。】

 夕闇者 路多豆多頭四 待月而 行吾背子 其間爾母將見

 夕闇(ゆふやみ)は 道辿辿(みちたづたづ)し 月待(つきま)ちて 行(い)ませ我(わ)が背子(せこ) 其間(そのま)にも見(み)む

 夕闇宵曚者 行路辿辿渺難探 還願待月昇 照臨歸途後啟行 其間欲詳觀兄子

豐前國娘子宅女 0708

「夕闇(ゆふやみ)は」,日沒後月出前之陰暗時分。

「辿辿(たづたづ)し」,按『日葡辭書』,「徘徊探詢,不識路而行之狀。」

「其間(そのま)にも見(み)む」,此云至少在月出之前可伴於身邊。

0710 安都扉娘子歌一首

 三空去 月之光二 直一目 相三師人之 夢西所見

 御空行(みそらゆ)く 月光(つきのひかり)に 唯一目(ただひとめ) 相見(あひみ)し人(ひと)の 夢(いめ)にし見(み)ゆる

 太陰渡虛空 鯣月光唯一目 相見之人矣 雖僅瞥見不久長 卻復相逢在夢中

安都扉娘子 0710

「御空行(みそらゆ)く」,月之慣用修飾語

相見(あひみ)し人(ひと)の 夢(いめ)にし見(み)ゆる」,連體中止形。

0711 丹波大女娘子歌三首

 鴨鳥之 遊此池爾 木葉落而 浮心 吾不念國

 鴨鳥(かもどり)の 遊(あそ)ぶ此池(このいけ)に 木葉落(このはお)ちて 浮(う)きたる心(こころ) 我(あ)が思(おも)は無(な)くに

 鴨鳥甚逍遙 遊樂游行此池間 木葉零落而 漂盪池上浮心者 如此率情吾不具

丹波大女娘子 0711

「鴨鳥(かもどり)の 遊(あそ)ぶ此池(このいけ)に」,此蓋描述眼前景色。「遊ぶ」乃將身心解放日常生活,而熱中於某事。上代語中並無後事般施行所好以消磨時間用法。而文述鴨鳥平心遊戲者,遊字似乎過重。此「遊」或許通「游」字。

「木葉落(このはお)ちて」,以上乃引出「浮(う)きた」之序。

「浮(う)きたる心(こころ)」,浮氣、出軌之心。水面浮葉漂無定所,不安於一處,指人心易變。


0712 【承前,第二。】

 味酒呼 三輪之祝我 忌杉 手觸之罪歟 君二遇難寸

 味酒(うまさけ)を 三輪祝(みわのはふり)が 齋杉(いはふすぎ) 手觸(てふ)れし罪(つみ)か 君(きみ)に逢難(あひがた)き

 美酒彌醇矣 御諸三輪社祝所 齋稜神山矣 蓋吾輙手觸罪乎 萬般難一與君會

丹波大女娘子 0712

「味酒(うまさけ)を」,三輪枕詞。早期僅四音之「味酒(うまさけ)」於後世演化為五音之「味酒(うまさけ)を」或「味酒(うまさけ)の」。

三輪祝(みわのはふり)が」,三輪意指大神神社,祝乃地位禰宜低之下級神官

「齋杉(いはふすぎ)」,遠離穢污,神聖而善待之杉。三輪之神杉被作為神之憑座而備受尊崇。

「手觸(てふ)れし罪(つみ)か」,此罪乃罰之意。

0713 【承前,第三。】

 垣穗成 人辭聞而 吾背子之 情多由多比 不合頃者

 垣穗成(かきほな)す 人言聞(ひとごとき)きて 我(わ)が背子(せこ)が 心搖盪(こころたゆた)ひ 逢(あ)はぬ此頃(このころ)

 人多成垣穗 慮千語君聞哉 親愛吾兄子 汝蓋聞讒心搖盪 故此頃不與吾逢

丹波大女娘子 0713

「垣穗成(かきほな)す」,「垣穗(かきほ)」即牆垣,「穗(ほ)」為表高聳之接尾詞。此比喻遭多人圍繞講述謠言之狀。

「心搖盪(こころたゆた)ひ」,內心動搖。

0714 大伴宿禰家持贈娘子歌七首 【七首第一。】

 情爾者 思渡跡 緣乎無三 外耳為而 嘆曾吾為

 心(こころ)には 思渡(おもひわた)れど 緣(よし)を無(な)み 外(よそ)のみにして 嘆(なげ)きそ我(あ)がする

 心中雖掛念 朝思暮想戀伊人 然以無緣份 相隔千里不相會 唯有嘆息吾是矣

大伴家持 0714

「緣(よし)を無(な)み」,「緣(よし)」乃機會、緣分、理由

「外(よそ)のみにして」,「外(よそ)」或作餘所,遠處。

0715 【承前,七首第二。】

 千鳥鳴 佐保乃河門之 清鷂叩’和馬詑浸廖_浸將通

 千鳥鳴(ちどりな)く 佐保川門(さほのかはと)の 清(きよきせ)を 馬打渡(うまうちわた)し 何時(いつ)か通(かよ)はむ

 千鳥爭鳴啼 佐保之河川門間 清麪慘矣 吾乘駿馬渡河門 何時能通至君許

大伴家持 0715

千鳥鳴(ちどりな)く」,「佐保川」之慣用修飾語

「馬打渡(うまうちわた)し」,此打字非接頭語,有鞭打駿馬催馳之意。

「何時(いつ)か通(かよ)はむ」,「何時(いつ)...はむ」有期待及早之意。一心欲語娘子相見表現



0716 【承前,七首第三。】

 夜晝 云別不知 吾戀 情盖 夢所見寸八

 夜晝(よるひる)と 云別知(いふわきし)らず 我(あ)が戀(こ)ふる 心(こころ)は蓋(けだ)し 夢(いめ)に見(み)えきや

 慕情無所抑 不捨晝夜無歇時 吾戀切如此 我心蓋已脫竅去 可曾現於汝夢中

大伴家持 0716

「夜晝(よるひる)と 云別知(いふわきし)らず」,「別(わ)き」乃區別之意。分別(わく)之名詞形。

「蓋(けだ)し」,應當、或許。

「夢(いめ)に見(み)えきや」,詢問對方使否於夢中見到自身。古俗思念甚深,則將現於對方夢中。


0717 【承前,七首第四。】

 都禮毛無 將有人乎 獨念爾 吾念者 憾毛安流香

 由緣(つれ)も無(な)く 有(あ)るらむ人(ひと)を 片思(かたもひ)に 我(あれ)は思(おも)へば 苦(くる)しくも有(あ)るか

 薄情復寡義 其人冷徹不留情 吾單戀彼人 如此思慕無所驗 苦痛憾愁誠難耐

大伴家持 0717

「由緣(つれ)も無(な)く」,無情、事不關己。

「苦(くる)しくも有(あ)るか」,苦字原文作憾。或本云惑者,訛乎。「か」乃詠嘆。

0718 【承前,七首第五。】

 不念爾 妹之咲儛乎 夢見而 心中二 燎管曾呼留

 思(おも)はぬに 妹(いも)が笑(ゑま)ひを 夢(いめ)に見(み)て 心中(こころのうち)に 燃(も)えつつそ居(を)る

 不意望外而 夢中見汝妹咲顏 一笑百媚生 吾人方寸思火燎 此情更盛滿心頭

大伴家持 0718

「思(おも)はぬに」,連續至「夢(いめ)に見(み)て」,不料在夢中見得伊人微笑。

「燃(も)えつつそ居(を)る」,慕情熾熱如火,悶然心頭


0719 【承前,七首第六。】

 大夫跡 念流吾乎 如此許 三禮二見津禮 片念男責

 大夫(ますらを)と 思(おも)へる我(あれ)や 如此許(かくばか)り 窶(みつ)れに窶(みつ)れ 片思(かたもひ)をせむ

 自詡大丈夫 以為剛健益荒男 然竟如此許 憔悴窶兮復骨立 憂苦單戀至此般

大伴家持 0719

大夫(ますらを)と 思(おも)へる我(あれ)や」,相聞歌中以大夫(ますらを)稱呼自身者,多有自嘲愧對大丈夫之名。

「窶(みつ)れ」,疲憊之意。

「片思(かたもひ)をせむ」,「をせむ」原文「男責」有借訓之用,雙關自責身為男性卻落於單戀。

0720 【承前,七首第七。】

 村肝之 情摧而 如此許 余戀良苦乎 不知香安類良武

 群肝(むらきも)の 心碎(こころくだ)けて 如此許(かくばか)り 我(あ)が戀(こ)ふらくを 知(し)らずかあるらむ

 群肝肺腑之 吾心苦痛碎萬片 情摧如此許 吾戀難抑將毀滅 汝蓋不知我心焦

大伴家持 0720

「群肝(むらきも)の」,心之枕詞

「心碎(こころくだ)けて」,情懷如心碎般激烈。『遊仙窟』有「心肝恰欲摧」云云。

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2016-05-24-火

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補給物資

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万葉集試訳

0690 大伴宿禰三依悲別歌一首

 照日乎 闇爾見成而 哭淚 衣沾津 干人無二

 照日(てらすひ)を 闇(やみ)に見作(みな)して 泣淚(なくなみだ) 衣濡(ころもぬ)らしつ 乾(ほ)す人無(ひとな)しに

 光天赫照日 見作黯闇眼迷離 泣淚翳視線 濡衣漬袖霑襟濕 無人來為吾乾之

大伴家持 0690

「大伴宿禰三依悲別」,對象依時期或為賀茂女王,或為坂上郎女。未詳。

「乾(ほ)す人無(ひとな)しに」,此語意識對象女性而為言。對對方不理解己身悲哀而無所體恤者之怨嘆。


0691 大伴宿禰家持贈娘子歌二首

 百礒城之 大宮人者 雖多有 情爾乘而 所念妹

 百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)は 多(おほ)かれど 心(こころ)に乘(の)りて 思(おも)ほゆる妹(いも)

 百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 其數雖多在 能乘吾情懸吾心 唯有朝暮所念妹

大伴家持 0691

萬葉集』中以娘子代稱者往往為地位卑下女性。其後大伴家持於700, 714, 783, 1596亦有贈娘子歌,未詳對象是否為同一人物。

「百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)は」,「百敷」乃「大宮人」之枕詞大宮人在此指女官

此云宮中女官雖多,能令作者魂牽夢縈者為妹君而已。

0692 【承前,第二。】

 得羽重無 妹二毛有鴨 如此許 人情乎 令盡念者

 表邊無(うはへな)き 妹(いも)にも有(あ)るかも 如此許(かくばか)り 人心(ひとのこころ)を 盡(つ)くさく思(おも)へば

 顧見此世中 可有薄情猶汝者 翻弄如此許 帷幄人情鼓掌間 令吾赤心碎散盡

大伴家持 0692

「表邊無(うはへな)き」,連表面上的情義亦不施捨。

「人心(ひとのこころ)を 盡(つ)くさく思(おも)へば」,此人指大伴家持,盡心指心靈消磨殆盡。

0693 大伴宿禰千室歌一首 【未詳。】

 如此耳 戀哉將度 秋津野爾 多奈引雲能 過跡者無二

 如此(かく)のみし 戀(こひ)や渡(わた)らむ 秋津野(あきづの)に 棚引(たなび)く雲(くも)の 過(す)ぐとは無(な)しに

 吾情將何如 蓋仍長戀如此爾 不若秋津野 棚引浮雲過無痕 吾心戀慕誠難忘

大伴千室 0693

「大伴千室」,左兵尉督。傳未詳。4298亦註古今未詳。

「戀(こひ)や渡(わた)らむ」,詠嘆疑問。

「棚引(たなび)く」,引出「過(す)ぐ」之序。類例有『萬葉集』242,比喻將消去之事物

「過(す)ぐとは無(な)しに」,「過ぐ」表忘懷。

0694 廣河女王歌二首 【穗積皇子之孫女,上道王之女也。】

 戀草呼 力車二 七車 積而戀良苦 吾心柄

 戀草(こひぐさ)を 力車(ちからくるま)に 七車(ななくるま) 積(つ)みて戀(こ)ふらく 我(わ)が心(こころ)から

 戀草除不盡 積於力車滿七車 繁茂盛如此 吾戀猶彼荷雖重 然寔由衷甘如飴

廣河女王 0694

「戀草(こひぐさ)」,以草滋長茂盛之狀,比喻除之不盡,更生繁茂之慕情

「力車(ちからくるま)」,大型貨車。『色葉和難集』云:「力車者,積重物之車也。」

「七車(ななくるま)」,七乃表多數之虛詞。

「我(わ)が心(こころ)から」,發自內心,非因外在要素所為


0695 【承前,第二。】

 戀者今葉 不有常吾羽 念乎 何處戀其 附見繫有

 戀(こひ)は今(いま)は 有(あ)らじと我(あれ)は 思(おも)へるを 何處(いづく)の戀(こひ)そ 攫繫(つかみか)かれる

 吾思己斷情 今後不復受戀苦 雖念作如此 戀矣藏身匿何處 攫繫吾身弄吾情

廣河女王 0695

「戀(こひ)は今(いま)は 有(あ)らじ」,將戀情擬人化。不欲再見戀情,欲與戀情絕交。

「攫繫(つかみか)かれる」,『新撰字鏡』云:「抄,強取物。つかむ也。」

此歌或摹寫其祖父穗積皇子所作萬葉集』3816曲。

0696 石川朝臣廣成歌一首 【後賜姓高圓朝臣氏也。】

 家人爾 戀過目八方 川津鳴 泉之里爾 年之歷去者

 家人(いへびと)に 戀過(こひす)ぎめやも 蛙鳴(かはづな)く 泉里(いづみのさと)に 年經(としのへ)ぬれ

 心慕居家妻 常念彼身豈輒忘 川津蛙鳴兮 寂侘泉里故鄉間 日經月累年歷去

石川廣成 0696

家人(いへびと)に 戀過(こひす)ぎめやも」,此云豈將淡忘對家中妻子之思慕。

「蛙鳴(かはづな)く」,「泉里(いづみのさと)」之慣用修飾語

本歌蓋天平十二年久邇京遷都後於所作。同作者之1600、1601乃天平十五年所作。然本卷久邇京遷都後作歌多列於接近卷末之765以降。作者或於元明朝即因公務而暫居三香離宮乎。

0697 大伴宿禰像見歌三首

 吾聞爾 繫莫言 苅薦之 亂而念 君之直香曾

 我(わ)が聞(き)きに 懸(か)けて莫言(ない)ひそ 刈薦(かりこも)の 亂(みだ)れて思(おも)ふ 君(きみ)が直香(ただか)そ

 切莫輕言而 令吾耳聞觸吾情 苅薦紊亂兮 方寸戀慕情意亂 所念在君直香矣

大伴像見 0697

「我(わ)が聞(き)きに 懸(か)けて莫言(ない)ひそ」,「聞(き)き」於此有「欲聞」之意。「懸(か)けて」則含有「關連」之意。作者沉思之際,周遭論及其思慕之人,不覺豎耳竊聽,而對話內容卻非好意,遂有所不滿。故希望他人道人長短,莫入己耳。

「刈薦(かりこも)の」,「亂(みだ)れ」之枕詞

「君(きみ)が直香(ただか)」,原意乃「該人固有之香味」,轉作「該人」之用。「君」字用於敬畏之女性



0698 【承前,第二。】

 春日野爾 朝居雲之 敷布二 吾者戀益 月二日二異二

 春日野(かすがの)に 朝居(あさゐ)る雲(くも)の 頻頻(しくしく)に 我(あ)は戀(こひま)さる 月(つき)に日(ひ)に異(け)に

 奈良春日野 朝晨居雲之所如 頻頻續綿延 吾之戀倦情更募 日新月異與時

大伴像見 0698

「春日野(かすがの)に 朝居(あさゐ)る雲(くも)の」,引出下句「頻頻(しくしく)に」之序。描述雲群層聚高掛天上之狀。

「頻頻(しくしく)に」,頻繁「頻(しき)り」之意。


0699 【承前,第三。】

 一麁麈函\虔彎穃蛭罅\多綰掘仝緻嗾鯀蝓〆爾不有十方

 一(ひとせ)には 千度障(ちたびさは)らひ 行水(ゆくみづ)の 後(のち)にも逢(あ)はむ 今(いま)に非(あら)ずとも

 一鷯秬蘚戞∴瀏娘阻仍不止 逝水之所如 縱令今日不得晤 其末後日必相逢

大伴像見 0699

「一(ひとせ)には 千度障(ちたびさは)らひ 行水(ゆくみづ)の」,引出「後に逢ふ」之序。雖然現在受阻不得相逢,有朝一日必能再會。或與崇院「鵑鯀瓩漾ヾ笋忘匹るる 瀧川の 割れても末に 合はむとぞ思ふ」相類。http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/100/100_02.htm#077

「後(のち)にも逢(あ)はむ」,「も」自於此非並列,乃「至少」之意,後句「今(いま)に非(あら)ずとも」為其補足。


0700 大伴宿禰家持到娘子之門作歌一首

 如此為而哉 猶八將退 不近 道之間乎 煩參來而

 如此(かく)して哉(や) 猶(なほ)や退(まか)らむ 近(ちか)からぬ 道間(みちのあひだ)を 泥(なづ)み參來(まゐき)て

 如此為而哉 猶卻退兮拒門外 道程非近鄰 翻山越嶺涉險來 徒苦足勞不得會

大伴家持 0700

「猶(なほ)や退(まか)らむ」詠嘆疑問。「退(まか)る」乃「參(まゐ)る」之反意詞,自貴人之處退下、離去。

「泥(なづ)み參來(まゐき)て」,此云自身不辭路遠涉途而來,難到要被請回。


0701 河內百枝娘子贈大伴宿禰家持歌二首

 波都波都爾 人乎相見而 何將有 何日二箇 又外二將見

 端端(はつはつ)に 人(ひと)を相見(あひみ)て 如何(いか)に有(あ)らむ 何日(いづれのひ)にか 又外(またよそ)に見(み)む

 端端稍瞥見 今與伊人稍相會 今後將何如 更歷年月致何日 方得遠目再一見

河內百枝娘子 0701

「河內百枝娘子」,河內蓋為氏名。亦或為地名

「端端(はつはつ)に」,稍為。

「人(ひと)を相見(あひみ)て」,此人指家持。

0702 【承前,第二。】

 夜干玉之 其夜乃月夜 至于今日 吾者不忘 無間思念

 烏玉(ぬばたま)の 其夜月夜(そのよのつくよ) 今日迄(けふまで)に 我(あれ)は忘(わす)れず 間無(まな)くし思(おも)へば

 漆遽╋妄臓‖玉觀醋訖執鏐 至今仍銘心 憶慕當宵未嘗忘 以吾無間思念

河內百枝娘子 0702

「其夜月夜(そのよのつくよ)」,「其(その)」為遠稱用法,指前曲「端端に 人を相見て」之夜。「月夜」指月本身而言。

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2016-05-21-土

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最近読了



万葉集試訳

0662 市原王歌一首

 網兒之山 五百重隱有 佐堤乃埼 左手繩師子之 夢二四所見

 網兒山(あごのやま) 五百重隱(いほへかく)せる 佐堤崎(さてのさき) さて延(は)へし兒(こ)が 夢(いめ)にし見(み)ゆる

 英虞網兒山 青垣隱兮五百重 坂手佐堤崎 如是繫心牽魂兒 夜夜縈夢現邯鄲

市原王 0662

「網兒山(あごのやま)」,今三重志摩郡阿兒(あご)町英虞(あご)之山。然英虞灣周邊並吾高山,或為同町鵜方以西之垰魁

「佐堤崎(さてのさき)」,蓋為鳥羽港內坂手島。「五百重隱せる 佐堤崎」乃以同音引出下文「さて」之序。

「さて延(は)へし」,「さて」有「因如此之故」之意。然相較於「しか、かく、かくて」等,上代語缺乏「さ、さて」之例,故存疑。「延へ」乃長延之意,表作者心繫伊人。

「夢(いめ)にし見(み)ゆる」,古俗以為對方思慕己身,則將現於自身夢中。然亦有日所思夜所夢之說。

0663 安都宿禰年足歌一首

 佐穗度 吾家之上二 鳴鳥之 音夏可思吉 愛妻之兒

 佐保渡(さほわた)り 我家(わぎへ)の上(うへ)に 鳴鳥(なくとり)の 聲懷(こゑなつ)かしき 愛(は)しき妻子(つまのこ)

 飛渡越佐保 翱翔太虛吾家上 鳴鳥之所如 其音婉囀令人懷 親親摯愛吾妻

安都年足 0663

「佐保渡(さほわた)り」,飛越佐保上空。

「鳴鳥(なくとり)の」,以上乃藉比喻起出「聲懷かしき」之序。

「聲懷(こゑなつ)かしき」,其聲甚有魅力。「懷(なつ)かし」表心靈為其牽引,繞樑難絕。

「愛(は)しき妻子(つまのこ)」,「妻子(つまのこ)」之の字乃同位表現

0664 大伴宿禰像見歌一首

 石上 零十方雨二 將關哉 妹似相武登 言義之鬼尾

 石上(いそのかみ) 降(ふ)るとも雨(あめ)に 障(つつ)まめや 妹(いも)に逢(あは)むと 言(い)ひてし物(もの)を

 石上振布留 大雨雖零豈為障 不畏天降雨 吾已約束與妹逢 信言既出不反爾

大伴像見 0664

石上(いそのかみ)」,以「石上・布留(ふる)」而為「降(ふ)る」之枕詞

「障(つつ)まめや」,停滯、關閉之意。止步不前。


0665 安倍朝臣蟲麻呂歌一首

 向座而 雖見不飽 吾妹子二 立離徃六 田付不知毛

 向居(むかひゐ)て 見(み)れども飽(あ)かぬ 我妹子(わぎもこ)に 立離行(たちはなれい)かむ 方法知(たづきし)らずも

 向居坐對面 百般相看兩不厭 親親吾妹子 今與汝別去他方 無計可施徒無奈

安倍蟲麻呂 0665

「我妹子(わぎもこ)に 立離行(たちはなれい)かむ」,此「に」字,作「を」格較常見。

方法(たづき)」,或書「活計」、「方便」等,有「線索」、「解法」等意。此曲詠離別之哀與無措之愁。

0666 大伴坂上郎女歌二首 【承前。】

 不相見者 幾久毛 不有國 幾許吾者 戀乍裳荒鹿

 相見(あひみ)ぬは 幾久(いくびさ)さにも 有(あ)ら無(な)くに 幾許(ここだ)く我(あれ)は 戀(こ)ひつつもあるか

 離別不相見 未經幾時日未久 然吾甚眷戀 慕情依依幾許長 猶似累月又經年

坂上郎女 0666

「幾久(いくびさ)さにも 有(あ)ら無(な)くに」,相去未久。『新譯法華經』訓「久如」作「いくびさ、ありてか。」

「戀(こ)ひつつもあるか」,文末「か」表詠嘆。

0667 【承前,第二。】

 戀戀而 相有物乎 月四有者 夜波隱良武 須臾羽蟻待

 戀戀(こひこ)ひて 逢(あ)ひたる物(もの)を 月(つき)し有(あ)れば 夜(よ)は隱(こも)るらむ 須臾(しまし)はあり待(ま)て

 戀戀長相思 曠日苦待終相逢 明月掛天中 今離天明有時辰 還願相伴待須臾

坂上郎女 0667

 右,大伴坂上郎女之母石川內命婦與安陪朝臣蟲滿之母安曇外命婦,同居姊妹,同氣之親焉,緣此郎女蟲滿相見不疏,相談既密。聊作戲歌,以為問答也。

「逢(あ)ひたる物(もの)を」,此云曠別已久,終得相逢,其下隱含「何欲速歸」之語。

「月(つき)し有(あ)れば 夜(よ)は隱(こも)るらむ」,此云明月仍高掛天空,離月沉日明尚有時許。

「須臾(しまし)はあり待(ま)て」,「あり」表狀態持續,期望伊人相伴至天明

「同氣之親」,『千字文』有「同氣連枝」云云。『色葉字類抄』云:「同氣,兄弟名。」

按佐注,文言雖述相愛贈答,實則表姊妹間擬情戲作之曲。

0668 厚見王歌一首

 朝爾日爾 色付山乃 白雲之 可思過 君爾不有國

 朝(あさ)に日(け)に 色付(いろづ)く山(やま)の 白雲(しらくも)の 思過(おもひす)ぐべき 君(きみ)に有(あ)ら無(な)くに

 朝朝復日日 黃葉色褪秋山上 白雲轉瞬去 吾人思君深刻骨 豈如浮雲能忘去

厚見王 0668

「朝(あさ)に日(け)に」,每朝每日。

「白雲(しらくも)の」,以上乃藉白雲飄去引出「過」字之序。

「思過(おもひす)ぐべき 君(きみ)に有(あ)ら無(な)くに」,此云浮雲或過而無痕,然對伊人之情豈易忘懷。

0669 春日王歌一首 【志貴皇子之子,母曰多紀皇女也。】

 足引之 山橘乃 色丹出與 語言繼而 相事毛將有

 足引(あしひき)の 山橘(やまたちばな)の 色(いろ)に出(いで)よ 語繼(かたらひつ)ぎて 逢事(あふこと)も有(あ)らむ

 足曳勢險峻 山橘結實發赤赭 若猶彼山橘 露色唯人所語繼 或得有緣再逢哉

春日王 0669

「山橘(やまたちばな)」,藪柑子之古名。自生於山地,花白,果赤。「足引の」乃山之枕詞

「色(いろ)に出(いで)よ」,此云將情感表露於外。思念伊人,但恐他人察覺,而不露於色。然久待無果,不若刻意發露,令他人謠傳,獲得令伊人耳聞,而得相逢。

「語繼(かたらひつ)ぎて」,口耳相傳。

0670 湯原王歌一首

 月讀之 光二來益 足疾乃 山寸隔而 不遠國

 月讀(つくよみ)の 光(ひかり)に來(き)ませ 足引(あしひき)の 山(やま)き隔(へな)りて 遠(とほ)から無(な)くに

 月讀照晚時 冀鯣犖來吾處 縱需足勞頓 路非曳足險山隔 行道亦非萬里遠

厚見王 0670

「月讀(つくよみ)の」,月之別名。『日本書紀』稱月神\「月弓尊」、「月夜見尊」、「月讀尊」等。以「月讀」書之者,或有訟數月齡之含意。

「山(やま)き隔(へな)りて」,高山居中相隔。「き」字語意不詳,或有「割り」「切り」等插入之意。

此曲,湯原王擬女性催促對象來訪之情而作。

0671 和歌一首 【不審作者。○承前。】

 月讀之 光者清 雖照有 惑情 不堪念

 月讀(つくよみ)の 光(ひかり)は清(きよ)く 照(て)らせれど 惑(まと)へる心(こころ) 思(おも)ひ有(あ)へ無(な)くに

 太陰月讀之 皎月明光雖清冽 照臨曜晚間 然心戀惑緒紊亂 不堪念兮何相往

佚名 0671

「惑(まと)へる心(こころ) 思(おも)ひ有(あ)へ無(な)くに」,因戀而千頭萬緒,縱獲邀約,或難以應之。相對於月光之「照(て)らせ」,「惑(まと)へる」有心中黯淡不知所措之意。「惑」字或本作「或」,意同。


0672 安倍朝臣蟲麻呂歌一首

 倭文手纏 數二毛不有 壽持 奈何幾許 吾戀渡

 倭文手纏(しつたまき) 數(かず)にも有(あ)らぬ 命以(いのちも)て 何(なに)か幾許(ここだく) 我(あ)が戀渡(こひわた)る

 倭文鐶手纏 此身卑賤不足數 吾以此微命 雖知懸殊戶不對 奈何戀渡慕幾許

安倍蟲麻呂 0672

「倭文手纏(しつたまき)」,「數(かず)にも有(あ)らぬ」、「卑(いや)しい」之枕詞。倭文乃日本古代花文單純之織物,手纏則為手環。相對於後世泊來之外國紋樣與寶石、貴金屬等之製品,倭文手纏於當時略顯麤末。

「數(かず)にも有(あ)らぬ 命」,缺乏價值、卑微低賤之命。命之原文「壽」表年齡,而此作「命」、「身」解。相對於女方,自卑身分低微。


0673 大伴坂上郎女歌二首

 真十鏡 磨師心乎 縱者 後爾雖云 驗將在八方

 真十鏡(まそかがみ) 磨(とぎ)し心(こころ)を 許(ゆる)してば 後(のち)に言(い)ふとも 驗有(しるしあ)らめやも

 明澄真十鏡 決心雖磨酣〆 〆‐霄秣婀法‖狂繞堽痰悔悟 豈仍有驗可及乎

坂上郎女 0673

「真十鏡(まそかがみ) 磨(とぎ)し心(こころ)を 許(ゆる)してば」,同坂上郎女歌619有「真十鏡 磨ぎし心を 許してし」

「後(のち)に言(い)ふ」,此或責備對方不實之言。

0674 【承前。】

 真玉付 彼此兼手 言齒五十戶常 相而後社 悔二破有跡五十戶

 真玉付(またまつ)く 彼此兼(をちこちか)ねて 言(こと)は言(い)へど 逢(あ)ひて後(のち)こそ 悔(く)いには有(あり)と云(い)へ

 真珠玉串 貫緒彼此亙永劫 言雖述如此 相逢之後或追悔 世間無常咸如此

坂上郎女 0674

「真玉付(またまつ)く」,以貫玉之「緒(を)」而為「を」之枕詞

「彼此兼(をちこちか)ねて」,接合來世、現在,此云將來與現在

「言(こと)は言(い)へど」,縱述花顏巧語。主語包含對象與一般男性

「悔(く)いには有(あり)と云(い)へ」,「と云へ」乃傳聞之意。會後有悔。


0675 中臣女郎贈大伴宿禰家持歌五首 【五首第一。】

 娘子部四 咲澤二生流 花勝見 都毛不知 戀裳揩可聞

 女郎花(をみなへし) 佐紀澤(さきさは)に生(お)ふる 花勝見(はなかつみ) 嘗(かつ)ても知(し)らぬ 戀(こひ)もする哉(かも)

 七草女郎花 佐紀間所生茂 妍麗花勝見 如其花名未嘗知 今當慕戀莫名哉

中臣女郎 0675

女郎花(をみなへし)」,秋七草之一。此以花開之「咲(さき)」作為引出地名佐紀澤(さきさは)」之枕詞

佐紀澤(さきさは)」,位於平城京北郊之沼澤地。其地以「花勝見」聞名。

「花勝見(はなかつみ)」,未詳。有花菖浦、花真菰等多說。http://www.kamoltd.co.jp/kakegawa/nagata.htm

「嘗(かつ)も知(し)らぬ」,「嘗(かつ)」原文作「都」,乃中華俗語。「かつ」與「勝見」呼應,『古今集』亦有「花勝見」與「且」字雙關之例。 http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kokin/kk14.htm

0676 【承前,五首第二。】

 海底 奧乎深目手 吾念有 君二波將相 年者經十方

 海底(わたのそこ) 奧(おき)を深(ふ)かめて 我(あ)が思(おも)へる 君(きみ)には逢(あ)はむ 年(とし)は經(へ)ぬとも

 滄海千尋底 奧津深處無人知 吾心邃所念 慕情甚欲與君逢 縱使經年無所惜

中臣女郎 0676

「海底(わたのそこ)」,「奧(おき)」之枕詞。「奧(おき)」同時蘊含水之深處與心靈深處之意。


0677 【承前,五首第三。】

 春日山 朝居雲乃 欝 不知人爾毛 戀物香聞

 春日山(かすがやま) 朝居(あさゐ)る雲(くも)の 欝(おほほ)しく 知(し)らぬ人(ひと)にも 戀(こ)ふる物哉(ものかも)

 春日山頂上 棚引朝雲之所如 欝欝迷渺茫 不識未嘗逢誤人 何生戀情思慕哉

中臣女郎 0677

「朝居(あさゐ)る雲(くも)の」,此「居(ゐ)る」表朝雲掛於山頂。以上乃起出「欝(おほほ)しく」之序。

「欝(おほほ)しく」,承前表示矇矓迷惘,形象不明,起後表示心情鬱抑。

「知(し)らぬ人(ひと)にも 戀(こ)ふる物哉(ものかも)」,自訝對未曾相識者何來如此戀慕之情。

0678 【承前,五首第四。】

 直相而 見而者耳社 靈剋 命向 吾戀止眼

 直(ただ)に逢(あ)ひて 見(み)てばのみこそ 靈剋(たまきは)る 命(いのち)に向(むか)ふ 我(あ)が戀止(こひや)まめ

 若得直相見 此身相聚晤逢者 玉極靈剋兮 不惜懸命吾戀者 或得中止平息矣

中臣女郎 0678

「靈剋(たまきは)る」,「命(いのち)」、「世」、「內(うち)」之枕詞

「命(いのち)に向(むか)ふ」,以命為的而向之。有賭命之意。

本歌末二句,與『萬葉集』卷12-2883一云同。

0679 【承前,五首第五。】

 不欲常云者 將強哉吾背 菅根之 念亂而 戀管母將有

 否(いな)と言(い)はば 強(し)ひめや我(わ)が背(せ) 菅根(すがのね)の 思亂(おもひみだ)れて 戀(こ)ひつつも有(あ)らむ

 常言不欲者 或當強晤吾夫矣 菅根生繁茂 吾戀思狂情紊亂 久慕兄子不自己

中臣女郎 0679

「否(いな)と言(い)はば」,此云若是對方(家持)堅持拒絕的話。

「強(し)ひめや我(わ)が背(せ)」,硬是要求見面。作者蓋為家持優柔寡斷之態度所怒。

「菅根(すがのね)の」,「亂」之枕詞


0680 大伴宿禰家持與交遊別歌三首

 盖毛 人之中言 聞可毛 幾許雖待 君之不來益

 蓋(けだ)しくも 人(ひと)の中言(なかごと) 聞(き)かせ哉(かも) 幾許(ここだ)く待(ま)てど 君(きみ)が來(き)まさぬ

 中傷蜚語等 汝蓋聞人謗語哉 當是虛名起 吾在此間待幾許 君亦不來不相聞

大伴家持 0680

「交遊(とも)」,朋友之意。此蓋大伴家持受友人以冷淡之態度對待,遂作此歌贈之。

「蓋(けだ)しくも」,「恐怕」、「大概」之意。

「中言」,為破壞他人情誼之毀謗中傷

「聞(き)かせ哉(かも)」,疑問條件詞。蓋是聽信他人中傷,故顯冷淡。


0681 【承前,第二。】

 中中爾 絕年云者 如此許 氣緒爾四而 吾將戀八方

 中中(なかなか)に 絕(た)ゆとし言(い)はば 如此許(かくばか)り 息緒(いきのを)にして 我戀(あれこ)ひめやも

 中中不上下 不若聞汝訴絕緣 吾為戀所苦 懸賭命緒如此許 反覆煎熬愁相思

大伴家持 0681

「中中(なかなか)に」,對不上不下之現狀有所不滿而亟欲突破

「息緒(いきのを)にして」,「にして」乃表情態之修飾格。

0682 【承前,第三。】

 將念 人爾有莫國 懃 情盡而 戀流吾毳

 思(おも)ふらむ 人(ひと)に有(あ)ら莫(な)くに 懃(ねもころ)に 心盡(こころつ)くして 戀(こ)ふる我哉(あれかも)

 自討沒趣乎 念吾之人莫有兮 吾何以懇懃 情盡心碎熬戀苦 如此單戀哀慕哉

大伴家持 0682

「思(おも)ふらむ 人(ひと)に有(あ)ら莫(な)くに」,無人在意思念自身

「懃(ねもころ)に 心盡(こころつ)くして」,一再盡心勞情。

0683 大伴坂上郎女歌七首 【七首第一。】

 謂言之 恐國曾 紅之 色莫出曾 念死友

 謂言(いふこと)の 恐國(かしこきくに)そ 紅(くれなゐ)の 色(いろ)に莫出(ない)でそ 思死(おもひし)ぬとも

 謂言宜慎之 輒言靈異恐國矣 末摘胭脂紅 切莫露色勿輕言 縱令心鬱將戀死

坂上郎女 0683

「謂言(いふこと)の 恐國(かしこきくに)そ」,日本古有言靈信仰,戒慎輕率發言。3253有「葦原の 瑞穗國は 隨神 言舉げせぬ國」云云。輕率、多餘之發言,被視作不及。即便思慕情切,若將戀人之名說出口,恐怕因言語之咒力對其帶來危害

「紅(くれなゐ)の」,「色(いろ)に出(い)で」之枕詞。「紅(くれなゐ)」即「紅花(べにばな)」,可採作胭脂,別名末摘花。

「色(いろ)に莫出(ない)でそ」,莫露於色,此更作莫說出口。

0684 【承前,七首第二。】

 今者吾波 將死與吾背 生十方 吾二可緣跡 言跡云莫苦荷

 今(いま)は我(あ)は 死(し)なむよ我(わ)が背(せ) 生(い)けりとも 我(あれ)に寄(よ)るべしと 言(い)ふと云(い)は莫(な)くに

 親親吾兄子 我今將死捨娑婆 縱使苟活者 無人謂汝將緣我 渾噩此生有何望

坂上郎女 0684

「生(い)けりとも 我(あれ)に寄(よ)るべしと 言(い)ふと云(い)は莫(な)くに」,「言(い)ふ」之主語乃世人。縱令作者不死,世上亦無人安慰其說戀人將心向於己。

0685 【承前,七首第三。】

 人事 繁哉君之 二鞘之 家乎隔而 戀乍將座

 人言(ひとごと)を 繁(しげ)みや君(きみ)が 二鞘(ふたさや)の 家(いへ)を隔(へだ)てて 戀(こ)ひつついまさむ

 君今作何想 縱令人言蜚語繁 二鞘納雙刀 我倆隔家雖比鄰 汝雖徒戀竟不逢

坂上郎女 0685

「人言(ひとごと)を 繁(しげ)みや君(きみ)が」,或本原文作「繁哉君乎」,然女方訪男方不合俗,蓋如元曆校本等「繁哉君之」為正。

「二鞘(ふたさや)の」,比喻相鄰卻不得會面之枕詞。二鞘乃兩只小刀收於一鞘之二合刀子正倉院寶物有三合鞘刀子

本歌云莫在意他人眼目、流言,兩家相去不遠,希望對象能來訪相逢。

0686 【承前,七首第四。】

 比者 千歲八徃裳 過與 吾哉然念 欲見鴨

 比(このころ)は 千年(ちとせ)や行(ゆ)きも 過(す)ぎぬると 我(あれ)や然思(しかおも)ふ 見(み)まく欲(ほ)り哉(かも)

 比日不相見 心焦猶如越千年 苦待守空閨 蓋以吾念如此然 或以欲逢致此哉

坂上郎女 0686

「千年(ちとせ)や行(ゆ)きも 過(す)ぎぬると」,因苦待而心理時間猶如千年。相較於實際「比日」僅數日不見而言。

2539、3470有類歌。

0687 【承前,七首第五。】

 愛常 吾念情 速河之 雖塞塞友 猶哉將崩

 愛(うるは)しと 我(あ)が思(おも)ふ心(こころ) 早川(はやかは)の 塞(せ)きに塞(せ)くとも 猶(なほ)や崩(く)えなむ

 吾心念汝者 愛慕情切無以遏 其猶速麈掘早川急流縱堰之 塞之猶崩無以止

坂上郎女 0687

「愛(うるは)しと 我(あ)が思(おも)ふ心(こころ)」,原文「愛」或可訓「うつくし」然後接「我(あ)が思(おも)ふ」者以「うるはし」為通例。

「塞(せ)きに塞(せ)くとも」,無論如何塞堰,亦無以阻擋急流(情意)。

「猶(なほ)や崩(く)えなむ」,「崩(く)え」乃決堤之意。行間隱有「つつみ(堤防/包覆)」。

0688 【承前,七首第六。】

 青山乎 煞雲之 灼然 吾共咲為而 人二所知名

 青山(あをやま)を (よこ)ぎる雲(くも)の 灼然(いちしろ)く 我(あれ)と笑(ゑ)まして 人(ひと)に知(し)らゆ莫(な)

 其猶越青山 埓白雲之所如 灼然歷目見 我倆相睦展笑顏 其情莫令他人

坂上郎女 0688

青山(あをやま)を (よこ)ぎる雲(くも)の」,引出「灼然く」之序。漂過青山之白雲,對比鮮明。

「灼然(いちしろ)く」,顯著。此云兩人之關係不欲人知,故莫過於張揚。

2762有類歌。

0689 【承前,七首第七。】

 海山毛 隔莫國 奈何鴨 目言乎谷裳 幾許乏寸

 海山(うみやま)も 隔(へだ)たら無(な)くに 何(なに)しかも 目言(めごと)をだにも 幾許乏(ここだとも)しき

 相去不甚遠 非有海山致相隔 何以疎如此 縱令相晤面相言 幾許乏兮莫得哉

坂上郎女 0689

「目言(めごと)をだにも」,光是連面對面相會、對談。作者期望至少能與戀人見上一面。

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2016-05-13-金

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万葉集試訳

0631 湯原王贈娘子歌二首 【志貴皇子之子也。】

 宇波弊無 物可聞人者 然許 遠家路乎 令還念者

 表邊無(うはへな)き 物(もの)かも人(ひと)は 如此許(かくばか)り 遠(とほ)き家道(いへぢ)を 歸(かへ)さく思(おも)へば

 汝命甚絕情 表邊情面亦不留 吾步家道來 其路甚遠如此許 汝竟不留欲令還

湯原王 0631

「表邊無(うはへな)き」,未詳。按語意解,則為「連表面之情意亦無。」

「歸(かへ)さく思(おも)へば」,此云對方無情,己身道遠而來,竟欲送客令歸。


0632 【承前,第二。】

 目二破見而 手二破不所取 月內之 楓如 妹乎奈何責

 目(め)には見(み)て 手(て)には取(と)らえぬ 月內(つきのうち)の 桂(かつら)の如(ごと)き 妹(いも)を奈何(いか)にせむ

 遠觀目可見 然手無由不得取 其猶皎月內 虛渺月桂之所如 窈窕吾妹當奈何

湯原王 0632

「月內(つきのうち)の 桂(かつら)」,中華古俗以為月中有桂樹。如『初學記』所引「安天論」。原文「楓」字按『和名抄』為「雄桂(をかつら)」,桂乃「雌桂(めかつら)」。

伊勢物語七十三段有類歌「目には見て 手には取られぬ 月內の 桂の如き 君にぞありける」。

0633 娘子報贈歌二首 【承前,報歌第一。】

 幾許 思異目鴨 敷細之 枕片去 夢所見來之

 幾許(いかばか)り 思(おも)ひけめ哉(かも) 敷栲(しきたへ)の 枕片去(まくらかたさ)る 夢(いめ)に見(み)え來(け)る

 慕情難釋懷 所念深深深幾許 敷栲白細兮 空枕徬置孤寢夜 夢見汝命會邯鄲

娘子 0633

「幾許(いかばか)り」,(思念)深邃如此。

「敷栲(しきたへ)の」,枕之枕詞

「枕片去(まくらかたさ)る 夢(いめ)に見(み)え來(け)る」,此云雖然戀人不在身旁,亦如戀人相伴時將其枕置於同床而眠,復於夢中見得戀人。


0634 【承前,報歌第二。】

 家二四手 雖見不飽乎 草枕 客毛妻與 有之乏左

 家(いへ)にして 見(み)れど飽(あ)かぬを 草枕(くさまくら) 旅(たび)にも妻(つま)と あるが羨(とも)しさ

 居家在鄉者 相看百見兩不厭 草枕他鄉兮 羈旅異地仍相伴 望之和睦令人羨

娘子 0634

「家(いへ)にして 見(み)れど飽(あ)かぬを」,家相對於旅而言,敘述關乎夫婦之社會概念。を乃逆接。

「旅(たび)にも妻(つま)と あるが羨(とも)しさ」,此云湯原王召其妻來任地,而娘子(湯原王於當地之愛妾)見其夫婦相睦而羨之。


0635 湯原王亦贈歌二首 【承前。】

 草枕 客者嬬者 雖率有 匣內之 珠社所念

 草枕(くさまくら) 旅(たび)には妻(つま)は 率(ゐ)たれども 櫛笥內(くしげのうち)の 玉(たま)こそ思(おも)ほゆれ

 草枕在異地 羈旅他鄉雖率妻 相伴不相離 實則時時眷汝命 櫛笥中玉更所念

湯原王 0635

「率(ゐ)たれども」,「率る」乃率引伴隨之意。

「櫛笥內(くしげのうち)の 玉(たま)」,重視深愛女性之比喻,此指娘子為言。『昭明文選』石崇「王明君辭」有「匣中玉」云云。

本詩承前娘子(湯原王在任地之愛妾)見到湯原王召正妻來此,感到羨恨之歌,本曲乃「雖然現於外地仍率妻同處,然心中掛念的則為珍藏珠匣中不令人視之寶玉(妾)。」


0636 【承前,第二。】

 余衣 形見爾奉 布細之 枕不離 卷而左宿座

 我(あ)が衣(ころも) 形見(かたみ)に奉(まつ)る 敷栲(しきたへ)の 枕(まくら)を放(さ)けず 卷(ま)きて小寢(さね)ませ

 余衣為緣物 贈以汝命以為信 敷栲白細兮 枕邊置之莫相離 纏身安寢如相伴

湯原王 0636

「我(あ)が衣(ころも) 形見(かたみ)に奉(まつ)る」,將肌身之服贈與異性,乃格別情愛之具體表現。而衣(ぬき)多指觸於人目之外裝,「裳(ころも)」則為內衣為主。身著異性之裳者,如『萬葉集』747等多為男性著女裳,但如3011「我妹子に衣(ころも)借香の宜寸川」等,女性男性借裳而著之例亦不少。

「枕(まくら)を放(さ)けず」,不離枕邊。

「卷(ま)きて小寢(さね)ませ」,「卷(ま)き」為著用,「ませ」乃敬體「ます」命令形

0637 娘子復報贈歌一首 【承前。】

 吾背子之 形見之衣 嬬問爾 余身者不離 事不問友

 我(わ)が背子(せこ)が 形見(かたみ)の衣(ころも) 妻問(つまど)ひに 我(あ)が身(み)は放(さ)けじ 言問(ことと)はずとも

 吾夫兄子之 餽贈緣物此衣者 以為結納信 肌身不離置眼前 縱彼無靈不言問

娘子 0637

「妻問(つまど)ひに」,此作求婚之贈物解。「に」乃「作為」之意。

「言問(ことと)はずとも」,衣乃非情之物,無法與人相語、相慰。

0638 湯原王亦贈歌一首 【承前。】

 直一夜 隔之可良爾 荒玉乃 月歟經去跡 心遮

 唯一夜(ただひとよ) 隔(へだ)てしからに 改(あらた)まの 月(つき)か經(へ)ぬると 心惑(こころまど)ひぬ

 雖唯一夜間 倆倆相隔不相見 日新月易兮 心猶經月久未晤 方寸千頭萬緒亂

湯原王 0638

「心惑(こころまど)ひぬ」,此云心思紊亂難以分別之狀。原文「心遮」或與2961有關,而意或乃心靈之動為遮阻而淀。

0639 娘子復報贈歌一首 【承前。】

 吾背子我 如是戀禮許曾 夜干玉能 夢所見管 寐不所宿家禮

 我(わ)が背子(せこ)が 如是戀(かくこふ)れこそ 烏玉(ぬばたま)の 夢(いめ)に見(み)えつつ 寢(いね)らえずけれ

 親親吾兄子 汝戀妾身銘如此 漆遽╋妄臓〔潅每現汝形影 相會邯鄲不得寢

娘子 0639

「如是戀(かくこふ)れこそ」,如此乃指前曲之內容。

「烏玉(ぬばたま)の」,以酣祁曽欅挂詛枕詞,更引申作夢之枕詞為用。

「寢(いね)らえずけれ」,「らえ」與中古語「られ」同,表可能

0640 湯原王亦贈歌一首 【承前。】

 波之家也思 不遠里乎 雲居爾也 戀管將居 月毛不經國

 愛(は)しけやし 間近(まちか)き里(さと)を 雲居(くもゐ)にや 戀(こひ)つつ居(を)らむ 月(つき)も經無(へ)なくに

 嗚呼愛哀憐哉 汝之所處雖間近 卻遠猶雲居 吾戀汝命慕不止 分明相離未經月

湯原王 0640

「間近(まちか)き里(さと)を」,「間近き里」表娘子之住所。「を」表逆接,雖然距離近卻不得相會。

「雲居(くもゐ)にや」,如再遙遠天邊雲上之意。「や」表詠嘆疑問。


0641 娘子復報贈歌一首 【承前。】

 絕常云者 和備染責跡 燒大刀乃 隔付經事者 幸也吾君

 絕(た)ゆと言(い)はば 詫(わび)しみせむと 燒大刀(やきたち)の 邊付事(へつかふこと)は 幸(さき)くや我(あ)が君(きみ)

 若云絕緣者 汝念妾身當詫異 百鍊燒大刀 若依義理所來者 豈非幸歟吾君矣

娘子 0641

「絕(た)ゆと言(い)はば」,「絕(た)ゆ」表絕緣、離別。「言はば」之主語乃湯原王。

「詫(わび)しみせむと」,「詫(わび)」乃詫異、失落之狀。

「燒大刀(やきたち)の」,入火千錘百鍊之刀,「へつかふ」之枕詞,然飾法未詳。

「邊付事(へつかふこと)は」,蓋依緣某物之意。

「幸(さき)くや」,健康無恙、無事之意。此云男方蓋以為題出訣別則女方將失落詫異,然以無所謂

0642 湯原王歌一首

 吾妹兒爾 戀而亂者 久流部寸二 懸而緣與 余戀始

 我妹子(わぎもこ)に 戀(こひ)て亂(みだ)れば 繰(く)るべきに 掛(か)けて搓(よ)らむと 我(あ)が戀始(こひそ)めし

 親親吾妹子 吾思汝命情意亂 其猶繰心緒 掛而搓紡織而成 如是余戀慕情

湯原王 0642

「戀(こひ)て亂(みだ)れば」,以亂緒比喻戀心。或本原文作「戀而亂在」,訛者字乎。

「繰(く)るべき」,繰絲之道具。

「掛(か)けて搓(よ)らむと」,將亂緒借織機重整之狀。

0643 紀郎女怨恨歌三首 【鹿人大夫之女,名曰小鹿也。安貴王之妻也。○第一。】

 世間之 女爾思有者 吾渡 痛背乃河乎 渡金目八

 世中(よのなか)の 女(をみな)にしあらば 我(あ)が渡(わた)る 痛背川(あなせのかは)を 渡兼(わたりか)ねめや

 妾若為世間 凡常之女庶民者 吾所越渡之 痛背之川或可渡 不須如此惜身名

紀郎女 0643

「世中(よのなか)の 女(をみな)にしあらば」,此云若己身為世間一般女性。紀郎女乃安貴王妻,礙於身分無法如庶民奔放自由

「痛背川(あなせのかは)」,痛足川於穴師一帶之名。結合感嘆詞「あな」與兄・夫「せ」,蘊含對背叛自身男子怨恨

「渡兼(わたりか)ねめや」,以渡川之冒險暗示不倫之關係。若為一般女子或非不可渡越,己則奈於此般誘惑而苦。

0644 【承前,第二。】

 今者吾羽 和備曾四二結類 氣乃緒爾 念師君乎 縱左久思者

 今(いま)は我(あ)は 侘(わ)びぞしにける 息緒(いきのを)に 思(おも)ひし君(きみ)を 許(ゆる)さく思(おも)へば

 妾身今氣竭 心詫落膽甚失意 懸以生息緒 不吝賭命所思君 今思或當縱其離

紀郎女 0644

「息緒(いきのを)」,此云維繫生命之羈絆。

「許(ゆる)さく思(おも)へば」,「許さく」乃「許す」之く語法,弛緩、令其自由、放手之意。

此云女方深愛男方,以此情念維繫性命,然男方要求訣別,開始雖欲挽留,今則心疲欲放手。

0645 【承前,第三。】

 白細乃 袖可別 日乎近見 心爾咽飯 哭耳四所泣

 白栲(しろたへ)の 袖別(そでわか)るべき 日(ひ)を近(ちか)み 心(こころ)に咽(むせ)ひ 音(ね)のみし泣(な)かゆ

 顧思白栲兮 訣別之時日將近 餘日更無幾 心中嗚咽滿傷懷 發音哭啼唯所泣

紀郎女 0645

「袖別(そでわか)るべき 日(ひ)を近(ちか)み」,應當訣別之日將近。

「心(こころ)に咽(むせ)ひ」,充滿心中。「咽」有嚥下之意。

0646 大伴宿禰駿河麻呂歌一首

 大夫之 思和備乍 遍多 嘆久嘆乎 不負物可聞

 大夫(ますらを)の 思侘(おもひわ)びつつ 度多(たびまね)く 嘆(なげ)く嘆(なげ)きを 負(お)はぬ物哉(ものかも)

 壯士丈夫之 思詫意窮情無措 幾度又幾許 悲嘆欷歔心懷恨 豈為汝可負物哉

大伴駿河麻呂 0646

大夫(ますらを)の」,作者自述而予以一般化視點。

「度多(たびまね)く」,次數眾多。

「負(お)はぬ物哉(ものかも)」,「負ふ」乃罪報、處罰、人之詛咒、怨恨之疇。主語乃坂上娘女。


0647 大伴坂上郎女歌一首

 心者 忘日無久 雖念 人之事社 繁君爾阿禮

 心(こころ)には 忘(わす)るる日無(ひな)く 思(おも)へども 人言(ひとのこと)こそ 繁(しげ)き君(きみ)にあれ

 妾心唯念君 無日忘懷常思慕 然君浮名盛 流言蜚語未嘗絕 浮名如此吾君矣

坂上郎女 0647

「人言(ひとのこと)こそ 繁(しげ)き君(きみ)にあれ」,此云駿河麻呂浮名不斷,人皆云其不實之徒。要如何令己身相信其言。


0648 大伴宿禰駿河麻呂歌一首

 不相見而 氣長久成奴 比日者 奈何好去哉 言借吾妹

 相見(あひみ)ずて 日長(けなが)く成(な)りぬ 此頃(このころ)は 奈何(いか)に幸(さき)くや 不審我妹(いふかしわぎも)

 倆倆不相見 相別以來日已久 近頃比日者 可享清平度如何 其無恙乎無妹矣

大伴駿河麻呂 0648

「奈何(いか)に幸(さき)くや」,「奈何(いか)に」乃探問感歎詞。如何、何如。王羲之「周參軍帖」有「不審尊體何如」云云。「幸(さき)く」乃平安、無事,原文「好去」與「比日」皆為書翰常用語

不審」,用於探問對方是否無恙,與前句「奈何(いか)に」相接,「不審...何如」之意。


0649 大伴坂上郎女歌一首

 夏葛之 不絕使乃 不通有者 言下有如 念鶴鴨

 夏葛(なつくず)の 絕(た)えぬ使(つか)ひの 淀(よど)めれば 事(こと)しも有(あ)る如(ごと) 思(おも)ひつるかも

 其猶夏葛兮 不絕往來使人者 比日淀不通 蓋為有事斷絡繹 吾衷念之心慌亂

坂上郎女 0649

 右,坂上郎女者,佐保大納言卿之女也。駿河麻呂,此高市大卿之孫也。兩卿兄弟之家,女孫姑姪之族。是以題歌送答,相問起居。

「夏葛(なつくず)の」,「絶えぬ」之枕詞。葛乃秋七草之一。

「淀(よど)めれば」,「淀(よど)む」乃停滯。此云使人不再來訪。

「事(こと)しも有(あ)る」,是故、意外。


0650 大伴宿禰三依離復相歡歌一首

 吾妹兒者 常世國爾 住家良思 昔見從 變若益爾家利

 我妹子(わぎもこ)は 常世國(とこよのくに)に 住(す)みけらし 昔見(むかしみ)しより 變若坐(をちま)しにけり

 親愛吾妹子 汝蓋暫居常世乎 仙境常世國 今見汝命比往昔 年齒彌稚更返老

大伴三依 0650

「我妹子(わぎもこ)」,一說為賀茂女王,然通說作與坂上郎女之應答較為自然

「常世國(とこよのくに)」,不老不死之異界。蓋受中國神仙思想之影響而成之理想鄉。

「變若坐(をちま)しにけり」,まし乃表尊敬之語。「變若(をち)」,與變若水傳說有關。

0651 大伴坂上郎女歌二首

 久堅乃 天露霜 置二家里 宅有人毛 待戀奴濫

 久方(ひさかた)の 天露霜(あめのつゆしも) 置(お)きにけり 家(いへ)なる人(ひと)も 待戀(まちこ)ひぬらむ

 遙遙久方兮 天之露霜所降置 留置家中者 久待伊人歸來日 心戀鬱鬱守舍間

坂上郎女 0651

「家(いへ)なる人(ひと)も」,「家にある人」之約。用「も」字表自身亦情同與此。

0652 【承前,第二。】

 玉主爾 珠者授而 勝且毛 枕與吾者 率二將宿

 玉守(たまもり)に 玉(たま)は授(さづ)けて 且(か)つ且(が)つも 枕(まくら)と我(あれ)は 去來二人寢(いざふたりね)む

 明珠美玉矣 已授玉守不在傍 明珠不在掌 今吾形隻身影孤 唯有與枕相共眠

坂上郎女 0652

「玉守(たまもり)」,可寄託玉石與之並守護者。此以玉石比喻千金,而其夫婿自為玉守。此歌玉者有二說,唯指二孃者,玉守為駿河麻呂。同指大孃、二孃者,則為家持與駿河麻呂。

「且(か)つ且(が)つ」,形容雖非本意,但須完成某事之副詞副詞

0653 大伴宿禰駿河麻呂歌三首

 情者 不忘物乎 儻 不見日數多 月曾經去來

 心(こころ)には 忘(わす)れぬ物(もの)を 儻(たまさか)に 見(み)ぬ日(ひ)さ數多(まね)く 月(つき)そ經(へ)にける

 情雖不忘懷 懸掛心頭常惦記 然儻離別起 不見之日數已多 不覺經月未逢見

大伴駿河麻呂 0653

「儻(たまさか)に」,偶然,不覺之間。

「さ數多(まね)く」,「數多く」為表日數、次數之多之副詞。「さ」乃接頭語。

此歌為辯解之詞,蓋贈坂上郎女之歌。

0654 【承前,第二。】

 相見者 月毛不經爾 戀云者 乎曾呂登吾乎 於毛保寒毳

 相見(あひみ)ては 月(つき)も經無(へな)くに 戀(こふ)と言(い)はば 輕率(をそろ)と我(あれ)を 思(おも)ほさむ哉(かも)

 自前相會起 時日雖去未經月 若云戀慕者 蓋以無病強呻吟 思吾輕率賦愁哉

大伴駿河麻呂 0654

「輕率(をそろ)」,魯莽、輕率之意。

萬葉集1548坂上郎女歌「咲花も 早熟(をそろ)は厭 晚芽なる 長き心に 尚及かずけり」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1548

0655 【承前,第三。】

 不念乎 思常云者 天地之 神祇毛知寒 邑禮左變

 思(おも)はぬを 思(おも)ふと言(い)はば 天地(あめつち)の 神(かみ)も知(し)らさむ 邑禮左變(訓不詳)

 若心實不念 口上佯言慕念者 天地六合間 神將知悉降神罰 縱言慕念邑禮者

大伴駿河麻呂 0655

「思(おも)はぬを 思(おも)ふと言(い)はば」,口上言及愛慕而心中未必真誠。亦見於『萬葉集』561、3100。

「邑禮左變(訓不詳)」,難訓。有「邑(さと)し礼(いや)さへ」、「国こそ境へ」、「さとれさかはり」、「巴禮(とまれ)佐變(かくまれ)」、「歌飼(うたがふ)名齋(なゆめ)」、「さとのかみさへ」等說,此姑按「邑し礼さへ」譯之。 http://blog.goo.ne.jp/taketorinooyaji/e/5c7bfecb55924f0d3ee301e6e0c76eb9


0656 大伴坂上郎女歌六首 【六首第一。】

 吾耳曾 君爾者戀流 吾背子之 戀云事波 言乃名具左曾

 我(あれ)のみそ 君(きみ)には戀(こ)ふる 我(わ)が背子(せこ)が 戀(こ)ふと云事(いふこと)は 言慰(ことのなぐさ)そ

 唯吾懷誠心 戀君真摯無所欺 吾之兄子者 所謂戀者如浮雲 無非慰言巧語矣

坂上郎女 0656

「我(あれ)のみそ 君(きみ)には戀(こ)ふる」,相對駿河麻呂贈歌「思はぬを 思ふと言はば」,申明自身情切。

「言慰(ことのなぐさ)そ」,「慰(なぐ)さ」與「慰(なぐ)む」同源,慰藉心靈之意。或為慰藉己心,或為慰藉他人,此為後者。言男方所言不過欲令女方心安而已。

0657 【承前,六首第二。】

 不念常 日手師物乎 翼酢色之 變安寸 吾意可聞

 思(おも)はじと 言(い)ひてし物(もの)を 唐棣花色(はねずいろ)の 移(うつ)ろひ易(やす)き 我(あ)が心哉(こころかも)

 雖言不復念 不欲慕戀以煩心 唐棣花色兮 怎謂變心移情易 吾心難以徹其衷

坂上郎女 0657

「思(おも)はじと 言(い)ひてし物(もの)を」,明明已告訴自己不莫再愛人了。

「唐棣花色(はねずいろ)」,「移(うつ)ろひ」之枕詞。以花失色為人心易變之飾語。然其花時為何花,仍待後考。天武紀有「朱花,此云はねず。」云云。

「移(うつ)ろひ易(やす)き」,此云自身不復愛人之決定無法堅持,又復陷於戀情。

0658 【承前,六首第三。】

 雖念 知僧裳無跡 知物乎 奈何幾許 吾戀渡

 思(おも)へども 驗(しるし)も無(な)しと 知(し)る物(もの)を 何(なに)か幾許(ここだ)く 我(あ)が戀渡(こひわた)る

 身受相思苦 百般慕之無效驗 妾雖知此理 奈何妾心難自己 幾許戀渡念伊人

坂上郎女 0658

「驗(しるし)」,效驗、效果。原文「知僧」之「僧」乃法師之意。2094有「落僧(ちらくし)惜しも」與之相類。

「何(なに)か幾許(ここだ)く」,何以如此之多。

0659 【承前,六首第四。】

 豫 人事繁 如是有者 四惠也吾背子 奧裳何如荒海藻

 豫(あらかじ)め 人言繁(ひとごとしげ)し 如是(かく)し有(あ)らば しゑや我(わ)が背子(せこ) 奧(おき)も何如(いか)にあらめ

 流言蜚語矣 人言痛矣豫甚繁 事既如是者 噫乎去來吾兄子 今後未然當何如

坂上郎女 0659

「しゑや」,不顧一切,捨缽氣氛之感嘆詞

「奧(おき)も何如(いか)にあらめ」,此「奧(おき)」與「奧(おく)」同源,將來之結果。此以疑問語+已然形表推量。又原文「荒海藻(あらめ)」與「奧(おき=沖)」乃緣語。


0660 【承前,六首第五。】

 汝乎與吾乎 人曾離奈流 乞吾君 人之中言 聞起名湯目

 汝(な)をと我(あ)を 人(ひと)そ離(さ)くなる いで我(あ)が君(きみ) 人(ひと)の中言(なかごと) 聞(き)きこす莫(な)ゆめ

 汝與吾之睦 人欲離間阻相善 還願吾君矣 莫聞他人惡中言 流言蜚語不足取 

坂上郎女 0660

「汝(な)をと我(あ)を」,此類句以「汝(な)と我(あ)とを」較為多見。又「汝(な)」多半為男稱女之代名詞,然坂上郎女於528亦有稱呼男方之用例。

「人(ひと)そ離(さ)くなる」,人欲離散他人之睦而散怖之謠言。「なり」乃傳聞。

「いで」,乞求、冀望之意。

「中言(なかごと)」,為了拆散他人之情而訴之言語

0661 【承前,六首第六。】

 戀戀而 相有時谷 愛寸 事盡手四 長常念者

 戀戀(こひこ)ひて 逢(あ)へる時(とき)だに 愛(うつく)しき 言盡(ことつ)くしてよ 長(なが)くと思(おも)はば

 戀戀長相思 有朝一日相逢時 當盡愛之語 羅列辭藻訴慕情 若誠久慕長思者

坂上郎女 0661

「戀戀(こひこ)ひて」,動詞連用形相疊+て字,表長時間動作持續,終於有某種結果。

「愛(うつく)しき」,對弱小者之憐愛之情。

「言盡(ことつ)くしてよ」,「盡(つ)くす」乃「盡きるようにする」之意。「てよ」乃完了助動詞「つ」之命令形

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2016-05-09-月

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補給物資

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GW放浪



万葉集試訳

0623 池邊王宴誦歌一首

 松之葉爾 月者由移去 黃葉乃 過哉君之 不相夜多焉

 松葉(まつのは)に 月(つき)は移(ゆつ)りぬ 黃葉(もみちば)の 過(すぐ)れや君(きみ)が 逢(あ)はぬ夜(よ)の多(おほ)き

 久待經日時 月色映照移松葉 黃葉色褪兮 君之愛情似已過 不來相逢夜多焉

池邊王 0623

「宴誦歌」,誦於宴席之古歌之疇。蓋池邊王憶及苦待男方來訪之女子閨怨歌而誦之乎。

「松葉(まつのは)に 月(つき)は移(ゆつ)りぬ」,「松」以同音暗示「等待」,「移(ゆつ)り」表月光照映於松夜之上,以太陰運行天際暗喻徒待良人時間流逝。

「黃葉(もみちば)の 過(すぐ)れ」,「黃葉」乃「過ぐ」之枕詞。「過ぐ」乃時節已過,此云男方愛情已退。


0624 天皇思酒人女王御製歌一首 【女王者,穗積皇子之孫女也。】

 道相而 咲之柄爾 零雪乃 消者消香二 戀云君妹

 道(みち)に逢(あ)ひて 笑(ゑ)まししからに 降雪(ふるゆき)の 消(け)なば消(け)ぬがに 戀(こ)ふと云(い)ふ我妹(わぎも)

 錯身逢道中 君報微咲百媚生 妾命猶降雪 轉瞬消熔化無跡 云戀如此吾妹

聖武天皇 0624

「笑(ゑ)まししからに」,「からに」乃敘述原因輕微而結果重大之事實。「笑(ゑ)ます」乃「笑(ゑ)む」之敬語形。

此云酒人女王天皇會於內裏後庭,見天皇微笑示意之後難已忘懷,思慕之情恍若殞命。而天皇蓋以此狀返歌。

0625 高安王裹鮒贈娘子歌一首 【高安王者,後賜姓大原真人氏。】

 奧弊徃 邊去伊麻夜 為妹 吾漁有 藻臥束鮒

 沖邊行(おきへゆ)き 邊(へ)に行(ゆ)き今(いま)や 妹(いも)が為(ため) 我(わ)が漁(すなど)れる 藻臥束鮒(もふしつかふな)

 遠行至沖邊 復徃岸邊今終獲 此乃為妹子 吾之所漁勞所獲 藻臥伏裹束鮒矣

高安王 0625

「沖邊行(おきへゆ)き」,此歌沖邊乃指川、池中央深處為言。

「我(わ)が漁(すなど)れる」,「漁(すなど)れる」意指捕魚。

「藻臥束鮒(もふしつかふな)」,與水藻一同苞裹之小巧活鮒。「束(つか)」乃一握之長。


0626 八代女王天皇歌一首

 君爾因 言之繁乎 古鄉之 明日香乃河爾 潔身為爾去【一尾云,龍田超,三津之濱邊爾,潔身四二由久。】

 君(きみ)に因(よ)り 言繁(ことのしげ)きを 故鄉(ふるさと)の 明日香川(あすかのかは)に 禊(みそぎ)しに行(ゆ)く【一尾云(またのびにい)ふ、龍田越(たつたこ)え、三津濱邊(みつのはまへ)に、禊(みそぎ)しに行(ゆ)く。】

 其因君之故 流言婓語眾噂繁 遂歸至故鄉 飛鳥明日川之上 潔身禊祓後參矣【一尾云,遂越龍田山,到於三津濱邊處,潔身禊祓後行矣。】

八代女王 0626

「言繁(ことのしげ)きを」,謠言喧囂。

故郷(ふるさと)」,此云飛鳥舊京。

「禊(みそぎ)」,入水淨身,以除罪穢。

「尾」,此云尾句。

三津濱邊(みつのはまへ)に」,難波御津。難波乃將污穢劉放滄海之所。


0627 娘子報贈佐伯宿禰赤麻呂歌一首

 吾手本 將卷跡念牟 大夫者 變水求 白髮生二有

 我(わ)が手本(たもと) 卷(ま)かむと思(おも)はむ 大夫(ますらを)は 變若水求(をちみづもと)め 白髮生(しらかお)ひにけり

 欲以吾之腕 以為手枕共纏綿 俊英丈夫者 冀得訪求變若水 今汝白髮生蒼蒼

娘子 0627

娘子報贈佐伯宿禰赤麻呂」,此前當有赤麻呂贈歌,然不載於萬葉。

「我(わ)が手本(たもと) 卷(ま)かむと思(おも)はむ」,以手為枕。赤麻呂求婚之歌當有欲以子手為枕云云之詞。

大夫(ますらを)は 變若水求(をちみづもと)め 白髮生(しらかお)ひにけり」,此云赤麻呂以生白髮,當求不老靈吏之變若水

此歌蓋娘子拒絕赤麻呂求婚所作,以求取傳說中變若水為難題而婉拒求婚者乎。

0628 佐伯宿禰赤麻呂和歌一首

 白髮生流 事者不念 變水者 鹿煮藻闕二毛 求而將行

 白髮生(しらかお)ふる 事(こと)は思(おも)はず 變若水(をちみづ)は 彼(か)にも此(かく)にも 求(もと)めて行(ゆ)かむ

 白髮雖斑駁 吾不所念斑白頭 然此變若水 縱盡千方遍百計 必求靈水出而行

佐伯赤麻呂 0628

「變若水(をちみづ)は」,「は」乃強調。「彼(か)にも此(かく)にも」,無論如何。

此歌云己身不在意頭髮斑白,然求得變若水既為娘子要求,則無論如何至少都要取得該水。

0629 大伴四綱宴席歌一首

 奈何鹿 使之來流 君乎社 左右裳 待難為禮

 何(なに)すとか 使(つか)ひの來(き)つる 君(きみ)をこそ 左右(か)にも(かく)にも 待難(まちかて)にすれ

 君是以何故 遣使來訪至此乎 吾慕乃君者 左右坐立心忐忑 苦待難忍欲相逢

大伴四綱 0629

此曲乃宴間所詠古歌之類,或以賓客本人不至,唯遣使人到訪,遂寓閨怨之詞以諷之。

其云所欲見者非使者,乃為本人。


0630 佐伯宿禰赤麻呂歌一首

 初花之 可散物乎 人事乃 繁爾因而 止息比者鴨

 初花(はつはな)の 散(ち)るべき物(もの)を 人言(ひとごと)の 繁(しげ)きに因(よ)りて 淀頃(よどむころ)かも

 少女初花 柔弱稍觸將可散 然以人蜚語 流言不斷甚繁故 淀之不前此頃哉

佐伯赤麻呂 0630

初花(はつはな)の」,宛如首度綻放之花般,少女之比喻。

「散(ち)るべき物(もの)を」,此云初花少女)柔弱可憐,仿彿手觸即落。

「淀頃(よどむころ)かも」,此云礙於流言,猶豫而不通訪女方之家。

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2016-05-07-土

[]GW放浪尾張二日目 GW放浪、尾張二日目を含むブックマーク GW放浪、尾張二日目のブックマークコメント

GW放浪尾張二日目

あんまり計画してない旅だけど実はこの日は特に計画なし。夜行バスでの移動だけど、そのまま山梨へ戻ればいいれけど、東京経由の場合は友人を捕まって食事でもするが名古屋はやっぱりどこか言ったことのない場所へ行くべきだ。駅で近辺の駅名を確認し、尾張一宮という駅があり。経験上、恐らく一の宮関係の知名だろうと予想が着く、調べたら天火明命を祭る真清田神社だそうだ。天火明命といえば『旧事本紀』では饒速日尊と同一視された物部氏先祖に当たり、これでは行ってみないと。まぁ、普通尾張氏先祖尾張国一の宮としては妥当でしょう。霊水伝説がある。境内には萬幡豐秋津師姫命を祭る服織神社からはじめ、多数の相殿神摂社末社がある。


清田神社

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実は尾張一宮の近くに、数多の歌人がそこで詩を詠んだといい万葉公園があり。但し、名鉄に乗り換えないといけないし、あと今度のGWあんまり天氣に恵まれてないところも有る、幾つのプランを考えて、取り合えず名古屋駅へ戻り、名古屋駅の周りを散策することにした。

桜通りを進むと、ビル狭間に桜天神があり。桜町から天神ではなく、意外と桜天神から桜町桜通りだそうだ。名古屋の三天神といい、また鷽の造形物が見られて実に氣分が良い。

天神

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天神から名古屋城の方向へ進むと那古野神社と隣の尾張東照宮がある。那古野はそのまま名古屋発音で、祭神素戔嗚尊。靜に穏やかな氣分の社である東照宮はもちろん徳川家康を祭る神社で、人物神にそんなに興味がないけどご朱印を頂く。東照宮の傍に椋木の巨木が民家の駐車場にあり、関係者じゃないといけないかと思ったら公の場所らしい。こんな感じであとはBic Camera山梨へ戻るバスが発車まで時間を潰して尾張の終日を終り。今度は熱田社のほかの摂社でも參って見ようかと思う。


那古野神社

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尾張東照宮

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2016-05-06-金

[]GW放浪出雲二日目 GW放浪、出雲二日目を含むブックマーク GW放浪、出雲二日目のブックマークコメント

GW放浪出雲二日目

昨日は主に大社近辺で今日黄泉比良坂を中心に、松江エリアをメインにする。朝から出雲市駅より揖屋へ。出雲市駅前の通りには幾つ興味深い造形物がある。素戔嗚尊八岐大蛇、そして八束水臣津野命の国引神話であった。電車を待ちながら向こうでは石見神楽PRを載せる列車があり。今回は残念ながら八岐大蛇神話舞台となる斐伊川流域を見送り。幸い、電車では斐伊川宍道湖も通過した。揖屋駅に到着したら黄泉比良ポスター出会い、かなり雰囲気のあるDMだけど実景は調整なしでこんな写真は撮れない。


出雲市駅前 八岐大蛇神話

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出雲市駅前 国引神話

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出雲市駅 石見神楽列車

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斐伊川

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黄泉比良ポスター(揖屋駅)

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日本書紀にも言及された揖夜神社に到着、狛犬以外に贔屓もあり。あと、草繩で編められた蛇(蛇縄)たる荒吐神がある、『石神伝説』によると大蛇信仰の名残とか。手水の龍は蛇に近いと思われるのは私だけでしょうか。朱印の授予は九時以降のようで一回りしてまず黄泉比良坂へ。

 日本書紀齊明帝御宇五年。是歲,命出雲國造,修嚴神之宮。狐嚙斷於友郡役丁所執葛末而去。又狗嚙置死人手臂於言屋社。【言屋,此云いふや(揖夜)。天子崩兆。】

http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/syoki/syoki26.htm#sk26_07

揖夜神社

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揖夜神社 贔屓

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揖夜神社 狛犬

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揖夜神社 狛犬

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揖夜神社 手水舍

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揖夜神社 楼門

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揖夜神社 拝殿

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揖夜神社 本殿

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揖夜神社 蛇縄・荒吐神(アラハバキ

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揖夜神社は古くから黄泉との関わりが深く、「いや」も熊野(ゆや)と通じるらしい、どうも古代観念だと出雲熊野黄泉よりイメージらしい。といいながら揖夜神社から黄泉比良坂までにはそれなりに距離が有る。まず到着したのは神蹟黄泉平坂・伊賦夜坂伝説地碑と千引之石のある黄泉平坂・伊賦夜坂伝説地。独特な雰囲気があり、日中グラデーションとなり、千引之石に至っては蔭が濃ゆく正に堺という感じがある。揖夜神社への帰り道は同じく伊賦夜坂といわれる山小路を歩く、そこに賽神もあり。映画『瞬 またたき』のロケ地となったと言い。実は帰ってきたら『瞬 またたき』を搜してみたんですが、個人的凡作だった。『ヤマトの火』、『ヤマタイカ』、そして『石神伝説』はここで実撮してくれないかなと思った。


黄泉平坂・伊賦夜坂 千引之石

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神蹟 黄泉平坂・伊賦夜坂 伝説地碑

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伊賦夜坂

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伊賦夜坂 賽神

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揖夜神社を後にして、JRで一旦松江市で降り。今日特に予定らしい予定がなく、行きたいどころはどちらというと八重神社神魂神社がメインになってる。揖夜神社と共に意宇六社だけど、車があれば八重神社神魂神社結構近いらしいがバスだとどちらも松江市駅発であった。こんな無計画で八重神社へのバスをのり、素戔嗚尊奇稲田姫伝説の地へ。

八重神社はなんと言っても日本最古の壁画が有名で、大社造でありながら入り口向かって右ではなく眞中という独特な様仕を採っている。なお、狛犬の造形もかなり特別である素戔嗚尊夫婦故事もあって、社内で八雲立の歌碑があり、金精信仰も隨所見受けられる。奥院・佐久佐女の森の中に稲田姫飲料水や姿見として使った鏡池があり、良縁占いとして若者には人気があるようだ。私的に一番気になるのはやっぱり素戔嗚尊奇稲田姫壁画社務所で拝観料を奉って、撮影嚴禁なので写真撮れないもののこの目で拝観できるのは正に眼福と言えよう。いつも素戔嗚尊奇稲田姫の絵が出回ってるけど、本当は市島杵姫と天照大神、奇稻田姫と素戔嗚尊、脚摩乳と手摩乳、三組六柱の神像が壁画に描かれて、復原図もあり。復原図を見ると、いつも出回った画像の一部とかなりイメージが違う。女性は皆女房装束(十二単)で本(巻物ではない)を読む、男性は束帯姿。正直些か時代錯誤感を否めない。が、見ないと損すると私が断言する。


八重神社

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八重神社 拝殿

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八重神社 狛犬

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八重神社 歌碑

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八重神社 絵馬

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八重神社 奥の院 佐久佐女の森 鏡池

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路線情報ではバス松江駅へもどり、神魂神社へのバスを乗り換えるべきが、八重神社正対面の夫婦椿(連理玉椿)からはハニワ・ロードがあり、荒神谷(残念ながら荒神遺跡とは別らしい)、後谷古墳群、大石横穴群、出雲國造館跡、神魂神社風土記の丘へと繋がり。よってこの箇所箇所埴輪で飾られた道で歩いて行くことにした。出雲國造館跡の直ぐ傍は神魂神社入り口、大変雰囲気のある参道からはじめ、荒吐神、各摂社末社など見所は多い。現存最古大社造が有名ですが、そこだけではないと人気が高いのも納得がいく。

それでも、一番特筆すべきのはやっぱり歴史の古い大社建築であろう。宇豆柱の様仕などはそのまま古代出雲大社復原にヒントを与えられたと思わせる。


神魂神社参道

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神魂神社

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神魂神社から八雲立つ風土記の丘への途中は、出雲国風土記に書かれた出雲神戸がある。風土記の丘で復原豎穴住居、掘立柱建物、箱式石棺、また常設展見学古代出雲歴史博物館と同じく特展以外は撮影可能でありがたい。ここからバス乗って帰ろうかと思うけど、館員と相談してなんと自転車の借り出しはかのうで、折角揖夜・八重垣・神魂の三社も參ったので、近くにある意宇六社の六所神社出雲國府跡も參ってみる事にした。


出雲神戸

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八雲立つ風土記の丘

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八雲立つ風土記の丘 箱式石棺

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八雲立つ風土記の丘 埴輪回首の鹿

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六所神社出雲國府跡の隣にあり、国府総社とも呼ばれるそうだ。境内にも繩蛇が見られる。なんかのイベントは知りませんが、子供の絵に「神魂神社は有名ですが六所神社も素晴らしいので来て下さい(うろ覚え)」とか対抗意識


六所神社

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六所神社

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六所神社 本殿

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六所神社 繩蛇

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出雲国府跡

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時間的に余裕がありそうなので折角自転車も借りたから真名井神社も言ってみた。出雲国神奈備山にあり、山麓に真名井の滝があるようだが見つかりませんでした。真名井神社の印象はまず高くて長い階段からなる参道、山に座し水田へ向かい、苔這回る神々しい狛犬が見所。社務所が無さそうで朱印特定の時期しか頂けないかもしれません。意宇六社の内に一番他社と相違点が多そうな気がする。


真名井神社神奈備

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真名井神社 参道

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真名井神社 狛犬

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真名井神社

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風土記の丘へ戻る途中に意宇六社の中にもっとも規模のある、出雲大社とともに出雲国一宮なる熊野大社看板があり。車で十分だそうだ。自転車は間に合えるかもと思ってチャレンジしてみたけどあと3kmの何所で参拝・帰程を考えると自転車の返却時間にはぎりぎりアウトになりそうからやめた。その辺は須我神社も近いのでいつか一遍に回りたいと思う。やや遠いが、猪目洞窟斐伊川関係もその際に言ってみたいと思う。

熊野大社から帰り道で比婆山伊邪那美命岩坂陵參考地と出会い、良い締めになったと思う。

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松江駅から出雲市駅に戻り、名古屋駅行きの夜行バスまで時間の余裕があるので、出雲ゲストハウスいとあんで夕食を参加し、8時半当たり夜行バスに乗り短い出雲弾丸特攻を終わる。

sherrysherry 2016/05/21 08:53 八岐大蛇怎麼才三岐? 造型師偷懶喲
斐伊川的天空看起來有影像, 你是從電車內照出去的嗎?
有幾張圖想跟你借用當素材^^

kuonkizunakuonkizuna 2016/05/21 13:52 幾つは酒面下ということで...
電車内からですぅ。
どうぞ〜〜〜

kuonkizunakuonkizuna 2016/05/21 22:01 作ってみたけど結構失敗。
https://images.plurk.com/4VJBnpKvu31LfygJyic1sE.jpg

sherrysherry 2016/05/22 17:55 合的很好呀, 只是還缺少一些陰影而已^^
素材謝謝, 打算用在「鎮火祭」的插圖
所以要生出來還需要一個月吧^_^...

2016-05-05-木

[]GW放浪出雲一日目 GW放浪、出雲一日目を含むブックマーク GW放浪、出雲一日目のブックマークコメント

GW放浪出雲一日目

出雲への憧れの始まりは、10代の高校時代から大学院に入り、社会に出て、何回も日本に来てたけどなかなか出雲へは行かずにいた。

十数年前、風水嵯峨先生出雲へ行ってもただの田舍かと思うだけかもよって言われたことあったけど、済みませんが真っ当な人生を歩いてない私にはやっぱり出雲へ行きたい。出雲大社へ行きたい、古代出雲大社を偲びたい、宇豆柱を拜めたい、神魂神社へ行きたい、八重神社へ行きたい、黄泉比良坂へ行きたい、猪目洞窟へ行きたい、加賀の潜戸を潜りたい、荒神遺跡を回りたい、斐伊川を遡りたい、船通山天叢雲劍出顕跡を見たい、八口神社へ行きたい、八俣大蛇公園へ行きたい...こんな思を抱きながら生きてきただけど、時間時間で今度で全部をクリアするのが些か無理な話。

バスは朝出雲市駅着、大国主因幡白兎素戔嗚尊八岐大蛇神話大社造をモチーフした意匠の駅に飾られて、駅内に出雲お国像、古代出雲大社模型またいろんな出雲神話関係物で彩られる。一畑電車出雲大社前駅まで行けるが、一畑バスの方が本数が多そうでバスで行った。出雲大社直前で止められるけど大鳥居を拜めたいので吉兆館前で降りた、本当は旧JR大社駅で降りたほうが良いかも知れんけど。


大鳥居の直ぐ傍に、まさか八束水臣津野命の国引神話浅浮雕、これを見るだけでもここで降りてよかったと思う。出雲大社への道は神門通りといい、そこで八岐大蛇意匠を見せたハンドホールがあり、また大社造をモチーフした電話ボックスが隨所みられる。


 所以號意宇者、國引坐八束水臣津野命詔:「八雲出雲國者、狹布之稚國在哉。初國小所作。故、將作縫!」詔而、「栲衾志羅紀乃三埼矣、國之余有耶見者、國之余有。」詔而童女胸鉏所取而、【童女胸鉏、平鋤也。】大魚之支太衝別而、【大魚之支太衝別者、捕魚時、狙其鰓而以鉾突刺之狀。此云、如此狀而鉤鋤其土地。】波多須須支穗振別而、【穗振、此云ほふり、屠也。波多須須支穗振別者、撕裂之狀也。】三身之綱打挂而、霜邀覦婆躇婆躰ぁ◆攬婆蹇∈ ̄-くるや、意-牽也。霜邀覦婆躇婆躰圈引霜邀觜房牽之。】河船之毛曾呂毛曾呂爾、【毛曾呂、此云もそろ、舟船行進之狀。】國來國來引來縫國者、自去豆乃折絕而、八穗爾支豆支乃御埼。【八穗爾支豆支、即-八百に杵築、以大量之土而杵擣固地也。】

 以此而、堅立加志者、【加志、此云かし、杭也。杭、所用以繫舟者矣。】石見國與出雲國之堺有、名佐比賣山是也。亦、持引綱者、薗之長濱是也。

 亦、「北門佐伎之國矣、國之余有耶見者、國之余有、」詔而、童女胸鋤所取而、大魚之支太衝別而、波多須須支穗振別而、三身之綱打挂而、霜邀覦婆躇婆躰ぁ河船之毛曾呂毛曾呂爾、國來國來引來縫國者、自多久乃折絕而、狹田之國是也。

 亦、「北門良波之國矣、國之余有耶見者、國之余有」詔而、童女胸鋤所取而、大魚之支太衝別而、波多須須支穗振別而、三身之綱打挂而、霜邀覦婆躇婆躰ぁ河船之 毛曾呂毛曾呂爾、國來國來引來縫國者、自宇波乃折絕而、闇見國是也。

 亦、「高志之都都之三埼矣、國之余有耶見者、國之余有。」詔而、童女胸鋤所取而、大魚之支太衝別而、波多須須支穗振別而、三身之綱打挂而、霜邀覦婆躇婆躰ぁ河船之毛曾呂毛曾呂爾、國來國來引來縫國者、三積之埼。

 持引綱、夜見嶋。固堅立加志者、有二伯耆火神岳是也。

 「今者、國者引訖。」詔而、意宇社爾御杖衝立而、「意惠!」登詔。故云-意宇。

http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/fuudo/izumo/izumo01.htm

八束水臣津野命 国引神話

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ハンドホール

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出雲大社の正門・勢溜の大鳥居、以前Mixiで何回も写真は見たものの、直に見ると流石に感無量。坂を下りたら左手野見宿禰神社がある。なんか兎が力士像になってる。前庭で絶対見ないといけなのは大国主因幡白兎像や、大国主と幸魂・奇魂像でしょう。拝殿の前では出雲大社祭神素戔嗚尊と書いた漢文を刻まれた銅鳥居があり、注連繩が印象的拝殿(御仮殿)は出雲大社に来た実感を与えられる。


出雲大社・勢溜の大鳥居

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野見宿禰神社

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大国主因幡白兎

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大国主と幸魂・奇魂像

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出雲大社 銅鳥居

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出雲大社 拝殿(御仮殿)

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出雲大社 八足門

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本殿西側宗像三女神の一柱で大国主の妻の一人である多紀理姫命を祭る神魂御子神社があり。東側正妻・須勢理姫命を祭る御向社と大国主の命の恩人たる蚶貝姫命・蛤貝姫命を祭る天前社がある。また、本殿では南向だけど本当は中の大国主は神魂御子神社を向いてるから西からの参拝所もあり。境内摂社末社として、勢溜の大鳥居から入って直ぐ見られる祓社、本殿東西二宇に神在月の際に八百万神の宿舍なる東・西十九社、本殿西の氏社二宇、本殿東の釜社、あとは素戔嗚尊を奉り明治の遷宮では御仮殿として木組みの浮き橋で本殿の御神体を移した素鵞社がある。宝物殿にあたる神怙殿は整修中で拝観できずが彰古館の展示は出雲大社本殿模型から始め大変素晴らしいかった。古代出雲大社神明造と大社造の中間位置ロマンスを感じながら度重なる再建でより洗錬された大社造の完成形たる現代出雲大社も捨てがたい。


出雲大社 本殿

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出雲大社 神魂御子神社(筑紫社)

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出雲大社 彰古館

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出雲大社 彰古館 出雲大社模型

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出雲大社 素鵞社

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出雲大社 天前社(神魂伊能知比売神社、蚶貝姫命・蛤貝姫命)・御向社

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出雲大社 東十九社

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神楽殿の後ろには火守社、天穂日命社、天夷鳥命社、稲荷社、天満宮などがあり、もっと離れた場所事代主神や高姫命を祭る三歳社があって、途中は人が少なし風景もいいのでお勧め。脇道では八雲の滝まで辿る小径もあるが途中から無許可で入山禁止の掲示があるので折り返った。


火守社、天穂日命社、天夷鳥命社、稲荷社、天満宮

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三歳社

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八雲の滝

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大社の西・東それぞれ千家國造館、北島國造館があり、北島國造館境内少彦名命を祭る天神社三宝荒神をまつる荒神社、天穂日命社、稲荷社などがある。北島國造館より右では雰囲気のある巨木と共にある命主社(祭神は蚶貝姫命・蛤貝姫命)、そして真名井の清水がある。


北島國造館

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北島國造館境内 天神社祭神少彦名命

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命主社

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真名井の清水

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北島國造館から南へ、古代出雲歴史博物館がある。古代出雲大社、宇豆柱、荒神遺跡出土物、遷宮特展などなど、どれも圧巻な展出物でじっくり見たら一日も足りないくらいで、機会があれば是非御覽になってください。


古代出雲大社復原模型

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土器に刻まれた古代出雲大社

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出雲大社 千木

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古代出雲大社、宇豆柱

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荒神遺跡出土物

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古代出雲歴史博物館 八重神社壁画レプリカ 素戔嗚尊奇稲田姫

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古代出雲歴史博物館 奇稲田姫

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古代出雲歴史博物館 蹈鞴

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古代出雲歴史博物館

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古代出雲歴史博物館でそこまで時間を食うとは思わなかった、日御崎神社へ行こうと思ったけど断念。代わりに神在月の時八百万の神々が辿る道を遡り、出雲大社から稲佐の浜まで歩く。途中、出雲お国の墓、お国連歌庵、八大荒神社、於國塔、奉納公園國引神話風景展望台、出雲手斧神社、大歳社、上の宮、下の宮を経由して稲佐浜に辿り。特筆すべきのは上の宮は八百万神の神議所として伝われている。稲佐浜の夕日を取りたかったけど天気が霞んでて無理。夜は出雲ゲストハウス いとあんで泊まり、翌日が早いのに結構夜遅くまでゲストハウスの面々と話した。



出雲お国

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國引神話風景展望

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出雲大社摂社 上宮(八百万神神議所)

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稲佐の浜 弁天島

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D


出雲ゲストハウス いとあん

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sherrysherry 2016/05/21 08:41 我終於知道出雲大社越建越低的原因了!
光爬那樓梯, 還沒上社殿就先沒氣 @_@
就算上去了早饌都變午饌了^^...
因為神職上社殿是一次一階梯(不是一腳一階梯)...

kuonkizunakuonkizuna 2016/05/22 21:37 高く作れとナムヂ様が仰ったので......

sherrysherry 2016/05/29 23:12 鎮火祭完工^0^
結果出雲大社太高了放不進去, 這次先不用@.@...

kuonkizunakuonkizuna 2016/05/30 07:43 怎麼會用到Dies Irae那張...(汗

sherrysherry 2016/05/30 19:05 還是要大圖才有臨場感
重po圖^^
那張萬字燎原很適合呀!
雖然它實際是在燒山不是在燎原^^。。。

kuonkizunakuonkizuna 2016/06/01 07:30 卍字有時後挺敏感的...

2016-05-04-水

[]GW放浪尾張一日目 GW放浪、尾張一日目を含むブックマーク GW放浪、尾張一日目のブックマークコメント

GW放浪尾張一日目

前々からGWにはレンタル車を借りて出雲で一週間回りたいと思ったが、実は旧正月終りからなかなかゆっくり計画する時間も無く、GWは本当にに休めるかも知らずままGW突入。出社日が挟みながら後半から計画するとかなり制限が入ってた。使える時間微妙ってこともあって出雲を後回しにするか、と何回も迷うって考えたけど、ぐずぐずのままだと機会を逃れそうだから取り合えず出雲への弾丸特攻でも行こうかと決めた。

何時もながら最初に決めないとならないのは足と宿。山梨からだと出雲直行便は勿論無く、普通東京經由ってのは無難だが今度は名古屋経由をチャレンジーしてみた。良い機会に熱田神宮を訪れたいし、名古屋からだと東京から近のはずとかもあるけど、実は東京経由の方が安そうだ。名古屋から東京から出雲へ行く費用あんまり差が無いけど、山梨から名古屋へでは東京への値段の倍くらいある。だけど唯の通過ではなく一旦名古屋観光を考えると別に惡くないと思う。まぁ、調べたところで東京から出雲への便は限られてて、週末以外はあんまりなさそうで、最終的は名古屋になり、しかも帰りは満席で一日早めにしたから出雲滯在を最初の三日間から二日へと短縮。

いつも東京経由だと山梨朝六時半の高速バスだけど、名古屋は朝五時半、あんまり余裕がなさそうけど間に合った。天気がそんなに恵まれず雨。幸い、名古屋に着く際は晴。名古屋駅から名鉄に乗り換え、神宮前で降りたら熱田神宮の東口、正門は南口なので一旦南口に行ってたけど、よく名神大社で見られる社名を刻まれる石碑がないものの、新緑に囲まれる入り口がなかなか心地良い。参道を歩きながらやっぱり新緑に囲まれてなかなか雰圍氣のいい境内であり、拝殿へ途中、巨大な大楠佐久間灯篭も見所。手水舍の近くに熱田神宮の歴史が書かれて、武家公家に関わらず古くから多くの名人と縁のあるお社であった。織田信長信長塀、足利将軍の援助を得て西行法師が腰をかけたという二十五丁橋なども如実にこの歴史を述べている。あと蓬萊伝説では唐玄宗の使いが熱田大神を迎え、楊貴妃となったという『溪嵐拾葉集』という書物があるが、さぁどうでしょう。

但し、個人的に殘念と思うのが、明治期当たり角田忠行宮司が三種の神器の天叢雲劔を奉る熱田神宮伊勢の神宮と同じく社殿であるべきと力説し、建築仕様尾張から神明造へ変えた所かな。神明造は簡素神聖し、常若の代表で好きなんだけど、皆神明造にするのは聊か惜しいと感じるところは否めない。


熱田神宮 正門

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熱田神宮 佐久間灯篭

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熱田神宮 眼鏡の碑・二十五丁橋

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熱田神宮拝殿本殿はお馴染みな平入り神明造りでGWの眞中で人多いけど静かな雰圍氣だった。ただし、ご朱印の授与ではかなり長い列となっており。拝殿の左からこころの小径」があり、もと草薙神剣を奉安した御殿である土用殿をはじめ、極めて神聖場所撮影不可。個人的清水社もお勧め。正面からよく見られぬ本殿こころの小径を通ってある程度拝観できる。宝物殿・文化館には展示室以外撮影OK、門を入ると大太刀が圧卷。宝物に刀・鎧等は軍関係が多め。


熱田神宮 拝殿

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熱田神宮 宝物殿・文化

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別宮について境内では一の別宮・八剣宮が宮簣媛父神・乎止與命を祭る上知我麻神社の隣に、熱田社南正門の直ぐ傍に位置する。本殿をよく見えぬ熱田神宮に比べたら八剣宮の建築がある程度熱田神宮構造を偲ばせる。西門から一旦境外に出て、比隣ながら出口は道を向いて(故に交通守護の神としても信仰され)境内からアクセス不可、宮簣媛母神、真敷刀俾命を祭る熱田神宮末社・下知我麻神社があり。


熱田神宮別宮 八剣宮

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熱田神宮末社 上知我麻神社

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熱田神宮末社 下知我麻神社

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下知我麻神社からもっと多く行くと白鳥古墳がある。日本武尊白鳥陵は普通、能褒野墓・琴弾原白鳥陵・旧市邑白鳥陵となるけど、地方伝説では武尊が白鳥になって熱田社に飛着した地に白鳥御陵と名づけたといい。


白鳥古墳白鳥御陵

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あとは熱田神宮近辺を散策裁断橋趾や短歌都都逸発祥之地碑などがあり、(近くに鈴之御前社があるけど失念した。)それを後にして宮渡しの跡、七里の渡しに出てから折り返し高倉下命を祭る熱田神宮摂社高座結御子神社を參り名古屋駅へ戻る、夜九時半の夜間バス出雲へ。今度は氷上姉子神社、鈴之御前社へ參りたいところだな。

裁断橋趾、都都逸発祥之地碑

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七里の渡

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高座結御子神社

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2016-04-30-土

[]補給物資万葉集試訳 補給物資、万葉集試訳を含むブックマーク 補給物資、万葉集試訳のブックマークコメント

補給物資

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万葉集試訳

0621 西海道節度使判官佐伯宿禰人妻贈夫君歌一首

 無間 戀爾可有牟 草枕 客有公之 夢爾之所見

 間無(あひだな)く 戀觸(こふ)れにかあらむ 草枕(くさまくら) 旅(たび)なる君(きみ)が 夢(いめ)にし見(み)ゆる

 蓋以吾思君 戀觸無間無歇時 草枕異地兮 羈旅君雖在遠方 現於夢中得相會

佐伯人妻 0621

西海道節度使」,西海道今日九州節度使天平四年為維護國內治安與對新羅政策擴張軍備而新設之職。東人在節度使藤原宇合配下

「戀觸(こふ)れにかあらむ」,「戀觸(こふ)ればにかあらむ」之略,「に」乃表斷定助動詞なり之連用形。對照次歌「莫戀(なこ)ひそ」可知主語為東人妻


0622 佐伯宿禰東人和歌一首 【承前。】

 草枕 客爾久 成宿者 汝乎社念 莫戀吾妹

 草枕(くさまくら) 旅(たび)に久(ひさ)しく 成(なり)ぬれば 汝(な)をこそ思(おも)へ 莫戀(なこ)ひそ我妹(わぎも)

 草枕異地兮 羈旅在外日已久 當是以此故 吾每念汝充此衷 莫戀如此愛吾妹

佐伯東人 0622

「汝(な)をこそ思(おも)へ」,此「汝」表「妻」。こそ乃強化限定表現,意指一心思妻,餘事皆不放在心上之情。

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