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2018-06-19-火

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万葉集試訳

2387 【承前,卌七二十。】

 日位 人可知 今日 如千歲 有與鴨

 日並(ひなら)べば 人知(ひとし)りぬべし 今日日(けふのひ)は 千年如(ちとせのごと)も 有與(ありこ)せぬ哉(かも)

 日復一日者 此戀當為眾人察 相逢在今宵 但願今日此一日 能猶千秋萬歲長

柿本人麻呂 2387

「日並(ひなら)べば」,日復一日相見。原文「位」,『萬象名義』云:「列也。」

今日日(けふのひ)は」,久久相逢之今日

「有與(ありこ)せぬ哉(かも)」,「與(こ)せ」與「くれ」同,ぬかも表希求


2388 【承前,卌七廿一。】

 立座 態不知 雖念 妹不告 間使不來

 立(た)ちて居(ゐ)て 態(たどき)も知(し)らず 思(おも)へども 妹(いも)に告(つ)げねば 間使(まつかひ)も來(こ)ず

 坐立咸不安 手足無措不知方 吾雖戀伊人 落花有意水無情 未聞其言無使至

柿本人麻呂 2388

「立(た)ちて居(ゐ)て」,心情忐忑,修飾第三句「思」字。

「態(たどき)」,方法手段、狀態、樣子。

2389 【承前,卌七廿二。】

 烏玉 是夜莫明 朱引 朝行公 待苦

 烏玉(ぬばたま)の 此夜莫明(このよなあ)けそ 赤(あか)らひく 朝行(あさゆ)く君(きみ)を 待(ま)たば苦(くる)しも

 漆遽╋妄臓\夜春宵願莫明 赤輝朱曜兮 朝日送君離歸去 俟君復臨甚艱辛

柿本人麻呂 2389

「烏玉(ぬばたま)の」,夜之枕詞

「赤(あか)らひく」,朝、日之枕詞赤色光耀之狀。

雖知當晚將再度來訪,但必須等整整一日才能再度相逢,是故心願春宵莫明。



2390 【承前,卌七廿三。】

 戀為 死為物 有者 我身千遍 死反

 戀(こひ)するに 死(しに)する物(もの)に 有(あ)らませば 我(あ)が身(み)は千度(ちたび) 死(し)に反(かへ)らまし

 若以戀慕情 得至一死殞命者 度吾日所念 能令己身千遍死 巧使吾人百重生

柿本人麻呂 2390

「戀(こひ)するに」,原文「戀為」,舊訓作「戀(こひ)をして」,今依嘉曆傳承本改之。

「死(し)に反(かへ)らまし」,「反(かへ)る」表反覆。『游仙窟』有「能令公子百重生,巧使王孫千回死。」

類歌0603 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m04.htm#0603



2391 【承前,卌七廿四。】

 玉響 昨夕 見物 今朝 可戀物

 玉限(たまかぎ)る 昨日夕(きのふのゆふへ) 見(み)し物(もの)を 今日朝(けふのあした)に 戀(こ)ふべき物(もの)か

 玉剋魂極兮 昨日之夕才相見 春宵總苦短 今日之朝一旦離 竟已相思至幾許

柿本人麻呂 2391

「玉限(たまかぎ)る」,「夕」之枕詞。原文「玉響」,以玉之玲瓏聲響比喻閃閃發光之斷續。

今日朝(けふのあした)に」,此歌以日出之時為一日之始,同於現代。而上代多以日沒唯一日之始。

「戀(こ)ふべき物(もの)か」,「べき物(もの)か」與「べしや」同,此為自責用句。

自嘲昨夕方才見面,怎知今朝就思念不已。


2392 【承前,卌七廿五。】

 中中 不見有 從相見 戀心 益念

 中中(なかなか)に 見(み)ざりしよりも 相見(あひみ)ては 戀(こひ)しき心(こころ) (ま)して思(おも)ほゆ

 相較憖片而 不得相逢之時者 自於相見起 戀心絲毫未稍退 反而徒畊浩誇

柿本人麻呂 2392

「中中(なかなか)に」,不上不下,有所殘欠。或有作「反而」,而用於修飾「相見(あひみ)」之說。

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2018-05-30-水

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補給物資

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万葉集試訳

2348 【承前,十二十二。】

 和射美能 嶺徃過而 零雪乃 猒毛無跡 白其兒爾

 和射美(わざみ)の 嶺行過(みねゆきす)ぎて 降雪(ふるゆき)の 厭(いと)ひも無(な)しと 申(まう)せ其兒(そのこ)に

 徃過不破關 和射美嶺遭雪降 豈猶彼零雪 吾人無由厭汝命 還願傳申訴其兒

佚名 2348

「降雪(ふるゆき)の」,以上乃「厭(いと)ふ」之序。

「厭(いと)ひも無(な)しと」,沒有討厭妳的理由。翻山越嶺之時,若遇雪降自然生厭,然無論如何避不會討厭心上人

「申(まう)せ其兒(そのこ)に」,請人代為傳言。「申(まう)せ」古形為「申(まを)せ」,然見金石文平城京二條大路木簡,當時「申(まう)す」已是主流。

2349 寄花

 吾屋戶爾 開有梅乎 月夜好美 夕夕令見 君乎社待也

 我(わ)が宿(やど)に 咲(さ)きたる梅(うめ)を 月夜良(つくよよ)み 夕夕見(よひよひみ)せむ 君(きみ)をこそ待(ま)て

 吾宿屋戶間 庭院咲有白梅者 以月夜甚美 還欲每夕令君翫 是以夜夜盼君臨

佚名 2349

「夕夕見(よひよひみ)せむ」,每晚令心上人觀之。主語女性

2350 寄夜

 足檜木乃 山下風波 雖不吹 君無夕者 豫寒毛

 足引(あしひき)の 山嵐(やまのあらし)は 吹(ふ)かねども 君無(きみな)き夕(よひ)は 豫(かね)て寒(さむ)しも

 足曳勢險峻 山嵐於今雖不拂 然君不在側 孤寢難眠甚寂寥 此夕心冷感天寒

佚名 2350


真字萬葉集 卷第十 四時雜歌、四時相聞 終

山嵐(やまのあらし)」,自山上向下吹拂之山風。

「豫(かね)て」,早已。已然。


真字萬葉集 卷十一 古今相聞往來歌類之上

古今相聞往來歌類之上


2351 旋頭歌 【十七第一。】

 新室 壁草苅邇 御座給根 草如 依逢未通女者 公隨

 新室(にひむろ)の 壁草刈(かべくさか)りに 御座給(いましたま)はね 草如(くさのごと) 寄合娘子(よりあふをとめ)は 君(きみ)が隨(まにま)に 

堂構畚孳 鴻猶丕展開煥然 可臨新室苅壁草 偃草之所如 依逢娘子慕傾心 隨君恣意順所欲

柿本人麻呂 2351

「新室(にひむろ)」,新築之居室。

「壁草(かべくさ)」,用以葺新室之壁之草。彌生、股墳時代之住居以藁、草束為壁。

「御座給(いましたま)はね」,「御座」乃「來」之敬語,「ね」表希求

「寄合娘子(よりあふをとめ)」,如草偃般傾心之女子

奉祝新室之曲,以下旋頭歌亦充滿民謠色彩。

2352 【承前,十七第二。】

 新室 踏靜子之 手玉鳴裳 玉如 所照公乎 內等白世

 新室(にひむろ)を 踏鎮(ふみしづ)む兒(こ)し 手玉(ただま)を鳴(な)すも 玉如(たまのごと) 照(て)りたる君(きみ)を 內(うち)にと申(まう)せ

 堂構畚孳 鴻猶丕展開煥然 鎮地娘子鳴手珠 美玉之所如 輝耀照臨汝命矣 恭迎吾君請入內

柿本人麻呂 2352

「踏鎮(ふみしづ)む」,新築之際,踏故地面以鎮祭地靈之俗。

「照(て)りたる君(きみ)を」,光輝俊俏之男子

「內(うち)にと申(まう)せ」,召請男子入內之語。

2353 【承前,十七第三。】

 長谷 弓槻下 吾所隱在妻 赤根刺 所光月夜邇 人見點鴨【一云,人見豆良牟可。】

 泊(はつせ)の 弓月(ゆつき)が下(した)に 我(わ)が隱(かく)せる妻(つま) 茜指(あかねさ)し 照(て)れる月夜(つくよ)に 人見(ひとみ)てむかも【一云(またにいふ)、人見(ひとみ)つらむか。】

 長谷泊麈掘‥燦弓槻山之下 吾所藏嬌隱在妻 暉曜緋茜射 所光照臨月夜間 可將遭人所見哉【一云,蓋為他人所見哉。】

柿本人麻呂 2353

「弓月(ゆつき」,弓月山,即纏向山。該山有二峰,未知孰是。

「我(わ)が隱(かく)せる妻(つま)」,未獲得雙親允許,而私奔安置於人目所不至之處的妻子。

「茜指(あかねさ)し」,發出黃赤色光芒。


2354 【承前,十七第四。】

 健男之 念亂而 隱在其妻 天地 通雖光 所顯目八方【一云,大夫乃,思多雞備弖。】

 大夫(ますらを)の 思亂(おもひみだ)れて 隱(かく)せる其妻(そのつま) 天地(あめつち)に 通照(とほりて)るとも 顯(あらは)れめやも【一云(またにいふ)、大夫(ますらを)の、思猛(おもひたけ)びて。】

 愧為大丈夫 神魂顛倒情意亂 所以藏嬌隱其妻 雖然天地間 光儀通照晃六合 豈使露顯令人知【一云,愧為大丈夫,孤注一擲奮其意。】

柿本人麻呂 2354

大夫(ますらを)の」,堂堂大丈夫,於茲為自嘲用法

「天地(あめつち)に 通照(とほりて)るとも」,美貌貫徹天地。讚美女性容姿之最高級表現


2355 【承前,十七第五。】

 惠得 吾念妹者 早裳死耶 雖生 吾邇應依 人云名國

 愛(うるは)しと 我(あ)が思(おも)ふ妹(いも)は 早(はや)も死(し)なぬか 生(い)けりとも 我(あれ)に寄(よ)るべしと 人言(ひとのこと)は無(な)くに

 朝思暮想之 愛也吾所念妹者 汝可玉殞早死耶 縱令生於世 無人祝福同我倆 不若早逝去他界

柿本人麻呂 2355

「愛(うるは)しと」,原文「惠」與「愛」通。舊訓作「めぐまとむ」,然慣例承接「我(あ)が思(おも)ふ」時,必為「愛(うるは)し」。

「早(はや)も死(し)なぬか」,「ぬか」為希求語氣。表現自暴自棄之心情。

「生(い)けりとも 我(あれ)に寄(よ)るべしと 人言(ひとのこと)は無(な)くに」,就算活著也沒有人鼓勵妳和我在一起。無人支持之戀情。


2356 【承前,十七第六。】

 狛錦 紐片敘 床落邇祁留 明夜志 將來得云者 取置待

 高麗錦(こまにしき) 紐片方(ひものかたへ)ぞ 床(とこ)に落(お)ちにける 明日夜(あすのよ)し 來(き)なむと言(い)はば 取置(とりお)きて待(ま)たむ

 艷華高麗錦 織紐一對其片方 落於寢床在地矣 若云明日夜 仍將復來纏綿者 吾將取置以恭待

柿本人麻呂 2356

高麗錦(こまにしき)」,舶來品之織物

「紐片方(ひものかたへ)ぞ」,一對之織紐中的其中之一。蓋云男子之衣紐,但不明上衣或袴之用。

明日夜(あすのよ)し」,此尋上代以日沒為一日之始知觀念而言。

曉別之際,女方男性所詠之曲。


2357 【承前,十七第七。】

 朝戶出 公足結乎 閏露原 早起 出乍吾毛 裳下閏奈

 朝戶出(あさとで)の 君(きみ)が足結(あゆひ)を 濡(ぬ)らす露原(つゆはら) 早起(はやくお)き 出(いで)つつ我(われ)も 裳裾濡(もすそぬ)らさな

 纏綿春宵後 朝戶出歸君足結 所以潤濡露原矣 心願能成偶 早起送行吾裳裾 亦請霑漬令衣濕

柿本人麻呂 2357

「足結(あゆひ)」,為求活動便利,於膝邊繫袴之紐。

裳裾濡(もすそぬ)らさな」,「な」表意識。請沾濕夫君之露,亦漬濡己身之衣。


2358 【承前,十七第八。】

 何為 命本名 永欲為 雖生 吾念妹 安不相

 何為(なにせ)むに 命(いのち)を元無(もとな) 長(なが)く欲為(ほりせ)む 生(い)けれども 我(あ)が思妹(おもふいも)に 易(やす)く逢(あ)は無(な)くに

 吾人有所思 何為將欲此身命 冀祈無由長壽哉 縱令得苟活 我所朝朝暮暮念 伊人無緣可逢矣

柿本人麻呂 2358

「何為(なにせ)むに」,為何。多呼應反語

「元無(もとな)」,缺乏理由、徒然。

「易(やす)く逢(あ)は無(な)くに」,無法輕易相逢。



2359 【承前,十七第九。】

 息緒 吾雖念 人目多社 吹風 有數數 應相物

 息緒(いきのを)に 我(あれ)は思(おも)へど 人目多(ひとめおほ)みこそ 吹風(ふくかぜ)に 在(あ)らば數數(しばしば) 逢(あ)ふべき物(もの)を

 吾雖不惜命 所以熱切念伊人 然恐人目蜚語繁 避諱不得見 若值吹風拂數數 只求應可相逢矣

柿本人麻呂 2359

「息緒(いきのを)」,守住生命之鋼索。「息」乃生命之象徵。

「吹風(ふくかぜ)に 在(あ)らば」,反事實假定。

2360 【承前,十七第十。】

 人祖 未通女兒居 守山邊柄 朝朝 通公 不來哀

 人親(ひとのおや)の 娘子兒据(をとめこす)ゑて 守山邊(もるやまへ)から 朝(あさ)な朝(あさ)な 通(かよ)ひし君(きみ)が 來(こ)ねば悲(かな)しも

 呵護垂乳根 人祖雙親護娘子 所謂深窗守山邊 日日復朝朝 不絕往來伊人者 今不復臨令人悲

柿本人麻呂 2360

「人親(ひとのおや)の 娘子兒据(をとめこす)ゑて」,地名守山」有監視之義,遂以之為序。此處之「親」概指母親

「朝(あさ)な朝(あさ)な」,訪妻制時,男子於夜間來訪較為普遍


2361 【承前,十七十一。】

 天在 一棚橋 何將行 穉草 妻所云 足壯嚴

 天(あめ)なる 一(ひと)つ棚橋(たなはし) 如何(いか)にか行(ゆ)かむ 若草(わかくさ)の 妻所(つまがり)と言(い)はば 足飾為(あしかざりせ)む

 懸於久方天 獨木棚橋跨銀漢 如何渡之越行乎 親親猶若草 吾妻之許將徃者 自當飾足壯嚴矣

柿本人麻呂 2361

「天(あめ)なる」,「天(あめ)にある」之略。蓋唯七夕歌。

「一(ひと)つ棚橋(たなはし)」,一枚板之棚橋。不用心渡之則極為危險之橋。

若草(わかくさ)の」,妻之枕詞

「足飾為(あしかざりせ)む」,「飾(かざ)り」指裝備,原文「狀嚴」乃佛語表現

2362 【承前,十七十二。】

 開木代 來背若子 欲云余 相狹丸 吾欲云 開木代來背

 山背(やましろ)の 久世若子(くせのわくご)が 欲(ほ)しと言(い)ふ我(われ) 輙爾(あふさわ)に 我(われ)を欲(ほ)しと言(い)ふ 山世久世(やましろのくせ)

 苗木繼根生 山城久世稚子矣 所云好裘傾心余 輕浮輙爾兮 所云愛慕欲我者 山城久世稚子矣

柿本人麻呂 2362

 右十二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。

「山背(やましろ)の」,原文「開木代」之「開木」指伐木開山。

「若子(わくご)」,年輕人。此限定於高社會地位之者。

「輙爾(あふさわ)に」,未深思熟慮。

高潔女性受其所不青睞之男子求婚,而落花有意流水無情之民謠。


2363 【承前,十七十三。】

 岡前 多未足道乎 人莫通 在乍毛 公之來 曲道為

 岡崎(をかさき)の 迴(た)みたる道(みち)を 人莫通(ひとなかよ)ひそ 在(あり)つつも 君(きみ)が來坐(きま)さむ 避道(よきみち)に為(せ)む

 丘岬岡崎之 崎嶇迂迴小徑矣 莫令人往來通之 願常跡罕至 以為有朝君臨時 規避人目密道也

佚名 2363

岡崎(をかさき)の」,岡之突起。『日本書紀』神武帝前紀有「丘岬(をかさき)」云云。

「迴(た)みたる道(みち)を」,「迴(た)む」乃巡迴之意。

「在(あり)つつも」,持續維持此一狀態。

「避道(よきみち)」,避開人目,竊下通行之路。

2364 【承前,十七十四。】

 玉垂 小簾之寸雞吉仁 入通來根 足乳根之 母我問者 風跡將申

 玉垂(たまだれ)の 小簾隙間(こすのすけき)に 入通來(いりかよひこ)ね 垂乳根(たらちね)の 母(はは)が問(と)はさば 風(かぜ)と申(まう)さむ

 請自玉垂之 小簾隙間通入來 慎之莫令他人覺 呵護垂乳根 母君若問何簾動 我將佯申風拂之

佚名 2364

「玉垂(たまだれ)」,玉簾,修飾小簾之同格雅語。

「隙間(すけき)」,未詳。暫解為縫隙。

「入通來(いりかよひこ)ね」,ね乃希求祝詞

垂乳根(たらちね)の」,母之枕詞

2365 【承前,十七十五。】

 內日左須 宮道爾相之 人妻姤 玉緒之 念亂而 宿夜四曾多寸

 內日射(うちひさ)す 宮道(みやぢ)に逢(あ)ひし 人妻故(ひとづまゆゑ)に 玉緒(たまのを)の 思亂(おもひみだ)れて 寢(ぬ)る夜(よ)しそ多(おほ)き

 內日照臨兮 康莊宮道瞬一會 不期瞥見人妻故 魂絲命緒矣 神魂顛倒情意亂 孤枕難眠夜多矣

佚名 2365

「內日射(うちひさ)す」,「宮」之枕詞

「宮道(みやぢ)」,首都之大路。

人妻故(ひとづまゆゑ)に」,別人之妻是即原因。原文「姤」,按『廣雅』『萬象名義』,「姑,故也。」

「玉緒(たまのを)の」,長、亂、絕之枕詞


2366 【承前,十七十六。】

 真十鏡 見之賀登念 妹相可聞 玉緒之 絕有戀之 繁比者

 真十鏡(まそかがみ) 見(み)しかと思(おも)ふ 妹(いも)も逢(あ)はぬかも 玉緒(たまのを)の 絕(た)えたる戀(こひ)の 繁(しげ)き此頃(このころ)

 無曇真十鏡 吾人由衷寔欲見 可惜伊人不予逢 魂絲命緒矣 情斷覆水誠難收 其戀仍繁比昔時

佚名 2366

「真十鏡(まそかがみ)」,「見(み)る」之枕詞

「見(み)しかと思(おも)ふ」,「しか」乃表願望之終助詞。夾帶完了助動詞「つ」之連用形「今も見てしか」較為一般

「妹(いも)も逢(あ)はぬかも」,「ぬかも」表希求,「妹(いも)も逢(あ)ふ」乃「妹(いも)に逢(あ)ふ」之相類表現

「絕(た)えたる戀(こひ)の」,已然破局、斷絕之戀情。


2367 【承前,十七十七。】

 海原乃 路爾乘哉 吾戀居 大舟之 由多爾將有 人兒由惠爾

 海原(うなはら)の 道(みち)に乘(の)りてや 我(あ)が戀居(こひを)らむ 大船(おほぶね)の 緩(ゆた)にあるらむ 人子故(ひとのこゆゑ)に

 吾人之所戀 其猶水路滄海原 險象環生駭浪起 何以為之者 以其安穩乘大船 自若無憂伊人故

佚名 2367

 右五首,古歌集中出。

「海原(うなはら)の 道(みち)に乘(の)りてや」,「道(みち)に乘(の)る」乃步上某一旅程。此云自己踏上了令人迷惘的戀情。

「我(あ)が戀居(こひを)らむ」,詠嘆疑問詞。

大船(おほぶね)の」,不動搖之譬喻。與首句相對。

「緩(ゆた)に」,安然自若。不知作者苦於戀慕相思之情,而自在安穩的生活著。

「人子故(ひとのこゆゑ)に」,為家長或丈夫呵護之女,表無法觸及之女性


2368 正述心緒 【卌七第一。】

 垂乳根乃 母之手放 如是許 無為便事者 未為國

 垂乳根(たらちね)の 母(はは)が手離(てはな)れ 如是許(かくばか)り 術無(すべな)き事(こと)は 未為無(いまだせな)くに

 自離垂乳根 母堂之手獨立起 如是愁幾許 手足無措不得方 茫然無助未嘗有

柿本人麻呂 2368

「母(はは)が手離(てはな)れ」,此云懂事以來。

「術無(すべな)き事(こと)は」,表不知如何是好。此云苦戀。

「未為無(いまだせな)くに」,「無(な)くに」為詠嘆文末句法。



2369 【承前,卌七第二。】

 人所寐 味宿不寐 早敷八四 公目尚 欲嘆【或本歌云,公矣思爾,曉來鴨。】

 人寢(ひとのぬ)る 甘睡(うまい)も寢(ね)ずて 愛(は)しきやし 君(きみ)が目(め)すらを 欲(ほ)りし嘆(なげ)かふ【或本歌云(あるふみのうたにいはく)、君(きみ)を思(おも)ふに、明(あ)けにけるかも。】

 無以猶他人 不得甘睡度春宵 慎矣愛憐哉 心願與君會一面 孤寢難眠嘆終夜【或本歌云,心念伊人苦相思,不覺夜更天將明。】

柿本人麻呂 2369

「甘睡(うまい)も寢(ね)ずて」,「甘睡(うまい)」為好眠。男女談情之床第。

「君(きみ)が目(め)すらを」,「すら」表至少。


2370 【承前,卌七第三。】

 戀死 戀死耶 玉鉾 路行人 事告無

 戀死(こひし)なば 戀(こ)ひも死(し)ねとや 玉桙(たまほこ)の 道行人(みちゆきひと)の 言(こと)も告(つ)げ無(な)き

 君意蓋如茲 若苦相思欲戀死 戀死而可哉 玉桙華道往來人 未嘗傳言信杳然

柿本人麻呂 2370

「戀(こ)ひも死(し)ねとや」,「も」為伴隨希求命令用法

「道行人(みちゆきひと)の 言(こと)も告(つ)げ無(な)き」,連經由通行人之傳言皆無。男方非但不親自來訪,亦無遣使,甚至連託付往來人傳言都不做。


2371 【承前,卌七第四。】

 心 千遍雖念 人不云 吾戀孋 見依鴨

 心(こころ)には 千重(ちへ)に思(おも)へど 人(ひと)に言(い)はぬ 我(あ)が戀妻(こひづま)を 見(み)む由欲得(よしもがも)

 埋藏方寸間 雖念千遍了於胸 未嘗與人訴 可有朝思復暮想 所戀愛妻逢由哉

柿本人麻呂 2371

「我(あ)が戀妻(こひづま)を」,「妻(つま)」原文「孋」乃組合「女」「麗」之造字。


2372 【承前,卌七第五。】

 是量 戀物 知者 遠可見 有物

 如是許(かくばか)り 戀(こ)ひむ物(もの)そと 知(し)らませば 遠(とほ)くも見(み)べく ありける物(もの)を

 後悔不當初 早知戀慕如此許 不能自已者 別離之時當遠望 轉瞬不移惜拜眉

柿本人麻呂 2372

「遠(とほ)くも見(み)べく ありける物(もの)を」,反事實假定。早知現今為相思所苦,當初多看一遠、多送遠一點就好了。

類歌3739。

2373 【承前,卌七第六。】

 何時 不戀時 雖不有 夕方任 戀無乏

 何時(いつ)はしも 戀(こひ)せぬ時(とき)は あらねども 夕片設(ゆふかたま)けて 戀(こひ)は術無(すべな)し

 捫心以自問 雖然無時不戀慕 伊人常懸心 然而每夕將近晚 相思情潰難自抑

柿本人麻呂 2373

「何時(いつ)はしも 戀(こひ)せぬ時(とき)は あらねども」,雖然無時不相思,然而現在殊更難止。

「夕片設(ゆふかたま)けて」,「片設(かたま)け」表將近。

類歌2877。第十三卷3329長歌中亦有類似表現


2374 【承前,卌七第七。】

 是耳 戀度 玉切 不知命 歲經管

 如是(かく)のみし 戀(こ)ひや渡(わた)らむ 玉限(たまきは)る 命(いのち)も知(し)らず 年(とし)は經(へ)につつ

 如是傾吾心 居常戀慕念伊人 玉剋魂極兮 此命不知至何夕 不覺月累年已經

柿本人麻呂 2374

「玉限(たまきは)る」,命、世之枕詞

「命(いのち)も知(し)らず」,不知自己能活到何時。


2375 【承前,卌七第八。】

 吾以後 所生人 如我 戀為道 相與勿湯目

 我(あ)が後(のち)に 生(う)まれむ人(ひと)は 我(あ)が如(ごと)く 戀(こひ)する道(みち)に 逢(あ)ひこす莫努(なゆめ)

 在於我以後 所生之人後輩矣 當以前車鑑 莫逢戀路猶吾人 辛酸迷走總勞苦

柿本人麻呂 2375

「戀(こひ)する道(みち)に」,此以戀情之苦痛、迷茫比喻為艱險之道路

「逢(あ)ひこす莫努(なゆめ)」,奉勸晚輩別走上該路。

2376 【承前,卌七第九。】

 健男 現心 吾無 夜晝不云 戀度

 大夫(ますらを)の 現(うつ)し心(ごころ)も 我(あれ)は無(な)し 夜晝(よるひる)と云(い)はず 戀(こ)ひし渡(わた)れば

 丈夫益荒男 彰顯之心我不備 愧對壯士名 朝思暮想懸慕情 日夜不分念伊人

柿本人麻呂 2376

「現(うつ)し心(ごころ)も」,平常心、正常的姿態。

「夜晝(よるひる)と云(い)はず」,晝夜不分。

2377 【承前,卌七第十。】

 何為 命繼 吾妹 不戀前 死物

 何為(なにせ)むに 命繼(いのちつ)ぎけむ 我妹子(わぎもこ)に 戀(こひ)せぬ前(さき)に 死(し)な益物(ましもの)を

 應當何所為 方能苟延續此命 比來有所思 若得未戀伊人前 既死者何苦來哉

柿本人麻呂 2377

「戀(こひ)せぬ前(さき)に」,原文「不戀前」。「前(さき)」表以前。若自己在愛上對象前就死去的話,就不會如現在般痛苦了。


2378 【承前,卌七十一。】

 吉惠哉 不來座公 何為 不猒吾 戀乍居

 吉(よ)しゑやし 來坐(きま)さぬ君(きみ)を 何為(なにせ)むに 厭(いと)はず我(あれ)は 戀(こ)ひつつ居(を)らむ

 一了而百了 不若果斷絕此情 君既不來訪 何以吾人不改悛 鍾情總戀無情人

柿本人麻呂 2378

「吉(よ)しゑやし」,不管了,之捨缽氣氛感動詞

2379 【承前,卌七十二。】

 見度 近渡乎 迴 今哉來座 戀居

 見渡(みわた)せば 近渡(ちかきわた)りを 徘迴(たもとほ)り 今(いま)か來坐(きま)すと 戀(こ)ひつつそ居(を)る

 放眼望見者 不過相隔去咫尺 然以忌人目 朝朝暮暮期伊人 迂迴避道相來會

柿本人麻呂 2379

「見渡(みわた)せば」,眺望。

「近渡(ちかきわた)りを」,所去不遠。或一水相隔,或一路之遙。

「徘迴(たもとほ)り」,迂迴,避開人目而刻意繞遠路。

「今(いま)か來坐(きま)すと」,期待對方立刻出現。

2380 【承前,卌七十三。】

 早敷哉 誰障鴨 玉桙 路見遺 公不來座

 愛(は)しきやし 誰(た)に障(さは)れかも 玉桙(たまほこ)の 道見忘(みちみわす)れて 君(きみ)が來坐(きま)さぬ

 慎矣愛憐兮 是為誰人所障哉 玉桙華道兮 忘失來路迷千衢 久俟吾君不來會

柿本人麻呂 2380

「愛(は)しきやし」,諷刺所愛男子變心不來之曲。

「誰(た)に障(さは)れかも」,「障(さは)れかも」乃疑問條件語。

「忘(みちみわす)れて」,原文「遺」,『萬象名義』云:「忘失也。」


2381 【承前,卌七十四。】

 公目 見欲 是二夜 千歲如 吾戀哉

 君(きみ)が目(め)の 見(み)まく欲(ほ)しけく 此二夜(このふたよ) 千年如(ちとせのごと)も 我(あ)は戀(こ)ふるかも

 難堪相思情 欲拜君眉守空閨 短短此二夜 猶如千秋萬歲長 誠因妾身焦戀矣

柿本人麻呂 2381

「見(み)まく欲(ほ)しけく」,「見(み)まく欲(ほ)し」之く句法,中古語願望助詞「まほし」之古型。

「此二夜(このふたよ)」,苦苦等待男方來訪的兩晚,猶如千年之久。


2382 【承前,卌七十五。】

 打日刺 宮道人 雖滿行 吾念公 正一人

 內日射(うちひさ)す 宮道(みやぢ)を人(ひと)は 滿行(みちゆ)けど 我(あ)が思君(おもふきみ)は 唯一人(ただひとり)のみ

 內日照臨兮 康莊宮道猶若市 雖然行人眾 然吾朝思且暮想 鍾情掛心唯君耳

柿本人麻呂 2382

「宮道(みやぢ)を人(ひと)は 滿行(みちゆ)けど」,自平城京正面玄關羅城門至平城宮朱雀大路平城京人口約十萬,宮內勤務者蓋一萬餘。

路上人口再多,鍾情只為一人。類歌3248、3249。


2383 【承前,卌七十六。】

 世中 常如 雖念 半手不忘 猶戀在

 世中(よのなか)は 常如是(つねかく)のみと 思(おも)へども 片手忘(かたてわす)れず 猶戀(なほこ)ひにけり

 雖知空蟬兮 火宅世間總猶是 不能如所願 然而此情不能忘 尚猶戀慕盡徒然

柿本人麻呂 2383

「世中(よのなか) 常如是(つねかく)のみと」,世間不如意。雖然知道如此,卻難控制自己的心情。

2384 【承前,卌七十七。】

 我勢古波 幸座 遍來 我告來 人來鴨

 我(わ)が背子(せこ)は 幸座(さきくいま)すと 歸來(かへりき)て 我(あれ)に告(つ)げ來(こ)む 人(ひと)も來(こ)ぬかも

 杳然無音訊 誰能歸來報佳音 言吾夫子者 安然無恙總安平 來告之人不有哉

柿本人麻呂 2384

「我(わ)が背子(せこ)は 幸座(さきくいま)すと」,「幸(さき)く」為無恙之意。羈旅之人於異地見到作者丈夫,傳達其無事之語。

「人(ひと)も來(こ)ぬかも」,「ぬか」表希求。「も」有至少之意。

2385 【承前,卌七十八。】

 麤玉 五年雖經 吾戀 跡無戀 不止恠

 新(あらた)まの 五年經(いつとせふ)れど 我(あ)が戀(こ)ふる 跡無(あとな)き戀(こひ)の 止(や)ま無(な)く怪(あや)し

 萬象復更新 五年光陰雖已逝 吾之所戀慕 渺茫無跡此情之 至今不絕甚恠矣

柿本人麻呂 2385

「跡無(あとな)き戀(こひ)の」,毫無行跡,意旨夢幻渺茫、難以依髻


2386 【承前,卌七十九。】

 石尚 行應通 建男 戀云事 後悔在

 巖(いはほ)すら 行通(ゆきとほ)るべき 大夫(ますらを)も 戀(こひ)と云(い)ふ事(こと)は 後悔(のちのくい)あり

 縱令堅巖兮 尚能貫通行越之 巍峨大丈夫 唯有情關總難過 徒留追悔恨相逢

柿本人麻呂 2386

「巖(いはほ)すら 行通(ゆきとほ)るべき」,無論如何障礙都可排除之壯士。

「後悔(のちのくい)あり」,後悔陷於戀情無法自拔。

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万葉集試訳

2339 【承前,十二第三。】

 吉名張乃 野木爾零覆 白雪乃 市白霜 將戀吾鴨

 吉隱(よなばり)の 野木(のぎ)に降覆(ふりおほ)ふ 白雪(しらゆき)の 灼然(いちしろ)くしも 戀(こ)ひむ我(あれ)かも

 初鶺誹間 野中立木所零覆 皓雪之所如 明目張膽顯灼然 公諸之戀吾豈為

佚名 2339

野木(のぎ)」,豎立於原野間之樹木

白雪(しらゆき)の」,以上,帶出「灼然(いちしろ)く」之序。

「灼然(いちしろ)くしも 戀(こ)ひむ我(あれ)かも」,「灼然(いちしろ)く」表顯著,本劇為反語,表示自己無論內心多麼戀慕對方,皆無法顯現於外令外人察覺。

2340 【承前,十二第四。】

 一眼見之 人爾戀良久 天霧之 零來雪之 可消所念

 一目見(ひとめみ)し 人(ひと)に戀(こ)ふらく 天霧(あまぎ)らし 降來(ふりく)る雪(ゆき)の 消(け)ぬべく思(おも)ほゆ

 轉瞬所瞥見 戀彼一會伊人者 猶如天霧之 曇空沫雪降零來 可消心意更鬱沉

佚名 2340

「人(ひと)に戀(こ)ふらく」,「戀(こ)ふらく」乃「戀(こ)ふ」之く句法。

類歌2342。


2341 【承前,十二第五。】

 思出 時者為便無 豐國之 木綿山雪之 可消所念

 思出(おもひいづ)る 時(とき)は術無(すべな)み 豐國(とよくに)の 木綿山雪(ゆふやまゆき)の 消(け)ぬべく思(おも)ほゆ

 每逢憶出時 手足無措不知方 洽猶豐國之 木綿山間所零雪 可消心意更鬱沉

佚名 2341

「時(とき)は術無(すべな)み」,複合形容詞「術無み」之く句法。

「木綿山雪(ゆふやまゆき)の」,以上兩句乃引出「消(け)ぬ」之序,借用豐後國之山者,蓋以暖國降雪稀少而言。

類歌3036。


2342 【承前,十二第六。】

 如夢 君乎相見而 天霧之 落來雪之 可消所念

 夢如(いめのごと) 君(きみ)を相見(あひみ)て 天霧(あまぎ)らし 降來(ふりく)る雪(ゆき)の 消(け)ぬべく思(おも)ほゆ

 如夢又似幻 轉瞬逢晤吾君者 猶如天霧之 曇空沫雪降零來 可消心意更鬱沉

佚名 2342

「君(きみ)を相見(あひみ)て」,此處之「相(あひ)」屬接頭語,相互意味較輕。

類歌2340。

2343 【承前,十二第七。】

 吾背子之 言愛美 出去者 裳引將知 雪勿零

 我(わ)が背子(せこ)が 言愛(ことうるは)しみ 出(いで)て行(い)かば 裳引(もび)き著(しる)けむ 雪勿降(ゆきなふ)りそね

 親親吾夫子 愛憐睦言引心弦 因而出去者 不欲衣裳班跡著 還望皓雪莫紛降

佚名 2343

「言愛(ことうるは)しみ」,愛字之訓有「うつはし」與「うつくし」兩說。「うるはし」多用於讚美,而「うつくし」多在於庇護

「裳引(もび)き著(しる)けむ 雪勿降(ゆきなふ)りそね」,希望雪末降至衣服斑駁。「著(しる)」於茲乃顯著之意。


2344 【承前,十二第八。】

 梅花 其跡毛不所見 零雪之 市白兼名 間使遣者【一云,零雪爾,間使遣者,其將知奈。】

 梅花(うめのはな) 其(それ)とも見(み)えず 降雪(ふるゆき)の 灼然(いちしろ)けむな 間使遣(まつかひや)らば【一云(またにいふ)、降雪(ふるゆき)に、間使遣(まつかひや)らば、其(それ)と知(し)らなむ。】

 孰為梅花哉 混淆難辨盡斑白 降雪之所如 如斯灼然引人目 若遣間使前去者【一云,零雪覆第時,若遣間使以往者,人見足跡將知哉。】

佚名 2344

「梅花(うめのはな) 其(それ)とも見(み)えず」,雪與白梅相參,難以辨別。

「灼然(いちしろ)けむな」,顯著、明瞭。

間使(まつかひ)」,代為傳達書信或口訊之人。

「其(それ)と知(し)らなむ」,主語他人。本歌云若遣使者探問,則兩人之關係如大雪般引人側目,將為天下所知。一云則以雪中若遣使人,必留足跡而將為他人所知。


2345 【承前,十二第九。】

 天霧相 零來雪之 消友 於君合常 流經度

 天霧(あまぎ)らひ 降來(ふりく)る雪(ゆき)の 消(け)なめども 君(きみ)に逢(あ)はむと 流(なが)らへ渡(わた)る

 天霧曇空而 零來沫雪之所如 雖然將消逝 一心欲與君再逢 延命流離在人世

佚名 2345

「天霧(あまぎ)らひ」,複合動詞「天霧(あまぎ)る」之持續態。

「降來(ふりく)る雪(ゆき)の」,以上乃引出「消(け)」之序。

「消(け)なめども」,「め」乃推量助動詞「む」之已然型。下接第五句。

「流(なが)らへ渡(わた)る」,「流らふ」為「流る」之持續態。表面上指雪持續隨風飄揚,比喻雖然苦戀欲死仍勉強活下去之狀。

2346 【承前,十二第十。】

 窺良布 跡見山雪之 灼然 戀者妹名 人將知可聞

 窺狙(うかねら)ふ 跡見山雪(とみやまゆき)の 灼然(いちしろ)く 戀(こ)ひば妹(いも)が名(な) 人知(ひとし)らむかも

 竊狙望聲色 跡見山雪之所如 灼然引人目 若是猶此戀伊人 蓋遭天下人週知

佚名 2346

「窺狙(うかねら)ふ」,「跡見」之枕詞。亦見於1576「此岡に 雄鹿踏起し 竊狙ひ 左右もすらく 君故にこそ」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1576

「跡見山雪(とみやまゆき)の」,普通名詞之「跡見」指觀察獵物足跡推測其經過之時間、方向。以上乃帶出「灼然(いちしろ)く」之序文


2347 【承前,十二十一。】

 海小船 泊麈技骸ぁ〕鄒稠掘消長戀師 君之音曾為流

 海人小舟(あまをぶね) 泊鷸(はつせのやま)に 降雪(ふるゆき)の 日長(けなが)く戀(こ)ひし 君(きみ)が音(おと)そする

 海人小舟泊 長谷泊鷭山間 降雪消融之 戀慕時日日已久 未見伊人音訊來

佚名 2347

海人小舟(あまをぶね)」,以泊舟而為地名「泊鵝彷枕詞

「降雪(ふるゆき)」,以上,以降雪之「消(け)」同音作為「日(け)」之序文

「君(きみ)が音(おと)そする」,「音(おと)」指動作帶來之聲音,動靜。

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2018-04-18-水

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万葉集試訳

2258 【承前,八首第七。】

 秋芽子之 枝毛十尾爾 置霧之 消毳死猿 戀乍不有者

 秋萩(あきはぎ)の 枝(えだ)も撓(とをを)に 置露(おくつゆ)の 消(け)かもしな益(まし) 戀(こひ)つつ有(あ)らずは

 不若猶秋萩 枝葉末梢垂撓屈 置露之所如 俄然消逝絕命緒 勝過苦戀愁斷腸

佚名 2258

「枝(えだ)も撓(とをを)に」,枝葉因露水之重而低垂之狀。

「置露(おくつゆ)の」,以上三句,用以引出「消(け)」之序。


2259 【承前,八首第八。】

 秋芽子之 上爾白露 每置 見管曾思怒布 君之光儀呼

 秋萩(あきはぎ)の 上(うへ)に白露(しらつゆ) 置(お)く每(ごと)に 見(み)つつそ偲(しの)ふ 君(きみ)が姿(すがた)を

 秋萩芽子之 枝葉之上置白露 每見彼露置 觸景生情有所偲 更念君之光儀矣

佚名 2259

「君(きみ)が姿(すがた)を」,原文「光儀」,乃美稱形姿之漢語。

2260 寄風 【二首第一。】

 吾妹子者 衣丹有南 秋風之 寒比來 下著益乎

 我妹子(わぎもこ)は 衣(ころも)に有(あ)らなむ 秋風(あきかぜ)の 寒(さむ)き此頃(このころ) 下(した)に著(き)ましを

 願得吾妹子 肌身著衣為形見 蕭瑟秋風之 冷冽凍骨寒此頃 冀著衣下貼膚暖

佚名 2260

「衣(ころも)に有(あ)らなむ」,原文「衣丹有南」,而衣字或訓做「きぬ」。一般而言,「衣(きぬ)」往往只人目可觸及之外衣,而「衣(ころも)」則為蔽於外衣之下之服。「なむ」乃希求表現,此用於反事實期望句。

「秋風(あきかぜ)の 寒(さむ)き此頃(このころ)」,感受秋風寒冷,乃影射孤獨之常套用法。「此頃(このころ)」原文「比來」為漢籍俗語表現

「下(した)に著(き)ましを」,若得將心上人之內衣肌身不離地穿在自己身上就好了。「下(した)」表人目所無以觸及之處。古俗以為相別之時,與對方交換內衣著之,有早速相逢之效。


2261 【承前,二首第二。】

 泊麌 如是吹三更者 及何時 衣片敷 吾一將宿

 泊麌(はつせかぜ) 如是吹(かくふ)く宵(よひ)は 何時迄(いつまで)か 衣片敷(ころもかたし)き 我(あ)が獨寢(ひとりね)む

 長谷泊麌 如是吹拂三更夜 當及於何時 吾人片敷衣裳而 孤寢輾轉總難眠

佚名 2261

「泊麌(はつせかぜ)」,奈良櫻井市東部,初麈恵禄蠖畴敬。

「如是吹(かくふ)く宵(よひ)は」,「宵(よひ)」原文「三更」者,唐土更點時法之深夜。

「衣片敷(ころもかたし)き」,「片敷(かたし)き」於『萬葉集』計有五例,皆用於孤獨寂寞之情狀。或為等待男方來訪之閨怨之曲。

2262 寄雨 【二首第一。】

 秋芽子乎 令落長雨之 零比者 一起居而 戀夜曾大寸

 秋萩(あきはぎ)を 散(ち)らす長雨(ながめ)の 降(ふ)る頃(ころ)は 獨起居(ひとりおきゐ)て 戀(こ)ふる夜(よ)そ多(おほ)き

 每摧秋萩而 令其凋散長雨之 零落此頃者 吾人隻身獨起居 憂思愁夜寔多矣

佚名 2262

「長雨(ながめ)」,「長雨(ながあめ)」之略。『和名抄』云「霖,三日以上雨也。和名長雨(ながあめ)。」中古以降,多將之與詠嘆(詠め=ながめ)做連結,然『萬葉集』未有此例。

2263 【承前,二首第二。】

 九月 四具禮乃雨之 山霧 烟寸吾胷 誰乎見者將息【一云,十月,四具禮乃雨降。】

 九月(ながつき)の 時雨雨(しぐれのあめ)の 山霧(やまぎり)の 烟(いぶせ)き我(あ)が胸(むね) 誰(た)を見(み)ば止(や)まむ【一云(またにいふ)、十月(かむなづき)、時雨雨降(しぐれのあめふ)り。】

 長月九月矣 時雨之雨所致兮 山霧之所如 吾胸抑鬱烟瀰漫 見乎誰者才方歇【一云,神無十月之,時雨之雨降紛紛。】

佚名 2263

「山霧(やまぎり)の」,以上三句,帶出「烟(いぶせ)き」之序。

「烟(いぶせ)き我(あ)が胸(むね)」,此句以上,言山霧瀰漫不明朗。此句以下,述心情鬱鬱寡歡不晴。底本多作「烟寸吾告胷」,此依『萬葉集略解』以告為衍字。

「誰(た)を見(み)ば止(や)まむ」,此云這份憂鬱之情,在見到心上人之前無以喝止。


2264 寄蟋

 蟋蟀之 待歡 秋夜乎 寐驗無 枕與吾者

 蟋蟀(こほろぎ)の 待喜(まちよろこ)ぶる 秋夜(あきのよ)を 寢(ぬ)る験無(しるしな)し 枕(まくら)と我(あれ)とは

 雖是蟋蟀之 歡喜引領所期盼 愉待秋夜者 雖寢無驗誠空虛 與枕相對無人伴

佚名 2264

「待喜(まちよろこ)ぶる」,上代語「喜(よろこ)ぶる」為上二段活用形,平安初期宣命亦有「朕のみや此を喜備む」之語。此文明言蟋蟀喜備秋日到來,暗喻女方等待男子來訪。

「寢(ぬ)る験無(しるしな)し」,驗表效驗。雖然歡喜等待,然而伊人不至,獨守空閨。

2265 寄蝦(かはづ)

 朝霞 鹿火屋之下爾 鳴蝦 聲谷聞者 吾將戀八方

 朝霞(あさがすみ) 鹿火屋(かひや)が下(した)に 鳴(な)く蛙(かはづ) 聲(こゑ)だに聞(き)かば 我戀(あれこ)ひめやも

 朝霞瀰漫兮 鹿火田畑屋之下 所鳴川蛙矣 若得稍聞彼鳴聲 吾豈相思愁如此

佚名 2265

朝霞(あさがすみ)」,「鹿火屋(かひや)」之枕詞。以雲霞比喻驅蚊煙火。

「鹿火屋(かひや)」,燃燒鹿火之小屋。鹿火之用以阻嚇豬鹿搗壞田地而燃燒之火,或驅蚊之蚊火。類歌3818書香火屋。

「鳴(な)く蛙(かはづ)」,以上為引出「聲(こゑ)」之序。「蛙(かはづ)」為「蛙(かえる)」之雅語。

類歌3818。

2266 寄鴈

 出去者 天飛鴈之 可泣美 且今日今日云二 年曾經去家類

 出(いで)て去(い)なば 天飛(あまと)ぶ雁(かり)の 泣(な)きぬべみ 今日今日(けふけふ)と言(い)ふに 年(とし)そ經(へ)にける

 羈旅出去者 其猶騰空飛雁之 離情催鳴泣 每道今日今日 不覺月累復經年

佚名 2266

「出(いで)て去(い)なば」,主語為作者。

「泣(な)きぬべみ」,主語女性。「べみ」為「べし」之み句法。

今日今日(けふけふ)と言(い)ふに」,每逢作者將出門,戀人不堪離情哭泣不止而作罷,日日接道今日將往,卻未嘗成行。原文「且今日今日」乃併記事實之漢籍用法。


267 寄鹿 【二首第一。】

 左小壯鹿之 朝伏小野之 草若美 隱不得而 於人所知名

 佐雄鹿(さをしか)の 朝伏(あさふ)す小野(をの)の 草若(くさわか)み 隱(かく)らひ兼(か)ねて 人(ひと)に知(し)らゆな

 其猶小壯鹿 所以朝伏小野之 草稚未深故 不得隱匿之所如 為人所知天下悉

佚名 2267

「草若(くさわか)み」,春稚草未深,鹿雖欲棲身其中卻無以完全匿身。

「隱(かく)らひ兼(か)ねて」,難以隱藏兩人之關係。

本歌與次歌,皆寄於春鹿,而詠鹿伏草之曲。

2268 【承前,二首第二。】

 左小壯鹿之 小野之草伏 灼然 吾不問爾 人乃知良久

 佐雄鹿(さをしか)の 小野草伏(をののくさぶ)し 灼然(いちしろ)く 我(あ)が問(と)は無(な)くに 人(ひと)の知(し)れらく

 其猶小壯鹿 身伏小野所寢之 寐跡歷然矣 吾之比日不問者 為人所知天下悉

佚名 2268

小野草伏(をののくさぶ)し」,以上,帶出「灼然(いちしろ)く」之序。鹿之所寢,押靡野草,自其跡而歷歷可見。

「我(あ)が問(と)は無(な)くに」,「問(と)」ふ指訪妻。

「人(ひと)の知(し)れらく」,「知れり」之く句法終止型。

2269 寄鶴

 今夜乃 曉降 鳴鶴之 念不過 戀許甕很

 今夜(こよひ)の 曉降(あかときぐた)ち 鳴鶴(なくたづ)の 思(おも)ひは過(す)ぎず 戀(こひ)こそ(ま)され

 其猶今宵之 曉時將盡欲拂曉 鳴鶴之所如 相思之情不能止 徒痍慕更焦身

佚名 2269

「今夜(こよひ)の 曉降(あかときぐた)ち」,「今夜(こよひ)」乃依古時以日沒為一日之始之觀念而言。「曉(あかとき)」即為「明時(あかとき)」,拂曉天亮之前。「降(ぐた)ち」乃盛時已過,將終之意。

「鳴鶴(なくたづ)の」,以上,比喻下兩句之序文。聞得拂曉前之鶴鳴,想像其與自身相同,悲於慕妻相思之情。

「思(おも)ひは過(す)ぎず」,「過(す)ぐ」乃消亡之意。


2270 寄草

 道邊之 乎花我下之 思草 今更更爾 何物可將念

 道邊(みちのへ)の 尾花(をばな)が下(した)の 思草(おもひぐさ) 今更更(いまさらさら)に 何(なに)をか思(おも)はむ

 洽猶道邊之 芒草尾花下蔭生 思草之所如 至於今日此時頃 將念何物憂至此

佚名 2270

「尾花(をばな)が下(した)の 思草(おもひぐさ)」,「思草(おもひぐさ)」未詳所指,而此歌置於秋相聞,亦有尾花之下云云,或為寄生芒草之根而秋日開花之浜靫科之南蠻煙管焉。以上三句,引出「思(おも)ひ」之序。

「今更更(いまさらさら)に 何(なに)をか思(おも)はむ」,反語表現。原文「何物」乃唐土俗語,與「何」字同。


2271 寄花 【廿三第一。】

 草深三 蟋多 鳴屋前 芽子見公者 何時來益牟

 草深(くさぶか)み 蟋蟀澤(こほろぎさは)に 鳴(な)く宿(やど)の 萩見(はぎみ)に君(きみ)は 何時(いつ)か來坐(きま)さむ

 盎然草木深 蟋蟀繁鳴聲不斷 我宿屋戶前 來翫荻花吾君矣 至於何時可相見

佚名 2271

「草深(くさぶか)み」,複合形容詞「草深(くさぶか)し」之み句法。

「何時(いつ)か來坐(きま)さむ」,期盼早日來會之語。


2272 【承前,廿三第二。】

 秋就者 水草花乃 阿要奴蟹 思跡不知 直爾不相在者

 秋就(あきづ)けば 水草花(みくさのはな)の 散(あ)えぬがに 思(おも)へど知(し)らじ 直(ただ)に逢(あ)はざれば

 每逢秋就者 便如水草花所如 散盡殆殞身 焦慕如焚君不知 莫得直逢相晤者

佚名 2272

「秋就(あきづ)けば」,相關於第三句「散(あ)えぬがに」。

水草花(みくさのはな)の」,以上二句,「散(あ)えぬがに」之序。然比喻與主題之連結處並不明確。

「散(あ)えぬがに」,「がに」乃承受活用與終止型而有「至於如此」之意。水邊之犬蓼花等,破碎凋零之狀稱「散(あ)ゆ」。與形容陷於憂思之人之「あえぬがに」蓋為同源。


2273 【承前,廿三第三。】

 何為等加 君乎將猒 秋芽子乃 其始花之 歡寸物乎

 何(なに)すとか 君(きみ)を厭(いと)はむ 秋萩(あきはぎ)の 其初花(そのはつはな)の 嬉(うれ)しき物(もの)を

 當為何事而 可以嚴顏厭君哉 秋荻芽子之 始咲初華之所如 歡愉不及無由嫌

佚名 2273

「何(なに)すとか」,何故。於茲為反語用法。

2274 【承前,廿三第四。】

 展傳 戀者死友 灼然 色庭不出 朝容皃之花

 臥轉(こいまろ)び 戀(こひ)は死(し)ぬとも 灼然(いちしろ)く 色(いろ)には出(いで)じ 朝顏花(あさがほがはな)

 縱令身輾轉 苦心焦戀殆毀滅 不欲令人之 豈將作色現灼然 朝顏之華過艷矣

佚名 2274

「臥轉(こいまろ)び」,「臥(こ)ゆ」乃倒臥之意,「轉(まろ)び」為輾轉。仙覺本系原文做「輾轉」,此依元曆校本做「展傳」。轉、傳二字通,「展傳」、「輾轉」意同。

「朝顏花(あさがほがはな)」,牽牛花。花大而色艷,常為作色之比喻。


2275 【承前,廿三第五。】

 言出而 云者忌染 朝皃乃 穗庭開不出 戀為鴨

 言(こと)に出(い)でて 言(い)はば忌(ゆゆ)しみ 朝顏(あさがほ)の 穗(ほ)には咲出(さきで)ぬ 戀(こひ)もするかも

 不當輕言矣 甚忌揚言不吉矣 豈當如朝顏 吾穗不咲隱戀忍 深埋心中莫張揚

佚名 2275

「忌(ゆゆ)しみ」,當以為忌憚。此云與言語相關之禁忌。古俗以為,不堪慕情,揚言心中戀情、伊人之名者,將招致不幸。


2276 【承前,廿三第六。】

 鴈鳴之 始音聞而 開出有 屋前之秋芽子 見來吾世古

 雁(かり)が音(ね)の 初聲聞(はつこゑき)きて 咲出(さきで)たる 宿秋萩(やどのあきはぎ) 見(み)に來我(こわ)が背子(せこ)

 其隨飛雁之 鳴泣初啼聲可聞 因而咲綻放 我宿秋萩妍華矣 還冀來賞吾夫子

佚名 2276

「見(み)に來我(こわ)が背子(せこ)」,「來(こ)」乃「來(く)」之命令型。

2277 【承前,廿三第七。】

 左小壯鹿之 入野乃為酢寸 初尾花 何時加妹之 手將枕

 佐雄鹿(さをしか)の 入野芒(いりののすすき) 初尾花(はつをばな) 何時(いつ)しか妹(いも)が 手(て)を枕(まく)らかむ

 小壯雄鹿之 入野之芒所叢生 初尾花所如 窈窕淑女吾好裘 何時可枕汝手哉

佚名 2277

「佐雄鹿(さをしか)の」,「入野(いりの)」之枕詞。以鹿押開草原前進之意象為之。

入野(いりの)」,所在未詳。或云與1272「大刀の後鞘に入野」同為京都西京區大原野上羽町入野神社一帶,然入野一般用以形容地形,指深入群山間之平地,非指特定地點。

「初尾花(はつをばな)」,剛結穗之尾花,形容嬌羞女性之姿。

2278 【承前,廿三第八。】

 戀日之 氣長有者 吾苑囿能 辛藍花之 色出爾來

 戀(こ)ふる日(ひ)の 日長(けなが)くしあれば 我(わ)が苑(その)の 韓藍花(からあゐのはな)の 色(いろ)に出(い)でにけり

 吾人憂戀慕 相思既久時日長 以故我苑間 韓藍花開盛綻放 顯色將為他人知

佚名 2278

「我(わ)が苑(その)の」,底本原文書「三苑囿能」,此依元曆校本作「吾苑囿能」。「囿」、「苑」相通。

「韓藍花(からあゐのはな)」,雞頭花。莧科一年草,秋日生有如雄雞之花冠而為名。其花之汁可做為染料,故用於出色之比喻。

「色(いろ)に出(い)でにけり」,秘藏心中之情愛,因表情而暴露


2279 【承前,廿三第九。】

 吾鄉爾 今咲花乃 娘部四 不堪情 尚戀二家里

 我(わ)が里(さと)に 今咲(いまさ)く花(はな)の 女郎花(をみなへし) 堪(あ)へぬ心(こころ)に 尚戀(なほこ)ひにけり

 吾鄉故里間 今時滿咲遍綻放 窈窕女郎花 吾心難堪相思愁 尚戀不止更煎熬

佚名 2279

女郎花(をみなへし)」,底本原文「娘部四敝之」,或書「娘部四」,或書「娘敝之」,今從「敝之」乃校異雜入之說。概譬喻戀人之語。

「堪(あ)へぬ」,「堪(あ)ふ」乃中古語「堪(た)ふ」之古形。

2280 【承前,廿三第十。】

 芽子花 咲有乎見者 君不相 真毛久二 成來鴨

 萩花(はぎのはな) 咲(さ)けるを見(み)れば 君(きみ)に逢(あ)はず 誠(まこと)も久(ひさ)に 成(な)りにけるかも

 每見秋荻之 滿山盛咲遍地者 觸景有所念 與君相隔在異地 離別時日誠久矣

佚名 2280

「誠(まこと)も久(ひさ)に」,「久(ひさ)」將本為く活用之形容此「久し」轉作名詞之用。

2281 【承前,廿三十一。】

 朝露爾 咲酢左乾垂 鴨頭草之 日斜共 可消所念

 朝露(あさつゆ)に 咲樂溢(さきすさび)たる 月草(つきくさ)の 日斜(ひくた)つ共(なへ)に 消(け)ぬべく思(おも)ほゆ

 迷濛朝霧間 盎然盛咲避人目 月草之所如 欲與日斜相共傾 沒入朦朧隱此身

佚名 2281

「咲樂溢(さきすさび)たる」,「樂溢(すさ)ぶ」乃放任自然、縱情地之意。『新撰字鏡』云:「樂溢,すさぶ。」恣意綻放之狀。

「月草(つきくさ)の」,露草科一年草,秋日綻放藍色小花

「日斜(ひくた)つ共(なへ)に」,名義抄云:「日斜,ひくだつ。」


2282 【承前,廿三十二。】

 長夜乎 於君戀乍 不生者 開而落西 花有益

 長夜(ながきよ)を 君(きみ)に戀(こ)ひつつ 生(い)けらずは 咲(さ)きて散(ち)りにし 花(はな)なら益(まし)を

 恨秋之夜長 焦戀慕君苦相思 苟延殘喘者 不若如花咲而散 凋零殞命得百了

佚名 2282

「長夜(ながきよ)を」,八月至正月之夜晚,此蓋指秋之夜長而論。

「生(い)けらずは」,比起痛苦地活下去,不如...。


2283 【承前,廿三十三。】

 吾妹兒爾 相坂山之 皮為酢寸 穗庭開不出 戀度鴨

 我妹子(わぎもこ)に 逢坂山(あふさかやま)の 旗芒(はだすすき) 穗(ほ)には咲出(さきで)ず 戀渡(こひわた)るかも

 親親吾妹子 逢坂間所叢生 旗芒之所如 穗不咲出隱心中 默默暗戀埋胸懷

佚名 2283

「我妹子(わぎもこ)に」,以相逢而為「逢坂山(あふさかやま)」之枕詞。亦與第五句「戀渡(こひわた)るかも」相關。

「旗芒(はだすすき)」,以上,引出「穗(ほ)には咲出(さきで)ず」之序。

「穗(ほ)には咲出(さきで)ず」,「穗(ほ)」與「秀(ほ)」同,引人注目之事物。此云避開人目,偷偷愛著對方之意。

2284 【承前,廿三十四。】

 率爾 今毛欲見 秋芽子之 四搓二將有 妹之光儀乎

 率(ゆくりな)く 今(いま)も見(み)が欲(ほ)し 秋萩(あきはぎ)の 搓(しな)ひにあるらむ 妹(いも)が姿(すがた)を

 倉促急率爾 且今速欲得拜眉 秋荻之所如 嬌撓窈窕柔華奢 心懸吾妹光儀哉

佚名 2284

「率(ゆくりな)く」,原文「率爾」乃表突如之漢語。『名義抄』云:「率爾,俄かに、ゆくりなし。」

「今(いま)も見(み)が欲(ほ)し」,希望立刻相逢。

「搓(しな)ひにあるらむ」,枝葉撓垂之狀,比喻女子嬌柔婀娜之姿。


2285 【承前,廿三十五。】

 秋芽子之 花野乃為酢寸 穗庭不出 吾戀度 隱嬬波母

 秋萩(あきはぎ)の 花野芒(はなののすすき) 穗(ほ)には出(いで)ず 我(あ)が戀渡(こひわた)る 隱妻(こもりづま)はも

 秋荻所盛咲 百花絢爛原野間 芒薄不出穗 吾竊長相所戀慕 親親隱妻今何如

佚名 2285

花野芒(はなののすすき)」,花野指花朵盛開之原野,以上乃引出下句「穗(ほ)」之序文。

「隱妻(こもりづま)はも」,「隱妻」指來訪男子尚未公表雙方關係之女方「はも」乃推量不在眼前之現今狀態之語。

2286 【承前,廿三十六。】

 吾屋戶爾 開秋芽子 散過而 實成及丹 於君不相鴨

 我(わ)が宿(やど)に 咲(さ)きし秋萩(あきはぎ) 散過(ちりす)ぎて 實(み)になる迄(まで)に 君(きみ)に逢(あ)はぬかも

 至於吾屋戶 所咲秋萩芽子花 凋散零落而 結實之日為止矣 未嘗得與君相逢

佚名 2286

「散過(ちりす)ぎて」,「過(す)ぎ」表消散不見。

「實(み)になる迄(まで)に」,隱喻便為秋萩結實至此,語該人卻遲無結果。



2287 【承前,廿三十七。】

 吾屋前之 芽子開二家里 不落間爾 早來可見 平城里人

 我(わ)が宿(やど)の 萩咲(はぎさ)きにけり 散(ち)らぬ間(ま)に 早來(はや)きて見(み)べし 奈良里人(ならのさとびと)

 吾宿屋前之 秋萩芽子已盛咲 在其未散間 宜當速來共相翫 寧樂奈良里人矣

「早來(はや)きて見(み)べし」,催促語句。但上代語無將之視為命令行之確例。

奈良里人(ならのさとびと)」,里表市街地。居於飛鳥舊京,對平城京之友人或戀人所發之語。


2288 【承前,廿三十八。】

 石走 間間生有 皃花乃 花西有來 在筒見者

 石橋(いしばし)の 間間(まま)に生(お)ひたる 顏花(かほばな)の 花(はな)にし在(あり)けり 在(あり)つつ見(み)れば

 砌磴石橋之 走石間間所生有 貌花之所如 雖然開花不結實 見彼徒花嘆欷歔

佚名 2288

石橋(いしばし)の」,置於淺水,藉以渡越之踏石。

「顏花(かほばな)」,未詳。或云水草。而「石橋(いしばし)」或書作「砌、磴」,是以或為石疊、石段所生之花草。

「在(あり)つつ」,一直如此。(開花而不結果。)


2289 【承前,廿三十九。】

 藤原 古鄉之 秋芽子者 開而落去寸 君待不得而

 藤原(ふぢはら)の 古(ふ)りにし里(さと)の 秋萩(あきはぎ)は 咲(さ)きて散(ち)りにき 君待兼(きみまちか)ねて

 舊都藤原京 人去樓空故里間 秋萩芽子者 咲而落去散凋零 不堪久待君不來

佚名 2289

藤原(ふぢはら)の 古(ふ)りにし里(さと)の」,和銅三年遷京平城後,藤原是即舊都。

「君待兼(きみまちか)ねて」,主語為荻,而隱射持續等待之作者本身。

2290 【承前,廿三二十。】

 秋芽子乎 落過沼蛇 手折持 雖見不怜 君西不有者

 秋萩(あきはぎ)を 散過(ちりす)ぎぬべみ 手折持(たをりも)ち 見(み)れども寂(さぶ)し 君(きみ)にしあらねば

 吾見秋萩之 芽子盛過將凋零 折枝持身徬 雖然相翫仍寂寥 以其花者非君也

佚名 2290

「散過(ちりす)ぎぬべみ」,原文「落過沼蛇」之「蛇」乃へみ之借訓。

「見(み)れども寂(さぶ)し」,「寂(さぶ)し」乃「寂(さび)し」之古形。雖見荻花,能稍慰情懷,然相思之愁卻不能解。

「君(きみ)にしあらねば」,欲見伊人,而荻花難以代用。


2291 【承前,廿三廿一。】

 朝開 夕者消流 鴨頭草乃 可消戀毛 吾者為鴨

 朝咲(あしたさ)き 夕(ゆふへ)は消(け)ぬる 月草(つきくさ)の 消(け)ぬべき戀(こひ)も 我(あれ)はするかも

 朝開夕消逝 轉瞬凋零不久長 月草誠虛渺 如是黯然痛傷神 苦戀吾人為之矣

佚名 2291

「月草(つきくさ)の」,以上為引出「消(け)ぬ」之序。

「消(け)ぬべき戀(こひ)も」,磨耗身心殆至毀滅之憂戀。

類歌3039。


2292 【承前,廿三廿二。】

 蜒野之 尾花苅副 秋芽子之 花乎葺核 君之借廬

 秋津野(あきづの)の 尾花刈添(をばなかりそ)へ 秋萩(あきはぎ)の 花(はな)を葺(ふ)かさね 君(きみ)が假廬(かりほ)に

 蜻蛉秋津野 割苅尾花更添副 秋萩芽子之 妍花折之飾屋葺 為君所寢假廬上

佚名 2292

秋津野(あきづの)」,所在未詳。『萬葉集』中秋津野有奈良吉野宮瀧、及紀州田邊秋津町兩處,未詳孰是。原文「蜒野」之「蜒」乃「蜻蛉・蜻蜓(あきづ)」之略。

「尾花刈添(をばなかりそ)へ...花(はな)を葺(ふ)かさね」,葺假廬之頂時,除尾花更添秋萩已飾之趣。「ね」為希求助詞


2293 【承前,廿三廿三。】

 咲友 不知師有者 默然將有 此秋芽子乎 令視管本名

 咲(さ)けりとも 知(し)らずしあらば 默(もだ)もあらむ 此秋萩(このあきはぎ)を 見(み)せつつ元無(もとな)

 若不知其咲 豈將觸景更生情 本可默然而 不巧誰叫君無由 令我觀此秋荻哉

佚名 2293

「咲(さ)けりとも」,此「とも」乃表引用之「と」與も之組合,非表逆接。

「默(もだ)もあらむ」,無感之心理狀態。

「見(み)せつつ元無(もとな)」,訪友人宅,見秋萩盛咲而曲折感嘆。更愛荻花而難捨


2294 寄山

 秋去者 鴈飛越 龍田山 立而毛居而毛 君乎思曾念

 秋去(あきさ)れば 雁飛越(かりとびこ)ゆる 龍田山(たつたやま) 立(た)ちても居(ゐ)ても 君(きみ)をしそ思(おも)ふ

 每逢秋臨時 鳴雁翔空所飛越 秋稼龍田山 坐立不安心忐忑 無時無刻不念君

佚名 2294

「龍田山(たつたやま)」,以上藉同音帶出「立(た)ち」之序。

「立(た)ちても居(ゐ)ても」,「居(ゐ)る」乃居坐之意,行住坐臥無所間息。

2295 寄黃葉 【三首第一。】

 我屋戶之 田葛葉日殊 色付奴 不來座君者 何情曾毛

 我(わ)が宿(やど)の 葛葉日(くずはひ)に異(け)に 色付(いろづ)きぬ 來坐(きま)さぬ君(きみ)は 何心(なにごころ)そも

 吾宿屋庭間 葛葉日異添新色 黃變至如此 然而吾君遲不來 汝心究竟做何想

佚名 2295

「葛葉日(くずはひ)に異(け)に」,「日(ひ)に異(け)に」表與日俱瓠3潅稽ナ牝久,不得相逢。

2296 【承前,三首第二。】

 足引乃 山佐奈葛 黃變及 妹爾不相哉 吾戀將居

 足引(あしひき)の 山實葛(やまさなかづら) 黃變迄(もみつまで) 妹(いも)に逢(あ)はずや 我(あ)が戀居(こひを)らむ

 足曳勢險峻 及於峻山山實葛 轉俄黃變矣 吾仍無由與妹逢 唯有戀慕愁相思

佚名 2296

「山實葛(やまさなかづら)」,常冖∪植物

「黃變迄(もみつまで)」,山實葛晚秋不落葉而轉濃紅色。舊葉於春日發新芽時掉落。

「妹(いも)に逢(あ)はずや 我(あ)が戀居(こひを)らむ」,詠嘆疑問。


2297 【承前,三首第三。】

 黃葉之 過不勝兒乎 人妻跡 見乍哉將有 戀敷物乎

 黃葉(もみちば)の 過兼(すぎか)てぬ子(こ)を 人妻(ひとづま)と 見(み)つつやあらむ 戀(こ)ひしき物(もの)を

 黃葉零落兮 難以忘懷彼佳人 自今而後者 誠當視作人妻哉 戀慕至此甚惆悵

佚名 2297

「黄葉(もみちば)の」,「過(す)ぐ」之枕詞

「過兼(すぎか)てぬ子(こ)を」,無法放下、忘去之人。「兼(か)てぬ」表無法克服。

「見(み)つつやあらむ」,詠嘆疑問。

「戀(こ)ひしき物(もの)を」,與第二句同義之別語表現

慕然回首,伊人已作他人嫁,枉然戀慕情難忘。

2298 寄月 【三首第一。】

 於君戀 之奈要浦觸 吾居者 秋風吹而 月斜焉

 君(きみ)に戀(こ)ひ 萎心荒振(しなえうらぶ)れ 我(あ)が居(を)れば 秋風吹(あきかぜふ)きて 月傾(つきかた)ぶきぬ

 慕君情意亂 心力憔悴志消沉 居坐待君者 秋風吹拂沁骨寒 月傾將明人不來

佚名 2298

「萎心荒振(しなえうらぶ)れ」,「萎(しな)ゆ」乃草木枯萎,人心憔悴之狀。「心荒振(うらぶ)れ」乃心情憂悶之狀。

「月傾(つきかた)ぶきぬ」,期待心上人月光而至,然終不來。

類歌2667。


2299 【承前,三首第二。】

 秋夜之 月疑意君者 雲隱 須臾不見者 幾許戀敷

 秋夜(あきのよ)の 月(つき)かも君(きみ)は 雲隱(くもがく)り 須臾(しまし)く見(み)ねば 幾許戀(ここだこ)ひしき

 吾度我君者 蓋似秋夜月矣哉 雲隱匿形姿 須臾悄然不見者 戀慕幾許念如斯

佚名 2299

「秋夜(あきのよ)の 月(つき)かも君(きみ)は」,倒置。指心上人宛如秋月。「かも」原文「疑意」乃意訓用字

「雲隱(くもがく)り」,比喻暫時無法見得戀人。


2300 【承前,三首第三。】

 九月之 在明能月夜 有乍毛 君之來座者 吾將戀八方

 九月(ながつき)の 有明月夜(ありあけのつくよ) 在(あり)つつも 君(きみ)が來坐(きま)さば 我戀(あれこ)ひめやも

 長月九月間 有明月夜之所如 若能常在此 得君時時來訪者 吾豈苦戀愁如斯

佚名 2300

有明月夜(ありあけのつくよ)」,以上二句以同音引出「在(あり)」之序。

「在(あり)つつも」,一直如此。

2301 寄夜 【三首第一。】

 忍咲八師 不戀登為跡 金風之 寒吹夜者 君乎之曾念

 良(よ)しゑやし 戀(こ)ひじとすれど 秋風(あきかぜ)の 寒吹(さむくふ)く夜(よ)は 君(きみ)をしそ思(おも)ふ

 一了而百了 吾新決意不復戀 然而當秋風 沁骨吹拂天寒夜 不覺思君更抑鬱

佚名 2301

「良(よ)しゑやし」,怨恨無情郎,表示己心已死,隨便如何都好之感嘆詞

下定決心不顧對方,但在天寒枝葉仍不免相思。

2302 【承前,三首第二。】

 或者之 痛情無跡 將念 秋之長夜乎 寤臥耳

 或人(あるひと)の 嗚呼心無(あなこころな)と 思(おも)ふらむ 秋長夜(あきのながよ)を 寢覺伏(ねざめふ)すのみ

 蓋是或人念 嗚呼春宵不識趣 以為夜短故 吾人更傷秋夜長 孤寢難眠寤覺爾

佚名 2302

「或人(あるひと)の」,此云覺得秋夜苦短之人。

嗚呼心無(あなこころな)と」,與愛人相語,則縱是漫長秋夜,亦覺苦短。恨夜不識香而早過。

「寢覺伏(ねざめふ)すのみ」,「寢覺(ねざめ)」指半夜醒來,該睡時睡不著


2303 【承前,三首第三。】

 秋夜乎 長跡雖言 積西 戀盡者 短有家

 秋夜(あきのよ)を 長(なが)しと言(い)へど 積(つも)りにし 戀(こひ)を盡(つ)くせば 短(みじ)かくありけり

 縱觀人世間 雖然總云秋夜長 然吾有所思 此戀憂情積久長 若欲盡之恨夜短

佚名 2303

「戀(こひ)を盡(つ)くせば」,「盡(つ)くす」乃消解、盡全。情話綿綿,一解長久以來所累積之思念。


2304 寄衣

 秋都葉爾 爾寶敝流衣 吾者不服 於君奉者 夜毛著金

 秋葉(あきつは)に 匂(にほ)へる衣(ころも) 我(あれ)は著(き)じ 君(きみ)に奉(まつ)らば 夜(よる)も著(き)るがね

 秋葉現火紅 染作朱艷此衣裳 吾者不服之 若以此裳奉君者 漫漫長夜可著哉

佚名 2304

秋葉(あきつは)」,秋日紅葉

「匂(にほ)へる衣(ころも)」,染作鮮紅或鮮黃之服。一般「衣(ころも)」指貼身衣物。

「夜(よる)も著(き)るがね」,「がね...」於此為「將會為己而...」期待戀人穿著自身之衣物,夜寢之時能想念自身之心情。

2305 問答 【四首第一。】

 旅尚 襟解物乎 事繁三 丸宿吾為 長此夜

 旅(たび)に尚(すら) 紐解(ひもと)く物(もの)を 言繁(ことしげ)み 丸寢(まろね)そ我(あ)がする 長此夜(ながきこのよ)を

 羈旅在異地 尚有豔遇解紐者 然吾畏蜚語 不解衣襟丸寢而 隻身孤度此長夜

佚名 2305

「旅(たび)に尚(すら) 紐解(ひもと)く物(もの)を」,此云,有些人就算在外地亦解紐而寢。亦即在羈旅之間,有意外豔福,與結識織女子共寢。

「丸寢(まろね)」,穿著衣物,包裹得一絲不露而孤獨入睡。比喻伸守節操

男子受人妨害,不得訪心上人之閨,所詠之曲。

2306 【承前,四首第二。】

 四具禮零 曉月夜 紐不解 戀君跡 居益物

 時雨降(しぐれふ)る 曉月夜(あかときづくよ) 紐解(ひもと)かず 戀(こ)ふらむ君(きみ)と 居(を)ら益物(ましもの)を

 時雨降紛紛 天將曙前曉月夜 衣紐無由解 若得與吾引領盼 戀君與共豈傷神

佚名 2306

「曉月夜(あかときづくよ)」,拂曉前之月夜,比喻等待情人來訪,終夜未眠,而待人不至。

「紐解(ひもと)かず」,前首「丸寢」之置換。

2307 【承前,四首第三。】

 於黃葉 置白露之 色葉二毛 不出跡念者 事之繁家口

 黃葉(もみちば)に 置白露(おくしらつゆ)の 色葉(いろは)にも 出(いで)じと思(おも)へば 言繁(ことのしげ)けく

 豈如黃葉上 置有白露色葉之 灼然顯於色 吾度自身隱此情 怎知流言蜚語傳

佚名 2307

「置白露(おくしらつゆ)の」,以上乃引出下文「色葉(いろは)にも」之序。

「色葉(いろは)」,發紅之樹葉。原文「色葉二毛」或云乃「色二葉毛」之文字倒轉而訓「色(いろ)に葉(は)も」。

「出(いで)じと思(おも)へば」,「思へば」乃逆接用語。


2308 【承前,四首第四。】

 雨零者 瀧都山川 於石觸 君之摧 情者不持

 雨降(あめふ)れば 激山川(たぎつやまがは) 岩(いは)に觸(ふ)れ 君(きみ)が碎(くだ)けむ 心(こころ)は持(も)たじ

 若逢雨零者 山川猛爆水勢狂 觸岩碎激越 然吾心柔情不堅 無由摧君碎如斯

佚名 2308

 右一首,不類秋歌,而以和載之也。

「岩(いは)に觸(ふ)れ」,以上乃「碎(くだ)けむ」之序。

「君(きみ)が碎(くだ)けむ 心(こころ)は持(も)たじ」,「碎(くだ)けむ」指心如刀割。此云作者心軟,沒有讓對方因自身情感不實而失望心碎的狠心。


2309 譬喻歌

 祝部等之 齋經社之 黃葉毛 標繩越而 落云物乎

 祝等(はふりら)が 齋社(いはふやしろ)の 黃葉(もみちば)も 標繩越(しめなはこ)えて 散(ち)ると云物(いふもの)を

 縱令祝部等 所以潔齋嚴守戊 大社黃葉者 亦有飄散越神域 凋零標繩外時矣

佚名 2309

「祝等(はふりら)が 齋社(いはふやしろ)の」,「祝(はふり)」乃次於禰宜之下級神官。原文底本作「祝部」,或本作「呪部」取詠唱咒文祈禱之意。「齋社(いは)ふ」乃淨身齋戒慎不觸穢,努於保持聖性之謂也。此社或與1517「味酒 三輪祝が 山照らす 秋黃葉の 散らまく惜しも」同指三輪山。 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1517

「標繩越(しめなはこ)えて」,標繩乃用以標示所有所設之繩。此劇概指女子偷偷躲過親人之監視,潛出住居而與戀人逢晤。

男子誂誘女子,縱為雙親管控嚴格之深窗明珠,亦希望能時而偷偷逢麈袈福

2310 旋頭歌 【二首第一。】

 蟋蟀之 吾床隔爾 鳴乍本名 起居管 君爾戀爾 宿不勝爾

 蟋蟀(こほろぎ)の 我(あ)が床邊(とこのへ)に 鳴(な)きつつ元無(もとな) 起居(おきゐ)つつ 君(きみ)に戀(こ)ふるに 寐兼(いねか)て無(な)くに

 唧唧復唧唧 吾之所寐床緣處 蟋蟀無由鳴不斷 輾轉又反覆 想戀起居倍思君 更不得眠夜將明

佚名 2310

「床邊(とこのへ)」,或云「床隔(とこのへ)」,由壁垣、衝立所區隔之空間

「鳴(な)きつつ元無(もとな)」,毫無道理地鳴聲不斷。

「寐兼(いねか)て無(な)くに」,「兼(か)て無(な)く」表不可能之「克(か)てず」之く句法。



2311 【承前,二首第二。】

 皮為酢寸 穗庭開不出 戀乎吾為 玉蜻 直一目耳 視之人故爾

 旗芒(はだすすき) 穗(ほ)には咲出(さきで)ぬ 戀(こひ)を我(あ)がする 玉限(たまかぎ)る 唯一目(ただひとめ)のみ 見(み)し人故(ひとゆゑ)に

 旗芒之所如 黯然隱忍穗不咲 秘藏幽戀我為之 玉限魂極兮 奉為轉瞬所瞥見 一期一會伊人故

佚名 2311

「旗芒(はだすすき)」,「穗(ほ)」之枕詞

「穗(ほ)には咲出(さきで)ぬ」,不結穗。「穗(ほ)」與「秀(ほ)」通,此句隱喻不形於色。

「玉限(たまかぎ)る」,以美玉一瞬間發出光芒修飾只見得一面之人。不過「玉限(たまかぎ)る」常用作修飾「命、魂」之枕詞,或有種不惜霍出性命,或是因相思之情痛不欲生之隱喻。


冬雜歌

2312 雜歌 【四首第一。】

 我袖爾 雹手走 卷隱 不消有 妹為見

 我(わ)が袖(そで)に 霰(あられ)た走(ばし)る 卷隱(まきかく)し 消(け)たずてあらむ 妹(いも)が見(み)む為(ため)

 吾袖衣手間 霰雪奔騰零來矣 今欲包取之 裹持呵護不令消 奉為將來使妻見

柿本人麻呂 2312

「霰(あられ)た走(ばし)る」,「た走(ばし)る」乃猛烈飛跳之意。た為接頭語,「走(はし)る」本意即為奔騰、炸裂之意。「霰(あられ)」包含冰雹,原文作「雹」。

「卷隱(まきかく)し」,此云以衣物包裹之。

「消(け)たずてあらむ」,「消(け)つ」乃「消(け)す」之古形。雖然作者性別相反,此乃近於1833「梅花 降覆ふ雪を 包持ち 君に見せむと 取れば消につつ」之用法。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#1833


2313 【承前,四首第二。】

 足曳之 山鴨高 卷向之 木志乃子松二 三雪落來

 足引(あしひき)の 山(やま)かも高(たか)き 卷向(まきむく)の 崖小松(きしのこまつ)に 御雪降來(みゆきふりく)る

 足曳勢險峻 蓋是此山高故哉 纏向穴師之 崖之小松末梢上 御雪落來降紛紛

柿本人麻呂 2313

「山(やま)かも高(たか)き」,類似疑問文之疑問條件語。此山概指與三輪山一谷之隔的穴師山。

「崖小松(きしのこまつ)に」,崖乃介於三輪山、穴師山間之卷向川之河岸。


2314 【承前,四首第三。】

 卷向之 檜原毛未 雲居者 子松之末由 沫雪流

 卷向(まきむく)の 檜原(ひはら)も未(いま)だ 雲居(くもゐ)ねば 小松(こまつ)が末(うれ)ゆ 沫雪流(あわゆきなが)る

 分明寧樂之 纏向檜原雲未居 何以轉瞬間 自於小松末梢上 沫雪飄零流轉哉

柿本人麻呂 2314

「雲居(くもゐ)ねば」,「雲居(くもゐ)る」乃雲一時停滯於某一場所之意。

「沫雪流(あわゆきなが)る」,「流(なが)る」乃雨、雪、花瓣、木葉之類,隨風飄散之狀。


2315 【承前,四首第四。】

 足引 山道不知 白柯杙 枝母等乎乎爾 雪落者【或云、枝毛多和多和。】

 足引(あしひき)の 山道(やまぢ)も知(し)らず 白橿(しらかし)の 枝(えだ)も撓(とをを)に 雪降(ゆきのふ)れれば【或云(あるはいふ)、枝(えだ)も撓撓(たわたわ)。】

 足曳勢險峻 山道亦不知所蹤 何以如此者 白橿之枝亦撓曲 雪降紛紛遂所以【或云、白橿枝亦曲撓撓。】

柿本人麻呂 2315

 右,柿本朝臣人麻呂之歌集出也。但,件一首,或本云:「三方沙彌作。」

「山道(やまぢ)も知(し)らず」,因大雪而無以分別道路

「枝(えだ)も撓(とをを)に」,因積雪之重而撓曲。

「枝(えだ)も撓撓(たわたわ)」,「撓撓(たわたわ)」乃屈折。

「件一首」,此云2315。

2316 詠雪 【九首第一。】

 奈良山乃 峯尚霧合 宇倍志社 前垣之下乃 雪者不消家禮

 奈良山(ならやま)の 峰尚霧(みねなほき)らふ 宜(うべ)しこそ 籬下(まがきのもと)の 雪(ゆき)は消(け)ずけれ

 吾觀寧樂之 奈良山峰霧尚籠 理宜灼然矣 無怪籬下前垣許 積雪仍置未消熔

佚名 2316

「峰尚霧(みねなほき)らふ」,「霧(き)らふ」乃「霧(き)る」之持續形。山為雪雲覆蓋,備感嚴寒。

「宜(うべ)しこそ」,表以下所述合理。難怪。

「籬下(まがきのもと)の」,「籬(まがき)」乃以竹、柴所編織之壁垣。

2317 【承前,九首第二。】

 殊落者 袖副沾而 可通 將落雪之 空爾消二管

 殊降(ことふ)らば 袖(そで)さへ濡(ぬ)れて 通(とほ)るべく 降(ふ)らなむ雪(ゆき)の 空(そら)に消(け)につつ

 吾人有所嘆 既然天雪必零者 不若濡袖濕 當應豪降落雪者 飄渺消熔逝空中

佚名 2317

「殊降(ことふ)らば」,既然都要下的話。「殊(こと)」於此與「如(こと)し」類。「こと...ば」有希求之意。


2318 【承前,九首第三。】

 夜乎寒三 朝戶乎開 出見者 庭毛薄太良爾 三雪落有【一云,庭裳保杼呂爾,雪曾零而有。】

 夜(よ)を寒(さむ)み 朝戶(あさと)を開(ひら)き 出見(いでみ)れば 庭(には)も薄垂(はだら)に 御雪降(みゆきふ)りたり【一云(またにいふ)、庭(には)も斑(ほどろ)に、雪(ゆき)そ降(ふ)りたる。】

 冬夜天寒故 敞開朝戶出見者 放眼之所望 庭間薄垂置斑駁 御雪飄零降紛紛【一云,庭間斑駁積薄垂,御雪飄零降置矣。】

佚名 2318

「薄垂(はだら)」,雪、霜薄薄降置之狀。

「斑(ほどろ)」,與「斑(はだら)」交互使用之類字。

2319 【承前,九首第四。】

 暮去者 衣袖寒之 高松之 山木每 雪曾零有

 夕去(ゆふさ)れば 衣手寒(ころもでさむ)し 高松(たかまつ)の 山木每(やまのきごと)に 雪(ゆき)そ降(ふ)りたる

 每逢夕暮時 衣袖寒之涼刺骨 寧樂高松之 山間木木無遺漏 株株雪零置斑駁

佚名 2319

「衣手(ころもで)」,衣袖,引申為全體衣物之雅語表現


2320 【承前,九首第五。】

 吾袖爾 零鶴雪毛 流去而 妹之手本 伊行觸粳

 我(わ)が袖(そで)に 降(ふ)りつる雪(ゆき)も 流行(ながれい)きて 妹(いも)が手本(たもと)に い行觸(ゆきふ)れぬか

 吾人衣袖上 所以降置沫雪者 可以更流離 乘風扶搖更飄零 行觸吾妹手袖哉

佚名 2320

「降(ふ)りつる雪(ゆき)も」,同為完了動詞,「ぬ」與「つ」用法大異,此蓋云雪片正於眼前飄過。

藉由風、雨、雪等流離之物為媒介,期望間接地與戀人相觸之曲,亦見於1090、2858


2321 【承前,九首第六。】  沫雪者 今日者莫零 白妙之 袖纏將干 人毛不有君

 淡雪(あわゆき)は 今日(けふ)は莫降(なふ)りそ 白栲(しろたへ)の 袖枕乾(そでまきほ)さむ 人(ひと)も有(あ)ら無(な)くに

 還冀沫雪者 在於今日莫零之 素妙白栲兮 衣袖為枕為我乾 伊人如今不在茲

佚名 2321

「袖枕乾(そでまきほ)さむ」,願意以吾濡濕之衣袖為枕,將之曬乾之人。


2322 【承前,九首第七。】  甚多毛 不零雪故 言多毛 天三空者 陰相管

 甚多(はなはだ)も 降(ふ)らぬ雪故(ゆきゆゑ) 言痛(こちた)くも 天御空(あまつみそら)は 曇(くも)らひにつつ

 分明其雪者 稀疏所降不甚多 何以蜚語繁 浮雲蔽日遮天際 御空陰鬱曇不散

佚名 2322

「言痛(こちた)くも」,人之慮穿慮譟に魄申作誇張地之意。

2323 【承前,九首第八。】  吾背子乎 且今且今 出見者 沫雪零有 庭毛保杼呂爾

 我(わ)が背子(せこ)を 今(いま)か今(いま)かと 出見(いでみ)れば 沫雪降(あわゆきふ)れり 庭(には)も斑(ほどろ)に

 心念吾夫子 且今且今將臨乎 出門迎見者 沫雪飄零降稀疏 庭中薄垂置斑駁

佚名 2323

「我(わ)が背子(せこ)を 今(いま)か今(いま)かと」,其後省略等待之語。

2324 【承前,九首第九。】

 足引 山爾白者 我屋戶爾 昨日暮 零之雪疑意

 足引(あしひき)の 山(やまに)に白(しろ)きは 我(わ)が宿(やど)に 昨日夕(きのふのゆふへ) 降(ふ)りし雪哉(ゆきかも)

 足曳勢險峻 遠山所以素白者 蓋是吾宿之 昨日誰彼夕暮時 所零皓雪所為哉

佚名 2324

「昨日夕(きのふのゆふへ)」,古時多半以日沒作為一日之始,而本歌以日出為之,堪屬少數。

「降(ふ)りし雪(ゆき)かも」,原文「零之雪疑意」之「疑意」乃意訓表現

2325 詠花 【五首第一。】

 誰苑之 梅花毛 久堅之 消月夜爾 幾許散來

 誰(た)が園(その)の 梅花(うめのはな)そも 久方(ひさかた)の 清(きよ)き月夜(つくよ)に 幾許散來(ここだちりく)る

 其是誰苑之 所咲梅花也矣哉 遙遙久方兮 清冽冷邨醋覺屐ヾ許散來降斑駁

佚名 2325

「誰(た)が園(その)の 梅花(うめのはな)そも」,與末句呼應,指飄散於此者蓋為何處之梅花。或有以梅御雪之可能。

「久方(ひさかた)の」,天之枕詞,於茲修飾「月夜(つくよ)」。

2326 【承前,五首第二。】

 梅花 先開枝乎 手折而者 裹常名付而 與副手六香聞

 梅花(うめのはな) 先咲(まづさ)く枝(えだ)を 手折(たを)りてば 裹(つと)と名付(なづ)けて 寄(よそ)へてむかも

 暗香浮動兮 手取梅花率先咲 折枝而裹者 周遭速噂為饋贈 流言蜚語傳不斷

佚名 2326

「手折(たを)りてば」,「て」乃完了助動詞「つ」之未然型,主語乃作者。

「裹(つと)と名付(なづ)けて」,「裹(つと)」為贈禮,「名付(なづ)け」於茲有視作之意。

「寄(よそ)へてむかも」,來說三道四。平時無多交流,看見作者折枝,則來興口舌,說是將贈戀人之物。因而猶豫是否該贈梅枝與心上人


2327 【承前,五首第三。】

 誰苑之 梅爾可有家武 幾許毛 開有可毛 見我欲右手

 誰(た)が園(その)の 梅(うめ)にかありけむ 幾許(ここだ)くも 咲(さ)きてあるかも 見(み)が欲(ほ)し迄(まで)に

 其是誰苑之 所咲梅花也矣哉 幾許復幾許 盛咲如斯無所惜 令人神往欲翫之

佚名 2327

「誰(た)が園(その)の 梅(うめ)にかありけむ」,收受他人所折梅枝,見其華盛咲,而欲前去觀翫。



2328 【承前,五首第四。】

 來可視 人毛不有爾 吾家有 梅之早花 落十方吉

 來(き)て見(み)べき 人(ひと)も有(あ)ら無(な)くに 我家(わぎへ)なる 梅初花(うめのはつはな) 散(ち)りぬとも良(よ)し

 近頃有所思 既然無人可來翫 我家庭院中 暗香浮動梅初花 汝縱散盡亦可也

佚名 2328

「人(ひと)も有(あ)ら無(な)くに…散(ち)りぬとも良(よ)し」,放任表現。既無可來賞翫之人,不如就這樣散去亦無嘗不可。


2329 【承前,五首第五。】

 雪寒三 咲者不開 梅花 縱比來者 然而毛有金

 雪寒(ゆきさむ)み 咲(さ)きには咲(さ)かず 梅花(うめのはな) 縱此頃(よしこのころ)は 然而(かくて)もあるがね

 以雪嚴寒故 縱令咲者不得開 暗香梅花矣 縱情比來含苞者 如斯未放可矣也

佚名 2329

「雪寒(ゆきさむ)み 咲(さ)きには咲(さ)かず」,懼於雪之嚴寒,縱欲開花卻無法如意。

「縱此頃(よしこのころ)は」,「縱(よし)」乃放任、許容。不避勉強開花,按這樣下去亦無妨。


冬相聞

2333 相聞 【二首第一。】

 零雪 虛空可消 雖戀 相依無 月經在

 降雪(ふるゆき)の 虛空(そら)に消(け)ぬべく 戀(こ)ふれども 逢由無(あふよしな)しに 月(つき)そ經(へ)にける

 洽猶零雪之 逝於虛空意消沉 吾雖慕不止 苦無逢由莫得見 不覺日久月已經

柿本人麻呂 2333

「降雪(ふるゆき)の」,「露の...」、「雪の...」有意志消沉,怠將如雪露般消逝無蹤之意。而此曲間置空字,稍屬特殊。

2334 【承前,二首第二。】

 阿和雪 千重零敷 戀為來 食永我 見偲

 沫雪(あわゆき)は 千重(ちへ)に降敷(ふりし)け 戀(こひ)しくの 日長(けなが)き我(あれ)は 見(み)つつ偲(しの)はむ

 細碎沫雪者 千重零敷累降置 戀慕日時久 不止相思我情長 望彼積雪騁所偲

柿本人麻呂 2334

 右,柿本朝臣人麻呂之歌集出。

「見(み)つつ偲(しの)はむ」,見雪而思人。

類歌4475。

2335 寄露  咲出照 梅之下枝爾 置露之 可消於妹 戀頃者

 咲出照(さきでて)る 梅下枝(うめのしづえ)に 置露(おくつゆ)の 消(け)ぬべく妹(いも)に 戀(こ)ふる此頃(このころ)

 咲出發艷華 梅之下枝上所置 玉露之所如 吾苦相思怠消逝 心戀伊人此頃矣

佚名 2335

「咲出照(さきでて)る」,「照(て)る」表花果美麗鮮豔之狀。於茲讚賞梅花光耀美麗。

「置露(おくつゆ)の」,以上乃帶出「消(け)ぬ」之序。

「此頃(このころ)」,原文「頃者」與「比日」皆為漢語表現


2336 寄霜  甚毛 夜深勿行 道邊之 湯小竹之於爾 霜降夜焉

 甚(はなはだ)も 夜更(よふ)けて勿行(なゆ)き 道邊(みちのへ)の 齋笹上(ゆざさのうへ)に 霜降(しものふ)る夜(よ)を

 逢鷓╋戝察’甚歸去在夜深 於此道邊之 潔齋小竹笹葉上 霜降天寒此夜間

佚名 2336

「甚(はなはだ)も 夜更(よふ)けて勿行(なゆ)き」,挽留將於深夜歸去之男子之語。

「齋笹上(ゆざさのうへ)に」,笹與榊皆為神事時手執之採物。原文「於」者,與「上」同。『續日本紀』大寶元年正月山上億良作山於億良。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/syokki/syokki02.htm

霜降(しものふ)る夜(よ)を」,將「笹」與「霜」、「霰」、「雪」結合而詠之曲多有。

2337 寄雪 【十二第一。】

 小竹葉爾 薄太禮零覆 消名羽鴨 將忘云者 益所念

 笹葉(ささのは)に 薄垂降覆(はだれふりおほ)ひ 消(け)なばかも 忘(わす)れむと言(い)へば (ま)して思(おも)ほゆ

 若猶笹葉上 薄垂降覆沫雪之 消逝無蹤者 吾冀可忘淡此情 無奈思慕唯徒

佚名 2337

「薄垂降覆(はだれふりおほ)ひ」,「薄垂」乃薄薄堆積之雪霜,以上乃引出「消(け)」之序。

「消(け)なばかも 忘(わす)れむ」,若得一死則將可不再受相思之苦。然而只要活著,就飽受戀慕之煎熬。類於0947「慣れなばか 一日も君を 忘れて思はむ」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m06.htm#0947


2338 【承前,十二第二。】

 霰落 板敢風吹 寒夜也 旗野爾今夜 吾獨寐牟

 霰降(あられふ)り 板間風吹(いたまかぜふ)き 寒夜(さむきよ)や 旗野(はたの)に今夜(こよひ) 我(あ)が獨寢(ひとりね)む

 霰落冰霜零 板間風吹冷刺骨 冰凍寒夜也 今夜大和旗野間 寂寞孤身我獨寢

佚名 2338

「板間風吹(いたまかぜふ)き」,原文「板敢」有諸說。或云「板玖(甚く)」之訛,或云「板聞(甚も)」、「板暇(いたま)」之訛,未衷一是,此按原文解作板葺小屋之屋頂隙縫。

「寒夜(さむきよ)や」,「や」乃呼應末句「む」之詠嘆用法。

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2018-03-29-木

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万葉集試訳

2222 詠河

 暮不去 河蝦鳴成 三和河之 清鷁燦叩(校婬般

 夕去(ゆふさ)らず 蛙鳴(かはづな)くなる 三輪川(みわがは)の 清鷁(きよきせのおと)を 聞(き)かくし良(よ)しも

 每逢夕暮時 河鹿蛙聲鳴不斷 御室三輪川 潺潺流水響清遏(溝串鷁燦秧環

佚名 2222

「夕去(ゆふさ)らず」,每夕不遺。

「蛙鳴(かはづな)くなる」,「蛙」概指河鹿蛙,「なり」乃傳聞推定

2223 詠月 【七首第一。】

 天海 月船浮 桂梶 懸而滂所見 月人壯子

 天海(あめのうみ)に 月舟浮(つきのふねう)け 桂楫(かつらかぢ) 懸(か)けて漕見(こぐみ)ゆ 月人壯士(つきひとをとこ)

 遙遙久方兮 天海滄溟泛月舟 手執桂楫而 榜在星林狀可見 岐嶷月人壯士矣

佚名 2223

天海(あめのうみ)に 月舟浮(つきのふねう)け」,以天為海,以月為舟之譬喻表現

「桂楫(かつらかぢ)」,以月中巨桂之枝為船楫。『懷風藻』文武帝詩云:「月舟移霧渚 楓楫泛霞濱」。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kaifuu/kaifuu01.htm#monmu

類歌1068。 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m07.htm#1068

2224 【承前,七首第二。】

 此夜等者 沙夜深去良之 鴈鳴乃 所聞空從 月立度

 此夜等(このよら)は 小夜更(さよふ)けぬらし 雁(かり)が音(ね)の 聞(き)こゆる空(そら)ゆ 月立渡(つきたちわた)る

 吾度此夜等 其夜更晚深去矣 何以知悉者 今聞雁音蕩太虛 月渡中天狀可見

佚名 2224

「聞(き)こゆる空(そら)ゆ」,「ゆ」表經由點。

「月立渡(つきたちわた)る」,「月立(つきた)ち」表明月現其姿形。

類歌1701。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m09.htm#1701


2225 【承前,七首第三。】

 吾背子之 插頭之芽子爾 置露乎 清見世跡 月者照良思

 我(わ)が背子(せこ)が 髻首(かざし)の萩(はぎ)に 置露(おくつゆ)を 清(さや)かに見(み)よと 月(つき)は照(て)るらし

 親親吾夫子 所以髻首秋萩上 晶瑩置露矣 蓋欲使妾觀甚詳 明月照臨歷清清

佚名 2225

「髻首(かざし)の萩(はぎ)に」,「髻首(かざし)」指以花木插於髮上以為裝飾。

「清(さや)かに見(み)よと」,推測明月照覽之緣由。


2226 【承前,七首第四。】

 無心 秋月夜之 物念跡 寐不所宿 照乍本名

 心無(こころな)き 秋月夜(あきのつくよ)の 物思(ものおも)ふと 寐寢(いのね)らえぬに 照(て)りつつ元無(もとな)

 不能識時務 頑冥無心秋月夜 當吾苦憂思 輾轉不得寐寢時 無由徒照更煩心

佚名 2226

「心無(こころな)き」,欠缺思慮,無法為人著想。無法體會作者鬱悶之心情。

「寐寢(いのね)らえぬに」,無法入睡。

2227 【承前,七首第五。】

 不念爾 四具禮乃雨者 零有跡 天雲霽而 月夜清焉

 思(おも)はぬに 時雨雨(しぐれのあめ)は 降(ふ)りたれど 天雲晴(あまくもは)れて 月夜清(つくよさや)けし

 始料雖未及 時雨之雨忽驟降 然而仰首望 叢雲排開天既霽 明月照臨夜清清

佚名 2227

「思(おも)はぬに」,「ぬに」用於逆接,卻不如「ねど」強烈。此同時發生事項之上位呈現。


2228 【承前,七首第六。】

 芽子之花 開乃乎再入緒 見代跡可聞 月夜之清 戀益良國

 萩花(はぎのはな) 咲撓(さきのををり)を 見(み)よとかも 月夜清(つくよのきよ)き 戀(こひま)さらくに

 秋荻芽子花 亂咲絢爛撓枝垂 蓋欲詳端之 明月照覽夜清清 其戀更添當何如

佚名 2228

「咲撓(さきのををり)」,「撓(をを)り」表花咲絢爛、枝葉重垂等植物茂盛之狀。

「戀(こひま)さらくに」,翫荻之心更瓠Y真換弘Σ而無法平常心。

2229 【承前,七首第七。】

 白露乎 玉作有 九月 在明之月夜 雖見不飽可聞

 白露(しらつゆ)を 玉(たま)に作(な)したる 九月(ながつき)の 有明月夜(ありあけのつくよ) 見(み)れど飽(あ)かぬかも

 晶瑩白露矣 怠作珠玉誠難辨 長月九月之 曉闇有明之月夜 雖見百度未嘗厭

佚名 2229

「玉(たま)に作(な)したる」,「作(な)す」表錯作、混作。

有明月夜(ありあけのつくよ)」,拂曉之際仍掛於天空之月。農曆廿日之後之景象。

2230 詠風 【三首第一。】

 戀乍裳 稻葉搔別 家居者 乏不有 秋之暮風

 戀(こひ)つつも 稻葉搔別(いなばかきわ)け 家居(いへを)れば 乏(とも)しくも非(あら)ず 秋夕風(あきのゆふかぜ)

 思鄉戀至親 隻身在外別稻葉 苅搔秋稔間 身居假廬不所乏 秋之暮風吹瑟瑟

佚名 2230

「戀(こひ)つつも」,此云收割之時,在外搭設假廬,而思念家裡。

「家居(いへを)れば」,對於暫居假廬之誇張表現

「乏(とも)しくも非(あら)ず 秋夕風(あきのゆふかぜ)」,不乏涼爽之秋風。多少有自嘲、諷刺意味


2231 【承前,三首第二。】

 芽子花 咲有野邊 日晚之乃 鳴奈流共 秋風吹

 萩花(はぎのはな) 咲(さき)たる野邊(のへ)に 蜩(ひぐらし)の 鳴(な)くなる共(なへ)に 秋風吹(あきのかぜふ)く

 秋萩芽子花 所以盛咲野邊間 其隨日晚之 暮蟬鳴泣聲與共 蕭瑟秋風吹戚戚

佚名 2231

「蜩(ひぐらし)」,或為初秋之茅蜩(かなかな蟬),或為寒蟬(つくつく法師)。

「鳴(な)くなる共(なへ)に」,「なり」乃傳聞推定,「なへ」表與共。


2232 【承前,三首第三。】

 秋山之 木葉文未 赤者 今旦吹風者 霜毛置應久

 秋山(あきやま)の 木葉(このは)も未(いま)だ 赤變(もみ)たねば 今朝吹(けさふ)く風(かぜ)は 霜(しも)も置(お)きぬべく

 吾望秋山之 山間木葉未黃變 還思秋未深 怎知今旦吹風者 其寒若要置霜冷

佚名 2232

木葉(このは)も未(いま)だ 赤變(もみ)たねば」,「ねば」乃逆接用法

「霜(しも)も置(お)きぬべく」,其下省略「寒しあり」。


2233 詠芳

 高松之 此峯迫爾 笠立而 盈盛有 秋香乃吉者

 高松(たかまつ)の 此峰(このみね)も狹(せ)に 笠立(かさた)てて 滿盛(みちさか)りたる 秋香(あきのか)の良(よ)さ

 寧樂高松之 此峰迫狹地不廣 茸蓋立笠而 滿生遍布盈盛之 秋香濃郁豈非善

佚名 2233

「芳(か)」,此云松茸之香味。

「此峰(このみね)も狹(せ)に」,此峰地狹,卻似將之填滿。

「秋香(あきのか)の良(よ)さ」,原文者字雖為助字,亦有さ之音假名之作用


2234 詠雨 【四首第一。】

 一日 千重敷布 我戀 妹當 為暮零所見

 一日(ひとひ)にも 千重(ちへ)に頻(しくし)く 我(あ)が戀(こ)ふる 妹(いも)が邊(あたり)に 時雨降(しぐれふ)る見(み)ゆ

 短短一日間 相思憂情敷千重 吾之所戀慕 朝思暮想伊人許 時雨紛降今可見

柿本人麻呂 2234

 右一首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。

「一日(ひとひ)にも」,原文唯誌「一日」,舊訓多採「一日には」,此依元曆校本作「一日にも」,有短短一之內幾度思念不止之意。

「頻(しくし)く」,持續反覆、頻繁地。

時雨降(しぐれふ)る見(み)ゆ」,原文或書「為暮零禮見」,此依『萬葉集略解』以「禮」為「所」之訛。

2235 【承前,四首第二。】

 秋田苅 客乃廬入爾 四具禮零 我袖沾 干人無二

 秋田刈(あきたか)る 旅廬(たびのいほり)に 時雨降(しぐれふ)り 我(わ)が袖濡(そでぬ)れぬ 乾(ほ)す人無(ひとな)しに

 為苅秋田而 旅居假廬客異地 時雨降紛紛 我袖漬濡凍淒涼 無人乾之更寂寥

佚名 2235

「旅廬(たびのいほり)に」,旅乃宿泊自家之外的地點。此云收割前後,暫居田野邊之假廬。

「乾(ほ)す人無(ひとな)しに」與「袖まき干さむ 人もあら無くに」相類。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#2321


2236 【承前,四首第三。】

 玉手次 不懸時無 吾戀 此具禮志零者 沾乍毛將行

 玉襷(たまだすき) 懸(か)けぬ時無(ときな)き 我(あ)が戀(こひ)は 時雨(しぐれ)し降(ふ)らば 濡(ぬ)れつつも行(ゆ)かむ

 玉襷掛手繦 無時不刻莫懸心 吾戀常曝外 若逢時雨驟降者 必然將沾為濡濕

佚名 2236

「玉襷(たまだすき)」,以珠玉裝飾之襷,「懸(か)く」之枕詞

「懸(か)けぬ時無(ときな)し」,原文「不懸時無」舊訓「懸(か)けぬ時無(ときな)し」,若此則第三句為倒置而第一二句之主格。

「我(あ)が戀(こひ)は」,其下或省略「と思ふばかりぞ」之語。

2237 【承前,四首第四。】

 黃葉乎 令落四具禮能 零苗爾 夜副衣寒 一之宿者

 黃葉(もみちば)を 散(ち)らす時雨(しぐれ)の 降(ふ)るなへに 夜(よ)さへそ寒(さむ)き 獨(ひとり)し寢(ぬ)れば

 欲摧秋黃葉 令散零落時雨降 和之相與共 今宵夜冷凍骨寒 孤寢難眠更添愁

佚名 2237

「降(ふ)るなへに」,「なへに」於茲為繼起用法

「夜(よ)さへそ寒(さむ)き」,非但日間冷冽,連包裹著寢具之夜間亦異常寒冷。

2238 詠霜

 天飛也 鴈之翹乃 覆羽之 何處漏香 霜之零異牟

 天飛(あまと)ぶや 雁翼(かりのつばさ)の 覆羽(おほひば)の 何處漏(いづくも)りてか 霜降(しものふ)りけむ

 翱翔飛天也 飛雁之翼馳虛空 蓋是其覆羽 漏於何處所致哉 霜之零矣降斑白

佚名 2238

「天飛(あまと)ぶや」,「や」乃用於連體格之下的間投助詞

「雁翼(かりのつばさ)の」,多數寫本原文作「鴈之翅乃」,此依元曆校本作「鴈之翹乃」。『楚辭』招魂王逸注云「翹,羽也。」3345亦同。

「何處漏(いづくも)りてか」,「漏(も)る」乃四段活用自動詞

相聞

2239 相聞 【五首第一。】

 金山 舌日下 鳴鳥 音谷聞 何嘆

 秋山(あきやま)の 下緋(したひ)が下(した)に 鳴鳥(なくとり)の 聲(こゑ)だに聞(き)かば 何(なに)か嘆(な)げかむ

 蕭瑟秋山間 下緋紅葉之蔭處 鳴鳥之所如 啼鳴之聲若可聞 何須愁嘆哀如此

柿本人麻呂 2239

秋山(あきやま)の」,原文「金山」依陰陽五行說而致。

「下緋(したひ)が下(した)に」,「下緋(したひ)」乃染上紅色之「したふ」之名詞態。與卷九「下緋山」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m09.htm#1792 同。又卷二0217「したへる妹」乃動詞型。

「鳴鳥(なくとり)の」,以上三句,引出下文「聲(こゑ)」之序。

「聲(こゑ)だに聞(き)かば」,だに有至少之意。有雖然無法立刻見面之餘韻。


2240 【承前,五首第二。】

 誰彼 我莫問 九月 露沾乍 君待吾

 誰彼(たそかれ)と 我(あれ)を莫問(なと)ひそ 九月(ながつき)の 露(つゆ)に濡(ぬ)れつつ 君待(きみま)つ我(あれ)を

 所在誰彼哉 切莫以此言問我 九月秋夜長 強忍雨露沾漬濕 殷切待君妾身矣

柿本人麻呂 2240

「誰彼(たそかれ)」,所在何人。「そ」與「か」同義,乃伴隨疑問與之係助詞。「彼(か)」、「彼(かれ)」、「彼(かの)」乃遠稱指示語。雖有上代語中遠稱未發達之說,然『古事記』中既有多例。金以「誰彼(たそかれ)」為黃昏者,乃其衍伸之意。

「我(あれ)を莫問(なと)ひそ」,上代語「問(と)ふ」以「を」連結,不似現代之「に」。


2241 【承前,五首第三。】

 秋夜 霧發渡 凡凡 夢見 妹形矣

 秋夜(あきのよ)の 霧立渡(きりたちわた)り 欝(おほほ)しく 夢(いめ)にそ見(み)つる 妹(いも)が姿(すがた)を

 洽猶秋夜間 所湧迷霧之所如 晦澀迷濛而 邯鄲夢田得瞥見 相思吾妹光儀矣

柿本人麻呂 2241

「霧立渡(きりたちわた)り」,以上,引出「欝(おほほ)しく」之序。

「欝(おほほ)しく」,迷濛不明瞭之狀。原文或作「夙夙」,按『萬夜考』則為「凡凡」之訛。

2242 【承前,五首第四。】

 秋野 尾花末 生靡 心妹 依鴨

 秋野(あきのの)の 尾花(をばな)が末(うれ)の 生靡(おひなび)き 心(こころ)は妹(いも)に 寄(よ)りにけるかも

 蕭瑟秋野間 尾花芒草末穗者 風行草自偃 所靡一方似何者 猶吾鍾情唯寄汝

柿本人麻呂 2242

「生靡(おひなび)き」,以上乃引出最後二句之序。

「心(こころ)は妹(いも)に 寄(よ)りにけるかも」,此心只作者之心。



2243 【承前,五首第五。】

 秋山 霜零覆 木葉落 歲雖行 我忘八

 秋山(あきやま)に 霜降覆(しもふりおほ)ひ 木葉散(このはち)り 年(とし)は行(ゆ)くとも 我忘(われわす)れめや

  寂寥秋山間 冰霜降置覆斑駁 木葉凋零而 不與君逢年雖暮 吾常懸心豈忘哉

柿本人麻呂 2243

 右,柿本朝臣人麻呂之歌集出。

「年(とし)は行(ゆ)くとも」,其上省略「妹に逢はずて」或「君に逢はずて」之類。


2244 寄水田 【八首第一。】

 住吉之 岸乎田爾墾 蒔稻 乃而及苅 不相公鴨

 住吉(すみのえ)の 岸(きし)を田(た)に墾(は)り 蒔(ま)きし稻(いね) 斯(か)くて刈(か)る迄(まで) 逢(あ)はぬ君(きみ)かも

 墨江住吉之 崖岸開墾以為田 於茲所蒔稻 及於熟稔將苅時 不得與逢吾君矣

佚名 2244

「岸(きし)を田(た)に墾(は)り」,住吉之「岸(きし)」或書作「崖(きし)」(例:0069、3197等。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m01.htm#0069 )。當時,住吉海岸有海蝕崖地形,作者或在其上台地開墾田圃

「蒔(ま)きし稻(いね)」,奈良時代之水田,已非直播而採田植方式

「斯(か)くて刈(か)る迄(まで)」,原文「乃而及苅」之「乃而」現代多讀作「さて」,而上代語無此確例。故此訓做「斯(か)くて」,與2329之「然而」同。古本『玉篇』作「乃猶而」。


2245 【承前,八首第二。】

 剱後 玉纏田井爾 及何時可 妹乎不相見 家戀將居

 太刀後(たちのしり) 玉纏田居(たままきたゐ)に 何時迄(いつまで)か 妹(いも)を相見(あひみ)ず 家戀居(いへこひを)らむ

 華飾剱鞘兮 玉纏沃地田居間 不得與妻逢 形單影孤苦思鄉 直至何時得止歟

佚名 2245

太刀後(たちのしり) 玉纏田居(たままきたゐ)に」,「太刀後(たちのしり)」概指刀鞘,「玉纏(たまま)き」指鑲嵌寶玉。伊勢神宮神寶有「玉纏堙瓠廖け刀鞘嵌上約三百箇寶石。故此以「太刀後(たちのしり)」作為地名「玉纏(たままき)」之枕詞。玉纏,所在未詳。田居乃田地之意,「居(ゐ)」指堰止流水,轉作水田之呼稱。

蓋為離家獨居田邊假廬之男子之曲。


2246 【承前,八首第三。】

 秋田之 穗上置 白露之 可消吾者 所念鴨

 秋田(あきのた)の 穗上(ほのうへ)に置(お)ける 白露(しらつゆ)の 消(け)ぬべくも我(あれ)は 思(おも)ほゆるかも

 熟稔秋田之 穗稍之末上所置 白露之所如 吾身猶露將消散 念君我心怠毀滅

佚名 2246

白露(しらつゆ)の」,以上三句乃下句「消(け)ぬべく」之序。

「消(け)ぬべくも我(あれ)は」,因強烈之思念而痛不欲生。

類歌1564。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1564


2247 【承前,八首第四。】

 秋田之 穗向之所依 片緣 吾者物念 都禮無物乎

 秋田(あきのた)の 穗向(ほむき)の寄(よ)れる 片寄(かたよ)りに 我(あれ)は物思(ものおも)ふ 由緣無(つれな)き物(もの)を

 禾稼秋田之 稻穗撓靡寄一方 吾欲如穗傾 單戀無報苦憂思 徒然寄心無情人

佚名 2247

「穗向(ほむき)の寄(よ)れる」,如稻穗往一個方向撓曲般一方地。

「由緣無(つれな)き物(もの)を」,無緣、無關心,落花有意流水無情。

類歌114 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m02.htm#0114

2248 【承前,八首第五。】

 秋田苅 借廬作 五百入為而 有藍君叫 將見依毛欲得

 秋田刈(あきたか)る 假廬作(かりいほつく)り 廬(いほ)りして あるらむ君(きみ)を 見(み)む由欲得(よしもがも)

 奉為苅秋田 權設假廬築田居 草枕在外地 形單影隻吾君矣 還願有由能相晤

佚名 2248

秋田刈(あきたか)る」,仙覺系底本原文作「秋田𠮧」,舊訓「秋田(あきのた)を」,此按『萬葉考』以叫為苅之訛。元曆校本等非仙覺系底本原文或作「秋山𠮧」,與題詞「寄水田」不合,蓋誤。

「廬(いほ)りして」,建築假廬居之。收割前後,設屋田邊。

蓋擬農夫之妻之趣。


2249 【承前,八首第六。】

 鶴鳴之 所聞田井爾 五百入為而 吾客有跡 於妹告社

 鶴(たづ)が音(ね)の 聞(き)こゆる田居(たゐ)に 廬(いほ)りして 我旅也(あれたびなり)と 妹(いも)に告(つ)げこそ

 鶴鳴蕩虛空 啼聲可聞田居間 吾人假廬而 草枕客在於茲也 還望傳言告妻知

佚名 2249

「廬(いほ)りして」,原文與前歌皆為「五百入為而」,當是問答之作。

「我旅也(あれたびなり)と」,此處「也(なり)」乃「に在(あ)り」之略。

「妹(いも)に告(つ)げこそ」,「こそ」表希求助詞。蓋為囑託鳴鶴傳言之趣。


2250 【承前,八首第七。】

 春霞 多奈引田居爾 廬付而 秋田苅左右 令思良久

 春霞(はるかすみ) 棚引(たなび)く田居(たゐ)に 廬築(いほつ)きて 秋田刈(あきたか)る迄(まで) 思(おも)はしむらく

 自於春霞湧 霏霺懸引田居間 以至設假廬 秋稔結穗收割頃 單戀相思無止哉

佚名 2250

「春霞(はるかすみ) 棚引(たなび)く」,雖為過去事項,但依恆常事實而作現在形。

「廬築(いほつ)きて」,『和名鈔』云:「農人作廬,以便田事。」

「思(おも)はしむらく」,「思(おも)はしむ」之く句法。主語女性

以作者單戀怪罪對方之內容,而田圃景色由春霞至秋田之時節更迭乃趣味之中旨。

2251 【承前,八首第八。】

 橘乎 守部乃五十戶之 門田年稻 苅時過去 不來跡為等霜

 橘(たちばな)を 守部里(もりへのさと)の 門田早稻(かどたわせ) 刈(か)る時過(ときす)ぎぬ 來(こ)じとすらしも

 吾人有所思 非時香菓橘實兮 守部里門田 早稻苅時早過矣 蓋是移情不復來

佚名 2251

「橘(たちばな)を」,守部之枕詞。往時橘為高級果物,故常設有戍衛守之。

「守部里(もりへのさと)」,所在未詳。「里」之原文「五十戶」者,依五十戶為一里之制度,略見於七世紀後半至八世紀初頭。

「來(こ)じとすらしも」,應當不復在來。農忙時期早已過去,如今不復來應當不以無暇,蓋是已然移情別戀。


2252 寄露 【八首第一。】

 秋芽子之 開散野邊之 暮露爾 沾乍來益 夜者深去鞆

 秋萩(あきはぎ)の 咲散(さきち)る野邊(のへ)の 夕露(ゆふつゆ)に 濡(ぬ)れつつ來(き)ませ 夜(よ)は更(ふ)けぬとも

 一心盼君臨 秋荻咲散小野中 還願君有情 暮露沾襟越野來 縱令夜深不辭勞

佚名 2252

「咲散(さきち)る野邊(のへ)の」,複合語「咲散(さきち)る」之「咲(さ)き」幾近無義。

本曲與『古今和歌集』秋歌上0224「萩花 散るらむ小野の 露霜に 濡れてを行かむ 小夜は更くとも」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kokin/kk04.htm#224 宛若唱和。


2253 【承前,八首第二。】

 色付相 秋之露霜 莫零根 妹之手本乎 不纏今夜者

 色付(いろづ)かふ 秋露霜(あきのつゆしも) 莫降(なふ)りそね 妹(いも)が手本(たもと)を 枕(ま)かぬ今夜(こよひ)は

 為木添新色 秋之冷冽露霜矣 還願莫零降 隻身孤寢無人伴 不枕妻腕今夜者

佚名 2253

「色付(いろづ)かふ」,「色付(いろづ)く」之持續態。群樹木葉因而添色之意。秋山染色乃秋露之功,亦同時指其寒冷。

「妹(いも)が手本(たもと)を」,「手本(たもと)」指手腕。

「枕(ま)かぬ今夜(こよひ)は」,孤寢寂寞,倍感寒冷。

2254 【承前,八首第三。】

 秋芽子之 上爾置有 白露之 消鴨死猿 戀乍不有者

 秋萩(あきはぎ)の 上(うへ)に置(お)きたる 白露(しらつゆ)の 消(け)かもしな益(まし) 戀(こ)ひつつ有(あ)らずは

 不若猶秋萩 葉上所置白露之 消散不留蹤 一了百了絕命緒 勝過苦戀愁斷腸

佚名 2254

白露(しらつゆ)の」,以上三句,帶出「消(け)」之序。

「消(け)かもしな益(まし)」,「な」為完了助動詞「ぬ」之未然形

「戀(こ)ひつつ有(あ)らずは」,原文或作「戀爾不有者」,依『元曆校本』以為「戀乍不有者」之訛。

1608弓削皇子歌重出。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1608


2255 【承前,八首第四。】

 吾屋前 秋芽子上 置露 市白霜 吾戀目八面

 我(わ)が宿(やど)の 秋萩上(あきはぎのうへ)に 置露(おくつゆ)の 顯著(いちしろ)くしも 我戀(あれこ)ひめやも

 吾宿屋前之 庭園秋萩芽子上 置露引側目 如此顯著令人知 張揚之戀豈為哉

佚名 2255

「置露(おくつゆ)の」,以上三句,引出「顯著(いちしろ)くしも」之序。

「顯著(いちしろ)くしも」,顯著的,「顯著(いちしろ)し」乃く活用形。


2256 【承前,八首第五。】

 秋穗乎 之努爾押靡 置露 消鴨死益 戀乍不有者

 秋穗(あきのほ)を 繁(しの)に押靡(おしな)べ 置露(おくつゆ)の 消(け)かもしな益(まし) 戀(こ)ひつつ在(あ)らずは

 不若猶秋穗 豐稔撓屈末穗上 置露之所如 俄然消逝絕命緒 勝過苦戀愁斷腸

佚名 2256

「繁(しの)に押靡(おしな)べ」,「繁(しの)」表毫無間隙。『萬葉集』中,除此處以外,皆採「心を繁(しの)に」之用法。「靡(な)べ」乃「靡(な)びかせ」之意。

2257 【承前,八首第六。】

 露霜爾 衣袖所沾而 今谷毛 妹許行名 夜者雖深

 露霜(つゆしも)に 衣手濡(ころもでぬ)れて 今(いま)だにも 妹許行(いもがりゆ)かな 夜(よ)は更(ふ)けぬとも

 一心繫伊人 雖然露霜濕衣袖 吾不以為意 只願即刻赴妹許 縱令夜深不辭勞

佚名 2257

「衣手濡(ころもでぬ)れて」,衣手乃衣之雅語。

「今(いま)だにも」,表達現在立刻之願望。

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万葉集試訳

2183 【承前,卌一第六。】

 鴈音者 今者來鳴沼 吾待之 黃葉早繼 待者辛苦母

 雁(かり)が音(ね)は 今(いま)は來鳴(きな)きぬ 我(あ)が待(ま)ちし 黃葉速繼(もみちはやつ)げ 待(ま)たば苦(くる)しも

 鴻雁之音者 既已來鳴報秋至 吾所引領盼 黃葉可否速繼之 久待難堪心甚苦

佚名 2183

「待(ま)たば苦(くる)しも」,原文「待者辛苦母」,舊訓「待(ま)てば苦(くる)しも」,然依3682「麻多婆久流思母」,訓作此。


2184 【承前,卌一第七。】

 秋山乎 謹人懸勿 忘西 其黃葉乃 所思君

 秋山(あきやま)を 努人懸(ゆめひとか)く勿(な) 忘(わす)れにし 其黃葉(そのもみちば)の 思(おも)ほゆらくに

 吾人有所冀 莫與人訴秋山事 魂牽夢所縈 其黃葉者怠將忘 勿令相思情復燃

佚名 2184

「努人懸(ゆめひとか)く勿(な」,「懸(か)く」乃舉言、與他人相語之意。此云作者對紅葉之愛甚於常人,難以平復。

「其黃葉(そのもみちば)の 思(おも)ほゆらくに」,逆接用法,一旦聽聞人論及秋山之事,便將想起紅葉美景無法自已。


2185 【承前,卌一第八。】

 大坂乎 吾越來者 二上爾 黃葉流 志具禮零乍

 大坂(おほさか)を 我(わ)が越來(こえく)れば 二上(ふたかみ)に 黃葉流(もみちばなが)る 時雨降(しぐれふ)りつつ

 大坂穴蟲峠 翻山越嶺跋涉來 寧樂二上山 黃葉流轉隨風飄 時雨不止降紛紛

佚名 2185

大坂(おほさか)」,穴蟲峠。二上山奈良大阪之交界。

「黃葉流(もみちばなが)る」,流表木葉或花瓣隨風飄舞之狀。


2186 【承前,卌一第九。】

 秋去者 置白露爾 吾門乃 淺茅何浦葉 色付爾家里

 秋去(あきさ)れば 置(お)く白露(しらつゆ)に 我(わ)が門(かど)の 淺茅(あさぢ)が末葉(うらば) 色付(いろづ)きにけり

 每逢秋日臨 白露降置告天冷 吾戶屋前之 淺茅末葉受露催 儵然黃變添新色

佚名 2186

「我(わ)が門(かど)の」,門指戶前周遭之道路

「淺茅(あさぢ)が末葉(うらば)」,淺茅指矮小之茅,末葉為末梢之意。茅葉於晚秋轉為赤褐色特別在周緣部與先端呈現顯著之濃赤色


2187 【承前,卌一第十。】

 妹之袖 卷來乃山之 朝露爾 仁寶布黃葉之 散卷惜裳

 妹(いも)が袖(そで) 卷來山(まききのやま)の 朝露(あさつゆ)に 匂(にほ)ふ黃葉(もみち)の 散(ち)らまく惜(を)しも

 妹袖為枕兮 纏綿卷來之山間 朝霧罩瀰漫 露催葉黃紅似錦 一旦零落甚可惜

佚名 2187

「妹(いも)が袖(そで)」,以妻子之衣袖為枕,地名「卷來」之枕詞

「卷來山(まききのやま)」,所在未詳。

「散(ち)らまく惜(を)しも」,仙覺本等底本作「散卷惜裳」,元曆校本作「散莫惜裳」。莫於茲訓「まく」,類例見於2200。

2188 【承前,卌一十一。】

 黃葉之 丹穗日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒

 黃葉(もみちば)の 匂(にほ)ひは繁(しげ)し 然(しか)れども 妻梨木(つまなしのき)を 手折髻首(たをりかざ)さむ

 秋日黃葉之 絢麗斑紅奪人目 雖然如此者 可憐零丁妻梨木 手折髻首以相伴

佚名 2188

「匂(にほ)ひは繁(しげ)し」,「匂(にほ)ひ」乃添上赤色之意。「繁(しげ)し」蓋表種類繁多。

「妻梨木(つまなしのき)」,名喚「妻無(つまな)し」之妻梨木。


2189 【承前,卌一十二。】

 露霜乃 寒夕之 秋風丹 黃葉爾來毛 妻梨之木者

 露霜(つゆしも)の 寒夕(さむきゆふへ)の 秋風(あきかぜ)に 黃葉(もみち)にけりも 妻梨木(つまなしのき)は

 露霜降至兮 蕭瑟天寒夕暮間 秋風拂悽悽 當其冷氣葉黃變 無妻孤寂妻梨木

佚名 2189

「黃葉(もみち)にけりも」,原文「黃葉爾來毛」,或訓「黃葉(もみち)にけらし」,此依古寫本讀之。


2190 【承前,卌一十三。】

 吾門之 淺茅色就 吉魚張能 浪柴乃野之 黃葉散良新

 我(わ)が門(かど)の 淺茅色付(あさぢいろづ)く 吉隱(よなばり)の 浪柴野(なみしばのの)の 黃葉散(もみちち)るらし

 吾戶屋前之 淺茅末葉色已添 初鶺誹之 寧樂榛原浪柴野 黃葉凋零今舞散

佚名 2190

「浪柴野(なみしばのの)の」,所在未詳。或云奈良宇陀郡榛原櫻井長谷寺間之角柄、柳一帶。

類歌2207。

2191 【承前,卌一十四。】

 鴈之鳴乎 聞鶴奈倍爾 高松之 野上乃草曾 色付爾家留

 雁(かり)が音(ね)を 聞(き)きつる共(なへ)に 高松(たかまつ)の 野上草(のうへのくさ)そ 色付(いろづ)きにける

 飛燕秋來鳴 耳聞鳥囀聲與共 寧樂高圓之 高松之野原上草 不覺添色染黃變

佚名 2191

「聞(き)きつる共(なへ)に」,「共(なへ)に」表同時或將或即將。


2192 【承前,卌一十五。】

 吾背兒我 白細衣 徃觸者 應染毛 黃變山可聞

 我(わ)が背子(せこ)が 白栲衣(しろたへころも) 行觸(ゆきふ)れば 匂(にほ)ひぬべくも 黃變山(もみつやま)かも

  吾夫兄子之 白妙素栲細衣矣 若為徃觸者 當為所染沾赤艷 絢爛黃變之山矣

佚名 2192

「白栲衣(しろたへころも」,「栲」乃自桑科植物楮類之樹皮所採纖維,或以之紡成之布類。然白麻布或亦用之。

「行觸(ゆきふ)れば 匂(にほ)ひぬべくも」,亦見於1539「草枕 旅行人も 行觸れば 匂ひぬべくも 咲ける萩かも」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1532


2193 【承前,卌一十六。】

 秋風之 日異吹者 水莖能 岡之木葉毛 色付爾家里

 秋風(あきかぜ)の 日(ひ)に異(け)に吹(ふ)けば 水莖(みづくき)の 岡木葉(をかのこのは)も 色付(いろづ)きにけり

 蕭瑟秋風之 與日俱畊洪痊帖磐城水莖兮 岡之木葉為風催 已然黃變添唐紅

佚名 2193

「水莖(みづくき)の」,「岡」之枕詞

『歌經標示』柿本若子秋歌「阿岐可是能 比爾計爾不氣馬 美豆倶基能(秋風(あきかぜ)の 日(ひ)に異(け)に吹(ふ)けば)」,與本歌同。https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/33259/1/9_P91-105.pdf 案柿本若子及人麻呂,奈良朝後期以此歌為柿本人麻呂所作

2194 【承前,卌一十七。】

 鴈鳴乃 來鳴之共 韓衣 裁田之山者 黃始南

 雁(かり)が音(ね)の 來鳴(きな)きし共(なへ)に 韓衣(からころも) 龍田山(たつたのやま)は 黃葉始(もみちそ)めたり

 其與飛燕之 來鳴之際怠同時 妙裁韓衣兮 秋日錦織龍田山 絢麗斑駁葉始黃

佚名 2194

「韓衣(からころも)」,「龍田」之枕詞。韓衣乃唐土傳來之衣服,「龍田=たつた」與「裁斷=たつ(亦引申有編織、製作之意)」音類而名之。



2195 【承前,卌一十八。】

 鴈之鳴 聲聞苗荷 明日從者 借香能山者 黃始南

 雁(かり)が音(ね)の 聲聞(こゑき)く共(なへ)に 明日(あす)よりは 春日山(かすがのやま)は 黃葉始(もみちそ)めなむ

 其與飛雁之 鳴啼之際相與共 自於明日起 寧樂奈良春日山 絢麗斑駁葉始黃

佚名 2195

「聲聞(こゑき)く共(なへ)に」,一般「共(なへ)に」往往用於同時或伴隨發生之確定事項,如本曲連續未來推量之用法屬特例。


2196 【承前,卌一十九。】

 四具禮能雨 無間之零者 真木葉毛 爭不勝而 色付爾家里

 時雨雨(しぐれのあめ) 間無(まな)くし降(ふ)れば 真木葉(まきのは)も 爭兼(あらそひか)ねて 色付(いろづ)きにけり

 時雨之雨矣 紛降無間莫所止 縱令真木葉 難與抗衡不得勝 已然添色褪葉黃

佚名 2196

「真木(まき)」,檜、杉等長針葉樹

「爭兼(あらそひか)ねて」。此云長針葉樹時雨相抗,而不得勝,遂稍轉褐而言。

2197 【承前,卌一二十。】

 灼然 四具禮乃雨者 零勿國 大城山者 色付爾家里【謂大城者,在筑前御笠郡大野山頂。號曰大城者也。】

 灼然(いちしろ)く 時雨雨(しぐれのあめ)は 降(ふ)ら無(な)くに 大城山(おほきのやま)は 色付(いろづ)きにけり【大城(おほき)と謂(い)ふは、筑前御笠郡(ちくぜんのくにみかさのこほり)の大野山頂(おほののやまのいただき)に在(あ)り。號(なづ)けて大城(おほき)と曰(い)ふ也(なり)。】

 今觀時雨者 其雨並未零灼然 雖然勢非豪 筑前御笠大城山 已添黃葉織錦紅【謂大城者,在筑前御笠郡大野山頂。號曰大城者也。】

佚名 2197

「灼然(いちしろ)く」,顯著。


2198 【承前,卌一廿一。】

 風吹者 黃葉散乍 小雲 吾松原 清在莫國

 風吹(かぜふ)けば 黃葉散(もみちち)りつつ 少(すく)なくも 吾松原(あがのまつばら) 清(きよ)から無(な)くに

 蕭瑟秋風吹 拂落黃葉零紛紛 隨彼紅葉落 神風伊勢松原 環堵蕭然寂更清

佚名 2198

「黃葉散(もみちち)りつつ」,「つつ」表持續反覆。

「少(すく)なくも 吾松原(あがのまつばら) 清(きよ)から無(な)くに」,「少(すく)なくも......無(な)くに」表「非止於些微」,「甚是」之意。吾之松原所在未詳,按1030聖武帝「妹に戀ひ 吾松原 見渡せば 潮乾潟に 鶴鳴渡る」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m06.htm#1030 則或當在伊勢三重郡


2199 【承前,卌一廿二。】

 物念 隱座而 今日見者 春日山者 色就爾家里

 物思(ものおも)ふと 隱(こも)らひ居(を)りて 今日見(けふみ)れば 春日山(かすがのやま)は 色付(いろづ)きにけり

 時時有所思 隱籠幽居不出戶 今日望見者 奈良寧樂春日山 不覺添色染唐紅

佚名 2199

「物思(ものおも)ふと」,「と」乃「として」。

「隱(こも)らひ」,「隱(こも)り」之持續態。

類歌1568。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1568


2200 【承前,卌一廿三。】

 九月 白露負而 足日木乃 山之將黃變 見幕下吉

 九月(ながつき)の 白露負(しらつゆお)ひて 足引(あしひき)の 山黃變(やまのもみ)たむ 見(み)まくしも吉(よ)し

 其受長月之 九月白露摧冷冽 足曳勢險峻 目前山之將黃變 悠然眺之豈不善

佚名 2200

「見(み)まくしも吉(よ)し」,相較於「見(み)らくし吉(よ)しも」本句更著眼於未來將發生之預想推量。


2201 【承前,卌一廿四。】

 妹許跡 馬桉置而 射駒山 撃越來者 紅葉散筒

 妹許(いもがり)と 馬(うま)に鞍置(くらお)きて 生駒山(いこまやま) 打越來(うちこえく)れば 紅葉散(もみちち)りつつ

 欲往妹妻許 設置馬鞍啟行而 寧樂生駒嶺 翻山策馬越來者 紅葉既盛凋零矣

佚名 2201

「妹許(いもがり)と」,「許(がり)と」乃前往...之處。第三句「生駒山(いこまやま)」或隱含「行く」之寓意,而『萬葉集』中多做「行(ゆ)く」少用「行(い)く」,或云「行(い)く」蓋為俗語

「打越來(うちこえく)れば」,「打」表鞭策。

紅葉散(もみちち)りつつ」,原文「紅葉散筒」。『萬葉集』中,不書「黃葉」而記紅葉者,唯此一例而已。「つつ」,仙覺本系統作「筒」,而元曆校本作「管」,類聚古集作「箇」。

2202 【承前,卌一廿五。】

 黃葉為 時爾成良之 月人 楓枝乃 色付見者

 黃葉(もみち)する 時(とき)に成(な)るらし 月人(つきひと)の 桂枝(かつらのえだ)の 色付(いろづ)く見(み)れば

 見微能知著 蓋是黃葉時節矣 觀月人壯士 廣寒宮前散芬芳 桂枝添色見可悉

佚名 2202

「黃葉(もみち)する」,此云人間蓋至黃葉時節。站在月人視角所書。

「桂枝(かつらのえだ)の」,中國六朝以來傳說,云月中有桂之巨木。楓、桂本為異種,於茲通用


2203 【承前,卌一廿六。】

 里異 霜者置良之 高松 野山司之 色付見者

 里(さと)ゆ異(け)に 霜(しも)は置(お)くらし 高松(たかまつ)の 野山丘(のやまづかさ)の 色付(いろづ)く見(み)れば

 迥異與人里 霜者置之良可察 寧樂高松地 野山之丘頂峰間 木葉添色觀可知

佚名 2203

「里(さと)ゆ異(け)に」,里表人煙所在之鄉里。

「野山丘(のやまづかさ)の」,「丘(づかさ)」或書作「阜」,隆起之場所


2204 【承前,卌一廿七。】

 秋風之 日異吹者 露重 芽子之下葉者 色付來

 秋風(あきかぜ)の 日(ひ)に異(け)に吹(ふ)けば 露(つゆ)を重(おも)み 萩下葉(はぎのしたば)は 色付(いろづ)きにけり

 蕭瑟秋風之 與日俱畊洪痊帖玉露重懸梢 以故秋荻下葉者 黃變添色報潮時

佚名 2204

「露(つゆ)を重(おも)み」,露重葉垂之狀。『古今和歌集』戀歌四有「宮城野の 本あらの小萩 露を重み 風を待つ如 君をこそ待て」之曲。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kokin/kk14.htm#694

2205 【承前,卌一廿八。】

 秋芽子乃 下葉赤 荒玉乃 月之歷去者 風疾鴨

 秋萩(あきはぎ)の 下葉赤變(したばもみち)ぬ 新(あらた)まの 月經(つきのへ)ぬれば 風(かぜ)を疾(いた)みかも

 秋荻芽子之 下葉赤變染唐紅 何以為之者 日新月異更經時 風吹無情太疾哉

佚名 2205

「月經(つきのへ)ぬれば」,日經月改之故。

「風(かぜ)を疾(いた)みかも」,「みかも」乃み句法之疑問條件詞。


2206 【承前,卌一廿九。】

 真十鏡 見名淵山者 今日鴨 白露置而 黃葉將散

 真十鏡(まそかがみ) 南淵山(みなぶちやま)は 今日(けふ)もかも 白露置(しらつゆお)きて 黃葉散(もみちち)るらむ

 無曇真十鏡 飛鳥南淵之山者 吾度其今日 蓋當白露置頂上 黃葉將散飄零落

佚名 2206

「真十鏡(まそかがみ)」,以「見之」而與「南淵山(みなぶちやま=見名淵山)」雙關之枕詞。原文十字訓「そ」者,藉十字古語發音之表現。元曆校本書「真寸鏡」者,以中古以降訛音「真十鏡(ますかがみ)」所致。


2207 【承前,卌一三十。】

 吾屋戶之 淺茅色付 吉魚張之 夏身之上爾 四具禮零疑

 我(わ)が宿(やど)の 淺茅色付(あさぢいろづ)く 吉隱(よなばり)の 夏身上(なつみのうへ)に 時雨降(しぐれふ)るらし

 吾戶屋前之 淺茅末葉色已添 初鶺誹之 寧樂吉野菜摘處 夏身時雨今零哉

佚名 2207

「淺茅色付(あさぢいろづ)く」,藉草木變化確認時節已至晚秋。

時雨降(しぐれふ)るらし」,見得眼前事實,因以推測遠方事狀。「らし」原文「疑」乃義訓用法

類歌2190。

2208 【承前,卌一卅一。】

 鴈鳴之 寒鳴從 水莖之 岡乃葛葉者 色付爾來

 雁(かり)が音(ね)の 寒(さむ)く鳴(な)きしゆ 水莖(みづくき)の 岡葛葉(をかのくずは)は 色付(いろづ)きにけり

 自於雁鳴之 悲戚泣聲寒時起 磐城水莖兮 岡之葛葉感時節 轉俄黃葉色已添

佚名 2208

「雁(かり)が音(ね)の 寒(さむ)く鳴(な)きしゆ」,「ゆ」乃自其算起,「鳴(な)きし」為「鳴きし時」之略。

2209 【承前,卌一卅二。】

 秋芽子之 下葉乃黃葉 於花繼 時過去者 後將戀鴨

 秋萩(あきはぎ)の 下葉黃葉(したばのもみち) 花(はな)に繼(つ)ぎ 時過去(ときすぎゆ)かば 後戀(のちこ)ひむかも

 秋萩芽子花 下葉之色隨華褪 黃葉色已添 吾度時節過去者 後日憶之戀更

佚名 2209

「下葉黃葉(したばのもみち) 花(はな)に繼(つ)ぎ」,在花落之後,葉子亦轉黃。

「後戀(のちこ)ひむかも」,其後想起已逝的荻花,應該會更添相思之情。



2210 【承前,卌一卅三。】

 明日香河 黃葉流 葛木 山之木葉者 今之落疑

 明日香川(あすかがは) 黃葉流(もみちばなが)る 葛城(かづらき)の 山木葉(やまのこのは)は 今(いま)し散(ち)るらし

 河內飛鳥川 黃葉流轉織緞紅 蓋是葛城之 二上山木葉者 今之零落逐流哉

佚名 2210

明日香川(あすかがは) 黃葉流(もみちばなが)る」,蓋指河內之飛鳥河。河內飛鳥川源自河內、大和國境之二上山西南麓,流經近飛鳥而注入石川。或云,流經明日香明日香藤原京而注入大和川大和明日香川。而於茲依0165題詞「葛城二上山」,採前者之說。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m02.htm#0165

「今(いま)し散(ち)るらし」,しら之用法,義訓同2207。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#2207



2211 【承前,卌一卅四。】

 妹之紐 解登結而 立田山 今許曾黃葉 始而有家

 妹(いも)が紐(ひも) 解(と)くと結(むす)びて 龍田山(たつたやま) 今(いま)こそ黃葉(もみち) 始(そ)めて有(あ)りけれ

 欲將解妻紐 所以誓約結紐兮 妙裁龍田山 今日斑駁始葉黃 悄悄添色報秋冷

佚名 2211

「妹(いも)が紐(ひも) 解(と)くと結(むす)びて」,以「裁斷(たつ)」之緣而為「龍田山(たつたやま)」之枕詞。古俗以為,戀人相別之時,互結衣紐,再會之間不付解之,則可盡早相會。

『歌經標式』作「妹(いも)が紐(ひも) 解(と)くと結(むす)びて 龍田山(たつたやま) 見渡(みわた)す野邊(のへ)の 黃葉(もみち)けらくは」

2212 【承前,卌一卅五。】

 鴈鳴之 寒喧之從 春日有 三笠山者 色付丹家里

 雁(かり)が音(ね)の 寒(さむ)く鳴(な)きしゆ 春日(かすが)なる 御笠山(みかさのやま)は 色付(いろづ)きにけり

 自於雁鳴之 悲戚泣聲寒時起 寧樂春日之 神域御蓋三笠山 已然添色報秋冷

佚名 2212

「寒(さむ)く鳴(な)きしゆ」,底本原文「喧之從」音韻不足,遂依2208補以寒字。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#2208


2213 【承前,卌一卅六。】

 比者之 五更露爾 吾屋戶乃 秋之芽子原 色付爾家里

 此頃(このころ)の 曉露(あかときつゆ)に 我(わ)が宿(やど)の 秋萩原(あきのはぎはら) 色付(いろづ)きにけり

 比日此頃之 五更曉露凝降置 是以吾宿間 秋之萩原為所催 不覺添色染黃變

佚名 2213

「曉露(あかときつゆ)」,原文五更露,意指寅時(三時至五時)之露。

「秋萩原(あきのはぎはら)」,類歌2182採「荻の下葉」。庭中生荻原者,蓋誇張表現https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#2182


2214 【承前,卌一卅七。】

 夕去者 鴈之越徃 龍田山 四具禮爾競 色付爾家里

 夕去(ゆふさ)れば 雁越行(かりのこえゆ)く 龍田山(たつたやま) 時雨(しぐれ)に競(きほ)ひ 色付(いろづ)きにけり

 每逢夕暮時 飛雁越行指東去 嗚呼龍田山 奮與時雨競相爭 弩染唐紅添新色

佚名 2214

「夕去(ゆふさ)れば 雁越行(かりのこえゆ)く」,雁自西方難波東方大和飛越而去之狀。

時雨(しぐれ)に競(きほ)ひ 色付(いろづ)きにけり」,與時雨相抗,不欲散去,顯露出鮮紅之顏色。一般多指敗於時噢,黃葉而散,此歌則未必。

2215 【承前,卌一卅八。】

 左夜深而 四具禮勿零 秋芽子之 本葉之黃葉 落卷惜裳

 小夜更(さよふ)けて 時雨勿降(しぐれなふ)りそ 秋萩(あきはぎ)の 本葉黃葉(もとはのもみち) 散(ち)らまく惜(を)しも

 夜幕已深邃 還願時雨莫紛降 秋荻芽子之 本葉黃葉受雨摧 散落凋零甚可惜

佚名 2215

「本葉黃葉(もとはのもみち)」,本葉雨末葉(梢)相對,乃接近根元之枝葉。一般詠秋萩變色者,下葉是為通例。



2216 【承前,卌一卅九。】

 古鄉之 始黃葉乎 手折以 今日曾吾來 不見人之為

 故鄉(ふるさと)の 初黃葉(はつもみちば)を 手折持(たをりも)ち 今日(けふ)そ我(わ)が來(こ)し 見(み)ぬ人(ひと)の為(ため)

 故鄉飛鳥京 黃葉初現染唐紅 手折其枝葉 今日吾持之以來 奉為未見之人矣

佚名 2216

「故鄉(ふるさと)の」,此蓋云飛鳥舊京。

「見(み)ぬ人(ひと)の為(ため)」,位於平城新京,不得見舊都紅葉者。


2217 【承前,卌一四十。】

 君之家乃 黃葉者早 落 四具禮乃雨爾 所沾良之母

 君(きみ)が家(いへ)の 黃葉(もみち)は早(はや)く 散(ち)りにけり 時雨雨(しぐれのあめ)に 濡(ぬ)れにけらしも

 吾君家之許 黃葉匆匆褪其色 凋零落紛紛 蓋是其遭時雨澍 沾濡漬濕所以

佚名 2217

「君(きみ)が家(いへ)の 黃葉(もみち)は早(はや)く 散(ち)りにけり」,底本原文作「君之家乃之 黃葉早者 落」,無以訓之。蓋有誤訛、脫落之情事。今姑從紀州本,去「乃」下「之」字,並依『萬葉代匠記』以「者早」替「早者」。


2218 【承前,卌一卌一。】

 一年 二遍不行 秋山乎 情爾不飽 過之鶴鴨

 一年(ひととせ)に 二度行(ふたたびゆ)かぬ 秋山(あきやま)を 心(こころ)に飽(あ)かず 過(す)ぐしつるかも

 凡一年之內 其景不復再得見 斑駁秋山矣 翫之不足意未竟 黃葉轉瞬業已過

佚名 2218

「二度行(ふたたびゆ)かぬ」,無由重複。

「過(す)ぐしつるかも」,「過(す)ぐ」表喪失機會。蓋因某事由而錯失賞翫黃葉之機,甚是遺憾


2219 詠水田 【三首第一。】

 足曳之 山田佃子 不秀友 繩谷延與 守登知金

 足引(あしひき)の 山田作(やまだつ)くる兒(こ) 秀(ひ)でずとも 繩(なは)だに延(は)へよ 守(も)ると知(し)るがね

 足曳勢險峻 山田所作佃兒矣 田穗雖未秀 還願延繩標所領 令知戍守待結實

佚名 2219

山田作(やまだつ)くる兒(こ)」,兒一般少年少女,而此蓋意指成年男子。「作(つ)くる」原文「佃」乃耕作之意。

「秀(ひ)でずとも」,「秀(ひ)づ」乃「穗出(ほいづ)」之略。

「繩(なは)だに延(は)へよ」,以繩標誌所有範圍。類歌1353詠男子標結,此曲則指家長標結而言。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m07.htm#1353

「守(も)ると知(し)るがね」,令世人知曉女孩有所守護

類歌1353乃雙親向男子囑託女兒之將來,此歌則為年輕男子請雙親守護女兒純潔直至迎娶之日。


2220 【承前,三首第二。】

 左小壯鹿之 妻喚山之 岳邊在 早田者不苅 霜者雖零

 小雄鹿(さをしか)の 妻呼(つまよ)ぶ山(やま)の 岡邊(をかへ)なる 早稻田(わさだ)は刈(か)らじ 霜(しも)は降(ふ)るとも

 嗚呼小壯鹿 淒涼喚妻回聲盪 山之岡邊在 早稻田者莫急苅 縱令霜降秋冷時

佚名 2220

待至晚秋,不去收成早稻田者,乃是惋惜呼妻之孤鹿。然此情懷與耕種之人防止豬鹿危害者大相逕庭。

2221 【承前,三首第三。】

 我門爾 禁田乎見者 沙穗內之 秋芽子為酢寸 所念鴨

 我(わ)が門(かど)に 守(も)る田(た)を見(み)れば 佐保內(さほのうち)の 秋萩薄(あきはぎすすき) 思(おも)ほゆるかも

 每出此居室 見吾戶前禁田者 便思佐保內 秋荻與芒其繁狀 猶映眼簾我所念

佚名 2221

「我(わ)が門(かど)に 守(も)る田(た)を見(み)れば」,門外所有之田。家前隔道之田。作者蓋居於平成京近郊之官人。

「佐保內(さほのうち)の」,外京北部,佐保川、佐保山間地域。蓋作者之戀人或友人居於該處。

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2018-02-22-木

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万葉集試訳

2150 【承前,十六第十。】

 秋芽子之 散去見 欝三 妻戀為良思 棹壯鹿鳴母

 秋萩(あきはぎ)の 散逝見(ちりゆくみ)れば 欝(おほほ)しみ 妻戀(つまごひ)すらし 佐雄鹿鳴(さをしかな)くも

 蓋是見秋萩 芽子散華零落者 心欝悶不樂 相思情湧戀妻歟 小壯鹿兮今鳴泣

佚名 2150

「欝(おほほ)しみ」,心情鬱悶意所不快。主詞為鹿。

「妻戀(つまごひ)」,俗以鹿比秋萩為妻。

2151 【承前,十六十一。】

 山遠 京爾之有者 狹小壯鹿之 妻呼音者 乏毛有香

 山遠(やまとほ)き 都(みやこ)にし在(あ)れば 佐雄鹿(さをしか)の 妻呼(つまよ)ぶ聲(こゑ)は 乏(とも)しくもあるか

 自於去飛鳥 身在新京離山遠 久居於此者 小壯鹿之喚妻聲 已然難得罕聞矣

佚名 2151

「山遠(やまとほ)き 都(みやこ)」,或云詠於難波京,或云平成京。較於飛鳥舊京,去山甚遠。

「乏(とも)しくもあるか」,「乏(とも)し」表稀少、難得,「か」為詠嘆。


2152 【承前,十六十二。】

 秋芽子之 散過去者 左小壯鹿者 和備鳴將為名 不見者乏焉

 秋萩(あきはぎ)の 散過去(ちりすぎゆ)かば 佐雄鹿(さをしか)は 侘鳴為(わびなきせ)むな 見(み)ずは乏(とも)しみ

 一旦秋萩之 芽子華散零落者 嗚呼小壯鹿 其當哀怨侘鳴哉 不得見之催孤悲

佚名 2152

「散過去(ちりすぎゆ)かば」,「過(す)ぐ」乃花或紅葉凋零不復之狀。

「侘鳴為(わびなきせ)むな」,「侘び」乃失落、無氣力之狀。「鳴き」與「泣き」通。

「見(み)ずは乏(とも)しみ」,「乏(とも)しみ」乃「乏(とも)しかるべみ」,寂寞之意。


2153 【承前,十六十三。】

 秋芽子之 咲有野邊者 左小壯鹿曾 露乎別乍 嬬問四家類

 秋萩(あきはぎ)の 咲(さ)ける野邊(のへ)には 佐雄鹿(さをしか)そ 露(つゆ)を別(わ)けつつ 妻問(つまど)ひしける

 秋荻芽子之 所咲盛開野邊者 嗚呼小壯鹿 排開草間闢沾露 踏遍四處訪妻處

佚名 2153

「咲(さ)ける野邊(のへ)には」,此依原文「咲有野邊者」而訓,而自『萬葉代匠記』云「亦讀”咲(さ)きたる野邊(のへ)は”」以來,坊間多採此訓。然考字數、慣例,或當回復舊訓。

2154 【承前,十六十四。】

 奈何壯鹿之 和備鳴為成 蓋毛 秋野之芽子也 繁將落

 何(な)ぞ鹿(しか)の 侘鳴(わびな)きすなる 蓋(けだ)しくも 秋野萩(あきののはぎ)や 繁(しげ)く散(ち)るらむ

 何以小壯鹿 侘鳴啼泣聲悽悽 蓋是顧野間 秋荻芽子花散華 頻頻凋零傷感哉

佚名 2154

「蓋(けだ)し」,大概、應當。

「繁(しげ)く散(ち)るらむ」,「散(ち)るらむ」乃「散(ち)けばなるらむ」之略。疑問條件之變形。


2155 【承前,十六十五。】

 秋芽子之 開有野邊 左壯鹿者 落卷惜見 鳴去物乎

 秋萩(あきはぎ)の 咲(さ)きたる野邊(のへ)の 佐雄鹿(さをしか)は 散(ち)らまく惜(を)しみ 鳴行(なきゆ)く物(もの)を

 秋荻芽子之 所咲開有野邊間 嗚呼小壯鹿 惋其散華甚可惜 哀切鳴泣啼去矣

佚名 2155

「咲(さ)きたる野邊(のへ)の」,舊訓「咲(さ)きたる野邊(のへ)に」,此依『類聚古集』改之。

「鳴行(なきゆ)く物(もの)を」,文末詠嘆用法。或云「去」乃「云」字之訛。


2156 【承前,十六十六。】

 足日木乃 山之跡陰爾 鳴鹿之 聲聞為八方 山田守酢兒

 足引(あしひき)の 山常蔭(やまのとかげ)に 鳴鹿(なくしか)の 聲聞(こゑき)かすやも 山田守(やまだも)らす子(こ)

 足曳勢險峻 山之常蔭日影處 鳴鹿喚妻之 孤悲啼泣可聞哉 山田戍守娘子

佚名 2156

「常蔭(とかげ)」,「常蔭(とこかげ)」之略,總為日蔭之處。

「聲聞(こゑき)かすやも」,す乃敬語,然程度不重。

山田守(やまだも)らす子(こ)」,保護山田不為豬鹿等野獸危害女子

2157 詠蟬

 暮影 來鳴日晚之 幾許 每日聞跡 不足音可聞

 夕影(ゆふかげ)に 來鳴(きな)く蜩(ひぐらし) 幾許(ここだく)も 日每(ひごと)に聞(き)けど 飽(あ)かぬ聲(こゑ)かも

 黃昏暮影間 唧唧來鳴寒蟬者 縱然日復日 時時聞泣聽幾許 不曾飽厭其聲也

佚名  2157

「蜩(ひぐらし)」,可見於夏歌與秋歌。

「幾許(ここだく)も」,雖為第四句之修飾,但更繫於末句之聲字。


2158 詠蟋 【三首第一。】

 秋風之 寒吹奈倍 吾屋前之 淺茅之本爾 蟋蟀鳴毛

 秋風(あきかぜ)の 寒(さむ)く吹(ふ)く共(なへ) 我(わ)が宿(やど)の 淺茅(あさぢ)が本(もと)に 蟋蟀鳴(こほろぎな)くも

 其副秋風之 蕭瑟寒拂相與共 吾宿屋前之 淺茅叢生根本處 蟋蟀鳴泣聲不斷

佚名 2158

「蟋」,不止於今日之蟋蟀,亦含鈴蟲、松蟲、螽斯等。

「寒(さむ)く吹(ふ)く共(なへ)」,此云秋風之寒已讓人倍感孤獨,被隨蟲聲更覺蕭瑟。


2159 【承前,三首第二。】

 影草乃 生有屋外之 暮陰爾 鳴蟋蟀者 雖聞不足可聞

 影草(かげくさ)の 生(お)ひたる宿(やど)の 夕影(ゆふかげ)に 鳴(な)く蟋蟀(こほろぎ)は 聞(き)けど飽(あ)かぬかも

 物陰日蔭之 影草所生庭院間 黃昏暮陰時 唧唧鳴泣蟋蟀聲 雖然聞之不飽厭

佚名 2159

「影草(かげくさ)」,生於物蔭之草。

2160 【承前,三首第三。】

 庭草爾 村雨落而 蟋蟀之 鳴音聞者 秋付爾家里

 庭草(にはくさ)に 村雨降(むらさめふ)りて 蟋蟀(こほろぎ)の 鳴(な)く聲聞(こゑき)けば 秋付(あきづ)きにけり

 盎然庭草上 叢雲驟雨零落而 蟋蟀感蕭瑟 唧唧鳴泣聲可聞 俄然實感秋日臨

佚名 2160

「村雨(むらさめ)」,按『日葡辭書』,「激烈而俄然驟降之雨。」

「秋付(あきづ)き」,更添秋意。

2161 詠蝦 【五首第一。】

 三吉野乃 石本不避 鳴川津 諾文鳴來 河乎淨

 御吉野(みよしの)の 岩本去(いはもとさ)らず 鳴蛙(なくかはづ) 宜(うべ)も鳴(な)きけり 川(かは)を清(さや)けみ

 芳野吉野 瀧水處處岩本間 鳴蛙啼不斷 理宜蛙聲響如此 以其川淨河清矣

佚名 2161

「詠蝦」,蝦指蝦蟇。

「御吉野(みよしの)の」,御吉野吉野之美稱,不明吉野川之何處所詠。詠吉野川蛙者,0913、0920在上游吉野離宮一帶,1723在下游六田一帶。

岩本去(いはもとさ)らず」,岩本指巨石之下部,「去(さ)らず」表無一例外、一切。

「宜(うべ)も鳴(な)きけり」,「宜(うべ)」表理當如此。


2162 【承前,五首第二。】

 神名火之 山下動 去水丹 川津鳴成 秋登將云鳥屋

 神奈備(かむなび)の 山下響(やましたとよ)み 行水(ゆくみづ)に 蛙鳴(かはづな)く也(なり) 秋(あき)と言(い)はむとや

 稜威神奈備 聖山麓下所響徹 滔滔行水間 川蛙喧鳴聲不斷 蓋是欲言秋臨矣

佚名 2162

神奈備(かむなび)」,神靈憑坐之山,未詳此云飛鳥神奈備三輪山

「秋(あき)と言(い)はむとや」,蓋云秋日天寒,更戀伊人而鳴。

2163 【承前,五首第三。】

 草枕 客爾物念 吾聞者 夕片設而 鳴川津可聞

 草枕(くさまくら) 旅(たび)に物思(ものおも)ひ 我(あ)が聞(き)けば 夕片設(ゆふかたま)けて 鳴(な)く蛙(かはづ)かも

 草枕在異地 羈旅客鄉浸憂思 吾所耳聞者 誰彼難分夕暮時 喧鳴不斷川蛙聲

佚名 2163

「夕片設(ゆふかたま)けて」,「片設(かたま)け」只準備,將至。

2164 【承前,五首第四。】

 鷂涜見 落當知足 白浪爾 河津鳴奈里 朝夕每

 (せ)を速(はや)み 落激(おちたぎ)ちたる 白波(しらなみ)に 蛙鳴(かはづな)く也(なり) 朝夕每あ(あさよひごと)に

 川鷦棲鄲 奔流落激泵磅礡 白波滔滔間 川津蛙鳴啼喧囂 朝朝夕夕聲不斷

佚名 2164

「落激(おちたぎ)ちたる」,水流急促,飛濺磅礡之狀。


2165 【承前,五首第五。】

 上鷦ぁ河津妻呼 暮去者 衣手寒三 妻將枕跡香

 上(かみつせ)に 蛙妻呼(かはづつまよ)ぶ 夕去(ゆふさ)れば 衣手寒(ころもでさむ)み 妻枕(つままか)むとか

 每逢上鶸屐\邀晋萄瞥縞觧 吾人有所思 蓋是隻身衣手寒 欲與嬌妻相枕哉

佚名 2165

「衣手寒(ころもでさむ)み」,此「衣手」與「衣」同。將川蛙擬人化用法。指隻身孤寢,甚感寂寞

2166 詠鳥 【二首第一。】

 妹手呼 取石池之 浪間從 鳥音異鳴 秋過良之

 妹(いも)が手(て)を 取石池(とろしのいけ)の 波間(なみのま)ゆ 鳥(とり)が音異(ねけ)に鳴(な)く 秋過(あきす)ぎぬらし

 執妹之手兮 和泉國中取石池 自於其波間 鳥聲異鳴聲可聞 蓋是相告秋已盡

佚名 2166

「妹(いも)が手(て)を」,取之枕詞。於茲用以修飾地名取石池」。

「鳥(とり)が音異(ねけ)に鳴(な)く」,「異(け)に鳴(な)く」表鳴聲異於以往。百舌鳥每逢秋至而下至人里,發出尖銳鳴聲。

2167 【承前,二首第二。】

 秋野之 草花我末 鳴百舌鳥 音聞濫香 片聞吾妹

 秋野(あきのの)の 尾花(をばな)が末(うれ)に 鳴(な)く百舌鳥(もず)の 聲聞(こゑき)きけむか 片聞(かたき)け我妹(わぎも)

 蕭瑟秋野間 立諸尾花末穗上 所鳴百舌鳥 其音嘹亮可聞哉 還冀詳聽吾妹

佚名 2167

「尾花(をばな)」,原文「草花」指「萱草之花」。萬葉集多書「萱」為「草」

「聲聞(こゑき)きけむか」,原文「音聞濫香」,或訓「聲聞(こゑき)くらむか」,而元曆校本作「音聞監香」者蓋為古形。

「片聞(かたき)け我妹(わぎも)」,此「片(かた)」指「一昧」。


2168 詠露 【九首第一。】

 冷芽子丹 置白霧 朝朝 珠年曾見流 置白霧

 秋萩(あきはぎ)に 置(お)ける白露(しらつゆ) 朝(あさ)な朝(さ)な 玉(たま)としそ見(み)る 置(お)ける白露(しらつゆ)

 秋萩芽子花 枝葉所置白露者 日日朝朝間 見之晶瑩猶玉珠 枝葉所置白露

佚名 2168

「秋萩(あきはぎ)に」,「秋」之原文「冷」者,乃春暖、秋冷、冬寒之義訓表現

「朝(あさ)な朝(さ)な」,每朝。


2169 【承前,九首第二。】

 暮立之 雨落每【一云,打零者。】 春日野之 尾花之上乃 白霧所念

 夕立(ゆふだち)の 雨降(あめふ)る每(ごと)に【一云(またにいふ)、打降(うちふ)れば。】 春日野(かすがの)の 尾花(をばな)が上(うへ)の 白露思(しらつゆおも)ほゆ

 每逢夕立之 驟雨倏降零落時【一云,驟雨稍降零落者。】 寧樂春日野 尾花末穗梢所置 晶瑩白露更所念

佚名 2169

夕立(ゆふだち)の」,秋日夕暮時,短而激烈之驟雨

「打降(うちふ)れば」,「打(う)ち」有輕輕之意。

類歌3819。小鯛王閑居彈琴之曲。

2170 【承前,九首第三。】

 秋芽子之 枝毛十尾丹 露霜置 寒毛時者 成爾家類可聞

 秋萩(あきはぎ)の 枝(えだ)も撓(とをを)に 露霜置(つゆしもお)き 寒(さむ)くも時(とき)は 成(な)りにけるかも

 秋萩芽子之 枝葉撓曲垂懸盪 露霜紛降置 天寒冷冽時節者 悄悄之間既來矣

佚名 2170

「枝(えだ)も撓(とをを)に」,「撓(とをを)」表因露霜之重量而撓曲之狀。

2171 【承前,九首第四。】

 白露 與秋芽子者 戀亂 別事難 吾情可聞

 白露(しらつゆ)と 秋萩(あきはぎ)とには 戀亂(こひみだ)れ 別事難(わくことかた)き 我(あ)が心(こころ)かも

 白露瑩剔透 秋荻婉約令人憐 吾魂為所牽 高下難捨不得判 我情不知當擇何

佚名 2171

白露(しらつゆ)と 秋萩(あきはぎ)とには 戀亂(こひみだ)れ」,心為白露、荻花雙方所吸引,難分高下。

「別事難(わくことかた)き」,不知該如何取捨。當為荻花拂去白露,或為賞露而忍心見荻花為其所摧。

2172 【承前,九首第五。】

 吾屋戶之 麻花押靡 置露爾 手觸吾妹兒 落卷毛將見

 我(わ)が宿(やど)の 尾花押靡(をばなおしな)べ 置露(おくつゆ)に 手觸(てふ)れ我妹子(わぎもこ) 落(お)ちまくも見(み)む

 吾宿屋戶間 所生尾花押靡而 晶瑩置露矣 吾妹子矣當手觸 欲見其露零落也

佚名 2172

「尾花押靡(をばなおしな)べ」,尾花因露重而垂撓之狀。

「落(お)ちまくも見(み)む」,或訓「散(ち)りまくも見(み)む」,然「散(ち)り」不用於露。


2173 【承前,九首第六。】

 白露乎 取者可消 去來子等 露爾爭而 芽子之遊將為

 白露(しらつゆ)を 取(と)らば消(け)ぬべし 去來子等(いざこども) 露(つゆ)に競(きほ)ひて 萩遊(はぎのあそ)びせむ

 剔透白露矣 以手取之則消散 去來子等矣 何不與其露相競 縱情嬉戲遊萩哉

佚名 2173

「去來子等(いざこども)」,「子等(こども)」乃對複數年輕人之親暱稱呼。

「露(つゆ)に競(きほ)ひて」,不輸於露。古俗以為,露、荻之間,好似男女關係。

「萩遊(はぎのあそ)びせむ」,愛荻者之遊宴。


2174 【承前,九首第七。】

 秋田苅 借廬乎作 吾居者 衣手寒 露置爾家留

 秋田刈(あきたか)る 假廬(かりいほ)を作(つく)り 我(あ)が居(を)れば 衣手寒(ころもでさむ)く 露(つゆ)そ置(お)きにける

 奉為苅秋田 權造假廬設小屋 孤身居此者 衣袖冷冽映心寒 露霜降置更寂侘

佚名 2174

秋田刈(あきたか)る 假廬(かりいほ)」,為秋收而暫時搭建隻田屋。

「衣手寒(ころもでさむ)く」,透過衣袖感受到寒氣。比喻遠離自家,獨居假盧之寂寞心性。

蓋為『後撰和歌集天智天皇御製「秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」之改作。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/100/100_01.htm#001

2175 【承前,九首第八。】

 日來之 秋風寒 芽子之花 令散白露 置爾來下

 此頃(このころ)の 秋風寒(あきかぜさむ)し 萩花(はぎのはな) 散(ち)らす白露(しらつゆ) 置(お)きにけらしも

 比日此頃時 秋風甚凍天氣寒 吾人有所思 想來令散秋荻之 白露已然降置哉

佚名 2175

「置(お)きにけらしも」,「けらし」乃「「けるらし」」之略。類於穗積皇子春日山 黃葉にけらし 我が心痛しhttps://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1513,乃遠方思鄉之作。


2176 【承前,九首第九。】

 秋田苅 苫手搖奈利 白露志 置穗田無跡 告爾來良思【一云,告爾來良思母。】

 秋田刈(あきたか)る 苫手動(とまでうご)くなり 白露(しらつゆ)し 置(お)く穗田無(ほだな)しと 告(つ)げに來(き)ぬらし【一云(またにいふ)、告(つ)げに來(く)らしも。】

 奉為苅秋田 假廬葺莚苫手動 蓋是來相告 秋寒白露欲降置 卻無穗田可結哉【一云,卻無穗田可結矣。】

佚名 2176

秋田刈かる 苫手(とまで)」,「秋田刈かる假盧の苫手」之略。苫手乃敷設屋頂之蓆薦類的下緣。原文「艸店」字乃源自「苫」之造字。

「苫手動(とまでうご)くなり」,「なり」表傳聞推定。此乃隨風搖動之聲。

「置(お)く穗田無(ほだな)しと」,此云秋田之稻穗已被收割,無處結露


2177 詠山

 春者毛要 夏者冀亜々版掘≦戎Ъそ蠍 秋山可聞

 春(はる)は萌(も)え 夏(なつ)は(みどり)に 紅(くれなゐ)の 斑(まだ)らに見(み)ゆる 秋山(あきのやま)かも

 春者色萌黃 夏日翠盎生意 今日見之者 點點斑駁染唐紅 綵色龍田秋山

佚名 2177

「萌(も)え」,此云萌黃。

「(みどり)」,此云淺僉

「紅(くれなゐ)の 斑(まだ)ら」,原文「綵色」者,古本『玉篇』云「鄭玄曰,有采文也。」色彩斑駁之狀。

按『萬葉集』中,もみぢ書黃葉者有八十八例,佔大宗。書紅、赤者各一例。於唐土六朝、先秦時期亦以黃葉為主,鮮見紅葉之曲。

2178 詠黃葉 【卌一第一。】

 妻隱 矢野神山 露霜爾 爾寶比始 散卷惜

 妻隱(つまごも)る 矢野神山(やののかむやま) 露霜(つゆしも)に 匂始(にほひそ)めたり 散(ち)らまく惜(を)しも

 金屋藏嬌兮 籠妻矢野神山者 今逢露霜摧 始染唐紅艷似錦 度其將零甚可惜

柿本人麻呂 2178

「妻隱(つまごも)る」,以用於籠妻「屋(や)」,作為地名矢野(やの)」之枕詞

矢野神山(やののかむやま)」,所在未詳。神山指神所鎮座之山、祭之為神之山。

「匂始(にほひそ)めたり」,「匂(にほ)ふ」表散發朱赤之意。

2179 【承前,卌一第二。】

 朝露爾 染始 秋山爾 鍾禮莫零 在渡金

 朝露(あさつゆ)に 匂始(にほひそ)めたる 秋山(あきやま)に 時雨莫降(しぐれな)ふりそ 在渡(ありわた)るがね

 今逢朝露摧 始染唐紅艷似錦 龍田秋山矣 還冀時雨莫紛降 在其紅葉綵色間

柿本人麻呂 2179

 右二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。

「在渡(ありわた)るがね」,「在渡(ありわた)る」表現在狀態(紅葉)之持續。「がね」乃希求


2180 【承前,卌一第三。】

 九月乃 鍾禮乃雨丹 沾通 春日之山者 色付丹來

 九月(ながつき)の 時雨雨(しぐれのあめ)に 濡通(ぬれとほ)り 春日山(かすがのやま)は 色付(いろづ)きにけり

 身逢九月秋 長月時雨雨所零 漬濡濕漉漉 青丹寧樂春日山 斑斑添色染唐紅

佚名 2180

「濡通(ぬれとほ)り」,將春日山擬人之表現

2181 【承前,卌一第四。】

 鴈鳴之 寒朝開之 露有之 春日山乎 令黃物者

 雁(かり)が音(ね)の 寒朝明(さむきあさけ)の 露(つゆ)ならし 春日山(かすがのやま)を 匂(にほ)はす物(もの)は

 蓋是雁鳴之 泣聲冷冽晨曦時 朝明露霜哉 所令寧樂春日山 添色黃變絢麗者

佚名 2181

「匂(にほ)はす物(もの)は」,染上赤色。原文「令黃」者,舊訓「黃變(もみ)たす」,『後撰集』秋下377亦有「雁なきて 寒き朝の 露ならし 竜田の山を もみたす物は」之曲。https://blog.goo.ne.jp/taketorinooyaji/e/01e48eded1c7ae12f13343e86ce46ce2此則依元曆校本作「匂(にほ)はす物(もの)は」。

2182 【承前,卌一第五。】

 比日之 曉露丹 吾屋前之 芽子乃下葉者 色付爾家里

 此頃(このころ)の 曉露(あかときつゆ)に 我(わ)が宿(やど)の 萩下葉(はぎのしたば)は 色付(いろづ)きにけり

 比日近頃時 拂曉露玉置葉間 吾宿屋前之 秋萩下葉受露催 已然黃變添新色

佚名 2182

「曉露(あかときつゆ)に」,夜中天未明時所結置之露。

「萩下葉(はぎのしたば)は」,下葉乃被遮掩、人目所不見之葉。萩葉往往自下葉之周緣開始轉黃。

類歌2213

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2018-01-28-日

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万葉集試訳

2108 【承前,卅四十五。】

 秋風者 急急吹來 芽子花 落卷惜三 競立見

 秋風(あきかぜ)は 疾疾(とくと)く吹來(ふきこ) 萩花(はぎのはな) 散(ち)らまく惜(を)しみ 競立(きほひた)たむ見(み)む

 蕭瑟秋風者 疾疾吹來寒凍骨 秋萩芽子花 蓋是惜己將零落 與風相競今可見

佚名 2108

「疾疾(とくと)く吹來(ふきこ)」,「疾(と)く」為現在立刻。「來(こ)」為命令形

「競(きほ)ひ」乃與之相爭。荻花不欲為秋風吹散而與其相抗之狀。


2109 【承前,卅四十六。】

 我屋前之 芽子之若末長 秋風之 吹南時爾 將開跡思手

 我(わ)が宿(やど)の 萩末長(はぎのうれなが)し 秋風(あきかぜ)の 吹(ふ)きなむ時(とき)に 咲(さ)かむと思(おも)ひて

 吾宿屋前之 秋萩芽子梢末長 當於秋風之 蕭瑟吹拂時節間 隨之將咲所念矣

佚名 2109

「萩末長(はぎのうれなが)し」,末表枝葉之先端。

「吹(ふ)きなむ時(とき)に」,「...む時に」、「...む日は」乃假定條件語。

2110 【承前,卅四十七。】

 人皆者 芽子乎秋云 縱吾等者 乎花之末乎 秋跡者將言

 人皆(ひとみな)は 萩(はぎ)を秋(あき)と言(い)ふ 縱我(よしわれ)は 尾花(をばな)が末(うれ)を 秋(あき)とは言(い)はむ

 天下世間人 皆云以萩為秋矣 人言如此者 吾則當訴猶斯爾 尾花末穗方為秋

佚名 2110

「萩(はぎ)を秋(あき)と言(い)ふ」,人稱荻花乃代表秋天之景物。

「縱(よし)」,放任、許容之表現。呈現不輕易與世間一般嗜好苟同者之雅量。

2111 【承前,卅四十八。】

 玉梓 公之使乃 手折來有 此秋芽子者 雖見不飽鹿裳

 玉梓(たまづさ)の 君(きみ)が使(つかひ)の 手折來(たをりけ)る 此秋萩(このあきはぎ)は 見(み)れど飽(あ)かぬかも

 玉梓華杖兮 君之使人所手折 持來為信物 吾翫此秋芽子者 雖見百遍不飽厭

佚名 2111

「玉梓(たまづさ)の」,「使(つかひ)」之枕詞


2112 【承前,卅四十九。】

 吾屋前爾 開有秋芽子 常有者 我待人爾 令見猿物乎

 我(わ)が宿(やど)に 咲(さ)ける秋萩(あきはぎ) 常(つね)ならば 我(わ)が待(ま)つ人(ひと)に 見(み)せ益物(ましもの)を

 吾宿屋前間 所咲秋萩芽子花 若有為常者 願能令吾所待人 相與翫之共為賞

佚名 2112

「常(つね)ならば」,常表永久不變者。反事實假想句。


2113 【承前,卅四二十。】

 手寸十名相 殖之名知久 出見者 屋前之早芽子 咲爾家類香聞

 手寸十名相(未詳) 植(う)ゑしく著(しる)く 出見(いでみ)れば 宿初萩(やどのはつはぎ) 咲(さ)きにけるかも

 辛勞插其枝(たきそなへ) 獻身所植有效驗 出戶望見者 吾宿屋前初秋萩 於茲始咲綻一面

佚名 2113

「手寸十名相」,難訓。有「手もすまに」、「たきそなへ」、「たきそなひ」等說,皆有所虞。


2114 【承前,卅四廿一。】

 吾屋外爾 殖生有 秋芽子乎 誰標刺 吾爾不所知

 我(わ)が宿(やど)に 植生(うゑお)ほしたる 秋萩(あきはぎ)を 誰(たれ)か標刺(しめさ)す 我(われ)に知(し)らえず

 吾宿庭院內 所以植生秋萩矣 蓋是為誰人 標刺佔作己有哉 在我所不知之間

佚名 2114

「植生(うゑお)ほしたる」,「生(お)ほす」乃他動詞

「標刺(しめさ)す」,以杭、繩圈起,表示佔有之記號。用作獨佔女性之比喻。

以掌上明珠比作秋萩之取。



2115 【承前,卅四廿二。】

 手取者 袖并丹覆 美人部師 此白露爾 散卷惜

 手(て)に取(と)れば 袖(そで)さへ匂(にほ)ふ 女郎花(をみなへし) 此白露(このしらつゆ)に 散(ち)らまく惜(を)しも

 以手取之者 衣袖蓋為所渲染 窈窕女郎花 若遭白露摧無情 轉俄零落甚可惜

佚名 2115

「匂(にほ)ふ」,為花之顏色所沾染。

2116 【承前,卅四廿三。】

 白露爾 荒爭金手 咲芽子 散惜兼 雨莫零根

 白露(しらつゆ)に 爭兼(あらそひか)ねて 咲(さ)ける萩(はぎ) 散(ち)らば惜(を)しけむ 雨莫降(あめなふ)りそね

 秋荻手弱女 難與白露爭相抗 所咲芽子花 轉俄零落甚可惜 還願天雨莫甚零

佚名 2116

「爭兼(あらそひか)ねて」,「爭(あらそ)ふ」乃抵抗之意。秋荻難抗白露之熱意而開放,隨即凋零。

以露與荻比喻男女關係。


2117 【承前,卅四廿四。】

 娍嬬等爾 行相乃速稻乎 苅時 成來下 芽子花咲

 娘女等(をとめら)に 行逢早稻(ゆきあひのわせ)を 刈(か)る時(とき)に 成(な)りにけらしも 萩花咲(はぎのはなさ)く

 娍嬬娘子兮 行逢交錯季節改 早稻熟稔之 將苅時節既臨哉 萩花齊咲報知

佚名 2117

「娘女等(をとめら)に」,「行逢(ゆきあ)ひ」之枕詞

「行逢早稻(ゆきあひのわせ)を」,「行逢」指季節交替。「早稻」乃早生種之稻穗。

2118 【承前,卅四廿五。】

 朝霧之 棚引小野之 芽子花 今哉散濫 未猒爾

 朝霧(あさぎり)の 棚引(たなび)く小野(をの)の 萩花(はぎのはな) 今(いま)か散(ち)るらむ 未(いま)だ飽(あ)か無(な)くに

 朝霧湧霏霺 棚引不去小野之 秋荻芽子花 今蓋將散時節歟 吾人意猶雖未盡

佚名 2118

小野(をの)」,與大野相對,經開拓有人居住原野。野指無法耕作水耕田之丘陵地而言。

2119 【承前,卅四廿六。】

 戀之久者 形見爾為與登 吾背子我 殖之秋芽子 花咲爾家里

 戀(こひ)しくは 形見(かたみ)にせよと 我(わ)が背子(せこ)が 植(う)ゑし秋萩(あきはぎ) 花咲(はなさ)きにけり

 戀慕情深者 視為信物以思人 親親吾兄子 所植秋萩芽子花 於今始咲展妍顏

佚名 2119

形見(かたみ)」,用以睹物思人之物品。


2120 【承前,卅四廿七。】

 秋芽子 戀不盡跡 雖念 思惠也安多良思 又將相八方

 秋萩(あきはぎ)に 戀盡(こひつく)さじと 思(おも)へども しゑや惜(あたら)し 亦(また)も逢(あ)はめやも

 吾人有所思 不為秋荻盡戀慕 雖然有此念 然度花落甚可惜 將來豈有再逢時

佚名 2120

「秋萩(あきはぎ)に 戀盡(こひつく)さじと」,不令自己愛之過切。「戀盡(こひつく)す」指愛到猶如心神遭奪。

「しゑや惜(あたら)し」,「しゑや」表不顧後果、自棄之狀。「惜(あたら)し」乃對物事消失、衰滅感到惋惜。此云惋惜荻花之盛開將終。

「亦(また)も逢(あ)はめやも」,將荻花擬人化,表示別之後再會無期之危俱。


2121 【承前,卅四廿八。】

 秋風者 日異吹奴 高圓之 野邊之秋芽子 散卷惜裳

 秋風(あきかぜ)は 日(ひ)に異(け)に吹(ふ)きぬ 高圓(たかまと)の 野邊秋萩(のへのあきはぎ) 散(ち)らまく惜(を)しも

 蕭瑟秋風吹 凜冽刺骨與日瓠’樂高圓山 野邊秋荻芽子花 因而零落甚可惜

佚名 2121

「日(ひ)に異(け)に」,與日俱瓠「異(け)」表格別。


2122 【承前,卅四廿九。】

 大夫之 心者無而 秋芽子之 戀耳八方 奈積而有南

 大夫(ますらを)の 心(こころ)は無(な)しに 秋萩(あきはぎ)の 戀(こひ)のみにやも 滯(なづ)みてありなむ

 愧稱大丈夫 神魂顛倒失堅毅 秋荻花甚美 愛翫戀慕不能止 魂牽夢縈常繫心

佚名 2122

大夫(ますらを)の」,自嘲心神為荻花所奪,愧稱大丈夫

「秋萩(あきはぎ)の 戀(こひ)」,對秋萩之執著。

「滯(なづ)みてありなむ」,「滯(なづ)み」於此表拘泥之意。


2123 【承前,卅四三十。】

 吾待之 秋者來奴 雖然 芽子之花曾毛 未開家類

 我(あ)が待(ま)ちし 秋(あき)は來(きた)りぬ 然(しか)れども 萩花(はぎのはな)そも 未咲(いまださ)かずける

 吾人所引領 長相待之秋既來 然雖如此者 無奈秋荻芽子花 仍舊含苞未咲矣

佚名 2123

「未咲(いまださ)かずける」,否定助動詞「ず」與回想助動詞「ける」之組合型。

2124 【承前,卅四卅一。】

 欲見 吾待戀之 秋芽子者 枝毛思美三荷 花開二家里

 見(み)まく欲(ほ)り 我(あ)が待戀(まちこ)ひし 秋萩(あきはぎ)は 枝(えだ)も茂(しみ)みに 花咲(はなさ)きにけり

 朝思復暮想 迫不及待欲相見 魂牽夢縈之 姸哉秋荻芽子花 枝葉繁茂花盛咲

佚名 2124

「枝(えだ)も茂茂(しみみ)に」,「茂茂(しみみ)」乃「茂(し)み」之疊語型。先覺注:「和語の並ひ重點を云ふには次の度は上の字を略する一つの並ひ也。」


2125 【承前,卅四卅二。】

 春日野之 芽子落者 朝東 風爾副而 此間爾落來根

 春日野(かすがの)の 萩(はぎ)は散(ち)りなば 朝東風(あさごち)の 風(かぜ)に伴(たぐ)ひて 此間(ここ)に散來(ちりこ)ね

 寧樂春日野 野間萩花零落者 蓋隨伴東風 隨風飄蕩乘氣旋 散來此間落芬芳

佚名 2125

「朝東風(あさごち)の」,「東風(ごち)」乃自東方吹來之風。按五行思想,東與春相應,故中古以降多用於春歌

「風(かぜ)に伴(たぐ)ひて」,「伴(たぐ)ひ」乃伴隨、副從之意。

「散來(ちりこ)ね」,「ね」於此表希求

2126 【承前,卅四卅三。】

 秋芽子者 於鴈不相常 言有者香【一云,言有可聞。】 音乎聞而者 花爾散去流

 秋萩(あきはぎ)は 雁(かり)に逢(あ)はじと 言(い)へればか【一云(またにいふ)、言(い)へれかも。】 聲(こゑ)を聞(き)きては 花(はな)に散(ち)りぬる

 秋萩芽子花 揚言不欲與鴈逢 蓋以言此者【一云,蓋以其言故。】 風聞秋雁鳴啼聲 倏然凋零散去矣

佚名 2126

「雁(かり)に逢(あ)はじと」,俗以雁於彼岸秋分前後一周)時來,彼岸時去。秋荻之花期亦在此頃。

「言(い)へれば」,疑問條件語。「言(い)へれかも」之制約較少。

「花(はな)に散(ち)りぬる」,此花指一時繁盛而隨即消逝之物。



2127 【承前,卅四卅四。】

 秋去者 妹令視跡 殖之芽子 露霜負而 散來毳

 秋去(あきさ)らば 妹(いも)に見(み)せむと 植(う)ゑし萩(はぎ) 露霜負(つゆしもお)ひて 散(ち)りにけるかも

 欲於秋日時 令吾妹妻所翫而 手植秋萩者 負於露霜遭寒摧 倏然凋零散盡矣

佚名 2127

「露霜(つゆしも)」,露之雅語。


2128 詠鴈 【三首第一。】

 秋風爾 山跡部越 鴈鳴者 射矢遠放 雲隱筒

 秋風(あきかぜ)に 大和(やまと)へ越(こ)ゆる 雁(かり)が音(ね)は 彌遠放(いやとほざか)る 雲隱(くもがく)りつつ

 副乘於秋風 越過虛空見大和 鳴雁啼之音 漸行漸離彌遠放 隱於雲間不知去

佚名 2128

大和(やまと)へ越(こ)ゆる」,蓋於旅中所作。0954乃作於難波,2136為類歌。


2129 【承前,三首第二。】

 明闇之 朝霧隱 鳴而去 鴈者言戀 於妹告社

 明闇(あけぐれ)の 朝霧隱(あさぎりごも)り 鳴(な)きて行(ゆ)く 雁(かり)は我(あ)が戀(こ)ひ 妹(いも)に告(つ)げこそ

 拂曉黯闇間 隱於朝霧雲霞後 啼鳴而去之 翱翔由虛空飛雁者 請告吾戀與伊人

佚名 2129

「明闇(あけぐれ)の」,黎明之際天仍尚闇之時分。

「雁(かり)は我(あ)が戀(こ)ひ 妹(いも)に告(つ)げこそ」,將飛雁比作使者者,始於前漢忠臣蘇武之雁信故事。原文「言」字乃「我」之意。按『爾雅』釋詁:「吾、予、朕、身、余、言,我也。」


2130 【承前,三首第三。】

 吾屋戶爾 鳴之鴈哭 雲上爾 今夜喧成 國方可聞遊群

 我(わ)が宿(やど)に 鳴(な)きし雁(かり)が音(ね) 雲上(くものうへ)に 今夜鳴(こよひな)くなり 國(くに)へかも行ゆく

 昔日吾宿間 豎耳傾聽鳴雁音 九重天雲上 今夜喧啼聲可聞 蓋是歸去故鄉哉

佚名 2130

「我(わ)が宿(やど)に 鳴(な)きし雁(かり)が音(ね)」,昔日於自宅所聽聞之雁聲。

「國(くに)へかも行ゆく」,「國(くに)」指作者之故鄉。或云飛雁故鄉之北國。

2131 遊群 【承前,十首第一。】

 左小壯鹿之 妻問時爾 月乎吉三 切木四之泣所聞 今時來等霜

 佐雄鹿(さをしか)の 妻問(つまど)ふ時(とき)に 月(つき)を良(よ)み 雁(かり)が音聞(ねき)こゆ 今(いま)し來(く)らしも

 時逢小壯鹿 問妻求婚之際矣 月色美且秀 飛雁鳴音聲可聞 蓋是飛來在此頃

佚名 2131

「月(つき)を良(よ)み」,此云飛雁賞翫美月而飛過。

「雁(かり)が音聞(ねき)こゆ」,原文「切木四」乃指賭博「柶戲」中以四片木片代替骰子,稱為「かり」之借訓。


2132 【承前,十首第二。】

 天雲之 外鴈鳴 從聞之 薄垂霜零 寒此夜者【一云,彌益益爾,戀許曾痿瓠】

 天雲(あまくも)の 外(よそ)に雁(かり)が音(ね) 聞(き)きしより 薄垂霜降(はだれしもふ)り 寒(さむ)し此夜(このよ)は【一云(またにいふ)、彌(いやますます)に、戀(こひ)こそ(ま)され。】

 遙遙久方兮 天雲之外雁聲鳴 自從聞彼聲 薄垂霜零置斑駁 格別甚寒此夜矣【一云,與寒俱疱襲弃廖へ慕之情更切焉。】

佚名 2132

「薄垂霜降(はだれしもふ)り」,「薄垂霜」指薄薄的一層霜。

「戀(こひ)こそ(ま)され」,聽聞鳥鹿鳴聲而倍感相思者,見於1419、1475。雁者較為少見。原文末尾「焉」字乃強意助詞,2145亦與こそ連用。


2133 【承前,十首第三。】

 秋田 吾苅婆可能 過去者 鴈之喧所聞 冬方設而

 秋田(あきのた)の 我(わ)が刈量(かりばか)の 過(す)ぎぬれば 雁(かり)が音聞(ねき)こゆ 冬(ふゆ)か片設(かたま)けて

 瑞穗秋田間 吾所生業苅稻之 其分既遂者 鴈之喧音聲可聞 以其寒冬將近矣

佚名 2133

「刈量(かりばか)」,共同收割之際,個人所分擔之區域、分量。「量(はか)」來自「計り、量り」。

「過(す)ぎぬれば」,「過(す)ぐ」表結束、完成之意。


2134 【承前,十首第四。】

 葦邊在 荻之葉左夜藝 秋風之 吹來苗丹 鴈鳴渡【一云,秋風爾,鴈音所聞,今四來霜。】

 葦邊(あしへ)なる 荻葉清(をぎのはさや)ぎ 秋風(あきかぜ)の 吹來(ふきく)る共(なへ)に 雁鳴渡(かりなきわた)る【一云(またにいふ)、秋風(あきかぜ)に、雁(かり)が音聞(ねき)こゆ、今(いま)し來(く)らしも。】

 葦邊所叢生 荻葉聲騷響清清 蕭瑟秋風之 吹來與共隨並進 飛雁鳴渡劃大虛【一云,蕭瑟秋風間,飛鴈鳴泣音可聞,蓋是今之方來哉。】

佚名 2134

「荻葉清(をぎのはさや)ぎ」,「荻(をぎ)」乃生於低層濕原,高達二尺之稻科二年草,形似蘆葦。花穗類於芒草。「清(さや)ぎ」乃枝葉受風吹拂發出聲音之狀。

「吹來(ふきく)る共(なへ)に」,「共(なへ)」表隨之、與共。


2135 【承前,十首第五。】

 押照 難波穿江之 葦邊者 鴈宿有疑 霜乃零爾

 押照(おして)る 難波堀江(なにはほりえ)の 葦邊(あしへ)には 雁寢(かりね)たる哉(かも) 霜降(しものふ)らくに

 日光押照矣 澪標難波堀江之 川畔葦邊者 可有雁宿寢之哉 分明霜降零斑駁

佚名 2135

「押照(おして)る」,難波枕詞

難波堀江(なにはほりえ)」,或單云堀江,今天滿川。仁紀十一年「 冬十月,掘宮北之郊原,引南水以入西海。因以號其水曰堀江。又將防北河之澇,以築茨田堤。」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/syoki/syoki11.htm#sk11_04

「雁寢(かりね)たる哉(かも)」,原文「疑」字乃意訓。

霜降(しものふ)らくに」,倒置而與第四句逆接。

2136 【承前,十首第六。】

 秋風爾 山飛越 鴈鳴之 聲遠離 雲隱良思

 秋風(あきかぜ)に 山飛越(やまとびこ)ゆる 雁(かり)が音(ね)の 聲遠離(こゑとほざか)る 雲隱(くもがく)るらし

 副乘於秋風 飛越群山度峻嶺 鳴雁啼之音 其聲遠離更千里外 隱於雲間不知去

佚名 2136

「秋風(あきかぜ)に 山飛越(やまとびこ)ゆる」,與2128「秋風に 大和へ越ゆる 雁が音は 彌遠放る 雲隱りつつ」為類歌。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#2128

2137 【承前,十首第七。】

 朝爾徃 鴈之鳴音者 如吾 物念可毛 聲之悲

 朝(つと)に行(ゆ)く 雁鳴(かりのな)く音(ね)は 我(あ)が如(ごと)く 物思(ものおも)へ哉(かも) 聲悲(こゑのかな)しき

 朝晨飛去之 斷雁孤鴻鳴音者 蓋猶吾人之 沉於物憂哀思哉 其聲悲切慘戚戚

佚名 2137

「朝(つと)に行(ゆ)く」,原文「朝爾徃」,舊訓與古寫本多作「朝(つと)に行(ゆ)く」。表示時間之詞,多半不以「に」相接,「朝(あさ)に」之例更為少見。故此遵古訓作「朝(つと)に行(ゆ)く」。或有「あさにけに」之說,仍俟後考。

「物思(ものおも)へ哉(かも)」,疑問條件語。


2138 【承前,十首第八。】

 多頭我鳴乃 今朝鳴奈倍爾 鴈鳴者 何處指香 雲隱良武

 鶴(たづ)が音(ね)の 今朝鳴(けさな)く共(なへ)に 雁(かり)が音(ね)は 何處指(いづくさ)してか 雲隱(くもがく)るらむ

 副於在今朝 鶴音啼泣來鳴而 同時鴈鳴者 當是指於何處向 雲隱千里不知去

佚名 2138

「鶴(たづ)が音(ね)」,鶴鳴,此代指鶴本身。其後「雁(かり)が音(ね)」亦效此。

「今朝鳴(けさな)く共(なへ)に」,「共(なへ)」於此乃逆接用法。飛來日本之鶴乃鍋鶴,時期較雁晚一個月左右。

2139 【承前,十首第九。】

 野干玉之 夜渡鴈者 欝 幾夜乎歷而鹿 己名乎告

 烏玉(ぬばたま)の 夜渡(よわた)る雁(かり)は 欝(おほほ)しく 幾夜(いくよ)を經(へ)てか 己(おの)が名(な)を告(の)る

 漆遽╋妄臓^婆覬枦枠雁者 其聲鳴欝欝 當經幾夜歷幾宵 延延相告己名哉

佚名 2139

「欝(おほほ)しく」,此云雁聲不明確。

「己(おの)が名(な)を告(の)る」,日文「雁(かり)」取自其鳴聲,故聞雁鳴猶聞其連呼己名。

2140 【承前,十首第十。】

 璞 年之經徃者 阿跡念登 夜渡吾乎 問人哉誰

 新(あらた)まの 年經往(としのへゆ)けば 率(あども)ふと 夜渡(よわた)る我(われ)を 問(と)ふ人(ひと)や誰(たれ)

 日新復月異 歲更年之經徃者 對於率眾而 夜渡大虛吾雁身 所問人哉是誰也

佚名 2140

「年經往(としのへゆ)けば」,雁哪乃於晚秋飛來,春日歸兮北國之侯鳥,於日本過年,故云此。

「率(あども)ふと」,率乃引率,帶頭之雁發聲率群之狀。


2141 詠鹿鳴 【十六第一。】

 比日之 秋朝開爾 霧隱 妻呼雄鹿之 音之亮左

 此頃(このころ)の 秋朝明(あきのあさけ)に 霧隱(きりごも)り 妻呼(つまよ)ぶ鹿(しか)の 聲清(こゑのさや)けさ

 比日近頃之 秋夜將過朝明時 隱於迷霧間 雄鹿呼妻聲嘹亮 鳴音響徹不曾絕

佚名 2141

「聲清(こゑのさや)けさ」,「清(さや)けさ」原文「亮」,『新撰字鏡』「亮,朗也。」


2142 【承前,十六第二。】

 左男壯鹿之 妻整登 鳴音之 將至極 靡芽子原

 佐雄鹿(さをしか)の 妻呼集(つまととの)ふと 鳴聲(なくこゑ)の 至(いた)らむ極(きは)み 靡(なび)け萩原(はぎはら)

 小壯雄鹿之 將欲呼集其妻而 所啼鳴聲之 鳴亮遼遠將至極 所靡草偃此荻原

佚名 2142

「妻呼集(つまととの)ふと」,「呼集(ととの)ふ」乃統整大群動作之統御之意。母鹿受雄鹿鳴聲牽引,圍繞聚集之習性

「至(いた)らむ極(きは)み」,鳴聲將屆之極境。

「靡(なび)け萩原(はぎはら)」,願萩原草偃,以利雄鹿鳴聲遠播。


2143 【承前,十六第三。】

 於君戀 裏觸居者 敷野之 秋芽子凌 左小壯鹿鳴裳

 君(きみ)に戀(こ)ひ 衷觸居(うらぶれを)れば 敷野(しきのの)の 秋萩凌(あきはぎしの)ぎ 佐雄鹿鳴(さをしかな)くも

 相思慕伊人 不覺衷心悲懷時 磯城敷野之 靡闢秋萩凌芽子 牡鹿悲啼聲可聞

佚名 2143

「衷觸居(うらぶれを)れば」,「衷居(うらぶ)れ」乃失去氣力之狀。

「敷野(しきのの)」,所在未詳。或為大和磯城

「佐雄鹿鳴(さをしかな)くも」,以鳥獸鳴啼比做人類悲泣。鹿亦因苦無配偶而覓求之狀與『古今和歌集』216「秋荻に 物思れをれば 足引の 山下と詠み 鹿の鳴くらむ」相類。


2144 【承前,十六第四。】

 鴈來 芽子者散跡 左小壯鹿之 鳴成音毛 裏觸丹來

 雁(かり)は來(き)ぬ 萩(はぎ)は散(ち)りぬと 佐雄鹿(さをしか)の 鳴(な)くなる聲(こゑ)も 衷觸(うらぶ)れにけり

 鴈來秋已晚 荻花既散華凋零 呼妻小壯鹿 鳴聲悽悽慘戚戚 聞之衷心更悲哀

佚名 2144

「鳴(な)くなる聲(こゑ)も」,此「鳴(な)く」有哀傷悲鳴之意。「なり」乃傳聞推定助動詞

2145 【承前,十六第五。】

 秋芽子之 戀裳不盡者 左壯鹿之 聲伊續伊繼 戀許甕恠

 秋萩(あきはぎ)の 戀(こひ)も盡(つ)きねば 佐雄鹿(さをしか)の 聲(こゑ)い繼(つ)ぎい繼(つ)ぎ 戀(こひ)こそ(ま)され

 胸懷對秋荻 戀慕未解心仍懸 呼妻小壯鹿 淒切啼鳴聲耳聞 相思之情情更催

佚名 2145

「秋萩(あきはぎ)の 戀(こひ)も盡(つ)きねば」,ねば表「尚未...之時。」

「聲(こゑ)い繼(つ)ぎい繼(つ)ぎ」,「い」為接頭語。

「戀(こひ)こそ(ま)され」,「戀(こひ)」表對人之相思之情。


2146 【承前,十六第六。】

 山近 家哉可居 左小壯鹿乃 音乎聞乍 宿不勝鴨

 山近(やまちか)く 家(いへ)や居(を)るべき 佐雄鹿(さをしか)の 聲(こゑ)を聞(き)きつつ 寐難(いねかて)ぬかも

 後悔不當初 興室豈可近山哉 嗚呼小壯鹿 呼妻啼聲悽悽作 聞之輾轉更難眠

佚名 2146

「家(いへ)や居(を)るべき」,不該構居於茲。「べき」於此違反語。

「寐難(いねかて)ぬかも」,此云聽聞雄鹿戀妻之鳴,更陷相思之愁,遂難以入眠。


2147 【承前,十六第七。】

 山邊爾 射去薩雄者 雖大有 山爾文野爾文 紗少壯鹿鳴母

 山邊(やまのへ)に い行(ゆ)く獵夫(さつを)は 多(おほ)かれど 山(やま)にも野(の)にも 佐雄鹿鳴(さをしかな)くも

 吾人有所思 行去山邊獵夫者 其數雖多矣 然而無論山野間 小壯鹿鳴迴盪樣

佚名 2147

「い行(ゆ)く獵夫(さつを)は」,「い」為接頭語,「獵夫(さつを)」之「さつ=幸」乃獵具、獵果之意。

「佐雄鹿鳴(さをしかな)くも」,與1446「妻戀ひに 己が當りを 人に知れつつ」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1446 相類,悲憫雄鹿輕率發聲之曲。


2148 【承前,十六第八。】

 足日木笶 山從來世波 左小壯鹿之 妻呼音 聞益物乎

 足引(あしひき)の 山(やま)より來(き)せば 佐雄鹿(さをしか)の 妻呼(つまよ)ぶ聲(こゑ)を 聞(き)か益物(ましもの)を

 足曳勢險峻 若循山道越來者 嗚呼小壯鹿 殷殷切切喚妻聲 回想林間當可聞

佚名 2148

「足引(あしひき)の」,原文「笶」與「箟」同,用以造矢之竹,自古稱之為「の」。

「山(やま)より來(き)せば」,「より」表經由點。「せば」乃反事實假定。蓋聞經山路而來之友人論及聽聞鹿鳴,而後悔自己亦經山路而來當可聽之。

2149 【承前,十六第九。】

 山邊庭 薩雄乃禰良比 恐跡 小壯鹿鳴成 妻之眼乎欲焉

 山邊(やまへ)には 獵夫狙(さつをのねら)ひ 畏(かし)こけど 雄鹿鳴(をしかな)くなり 妻(つま)が目(め)を欲(ほ)り

 雖然在山邊 獵夫狩人狙可畏 然而小壯鹿 喚妻鳴聲啼不斷 欲拜妻眉情深切

佚名 2149

「獵夫狙(さつをのねら)ひ」,獵人埋伏將射之狀。

「妻(つま)が目(め)を欲(ほ)り」,因為欲與伊人相逢而不顧身命。

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2018-01-24-水

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万葉集試訳

2099 【承前,卅四第六。】

 白露乃 置卷惜 秋芽子乎 折耳折而 置哉枯

 白露(しらつゆ)の 置(お)かまく惜(を)しみ 秋萩(あきはぎ)を 折(を)りのみ折(を)りて 置(お)きや枯(か)らさむ

 吾謂秋荻之 遭白露置甚可惜 故不欲為凍 手折其枝欲珍藏 無奈置之仍枯萎

佚名 2099

白露(しらつゆ)の 置(お)かまく惜(を)しみ」,「白露置き散らまく惜しみ」之轉。

「折(を)りのみ折(を)りて」,趁能折枝時予以折之。

「置(お)きや枯(か)らさむ」,此「置く」表至於身邊觀翫。愛惜秋荻而折枝,無奈其仍舊枯萎,後悔所行之曲。



2100 【承前,卅四第七。】

 秋田苅 借廬之宿 丹穗經及 咲有秋芽子 雖見不飽香聞

 秋田刈(あきたか)る 假廬宿(かりいほのやど)り 匂(にほ)ふ迄(まで) 咲(さ)ける秋萩(あきはぎ) 見(み)れど飽(あ)かぬかも

 奉為苅秋田 權設假廬小宿之 為其所映照 咲有秋萩芽子花 百見不厭更欲翫

佚名 2100

秋田刈(あきたか)る 假廬宿(かりいほのやど)り」,或云田屋。為秋收而於農田附近權設之小屋

「匂(にほ)ふ迄(まで)」,「匂(にほ)ふ」指受周邊顏色映照,而視如色赤。

2101 【承前,卅四第八。】

 吾衣 揩有者不在 高松之 野邊行之者 芽子之揩類曾

 我(あ)が衣(ころも) 摺(す)れるには非(あら)ず 高松(たかまつ)の 野邊行(のへゆ)きしかば 萩(はぎ)の摺(す)れるそ

 吾所著布衫 非令摺染著華彩 乃為出戶時 行至高松野邊間 秋萩芽子添其色

佚名 2101

「摺(す)れるには非(あら)ず」,此云衣色乃受荻花沾染,並非自身染色。

「萩(はぎ)の摺(す)れるそ」,實際上荻花並不適於染料,此蓋比喻荻花繁開之盛。


2102 【承前,卅四第九。】

 此暮 秋風吹奴 白露爾 荒爭芽子之 明日將咲見

 此夕(このゆふへ) 秋風吹(あきかぜふ)きぬ 白露(しらつゆ)に 爭(あらそ)ふ萩(はぎ)の 明日咲(あすさ)かむ見(み)む

 自於此夕暮 蕭瑟秋風既始吹 顧思與白露 所爭相抗秋荻之 明日將咲蓋可見

佚名 2102

白露(しらつゆ)に 爭(あらそ)ふ萩(はぎ)の」,「爭(あらそ)ふ」表抵抗。原文「荒爭」之「荒」除了表「あら」之音,亦含有表意之效果。



2103 【承前,卅四第十。】

 秋風 冷成奴 馬並而 去來於野行奈 芽子花見

 秋風(あきかぜ)は 涼(すず)しく成(な)りぬ 馬並(うまな)めて 去來野(いざの)に行(ゆ)かな 萩花見(はぎのはなみ)に

 君不見秋風 已然蕭瑟沁骨寒 列馬並出行 來去深邃原野間 以賞秋萩芽子花

佚名 2103

「馬並(うまな)めて」,馬列對並行。

「去來野(いざの)に行(ゆ)か」,此也蓋指高圓野。


2104 【承前,卅四十一。】

 朝果 朝露負 咲雖云 暮陰社 咲益家禮

 朝顏(あさがほ)は 朝露(あさつゆお)ひて 咲(さ)くと云(い)へど 夕影(ゆふかげ)にこそ 咲(さきまさ)りけり

 人云朝顏者 浴於朝露遂展顏 何以於日暮 黃昏夕影誰彼時 殊更盛開復添咲

佚名 2104

「朝顏(あさがほ)は」,蓋指牽牛花。

「夕影(ゆふかげ)」,夕暮之日照。

「咲(さきまさ)りけり」,「瓠彁戈畤福∇ソ蓮

2105 【承前,卅四十二。】

 春去者 霞隱 不所見有師 秋芽子咲 折而將插頭

 春去(はるさ)れば 霞隱(かすみがく)りて 見(み)えずありし 秋萩咲(あきはぎさ)きぬ 折(を)りて髻首(かざ)さむ

 每逢春日臨 隱於煙霞雲霧後 匿姿不復見 秋萩芽子今始咲 欲折其枝以髻首

佚名 2105

「秋萩咲(あきはぎさ)きぬ」,「咲(さ)きぬ」表事態之發生。已然型。

2106 【承前,卅四十三。】

 沙額田乃 野邊乃秋芽子 時有者 今盛有 折而將插頭

 沙額田(さぬかた)の 野邊秋萩(のへのあきはぎ) 時成(ときな)れば 今盛(いまさか)り也(なり) 折(を)りて髻首(かざ)さむ

 平群額田之 野邊秋萩芽子花 今為彼旬時 故以滿開盛咲矣 吾折其枝將髻首

佚名 2106

「沙額田(さぬかた)の」,平群額田鄉一帶,「さ」乃接頭語。


2107 【承前,卅四十四。】

 事更爾 衣者不揩 佳人部為 咲野之芽子爾 丹穗日而將居

 殊更(ことさら)に 衣(ころも)は摺(す)らじ 女郎花(をみなへし) 佐紀野萩(さきののはぎ)に 匂(にほ)ひて居(を)らむ

 吾人之所著 衣者無須令摺染 女郎花所咲 佐紀野間秋荻盛 其色自然沁此衫

佚名 2107

「衣(ころも)は摺(す)らじ」,「摺(す)る」乃摺染。

女郎花(をみなへし)」,「佐紀野萩(さきののはぎ)」「咲(さき)」之枕詞。原文「佳人」指女郎花風貌

佐紀野萩(さきののはぎ)に 匂(にほ)ひて居(を)らむ」,此云入山之後,衣服自然將為萩所渲染。

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2018-01-19-金

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2093 反歌 【承前,九八九八。】

 妹爾相 時片待跡 久方乃 天之漢原爾 月敘經來

 妹(いも)に逢(あ)ふ 時片待(ときかたま)つと 久方(ひさかた)の 天川原(あまのかはら)に 月(つき)そ經(へ)にける

 心懸吾愛妻 每俟與其相逢時 遙遙久方兮 銀漢天安川原間 光陰飛逝既累月

佚名 2093

「時片待(ときかたま)つ」,「片待(かたま)」乃一昧等待對方來訪之意。


2094 詠花 【卅四第一。】

 竿志鹿之 心相念 秋芽子之 鍾禮零丹 落僧惜毛

 佐雄鹿(さをしか)の 心相思(こころあひおも)ふ 秋萩(あきはぎ)の 時雨降(しぐれのふ)るに 散(ち)らくし惜(を)しも

 嗚呼小狀鹿 所以魂牽夢縈之 相念秋萩矣 時雨頻零摧花謝 散落此間甚可惜

柿本人麻呂 2094

「心相思(こころあひおも)ふ 秋萩(あきはぎ)の」,相字乃接頭語,古時慣以萩華比作鹿妻

時雨降(しぐれのふ)るに」,時雨乃秋冬之間反覆降而又止之驟雨


2095 【承前,卅四第二。】

 夕去 野邊秋芽子 末若 露枯 金待難

 夕去(ゆふさ)れば 野邊秋萩(のへのあきはぎ) 末若(うれわか)み 露(つゆ)に枯(か)れけり 秋待難(あきまちか)てに

 每逢夕暮時 野邊秋荻芽子矣 末梢葉尚稚 置露轉瞬俄枯消 漫漫秋日更難待

柿本人麻呂 2095

 右二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。

「末若(うれわか)み」,末乃先端、樹梢之意。

「秋待難(あきまちか)てに」,「難(か)て」原為表克服之「克(か)て」,而後多接否定詞而轉為難以達成之意。秋字原文書金者,按陰陽五行之說而來。


2096 【承前,卅四第三。】

 真葛原 名引秋風 每吹 阿太乃大野之 芽子花散

 真葛原(まくずはら) 靡(なび)く秋風(あきかぜ) 吹(ふ)く每(ごと)に 阿太大野(あだのおほの)の 萩花散(はぎのはなち)る

 每逢真葛原 草偃所靡秋風吹 蕭瑟此節時 寧樂阿太荒野間 秋荻芽子花散華

佚名 2096

「真葛原(まくずはら) 靡(なび)く秋風(あきかぜ)」,「真」為接頭語。令葛原受吹拂而靡偃之秋風。

「阿太大野(あだのおほの)の」,大野無人居住荒野


2097 【承前,卅四第四。】

 鴈鳴之 來喧牟日及 見乍將有 此芽子原爾 雨勿零根

 雁(かり)が音(ね)の 來鳴(きな)かむ日迄(ひまで) 見(み)つつあらむ 此萩原(このはぎはら)に 雨勿降(あめなふ)りそね

 吾欲長相望 直至鴈音來鳴之 喧囂日為止 是以還願此萩原 天雨莫零摧花謝

佚名 2097

「雁(かり)が音(ね)の」,於茲指雁本身。雁往往自彼岸飛來而歸於彼岸。洽於荻花之花期度來。

「雨勿降(あめなふ)りそね」,「そね」表希求。語降則荻花將謝,故期望在此之前天雨莫零。

2098 【承前,卅四第五。】

 奧山爾 住云男鹿之 初夜不去 妻問芽子乃 散久惜裳

 奧山(おくやま)に 棲(す)むと云(い)ふ鹿(しか)の 夕去(よひさ)らず 妻問(つまど)ふ萩(はぎ)の 散(ち)らまく惜(を)しも

 人云奧山間 所棲麗壯雄鹿之 每宵每初夜 問妻求婚秋荻矣 倏然散之甚可惜

佚名 2098

「夕去(よひさ)らず」,「去(さ)らず」為不欠、不漏之意。「夕」原文「初夜」或云「初更」夜八時至九時半之間。

「妻問(つまど)ふ萩(はぎ)の」,以萩比做鹿妻表現

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2018-01-10-水

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2075 【承前,九八七十。】

 人左倍也 見不繼將有 牽牛之 嬬喚舟之 近附徃乎【一云,見乍有良武。】

 人(ひと)さへや 見繼(みつ)がずあるらむ 彥星(ひこほし)の 妻呼(つまよ)ぶ舟(ふね)の 近付行(ちかづきゆ)くを【一云(またにいふ)、見(み)つつ有(あ)るらむ。】

 吾度眾蒼生 豈有不予注視哉 彥星牽牛之 喚妻之舟渡銀漢 近寄向案欲逢者【一云,吾度眾蒼生,必然凝神不轉瞬。】

佚名 2075

「人(ひと)さへや 見繼(みつ)がずあるらむ」,此云不只織女觀望著牛郎渡銀河,天下眾人亦仰望觀之。

「妻呼(つまよ)ぶ舟(ふね)の」,「妻呼(つまよ)ぶ」於此表求婚。

「見(み)つつ有(あ)るらむ」,第二句之異傳。第二句採反語疑問法,此則為單純疑問。

2076 【承前,九八八一。】

 天漢 鷂蛋甞 烏珠之 夜者闌爾乍 不合牽牛

 天川(あまのがは) (せ)を早(はや)み哉(かも) 烏玉(ぬばたま)の 夜(よ)は更(ふ)けにつつ 逢(あ)はぬ彥星(ひこほし)

 蓋是銀漢之 天河川黨攀涅函ー頗遽╋滅掘七夕此宵夜將更 遲遲未得逢牛郎

佚名 2076

「(せ)を早(はや)み哉(かも)」,み句法之疑問條件語。

「夜(よ)は更(ふ)けにつつ」,類聚古集等亦作「夜(よ)は明(あ)けにつつ」。

2077 【承前,九八八二。】

 渡守 舟早渡世 一年爾 二遍徃來 君爾有勿久爾

 渡守(わたりもり) 舟早渡(ふねはやわた)せ 一年(ひととせ)に 二度通(ふたたびかよ)ふ 君(きみ)に有(あ)ら無(な)くに

 船頭渡守矣 速速榜舟渡此河 遙遙一年間 無緣再渡復往來 逢麝在此良宵

佚名 2077

「渡守(わたりもり) 舟早渡(ふねはやわた)せ」,織女對船頭所訴之語。

「二度通(ふたたびかよ)ふ 君(きみ)に有(あ)ら無(な)くに」,一年只有七夕能渡銀河,無由往來二遍。


2078 【承前,九八八三。】

 玉葛 不絕物可良 佐宿者 年之度爾 直一夜耳

 玉葛(たまかづら) 絕(た)えぬ物(もの)から 小寢(さぬ)らくは 年渡(としのわたり)に 唯一夜(ただひとよ)のみ

 玉葛珠蔓兮 其蔓雖長無絕斷 然顧逢鷦圈〔〔一年光陰渡 唯有一夜得相寢

佚名 2078

「玉葛(たまかづら)」,「絕(た)えぬ」之枕詞。於此用於修飾牛郎、織女之感情雖深,一年卻只能有一夜之逢鵝

「年渡(としのわたり)に」,渡過一年

2079 【承前,九八八四。】

 戀日者 食長物乎 今夜谷 令乏應哉 可相物乎

 戀(こ)ふる日(ひ)は 日長(けなが)き物(もの)を 今夜(こよひ)だに 乏(とも)しむべしや 逢(あ)ふべき物(もの)を

 此身苦相思 焦於戀慕日已久 唯願在今夜 莫仍故作令心焚 在於當逢此宵間

佚名 2079

「日長(けなが)き物(もの)を」,日數之多。

「乏(とも)しむべしや」,「乏(とも)しむべしや」,「乏しむ」乃自「乏し」衍生之下二段動詞。此為令人感到不足之意。

苦等一年,終得相逢,然對方卻如慢郎中,心焦如焚所詠。類歌2017。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#2017

2080 【承前,九八八五。】

 織女之 今夜相奈婆 如常 明日乎阻而 年者將長

 織女(たなばた)の 今夜逢(こよひあ)ひなば 常如(つねのごと) 明日(あす)を隔(へだ)てて 年(とし)は長(なが)けむ

 牛郎織女之 一旦今夜短相逢 嗚呼如常矣 自於明日復相隔 相去一水嘆年長

佚名 2080

「織女(たなばた)の」,此云牛郎、織女二星。

明日(あす)を隔(へだ)てて」,此云以明日為堺、段落。(又是一年漫長地等待。)


2081 【承前,九八八六。】

 天漢 棚橋渡 織女之 伊渡左牟爾 棚橋渡

 天川(あまのがは) 棚橋渡(たなはしわた)せ 織女(たなばた)の い渡(わた)らさむに 棚橋渡(たなはしわた)せ

 銀漢天之川 權設棚橋以為渡 欲令織女之 越彼雲漢之無涯 權設棚橋以為渡

佚名 2081

「棚橋渡(たなはしわた)せ」,以木板如架棚般權設之簡易渡橋。用法與假僑相類。『古今和歌集』739有「待てと云はば 寢てもゆかなむ 強て行く 駒の足折れ 前の棚橋」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kokin/kk14.htm#739

「織女(たなばた)の い渡(わた)らさむに」,本歌與中國七夕詩同,採織女渡河而來之說。

2082 【承前,九八八七。】

 天漢 河門八十有 何爾可 君之三船乎 吾待將居

 天川(あまのがは) 川門八十有(かはとやそあ)り 何處(いづく)にか 君(きみ)が御舟(みふね)を 我(あ)が待居(まちを)らむ

 銀漢天之川 河門數繁有八十 妾當於何處 待君御舟渡河來 引領相迎赴良宵

佚名 2082

「川門八十有(かはとやそあ)り」,川門乃可以越渡之渡口。此云渡口數多,該在何處等待牛郎來訪。


2083 【承前,九八八八。】

 秋風乃 吹西日從 天漢 鷦そ侘 待登告許曾

 秋風(あきかぜ)の 吹(ふ)きにし日(ひ)より 天川(あまのがは) (せ)に出立(いでた)ちて 待(ま)つと告(つ)げこそ

 夫自立秋之 秋風瑟瑟拂日起 妾身出銀漢 立於河鸞堽豹諭〆〇還願代相告

佚名 2083

「秋風(あきかぜ)の 吹(ふ)きにし日(ひ)より」,立秋以來。和歌慣用句。亦見於1523。 https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1523

「待(ま)つと告(つ)げこそ」,「こそ」乃希求語氣。此擬織女之立場,告於度守轉告牛郎自身已於河岸久待多時。


2084 【承前,九八八九。】

 天漢 去年之渡湍 有二家里 君之將來 道乃不知久

 天川(あまのがは) 去年渡(こぞのわたりぜ) 荒(あ)れにけり 君(きみ)が來坐(きま)さむ 道知(みちのし)ら無(な)く

 銀漢天之川 去年所以渡鷦圈/綛咯毳湧 今年君之可將來 水路當何不知矣

佚名 2084

「去年渡(こぞのわたりぜ) 荒(あ)れにけり」,以織女視點闡述如2018「去年渡で 移ろへば」之情境。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#2018

「君(きみ)が來坐(きま)さむ 道知(みちのし)ら無(な)く」,無法得知牛郎今年可藉何處渡河而來。

2085 【承前,九八九十。】

 天漢 湍鷦で鯱押♀高 直渡來沼 待者苦三

 天川(あまのがは) 齲(せぜ)に白波(しらなみ) 高(たか)けども 直渡來(ただわたりき)ぬ 待(ま)たば苦(くる)しみ

 銀漢天之川 雖然處處湍鶸屐±湧駭浪高 吾不畏險直渡來 以其苦待誠難耐

佚名 2085

「高(たか)けども」,或訓「高(たか)けれど」,凡故此類甚稀,遂從「高けども」之說。

「直渡來(ただわたりき)ぬ」,「直(ただ)」乃筆直。難忍等待,遂不畏大浪直渡而來。


2086 【承前,九八九一。】

 牽牛之 嬬喚舟之 引綱乃 將絕跡君乎 吾之念勿國

 彥星(ひこほし)の 妻呼(つまよ)ぶ舟(ふね)の 引綱(ひきづな)の 絕(た)えむと君(きみ)を 我(わ)が思(おも)は無(な)くに

 牛郎彥星之 七夕喚妻扁舟間 引綱之所如 縱令海枯石爛時 無意斷我等情緣

佚名 2086

「引綱(ひきづな)の」,引舟之岡,帶出以下兩句之序文

「絕(た)えむと君(きみ)を」,男女之絕緣以「斷」描述之。


2087 【承前,九八九二。】

 渡守 舟出為將出 今夜耳 相見後者 不相物可毛

 渡守(わたりもり) 舟出(ふなで)し出(いで)む 今夜(こよひ)のみ 相見(あひみ)て後(のち)は 逢(あ)はじ物哉(ものかも)

 船頭渡守矣 速速榜舟出船行 唯有在今日 久別一年復相逢 而後無緣再晤哉

佚名 2087

「舟出(ふなで)し」,「舟出(ふなで)す」之連用形

「逢(あ)はじ物哉(ものかも)」,ものかも為反語語句


2088 【承前,九八九三。】

 吾隱有 楫棹無而 渡守 舟將借八方 須臾者有待

 我(わ)が隱(かく)せる 楫棹無(かぢさをな)くて 渡守(わたりもり) 舟貸(ふねか)さめやも 須臾(しまし)はあり待(ま)て

 若無妾所匿 楫棹之疇槳梶者 船頭渡守矣 豈將貸舟送君歸 須臾稍待惜夜短

佚名 2088

「我(わ)が隱(かく)せる」,織女不願牛郎歸去,遂藏匿楫棹。

「須臾(しまし)はあり待(ま)て」,あり表現在狀態之持續。

2089 【承前,九八九四。】

 乾坤之 初時從 天漢 射向居而 一年丹 兩遍不遭 妻戀爾 物念人 天漢 安乃川原乃 有通 出乃渡丹 具穗船乃 艫丹裳舳丹裳 船裝 真梶繁拔 旗芒 本葉裳具世丹 秋風乃 吹來夕丹 天河 白浪凌 落沸 速湍涉 稚草乃 妻手枕迹 大舟乃 思憑而 滂來等六 其夫乃子我 荒珠乃 年緒長 思來之 戀將盡 七月 七日之夕者 吾毛悲焉

 天地(あめつち)の 初(はじ)めの時(とき)ゆ 天川(あまのがは) い向居(むかひを)りて 一年(ひととせ)に 再逢(ふたたびあ)はぬ 妻戀(つまご)ひに 物思(ものおも)ふ人(ひと) 天川(あまのがは) 安川原(やすのかはら)の 蟻通(ありがよ)ふ 出渡(いでのわたり)に 赤土船(そほぶね)の 艫(とも)にも舳(へ)にも 船裝(ふなよそ)ひ 真梶繁貫(まかぢしじぬ)き 旗芒(はたすすき) 本葉(もとは)も微(そよ)に 秋風(あきかぜ)の 吹來(ふきく)る夕(よひ)に 天川(あまのがは) 白波凌(しらなみしの)ぎ 落激(おちたぎ)つ 早鹽(はやせわた)りて 若草(わかくさ)の 妻(つま)を卷(ま)かむと 大船(おほぶね)の 思(おもひたの)みて 漕來(こぎく)らむ 其夫子(そのつまのこ)が 新(あらたま)の 年緒長(としのをなが)く 思來(おもひこ)し 戀盡(こひつ)くすらむ 七月(ふみつき)の 七日夕(なぬかのよひ)は 我(われ)も悲(かな)しも

 早自遠神代 天地乾坤初判時 銀漢天之川 相向盈盈一水間 脈脈一年間 相隔不得逢二度 慕妻苦相思 愁嘆渡日牛郎矣 迢迢天漢間 天安河原川岸邊 蟻通繁往來 出渡埠頭鷂間 朱塗赤土舟 無論船艫或船舳 施艤裝為備 真梶繁貫通楫槳 幡薄旗芒之 本葉隨拂微搖曳 蕭瑟秋風之 徐徐吹來此七夕 銀河天之川 發船乘風凌白浪 落激水險駭 越渡早麌垳椰函/匿突若草 欲枕妻手共纏綿 猶乘大船兮 其心思鰒畉‐陝’〆+嶄垪函‖局弋輜彥興矣 日新月亦異 年緒且長時日久 相思隔一水 久戀今日可晴哉 立秋七月之 七日之夕此宵者 吾等仰空亦傷悲

「天地(あめつち)の 初(はじ)めの時(とき)ゆ」,將牛郎織女傳說與天地開闢神話結合之形,表其源自亙古。原文「乾坤」乃基於易掛之用字,別為「天地」。

「物思(ものおも)ふ人(ひと)」,此云牛郎。

安川原(やすのかはら)の」,日本神話天安河原中日神話融合之思想

「出渡(いでのわたり)に」,岸上突出之石磯。

「赤土船(そほぶね)の」,與朱塗船同,表幻想之華麗裝飾。

「船裝(ふなよそ)ひ」,艤裝以準備出航。

「艫(とも)にも舳(へ)にも」,「艫、舳」各為「船尾、船首」。

「真梶繁貫(まかぢしじぬ)き」,表做好出航準備之慣用語。

「旗芒(はたすすき)」,芒穗如旗幟般飄逸之狀。

「本葉(もとは)も微(そよ)に」,「本葉」與「末葉」相對,「微(そよ)」為受風吹動之擬聲語。

「白波凌(しらなみしの)ぎ」,「凌(しの)ぐ」表排開浪以前進之狀。

「落激(おちたぎ)つ」,水之泵流之狀。

若草(わかくさ)の」,妻之枕詞。年輕而充滿活力之意。

大船(おほぶね)の」,思鯒枕詞

「漕來(こぎく)らむ」,來字以織女之位置為中心。

「其夫子(そのつまのこ)」,子為愛稱,の表同格。

「新(あらたま)の」,年、月之枕詞表年月循環、萬象一新

「年緒長(としのをなが)く」,以絲緒比喻長長之一年

「我(われ)も悲(かな)しも」,「我」指如作者般在地上仰望星空,思緒馳騁牛郎織女傳說之人。


2090 反歌 【承前,九八九五。】

 狛錦 紐解易之 天人乃 妻問夕敘 吾裳將偲

 高麗錦(こまにしき) 紐解交(ひもときかは)し 天人(あめひと)の 妻問(つまど)ふ夕(よひ)ぞ 我(われ)も偲(しの)はむ

  今夜是何夜 相解赤紐高麗錦 天人牛郎之 訪妻之宵七夕矣 吾等仰空亦騁思

佚名 2090

高麗錦(こまにしき)」,赤地錦之類。高麗或云高句麗日本古代受其影響匪淺,舶來品之高級工藝品多冠以高麗之名。於茲亦用以添七夕傳說之異國性。

「天人(あめひと)の」,此云牛郎星。

2091 【承前,九八九六。】

 彥星之 河鹽蓮〆絃舟乃 得行而將泊 河津石所念

 彥星(ひこほし)の 川(かはせ)を渡(わた)る さ小舟(をぶね)の 得行(えゆ)きて泊(は)てむ 川津(かはづ)し思(おも)ほゆ

 故思牛郎之 彥星所以渡川鵝』扁小舟矣 其可得行將泊哉 每念銀漢川津者

佚名 2091

「得行(えゆ)きて泊(は)てむ」,「得(え)」乃表可能副詞中古以降多伴隨取消語句上代語則未必。


2092 【承前,九八九七。】

 天地跡 別之時從 久方乃 天驗常 定大王 天之河原爾 璞 月累而 妹爾相 時候跡 立待爾 吾衣手爾 秋風之 吹反者 立座 多土伎乎不知 村肝 心不欲 解衣 思亂而 何時跡 吾待今夜 此川 行長 有得鴨

 天地(あめつち)と 分(わか)れし時(とき)ゆ 久方(ひさかた)の 天印(あまつしるし)と 定(さだ)めてし 天川原(あまのかはら)に 新(あらた)まの 月重(つきかさな)りて 妹(いも)に逢(あ)ふ 時候(ときさもら)ふと 立待(たちま)つに 我(わ)が衣手(ころもで)に 秋風(あきかぜ)の 吹反(ふきか)へらへば 立(た)ちて居(ゐ)て 方策(たどき)を知(し)らに 五臟六腑(むらきも)の 心迷(こころいさよ)ひ 解衣(とききぬ)の 思亂(おもひみだ)れて 何時(いつ)しかと 我(あ)が待(ま)つ今夜(こよひ) 此川(このかは)の 流(なが)れの長(なが)く 在(あ)りこせぬかも

 早自遠神代 天地乾坤初判時 遙遙久方兮 天印嚴令不得犯 太占神所定 銀漢天安川原間 日新更異兮 累月苦待光陰逝 心懸吾愛妻 每俟與其相逢時 孤影銀漢邊 吾人衣袖當秋風 瑟瑟吹悽悽 反覆吹拂每飄盪 坐立皆難安 苦無方策手無措 五臟六腑之 此情迷惘心絮亂 解衣之所如 千頭萬絮錯縱圈》鯊垰蟆浸 吾人引領盼今宵 能猶此川之 源遠流長不嘗絕 兩相廝守莫天明

佚名 2092

「定(さだ)めてし」,主語天帝,所定下之、決定之。「てし」原文「大王」者表「王羲之」而為「手師」之借訓。世稱羲之為大王,獻之為小王。

時候(ときさもら)ふと」,等候時機,等待相逢之七夕

「立(た)ちて居(ゐ)て」,坐立難安。

「五臟六腑(むらきも)の」,心之枕詞

「心迷(こころいさよ)ひ」,原文「心不欲」者,表示無法恣情。

「解衣(とききぬ)の」,「思亂(おもひみだ)れ」之枕詞

「流(なが)れの長(なが)く 在(あ)りこせぬかも」,希望今夜能如銀河般源遠流長。

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2018-01-01-月

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新年明けましておめでとうございます

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新年明けましておめでとうございます

また、一年過ごしました。

台湾に帰任してから江の島東国三社・大洗酒列両磯前神社、またアメリカにも初進出させて頂きました。

ホームページの方は、『万葉集』の中国語訳をしつづ、『風土記』のリニューアルも進んでいます

願念の『Dies Iraeアニメ化なんですが、不満こそ色々ありますが、来年7月残りの一挙配信がちゃんといい出来になれるように......






万葉集試訳

2057 【承前,九八六二。】

 月累 吾思妹 會夜者 今之七夕 續巨勢奴鴨

 月重(つきかさ)ね 我(あ)が思妹(おもふいも)に 逢(あ)へる夜(よ)は 今(いま)し七夜(ななよ)を 繼(つ)ぎこせぬ哉(かも)

 累月將經年 與吾朝思夜所慕 妹妻逢夜者 可自今宵復七夜 纏綿相繼共枕哉

佚名 2057

「今(いま)し七夜(ななよ)を」,「今し」以表示更加之副詞修飾「今」,更連接表數量之語法。顯示難以滿足一夜之逢鵝希望能延長相會之時限。

「繼(つ)ぎこせぬ哉(かも)」,「こせ」為索求語句

2058 【承前,九八六三。】

 年丹裝 吾舟滂 天河 風者吹友 浪立勿忌

 年(とし)に裝(よそ)ふ 我(わ)が舟漕(ふねこ)がむ 天川(あまのがは) 風(かぜ)は吹(ふ)くとも 波立(なみた)つ勿努(なゆめ)

 耗時計一年 吾所備舟今將榜 銀漢天之川 縱令風吹狂嵐起 莫捲波濤湧駭浪

佚名 2058

「年(とし)に裝(よそ)ふ」,「裝ふ」表事前準備。包括服裝、食膳,此則概指艤装。4430有「難波津に 裝ひ裝ひて」之語。


2059 【承前,九八六四。】

 天河 浪者立友 吾舟者 率滂出 夜之不深間爾

 天川(あまのがは) 波(なみ)は立(た)つとも 我(わ)が舟(ふね)は 去來漕出(いざこぎいで)む 夜更(よのふ)けぬ間(ま)に

 銀漢天之川 縱令駭浪水象險 吾不顧身危 去來榜出發船向 趕在夜之未更間

佚名 2059

「波(なみ)は立(た)つとも」,前曲有「風(かぜ)は吹(ふ)くとも 波立(なみた)つ勿努(なゆめ)」之句,本歌則在假定波濤已起之前提。

「去來漕出(いざこぎいで)む」,「去來(いざ)」或稱「率」,漢文俗語。此歌用於自身行動之上。



2060 【承前,九八六五。】

 直今夜 相有兒等爾 事問母 未為而 左夜曾明二來

 只今夜(ただこよひ) 逢(あ)ひたる兒等(こら)に 言問(ことど)ひも 未為(いまだせ)ずして 小夜(さよ)そ明(あ)けにける

 冗冗一年間 唯在今宵可逢晤 親親吾妻矣 未為言問相語間 小夜將盡欲天明

佚名 2060

「言問(ことど)ひも 未為(いまだせ)ずして」,與『古今和歌集』1015「睦言も 未だ盡き無くに 明けぬめり」https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kokin/kk19.htm#1015 同趣。


2061 【承前,九八六六。】

 天河 白浪高 吾戀 公之舟出者 今為下

 天川(あまのがは) 白波高(しらなみたか)し 我(あ)が戀(こ)ふる 君(きみ)が舟出(ふなで)は 今(いま)しすらしも

 銀漢天之川 河間白浪波湧高 蓋是吾所戀 朝思暮想所念君 出舟發向在於今

佚名 2061

「白波高(しらなみたか)し」,此句多用於水象急險,不適航行之天候,本歌則將波滔視作牛郎划槳所致。

2062 【承前,九八六七。】

 機 踏木持徃而 天漢 打橋度 公之來為

 機物(はたもの)の 踏木持行(ふみきもちゆ)きて 天川(あまのがは) 打橋渡(うちはしわた)す 君(きみ)が來(こ)む為(ため)

 欲取織機之 踏木奔赴向銀河 相隔一水間 奉為朝思暮所戀 渡假橋來吾君矣

佚名 2062

「機物(はたもの)の」,織機,或隱申為織物

以織機之踏板,比作渡河之架橋所詠。


2063 【承前,九八六八。】

 天漢 霧立上 棚幡乃 雲衣能 飄袖鴨

 天川(あまのがは) 霧立上(きりたちのぼ)る 織女(たなばた)の 雲衣(くものころも)の 反(かへ)る袖(そで)かも

 仰望天之川 銀漢霧湧罩朦朧 蓋是織女之 身襲霓裳綵雲衣 揮舞飄袖所致矣

佚名 2063

「織女(たなばた)」,「織女(たなばたつめ)」之略。

「雲衣(くものころも)の」,七夕漢詩中「雲衣」之譯語。以騰雲比喻織女羽衣表現

2064 【承前,九八六九。】

 古 織義之八多乎 此暮 衣縫而 君待吾乎

 古(いにしへ)に 織(お)りてし服(はた)を 此夕(このゆふへ) 衣(ころも)に縫(ぬ)ひて 君待(きみま)つ我(あれ)を

 手執夙昔時 所織和妙絹縷布 在於此夕暮 裁切些縫紉作仙衣 所待良人妾身矣

佚名 2064

「織(お)りてし服(はた)を」,「服(はた)」指由「織機(はた)」所編織之布料。原文「義之(てし)」乃藉書法家王羲之而為「手詩(てし)」之借訓。

2065 【承前,九八七十。】

 足玉母 手珠毛由良爾 織旗乎 公之御衣爾 縫將堪可聞

 足玉(あしだま)も 手玉(ただま)も玲瓏(ゆら)に 織(お)る服(はた)を 君(きみ)が御衣(みけし)に 縫(ぬ)ひも堪(あ)へむ哉(かも)

 懸命操織機 足玉手珠響鈴龍 所織絹縷布 可於七夕相逢前 縫作吾君御衣哉

佚名 2065

「足玉(あしだま)も 手玉(ただま)も玲瓏(ゆら)に」,足玉、手玉為裝飾於手足之珠玉。「玲瓏(ゆら)」乃玉石或鈴鐺碰撞發出之聲響。

「御衣(みけし)」,「けし」乃「著(き)る」之敬語形轉化之名詞態。

「縫(ぬ)ひも堪(あ)へむ哉(かも)」,可在七夕之前縫紉完成嗎?


2066 【承前,九八七一。】

 擇月日 逢義之有者 別乃 惜有君者 明日副裳欲得

 月日選(つきひえ)り 逢(あ)ひてしあれば 別(わか)れまく 惜(を)しかる君(きみ)は 明日(あす)さへも欲得(がも)

  年每擇月日 久分逢於七夕者 每思兩相別 離情依依惜君去 欲得明日仍同在

佚名 2066

「月日選(つきひえ)り」,一年之間特別定下此七夕之日。

「惜(を)しかる君(きみ)」,「惜(を)しくある君(きみ)」之略。

明日(あす)さへも欲得(がも)」,明日七夕之後的八日。

2067 【承前,九八七二。】

 天漢 渡鷽遮宗±∩ゼ 棹來君之 楫音所聞

 天川(あまのがは) 渡鷽(わたりぜふか)み 舟浮(ふねう)けて 漕來(こぎく)る君(きみ)が 梶音聞(かぢのおとき)こゆ

 銀漢天之川 渡鷽若箘千尋 浮舟泛河而 榜來相會吾君之 牛郎楫音聲可聞

佚名 2067

「渡鷽(わたりぜふか)み」,渡麌重步涉水之淺鵝此以其水深,必須渡船而來。


2068 【承前,九八七三。】

 天原 振放見者 天漢 霧立渡 公者來良志

 天原(あまのはら) 降放見(ふりさけみ)れば 天川(あまのがは) 霧立渡(きりたちわた)る 君(きみ)は來(き)ぬらし

 久方高天原 翹首遙望騁思者 銀漢天之川 河上霧湧瀰一面 牛郎越渡榜船來

佚名 2068

天原(あまのはら) 降放見(ふりさけみ)れば」,站在地上仰望星空,想像織女心象之所作。前文站在旁觀者立場,後句「君(きみ)は來(き)ぬらし」則為織女視點。


2069 【承前,九八七四。】

 天漢 每幣 奉 情者君乎 幸來座跡

 天川(あまのがは) 每(せごと)に幣(ぬさ)を 奉(たてまつ)る 心(こころ)は君(きみ)を 幸(さき)く來坐(きま)せと

 銀漢天之川 妾在所所河齊粥(幣求冥貺 所以不辭此心者 願君無恙幸來渡

佚名 2069

「每(せごと)に幣(ぬさ)を」,「幣(ぬさ)」乃祭神時所奉獻之品物。多有留守家中,祈求親人旅途安全而貢獻木棉、麻布之例。


2070 【承前,九八七五。】

 久堅之 天河津爾 舟泛而 君待夜等者 不明毛有寐鹿

 久方(ひさかた)の 天川津(あまのかはづ)に 舟浮(ふねう)けて 君待(きみま)つ夜等(よら)は 明(あ)けずも有(あ)らぬか

 遙遙久方兮 天漢銀河川津邊 浮舟欲相迎 忐忑待君此夜者 還願良宵永不明

佚名 2070

「天川津(あまのかはづ)に 舟浮(ふねう)けて」,此舟指織女難忍枯等牛郎,遂出船相迎。

「君待(きみま)つ夜等(よら)は」,「ら」乃調整音律所用之接尾語。

「明(あ)けずも有(あ)らぬか」,「ぬか」表希求

2071 【承前,九八七六。】

 天河 足沾渡 君之手毛 未枕者 夜之深去良久

 天川(あまのがは) 滯渡(なづさひわた)る 君(きみ)が手(て)も 未枕(いまだま)かねば 夜更(よのふ)けぬらく

 銀河天之川 辛勞跋涉方越渡 相逢不幾時 未枕君手共纏綿 更恨夜之速深去

佚名 2071

「滯渡(なづさひわた)る」,「滯(なづさ)」表受水阻礙難以前進。原文「足沾」為義訓表現主語為織女。

「未枕(いまだま)かねば」,「ねば」乃尚未...之間。中國七夕詩以及日本懷風藻採女性來訪之說。萬葉集則多為男性來訪。


2072 【承前,九八七七。】

 渡守 船度世乎跡 呼音之 不至者疑 梶聲之不為

 渡守(わたりもり) 舟渡(ふねわた)せをと 呼聲(よぶこゑ)の 至(いた)らねばかも 楫音為(かぢのおとのせ)ぬ

 船頭渡守矣 蓋是吾人所嘶喊 將欲承舟渡 呼聲不至未聞哉 梶聲不為楫音杳

佚名 2072

「渡守(わたりもり)」,渡場之戍人兼船頭。

牛郎呼喊船頭之曲。假設銀河有渡口之作,亦見於『萬葉集』2077、2081,『古今集』174等。


2073 【承前,九八七八。】

 真氣長 河向立 有之袖 今夜卷跡 念之吉紗

 真日長(まけなが)く 川(かは)に向立(むきた)ち 在(あり)し袖(そで) 今夜卷(こよひまか)むと 思(おも)はくが良(よ)さ

 相對一水間 揮振對岸日久之 吾妻衣袖矣 故思今夜將枕之 不覺心愉喜難耐

佚名 2073

「真日長(まけなが)く」,「真(ま)」乃接頭語,「日(け)」表日數。

「川(かは)に向立(むきた)ち 在(あり)し袖(そで)」,昔日織女在銀河對岸揮舞之衣袖。


2074 【承前,九八七九。】

 天河 渡湍每 思乍 來之雲知師 逢有久念者

 天川(あまのがは) 渡每(わたりぜごと)に 思(おも)ひつつ 來(こ)しくも著(しる)し 逢(あ)へらく思(おも)へば

 銀河天之川 所所渡鶸淺幹供/繫伊人姿 跋涉而來不辭勞 念其得逢無所憾

佚名 2074

「渡每(わたりぜごと)に」,假設銀河有數多淺鵝れ涉各各淺鷦來。

「思(おも)ひつつ」,此「思ひ」乃「愛(いと)しい」之意。

「來(こ)しくも著(しる)し」,「著(しる)し」表現果顯著,努力有其價值、回報。

描寫牛郎終於渡河與織女一會之曲。

sherrysherry 2018/02/16 09:24 久違了, 恭喜新年快樂^^

kuonkizunakuonkizuna 2018/03/02 09:11 新年快樂!

kuonkizunakuonkizuna 2018/05/04 08:17 今度、日月神示で有名の麻賀多神社行こうかと、先ほど5/25夜の メルキュールホテル成田を予約いたしました

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2017-12-21-木

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万葉集試訳

2036 【承前,九八卌一。】

 吾待之 秋者來沼 妹與吾 何事在曾 紐不解在牟

 我(あ)が待(ま)ちし 秋(あき)は來(きた)りぬ 妹(いも)と我(あれ)と 何事有(なにことあ)れそ 紐解(ひもと)かずあらむ

 吾人所引領 久盼秋日七夕臨 無論妹與我 縱令此身遭何事 不解衣紐待逢時

佚名 2036

「妹(いも)と我(あれ)と」,凡並置「妹、我」者,必取「妹(いも)と我(あれ)と」之形,『催馬樂』婦與我、『古今集』神遊等例可證之。



2037 【承前,九八卌二。】

 年之戀 今夜盡而 明日從者 如常哉 吾戀居牟

 年戀(としのこひ) 今夜盡(こよひつ)くして 明日(あす)よりは 常如(つねのごと)くや 我(あ)が戀居(こひを)らむ

 久別離一年 相思之苦今夜解 自於明日起 吾倆如常隔一水 復苦相思咽泣涕

佚名 2037

「年戀(としのこひ)」,一年間所堆積之憂思。

「今夜盡(こよひつ)くして」,「盡」乃緩解之意。

2038 【承前,九八卌三。】

 不合者 氣長物乎 天漢 隔又哉 吾戀將居

 逢(あ)は無(な)くは 日長(けなが)き物(もの)を 天川(あまのがは) 隔(へだ)てて亦(また)や 我(あ)が戀居(こひを)らむ

 盈盈一水間 相隔兩岸不得逢 離時愁日長 銀漢天川去幾許 復苦相思不得語

佚名 2038

「逢(あ)は無(な)くは 日長(けなが)き物(もの)を」,別離之時,倍感日子難度。與春宵夜短相對。


2039 【承前,九八卌四。】

 戀家口 氣長物乎 可合有 夕谷君之 不來益有良武

 戀(こひ)しけく 日長(けなが)き物(もの)を 逢(あ)ふべかる 夕(よひ)だに君(きみ)が 來坐(きま)さざるらむ

 隔離苦相思 戀慕伊人日久長 此為當逢夕 何以吾君良人矣 仍未來坐在何方

佚名 2039

「戀(こひ)しけく 日長(けなが)き物(もの)を」,「戀しけく」乃「戀し」之く句法。

「逢(あ)ふべかる」,「べかる」乃「べくある」之略。

「夕(よひ)だに君(きみ)が」,「だに」有至少之意,此句以下省略「何しかも」等疑問副詞之類。

織女久待牛郎,擔心其是否不來訪之曲。

2040 【承前,九八卌五。】

 牽牛 與織女 今夜相 天漢門爾 浪立勿謹

 彥星(ひこほし)と 織女(たなばたつめ)と 今夜逢(こよひあ)ふ 天川門(あまのかはと)に 波立(なみた)つ勿努(なゆめ)

 牛郎彥星與 棚雞織女隔銀漢 今夜將相逢 還願銀河天川門 莫起波濤湧駭浪

佚名 2040

「天川門(あまのかはと)に」,銀河之徒步涉水點。本曲想像非以渡船而以涉水而來。

「波立(なみた)つ勿努(なゆめ)」,「努(ゆめ)」多配合否定詞而用於禁止表現

2041 【承前,九八卌六。】

 秋風 吹漂蕩 白雲者 織女之 天津領巾毳

 秋風(あきかぜ)の 吹漂(ふきただよ)はす 白雲(しらくも)は 織女(たなばたつめ)の 天領巾哉(あまつひれ)かも

 蕭瑟秋風之 所吹漂蕩白雲者 蓋為織機女 惜別揮舞送良人 六銖天之領巾哉

佚名 2041

天領巾哉(あまつひれ)かも」,領巾乃女性披於肩上之裝飾用細布。自古以為其有咒力之側面。此以白雲看過織女之領巾而言。

2042 【承前,九八卌七。】

 數裳 相不見君矣 天漢 舟出速為 夜不深間

 數數(しばしば)も 相見(あひみ)ぬ君(きみ)を 天川(あまのがは) 舟出早(ふなではや)せよ 夜更(よのふ)けぬ間(ま)に

 屢屢隔一水 迢迢不得與君逢 銀漢天之川 速出浮舟泛水上 在此良宵未深前

佚名 2042

相見(あひみ)ぬ君(きみ)を」,「を」於此多為逆接用法,然其下接命令句型,故或為順接。


2043 【承前,九八卌八。】

 秋風之 清夕 天漢 舟滂度 月人壯子

 秋風(あきかぜ)の 清夕(きよきゆふへ)に 天川(あまのがは) 舟漕渡(ふねこぎわた)る 月人壯士(つきひとをとこ)

 秋風吹瑟瑟 清涼蕭蕭此夕間 銀河天之川 榜船翩翩渡大虛 明晰月人壯士矣

佚名 2043

「舟漕渡(ふねこぎわた)る 月人壯士(つきひとをとこ)」,以堙鰐覿之名月比作穿越銀河之扁舟。

2044 【承前,九八卌九。】

 天漢 霧立度 牽牛之 楫音所聞 夜深徃

 天川(あまのがは) 霧立渡(きりたちわた)り 彥星(ひこほし)の 楫音聞(かぢのおときこ)ゆ 夜更行(よのふけゆ)けば

 銀河天之川 水霧瀰漫籠一面 牛郎彥星之 榜舟楫音聲可聞 隨此七夕夜更者

佚名 2044

「天川(あまのがは) 霧立渡(きりたちわた)り」,俗信以為夜霧乃訪妻之男子划槳所生。


2045 【承前,九八五十。】

 君舟 今滂來良之 天漢 霧立度 此川

 君(きみ)が舟(ふね) 今漕來(いまこぎく)らし 天川(あまのがは) 霧立渡(きりたちわた)る 此川(このかはのせ)に

 朝思慕所想 君舟今蓋榜來哉 銀河天之川 水霧瀰漫起一面 湧立籠兮此川

佚名 2045

「此川(このかはのせ)に」,「此」指離發言者較近之處,站在織女立場所詠。


2046 【承前,九八五一。】

 秋風爾 河浪起 蹔 八十舟津 三舟停

 秋風(あきかぜ)に 川波立(かはなみた)ちぬ 暫(しまし)くは 八十舟津(やそのふなつ)に 御舟留(みふねとど)めよ

 秋風吹瑟瑟 川波洶湧駭浪起 還願暫駐足 至於八十舟津處 稍泊御船待風凪

佚名 2046

「暫(しまし)くは」,「暫(しば)し」之古形。

「八十舟津(やそのふなつ)に」,眾多舟船所停泊之港口。

2047 【承前,九八五二。】

 天漢 河聲清之 牽牛之 秋滂船之 浪𨅶香

 天川(あまのがは) 川音清(かはのおときよ)し 彥星(ひこほし)の 秋漕舟(あきこぐふね)の 波騷(なみのさわ)きか

 銀漢天之川 河音清邏挿舗福ヽ鍵糞輜最掘―日七夕滂船故 浪湧波音遂起哉

佚名 2047

「川音清(かはのおときよ)し」,「清(きよ)し」表「清遏廖ぁ崟(さわ)き」表清爽,稍有不同。

「波騷(なみのさわ)きか」,原文「𨅶」與「躁」同。


2048 【承前,九八五三。】

 天漢 河門立 吾戀之 君來奈里 紐解待【一云,天河,川向立。】

 天川(あまのがは) 川門(かはと)に立(た)ちて 我(あ)が戀(こひ)し 君來坐(きみきま)すなり 紐解待(ひもときま)たむ【一云(またにいふ)、天川(あまのがは)、川(かは)に向立(むきたち)。】

 銀漢天之川 立於河門越渡場 朝思慕所想 吾之所戀君將來 汲汲解紐以相待【一云,銀漢天之川,面其川水立河岸。】

佚名 2048

「川門(かはと)」,與「天川門」同,水口。對水邊住民而言,乃是汲水、洗濯,以及踏石渡水至對岸之要衝

「君來坐(きみきま)すなり」,「なり」乃傳聞推定,蓋聞梶音而做此推想。

「紐解待(ひもときま)たむ」,此乃織女之動作

類歌1518。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1518

2049 【承前,九八五四。】

 天漢 河門座而 年月 戀來君 今夜會可母

 天川(あまのがは) 川門(かはと)に居(を)りて 年月(としつき)を 戀來(こひこ)し君(きみ)に 今夜逢(こよひあ)へるかも

 銀漢天之川 立於河門越渡場 日積月累兮 年間懸心所戀慕 吾君將來逢今宵

佚名 2049

「戀來(こひこ)し君(きみ)に」,主語乃織女。「來(く)し」乃時間用法

2050 【承前,九八五五。】

 明日從者 吾玉床乎 打拂 公常不宿 孤可母寐

 明日(あす)よりは 我(あ)が玉床(たまどこ)を 打掃(うちはら)ひ 君(きみ)と寐(い)ねずて 獨(ひとり)かも寢(ね)む

 自於明日起 吾之香閨玉床矣 打拂去塵埃 不得與君共纏綿 唯有隻身孤寢哉

佚名 2050

「我(あ)が玉床(たまどこ)を 打掃(うちはら)ひ」,玉乃美稱之接頭語。同樣是拍拭灰塵,然1629、2667為歡欣等待男子來訪之準備,此則哀嘆將迎向相隔兩地之空閨。


2051 【承前,九八五六。】

 天原 徃射跡 白檀 挽而隱在 月人壯子

 天原(あまのはら) 行(ゆ)きて射(い)てむと 白真弓(しらまゆみ) 引(ひ)きて隱(こも)れる 月人壯士(つきひとをとこ)

 羨煞復心嫉 欲指度射高天原 手執白真弓 引弦隱在山之端 七夕月人壯士矣

佚名 2051

「行(ゆ)きて射(い)てむと」,原文「徃射跡」,或訓「行(ゆ)きてや射(い)ると」,有諸說。蓋指明月嫉妒牛郎、織女之逢晤,而欲妨礙之擬人表現

「白真弓(しらまゆみ)」,白木之弓,於此亦比喻月光白皙。

「引(ひ)きて隱(こも)れる」,七夕之夜,月沉於山端。

2052 【承前,九八五七。】

 此夕 零來雨者 男星之 早滂船之 賀伊乃散鴨

 此夕(このゆふへ) 降來(ふりく)る雨(あめ)は 彥星(ひこほし)の 早漕(はやこ)ぐ舟(ふね)の 櫂散(かいのち)り哉(かも)

 在於此七夕 零來雨者何為也 蓋世牛郎之 迫不及待早滂舟 船櫂零散水沫矣

佚名 2052

「降來(ふりく)る雨(あめ)は」,身居地上見天上雨零,想像七夕銀河上會晤之狀。

「早漕(はやこ)ぐ舟(ふね)の」,早為急切之狀。

2053 【承前,九八五八。】

 天漢 八十麑弦隋|棒映掘〇待船 今滂良之

 天川(あまのがは) 八十麑(やそせきら)へり 彥星(ひこほし)の 時待(ときま)つ舟(ふね)は 今(いま)し漕(こ)ぐらし

 銀漢天之川 八十河麑互侈 =沈У輜最掘|濱久待七夕臨 時舟發向今滂哉

佚名 2053

「八十麑(やそせきら)へり」,「霧(き)る」之連用持續形。

「時待(ときま)つ舟(ふね)は」,等待一年一度之逢晤而常備之船。


2054 【承前,九八五九。】

 風吹而 河浪起 引船丹 度裳來 夜不降間爾

 風吹(かぜふ)きて 川波立(かはなみた)ちぬ 引船(ひきふね)に 渡(わた)りも來坐(きま)せ 夜更(よのふ)けぬ間(ま)に

 風吹捲川波 駭浪濤天水象險 縱令引綱牽 冀速使船渡來矣 在於良宵未更間

佚名 2054

「引船(ひきふね)に」,航行困難時,以綱繩牽引以令行舟前進

「渡(わた)りも來坐(きま)せ」,「も」乃「でも」,即便...也要。用於命令希求語句

2055 【承前,九八六十。】

 天河 遠渡者 無友 公之舟出者 年爾社候

 天川(あまのがは) 遠渡(とほきわた)りは 無(な)けれども 君(きみ)が舟出(ふなで)は 年(とし)にこそ待(ま)て

 銀漢清且淺 相去不遠復幾許 盈盈一水間 何以待君出舟者 苦俟經年難相會

佚名 2055

「遠渡(とほきわた)りは 無(な)けれども」,此云銀河幅狹,無遠渡之處。(何以每次皆要一年方得再會。)

「年(とし)にこそ待(ま)て」,「年(とし)に」表耗時一年

2056 【承前,九八六一。】

 天漢 打橋度 妹之家道 不止通 時不待友

 天川(あまのがは) 打橋渡(うちはしわた)せ 妹(いも)が家道(いへぢ) 止(や)まず通(かよ)はむ 時待(ときま)たずとも

 銀漢天之川 可設假橋令度哉 若能得此者 妹妻家道通不止 縱令時未值七夕

佚名 2056

「打橋渡(うちはしわた)せ」,假設語氣。若能搭設臨時之假橋,便不需等到七夕方能相會。牛郎對織女呼籲之語氣。

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万葉集試訳

2015 【承前,九八二十。】

 吾世子爾 裏戀居者 天漢 夜船滂動 梶音所聞

 我(わ)が背子(せこ)に 衷戀居(うらこひを)れば 天川(あまのがは) 夜舟漕(よふねこ)ぐなる 楫音聞(かぢのおときこ)ゆ

 心思之所至 每逢吾戀我夫子 銀河天之川 夜間頃聽聲有驗 榜舟楫音似可聞

柿本人麻呂 2015

「衷戀居(うらこひを)れば」,「衷戀(うらこひ)」乃心中暗地戀慕伊人。

「夜舟漕(よふねこ)ぐなる」,舟指牛郎所乘之舟。「なり」為傳聞推定


2016 【承前,九八廿一。】

 真氣長 戀心自 白風 妹音所聽 紐解徃名

 真日長(まけなが)く 戀(こ)ふる心(こころ)ゆ 秋風(あきかぜ)に 妹(いも)が音聞(おときこ)ゆ 紐解行(ひもときゆ)かな

 別離日已遠 以此相思戀慕心 蕭瑟秋風間 妹妻之音似可聞 欲赴解紐伊人處

柿本人麻呂 2016

「真日長(まけなが)く」,「真(ま)」為接頭語,「日(け)」表日數。

「戀(こ)ふる心(こころ)ゆ」,「ゆ」表出發點,於茲指原因。

「妹(いも)が音聞(おときこ)ゆ」,「妹(いも)が音(おと)」乃妻子行動所生之物音。

「紐解行(ひもときゆ)かな」,期望盡早與織女相會。「紐解(ひもと)き」表解開衣物之紐。


2017 【承前,九八廿二。】

 戀敷者 氣長物乎 今谷 乏之牟可哉 可相夜谷

 戀(こひ)しくは 日長物(けながきもの)を 今(いま)だにも 乏(とも)しむべしや 逢(あ)ふべき夜(よ)だに

 此身苦相思 焦於戀慕日已久 唯願在今時 莫仍故作令心焚 在於當逢此宵間

柿本人麻呂 2017

「今(いま)だにも」,(已然久日苦待)至少現在

「乏(とも)しむべしや」,「乏しむ」乃自「乏し」衍生之下二段動詞。此為令人感到不足之意。

苦等一年,終得相逢,然對方卻如慢郎中,心焦如焚所詠。類歌2079。


2018 【承前,九八廿三。】

 天漢 去歲渡代 遷閇者 河鷄踏 夜深去來

 天川(あまのがは) 去年渡(こぞのわたり)で 移(うつ)ろへば 川(かはせ)を踏(ふ)むに 夜(よ)そ更(ふ)けにける

 銀河天之川 去年涉水之所渡 川鶸遷矣 踏破鐵鞋覓淺鵝/槫摸評夜已深

柿本人麻呂 2018

「去年渡(こぞのわたり)で」,去年徒步涉水之川道。

「移(うつ)ろへば」,一年之間,水之深淺發生變化。

「川(かはせ)を踏(ふ)むに」,踏尋可以渡水之川麈郡屐


2019 【承前,九八廿四。】

 自古 擧而之服 不顧 天河津爾 年序經去來

 古(いにしへ)ゆ 上(あ)げてし服(はた)も 顧(かへりみ)ず 天川津(あまのかはづ)に 年(とし)ぞ經(へ)にける

 自古弄機杼 所織之服更不顧 終日不成章 泣涕如雨天川津 無為愁嘆渡一年

柿本人麻呂 2019

「上(あ)げてし服(はた)も」,「上(あ)ぐ」指為了織布而掛於織機之上,或云織成之服。『昭明文選古詩十九首「迢迢牽牛星」有云「終日不成章,泣涕零如雨。」織女思念牽牛,荒廢織業。

「天川津(あまのかはづ)」,銀河之埠口。

2020 【承前,九八廿五。】

 天漢 夜船滂而 雖明 將相等念夜 袖易受將有

 天川(あまのがは) 夜船(よふね)を漕(こ)ぎて 明(あ)けぬとも 逢(あ)はむと思(おも)ふ夜(よ) 袖交(そでか)へず有(あ)らむ

 銀河川間 榜漕夜船耗終夜 縱然天將明 久離將逢此念夜 豈堪不與交枕耶

柿本人麻呂 2020

「袖交(そでか)へず有(あ)らむ」,相交衣袖互以為枕。

站在彥星立場所詠之曲。

2021 【承前,九八廿六。】

 遙媄等 手枕易 寐夜 雞音莫動 明者雖明

 遠妻(とほづま)と 手枕交(たまくらか)へて 寢(ね)たる夜(よ)は 雞(とり)が音莫鳴(ねなな)き 明(あ)けば明(あ)けぬとも

  久別夜逢鵝 ̄鷓柄裹亳鮗衙蹇‥嗣丙〔觴圈ヾ塰 庭雞識時務 縱令天明音莫啼

柿本人麻呂 2021

「遠妻(とほづま)」,此云織女。

「雞(とり)が音莫鳴(ねなな)き」,警告公雞勿報曉。

「明(あ)けば明(あ)けぬとも」,縱令天明亦不在意

2022 【承前,九八廿七。】

 相見久 猒雖不足 稻目 明去來理 舟出為牟孋

相見(あひみ)らく 飽足(あきだ)らねども 稻目(いなのめ)の 明去(あけさ)りにけり 舟出為(ふなでせ)む妻(つま)

  相看兩不厭 雖然離情誠依依 早朝篠稻目 良宵既過天明來 吾當出舟孋妻矣

柿本人麻呂 2022

「飽足(あきだ)らねども」,未能滿足。『一切經音義』云:「猒猶足也。」

「稻目(いなのめ)の」,「明」之枕詞古代住居用以採光、通風之篠目。『伊京集』云「篠目,しののめ,早朝之義。東布。」

「舟出為(ふなでせ)む妻(つま)」,「妻」為呼籲之對象。牛郎告知將出船返回。

2023 【承前,九八廿八。】

 左尼始而 何太毛不在者 白栲 帶可乞哉 戀毛不過者

 小寢初(さねそ)めて 幾許(いくだ)も在(あ)らねば 白栲(しろたへ)の 帶乞(おびこ)ふべしや 戀(こひ)も過(す)ぎねば

  自於共入寢 未經幾時宵苦短 素妙白栲兮 已然乞帶將離去 相思憂情未緩解

柿本人麻呂 2023

「幾許(いくだ)も在(あ)らねば」,ねば乃逆接用法。明明自二人入床纏綿,沒過多久,卻...

「白栲(しろたへ)の」,衣袖之枕詞,此用以修飾衣帶。

「帶乞(おびこ)ふべしや」,此云古時訪妻制,女子不欲男方離去,刻意藏匿男性之衣帶,而男子向其索求之習俗

「戀(こひ)も過(す)ぎねば」,此云春宵苦短,思慕之情未能消解。


2024 【承前,九八廿九。】

 萬世 攜手居而 相見鞆 念可過 戀爾有莫國

 萬代(よろづよ)に 攜(たづさは)り居(ゐ)て 相見(あひみ)とも 思過(おもひす)ぐべき 戀(こひ)に有(あ)ら無(な)くに

 縱令千萬世 執子之手與偕老 相看兩不厭 此戀唯有情更添 莫有思過無痕時

柿本人麻呂 2024

「攜(たづさは)り居(ゐ)て」,手牽手地生活

相見(あひみ)とも」,動詞「見」以連用形與接續助詞「とも」相接。

「思過(おもひす)ぐ」,不再思念思念過去,不復想起之狀。


2025 【承前,九八三十。】

 萬世 可照月毛 雲隱 苦物敘 將相登雖念

 萬代(よろづよ)に 照(て)るべき月(つき)も 雲隱(くもがく)り 苦(くる)しき物(もの)ぞ 逢(あ)はむと思(おも)へど

 縱應千萬世 可為照臨明月者 雲隱之所如 吾等兩別心甚苦 雖然欲逢不得見

柿本人麻呂 2025

「萬代(よろづよ)に 照(て)るべき月(つき)も 雲隱(くもがく)り」,此為比喻無法相見而哀傷之心情。然而此用「月も」而非「月の」,蓋實際情景亦為雲蔽月色乎。


2026 【承前,九八卅一。】

 白雲 五百遍隱 雖遠 夜不去將見 妹當者

 白雲(しらくも)の 五百重(いほへ)に隱(かく)り 遠(とほ)くとも 夕去(よひさ)らず見(み)む 妹(いも)が當(あた)りは

 雖為白雲之 千重五百重所蔽 隱於遠天邊 吾人夜夜望彼處 宵宵念我織女邊

柿本人麻呂 2026

「白雲(しらくも)の 五百重(いほへ)に隱(かく)り」,被層層白雲所遮蔽。

「夕去(よひさ)らず」,無夕不...,每逢夕暮之時。

「妹(いも)が當(あた)りは」,「は」乃「らば」之意。


2027 【承前,九八卅二。】

 為我登 織女之 其屋戶爾 織白布 織弖兼鴨

 我(あ)が為(ため)と 織女(たなばたつめ)の 其宿(そのやど)に 織(お)る白栲(しろたへ)は 織(お)りてけむかも

 奉為吾人而 天津棚機織女之 在於其宿間 所織絹絲白栲衣 業已織成完遂哉

柿本人麻呂 2027

「我(あ)が為(ため)と」,「と」乃「とて」、「と思って」之意。常例「為(ため)」接在「我(あ)」之後而「故(ゆゑ)」續於「我(わ)」之後。

「織女(たなばたつめ)」,棚機女。常略為「たなばた(棚機、織女、七夕)」。


2028 【承前,九八卅三。】

 君不相 久時 織服 白栲衣 垢附麻弖爾

 君(きみ)に逢(あ)はず 久(ひさ)しき時(とき)ゆ 織(お)る服(はた)の 白栲衣(しろたへころも) 垢付(あかつ)く迄(まで)に

 不得與君逢 日經月累時已久 妾身所手織 神服絹絲白栲衣 久置素裳既化緇

柿本人麻呂 2028

「織(お)る服(はた)の 白栲衣(しろたへころも)」,所織之布、服,「の」為表示同格之連接語。

「垢付(あかつ)く迄(まで)に」,因為過了長遠的時間白衣積滿灰塵。

2029 【承前,九八卅四。】

 天漢 梶音聞 孫星 與織女 今夕相霜

 天川(あまのがは) 楫音聞(かぢのおときこ)ゆ 彥星(ひこほし)と 織女(たなばたつめ)と 今夜逢(こよひあ)ふらしも

 銀河天之川 榜舟楫音聲可聞 蓋是鴛鴦命 牛郎彥星與織女 久別今夜復將逢

柿本人麻呂 2029

「天川(あまのがは) 楫音聞(かぢのおときこ)ゆ」,「天川」表音聲之地點,乃「天川に」之略。「聞(きこ)ゆ」乃「すなり」之轉。


2030 【承前,九八卅五。】

 秋去者 川霧立 天川 河向居而 戀夜多

 秋去(あきさ)れば 川霧立(かはぎりた)てる 天川(あまのがは) 川(かは)に向居(むきゐ)て 戀(こ)ふる夜(よ)そ多(おほ)き

 每逢秋至者 川霧瀰漫層湧起 銀河天之川 吾面彼川佇孤零 愁於相思夜頗多

柿本人麻呂 2030

「川霧立(かはぎりた)てる」,原文陽明本作「河霧」,其他皆作「川霧」。

後撰和歌集』引此歌,有「秋くれば、川霧渡る、天の川」(秋上、244)

2031 【承前,九八卅六。】

 吉哉 雖不直 奴延鳥 浦嘆居 告子鴨

 良(よ)しゑやし 直(ただ)ならずとも 鵺鳥(ぬえどり)の 衷嘆居(うらなげを)りと 告(つ)げむ子(こ)も欲得(がも)

 未嘗不可哉 縱令不得與君逢 虎鶫鵺鳥兮 暗自愁嘆度日者 欲得人子替相告

柿本人麻呂 2031

「良(よ)しゑやし」,無所謂自暴自棄放任語氣。

「直(ただ)ならずとも」,就算無法直接與心上人碰面。

「告(つ)げむ子(こ)も欲得(がも)」,希望有人能將自身苦於相思之狀傳達給心上人

2032 【承前,九八卅七。】

 一年邇 七夕耳 相人之 戀毛不過者 夜深徃久毛【一云,不盡者,佐宵曾明爾來。】

 一年(ひととせ)に 七日夜(なぬかのよ)のみ 逢人(あふひと)の 戀(こひ)も過(す)ぎねば 夜(よ)は更行(ふけゆ)くも【一云(まやにいふ)、盡(つ)きねばさ、小夜(よ)そ明(あ)けにける。】

 遙遙一年間 唯有七夕能相逢 親親意中人 吾之熱戀無所解 然嘆此宵夜已更【一云,吾之熱戀尚未盡 然嘆小夜天將明。】

柿本人麻呂 2032

「逢人(あふひと)の」,此云牛郎織女二星。

「戀(こひ)も過(す)ぎねば」、「盡(つ)きねば」,此云相思之戀尚未緩解情意未竟之間。


2033 【承前,九八卅八。】

 天漢 安川原 定而 神競者 磨待無

 天川(あまのがは) 安川原(やすのかはら) 定而(未詳) 神競者(未詳) 磨待無(未詳)

 遙遙久方兮 銀漢天安之川原 太占神定而(さだまりて) 吾心急促情不寧(こころはやれば) 難堪枯待相逢時(ときまたなくに)

柿本人麻呂 2033

 此歌一首,庚辰年作之。

 右,柿本朝臣人麻呂之歌集出。

「定而 神競者 磨待無」,未詳。自古為難訓而有多說。 崢蠅泙蠅匿清ァ覆むつきほひ)は時待たなくに」・・「佐々木本」◆崢蠅泙蠅匿清ァこころきほへば)磨(と)ぎて待たなく」・・「中西本」「定まりて神し競(きほ)へば年待たなくに」・・「全註釈」ぁ崢蠅泙蠅匿清ァ覆むつきほひ)は時待たなくに」・・「註釈万葉集」ァ崢蠅泙蠅匿澄覆む)つ集(つど)ひは時待たなくに」・・「万葉集総釈」Α崢蠅泙蠅匿世袈ァ覆ほ)へば麻呂も待たなく」・・「万葉集大成」А崟鼎泙蠅匿澄こころ)きほへば時待たなくに」・・「私注」 https://blogs.yahoo.co.jp/jk2hri2/32395323.html

http://base1.nijl.ac.jp/~kojiruien/saijibu/main/h001246.html


2034 【承前,九八卅九。】

 棚機之 五百機立而 織布之 秋去衣 孰取見

 織女(たなばた)の 五百機立(いほはたた)てて 織(お)る布(ぬの)の 秋去衣(あきさりごろも) 誰(たれ)か取見(とりみ)む

 天津織女之 五百棚機列一面 奉為心上人 所以織布秋去衣 孰人可為修繕哉

佚名 2034

「織女(たなばた)の 五百機(いほはた)」,數量龐大之織機。織女為牛郎苦心編織衣服表現

「秋去衣(あきさりごろも)」,秋日之衣服。「去(さ)り」表時節之到來。

「誰(たれ)か取見(とりみ)む」,同情牛郎孤身一人,織女苦心編織之衣服無人替其照料。


2035 【承前,九八四十。】

 年有而 今香將卷 烏玉之 夜霧隱 遠妻手乎

 年(とし)に有(あり)て 今(いま)か卷(ま)くらむ 烏玉(ぬばたま)の 夜霧隱(よぎりこも)れる 遠妻手(とほづまのて)を

 相隔時有年 今夜久逢共纏綿 漆遽╋滅掘〔詭互侈〆[評 遠妻玉手吾為枕

佚名 2035

「年(とし)に有(あり)て」,此云自上次相逢已經事隔有年

「今(いま)か卷(ま)くらむ」,「卷(ま)く」乃以之為枕之意。

以旁觀者之立場欣慰牛郎織女相逢之曲。

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2017-11-18-土

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万葉集試訳

1970 【承前,十首第五。】

 見渡者 向野邊乃 石竹之 落卷惜毛 雨莫零行年

 見渡(みわた)せば 向野邊(むかひののへ)の 撫子(なでしこ)の 散(ち)らまく惜(を)しも 雨莫降(あめなふ)りそね

 放眼望去者 向野之處所叢生 石竹撫子花 散華零落令人惜 還願此雨莫輙降

佚名 1970

「見渡(みわた)せば」,於釁之處遠望。

「撫子(なでしこ)」,秋草七種之一。而亦常詠於夏日

「雨莫降(あめなふ)りそね」,表希求語句之「そね」,其原文書作「行年」者,亦見於0299、1319,然何以訓此則未詳根據。

1971 【承前,十首第六。】

 雨間開而 國見毛將為乎 故鄉之 花橘者 散家武可聞

 雨間明(あままあ)けて 國見(くにみ)も為(せ)むを 故鄉(ふるさと)の 花橘(はなたちばな)は 散(ち)りにけむかも

 陰雨降連綿 待𣋠之間雖心欲 登高見國中 然念故鄉花橘者 蓋遭雨摧散盡矣

佚名 1971

「雨間明(あままあ)けて」,雨間乃雨歇之間際。「明(あ)けて」為等待天晴。

「國見(くにみ)」,於登高望遠。本為農耕儀禮,而隨民俗移往歌垣,遂在往後帶有為政者行政治視察之意味

「故鄉(ふるさと)」,此云平城遷都後之飛鳥舊京。

1972 【承前,十首第七。】

 野邊見者 瞿麦之花 咲家里 吾待秋者 近就良思母

 野邊見(のへみ)れば 撫子花(なでしこのはな) 咲(さ)きにけり 我(あ)が待秋(まつあき)は 近付(ちかづ)くらしも

 眼見野邊者 瞿麦石竹撫子花 綻放咲無惜 人云見微能知著 吾所待秋蓋近矣

佚名 1972

「撫子花(なでしこのはな)」,秋草七種。此見撫子盛開,蓋知秋之將近。

1973 【承前,十首第八。】

 吾妹子爾 相市乃花波 落不過 今咲有如 有與奴香聞

 我妹子(わぎもこ)に 楝花(あふちのはな)は 散過(ちりす)ぎず 今咲(いまさ)ける如(ごと) 有(あ)りこせぬかも

 親親吾妹子 吾苦相思久未逢 還願猶楝花 盛開不謝之所如 可得相與晤逢哉

佚名 1973

「我妹子(わぎもこ)に 楝花(あふちのはな)は」,「楝(あふち)」,花色紫,盛於五月末,與「逢(あ)ふ」雙關。

「散過(ちりす)ぎず」,「過(す)ぐ」表花或紅葉凋落之狀。

「有(あ)りこせぬかも」,「こせ」為「くれ」之意,「ぬか」表希求

1974 【承前,十首第九。】

 春日野之 藤者散去而 何物鴨 御狩人之 折而將插頭

 春日野(かすがの)の 藤(ふぢ)は散(ち)りにて 何(なに)をかも 御狩人(みかりのひと)の 折(を)りて髻首(かざ)さむ

  奈良春日野 野間藤浪已散去 今當以何華 從駕藥獵御狩人 手折插頭將髻首

佚名 1974

「散(ち)りにて」,「散去(ちりさ)にて」之略。

「何(なに)」原文「何物」乃漢籍俗語表現

「御狩人(みかりのひと)」,御狩乃天皇出巡之遊獵。此云五月之藥獵。

1975 【承前,十首第十。】

 不時 玉乎曾連有 宇能花乃 五月乎待者 可久有

 時(とき)ならず 玉(たま)をそ貫(ぬ)ける 卯花(うのはな)の 五月(さつき)を待(ま)たば 久(ひさ)しくあるべみ

 雖非其時節 以為藥玉貫命縷 妍哉卯之花 若待五月端午節 時日方長可久矣

佚名 1975

「時(とき)ならず 玉(たま)をそ貫(ぬ)ける」,迫不急待早於五月藥玉之時節以前,將卯花串於長命縷上。

「卯花(うのはな)」,一般認為卯花開於五月。

「久(ひさ)しくあるべみ」,「べみ」乃推量助動詞「べし」之み句法。


1976 問答 【二首第一。】

 宇能花乃 咲落岳從 霍公鳥 鳴而沙度 公者聞津八

 卯花(うのはな)の 咲散(さきち)る岡(をか)ゆ 霍公鳥(ほととぎす) 鳴(な)きて小渡(さわた)る 君(きみ)は聞(き)きつ哉(や)

  自於卯華之 花開花落此岡邊 杜鵑霍公鳥 鳴泣翱翔大虛者 吾君可有耳聞哉

 佚名 1976

「咲散(さきち)る岡(をか)ゆ」,「ゆ」表經由點。「咲散(さきち)る」之類似表現可見1834之「咲散過ぎぬ」。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#1834

1977 【承前,二首第二。】

 聞津八跡 君之問世流 霍公鳥 小竹野爾所沾而 從此鳴綿類

 聞(き)きつ哉(や)と 君(きみ)が問(と)はせる 霍公鳥(ほととぎす) 濕霑(しのの)に濡(ぬ)れて 此(こ)ゆ鳴渡(なきわた)る

  可曾耳聞哉 吾君如此探問者 杜鵑霍公鳥 霑濕漬濡不辭勞 經此鳴渡聲切切

 佚名 1977

「聞(き)きつ哉(や)と」,呼應前曲之「君(きみ)は聞(き)きつ哉(や)」。以其答歌亦用「君」字,蓋為男性人間之問答。

前半類歌1563。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1563

1978 譬喻歌

 橘 花落里爾 通名者 山霍公鳥 將令響鴨

 橘(たちばな)の 花散(はなち)る里(さと)に 通(かよ)ひなば 山霍公鳥(やまほととぎす) 響(とよ)もさむかも

  若吾經花橘 零落舞散此里間 雖懷橘飄香 然度山霍公鳥等 蓋將騷鳴響喧囂

 佚名 1978

「花散(はなち)る里(さと)に」,此云女方居住之鄉里。意識周圍居民之表現。『源氏物語』花散里之卷有「橘の 香懐かしみ 杜鵑 花散る里を 訪ねてぞとふ」之語。

「山霍公鳥(やまほととぎす)」,圍繞女方周遭,對兩者交往不懷好意之齢舷妖。

「響(とよ)もさむかも」,此處「響(とよ)もす」指喧囂之言行,妨礙婚姻行為


相聞

1979 寄鳥 【三首第一。】

 春之在者 酢輕成野之 霍公鳥 保等穗跡妹爾 不相來爾家里

 春去(はるさ)れば 蜾蠃(すがる)なす野(の)の 霍公鳥(ほととぎす) 殆妹(ほとほといも)に 逢(あ)はず來(き)にけり

 逢春之在者 蜾嬴音鳴那須野 杜鵑霍公鳥 殆不與吾心所繫 妹子相逢而來矣

佚名 1979

「蜾蠃(すがる)なす野(の)の」,「蜾蠃」乃「似我(じか)蜂」之古名。以其腹部第一節至第二節纖細,被作為美女形容詞。「なす」有「鳴らす」之意,指蜜蜂拍動翅膀所發之聲響。而「なす野(の)」有與下野國「那須野(なすの)」相關之說。

「霍公鳥(ほととぎす)」,藉類音引出「殆(ほとほと)」之序。

「殆(ほとほと)」,險將、殆要之意。差點就錯失了與心上人相會之機會,欣喜與愛人相逢之語。

1980 【承前,三首第二。】

 五月山 花橘爾 霍公鳥 隱合時爾 逢有公鴨

 五月山(さつきやま) 花橘(はなたちばな)に 霍公鳥(ほととぎす) 隱(こも)らふ時(とき)に 逢(あ)へる君(きみ)かも

 夏日五月天 山間杜鵑霍公鳥 隱匿花橘間 規避人目此時節 倏然來逢吾君矣

佚名 1980

五月山(さつきやま) 花橘(はなたちばな)に 霍公鳥(ほととぎす)」,古俗以為不聞夏鳥杜鵑之鳴時,乃其歸隱深山之際。

「隱(こも)らふ」,作者蓋為女性,因某種原因迴避人目,忌籠隱居。

1981 【承前,三首第三。】

 霍公鳥 來鳴五月之 短夜毛 獨宿者 明不得毛

 霍公鳥(ほととぎす) 來鳴(きな)く五月(さつき)の 短夜(みじかよ)も 獨(ひとり)し寢(ぬ)れば 明(あ)かし兼(か)ねつも

 杜鵑霍公鳥 所以來鳴五月天 縱令夏夜短 若是孤寢獨宿者 仍恨夜長天難明

佚名 1981

「短夜(みじかよ)」,按『政事要略』,八月至正月乃長夜,以外為短夜。夏日晝長夜短,然孤寢難眠,仍感夜長。


1982 寄蟬

 日倉足者 時常雖鳴 於戀 手弱女我者 不定哭

 蜩(ひぐらし)は 時(とき)と鳴(な)けども 戀(こひ)しくに 手弱女我(たわやめあれ)は 定(さだ)まらず泣(な)く

 暮蟬晚蜩者 所鳴嘶噪有定時 然顧長相思 於戀手弱女我者 傷神啼泣時無定

佚名 1982

「時(とき)と」,現在正為所定之時。

「定(さだ)まらず泣(な)く」,無固定時間,隨時、時常。


1983 寄草 【四首第一。】

 人言者 夏野乃草之 繁友 妹與吾師 攜宿者

 人言(ひとごと)は 夏野草(なつののくさ)の 繁(しげ)くとも 妹(いも)と我(あれ)とし 攜寢(たづさはりね)ば

 慮千語者 雖如夏野雜草繁 然妹與吾者 不畏世間噂所謗 執手雙宿寢纏綿

佚名 1983

「繁(しげ)」,旁人之慮穿慮貎嗷錙

「攜寢(たづさはりね)ば」,互執對方之手而寢。

1984 【承前,四首第二。】

 廼者之 戀乃繁久 夏草乃 苅掃友 生布如

 此頃(このころ)の 戀繁(こひのしげ)けく 夏草(なつくさ)の 刈掃(かりはら)へども 生及(おひし)く如(ごと)し

 比日此頃之 戀之憂思繁無間 一猶夏草茂 雖然苅掃去不盡 儵然復生之所如

佚名 1984

「此頃(このころ)の」,原文「廼者」與「頃者」同。「廼」為「此」之意。

「生及(おひし)く如(ごと)し」,無論如何薙除,亦立即復生,在生長力之前除草不過徒勞。


1985 【承前,四首第三。】

 真田葛延 夏野之繁 如是戀者 信吾命 常有目八面

 真葛延(まくずは)ふ 夏野繁(なつののしげ)く 如是戀(かくこ)ひば 誠我(まことわ)が命(いのち) 常(つね)ならめやも

 真葛廣蔓延 夏野盛繁茂蕃蕪 吾戀若猶此 須臾脆促此命者 終究豈可有常哉

佚名 1985

「真葛延(まくずは)ふ」,葛藤蔓延生長之茂。1901有「延葛の」云云。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m10.htm#1901

「誠(まこと)」,完全、實在。

類歌2891。


1986 【承前,四首第四。】

 吾耳哉 如是戀為良武 垣津旗 丹頰合妹者 如何將有

 我(あれ)のみや 如是戀(かくこ)ひすらむ 垣津旗(かきつはた) 丹頰(につら)ふ妹(いも)は 如何(いか)にか有(あ)るらむ

 蓋唯吾爾耶 焦戀如此燔身心 垣津旗所如 紅顏倩影我妹子 汝之方寸作何如

佚名 1986

「垣津旗(かきつはた)」,菖蒲多年草。古時用以形容美麗之女性

「丹頰(につら)ふ妹(いも)は」,面色紅潤。

「如何(いか)にか有(あ)るらむ」,其真情究竟如何?是否稍有察覺作者之慕情

1987 寄花 【七首第一。】

 片搓爾 絲叫曾吾搓 吾背兒之 花橘乎 將貫跡母日手

 片縒(かたより)に 絲(いと)をそ我(あ)が縒(よ)る 我(わ)が背子(せこ)が 花橘(はなたちばな)を 貫(ぬ)かむと思(おも)ひて

 手執獨編絮 紡搓為線何所念 奉為吾兄子 山橘赤實藪山子 欲以貫之繫君情

佚名 1987

「片縒(かたより)に」,以一縷之絮所編成之絲。一般二縷成編,故獨縷有單戀搖搖欲墜,不耐長久之寓意

「貫(ぬ)かむと思(おも)ひて」,製作五月藥玉,贈與心上人。原文「將貫跡母日手」之「母」,乃對母、乳母之幼兒語「おも」之借訓表記

類歌 1340。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m07.htm#1340


1988 【承前,七首第二。】

 鷪之 徃來垣根乃 宇能花之 厭事有哉 君之不來座

 鶯(うぐひす)の 通(かよ)ふ垣根(かきね)の 卯花(うのはな)の 憂事有(うきことあ)れ哉(や) 君(きみ)が來坐(きま)さぬ

 蓋如黃鶯之 所以往來垣根間 卯花之所如 吾君當有憂事哉 以故久不來相會

佚名 1988

「卯花(うのはな)の」,以上,借同音「う」引出下文「憂」字之序。

「憂事有(うきことあ)れ哉(や)」,疑問條件法。「憂(う)し」表意所不快,了無幹勁。

類歌1501。https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1501


1989 【承前,七首第三。】

 宇能花之 開登波無二 有人爾 戀也將渡 獨念爾指天

 卯花(うのはな)の 咲(さ)くとは無(な)しに ある人(ひと)に 戀(こ)ひや渡(わた)らむ 片思(かたもひ)にして

 未嘗如卯花 華咲結實無情郎 慕情誠徒然 落花有意水無情 吾情不叶總單戀

佚名 1989

「卯花(うのはな)の」,「卯」字蘊有憂情之意。

「咲(さ)くとは無(な)しに」,「咲く」隱喻男女關係結實。

「戀(こ)ひや渡(わた)らむ」,詠嘆疑問句。

1990 【承前,七首第四。】

 吾社葉 憎毛有目 吾屋前之 花橘乎 見爾波不來鳥屋

 我(あれ)こそば 憎(にく)くもあらめ 我(わ)が宿(やど)の 花橘(はなたちばな)を 見(み)には來(こ)じとや

 唯吾徒傷神 閨怨憎恨度日哉 吾宿庭苑之 花橘雖開是徒然 君蓋無意來賞耶

佚名 1990

「我(あれ)こそば 憎(にく)くもあらめ」,此「憎」字並非全面之嫌惡,而屬閨怨之疇。

以花為媒介,邀約近日不來會晤之愛人之曲。

1991 【承前,七首第五。】

 霍公鳥 來鳴動 岡邊有 藤浪見者 君者不來登夜

 霍公鳥(ほととぎす) 來鳴響(きなきとよ)もす 岡邊(をかへ)なる 藤波見(ふぢなみみ)には 君(きみ)は來(こ)じとや

 杜鵑霍公鳥 所以飛來鳴響之 岡邊藤花咲 吾雖冀共翫藤浪 君蓋無意來賞耶

佚名 1991

藤波見(ふぢなみみ)には」,「藤浪」乃藤花之雅語。「は」字含有「縱不來與吾人相會,豈有不來賞藤之理。」之寓意

1992 【承前,七首第六。】

 隱耳 戀者苦 瞿麦之 花爾開出與 朝旦將見

 隱(こも)りのみ 戀(こ)ふれば苦(くる)し 撫子(なでしこ)の 花(はな)に咲出(さきで)よ 朝(あさ)な朝(あさ)な見(み)む

 隱籠深窗中 兩別戀者甚苦矣 還願佳人者 化作撫子花盛咲 朝朝旦旦欲相見

佚名 1992

「隱(こも)りのみ」,總是藏身家中

「花(はな)に咲出(さきで)よ」,希望戀人能如花般盛開,以時時觀賞。希望戀人、家族親友化作花卉得以時常相見之歌不少,然如此曲般以命令形式者不多見。

1993 【承前,七首第七。】

 外耳 見筒戀牟 紅乃 末採花之 色不出友

 外(よそ)のみに 見(み)つつ戀(こ)ひなむ 紅(くれなゐ)の 末摘花(すゑつむはな)の 色(いろ)に出(い)でずとも

 遠觀不能近 遙遙望之慕情燃 縱令汝含蘊 不若鮮紅末摘花 艷色不出仍可也

佚名 1993

「見(み)つつ戀(こ)ひなむ」,「つつ」底本作「筒」,而部分校本作「箇」。按古時「筒」、「箇」相通,然有筒以箇代之例,少有箇以筒代之例。

「紅(くれなゐ)の 末摘花(すゑつむはな)の」,「紅(くれなゐ)」乃「紅花(べにはな)」。菊科越年草,夏開鮮黃色之頭花,可摘其末花,以為紅色染料,故名。

「色(いろ)に出(い)でずとも」,「色(いろ)」比喻將心中思念化作行動言語表現出來。

1994 寄露

 夏草乃 露別衣 不著爾 我衣手乃 干時毛名寸

 夏草(なつくさ)の 露別衣(つゆわけごろも) 著(つ)け無(な)くに 我(わ)が衣手(ころもで)の 乾(ふ)る時(とき)も無(な)き

 排分夏草之 闢路道別露霑衣 分明不著而 何以吾袖衣手者 常時漬濡無乾時

佚名 1994

「露別衣(つゆわけごろも)」,踏破結露草原而為之沾濕的衣服


1995 寄日

 六月之 地副割而 照日爾毛 吾袖將乾哉 於君不相四手

 六月(みなづき)の 地(つち)さへ裂(さ)けて 照日(てるひ)にも 我(わ)が袖干(そでひ)めや 君(きみ)に逢(あ)はずして

 縱令水無兮 季夏六月能割地 猛烈照日者 雖可令我衣袖乾 無以致吾與君逢

佚名 1995

六月(みなづき)の」,水無月,季夏。一年之中最曙熱之時期。

類歌2857。


秋雜歌

1996 七夕 【九八第一。】

 天漢 水左閇而照 舟竟 舟人 妹等所見寸哉

 天川(あまのがは) 水(みづ)さへに照(て)る 舟泊(ふねは)てて 舟(ふね)なる人(ひと)は 妹(いも)に見(み)えきや

 華麗照天漢 銀河之水映堂皇 船泊著彼岸 乘舟之人牛郎矣 汝可得見織女哉

柿本人麻呂 1996

「天川(あまのがは)」,銀河。以其流向與地上之漢水相符,故亦稱天漢。

「舟泊(ふねは)てて」,「泊」字原文「竟」者,按古本『玉篇』云:「終也。」

「舟(ふね)なる人(ひと)は」,乘舟之人,牛郎。中國牛郎織女傳說,多為織女渡鵲橋訪牽牛,而在日本受訪妻制習俗影響,多為牛郎渡船與織女相逢。


1997 【承前,九八第二。】

 久方之 天漢原丹 奴延鳥之 裏歎座都 乏諸手丹

 久方(ひさかた)の 天川原(あまのかは)らに 鵺鳥(ぬえどり)の 衷歎坐(うらなげま)しつ 術無(すべな)き迄(まで)に

 遙遙久方兮 銀河天之川原間 鵺鳥虎鶇之 胸懷哀嘆泣心中 悲戚乏術令人惋

柿本人麻呂 1997

「鵺鳥(ぬえどり)の」,虎鶇,「衷泣(うらな)く」之枕詞。此句主語乃織女。

「術無(すべな)き迄(まで)に」,此云地上之人,對天上牛郎織女之戀情感到同情之狀。

1998 【承前,九八第三。】

 吾戀 嬬者知遠 徃船乃 過而應來哉 事毛告火

 我(あ)が戀(こひ)を 夫(つま)は知(し)れるを 行舟(ゆくふね)の 過(す)ぎて來(く)べしや 言(こと)も告(つ)げなむ

 親親吾夫者 明知妾身戀如此 然汝行舟者 可當過而應來哉 還願一言以相報

柿本人麻呂 1998

「夫(つま)は知(し)れるを」,「夫」指牛郎。「を」表逆接,此云織女哀道夫君分明知道己身戀之甚矣。

「行舟(ゆくふね)の 過(す)ぎて來(く)べしや」,此云牛郎乘舟,當接岸而行過埠頭。責難其故意令織女焦急之語。

「言(こと)も告(つ)げなむ」,「なむ」乃希求,而此為反事實之用法。原文「火」字乃依陰陽五行說而當於「南(なむ)」字之借訓。

1999 【承前,九八第四。】

 朱羅引 色妙子 數見者 人妻故 吾可戀奴

 赤(あか)らひく 色麗(いろぐは)し兒(こ)を 屢見(しばみ)れば 人妻故(ひとづまゆゑ)に 我戀(あれこ)ひぬべし

 紅顏色妙之 窈窕佳人令人迷 屢見之間者 雖知名花既有主 吾仍不覺心戀之

柿本人麻呂 1999

「妹」,此云織女星

「赤(あか)らひく」,散發著赤色光輝,多用於日、朝之枕詞,而此云美人化妝之紅顏。

「色麗(いろぐは)し兒(こ)を」,此云織女容姿端麗。「麗(くは)し」為纖細美麗之意。

人妻故(ひとづまゆゑ)に 我戀(あれこ)ひぬべし」,雖然是名花有主的人妻,卻難以克制地戀上美貌的織女。站在第三者立場所詠。

2000 【承前,九八第五。】

 天漢 安渡丹 船浮而 秋立待等 妹告與具

 天川(あまのがは) 安渡(やすわたり)に 舟浮(ふねう)けて 秋立待(あきたちま)つと 妹(いも)に告(つ)げこそ

 銀河天之川 天安河原渡場間 浮舟乘浪上 吾人佇立待七夕 還願相告令妻悉

柿本人麻呂 2000

「安渡(やすわたり)に」,此云記紀神話中所述之天安河原。渡乃渡場。將七夕傳說與日本神話融合之例。

「秋立待(あきたちま)つと」,難待一年一度相會之七夕之夜,佇立相俟。

「妹(いも)に告(つ)げこそ」,「こそ」表希求。牛郎請渡守代為轉告織女之語。

2001 【承前,九八第六。】

 從蒼天 徃來吾等須良 汝故 天漢道 名積而敘來

 大空(おほぞら)ゆ 通(かよ)ふ我(われ)すら 汝(な)が故(ゆゑ)に 天川道(あまのかはぢ)を 滯(なづ)みてぞ來(こ)し

 縱令是蒼天 吾能去來翔自由 然若為汝故 雖然天川道難涉 不辭辛勞來相會

柿本人麻呂 2001

「大空(おほぞら)ゆ 通(かよ)ふ我(われ)すら」,「すら」乃「すらを」之略。彥星自負有自由翱翔天際之能力。雖然如此,卻為銀河所阻無法相會。所謂「盈盈一水間,脈脈不得語。」

「滯(なづ)みてぞ來(こ)し」,「滯(なづ)み」乃難涉之意。

2002 【承前,九八第七。】

 八千戈 神自御世 乏孋 人知爾來 告思者

 八千桙(やちほこ)の 神御代(かみのみよ)より 乏(とも)し妻(づま) 人知(ひとし)りにけり 繼(つ)ぎてし思(おも)へば

 早自大國主 八千桙神御代起 吾妻稀能逢 人盡皆知川無涯 以吾常相戀慕矣

柿本人麻呂 2002

「八千桙(やちほこ)の 神」,大國主命萬葉集中,論及物事起源遠古者,多引此神名號。此亦七夕傳說、日本神話融合之例。

「乏(とも)し妻(づま)」,相逢機會及其稀少之妻子。

「繼(つ)ぎてし思(おも)へば」,一直以來長相思,故眾人皆知。「繼」字原文「告」者,可知其在上古同源。

2003 【承前,九八第八。】

 吾等戀 丹穗面 今夕母可 天漢原 石枕卷

 我(あ)が戀(こ)ふる 丹秀面輪(にのほのおもわ) 今宵(こよひ)もか 天川原(あまのかはら)に 石枕枕(いしまくらま)く

 吾之所戀慕 朝思暮想紅顏矣 想汝今宵亦 獨守天安河原間 以石為枕孤枕眠

柿本人麻呂 2003

「丹秀面輪(にのほのおもわ)」,「秀(ほ)」指容易引人注目。與「穗(ほ)」同源。「面輪(おもわ)」表織女圓滿之容顏。

「石枕枕(いしまくらま)く」,一般枕石指死者入土而言,此則云織女難耐相思之情,逕至河邊盼君速至。

2004 【承前,九八第九。】

 己孋 乏子等者 竟津 荒礒卷而寐 君待難

 己夫(おのづま)に 乏(とも)しき兒等(こら)は 泊(は)てむ津(つ)の 荒礒卷(ありそま)きて寢(ね)む 君待難(きみまちかて)に

 稀能與夫逢 獨守空閨織女者 不能堪相思 寢於泊津荒礒上 枕石盼君早日來

柿本人麻呂 2004

「己夫(おのづま)に」,此云織女之夫牛郎。

「泊(は)てむ津(つ)の」,牛郎乘舟將停泊之港口。

「荒礒卷(ありそま)きて寢(ね)む」,荒礒指銀河之岩岸。

「君待難(きみまちかて)に」,難以靜靜地等待。

2005 【承前,九八第十。】

 天地等 別之時從 自孋 然敘干而在 金待吾者

 天地(あめつち)と 分(わか)れし時(とき)ゆ 己(おの)が妻(つま) 如是(かく)ぞ離(か)れてある 秋待(あきま)つ我(われ)は

 自於遠神代 天地初盼時以來 吾人與愛妻 銀漢無涯離如此 是以我總待秋來

柿本人麻呂 2005

「天地(あめつち)と 分(わか)れし時(とき)ゆ」,古天地未剖陰陽不分,此云故事曩久,自天地開闢以來。

「秋待(あきま)つ我(われ)は」,「秋」字原文作「金」者,乃依五行思想之借訓。

2006 【承前,九八十一。】

 孫星 嘆須孋 事谷毛 告爾敘來鶴 見者苦彌

 彥星(ひこほし)は 嘆(なげ)かす妻(つま)に 言(こと)だにも 告(つ)げにぞ來(き)つる 見(み)れば苦(くる)しみ

 牛郎彥星之 來茲悲嘆偲織女 盈盈一水間 隔之脈脈不得語 見者欷歔更鼻酸

柿本人麻呂 2006

「嘆(なげ)かす妻(つま)に」,牛郎哀嘆織女星難以相逢。

「告(つ)げにぞ來(き)つる」,「告(つ)げに」乃「告(つ)げむと」之轉,延續上句「だに」之情。希望至少能夠相談而來,然卻無法成遂。詠於七夕以外之日。

2007 【承前,九八十二。】

 久方 天印等 水無川 隔而置之 神世之恨

 久方(ひさかた)の 天印(あまつしるし)と 水無川(みなしがは) 隔(へだ)てて置(お)きし 神代(かみよ)し恨(うら)めし

 遙遙久方兮 天印嚴令不得˙犯 嚴堺水無川 隔而所置迄於今 亙古神代令人恨

柿本人麻呂 2007

「天印(あまつしるし)と」,存在天界標示禁止越境之印記。

水無川(みなしがは)」,一般指伏流無水之川,此云銀河

神代(かみよ)し恨(うら)めし」,憎恨設下此一屏障之神代。亦為將牛郎織女傳說與日本神話融合之曲。

2008 【承前,九八十三。】

 邏漫‐霧隱 遠鞆 妹傳 速告與

 烏玉(ぬばたま)の 夜霧(よぎり)に隱(こも)り 遠(とほ)くとも 妹(いも)が傳(つた)へは 早(はや)く告(つ)げこそ

 漆遽╋妄臓^徹婆詭現螳籠 銀漢雖迢迢 若有妹妻魚雁者 還願速告令吾知

柿本人麻呂 2008

「烏玉(ぬばたま)の」,「夜」、「遏彷枕詞

「妹(いも)が傳(つた)へは 早(はや)く告(つ)げこそ」,若有來自織女之傳言、書信,還望及早知會。相對地己身欲傳達給織女之雨,也願早速告之。「こそ」為表希求之終助詞

2009 【承前,九八十四。】

 汝戀 妹命者 飽足爾 袖振所見都 及雲隱

 汝(な)が戀(こ)ふる 妹命(いものみこと)は 飽足(あきだ)らに 袖振(そでふ)る見(み)えつ 雲隱(くもがく)る迄(まで)

 汝之所戀慕 天津棚機織女者 以離情依依 揮袖不止振衣手 直至雲隱不復見

柿本人麻呂 2009

「飽足(あきだ)らに」,「に」表原因、理由。織女因不捨離情,揮手疾振不已。

以旁觀者視點描述劉郎織女離別場景之曲。


2010 【承前,九八十五。】

 夕星毛 徃來天道 及何時鹿 仰而將待 月人壯

 夕星(ゆふつづ)も 通(かよ)ふ天道(あまぢ)を 何時迄(いつまで)か 仰(あふ)ぎて待(ま)たむ 月人壯士(つきひとをとこ)

 太白金星之 夕星往來天道矣 仰首長相待 當至何時彥星見 嗚呼月人壯士矣

柿本人麻呂 2010

「夕星(ゆふつづ)も 通(かよ)ふ天道(あまぢ)を」,夕星乃金星金星開始運行天道

「何時迄(いつまで)か 仰(あふ)ぎて待(ま)たむ」,昂首盼望,何時方能見得牛郎星。

「月人壯士(つきひとをとこ)」,對月球之擬人化呼稱。

2011 【承前,九八十六。】

 天漢 已向立而 戀等爾 事谷將告 孋言及

 天川(あまのがは) い向立(むかひた)ちて 戀(こ)ひしらに 言(こと)だに告(つ)げむ 妻(つま)と言迄(いふまで)は

 天漢銀河矣 相隔一水情脈脈 慕情無以止 還望一語緩憂思 直至七夕訪妻時

柿本人麻呂 2011

「戀(こ)ひしらに」,「ら」乃將形容詞名詞化之接尾語。


2012 【承前,九八十七。】

 水良玉 五百都集乎 解毛不見 吾者干可太奴 相日待爾

 白玉(しらたま)の 五百箇集(いほつつど)ひを 解(と)きも見(み)ず 我(あ)は離難(かれかて)ぬ 逢(あは)む日待(ひま)つに

 一猶白玉之 五百寶珠所集緒 不曾嘗解之 吾人難堪此離情 日日相待再逢時

柿本人麻呂 2012

白玉(しらたま)の 五百箇集(いほつつど)ひを」,「五百箇集(いほつつど)ひ」指多數整然之集合。白玉原文「水良玉」者,以「水(すい)」表「し」音或有不當,但可令人聯想水晶」之疇。亦有「水長鳥=息長鳥https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m09.htm#1738 之類例。

「我(あ)は離難(かれかて)ぬ」,「難(かて)」乃表可能之「克(か)つ」的中止型,其後接否定之「ぬ」或「ず」。「干」乃「離(か)れ」之借訓。「太」為「て」之音假名。

站在牛郎星之力場所詠之曲。或云織女星立場


2013 【承前,九八十八。】

 天漢 水陰草 金風 靡見者 時來來

 天川(あまのがは) 水蔭草(みづかげくさ)の 秋風(あきかぜ)に 靡(なび)かふ見(み)れば 時(とき)は來(き)にけり

 每逢見銀河 天川水蔭叢生草 伴隨秋風吹 搖曳靡動猶浪者 是知相逢時至矣

柿本人麻呂 2013

「水蔭草(みづかげくさ)」,叢生水蔭之草。然『日葡辭書』則云「穗間稻。詩歌語。」

「秋風(あきかぜ)」,原文依五行說作「金風」。

「靡(なび)かふ」,「靡(なび)ぐ」之持續態。

「時(とき)」,此云當與相逢之七夕

2014 【承前,九八十九。】

 吾等待之 白芽子開奴 今谷毛 爾寶比爾徃奈 越方人邇

 我(あ)が待(ま)ちし 秋萩咲(あきはぎさ)きぬ 今(いま)だにも 匂(にほ)ひに行(ゆ)かな 彼方人(をちかたひと)に

 吾所常相待 秋萩芽子咲顏開 迫不及待而 驅身渡水為所染 赴逢相思彼岸

柿本人麻呂 2014

「秋萩咲(あきはぎさ)きぬ」,原文「白芽子」之白乃依五行所為

「今(いま)だにも」,現在立刻。

「匂(にほ)ひに行(ゆ)かな」,為萩華之色所染,暗示戀人纏綿之狀。

「彼方人(をちかたひと)」,銀河對岸之織女星

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