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2016-07-20-水

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■補給物資

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万葉集試訳

0935 三年丙寅秋九月十五日,幸於播磨印南野時,笠朝臣金村作歌一首 【并短歌。】

 名寸隅乃 船黐禄蠍 淡路嶋 松帆乃浦爾 朝名藝爾 玉藻苅管 暮菜寸二 藻鹽燒乍 海末通女 有跡者雖聞 見爾將去 餘四能無者 大夫之 情者梨荷 手弱女乃 念多和美手 俳徊 吾者衣戀流 船梶雄名三

 名寸隅(なきすみ)の 舟(ふなせ)ゆ見(み)ゆる 淡路島(あはぢしま) 松帆浦(まつほのうら)に 朝凪(あさなぎ)に 玉藻刈(たまもか)りつつ 夕凪(ゆふなぎ)に 藻鹽燒(もしほや)きつつ 海人娘子(あまをとめ) 有(あり)とは聞(き)けど 見(み)に行(ゆ)かむ 由無(よしのな)ければ 大夫(ますらを)の 心(こころ)は無(な)しに 手弱女(たわやめ)の 思撓(おもひたわ)みて 徘徊(たもとほ)り 我(あれ)はそ戀(こ)ふる 舟梶(ふなかぢ)を無(な)み

 魚住名寸隅 舟麈饐豐峅銚 對面淡路島 松帆之浦邊津處 朝凪風靜時 刈取玉藻漁海幸 夕暮凪止時 燒藻煮潮製藻鹽 海人娘子等 吾聞人云彼娘子 雖欲往見者 然苦無由亦無術 身為大丈夫 吾念憂柔復寡斷 心猶手弱女 尋思難定情難奈 猶豫復徘徊 戀慕之情溢不止 然無舟梶無由往

笠金村 0935

「名寸隅(なきすみ)の 舟(ふなせ)ゆ見(み)ゆる」,名寸隅或書魚住,船麈汲頭之意。

「藻鹽燒(もしほや)きつつ」,焚藻為灰,溶於海水,煮凝成鹽。

「見(み)に行(ゆ)かむ 由無(よしのな)ければ」,此云己為供奉行幸之身,無法隨心所往。

「思撓(おもひたわ)みて」,心思曲撓。

「徘徊(たもとほ)り」,有所留戀而排迴不前。

0936 反歌二首 【承前。】

 玉藻苅 海未通女等 見爾將去 船梶毛欲得 浪高友

 玉藻刈(たまもか)る 海人娘子共(あまをとめども) 見(み)に行(ゆ)かむ 舟梶(ふなかぢ)もがも 波高(なみたか)くとも

 海人娘子等 刈取玉藻景甚美 吾欲得舟梶 以往松帆浦觀之 縱令浪高不怯懦

笠金村 0936

「舟梶(ふなかぢ)もがも」,もがも表願望,原文書作「欲得」。


0937 【承前,反歌第二。】

 徃迴 雖見將飽八 名寸隅乃 船麈鯨声ぁ〇誉N思良名美

 行迴(ゆきめぐ)り 見(み)とも飽(あ)かめや 名寸隅(なきすみ)の 舟黯(ふなせのはま)に 重(しき)る白波(しらなみ)

 徃迴行數度 雖再見之豈飽厭 魚住名寸隅 舟麈鯨海岸上 千敷萬重美白

笠金村 0937

「重(しき)る白波(しらなみ)」,後浪推前浪,幾重層疊之狀。

0938 山部宿禰赤人作歌一首 【并短歌。】

 八隅知之 吾大君乃 神隨 高所知流 稻見野能 大海乃原笶 荒妙 藤井乃浦爾 鮪釣等 海人船散動 鹽燒等 人曾左波爾有 浦乎吉美 宇倍毛釣者為 濱乎吉美 諾毛鹽燒 蟻徃來 御覽母知師 清白濱

 八隅治(やすみし)し 我(わ)が大君(おほきみ)の 隨神(かむながら) 高知(たかし)らせる 印南野(いなみの)の 大海原(おふみのはら)の 荒栲(あらたへ)の 藤井浦(ふぢゐのうら)に 鮪釣(しびつ)ると 海人舟騷(あまぶねさわ)き 鹽燒(しほや)くと 人(ひと)そ澤(さは)に在(あ)る 浦(うら)を良(よ)み 宜(うべ)も釣(つ)りはす 濱(はま)を良(よ)み 宜(うべ)も鹽燒(しほや)く 蟻通(ありがよ)ひ 見(め)さくも著(しる)し 清白濱(きよきしらはま)

 八隅治天下 經綸恢弘我大君 唯神隨神性 營造高宮臨天下 播磨印南野 綿見滄溟大海原 荒拷麤妙兮 藤井之浦邊津上 欲為釣鮪而 海人之舟騷萬動 欲為燒鹽而 人等眾集聚於此 以此浦良矣 理宜人集適漁釣 以此濱良矣 理宜人集燒海鹽 蟻通人不斷 絡繹不絕觀此景 清冽白濱此勝景

山部赤人 0938

「隨神(かむながら)」,尊天皇現人神,故云。

高知(たかし)らせる」,造宮高大。按『續日本紀』,行幸前九日,遣門部王等十八人為造頓宮司,發向播磨

大海原(おふみのはら)の」,『續日本紀』,云:「甲寅,至印南野邑美(おほみ、おふみ)頓宮。」邑美蓋大海之約音。

「荒栲(あらたへ)の」,藤之枕詞。粗糙之織物

藤井浦(ふぢゐのうら)」,未詳。反歌有「藤江浦(ふぢえのうら)」或為同地。

「鮪釣(しびつ)ると」,鮪多半以銛之類突之以獲,釣字少見。

「見(め)さくも著(しる)し」,「見(め)さく」乃「見(み)る」之敬語「召(め)す」之く句法。「著(しる)し」表證據明確。



0939 反歌三首 【承前。】

 奧浪 邊波安美 射去為登 藤江乃浦爾 船曾動流

 沖波(おきつなみ) 邊波靜(へなみしづ)けみ 漁(いざ)りすと 藤江浦(ふぢえのうら)に 舟(ふね)そ騷(さわ)ける

 遠洋沖津浪 近岸邊浪皆平靜 海人欲為漁 藤江之浦滄溟間 舟船賑繁騷萬動

山部赤人 0939

「邊波靜(へなみしづ)けみ」,「邊波(へなみ)」同「邊波(へつなみ)」。「靜(しづ)けみ」乃「靜(しづ)けし」之み句法。

「漁(いざ)り」,捕魚。部分方言以刺槍捕魚特稱漁(いざ)り。



0940 【承前,反歌第二。】

 不欲見野乃 淺茅押靡 左宿夜之 氣長在者 家之小篠生

 印南野(いなみの)の 淺茅押靡(あさぢおしな)べ 小寢(さぬ)る夜(よ)の 日長(けなが)くしあれば 家(いへ)し偲(しの)はゆ

 播磨印南野 押糜野間淺茅草 為床小寢夜 草枕異地時日長 偲鄉暮情愈難抑

山部赤人 0940

「淺茅押靡(あさぢおしな)べ」,「淺茅(あさぢ)」乃高度較低之茅。「押靡(おしな)べ」乃自上將物押平之意。

「日長(けなが)くしあれば」,「日(け)」乃日數。

0941 【承前,反歌第三。】

 明方 潮乾乃道乎 從明日者 下咲異六 家近附者

 明石潟(あかしがた) 潮乾道(しほひのみち)を 明日(あす)よりは 下笑(したゑ)ましけむ 家近付(いへちかづ)けば

 縱令明石潟 乾潮道之道步難行 自於明日起 吾心雀動暗下笑 只由漸漸離家近

山部赤人 0941

「潮乾道(しほひのみち)を」,或有道路難行之意。

「下笑(したゑ)ましけむ」,不露於色,但心中歡愉。

0942 過辛荷嶋時,山部宿禰赤人作歌一首 【并短歌。】

 味澤相 妹目不數見而 敷細乃 枕毛不卷 櫻皮纏 作流舟二 真梶貫 吾榜來者 淡路乃 野嶋毛過 伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 嶋際從 吾宅乎見者 青山乃 曾許十方不見 白雲毛 千重爾成來沼 許伎多武流 浦乃盡 徃隱 嶋乃埼埼 隈毛不置 憶曾吾來 客乃氣長彌

 味障(あぢさは)ふ 妹(いも)が目離(めか)れて 敷栲(しきたへ)の 枕(まくら)も卷(ま)かず 櫻皮卷(かにはま)き 造(つく)れる船(ふね)に 真楫貫(まかぢぬ)き 我(わ)が漕來(こぎく)れば 淡路(あはぢ)の 野島(のしま)も過(す)ぎ 印南嬬(いなみつま) 辛荷島(からにのしま)の 島間(しまのま)ゆ 我家(わぎへ)を見(み)れば 青山(あをやま)の 其處(そこ)とも見(み)えず 白雲(しらくも)も 千重(ちへ)に成來(なりき)ぬ 漕迴(こぎたむ)る 浦悉(うらのことごと) 行隱(ゆきかく)る 島崎崎(しまのさきざき) 隈(くま)も置(お)かず 思(おも)ひそ我(わ)が來(く)る 旅(たび)の日長(けなが)み

 味障多合兮 與妻目離兩相別 柔細敷栲兮 愛妻手枕不得纏 蒲木櫻皮卷 所造船舶舸舟上 真楫貫梶通 吾人划槳漕來者 淡道淡路之 北淡野島既已過 經印南嬬地 穿辛荷島群島時 自其諸島間 望見向吾故鄉方 青山串連峰 不知何處為吾家 白雲疊千重 層層相嵌漸飄來 漕迴巡滄溟 津津浦浦處處過 每至行隱之 諸島崎崎所泊處 無隈不例外 吾戀故鄉不止息 全因羈旅日已長

山部赤人 0942

「味障(あぢさは)ふ」,目之枕詞http://www1.kcn.ne.jp/~uehiro08/contents/parts/105_20.htm

「妹(いも)が目離(めか)れて」,不再妻子之視線之內,離開。

「枕(まくら)も卷(ま)かず」,無法以愛妻之手腕為枕。

「櫻皮卷(かにはま)き」,「櫻皮(かには)」乃以蒲木為主之樹皮,貼合物體表面以防水。

「真楫貫(まかぢぬ)き」,真楫乃兩舷所有之梶之總稱。

印南嬬(いなみつま)」,與509所詠稻日妻同。

「漕迴(こぎたむ)る」,「迴(たむ)」乃巡迴之意。

「隈(くま)も置(お)かず」,「隈(くま)」乃海岸線屈曲之處。「置(お)かず」為無所遺漏。便是身居岬角或島陰,無時不刻不思念家鄉。


0943 反歌三首 【承前。】

 玉藻苅 辛荷乃嶋爾 嶋迴為流 水烏二四毛有哉 家不念有六

 玉藻刈(たまもか)る 辛荷島(からにのしま)に 島迴(しまみ)する 鵜(う)にしもあれ哉(や) 家思(いへおも)はざらむ

 玉藻刈取兮 辛荷島間迴諸島 同迴群島間 若吾是為鵜鳥者 概可一免思鄉苦

山部赤人 0943

「島迴(しまみ)する」,此云鵜巡迴島之周邊以捕魚。

「鵜(う)にしもあれ哉(や)」,此句難解。估作若己身為捕魚之鳥。


0944 【承前,反歌第二。】

 嶋隱 吾榜來者 乏毳 倭邊上 真熊野之船

 島隱(しまがく)り 我(わ)が漕來(こぎく)れば 羨(とも)しかも 大和(やまと)へ上(のぼ)る 真熊野船(まくまののふね)

 泊船隱島陰 吾人划槳漕來者 見之令人羨 發向上京大和 其真熊野之船矣

山部赤人 0944

「島隱(しまがく)り」,停泊島陰以避風浪。

「羨(とも)しかも」,羨慕。

大和(やまと)へ上(のぼ)る」,作者家居大和,今則反其道西向。遂與往大和之船錯身。

「真熊野船(まくまののふね)」,當時熊野再造船、航海技術已然卓越,多產具特色之機能構造之良船。


0945 【承前,反歌第三。】

 風吹者 浪可將立跡 伺候爾 都太乃細江爾 浦隱居

 風吹(かぜふ)けば 波(なみ)か立(た)たむと 候(さもら)ひに 都太細江(つだのほそえ)に 浦隱居(うらがくりを)り

 勁風吹海上 心懸浪高海象險 為候風波止 泊船都太細江間 著居浦畔潛隱矣

山部赤人 0945

「候(さもら)ひに」,等待天候好轉,浪靜後而出航。

0946 過敏馬浦時,山部宿禰赤人作歌一首 【并短歌。】

 御食向 淡路乃嶋二 直向 三犬女乃浦能 奧部庭 深海松採 浦迴庭 名告藻苅 深見流乃 見卷欲跡 莫告藻之 己名惜三 間使裳 不遣而吾者 生友奈重二

 御食向(みけむか)ふ 淡路島(あはぢのしま)に 直向(ただむか)ふ 敏馬浦(みぬめのうら)の 沖邊(おきへ)には 深海松採(ふかみると)り 浦迴(うらみ)には 莫告藻刈(なのりそか)る 深海松(ふかみる)の 見(み)まく欲(ほし)けど 莫告藻(なのりそ)の 己(おの)が名惜(なをし)み 間使(まつかひ)も 遣(や)らずて我(あれ)は 生(い)けりとも無(な)し

 御食所向兮 淡路之穗狹別島 所與直向之 對面罔象敏馬浦 於其沖津處 潛身採集深海松 於其浦迴處 漬身刈取莫告藻 如其深海松 雖欲與君逢相見 卻猶莫告藻 吾惜己名恐蜚語 縱為間使者 吾懼流言未能遣 如此苟活心已滅

山部赤人 0946

「御食向(みけむか)ふ」,南淵、淡路、味生、城上等地名枕詞。「御食(みけ)」乃貴人食事

深海松採(ふかみると)り」,海洋深處所生之海松。濃竸海藻,分歧如松枝故名。

「莫告藻刈(なのりそか)る」,海藻名,與「莫告矣」同音。

間使(まつかひ)」,往來傳達消息之使人。

「生(い)けりとも無(な)し」,「無(な)し」原文「奈重二」者,取九九「二二為四(し)」而來。

0947 反歌一首 【承前。】

 為間乃海人之 鹽燒衣乃 奈禮名者香 一日母君乎 忘而將念

 須磨海人(すまのあま)の 鹽燒衣(しほやききぬ)の 慣(な)れなばか 一日(ひとひ)も君(きみ)を 忘(わす)れて思(おも)はむ

 須磨海人之 燒製堅鹽所著衣 著古慣肌身 吾憶故知如馴衣 未有一日忘君情

山部赤人 0947

 右,作歌年月未詳也。但以類故,載於此次。

須磨海人(すまのあま)の 鹽燒衣(しほやききぬ)の」,用以引出「慣(な)る」之序。須磨以製鹽聞名,鹽燒衣(しほやききぬ)為燒鹽時所著之作業服

「慣(な)れなばか」,「ばか」乃假定疑問條件。「慣(な)れ」,為慣著衣物,難以割捨,更喻人之交情。

「忘(わす)れて思(おも)はむ」,忘卻而不再想起。


0948 四年丁卯春正月,敕諸王、諸臣子等,散禁於授刀寮時,作歌一首 【并短歌。】

 真葛延 春日之山者 打靡 春去徃跡 山匕丹 霞田名引 高圓爾 鸎鳴沼 物部乃 八十友能壯者 折木四哭之 來繼比日 如此續 常丹有脊者 友名目而 遊物尾 馬名目而 徃益里乎 待難丹 吾為春乎 决卷毛 綾爾恐 言卷毛 湯湯敷有跡 豫 兼而知者 千鳥鳴 其佐保川丹 石二生 菅根取而 之努布草 解除而益乎 徃水丹 潔而益乎 天皇之 御命恐 百礒城之 大宮人之 玉桙之 道毛不出 戀比日

 真葛延(まくずは)ふ 春日山(かすがのやま)は 打靡(うちなび)く 春去行(はるさりゆ)くと 山峽(やまがひ)に 霞棚引(かすみたなび)く 高圓(たかまと)に 鶯鳴(うぐひすな)きぬ 文武百官(もののふ)の 八十伴男(やそとものを)は 雁(かり)が音(ね)の 來繼(きつ)ぐ此頃(このころ) 如此繼(かくつ)ぎて 常(つね)に有(あ)りせば 友並(ともな)めて 遊(あそ)ばむ物(もの)を 馬並(うまな)めて 行(ゆ)か益里(ましさと)を 待難(まちかて)に 我(あ)がせし春(はる)を 掛幕(かけまく)も 竒(あや)に恐(かしこ)く 言幕(いはまく)も 忌忌(ゆゆ)しく有(あ)らむと 豫(あらかじ)め 兼(かね)て知(し)りせば 千鳥鳴(ちどりな)く 其佐保川(そのさほがは)に 岩(いは)に生(お)ふる 菅根採(すがのねと)りて 偲草(しのふくさ) 祓(はら)へて益(まし)を 行水(ゆくみづ)に 禊(みそぎ)て益(まし)を 大君(おほきみ)の 命恐(みことかしこ)み 百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)の 玉桙(たまほこ)の 道(みち)にも出(いで)ず 戀こふる此頃このころ

 真葛蔓伸延 寧樂奈良春日山 打靡隨風撓 此情此景告春臨 巍峨山峽間 春霞棚引掛峰間 高圓山之中 黃鶯出谷始鳴春 文武百官之 八十伴緒大丈夫 歸雁自南至 北歸鳴來繼此頃 如是相繼而 可以持續為常者 與友相並肩 去來遊興慶春暖 陣馬為行伍 巡行將去鄉里者 雖是引領盼 吾等難待春日來 僭述掛尊諱 忌懼誠惶復誠恐 冒言申斯事 此誠忌忌如履冰 若得早豫知 兼知未然如此者 千鳥爭鳴啼 於此佐保川之間 蔓生岩磐之 採彼菅根為偲草 執彼偲草而 祓除穢惡當益矣 身潛逝水間 禊祓垢離當益矣 稜威吾大君 散禁聖命誠惶恐 百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 玉桙石柱兮 道路不得妄出矣 唯戀春意在此頃

佚名 0948

「散禁」,禁足、禁止外出。

「授刀寮」,授刀舍人寮之略。統轄帶刀警護天皇身邊舍人之司。

「真葛延(まくずは)ふ」,春日枕詞。晚春葛蔓延伸,初夏繁茂,故此。

「春去行(はるさりゆ)くと」,春日到來。と乃「と言って」之略。此云春霞、鶯鳴報春。

「山峽(やまがひ)に」,山稜線交差之處。

「雁(かり)が音(ね)の 來繼(きつ)ぐ此頃(このころ)」,避冬南去知鴈,相次北歸而來。

「常(つね)に有(あ)りせば」,「せば」乃與事實相反之假定。

「友並(ともな)めて」,與友人塋属賣鵝

「言幕(いはまく)も」,「言ふ」於此概有請願、表術不滿之異。

千鳥鳴(ちどりな)く」,佐保川枕詞

「菅根採(すがのねと)りて」,菅乃祓除時所持物之一,根乃虛字。

「偲草(しのふくさ)」,未詳,亦當為祓具。

「祓(はら)へて益(まし)を」,認罪祓除罪惡。

「大君(おほきみ)の 命恐(みことかしこ)み」,皇上之命令令人惶恐。


0949 反歌一首 【承前。】

 梅柳 過良久惜 佐保乃內爾 遊事乎 宮動動爾

 梅柳(うめやなぎ) 過(す)ぐらく惜(を)しみ 佐保內(さほのうち)に 遊(あそ)びし事(こと)を 宮(みや)も轟(とどろ)に

 梅柳時節短 惜其花時俄早過 佐保春日野 遊興打毬稍為樂 孰知宮中轟作響

佚名 0949

 右,神龜四年正月,數王子及諸臣子等,集於春日野而作打毬之樂。其日,忽天陰,雨雷電。此時,宮中無侍從及侍衛。敕行刑罰,皆散禁於授刀寮,而妄不得出道路。于時悒憤,即作斯歌。 作者未詳。

「佐保內(さほのうち)に」,佐保乃今日奈良西北郊處。案左注則在其東南打毬。

「宮(みや)も轟(とどろ)に」,宮內全體轟隆作響。一云忽天雨雷電,二云聖上敕罰。

0950 五年戊辰,幸于難波宮時作歌四首 【四首第一。】

 大王之 界賜跡 山守居 守云山爾 不入者不止

 大君(おほきみ)の 境賜(さかひたま)ふと 山守据(やまもりす)ゑ 守(も)ると云(い)ふ山(やま)に 入(い)らずは止(やま)じ

 縱為皇大君 賜境定堺据山守 警戒固森嚴 蕃人嚴守之此山 今日不得不入之

笠金村 0950

「境賜(さかひたま)ふ」,治定境界

「山守据(やまもりす)ゑ」,配置山守。山守乃監視山林,不令人隨意入山伐木之警衛

「入(い)らずは止(やま)じ」,便是戒備森嚴之處,亦不得不入。

以下四首,概為決心追求人妻之曲。

0951 【承前,四首第二。】

 見渡者 近物可良 石隱 加我欲布珠乎 不取不巳

 見渡(みわた)せば 近物(ちかきもの)から 岩隱(いはがく)り 耀玉(かがよふたま)を 取(と)らずは止(やま)じ

 放眼望去者 其為近物之所以 縱為岩所隱 含光赫映耀玉者 吾人不得不取之

山部赤人 0951

「耀玉(かがよふたま)を」,水面搖盪而水底之美玉珠光搖曳之狀。深窗美人之比喻。

0952 【承前,四首第三。】

 韓衣 服楢乃里之 嶋待爾 玉乎師付牟 好人欲得食

 韓衣(からころも) 著奈良里(きならのさと)の 嬬松(つままつ)に 玉(たま)をし付(つ)けむ 良人(よきひと)もがも

 唐土韓衣之 著慣合身奈良里 妻待嬬松上 欲得良人付玉飾 不令孤芳寂自賞

笠金村 0952

「韓衣(からころも)」,大陸樣式之服飾。此為以「韓衣 著慣」引出奈良之序。

「嬬松(つままつ)」,此處嬬廣義指配偶,非關性別。「松」與「待」雙關。「嬬松」原文作「嶋松」,此依佐竹昭廣說改之。

「玉(たま)をし付(つ)けむ 良人(よきひと)もがも」,望有貴人飾玉,疆左輝。良人指優秀之貴人

0953 【承前,四首第四。】

 竿壯鹿之 鳴奈流山乎 越將去 日谷八君 當不相將有

 小雄鹿(さをしか)の 鳴(な)くなる山(やま)を 越行(こえゆ)かむ 日(ひ)だにや君(きみ)が 當逢(はたあ)はざらむ

 小壯雄鹿之 發聲鳴啼之山矣 若有朝一日 能得越行彼山者 可否當逢會君面 

笠金村 0953

 右,笠朝臣金村之歌中出也。或云:「車持朝臣千年作之也。」

「小雄鹿(さをしか)の」,雄鹿。小為接頭語。本來雄露(しか)相對於雌鹿(めか)意指雄性,而後轉為一般呼稱,而有雄鹿(をしか)之詞。

「越行(こえゆ)かむ 日(ひ)だにや君(きみ)が」,作者為女性而越山之人為男性,相逢之主語為君。

「當逢(はたあ)はざらむ」,はた或書為、當為,中華俗語

0954 膳王歌一首

 朝波 海邊爾安左里為 暮去者 倭部越 鴈四乏母

 朝(あした)には 海邊(うみへ)に漁(あさ)りし 夕去(ゆふさ)れば 大和(やまと)へ越(こ)ゆる 雁(かり)し羨(とも)しも

 朝漁在海邊 夕暮飛翔越大和 雁兒甚自在 吾見其來去自如 不覺稱羨心嚮之

膳王 954

 右,作歌之年不審也。但以歌類,便載此次。

「漁(あさ)り」,人或鳥獸採集貝類

「雁(かり)し羨(とも)しも」,「羨(とも)し」乃稱羨之意。

本曲乃身居難波思念大和之歌。時節概於秋冬之頃。左注雖云:「作歌之年不審」,然目錄書:「同幸之時,膳王歌一首。」

0955 大宰少貳石川朝臣足人歌一首

 刺竹之 大宮人乃 家跡住 佐保能山乎者 思哉毛君

 刺竹(さすたけ)の 大宮人(おほみやひと)の 家(いへ)と住(す)む 佐保山(さほのやま)をば 思(おも)ふやも君(きみ)

 刺竹根芽盛 百敷殿上大宮人 為家所住居 寧樂佐保山邊處 豈不懷哉吾君矣

石川足人 0955

「刺竹(さすたけ)の」,「宮」、「大宮」之枕詞植物根枝伸長茂盛之狀。

「家(いへ)と住(す)む」,為家而居。と乃として之意。

「思(おも)ふやも君(きみ)」,此吾君指大伴旅人

0956 帥大伴卿和歌一首 【承前。】

 八隅知之 吾大王乃 御食國者 日本毛此間毛 同登曾念

 八隅治(やすみしし) 我(わ)が大君(おほきみ)の 食國(をすくに)は 大和(やまと)も此間(ここ)も 同(おな)じとそ思(おも)ふ

 八隅治天下 經綸恢弘吾大君 寓宇理食國 無論大和或此間 皆披皇澤同受化

大伴旅人 0956

「食國(をすくに)は」,食之本意,乃貴人飲食之敬語古代之配者受所領之貢而飲食,故延伸為治理之意。

大和(やまと)も此間(ここ)も」,無論大和筑紫

「同(おな)じとそ思(おも)ふ」,同有「おなじ」與「おやじ」二訓,今估作おなじ。

0957 冬十一月,大宰官人等,奉拜香椎廟訖,退歸之時,馬駐于香椎浦,各述作懷歌

   帥大伴卿歌一首 【第一。】

 去來兒等 香椎乃滷爾 白妙之 袖左倍所沾而 朝菜採手六

 去來子共(いざこども) 香椎潟(かしひのかた)に 白栲(しろたへ)の 袖(そで)さへ濡(ぬ)れて 朝菜摘(あさなつ)みてむ

 去來子等矣 來到筑紫香椎潟 白妙素織兮 襟袖濡濕不為意 身居潮間摘朝菜

大伴旅人 0957

「奉拜香椎廟」,天平寶字四年已降,每年十一月六日,大宰官人帥以下,恒例參拜香椎宮。此前雖非恒例,但或亦有此習。

「去來子共(いざこども)」,去來乃漢文俗語之用法,子共乃對年輕者或下僚親近者之呼稱。

「袖(そで)さへ濡(ぬ)れて」,熱衷於某事而未注意到袖為海水沾濡。

「朝菜摘(あさなつ)みてむ」,此菜為副食之海藻之類。北九州之「沖独活」乃以紅藻類為原料。


0958 大貳小野老朝臣歌一首 【承前,第二。】

 時風 應吹成奴 香椎滷 潮干汭爾 玉藻苅而名

 時風(ときつかぜ) 吹(ふ)くべく成(な)りぬ 香椎潟(かしひがた) 潮乾浦(しほひのうら)に 玉藻刈(たまもか)りてな

 觀夫天象者 時風將拂自海上 筑紫香椎潟 潮乾浦間兒等矣 惜今速刈玉藻來

小野老 0958

「時風(ときつかぜ)」,以一日為周期,定期吹拂之風。此文屬海風筑紫之地海風自午前九時起吹,秒速五公尺。


0959 豐前守宇努首男人歌一首 【承前,第三。】

 徃還 常爾我見之 香椎滷 從明日後爾波 見緣母奈思

 徃還(ゆきかへ)り 常(つね)に我(わ)が見(み)し 香椎潟(かしひがた) 明日(あす)ゆ後(のち)には 見(み)む緣(よし)も無(な)し

 每逢往還時 吾所常見香椎潟 此情此景者 明日之後去此國 無緣復見徒傷感

宇努男人 0959

「徃還(ゆきかへ)り 常(つね)に我(わ)が見(み)し」,自豐前國府往大宰府田川道為近。然經道津、夷守之路,驛家整備而多人利用。

「見(み)む緣(よし)も無(な)し」,此云作者宇努男人將歸任中央,而來大宰府告別乎。

0960 帥大伴卿遙思芳野離宮作歌一首

 隼人乃 湍門乃磐母 年魚走 芳野之瀧爾 尚不及家里

 隼人(はやひと)の 戶巖(せとのいはほ)も 鮎走(あゆはし)る 吉野瀧(よしののたき)に 尚及(なほし)かずけり

 薩摩隼人之 戶巨巖雖勝絕 然較鮎躍兮 吉野宮瀧湍急流 依舊尚不及之矣

大伴旅人 0960

「鮎走(あゆはし)る」,鮎於初夏,自宮瀧之淵往上遊夏身躍身溯急湍之狀。

「尚及(なほし)かずけり」,尚不及之。

0961 帥大伴卿宿次田溫泉,聞鶴喧作歌一首

 湯原爾 鳴蘆多頭者 如吾 妹爾戀哉 時不定鳴

 湯原(ゆのはら)に 鳴(な)く葦鶴(あしたづ)は 我(あ)が如(ごと)く 妹(いも)に戀(こ)ふれや 時判(ときわか)ず鳴(な)く

 次田溫泉原 高啼喧囂葦鶴者 其心蓋同吾 戀妻之情不能抑 啼血鳴泣不辨時

大伴旅人 0961

「葦鶴(あしたづ)」,與鶴同,以鶴多居葦邊故名。

「妹(いも)に戀(こ)ふれや」,疑問條件法。

「時判(ときわか)ず鳴(な)く」,「時判(ときわか)ず」可作不分時節,或持續無所中斷解。

旅人思亡妻歌,見載於『萬葉集』卷三446~453、卷八1473等。

0962 天平二年庚午,敕遣擢駿馬使大伴道足宿禰時歌一首

 奧山之 磐爾蘿生 恐毛 問賜鴨 念不堪國

 奧山(おくやま)の 岩(いは)に苔生(こけむ)し 恐(かしこ)くも 問賜(とひたま)ふかも 思堪無(おもひあへな)くに

 深山幽境間 磐上蘿生發神氣 敬畏誠惶恐 未料汝君命作歌 唯得應聲訟此詠

葛井廣成 0962

 右,敕使大伴道足宿禰饗于帥家。此日會集眾諸,相誘驛使葛井連廣成,言須作歌詞。登時廣成應聲,即吟此歌。

「擢駿馬使」,為選拔優秀駿馬獻上所派遣之大使。然而當時九洲並無公設牧場,隨行葛井廣成諳新羅甚詳,或為輸入泊來馬。『續日本紀』有新羅獻馬之紀錄。

「奧山(おくやま)の 岩(いは)に苔生(こけむ)し」,引出「恐(かしこ)くも」之序。古代將靈地奇岩、巨石神聖視之信仰形態。生苔更顯古意、神氣。

「問賜(とひたま)ふかも」,問於此表要求。即左注「言須作歌詞」之命。

「思堪無(おもひあへな)くに」,始料未及、無由抗命。此表忽然受命作歌,困惑之情。

0963 冬十一月,大伴坂上郎女,發帥家上道,超筑前國宗形郡名兒山之時作歌一首

 大汝 小彥名能 神社者 名著始雞目 名耳乎 名兒山跡負而 吾戀之 干重之一重裳 奈具佐米七國

 大汝(おほなむぢ) 少彥名(すくなびこな)の 神(かみ)こそば 名付初(なづけそめ)けめ 名(な)のみを 名兒山(なごやま)と負(お)ひて 我(あ)が戀(こひ)の 千重一重(ちへのひとへ)も 慰(なぐさ)め無(な)くに

 八千矛大神 大己貴命大國主 其與少彥名 開拓之神初命名 名負名兒山 徒有平善彼山名 然吾愁戀慕 縱其千重之一重 所憂全不得其慰

坂上郎女 0963

「大汝(おほなむぢ)」,大國主之別名。另有大穴牟遅神大己貴命、大汝命、国作大己貴命八千矛神、葦原醜男、伊和大神、所造天下大神杵築大神等別稱。和歌常與少彥名神並作物事起源遠古之比喻。此曰名兒山名甚古,有其由來。

「名付初(なづけそめ)けめ」,「けめ」表傳言。

「名兒山(なごやま)と負(お)ひて」,古語「平善」訓「まぐし」。見『丹後風土記逸文奈具社條。


0964 同坂上郎女向京海路,見濱貝作歌一首 【承前。】

 吾背子爾 戀者苦 暇有者 拾而將去 戀忘貝

 我(わ)が背子(せこ)に 戀(こ)ふれば苦(くる)し 暇有(いとまあ)らば 拾(ひり)ひて行(ゆ)かむ 戀忘貝(こひわすれがひ)

 每憶吾兄子 苦於相思愁斷腸 若有閑暇時 不若出行至濱邊 拾來解憂忘戀貝

坂上郎女 0964

「我(わ)が背子(せこ)に」,男性伴侶,此處不明所指者為誰。或唯觸戀忘貝而虛擬感發。

「戀忘貝(こひわすれがひ)」,古傳可解戀苦,令人忘卻之咒物。死貝雙殼之單片。或云如鮑等單殼。1147有類歌。

0965 冬十二月大宰帥大伴卿上京時,娘子作歌二首

 凡有者 左毛右毛將為乎 恐跡 振痛袖乎 忍而有香聞

 凡為(おほな)らば 左右(かもか)も為(せ)むを 恐(かしこ)みと 振(ふ)りたき袖(そで)を 忍(しの)びてあるかも

 若為繁俗者 左右云云總將為 誠惶復誠恐 汝命高貴負名望 雖欲揮袖仍隱忍

兒島娘子 0965

「凡為(おほな)らば」,若汝非為身分高貴者。「凡(おほ)」乃普通之意。

「左右(かもか)も為(せ)むを」,相疊遠稱指示之「か」,無論如和總有辦法之意。

「振(ふ)りたき袖(そで)を」,揮袖乃愛情表現。願望助動詞「たし」於此為初出。

0966 【承前。】

 倭道者 雲隱有 雖然 余振袖乎 無禮登母布奈

 大和道(やまとぢ)は 雲隱(くもがく)りたり 然(しか)れども 我(あ)が振(ふ)る袖(そで)を 無禮(なめし)と思(も)ふ勿(な)

 上京大和道 路途曠遠隱雲後 雖隱不得見 吾傷易別故揮袖 還願勿思其無禮

兒島娘子 0966

 右,大宰帥大伴卿,兼任大納言向京上道。此日,馬駐水城,顧望府家。于時,送卿府吏之中,有遊行女婦。其字曰兒嶋也。於是,娘子傷此易別,嘆彼難會,拭涕自吟振袖之歌。

「然(しか)れども」,此云雖然大和路為雲遮蔽,觀之不見,然而自己仍揮袖惜別。而此舉或有失禮。

「無禮(なめし)」,不辨貴賤、禮數。身分低者對高者言行無禮。

「府家」,大宰府廳舍。

「遊行女婦」,即遊女。『和名抄』云:「遊行女兒,うかれめ,一云あそび。」

「傷此易別,嘆彼難會」,『遊仙窟』云:「所恨別易會難,去留乖隔。」http://open-lit.com/listbook.php?bid=10737&cid=1&gbid=217

0967 大納言大伴卿和歌二首 【承前。】

 日本道乃 吉備乃兒嶋乎 過而行者 筑紫乃子嶋 所念香裳

 大和道(やまとぢ)の 吉備兒島(きびのこしま)を 過(す)ぎて行(ゆ)かば 筑紫兒島(つくしのこしま) 思(おも)ほえむかも

 上京大和道 行經吉備兒島時 觸景生慕情 蓋將以其同名故 心念筑紫兒島矣

大伴旅人 0967

筑紫兒島(つくしのこしま)」,此云遊行女婦兒嶋。

「思(おも)ほえむかも」,通過吉備兒島(地名)時,因同音而憶起筑紫兒島(人名)。

0968 【承前。】

 大夫跡 念在吾哉 水莖之 水城之上爾 泣將拭

 大夫(ますらを)と 思(おも)へる我(あれ)や 水莖(みづくき)の 水城上(みづきのうへ)に 淚拭(なみたのご)はむ

 自詡大丈夫 吾意有淚不輕彈 然至水城上 憂情不覺忽泉湧 潰堤啜泣拭淚流

大伴旅人 0968

大夫(ますらを)と 思(おも)へる我(あれ)や」,自嘲己身行為不似大丈夫

「水莖(みづくき)の」,水城、岡、丘之枕詞。此概以水城之大堤擬丘而言。而「水莖(みづくき)」、「水城(みづき)」類音亦有關連。

「淚拭(なみたのご)はむ」,「拭(のご)ふ」乃「拭(ぬぐ)ふ」之古形。

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2016-07-18-月

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補給物資

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万葉集試訳

0923 山部宿禰赤人作歌二首 【并短歌。】

 八隅知之 和期大王乃 高知為 吉野宮者 立名附 青垣隱 河次乃 清河內曾 春部者 花咲乎遠里 秋部者 霧立渡 其山之 彌益益爾 此河之 絕事無 百石木能 大宮人者 常將通

 八隅治(やすみし)し 我(わ)ご大君(おほきみ)の 高知(たかし)らす 吉野宮(よしののみや)は 疊付(たたなづ)く 青垣隱(あをかきごも)り 川並(かはなみ)の 清河內(きよきかふち)そ 春邊(はるへ)には 花咲撓(はなさきをを)り 秋邊(あきへ)には 霧立渡(きりたちわた)る 其山(そのやま)の 彌益益(いやますます)に 此川(このかは)の 絕(た)ゆる事無(ことな)く 百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)は 常(つね)に通(かよ)はむ

 八隅治天下 經綸恢弘我大君 營殿建高聳 所造瀧上吉野宮 層層疊環繞 群山青垣圍隱矣 川流隨河道 水秀清邁內矣 時值佐保春 百花爭咲隨風撓 時至龍田秋 雲霧層湧起立渡 猶彼群山之 連峰益益彌更發 猶彼川河之 逝水不絕亙古今 百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 願得常通永侍奉

山部赤人 0923

高知(たかし)らす」,營設宮殿高大聳立。

「疊付(たたなづ)く」,重合。

「青垣隱(あをかきごも)り」,猶如受青垣般之群山所圍繞。

花咲撓(はなさきをを)り」,「撓(をを)り」乃植物繁茂欣榮之狀。

0924 反歌二首 【承前,一首反歌第一。】

 三吉野乃 象山際乃 木末爾波 幾許毛散和口 鳥之聲可聞

 御吉野(みよしの)の 象山際(きさやまのま)の 木末(こぬれ)には 幾許(ここだ)も騷(さわ)く 鳥聲(とりのこゑ)かも

 芳野吉野 象山之際交谷間 木末樹梢上 爭鳴起落騷幾許 鳥聲繞梁音不絕

山部赤人 0924

「象山際(きさやまのま)の」,象山位於宮瀧南方。象山之東有三船山,其間夾喜佐古。際乃峽谷,古本『玉篇』云:「際,交會之間也。」

0925 【承前,一首反歌第二。】

 烏玉之 夜之深去者 久木生留 清河原爾 知鳥數鳴

 烏玉(ぬばたま)の 夜更去(よのふけゆ)けば 久木生(ひさぎお)ふる 清川原(きよきかはら)に 千鳥數鳴(ちどりしばな)く

 漆遽╋妄臓^婆觜洪種貎乱弌ゝ很攴衞仞検\〔誓串川原間 千鳥數鳴聲起落

山部赤人 0925

「久木(ひさぎ)」,未詳,按『萬葉集』1863曲,蓋為春花之木。正倉院文書有「久木紙」、「比佐宜染」,可知其得為染料。


0926 【承前長歌第二。】

 安見知之 和期大王波 見吉野乃 飽津之小野笶 野上者 跡見居置而 御山者 射目立渡 朝獵爾 十六履起之 夕狩爾 十里蹋立 馬並而 御獵曾立為 春之茂野爾

 八隅治(やすみし)し 我(わ)ご大君(おほきみ)は 御吉野(みよしの)の 秋津小野(あきづのをの)の 野上(ののうへ)には 跡見据置(とみすゑお)きて 御山(みやま)には 射目立(いめた)て渡(わた)し 朝狩(あさがり)に 鹿豬踏起(ししふみおこ)し 夕狩(ゆふがり)に 鳥踏立(とりふみた)て 馬並(うまなめ)て 御狩(みかり)そ立(た)たす 春茂野(はるのしげのに)

 八隅治天下 經綸恢弘我大君 芳野吉野 蜻蛉秋津小野之 野上草原間 据置配屬跡見人 御山丘陵上 立渡射目設一面 朝獵晨狩時 蹋起豬鹿驚獸醒 夕獵暮狩時 踏立禽鳥振羽搏 並馬為陣伍 發向遊獵為巡狩 在此春日野間

山部赤人 0926

「跡見(とみ)」,授獵之際,見豬、鹿足跡,推測獵物所在方位之人。

「射目(いめ)」,獵人接近獵物,隱身射箭之遮蔽物。

「鹿豬踏起(ししふみおこ)し」,蹋地驚起鹿豬。鹿豬於此泛指獸類。

「鳥踏立(とりふみた)て」,蹋入草藪,驚起藏身草叢之鳥。

「御狩(みかり)そ立(た)たす」,立字於此為舉行之意,主語乃聖武帝。


0927 反歌一首 【承前,二首反歌。】

 足引之 山毛野毛 御獦人 得物矢手挾 散動而有所見

 足引(あしひき)の 山(やま)にも野(の)にも 御狩人(みかりひと) 獵矢手挾(さつやたばさ)み 騷(さわ)きてあり見(み)ゆ

 足曳勢險峻 高山之間平野間 遊獦御狩人 手挾獵矢持幸弓 驅馳散動可眼見

山部赤人 0927

 右,不審先後。但以便故,載於此次。

「獵矢(さつや)」,授獵用矢。さつ語源乃幸(さち)。

「騷(さわ)きてあり見(み)ゆ」,「騷(さわ)く」包含音響與舉動。

0928 冬十月,幸于難波宮時,笠朝臣金村作歌一首 【并短歌。】

 忍照 難波乃國者 葦垣乃 古鄉跡 人皆之 念息而 都禮母無 有之間爾 續麻成 長柄之宮爾 真木柱 太高敷而 食國乎 治賜者 奧鳥 味經乃原爾 物部乃 八十伴雄者 廬為而 都成有 旅者安禮十方

 押照(おして)る 難波國(なにはのくに)は 葦垣(あしかき)の 古(ふ)りにし里(さと)と 人皆(ひとみな)の 思休(おもひやす)みて 由緣(つれ)も無(な)く 在(あり)し間(あひだ)に 績麻成(うみをな)す 長柄宮(ながらのみや)に 真木柱(まきはしら) 太高敷(ふとたかし)きて 食國(をすくに)を 治賜(をさめたま)へば 沖鳥(おきつとり) 味經原(あぢふのはら)に 文武百官(もののふ)の 八十伴男(やそとものを)は 廬(いほ)りして 都成(みやこな)したり 旅(たび)には在(あ)れども

 日光押照兮 澪標浪速難波國 人云彼故里 葦垣舊都不為意 人皆不掛念 不置心頭所思休 以為無由緣 思事不關己之間 績麻之所如 難波長柄豐崎宮 豎立真木柱 美輪美奐敷太高 於茲坐御宇 治賜天下食國者 味鴨沖津鳥 味經之原草野間 文武百官之 八十伴緒股肱臣 結廬造小屋 自為都成現於此 縱為旅地雖異鄉

笠金村 0928

「押照(おして)る」,難波枕詞日月高掛高天照臨四方之意乎。

「葦垣(あしかき)の」,「古(ふ)り」之枕詞。葦乃難波一代之代表性景物。

「思休(おもひやす)み」,不掛於念頭。休者止也。

「由緣(つれ)も無(な)く」,無所關心。

「績麻成(うみをな)す」,「長」之枕詞

「真木柱(まきはしら) 太高敷(ふとたかし)きて」,將宮殿建立壯大。太高敷乃古法建築不立礎石,將柱根埋於土中固定。難波宮亦可窺見此建築法。

「沖鳥(おきつとり)」,味鴨、巴鴨,以為「味」之枕詞

「文武百官(もののふ)の 八十伴男(やそとものを)は」,侍奉朝廷之文武百官。八十伴男為眾多世襲之胤。

「廬(いほ)り」,營建假宿以泊。

0929 反歌二首 【承前。】

 荒野等丹 里者雖有 大王之 敷座時者 京師跡成

 曠野(あらのら)に 里(さと)は在(あ)れども 大君(おほきみ)の 敷座(しきま)す時(とき)は 都(みやこ)と成(な)りぬ

 荒蕪曠野間 雖是天離鄙夷里 一旦吾大君 乘輿幸來敷座時 頓化都城御天下

笠金村 0929

曠野(あらのら)に」,荒蕪無人跡之原野。景行紀古訓曠野作あらのら。ら乃接尾語。

「敷(し)き」,占有、治理。

0930 【承前反歌第二。】

 海末通女 棚無小舟 榜出良之 客乃屋取爾 梶音所聞

 海人娘子(あまをとめ) 棚無(たなな)し小船(をぶね) 漕出(こぎづ)らし 旅宿(たびのやどり)に 楫音聞(かぢのおとき)こゆ

 海人娘子 所乘無棚小扁舟 划槳漕出哉 草枕他鄉旅宿間 楫音舸梶聲可聞

笠金村 0930

「棚無(たなな)し小船(をぶね)」,無船棚之貧弱小船。刳舟(くりぶね)之疇。

「宿(やどり)」,宿泊地。

「楫音聞(かぢのおとき)こゆ」,當時難波半島狀,為海所挾,東為草香江,西為大阪灣,海岸之音蓋可聞於宮中

0931 車持朝臣千年作歌一首 【并短歌。】

 鯨魚取 濱邊乎清三 打靡 生玉藻爾 朝名寸二 千重浪緣 夕菜寸二 五百重波因 邊津浪之 益敷布爾 月二異二 日日雖見 今耳二 秋足目八方 四良名美乃 五十開迴有 住吉能濱

 鯨魚取(いさなと)り 濱邊(はまへ)を清(きよ)み 打靡(うちなび)き 生(お)ふる玉藻(たまも)に 朝凪(あさなぎ)に 千重波寄(ちへなみよ)せ 夕凪(ゆふなぎ)に 五百重波寄(いほへなみよ)す 邊波(へつなみ)の 彌繁(いやしくしく)に 月(つき)に異(け)に 日(ひ)に日(ひ)に見(み)とも 今(いま)のみに 飽足(あきだ)らめやも 白波(しらなみ)の い咲迴(さきめぐ)れる 住吉濱(すみのえのはま)

 鯨魚獵取兮 海岸濱邊水清清 打靡漂蕩漾 茂生玉藻隨波流 朝凪平時 逐千重波隨浪寄 夕凪風靜時 更隨五百重波來 如此岸浪之 疊疊彌繁更幾重 縱令經月異 縱令日日每觀之 此情此景者 見之千百豈飽足 白浪濤如華 咲迴一面盛滿開 美不勝收住吉

車持千年 0931

「鯨魚取(いさなと)り」,海之枕詞,此用以修飾濱邊。

「邊波(へつなみ)の」,擊岸之浪。

「彌繁(いやしくしく)に」,更加頻繁。

「月(つき)に異(け)に」,經月而彌加。「異(け)に」有格別之意。

「日(ひ)に日(ひ)に見(み)とも 今(いま)のみに 飽足(あきだ)らめやも」,飽足在此有「不厭」、「仍未滿足」之二層寓意

「い咲迴(さきめぐ)れる」,以白花比喻白浪。

住吉濱(すみのえのはま)」,約在難波宮跡南去八公里之處。


0932 反歌一首 【承前。】

 白浪之 千重來緣流 住吉能 岸乃黃土粉 二寶比天由香名

 白波(しらなみ)の 千重(ちへ)に來寄(きよ)する 住吉(すみのえ)の 岸埴生(きしのはにふ)に 匂(にほ)ひて行(ゆ)かな

 白浪層層湧 千重寄岸拍濱邊 墨江注吉之 岸埴生發黃匂 去來染衣縱娛情

車持千年 0932

「岸埴生(きしのはにふ)」,染色用埴生之露頭處。

「匂(にほ)ひて行(ゆ)かな」,「匂ふ」乃赤色發散之狀。住吉一帶乃黃土產地,遊於此地則衣裳自然漸染為黃褐色

0933 山部宿禰赤人作歌一首 【并短歌。】

 天地之 遠我如 日月之 長我如 臨照 難波乃宮爾 和期大王 國所知良之 御食都國 日之御調等 淡路乃 野嶋之海子乃 海底 奧津伊久利二 鰒珠 左盤爾潛出 船並而 仕奉之 貴見禮者

 天地(あめつち)の 遠(とほ)きが如(ごと)く 日月(ひつき)の 長(なが)きが如(ごと)く 押照(おして)る 難波宮(なにはのみや)に 我(わ)ご大君(おほきみ) 國知(くにし)らすらし 御食國(みけつくに) 日御調(ひのみつき)と 淡路(あはぢ)の 野島海人(のしまのあま)の 海底(わたのそこ) 沖海礁(おきついくり)に 鮑玉(あはびたま) 澤(さは)に潛出(かづきで) 舟並(ふねな)めて 仕奉(つかへまつ)るし 貴見(たふときみ)れば

 玄天黃地之 遙遠無窮之所如 光陰日月之 亙古長久之所如 日光押照兮 難波長柄豐崎宮 八隅治天下 吾之大君治秋津 所理海幸御食國 奉為御膳日御調 狹別淡路之 野島海人白水郎 深邃海底兮 沖津遠洋海礁處 欲取鮑珠玉 幾度潛出勤不懈 並舟連漁舸 營為仕奉供御調 尊貴之情今可見

山部赤人 0933

「天地(あめつち)の 遠(とほ)きが如(ごと)く」,此處「遠き」乃時空悠久無窮無限之意。

「國知(くにし)らすらし」,與1037「宜(うべ)知らすらし」同,治國天下,理宜如是。

「御食國(みけつくに)」,進貢天皇御膳食材之國。「食(け)」乃食物。『萬葉集』中供奉海幸之國,有淡路伊勢志摩等,稱御食國。

「日御調(ひのみつき)と」,作為天皇供御。「日」乃以太陽比擬天皇,讚頌威之美稱。「調(つき)」乃各國獻上贄調納於朝廷之特產。按『延喜式』,淡路所獻有宍、雜魚、鹽等。

「沖海礁(おきついくり)に」,「海礁(いくり)」乃海中岩礁,適作漁場之地形。

「鮑玉(あはびたま)」,鮑魚中之珍珠,或云鮑魚本身。鮑乃主要海產品,平城宮木簡「貢進物荷札」有「薄鰒、蒸鮑、生鰒」等字。

「潛出(かづきで)」,潛入水中以取魚貝類

「仕奉(つかへまつ)るし 貴見(たふときみ)れば」,此云海人勤奉海幸,乃天皇威之表,而為其感動。與前文「我(わ)ご大君(おほきみ) 國知(くにし)らすらし」呼應。


0934 反歌一首 【承前。】

 朝名寸二 梶音所聞 三食津國 野嶋乃海子乃 船二四有良信

 朝凪(あさなぎ)に 梶音聞(かぢのおとき)こゆ 御食國(みけつくに) 野島海人(のしまのあま)の 舟(ふね)にし有(あ)るらし

 朝晨風歇時 船楫梶音聲可聞 海幸御食國 野島海人白水郎 其舟航來仕奉哉

山部赤人 0934

野島海人(のしまのあま)の」,「海人(あま)」原文作海子。相對海女(あまめ)而言。

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2016-07-12-火

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■真字萬葉集 卷第五 雜歌

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■先代舊事本紀大成六十三 御語本紀上卷 上

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万葉集試訳

0907 養老七年癸亥夏五月,幸于芳野離宮時,笠朝臣金村作歌一首 【并短歌。】

 瀧上之 御舟乃山爾 水枝指 四時爾生有 刀我乃樹能 彌繼嗣爾 萬代 如是二二知三 三芳野之 蜻蛉乃宮者 神柄香 貴將有 國柄鹿 見欲將有 山川乎 清清 諾之神代從 定家良思母

 瀧上(たきのうへ)の 三船山(みふねのやま)に 瑞枝刺(みづえさ)し 繁(しじ)に生(お)ひたる 栂木(とがのき)の 彌繼繼(いやつぎつ)ぎに 萬代(よろづよ)に 如是(かく)し知(し)らさむ 御吉野(みよしの)の 秋津宮(あきづのみや)は 神柄(かむからか) 貴(たふ)とくあるらむ 國柄(くにからか) 見(み)が欲(ほ)しからむ 山川(やまかは)を 清爽(きよみさや)けみ 宜(うべ)し神代(かみよ)ゆ 定(さだ)めけらしも

 吉野瀧上畔 御舟之岳三船山 瑞枝新葉發 無間繁茂蘊活力 栂木名所如 繼嗣彌發更綿延 千秋度萬代 如是行幸寓光宅 芳野吉野 蜻蛉離宮秋津宮 神柄發稜威 尊貴榮耀如是哉 國柄秀風土 見之百遍不厭哉 山川誠壯麗 清澄爽朗脫俗塵 理宜遠自神代昔 定為宮地有以也

笠金村 0907

「幸于芳野離宮」,吉野離宮位於今奈良吉野郡吉野町宮瀧。此行幸養老七年五月九日發向,十三日歸京。非仙覺本系統於題詞下有小字書「車持朝臣千年作歌一首。」

「瑞枝刺(みづえさ)し」,瑞枝乃具光澤之新枝。刺す表枝葉伸長外放之意。

「繁(しじ)に」,繁茂無空隙。

「栂木(とがのき)」,「栂(とが)」與「樛(つが)」通,松科長高木。又以つが雙關引出下文「繼(つ)ぎ」。

「如是(かく)し知(し)らさむ」,「知らす」乃領有之意。「知(し)」原文書「二二」者,二二相乘為四(し)故也。

秋津宮(あきづのみや)」,吉野離宮之別名。

「神柄(かむから)か」,神之本性。

「國柄(くにからか) 見(み)が欲(ほ)しからむ」,國柄乃國土本身具有之特性。「見が欲しからむ」表期望能持續觀翫。

「清爽(きよみさや)けみ」,清表客觀之清潔感,爽表主觀之清爽感與心情。

0908 反歌二首 【承前。】

 每年 如是裳見壯鹿 三吉野乃 清河內之 多藝津白浪

 每年(としのは)に 如是(かく)も見(み)てしか 御吉野(みよしの)の 清(きよ)き河內(かふち)の 激(たぎ)つ白波(しらなみ)

 每年來此地 歲歲如是欲見者 芳野吉野 清鄒〔晴內之 激盪渦捲白波矣

笠金村 0908

「見(み)てしか」,てしか表願望終助詞

「清(きよ)き河內(かふち)」,「河內(かふち)」乃「河內(かはうち)」之略,意指川上谷間之平地。今如上高地、香落溪等「こうち」亦為其音轉。吉野尚有「清き川原」、「川鵑寮兇」等表現

「激(たぎ)つ」,此云奔流與岩石激突迸發,化作白波之狀。

0909 【承前反歌第二。】

 山高三 白木綿花 落多藝追 瀧之河內者 雖見不飽香聞

 山高(やまたか)み 白木綿花(しらゆふばな)に 落激(おちたぎ)つ 瀧(たき)の河內(かふち)は 見(み)れど飽(あ)かぬかも

 山高嶮水深 絕壁落激貫千丈 猶白木綿花 瀧之河內堪絕景 百看千遍不厭倦

笠金村 0909

「山高(やまたか)み」,「山高し」之み句法,多表理由而此為與瀧の河內之並立表現

「白木綿花(しらゆふばな)に」,搗碎楮皮,漂白其纖維而得木綿。以花喻其美。に表付於名詞之比喻用法

下二句蓋模『萬葉集』36柿本人麻呂吉野宮曲「瀧宮處は 見れど飽かぬ哉」,唯人麻呂歌讚頌天皇行為,而笠金村重於敘景。

0910 或本反歌曰 【承前。】

 神柄加 見欲賀藍 三吉野乃 瀧乃河內者 雖見不飽鴨

 神柄(かむから)か 見(み)が欲(ほ)しからむ 御吉野(みよしの)の 瀧河內(たきのかふち)は 見(み)れど飽(あ)かぬかも

 神柄發稜威 愈是欲見冀拜觀 芳野吉野 宮瀧河內景勝絕 百看千遍不厭倦

笠金村 0910

「神柄(かむから)か 見(み)が欲(ほ)しからむ」,摘前曲「神柄(かむからか) 貴(たふ)とくあるらむ 國柄(くにからか) 見(み)が欲(ほ)しからむ」之要而成。

0911 【承前,或本反歌第二。】

 三芳野之 秋津乃川之 萬世爾 斷事無 又還將見

 御吉野(みよしの)の 秋津川(あきづのかは)の 萬代(よろづよ)に 絕(た)ゆる事無(ことな)く 又還見(またかへりみ)む

 其猶芳野兮 御吉野秋津川 萬代流無絕 吾欲還見復訪此 再三不絕頻翫之

笠金村 0911

秋津川(あきづのかは)の」,吉野川流經秋津一帶之部分的俗稱。

「還見(かへりみ)む」,再訪此地吟翫其景。

0912 【承前,或本反歌第三。】

 泊鷭 造木綿花 三吉野 瀧乃水沫 開來受屋

 泊鷭(はつせめ)が 造(つく)る木綿花(ゆふばな) 御吉野(みよしの)の 瀧水沫(たきのみなわ)に 咲(さ)きにけらずや

 概是泊鷭 所造白木綿花者 化作吉野 宮瀧水沫咲絢爛 好似白華綻瀧間

笠金村 0912

「泊鷭(はつせめ)」,住於泊麈女性

「木綿花(ゆふばな)」,同白木綿花

「咲(さ)きにけらずや」,此以白波水沫看作白花之綻開。


0913 車持朝臣千年作歌一首 【并短歌。】

 味凍 綾丹乏敷 鳴神乃 音耳聞師 三芳野之 真木立山湯 見降者 川之每 開來者 朝霧立 夕去者 川津鳴奈拜 紐不解 客爾之有者 吾耳為而 清川原乎 見良久之惜蒙

 味凝(うまこ)り 竒(あや)に羨(とも)しく 鳴神(なるかみ)の 音(おと)のみ聞(き)きし 御吉野(みよしの)の 真木立(まきた)つ山(やま)ゆ 見下(みおろ)せば 川每(かはのせごと)に 明(あ)け來(く)れば 朝霧立(あさぎりた)ち 夕去(ゆふさ)れば 蛙鳴(かはづな)くなへ 紐解(ひもと)かぬ 旅(たび)にしあれば 我(あ)のみして 清川原(きよきかは)らを 見(み)らくし惜(を)しも

 味凝心繫兮 不絕羨望欲觀之 雷動鳴神兮 美談之音唯入耳 芳野吉野 真木茂立峻山上 俯瞰一望者 群川之鶻Ь〃福每逢天明時 朝霧湧現雲霞立 每至夕暮時 川間蛙鳴道欣榮 下紐不所解 獨身羈旅置異地 唯吾孤一人 見此清扈川原 無人相伴甚可惜

車持千年 0913

「味凝(うまこ)り」,「竒(あや)に羨(とも)しく」之枕詞漢字或作味凍或作味凝。煮凝美味,而心為其所吸引之意。『日本靈異記』有煮鯉寒凝之語。

「竒(あや)にに羨(とも)しく」,竒乃莫名無由之意。羨乃心受吸引之意。

「鳴神(なるかみ)の」,「音に聞く」之枕詞。對雷之音響畏怖之呼稱。

「真木(まき)」,讚美檜杉等良材之類。

「紐解(ひもと)かぬ 旅(たび)」,未攜妻子,獨身前往之旅。古俗夫婦別離時,相結下紐,至再會為止不解,以期速能復逢。



0914 反歌一首 【承前。】

 瀧上乃 三船之山者 雖畏 思忘 時毛日毛無

 瀧上(たきのうへ)の 三船山(みふねのやま)は 恐(かしこ)けど 思忘(おもひわす)るる 時(とき)も日(ひ)も無(な)し

 吉野瀧上畔 御舟之岳三船山 稜威雖可畏 然吾更眷閨中妻 無時無日忘思慕

車持千年 0914

「恐(かしこ)けど」,雖然敬畏,卻...之意。羈旅之中,當畏懼山神,但因思鄉之情,口漏慕妻之語。依言靈信仰,此含後悔之意。


0915 或本反歌曰 【承前。】

 鳥鳴 三吉野川之 川音 止時梨二 所思公

 千鳥鳴(ちどりな)く 御吉野川(みよしのかは)の 川音(かはおと)の 止(や)む時無(ときな)しに 思(おも)ほゆる君(きみ)

 千鳥爭鳴啼 御芳野吉野川 川音奏清響 潺潺無止無間歇 吾慕思君亦如是

車持千年 0915

「川音(かはおと)の」,已上三句,以川音不止,引出慕情不息之序。

「思(おも)ほゆる君(きみ)」,此君所指不明。或為留鄉友人,或以假女性身分抒懷。亦有車持千年女性之說。

0916 【承前,或本反歌第二。】

 茜刺 日不並二 吾戀 吉野之河乃 霧丹立乍

 茜射(あかねさ)す 日並(ひなら)べ無(な)くに 我(あ)が戀(こひ)は 吉野川(よしのかは)の 霧(きり))に立(た)ちつつ

 暉曜緋茜射 日並數之未幾時 戀慕情難止 化作吉野川之上 霧霞層湧罩瀰漫

車持千年 0916

 右,年月不審。但以歌類,載於此次焉。或本云,養老七年五月,幸于芳野離宮之時作。

「茜射(あかねさ)す」,日之枕詞。茜草根紅,可為緋色染料。

「日並(ひなら)べ無(な)くに」,亦別離以來,日數未多。

「霧(きり))に立(た)ちつつ」,慕情難止,悲嘆渡日,而嘆息化作川霧。

0917 神龜元年甲子十月五日,幸于紀伊國時,山部宿禰赤人作歌一首 【并短歌。】

 安見知之 和期大王之 常宮等 仕奉流 左日鹿野由 背匕爾所見 奧嶋 清波瀲爾 風吹者 白浪左和伎 潮干者 玉藻苅管 神代從 然曾尊吉 玉津嶋夜麻

 八隅治(やすみし)し 我(わ)ご大君(おほきみ)の 常宮(とこみや)と 仕奉(つかへまつ)れる 雜賀野(さひかの)ゆ 背後(そがひ)に見(み)ゆる 沖島(おきつしま) 清渚(きよきなぎさ)に 風吹(かぜふ)けば 白波騷(しらなみさわ)き 潮乾(しほふ)れば 玉藻刈(たまもかり)つつ 神代(かみよ)より 然(しか)そ貴(たふと)き 玉津島山(たまつしまやま)

 八隅治天下 經綸恢弘我大君 將欲為常宮 屹立萬代所造營 雜賀野離宮 背向離宮見彼方 奧嶋沖津島 明媚澄明清渚間 每逢風吹時 白浪騷動蕩濤湧 輙遇退潮時 海人漁獵刈玉藻 遠自神代起 此地靈貴如此然 稜威此玉津島

山部赤人 0917

「幸于紀伊國」,八日著御津島頓宮,滯在十餘日。聖武帝改當地若濱名明光浦。廿三日還京。時笠金村未從駕,留京作歌543~545。

「八隅治(やすみし)し」,「我(わ)ご大君(おほきみ)の」之枕詞。大君指聖武帝。

「常宮(とこみや)」,永恆不變之宮殿平城宮出土木簡亦可見常宮字樣。

「仕奉(つかへまつ)れる」,此作造營建物解。

「背後(そがひ)に見(み)ゆる」,天皇離宮南面,諸臣北面

「沖島(おきつしま)」,自雜賀野離宮所見諸島今日和歌浦唯有妹背山居海中,當時蓋鏡山亦為獨立海島。而奠供山、雲蓋山等,蓋滿潮時為島而乾潮時為河口沙洲狀態乎。玉津島山蓋諸島合稱。

「玉藻刈(たまもかり)つつ」,つつ表反覆持續。或多人行相同動作

0918 反歌二首 【承前。】

 奧嶋 荒礒之玉藻 潮干滿 伊隱去者 所念武香聞

 沖島(おきつしま) 荒礒玉藻(ありそのたまも) 潮干滿(しほひみち) い隱行(かくりゆ)かば 思(おも)ほえむかも

 奧嶋沖津島 清渚荒礒玉藻矣 潮乾復滿盈 隱沒玉藻匿去者 吾心所念當何如

山部赤人 0918

「潮干滿(しほひみち) い隱行(かくりゆ)かば」,退潮後又漲滿潮,則退潮時所見之玉藻又復不見。

0919 【承前反歌第二。】

 若浦爾 鹽滿來者 滷乎無美 葦邊乎指天 多頭鳴渡

 若浦(わかのうら)に 潮滿來(しほみちく)れば 潟(かた)を無(な)み 葦邊(あし)へを指(さ)して 鶴鳴渡(たづなきわた)る

 稚若和歌浦 潮汐滿盈和歌浦 干瀉為潮沒 渡鶴失瀉指岸翔 鶴渡葦邊發聲鳴

山部赤人 0919

 右,年月不記。但稱從駕玉津嶋也。因今檢注行幸年月以載之焉。

「潟(かた)を無(な)み」「無み」為「無し」之み句法。

赤人從駕之歌,亦以讚賞風景為中心,對天皇皇澤之情則流於表面。


0920 神龜二年乙丑夏五月,幸于芳野離宮時,笠朝臣金村作歌一首 【并短歌。】

 足引之 御山毛清 落多藝都 芳野河之 河麈機±童淡者 上邊者 千鳥數鳴 下邊者 河津都麻喚 百礒城乃 大宮人毛 越乞爾 思自仁思有者 每見 文丹乏 玉葛 絕事無 萬代爾 如是霜願跡 天地之 神乎曾禱 恐有等毛

 足引(あしひき)の 御山(みやま)も清(さや)に 落激(おちたぎ)つ 吉野川(よしののかは)の 川(かはのせ)の 清(きよ)きを見(み)れば 上邊(かみへ)には 千鳥數鳴(ちどりしばな)く 下邊(しもへ)には 蛙妻呼(かはづつまよ)ぶ 百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)も 彼此(をちこち)に 繁(しじ)にしあれば 見(み)る每(ごと)に 竒(あや)に羨(とも)しみ 玉葛(たまかづら) 絕(た)ゆる事無(ことな)く 萬代(よろづよ)に 如是(かく)しもがもと 天地(あめつち)の 神(かみ)をそ祈(いの)る 恐(かしこ)く有(あ)れども

 足曳勢險峻 高山爽朗勢清清 落激流渦卷 御芳野吉野川 川麥澄遏仝彼流水清無曇 上游源流處 千鳥數鳴轉不停 下游水緩處 群蛙呼妻叫喧囂 百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 來去穿彼此 眾人伺候無間隙 此情與此景 每見無由生羨慕 玉葛珠蔓兮 其蔓長生無絕斷 冀望萬代後 繁盛如此無改易 今向天地間 八百萬神祈此願 誠惶誠恐仍付禱

笠金村 0920

「神龜二年乙丑夏五月,幸于芳野離宮」,此行幸未見於『續日本紀』。

「百敷(ももしき)の」,「大宮(おほみや)」之枕詞。以眾多敷石所築之城。

「彼此(をちこち)に」,彼、此各表遠方與近方。

「繁(しじ)に」,繁多無間隙。

「玉葛(たまかづら)」,「絕(た)ゆる事無(ことな)く」之枕詞。蔓性植物蔓長而難以切斷,故此。

「如是(かく)しもがも」,祈求離宮之繁榮與茱王臣之安泰。

「恐(かしこ)く有(あ)れども」,雖然惶恐,仍舊祈求所願。

0921 反歌二首 【承前。】

 萬代 見友將飽八 三芳野乃 多藝都河內之 大宮

 萬代(よろづよ)に 見(み)とも飽(あ)かめや 御吉野(みよしの)の 激(たぎ)つ河內(かふち)の 大宮所(おほみやところ)

 縱令生長久 見之萬代豈飽厭 芳野吉野 瀧上水激河內之 巍峨壯麗大宮

笠金村 0921

大宮所(おほみやところ)」,書「宮所(みやところ)」者,多半指過去宮地之舊跡,或尚未完成新宮。此處直指離宮者,蓋以行宮之故。

0922 【承前反歌第二。】

 皆人乃 壽毛吾母 三吉野乃 多吉能床磐乃 常有沼鴨

 皆人(みなひと)の 命(いのち)も我(わ)がも 御吉野(みよしの)の 瀧(たき)の常磐(ときは)の 常(つね)ならぬかも

 吾今有所願 還冀皆人與吾命 猶此御吉野 瀧之常磐亙古今 能為久長恒不變

笠金村 0922

「皆人(みなひと)の」,仙覺本等原文作「人皆」,元曆校本等作皆人。

「我(わ)がも」,「我(わ)が命も」之略。

「常(つね)ならぬかも」,「常(つね)乃」衡久不變,「ぬかも」表希求

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2016-07-07-木

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万葉集試訳

0892 貧窮問答歌一首 【并短歌。】

 風雜 雨布流欲乃 雨雜 雪布流欲波 為部母奈久 寒之安禮婆 堅鹽乎 取都豆之呂比 糟湯酒 宇知須須呂比弖 之叵夫可比 鼻毗之毗之爾 志可登阿良農 比宜可伎撫而 安禮乎於伎弖 人者安良自等 富己呂倍騰 寒之安禮婆 麻被 引可賀布利 布可多衣 安里能許等其等 伎曾倍騰毛 寒夜須良乎 和禮欲利母 貧人乃 父母波 飢寒良牟 妻子等波 乞乞泣良牟 此時者 伊可爾之都都可 汝代者和多流 天地者 比呂之等伊倍杼 安我多米波 狹也奈里奴流 日月波 安可之等伊倍騰 安我多米波 照哉多麻波奴 人皆可 吾耳也之可流 和久良婆爾 比等等波安流乎 比等奈美爾 安禮母作乎 綿毛奈伎 布可多衣乃 美留乃其等 和和氣佐我禮流 可可布能尾 肩爾打懸 布勢伊保能 麻宜伊保乃內爾 直土爾 藁解敷而 父母波 枕乃可多爾 妻子等母波 足乃方爾 圍居而 憂吟 可麻度柔播 火氣布伎多弖受 許之伎爾波 久毛能須可伎弖 飯炊 事毛和須禮提 奴延鳥乃 能杼與比居爾 伊等乃伎提 短物乎 端伎流等 云之如 楚取 五十戶良我許惠波 寢屋度麻弖 來立呼比奴 可久婆可里 須部奈伎物能可 世間乃道

 風交(かぜまじ)り 雨降(あめふ)る夜(よ)の 雨交(あめまじ)り 雪降(ゆきふ)る夜(よ)は 術(すべ)も無(な)く 寒(さむ)くし有(あ)れば 堅鹽(かたしほ)を 取嘰(とりつづし)ろひ 糟湯酒(かすゆざけ) 打啜(うちすす)ろひて 咳(しはぶ)かひ 鼻(はな)びしびしに 然(しか)と有(あ)らぬ 鬚搔撫(ひげかきなで)て 我(われ)を除(お)きて 人(ひと)は非(あら)じと 誇(ほこ)ろへど 寒(さむ)くし有(あ)れば 麻衾(あさぶすま) 引被(ひきかがふ)り 布肩衣(ぬのかたきぬ) 有(あり)の悉(ことごと) 著襲(きそ)へども 寒夜(さむきよ)すらを 我(われ)よりも 貧(まづ)しき人(ひと)の 父母(ちちはは)は 飢凍(うゑこ)ゆらむ 妻子共(めこども)は 乞乞泣(こふこふな)くらむ 此時(このとき)は 如何(いか)にしつつか 汝(な)が世(よ)は渡(わた)る

 天地(あめつち)は 廣(ひろ)しと云(い)へど 我(あ)が為(ため)は 狹(さ)くやなりぬる 日月(ひつき)は 明(あか)しと云(い)へど 我(あ)が為(ため)は 照(て)りや給(たま)はぬ 人皆(ひとみな)か 我(あ)のみや然(しか)る 邂逅(わくらば)に 人(ひと)とはあるを 人並(ひとなみ)に 我(あれ)も成(な)れるを 綿(わた)も無(な)き 布肩衣(ぬのかたぎぬ)の 海松(みる)の如(ごと) 割分下(わわけさが)れる 縷(かかふ)のみ 肩(かた)に打掛(うちか)け 伏廬(ふせいほ)の 曲廬內(まげいほのうち)に 直土(ひたつち)に 藁解敷(わらときし)きて 父母(ちちはは)は 枕方(まくらのかた)に 妻子共(めこども)は 足方(あとのかた)に 圍居(かくみゐ)て 憂吟(うれへさまよ)ひ 竈(かまど)には 火氣吹立(ほけふきた)てず 甑(こしき)には 蜘蛛巢舁(くものすか)きて 飯炊(いひか)しく 事(こと)も忘(わす)れて 鵺鳥(ぬえどり)の 呻居(のどよひを)るに 甚除(いとの)きて 短物(みじかきもの)を 端切(はしき)ると 云(い)へるが如(ごと)く 楚取(しもとと)る 里長(さとをさ)が聲(こゑ)は 寢屋處迄(ねやどまで) 來立呼(きたちよば)ひぬ 如此許(かくばか)り 術無(すべな)き物(もの)か 世間道(よのなかのみち)

 風雨相交雜 亂零紛降醋訝罅 ̄雪混交降 霙水相雜寒夜間 手足皆無措 以其天寒地凍者 手執麤堅鹽 稍稍嘰之入口內 更取糟湯酒 稍稍嘰之吸吮飲 咳嗽無所止 鼻水濕漉漬面濡 貧困生不堪 搔撫鬚鬍有所思 悠悠此世間 除我之外別無人 氣骨有如斯 又以寒夜凍骨者 取粗妙麻衾 引之被身阻禦涼 更執布肩衣 以所有之麤服類 一皆著襲渡夜長 然以寒夜凍冷冽 貧困潦倒勝吾者 其父母雙親 受凍飢寒苦不堪 其妻兒等者 哭泣求乞令鼻酸 當於此之時 汝當作何如 空蟬憂苦渡世哉

 雖云天地間 六合釁⊃嗄柾茵〜鈎慧恵和隋〔却殕匿髪我狹 又雖云日月 普照大地無分別 然吾在卑蔭 幽暗無以獲其光 人皆如此乎 或唯我身如此哉 邂逅偶然兮 有幸為人獲此生 與眾人相並 五根建全無殘闕 然以貧困苦 無綿吾絹布肩衣 殘破如海松 衣衫襤褸裂割分 唯以㡜殘縷 披於肩上以蔽身 豎穴伏廬之 曲廬之內以為居 直於土之上 解藁敷之權作床 安置吾父母 在於枕方上座處 安置吾妻兒 在於足方下座處 圍居處一室 憂吟悲歎道唏噓 徒有空爐灶 炊煙不起無所饗 空有甑瓢類 蜘蛛巢舁無可盛 炊飯烹飪業 年久未行既已忘 虎鶫鵺鳥般 呢喃碎語呻居際 福輙無雙至 愈為短物端更切 俗諺之所如 每知禍總不單行 吾聞取楚之 持鞭促賦里長聲 近至寢屋處 來而呼喊催稅貢 悲涼如此許 舉手無錯失茫然 此蓋世間常理哉

山上憶良 0892

「風交(かぜまじ)り 雨降(あめふ)る夜(よ)の」,風雨交雜之夜晚。「の」字表同格。

「堅鹽(かたしほ)」,未精製,多含雜質之粗鹽。色遏げ狀,質堅。『大膳式』云:「石鹽十顆。」

「嘰(つづし)ろひ」,表斷斷續續少許少許進食之「嘰(つづし)る」之持續反復態。

「糟湯酒(かすゆざけ)」,以布類過濾濁酒時留下之殘渣為糟糠。而以其酒粕溶於熱水飲之者乃糟湯酒。

「鼻(はな)びしびし」,吸啜鼻水之凝聲語,或表鼻水濕漉之擬態語

「我(われ)を除(お)きて 人(ひと)は非(あら)じと」,自負物質雖貧而仍有骨氣。

「誇(ほこ)ろ」,「誇(ほこ)る」之持續態。以之為傲。

「麻衾(あさぶすま)」,麻製之被辱。內無填充棉類之夏季用被。

「布肩衣(ぬのかたきぬ)」,「布(ぬの)」乃以麻、苧之疇所縫製之劣質衣料。「肩衣」乃無袖之服。

「著襲(きそ)へ」,重重穿著。

「寒夜(さむきよ)すらを」,「すらを」有「なのに」之意。

「乞乞泣(こふこふな)くらむ」,終止形疊語,表狀態持續。

「如何(いか)にしつつか 汝(な)が世(よ)は渡(わた)る」,長歌以七、七句為結語、分段之例,亦見於『萬葉集』800。本句以前為問,以下為答。

「邂逅(わくらば)に」,偶然之意。表生為人之至福。『涅槃經』云:「人身難得,如優曇花。」

「人並(ひとなみ)に 我(あれ)も成(な)れるを」,諸根具備,與一般人無異。諸根乃信、勤、念、定、慧之五根。

「割分下(わわけさが)れる」,碎裂殘破不堪。『新撰字鏡』云:「㡜,殘帛也。やぶれかかふ。」

「伏廬(ふせいほ)の 曲廬(まげいほ)」,豎穴式伴第下構造住居,屋簷接觸地上者。

「憂吟(うれへさまよ)ひ」,「憂(うれ)へ」表哀訴、歎願。「吟(さまよ)ひ」表呻吟之聲。

「甑(こしき)には」,用以蒸米之器具。

「飯炊(いひか)しく 事(こと)も忘(わす)れて」,『社家立成』云:「塵生滿甑,貧婦忘炊。」

「呻(のどよ)ひ」,發出低喃之音。

「甚除(いとの)きて 短物(みじかきもの)を 端切(はしき)ると」,古代俗諺「痛蒼灌鹽,短才截端。」有雪上加霜之意。

「楚取(しもと)」,笞杖等刑具。此指催促賦稅之鞭類。

「里長(さとをさ)」,『養老令』戶令:「凡戶。以五十戶為里。每里置長一人。【掌,檢校戶口、課殖農桑、禁察非違、催驅賦役。】」


0893 【承前,短歌。】

 世間乎 宇之等夜佐之等 於母倍杼母 飛立可禰都 鳥爾之安良禰婆

 世間(よのなか)を 憂(う)しと瘦(や)さしと 思(おも)へども 飛立兼(とびたちか)ねつ 鳥(とり)にしあらねば

 空蟬此世間 無處容身不得志 雖欲遁他界 無奈無由翔高天 只因己非禽鳥疇

山上憶良 0893

 山上憶良頓首謹上。

「憂(う)し」,事不得意,煩躁難耐。

「瘦(や)さしと」,肩身狹宰,無處容身,且以之為恥。

0894 好去好來歌一首 【反歌二首。】

 神代欲理 云傳久良久 虛見通 倭國者 皇神能 伊都久志吉國 言靈能 佐吉播布國等 加多利繼 伊比都賀比計理 今世能 人母許等期等 目前爾 見在知在 人佐播爾 滿弖播阿禮等母 高光 日御朝庭 神奈我良 愛能盛爾 天下 奏多麻比志 家子等 撰多麻比天 敕旨【反云,大命。】戴持弖 唐能 遠境爾 都加播佐禮 麻加利伊麻勢 宇奈原能 邊爾母奧爾母 神豆麻利 宇志播吉伊麻須 諸能 大御神等 船舳爾【反云,布奈能閇爾。】 道引麻遠志 天地能 大御神等 倭 大國靈 久堅能 阿麻能見虛喻 阿麻賀氣利 見渡多麻比 事畢 還日者 又更 大御神等 船舳爾 御手打掛弖 墨繩袁 播倍多留期等久 阿遲可遠志 智可能岫欲利 大伴 御津濱備爾 多太泊爾 美船播將泊 都都美無久 佐伎久伊麻志弖 速歸坐勢

 神代(かみよ)より 言傳來(いひつてく)らく 虛空見(そらみ)つ 大和國(やまとのくに)は 皇神(すめかみ)の 嚴(いつく)しき國(くに) 言靈(ことだま)の 幸(さき)はふ國(くに)と 語繼(かたりつ)ぎ 言繼(いひつ)がひけり 今世(いまのよ)の 人(ひと)も悉(ことごと) 目前(めのまへ)に 見(み)たり知(し)りたり 人澤(ひとさは)に 滿(み)ちてはあれども 高光(たかひか)る 日大朝廷(ひのおほみかど) 惟神(かむながら) 愛(め)での盛(さか)りに 天下(あめのした) 奏賜(まをしたま)ひし 家子(いへのこ)と 選賜(えらひたま)ひて 敕旨(おほみこと)【反云(はんにいふ)、大命(おほみこと)。】 戴持(いただきも)ちて 唐(もろこし)の 遠境(とほきさかひ)に 遣(つか)はされ 罷坐(まかりいま)せ 海原(うなはら)の 邊(へ)にも沖(おき)にも 神留(かむづ)まり 領坐(うしはきいま)す 諸(もろもろ)の 大御神達(おほみかみたち) 船舳(ふなのへ)に【反云(はんにいふ)、舟邊(ふなのへ)に。】 導奏(みちびきまを)し 天地(あめつち)の 大御神達(おほみかみたち) 大和(やまと)の 大國御魂(おほくにみたま) 久方(ひさかた)の 天御空(あまのみそら)ゆ 天翔(あまがけ)り 見渡賜(みわたしたま)ひ 事終(ことをは)り 歸(かへ)らむ日(ひ)には 復更(またさら)に 大御神達(おほみかみたち) 船舳(ふなのへ)に 御手打掛(みてうちか)けて 墨繩(すみなは)を 延(はへ)たるく如(ごと) あ直(ぢか)をし 值嘉崎(ちかのさき)より 大伴(おほとも)の 御津濱邊(みつのはまび)に 直泊(ただは)てに 御船(みふね)は泊(は)てむ 障(つつ)み無(な)く 幸坐(さきくいま)して 早歸(はやかへり)ませ

 遠自千早振 亙古神代言傳來 虛空見日本 秀真秋津大和國 皇神國津神 稜威嚴見在國 真澄言靈之 冥冥真幸所惠國 口耳相流傳 語繼千代傳萬葉 縱令值今世 此類神物靈蹤事 人悉皆見存 觸事有效不謂虛 蒼生續綿延 人滿國中數雖多 空高輝光曜 日繼皇統大朝廷 惟神隨神意 皇澤愛盛此禁中 奏賜報天下 申食國政為股肱 生作名家子 萬中選一負重任 奉持嚴敕旨【敕旨,音大命。】 頂戴尊言聖皇令 遣至震旦國 唐土遠境遙天邊 以為大使而 將罷海西赴異邦 故此祈冥貺 領座蒼溟海原間 近岸遠沖津 神留鎮坐治青渤 八百萬諸諸 神祇大御神者等 願導船舳而【船舳,音舟邊。】 至此行程得風順 天地六合間 八百萬諸大御神 就中大和國 所坐大國御魂矣 遙遙久方兮 天之御空大虛上 自天翱翔而 俯瞰望盡賜加護 待其務終了 衣錦歸國覆命日 復更祈神助 還願諸大御神眾 牽引船舳而 率導航路安平 一猶取墨繩 張延玄線之所如 寔遂航筆直 途經阿值值嘉崎 直指大伴之 御津濱邊莫遠迴 直泊著其湊 還冀御船直歸泊 凡事無所障 有幸無恙身硬朗 好去好來早日歸

山上憶良 0894

「好去好來」,祈求無事歸來之歌。好去乃六朝之後向旅者送別俗語,好來則預祝其無礙歸來。

「虛空見(そらみ)つ」,大和枕詞。以饒速日尊乘天磐船渡虛空望日本之故事而來。

「皇神(すめかみ)」,此乃國土神。

「嚴(いつく)しき」,神威儼然之狀。

「言靈(ことだま)の 幸(さき)はふ國(くに)と」,宿於言語中之靈力。古俗以為,言靈可左右禍福。

「見(み)たり知(し)りたり」,藉由言靈而預祝大使平安歸來。

「人澤(ひとさは)に 滿(み)ちてはあれども」,此云人雖眾多,但又以描述對向最為優秀。

「高光(たかひか)る」,日之枕詞

日大朝廷(ひのおほみかど)」,天皇宮殿。更云朝廷百官之中。

「惟神(かむながら)」,唯神、隨神,順從現人神天皇之心意。指多治比真人廣成任遣唐大使,乃聖慮所決而凡慮難及。

「愛(め)での盛(さか)り」,格別寵愛。

「天下(あめのした) 奏賜(まをしたま)ひし」,此云廣成之父多治比島乃持統、文武朝之右、左大臣,而廣成生於此家。

「戴持(いただきも)ち」,戴字或本作載者訛也。(『萬葉代匠記』)

「神留(かむづ)まり」,神所留居、鎮坐之處。祝詞有「高天原に神留坐す」云云。

「領坐(うしはきいま)す」,此云神領有某場所之意。

「船舳(ふなのへ)に」,遣唐大使所乘之船,於船舳前端設有祈求航海安全住吉大神社殿。

「導奏(みちびきまを)し」,此非用「導賜(みちびきたま)ひ」者,視遣唐大使格高於住吉神。

大和(やまと)の 大國御魂(おほくにみたま)」,國土之精靈,大和神社祭神。今社境內有紀念本歌之好去好來碑。

「墨繩(すみなは)を」,繫於墨壺之繩,用以畫直線之工具。『日本靈異記』云:「行路廣平,直如墨繩。」比喻直行而不遠迴。

「あ直(ぢか)をし」,以同音而為「值嘉」之枕詞。或為「あ-直(ぢか)-落(を)し(=実に・一直線に・(航海を)成し遂げて)」之意,意未詳而俟後攷。

「岫」,與「岬、崎」通。

「濱邊(はまび)」,び乃周遭之意。

「直泊(ただは)て」,不假遠行,直指目的

「障(つつ)み」,此云事故、傷病等障礙。

「幸坐(さきくいま)し」,「坐(いま)し」於此乃「去」之意,當於題詞之「好去」。

「早歸(はやかへり)ませ」,當於題詞之「好來」。




0895 反歌 【承前。】

 大伴 御津松原 可吉掃弖 和禮立待 速歸坐勢

 大伴(おほとも)の 三津松原(みつのまつばら) 搔掃(かきは)きて 我立待(われたちま)たむ 早歸(はやかへ)りませ

 難波大伴之 御津松原此地矣 吾今清掃而 引領立待盼汝還 好去好來早日歸

山上憶良 0895

「大伴(おほとも)の 三津松原(みつのまつばら)」,山上憶良於『萬葉集』63「去來子等 早く日本へ 大伴の 御津濱松 待戀ひぬらむ」所訴之地。松字與等待雙關。

0896 【承前,反歌第二。】

 難波津爾 美船泊農等 吉許延許婆 紐解佐氣弖 多知婆志利勢武

 難波津(なにはつ)に 御船泊(みふねは)てぬと 聞(きこ)え來(こ)ば 紐解放(ひもときさ)けて 立走(たちばし)りせむ

 吾聞難波之 大伴三津船著湊 難按心雀躍 衣紐放解不待繫 驅身馳出奔參迎

山上憶良 0896

 天平五年三月一日,良宅對面,獻三日。山上憶良,謹上大唐大使卿記室。

「紐解放(ひもときさ)けて」,一心出迎,無暇整裳之狀。漢籍有「倒屣」、「倒裳」等詞。

「良宅」,此云山上憶良平成京宅。

0897 老身重病,經年辛苦及,思兒等歌七首 【長一首,短六首。】

沈痾自哀文 【山上憶良作。】

 竊以,朝夕佃食山野者,猶無災害得度世,【謂常執弓箭,不避六齋,所值禽獸,不論大小、孕及不孕,並皆殺食,以此為業者也。】晝夜釣漁河海者,尚有慶福而全經俗。【謂漁夫、潛女,各有所勤。男者手把竹竿,能釣波浪之上。女者腰帶鑿籠,潛採深潭之底者也。】況乎我從胎生迄于今日,自有修善之志,曾無作惡之心。【謂聞諸惡莫作,諸善奉行之教也。】所以禮拜三寶,無日不勤,【每日誦經,發露懺悔也。】敬重百神,鮮夜有闕。【謂敬拜天地諸神等也。】嗟乎媿哉,我犯何罪,遭此重疾。【謂未知過去所造之罪,若是現前所犯之過,無犯罪過,何獲此病乎。】初沈痾已來,年月稍多。【謂經十餘年也。】是時,年七十有四,鬢髮斑白,筋力尩羸。不但年老,復加斯病。諺曰:「痛瘡灌鹽,短材截端。」此之謂也。四支不動,百節皆疼,身體太重,猶負鈞石。【廿四銖為一兩,十六兩為一斤,卅斤為一鈞,四鈞為一石,合一百廿斤也。】懸布欲立,如折翼之鳥,倚杖且步,比跛足之驢。吾以身已穿俗,心亦累塵,欲知禍之所伏,祟之所隱,龜卜之門,巫祝之室,無不徃問。若實若妄,隨其所教,奉獻幣帛,無不祈禱。然而,彌有甼譟ち縮妓査后8稱后А崛安綢人良醫,救療蒼生病患。至若楡柎、扁鵲、華他、秦和、緩、葛稚川、陶隱居、張仲景等,皆是在世良醫,無不除愈也。【扁鵲姓秦,字越人,勃海郡人也。割胸採心,易而置之,投以神藥,即寤如平也。華他字元化,沛國譙人也。若有病結積,沈重在內者,刳腸取病,縫復摩膏,四五日差定。】」追望件醫,非敢所及。若逢聖醫神藥者,仰願,割刳五藏,抄探百病,尋逹膏肓之隩處,【盲鬲也,心下為膏。攻之不可,逹之不及,藥不至焉。】欲顯二竪之逃匿。【謂晉景公疾,秦醫緩視而還者,可謂為鬼所殺也。】命根既盡,終其天年,尚為哀。【聖人賢者,一切含靈,誰免此道乎。】何況生錄未半,為鬼枉殺,顏色壯年,為病垪ぜ垳叩在世大患,孰甚于此。【志恠記云:「廣平前大守北海徐玄方之女,年十八歲而死。其靈謂馮馬子曰:『案我生錄,當壽八十餘歲。今為妖鬼所枉殺,已經四年。』此遇馮馬子,乃得更活是也。」內教云:「瞻浮州人壽百二十歲。」謹案,此數非必不得過此。故壽延經云:「有比丘,名曰難逹。臨命終時,詣佛請壽,則延十八年。」但善為者,天地相畢。其壽夭者,業報所招,隨其脩短而為半也。未盈斯笇,而遄死去,故曰未半也。任徴君曰:「病從口入,故君子節其飲食。」由斯言之,人遇疾病,不必妖鬼。夫醫方諸家之廣說,飲食禁忌之厚訓,知易行難之鈍情三者,盈目滿耳,由來久矣。抱朴子曰:「人但不知其當死之日,故不憂耳。若誠知羽翮可得延期者,必將為之。」以此而觀,乃知我病盖斯飲食所招,而不能自治者乎。】帛公略說曰:「伏思自勵,以斯長生。生可貪也,死可畏也。天地之大曰生,故死人不及生鼠。雖為王侯,一日絕氣,積金如山,誰為富哉?威勢如海,誰為貴哉?」遊仙窟曰:「九泉下人,一錢不直。」孔子曰:「受之於天,不可變易者形也。受之於命,不可請益者壽也。」【見鬼谷先生相人書。】故知,生之極貴,命之至重。欲言言窮,何以言之;欲慮慮絕,何由慮之。惟以,人無賢愚,世無古今,咸悉嗟歎。歲月競流,晝夜不息。【曾子曰:「徃而不反者,年也。」宣尼臨川之歎,亦是矣也。】老疾相催,朝夕侵動。一代懽樂,未盡席前,【魏文惜時賢詩曰:「未盡西苑夜,劇作北邙塵也。」】千年愁苦,更繼坐後。【古詩云:「人生不滿百,何懷千年憂矣。」】若夫群生品類,莫不皆以有盡之身,並求無窮之命。所以道人方士,自負丹經,入於名山,而合藥者,養性怡神,以求長生。抱朴子曰:「神農云:『百病不愈,安得長生。』」帛公又曰:「生好物也,死惡物也。」若不幸而不得長生者,猶以生涯無病患者福大哉。今吾為病見惱,不得臥坐。向東向西,莫知所為。無福至甚,惣集于我。人願天從。如有實者,仰願,頓除此病,鯑税(拭ぐ柄涌搜函れ栄墮淡叩【已見上也。】

悲歎俗道假合即離,易去難留詩一首 【并序。】

 竊以,釋慈之示教,【謂釋氏、慈氏。】先開三歸、【謂歸依佛、法、僧。】五戒,而化法界,【謂一不殺生,二不偷盗,三不邪婬,四不妄語,五不飲酒。】周孔之垂訓,前張三綱、【謂君臣、父子、夫婦。】五教,以濟邦國。【謂父義,母慈,兄友,弟順,子孝。】故知,引導雖二,得悟惟一也。但以世無恒質,所以陵谷更變;人無定期,所以壽夭不同。撃目之間,百齡已盡。申臂之頃,千代亦空。旦作席上之主,夕為泉下之客。白馬走來,黃泉何及。隴上青松,空懸信劍,野中白楊,但吹悲風。是知,世俗本無隱遁之室,原野唯有長夜之臺。先聖已去,後賢不留。如有贖而可免者,古人誰無價金乎。未聞獨存遂見世終者。所以維摩大士疾玉體乎方丈,釋迦能仁掩金容于雙樹。內教曰:「不欲邂杷係縊圈で入天之先至。」【天者生也,邂納垰猝蕁】故知生必有死,死若不欲,不如不生。況乎縱覺始終之恒數,何慮存亡之大期者也。

  俗道變化猶撃目 人事經紀如申臂 空與浮雲行大虛 心力共盡無所寄

 靈剋 內限者【謂瞻浮州人,壽一百二十年也。】 平氣久 安久母阿良牟遠 事母無 裳無母阿良牟遠 世間能 宇計久都良計久 伊等能伎提 痛伎瘡爾波 鹹鹽遠 灌知布何其等久 益益母 重馬荷爾 表荷打等 伊布許等能其等 老爾弖阿留 我身上爾 病遠等 加弖阿禮婆 晝波母 歎加比久良志 夜波母 息豆伎阿可志 年長久 夜美志渡禮婆 月累 憂吟比 許等許等波 斯奈奈等思騰 五月蠅奈周 佐和久兒等遠 宇都弖弖波 死波不知 見乍阿禮婆 心波母延農 可爾可久爾 思和豆良比 禰能尾志奈可由

 靈剋(たまきは)る うちの限(かぎ)りは【瞻浮州人(せんぶしうのひと)の壽(とはひ)、一百二十年(ももあまりはたちとせ)なる事(こと)を謂(いふ)。】 平(たひ)らけく 安(やす)くもあらむを 事(こと)も無(な)く 喪無(もな)くもあらむを 世間(よのなか)の 憂(う)けく辛(つら)けく 甚除(いとの)きて 痛瘡(いたききず)には 辛鹽(からしほ)を 注(そそ)くちふが如(ごと)く 益益(ますます)も 重馬荷(おもきうまに)に 表荷打(うはにう)つと 云事(いふこと)の如(ごと) 老(お)いにてある 我(あ)が身上(みのうへ)に 病(やまひ)をと 加(くは)へてあれば 晝(ひる)はも 嘆(なげ)かひ暮(くら)し 夜(よる)はも 息衝(いきづ)き明(あか)し 年長(としなが)く 病(やみ)し渡(わた)れば 月累(つきかさ)ね 憂吟(うれへさまよ)ひ 如事(ことこと)は 死(し)ななと思(おも)へど 五月蠅為(さばへな)す 騒(さわ)く子供(こども)を 打棄(うつ)てては 死(し)には知(し)らず 見(み)つつあれば 心(こころ)は燃(も)えぬ 云云(かにかく)に 思煩(おもひわづら)ひ 音(ね)のみし泣(な)かゆ

 靈剋魂極兮 身居顯世之限者【謂瞻浮州人,壽一百二十年也。】 欲生得平穩 所願安寧無風濤 冀無無端事 更求無喪無災禍 可惜此世間 辛勞憂苦如火宅 縱非其甚者 觀諸俗諺有所云 痛瘡注辛鹽 雪上加霜之所如 益益愈癨瓠沉重馬荷更加諸 重載襲表荷 誠猶此疇俗諺者 歲月磋跎齒徒長 我老身上已頹弱 卻更加病痛 心疲體羸殘不堪 每逢白晝間 悲嘆渡日徒欷歔 又至醋訝罅|径憂吟迄天明 長年經久歲 沈痾纏身難稍息 日積月亦累 憂吟怨嗟身不與 吾思事如此 不若一死能百了 然見膝下子 騷鬧狀猶五月蠅 豈可棄不顧 死去他界人間 愈見愈思更心煩 方寸燃如坐針氈 思此又慮彼 惱於憂愁苦無解 唯有發聲啼號泣

山上憶良 0897

「沈痾自哀文」,沈痾乃重病,文指文體而此為散文之類。

「佃」,此作授獵解。

「六齋」,每月六日禁殺生之謂也。齋乃物忌。

「鑿籠」,鑿(のみ)乃用以收納獵物(鮑類)之籠。

「胎生」,四生之一,生自母胎者。

「修善」,脩身積善。

「諸惡莫作,諸善奉行」,見於『法句經』、『阿含經』序等。

「發露懺悔」,發露乃罪形自現,懺悔乃認罪悔改。

「尩羸」,尩者弱也,本意乃足弱彎曲之狀。羸者疲也。

「痛瘡灌鹽,短材截端」,雪上加霜。

「四支」,四肢

「懸布欲立」,手抓自梁上之懸布而起身。

「跛足之驢」,典出『抱朴子』跛驢之篇。

「禍之所伏,祟之所隱」,此段典出『抱朴子』道意篇。

「龜卜」,燔燒龜甲見裂痕以卜兇吉。

「巫祝」,巫、祝別為女性男性神官

「楡柎」,或作「楡跗」、「楡附」。黃帝時代之名醫。『史記』扁鵲傳等亦有言及。

「扁鵲」,戰國時代之名醫。『史記』扁鵲傳云:「扁鵲者,渤海郡鄭人也。姓秦氏名越人。」

「華他」,或作華陀,後漢名醫。『魏志』云:「華他字元化,沛國譙人。」

「秦和、緩」,皆秦代良醫。

「葛稚川」,晉朝葛洪,『抱朴子』之作者。善於神仙、養生

「陶隱居」,梁朝陶弘景,號隱居。精於醫術、本草

「張仲景」,後漢張機。『傷寒論』之作者。『張仲景五臟論』乃假託其名之作。

「割胸採心」,見於『列子』湯用篇。

「差定」,差乃病器治癒。『說文』云:「差,癒也。」

「二竪」,兩名童子。典出『左傳』晉景公夢見病化二童而逃入膏肓之故事。後世亦以二竪代稱生病。

「為鬼所殺」,病入膏肓,無藥可救。景公月後腹痛而逝。

「天年」,天所賜與之壽命。

「含靈」,有靈魂之眾生。

「生錄」,記載壽命之帳簿。

「志恠記」,六朝時代之小說,全貌不明。此所引用,見於『法苑珠林』、『異苑』、『幽明錄』等書。九娘陽壽未盡,為鬼枉殺。後還魂與馮節為連理。

「內教」,或云內典。佛典之謂也。儒書則稱外教。

「瞻浮州」,或云閻浮提、瞻部提、瞻部洲。佛教世界觀,位於須彌山南之國。狹意指天筑,而此泛指人世。

「壽延經」,偽經之一。

比丘」,僧侶

「笇」,通筭、算,此云命數。

「任徴君」,受朝廷之召而不出仕者稱徴君。此云後漢任棠或任安。

「帛公」,帛和,見於『抱朴子』。

「鬼谷先生」,戰國時代提倡合縱連塲蘇秦之師。

「宣尼」,孔子,孔仲尼。

「侵動」,動指競爭。

「北邙」,洛陽北面之山。

「古詩」,『昭明文選』古詩十九首。

「丹經」,記載仙藥養生之書。

「人願天從」,『尚書』云:「天矜于民,民之所欲,天必從之。」

「以鼠為喩,豈不愧乎。」,此云死人不及於鼠。


「假合即離」,即離乃構成人體之地水火風四大要素分解離散,表人生夢幻飄渺。

「釋慈」,別指釋迦、彌勒。

「法界」,佛法之世界

「周孔」,別指周公、孔子。

「引導雖二」,佛教(內教)、儒教(外典)之導。

「撃目之間」,轉瞬之間。

「百齡」,人類之命限。

「申臂之頃」,伸手、舉手之短時間

泉下」,黃泉,死後世界

白馬走來,黃泉何及。」,縱以白馬奔迅,不及黃泉(死)襲來之速。

「隴上青松,空懸信劍」,典出『史記』吾太伯世家。

「野中白楊」,『昭明文選』古詩十九首之十四:「古墓犁爲田, 松柏摧爲薪。 白楊多悲風, 蕭蕭愁殺人。 」

「長夜之臺」,『昭明文選』陸士衡「挽歌詩」李善注:「冥冥九泉室,漫漫長夜臺。」墓之謂也。

維摩大士」,維摩詰。釋迦在世時,居於毗舍離城之長者,居家而通佛法。

「方丈」,一丈四方之小室,此云維摩詰之居室。

「金容」,戰歎釋迦尊容之語。

「雙樹」,釋迦入滅之娑羅雙樹。

「內教」,佛典,此特指『涅槃經』。

「不欲邂杷係縊圈で入天之先至。」,邂捻松徵死與不幸之邂播砂。其為象徵生與幸福之功天之妹,兩者常相伴。此云若不欲死,則不當生。

「始終之恒數」,人生定命,自有始終。數乃道理、命運。

「存亡之大期」,期乃約束之意。『續日本紀』云:「雖壽命有終,人倫大期。」

「人事經紀」,世間常理。人事乃人間社會之俗事,經紀同經緯,絲之縱線、埓,道理、常理,筋道之謂。

浮雲」,浮空之雲,象徵無常。『維摩經』云「是身如浮雲,須臾變滅。」

「靈剋(たまきは)る」,命、內之枕詞

「うちの限(かぎ)りは」,「うち」於此語意未詳,或與現世之「現(うつつ)」有關。

「瞻浮州」,此云人界。

「喪(も)」,此云死與不幸。

「憂(う)けく」,世事不如意而厭煩之狀。

「表荷打(うはにう)つと」,更加重累。「打(う)つ」,乃粗暴施力之意。

「死(し)なな」,第二個な字表希求之意。

「五月蠅(さばへ)」,さ乃五月(さつき=皐月)之略。為數眾多且嘈雜之狀。

「騒(さわ)く」,吵雜之動作。

「打棄(うつ)て」,「打棄(うちう)て」之略。

「云云(かにかく)に」,彼此。

「音(ね)のみし泣(な)かゆ」,ゆ表自發而のみ為強調。放聲大哭。


0898 反歌 【承前,短歌第一。】

 奈具佐牟留 心波奈之爾 雲隱 鳴徃鳥乃 禰能尾志奈可由

 慰(なぐさ)むる 心(こころ)は無(な)しに 雲隱(くもがく)り 鳴行(なきゆ)く鳥(とり)の 音(ね)のみし泣(な)かゆ

 鬱悶無所解 我心無慰憂莫解 其猶雲隱之 鳴行畫空飛鳥者 發聲啼泣暢哀號

山上憶良 0898

「慰(なぐさ)むる」,紓解憂悶之情。

0899 【承前,短歌第二。】

 周弊母奈久 苦志久阿禮婆 出波之利 伊奈奈等思騰 許良爾佐夜利奴

 術(すべ)も無(な)く 苦(くる)しくあれば 出走(いではし)り 去(い)ななと思(おも)へど 此等(こら)に障(さや)りぬ

 諸事皆休矣 苦痛無極無術解 雖欲遁出走 前去九泉忘凡塵 此子等者障我行

山上憶良 0899

「此等(こら)に障(さや)りぬ 」,「此等(こら)」或有人解作「子等」,然原文「許」字乃乙類,子者當依甲類為之。「障(さや)りぬ」表因其子而無法放心死去。

0900 【承前,短歌第三。】

 富人能 家能子等能 伎留身奈美 久多志須都良牟 絁綿良波母

 富人(とみひと)の 家(いへ)の子供(こども)の 著(き)る身無(みな)み 腐(くた)し捨(す)つらむ 絁綿(きぬわた)らはも

 富人家之子 服多無身著成餘 絁綿腐朽捨 道是朱門酒肉臭 同時路有凍死骨

山上憶良 0900

「著(き)る身無(みな)み」,服多人少,無足夠人著之而服有所餘。

「腐(くた)」,腐朽。

「絁綿(きぬわた)らはも」,絁乃絹布,綿乃真綿。

0901 【承前,短歌第四。】

 麤妙能 布衣遠陀爾 伎世難爾 可久夜歎敢 世牟周弊遠奈美

 荒栲(あらたへ)の 布衣(ぬのきぬ)をだに 著(き)せ難(かて)に 如是(かく)や嘆(な)げかむ 為術(せむすべ)を無(な)み

 麤妙荒栲兮 粗服布衣尚難得 衣不能弊體 縱然終日歎如是 無奈無方萬事窮

山上憶良 0901

「荒栲(あらたへ)の」,以楮之纖維織成,編目粗糙之粗布。

「布衣(ぬのきぬ)」,粗末之衣物。

0902 【承前,短歌第五。】

 水沫奈須 微命母 栲繩能 千尋爾母何等 慕久良志都

 水沫為(みなわな)す 脆命(もろきいのち)も 栲繩(たくづな)の 千尋(ちひろ)にもがと 願暮(ねがひくら)しつ

 虛渺如水沫 脆促即逝此命矣 願能如栲繩 延年益壽千尋長 如是發願暮終日

山上憶良 0902

「水沫(みなわ)」,或訓「水沫(みなあわ)」。

「栲繩(たくづな)の」,「長」之枕詞,此與「千尋(ちひろ)」相關。「にもが」表希求,願望。


0903 【承前,短歌第六。】

 倭文手纏 數母不在 身爾波在等 千年爾母何等 意母保由留加母 【去神龜二年作之。但以類故,更載於茲。】

 倭文手纏(しつたまき) 數(かず)にもあらぬ 身(み)にはあれど 千年(ちとせ)にもがと 思(おも)ほゆるかも 【去(い)にし神龜二年(じんきにねん)、之(これ)を作(つく)る。但(ただ)し、類(るい)を以(も)ちての故(ゆゑ)に、更(さら)に茲(ここ)に載(の)せたり。】

 倭文布手纏 此身為數不足取 卑微雖如此 仍欲延命渡千年 心懷此願冀久長 【去神龜二年作之。但以類故,更載於茲。】

山上憶良 0903

 天平五年六月丙申朔三日戊戌作。

「倭文手纏(しつたまき)」,「數(かず)にもあらぬ」之枕詞。相較於寶石、貴金屬所製之手環,布類險得微不足道。


0904 戀男子名古日歌三首 【長一首,短二首。】

 世人之 貴慕 七種之 寶毛我波 何為 和我中能 產禮出有 白玉之 吾子古日者 明星之 開朝者 敷多倍乃 登許能邊佐良受 立禮杼毛 居禮杼毛 登母爾戲禮 夕星乃 由布弊爾奈禮婆 伊射禰余登 手乎多豆佐波里 父母毛 表者奈佐我利 三枝之 中爾乎禰牟登 愛久 志我可多良倍婆 何時可毛 比等等奈理伊弖天 安志家口毛 與家久母見武登 大船乃 於毛比多能無爾 於毛波奴爾 塢乃 爾布敷可爾 覆來禮婆 世武須便乃 多杼伎乎之良爾 志路多倍乃 多須吉乎可氣 麻蘇鏡 弖爾登利毛知弖 天神 阿布藝許比乃美 地祇 布之弖額拜 可加良受毛 可賀利毛 神乃末爾麻爾等 立阿射里 我例乞能米登 須臾毛 余家久波奈之爾 漸漸 可多知都久保里 朝朝 伊布許等夜美 靈剋 伊乃知多延奴禮 立乎杼利 足須里佐家婢 伏仰 武禰宇知奈氣吉 手爾持流 安我古登婆之都 世間之道

 世人(よのひと)の 尊願(たふとびねが)ふ 七種(ななくさ)の 寶(たから)も我(われ)は 何為(なにせ)むに 我(わ)が中(なか)の 生出(うまれいで)たる 白玉(しらたま)の 我(あ)が子古日(こふるひ)は 明星(あかぼし)の 明(あ)くる朝(あした)は 敷栲(しきたへ)の 床邊去(とこのへさ)らず 立(た)てれども 居(を)れども 共(とも)に戲(たは)ぶれ 夕星(ゆふつづ)の 夕(ゆふへ)に成(な)れば 去來寢(いざね)よと 手(て)を攜(たづ)さはり 父母(ちちはは)も 表(うへ)は莫離(なさが)り 三枝(さきくさ)の 中(なか)にを寢(ね)むと 愛(うつ)くしく しが語(かた)らへば 何時(いつ)しかも 人(ひと)と成出(なりいで)て 惡(あ)しけくも 良(よ)けくも見(み)むと 大船(おほぶね)の 思(おもひたの)むに 思(おも)はぬに (よこ)しま風(かぜ)の 俄(にふふ)かに 覆來(おほひきた)れば 為術(せむすべ)の 方便(たどき)を知(し)らに 白栲(しろたへ)の 襷(たすき)を掛(か)け 真十鏡(まそかがみ) 手(て)に取持(とりも)ちて 天神(あまつかみ) 仰乞禱(あふぎこ)ひのみ 國神(くにつかみ) 伏(ふ)して額衝(ぬかつ)き 斯(か)からずも 斯(か)かりも 神(かみ)の隨(まにま)にと 立亂(たちあざ)り 我乞禱(あれこひの)めど 暫(しま)しくも 良(よ)けくは無(なし)に 漸漸(やくやく)に 貌(かたち)つくほり 朝(あさ)な朝(さ)な 言事止(いふことや)み 靈剋(たまきは)る 命絕(いのちた)えぬれ 立躍(たちをど)り 足擦叫(あしすりさけ)び 伏仰(ふしあふ)ぎ 胸打嘆(むねうちなげ)き 手(て)に持(も)てる 我(あ)が子飛(ことば)しつ 世間道(よのなかのみち)

 世人皆所好 貴慕珍寶七種者 吾豈好之歟 己不能解世人貴 吾等夫婦間 所生來而到此世 無垢白玉兮 吾之愛子古日矣 黎明金星兮 晨曦曙光早朝者 柔細敷栲之 床邊不去更不離 無論立起身 亦或席地坐 相共嬉遊享團鸞 日落大白星 時至誰彼夕暮者 催吾等率寢 攜手牽來如此言 親親父母矣 永遠相依莫離側 三枝梢三分 欲居雙親正中寢 如是令人憐 愛子言語訴如此 迄有朝一日 成人獨立成家業 無論良與惡 吾欲看守至成人 猶乘大船兮 思鯒椅畴〆〇 始料總未及 無常暴風忽急吹 俄然轉瞬間 樯倾楫摧船翻覆 不知何所為 無計可施徒茫然 白妙素栲兮 白襷高掛隨風揚 清澄真十鏡 雙手捧持恭以奉 上對天津神 瞻仰乞禱盡心誠 下對國津神 伏拜叩首示忠敬 無論願不成 亦或願成就 一切盡隨神御意 心焦情慌亂 吾唯乞禱耗心神 然天不從願 病重未嘗稍轉好 否極泰不來 容貌漸漸愈憔悴 每日每朝晨 所言遂止不再發 靈刻魂極兮 其命絕矣下九泉 吾身躍哭踊 擦足叫喚聲淒辧”地復仰天 搥胸長歎欲毀滅 掌上明玉矣 吾子羽化罷他界 嗚呼哀哉世間道

山上憶良 0904

「七種(ななくさ)の 寶(たから)」,見於佛典之七種貴金屬、寶石之類。按『法華經』授記品乃金、銀、瑠璃、硨磲、瑪瑙、真珠、玫瑰。『無量壽經』、『阿彌陀經』除金、銀、硨磲、瑪瑙之外,各有異同。

「何為(なにせ)むに」,其下省略「欲しからむ」云云。長歌之中,不乏七七連句之例,而如此五五連句堪稱稀有,此歌其後亦多短句相連者。

「我(わ)が中(なか)の」,此「我(わ)」乃複數而指夫婦二人。

白玉(しらたま)の」,如珍珠般重要

明星(あかぼし)の」,「明(あ)くる朝(あした)は」之枕詞明星乃日出(天明)時之明星,即金星是也。

「居(を)れども」,「立(た)てれども」之對句,坐立。

「夕星(ゆふつづ)の」,夕之枕詞。黃昏時之明星,亦為金星。『伊京集』云「大白星,ゆふつづ。」

「表(うへ)は莫離(なさが)り」,「表(うへ)」表近在眼前。

三枝(さきくさ)の」,枝葉三分之植物,未詳孰是。「中(なか)」之枕詞

「中(なか)にを寢(ね)むと」,を乃間投助詞

「しが語(かた)らへば」,し乃第三人稱代名詞

大船(おほぶね)の」,「思(おもひたの)む」之枕詞

「俄(にふふ)かに」,突然之意。

「襷(たすき)を掛(か)け」,『萬葉集』中往往詠述舉行神事時高掛襷之表現

「真十鏡(まそかがみ) 手(て)に取持(とりも)ちて」,祭神禮儀之一。

「禱(の)み」、「額衝(ぬかつ)き」,叩首擊地禮拜之狀。

「斯(か)からずも 斯(か)かりも 神(かみ)の隨(まにま)にと」,成或不成,皆依神意。「斯(か)かり」乃「斯(か)くあり」之略。

「立亂(たちあざ)り」,混亂之意。

「漸漸(やくやく)に」,「やうやく」之古形。

「貌(かたち)つくほり」,つくほる意未詳。蓋衰落變化之意乎。

「立躍(たちをど)り」,悲哀至極彈身激動。『禮記』檀弓喪大記有「哭踊」之語。

「足擦叫(あしすりさけ)び」,以腳跺地之狀。

「我(あ)が子飛(ことば)しつ」,此以禽鳥飛去比喻愛子離世。

0905 反歌 【承前。】

 和可家禮婆 道行之良士 末比波世武 之多敝乃使 於比弖登保良世

 若(わか)ければ 道行(みちゆ)き知(し)らじ 賂(まひ)は為(せ)む 黃泉使(したへのつかひ) 負(お)ひて通(とほ)らせ

 吾兒年齒幼 不知泉路將何行 吾不吝為賂 還願地下黃泉使 背負我子通九泉

山上憶良 0905

「道行(みちゆ)き知(し)らじ」,不諳往冥府之道。「知らじ」乃「知らず」之推想表現

「賂(まひ)」,賄賂。此概受中華誌怪小說之影響。

「黃泉使(したへのつかひ)」,「したへ」乃死後所赴之地下世界。黃泉使指引路之幽鬼。

「負(お)ひて通(とほ)らせ」,請背負吾子令其通過。

0906 【承前,反歌第二。】

 布施於吉弖 吾波許比能武 阿射無加受 多太爾率去弖 阿麻治思良之米

 布施置(ふせお)きて 我(あれ)は乞禱(こひの)む 欺(あざ)むかず 直(ただ)に率行(ゐゆ)きて 天道知(あまぢし)らしめ

 心誠奉布施 吾今乞禱求冥貺 莫欺令遠迴 還冀率其直驅上 令知天道臻仙界

山上憶良 0906

 右一首,作者未詳。但以裁歌之體似於山上之操,載此次焉。

布施置(ふせお)きて」,布施乃餽贈佛僧金品之行為,或指餽贈之物本身。「置(お)き」表奉上幣帛。

「率行(ゐゆ)きて」,「率(ゐ)る」乃引導之意。

天道(あまぢ)」,前往天上之道路,此云前去極樂世界

「裁歌之體似於山上之操」,「裁歌」乃作者文體、風體,「裁」乃作之意也。「操」為風操、風調。

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2016-06-28-火

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万葉集試訳

0847 員外思故鄉歌兩首

 和我佐可理 伊多久久多知奴 久毛爾得夫 久須利波武等母 麻多遠知米也母

 我(わ)が盛(さか)り 甚降(いたくくた)ちぬ 雲(くも)に飛(と)ぶ 藥食(くすりは)むとも 復變若(またをち)めやも

 青春不復在 吾之盛年過已久 逝者如斯夫 縱飲騰雲不死藥 豈得返老還壯年

大伴旅人 0847

「員外」,意指無趣之歌,自謙辭。『拾遺愚草』有「員外雜歌」。作者有諸說,表向為大伴旅人,實則或山上憶良之所代作。

「故鄉」,與故京同,此云平城京

「降(くた)ちぬ」,「降(くた)つ」表莫大時間流逝,已然近終。

「雲(くも)に飛(と)ぶ 藥食(くすりは)むとも」,據傳服用則可飛行天際之不死仙藥。『抱朴子』金丹篇有黃帝服金丹而昇天之語。仙藥篇亦有得仙藥而長生、飛天之事。又如嫦娥西王母之不死藥而昇天入月之說話。「食(は)む」乃將固體嚼碎吞下之意。

「變若(をち)」,返老還童,回歸原狀之意。自古有變若水之傳說。

0848 【承前,其二。】

 久毛爾得夫 久須利波牟用波 美也古彌婆 伊夜之吉阿何微 麻多越知奴倍之

 雲(くも)に飛(と)ぶ 藥食(すりは)むよは 都見(みやこみ)ば 賤(いや)しき我(あ)が身(み) 復變若(またをち)ぬべし

 與其飲仙藥 騰空登仙神丹者 不若望都城 卑賤微薄我之身 當能返老復壯年

大伴旅人 0848

「藥食(すりは)むよは」,「よ」乃「より」之略,比起。

「賤(いや)しき我(あ)が身(み)」,「賤(いや)し」表身分低微。此為謙遜表現。蓋漢語「微身」之和譯。

0849 後追和梅歌四首 【承前。】

 能許利多留 由棄仁末自例留 宇梅能半奈 半也久奈知利曾 由吉波氣奴等勿

 殘(のこ)りたる 雪(ゆき)に交(まじ)れる 梅花(うめのはな) 早(はや)く勿散(なち)りそ 雪(ゆき)は消(け)ぬとも

 殘雪色斑駁 梅花交雜混其間 清雅梅花矣 縱令殘雪將消熔 切莫隨彼早散去

大伴旅人 0849

「後追和梅」,梅花歌卅二首編成後所追加知應和之歌。此亦表向旅人而寔為憶良之作乎。

「殘(のこ)りたる 雪(ゆき)」,即將消逝之殘雪。殘字有殘傷之意。

「雪(ゆき)は消(け)ぬとも」,「消ぬ」乃「消ゆ」古形下二段く字連用形

0850 【承前,其二。】

 由吉能伊呂遠 有婆比弖佐家流 有米能波奈 伊麻左加利奈利 彌牟必登母我聞

 雪色(ゆきのいろ)を 奪(うば)ひて咲(さ)ける 梅花(うめのはな) 今盛(いまさか)り也(なり) 見(み)む人(ひと)もがも

 似欲奪雪色 梅花爭咲一面白 清雅白梅花 暗香浮動今盛也 此景欲與人共見

大伴旅人 0850

「雪色(ゆきのいろ)を 奪(うば)ひて咲(さ)ける」,漢籍用法。如『藝文類聚』梁簡文帝梅花賦有「爭樓上之落粉,奪機中之織素。」云云。

「見(み)む人(ひと)もがも」,難到沒有志同道合者可供賞乎。暗示自行獨賞而顯孤獨。

0851 【承前,其三。】

 和我夜度爾 左加里爾散家留 宇梅能波奈 知流倍久奈里奴 美牟必登聞我母

 我(わ)が宿(やど)に 盛(さか)りに咲(さ)ける 梅花(うめのはな) 散(ち)るべく成(な)りぬ 見(み)む人(ひと)もがも

 吾宿庭院間 梅花盛開咲一面 清雅梅花者 既知其後將散去 欲與人共見此景

大伴旅人 0851

「散(ち)るべく成(な)りぬ 見(み)む人(ひと)もがも」,『萬葉集』1542大伴旅人詠荻歌下二句與此同。故有此連歌旅人所作之說。

0852 【承前,其四。】

 烏梅能波奈 伊米爾加多良久 美也備多流 波奈等阿例母布 左氣爾于可倍許曾【一云,伊多豆良爾,阿例乎知良須奈,左氣爾宇可倍許曾。】

 梅花(うめのはな) 夢(いめ)に語(かた)らく 雅(みやび)たる 花(はな)と我思(あれも)ふ 酒(さけ)に浮(う)かべこそ【一云(またにいふ)、徒(いたづら)に、我(あれ)を散(ち)らす莫(な)、酒(さけ)に浮(うか)べこそ。】

 梅花寔清雅 能語夢中堪風流 高尚梅花矣 吾思如此妍花矣 請浮酒上漂盃中【一云,高尚梅花矣,莫徒令吾散虛無,請令浮酒漂盃中。】

大伴旅人 0852

「雅(みやび)」,與「鄙(ひな)」相對,而相當於漢籍之「風流」。

梅花現於夢中,欲為有心人所賞玩者,與810「梧桐日本琴」書簡之趣向相類。而皆受『遊仙窟』之影響。

0853 遊於松浦河序

 余以暫徃松浦之縣逍遙,聊臨玉嶋之譚遊覽,忽值釣魚女子等也。花容無雙,光儀無匹。開柳葉於眉中,發桃花於頰上。意氣凌雲,風流絕世。僕問曰:「誰鄉誰家兒等,若疑神仙者乎?」娘等皆咲答曰:「兒等者,漁夫之舍兒,草菴之微者。無鄉無家,何足稱云。唯性便水,復心樂山。或臨洛浦而徒羨玉魚,乍臥巫峽以空望烟霞。今以邂逅相遇貴客,不勝感應,輙陳欵曲。而今而後,豈可非偕老哉。」下官對曰:「唯唯,敬奉芳命。」于時日落山西,驪馬將去。遂申懷抱,因贈詠歌曰:

 阿佐里須流 阿末能古等母等 比得波伊倍騰 美流爾之良延奴 有麻必等能古

 漁(あさり)する 漁夫(あま)の子供(こども)と 人(ひと)は言(い)へど 見(み)るに知(し)らえぬ 貴人(うまひと)の子(こ)と

 汝云己卑賤 捕魚白水郎之子 吾雖聞此言 然寔一目盡了然 必當良家貴人

大伴旅人 0853

「遊於松浦河序」,此序與歌受『昭明文選』情賦與『遊仙窟』等影響所摹作之文學虛構。作者有旅人、憶良等說。按864以下四首歌及前後歌文,居於首都吉田宜回覆旅人名義之書簡,故或為憶良替憶良捉刀而成。

「縣」,國郡制成立後多指郡而言之。

「釣魚女子」,『日本書紀』神功紀:「夏四月壬寅朔甲辰,北到火前國松浦縣,而進食於玉嶋里小河之側。於是,皇后勾針為鉤,取粒為餌,抽取裳縷為緡,登河中石上,而投鉤祈之曰:「朕西欲求財國。若有成事者,河魚飲鉤!」因以舉竿,乃獲細鱗魚。時皇后曰:「希見物也。」故時人號其處曰梅豆羅國,今謂松浦,訛也。是以其國女人每當四月上旬,以鉤投河中,捕年魚,於今不絕。唯男夫雖釣,以不能獲魚。」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/syoki/syoki09.htm

「花容無雙,光儀無匹。開柳葉於眉中,發桃花於頰上」,形容女性美之漢籍表現。『遊仙窟』云:「眉間月出疑争夜、頰上華開似闘春。」「翠柳開眉色、紅桃亂臉新。」http://blog.goo.ne.jp/taketorinooyaji/e/3c0774ab737b4a5af12f099908d8f43b

「意氣凌雲」,氣品似可凌天披雲。

「僕問」以下,『遊仙窟』有:「余乃問曰:『承聞此處有神仙窟宅。』(中略)女子答曰:『兒家堂舍賤陋、供給単疏。』(中略)余問曰:『此誰家舍也。』」

「唯性便水,復心樂山」,『論語』雍也篇:「智者樂水,仁者樂山。」

「洛浦、巫峽」,洛水、巫山,各見於『文選』洛神賦、高唐賦等文。

「玉魚」,玉乃美稱接頭詞。

「烟霞」,靄霞之類,而神仙譚中多指彩雲

「欵曲」,心裏。欵者誠也,曲者處處。

「下官」,官人謙遜自稱詞。官人訓「かつかれ」乃「奴(やつこ)、吾(あれ)」之略。

「唯唯」,表承諾之叮嚀表現

「驪馬」,作者所乘之酣蓮『文選』落神賦:「日既西傾,車殆馬煩。」

「懷抱」,心中所思。

「漁(あさり)」,漁獵。廣義可書「求食」,探求食料之意。

子供(こども)」,供(ども)乃複數表現。序文云女子等。

「人(ひと)」,此為第二人稱代名詞

貴人(うまひと)の子(こ)」,身分高貴者之令孃。

本歌乃主角贈於女子等之歌。

0854 答詩曰 【承前。】

 多麻之末能 許能可波加美爾 伊返波阿禮騰 吉美乎夜佐之美 阿良波佐受阿利吉

 玉島(たましま)の 此川上(このかはかみ)に 家(いへ)は在(あ)れど 君(きみ)を優(やさ)しみ 顯(あら)はさずありき

 玉島松浦川 吾家雖在此川上 然以君容儀 形姿優美俊太甚 故不顯之稱卑賤

女子 0854

玉島(たましま)の 此川上(このかはかみ)」,此玉島川之上游。玉島川與序文所見松浦川同。

「君(きみ)を優(やさ)しみ」,「優(やさ)しみ」指對方風貌優美而言。

0855 蓬客等更贈歌三首 【承前,其一。】

 麻都良河波 可波能世比可利 阿由都流等 多多勢流伊毛何 毛能須蘇奴例奴

 松浦川(まつらがは) 川鷂(かはのせひか)り 鮎釣(あゆつ)ると 立(たた)せる妹(いも)が 裳裾濡(ものすそぬ)れぬ

 玉島松浦川 川鷦光耀繽紛 釣鮎立川畔 吾妹光儀徹衣晃 裳裾水濡瘍羶

大伴旅人 0855

「蓬客」,居無定所,目的不定之旅客。蓬者雜草,取草枯而隨風流離之狀而喻之。或以自謙身分卑微。

「川鷂(かはのせひか)り」,此云女子光儀美麗,照徹川麈狀。

裳裾濡(ものすそぬ)れぬ」,當時以女方赤裳濕濡為官能美之表現

0856 【承前,其二。】

 麻都良奈流 多麻之麻河波爾 阿由都流等 多多世流古良何 伊弊遲遲斯良受毛

 松浦(まつら)なる 玉島川(たましまがは)に 鮎釣(あゆつ)ると 立(たた)せる兒等(こら)が 家道知(いへぢし)らずも

 肥前松浦之 玉島川畔潭之岸 欲釣細鱗魚 立於川邊女子等 汝之家道當何去

大伴旅人 0856

「家道知(いへぢし)らずも」,不知如何尋得前往娘子等家之道途。

0857 【承前,其三。】

 等富都比等 末都良能加波爾 和可由都流 伊毛我多毛等乎 和禮許曾末加米

 遠人(とほつひと) 松浦川(まつらのかは)に 若鮎釣(わかゆつ)る 妹(いも)が手本(たもと)を 我(われ)こそ卷(ま)かめ

 遠人常相待 肥前玉島松浦川 娘子釣稚鮎 吾欲以汝手為枕 枕之好眠渡春宵

大伴旅人 0857

「遠人(とほつひと)」,以等待(まつ)遠方之人而為「松浦(まつら)」之枕詞。『萬葉集』871有「遠人 松浦佐用姬」云云。與望夫石松浦佐用姬傳說有關。

「妹(いも)が手本(たもと)を」,手本即手腕,「手本を卷く」表以對方之手為枕。

0858 娘等更報歌三首 【承前,其一。】

 和可由都流 麻都良能可波能 可波奈美能 奈美邇之母波婆 和禮故飛米夜母

 若鮎釣(わかゆつ)る 松浦川(まつらのかは)の 川並(かはなみ)の 並(なみ)にし思(も)はば 我戀(われこ)ひめやも

 河釣稚鮎魚 肥前玉島松浦川 川並河之道 吾戀若與俗相並 豈得憂愁悔如是

女子 0858

「川並(かはなみ)の」,河川流行河道。以上為以同音引出「一般(なみ)」之序。

「並(なみ)に」,一般,平凡,無所特別。

「我戀(われこ)ひめやも」,「我(われ)」為複數,相呼應於娘子等。單數則訓作あれ。此處娘子、蓬客應答,可視作『遊仙窟』之翻案


0859 【承前,其二。】

 波流佐禮婆 和伎霸能佐刀能 加波度爾波 阿由故佐婆斯留 吉美麻知我弖爾

 春去(はるさ)れば 我家里(わぎへのさと)の 川門(かはと)には 鮎子(あゆこ)さ走(ばし)る 君待難(きみまちがて)に

 每逢春至來 吾家鄉里川鶸屐^昌厂川門 繁跳出水迸河上 全因吾君誠難待

女子 0859

「川門(かはと)には」,兩岸近狹,便於徒涉處。男子訪妻亦多利用此為通路。\

「鮎子(あゆこ)さ走(ばし)る」,走る乃魚飛躍溯上急流之意。

0860 【承前,其三。】

 麻都良我波 奈奈勢能與騰波 與等武等毛 和禮波與騰麻受 吉美遠志麻多武

 松浦川(まつらがは) 七麝(ななせのよど)は 淀(よど)むとも 我(われ)は淀(よど)まず 君(きみ)をし待(ま)たむ

 肥前松浦川 玉島川鷦建麝筺\鄂繩滯此 吾之慕情無所止 引領待君長相望

女子 0860

「七麝(ななせのよど)は」,七為多數,眾多鶸嵶水停滯之處。

「淀(よど)むとも」,假定現在流水淀滯之表現

「我(われ)は淀(よど)まず」,此云自身思念絕無止時。

0861 後人追和之詩三首 【帥老。承前,其一。】

 麻都良河波 可波能世波夜美 久禮奈為能 母能須蘇奴例弖 阿由可都流良武

 松浦川(まつらがは) 川鸛(かはのせはや)み 紅(くれなゐ)の 裳裾濡(ものすそぬ)れて 鮎(あゆ)か釣(つ)るらむ

 肥前松浦川 川鷽緡急且速 石榴朱赤紅 裳裾為水漬濕濡 娘子等釣細鱗魚

大伴旅人 0861

「紅(くれなゐ)の 裳裾濡(ものすそぬ)れて」,『遊仙窟』云十娘「裙裾石榴色」,表其所著赤裳發蠱惑之魅力。

「鮎(あゆ)か釣(つ)るらむ 」,らむ為現在推量。暗示作者不在現場

0862 【承前,其二。】

 比等未奈能 美良武麻都良能 多麻志末乎 美受弖夜和禮波 故飛都都遠良武

 人皆(ひとみな)の 見(み)らむ松浦(まつら)の 玉島(たましま)を 見(み)ずてや我(われ)は 戀(こ)ひつつ居(を)らむ

 肥前松浦縣 玉島美景美娘子 眾人僉望之 此情此景吾未見 馳騁慕情沉羨戀

大伴旅人 0862

「人皆(ひとみな)の」,遊覽松浦川見得釣魚娘子之眾人。

「見(み)ずてや我(われ)は 戀(こ)ひつつ居(を)らむ」,詠嘆疑問。作者不在該地,唯有馳騁懷抱。


0863 【承前,其三。】

 麻都良河波 多麻斯麻能有良爾 和可由都流 伊毛良遠美良牟 比等能等母斯佐

 松浦川(まつらがは) 玉島浦(たましまのうら)に 若鮎釣(わかゆつ)る 妹等(いも)を見(み)らむ 人(ひと)の羨(とも)しさ

 肥前松浦川 玉島浦上美娘子 釣鮎美姿儀 眾人望見收眼簾 吾不得見唯稱羨

大伴旅人 0863

「人(ひと)の羨(とも)しさ」,羨慕在場之人。再度表示旅人並未實際遊覽。

0864 吉田連宜奉和梅花歌一首

 宜啟。伏奉四月六日賜書。跪開封函,拜讀芳藻。心神開朗,似懷泰初之月,鄙懷除卻,若披樂廣之天。至若羈旅邊城,懷古舊而傷志,年矢不停,憶平生而落淚。但達人安排,君子無悶。伏冀,朝宜懷翟之化,暮存放龜之術,架張趙於百代,追松喬於千齡耳。兼奉垂示,梅苑芳席,群英摛藻,松浦玉譚,仙媛贈答,類杏壇各言之作,疑衡皐稅駕之篇。耽讀吟諷,戚謝歡怡。宜戀主之誠,誠逾犬馬,仰之心,心同葵藿。而碧海分地,白雲隔天。徒積傾延,何慰勞緒。孟秋膺節,伏願萬祐日新。今因相撲部領使,謹付片紙。宜謹啟,不次。

奉和諸人梅花歌一首

 於久禮為天 那我古飛世殊波 彌曾能不乃 于梅能波奈爾忘 奈良麻之母能乎

 後居(おくれゐ)て 長戀(ながこひ)せずは 御園生(みそのふ)の 梅花(うめのはな)にも 成(な)ら益物(ましもの)を

 後居不逢時 未能與宴和詠梅 與其長戀苦 不若化作御園間 所生梅花佇自得

吉田宜 0864

「宜啟」,啟乃對尊者奉呈書狀之起頭語。

「賜書」,來自大旅人之書信,文中蓋有如「羈旅邊城...落淚」等望鄉之語。

「封函」,封入書狀之函。

「芳藻」,芳者美稱,藻者文辭。蓋云旅人所贈梅花詩卅二首與松浦川贈答等歌。

「泰初」,魏人夏侯玄之字。『世說新語』容止篇評之:「如入朗朗日月之懷。」

「樂廣」,晉人。『晉書』評其人品無曇曰:「若披雲霧,賭晴天。」

「邊城」,國境地帶之砦。

「古舊」,過去,特指旅人之亡妻。

「年矢不停」,年月逝去如弓矢之迅,『千字文』云:「年矢每催」。

「安排」,『莊子』大宗師篇云:「安排化去。」排者,與自然理法並肩。

君子無悶」,『周易』上經乾卦云:「遯世無悶。」此云當如君子,無所悶著。

「懷翟(きぎし)之化」,『昭明文選』齊故安陸昭王碑文云:「雛稚必懷。」政風行,禽獸亦馴。

「放龜之術」,『晉書』孔愉傳云孔愉至余不亭,買龜放之。以其,後年為該地亭長。

「架張趙於百代」,『昭明文選北山移文:「籠張趙於往圖, 架卓魯於前籙。」張者張敞,趙者趙高漢,併為漢代良吏。

「追松喬於千齡」,松者赤松子,喬者王子喬,皆為仙人

「杏壇各言」,杏壇乃講義之演壇。『莊子』漁父篇云孔子休坐杏壇,弟子侍側讀書。各言,『論語』公治長篇云「何各言爾志」。

「衡皐稅駕」,『昭明文選』曹植「洛神賦」云:「税駕乎蘅皋。」蘅皋乃芳草所生之澤。税駕乃放馬休憩。

「戚謝歡怡」,感謝親昵。

「戀主之誠」,『昭明文選』有「不勝犬馬戀主之情。」

「心同葵藿」,藿乃豆夜。葵、藿向陽,喻慕主之情。

「徒積傾延」,『樂毅論』云:「鄰國傾慕,四海延頸。」

「孟秋」,初秋。七月之別名。

「不次」,書信結尾語,表言畢而意未盡。

「後居(おくれゐ)て」,此云無法參加梅花宴。

「長戀(ながこひ)せずは」,ずは有「與其...不如」之意。


0865 和松浦仙媛歌一首

 伎彌乎麻都 麻都良乃于良能 越等賣良波 等己與能久爾能 阿麻越等賣可忘

 君(きみ)を待(ま)つ 松浦浦(まつらのうら) 娘子等(をとめら)は 常世國(とこよのくに)の 海人娘子哉(あまをとめかも)

 揮袖待君來 肥前松浦浦上立 絕色娘子等 其蓋仙界常世國 漁父海人娘子哉

吉田宜 0865

「君(きみ)を待(ま)つ」,等待君之來訪。待與松同音雙關。

「常世國(とこよのくに)」,不老不死之仙境。

0866 思君未盡,重題二首

 波漏波漏爾 於忘方由流可母 志良久毛能 智弊仁邊多天留 都久紫能君仁波

 遙遙(はろはろ)に 思(おも)ほゆるかも 白雲(しらくも)の 千重(ちへ)に隔(へだ)てる 筑紫國(つくしのくに)は

 遙遙悠遠兮 唯有思念慕伊人 相離在異地 白雲相隔阻千重 不領靈地筑紫

吉田宜 0866

「千重(ちへ)に隔(へだ)てる」,「隔(へだ)つ」乃「壁(へ)にたつ」之略。

0867 【承前。】

 枳美可由伎 氣那我久奈理奴 奈良遲那留 志滿乃己太知母 可牟佐飛仁家里

 君(きみ)が行(ゆ)き 日長(けなが)く成(な)りぬ 奈良道(ならぢ)なる 山齋(しま)の木立(こだ)ちも 神(かむ)さびにけり

 自君所發向 旅日既長日已久 奈良寧樂道 山齋庭間樹木者 儼然生苔帶古色

吉田宜 0867

 天平二年七月十日。

「君(きみ)が行(ゆ)き」,「行(ゆ)き」乃「行(ゆ)く」之名詞形。此云旅人駐在筑紫

「日長(けなが)く成(な)りぬ」,旅人於神龜四年就任,至今約三年許。

奈良道(ならぢ)」,平城京域之街道。大伴氏宅邸位於平城京東北郊之佐保一帶。

「神(かむ)さびにけり」,古色蒼然,感受時代歷久而有如神氣之狀。

0868 憶良誠惶頓首,謹啟

 憶良聞:「方岳諸侯,都督刺史,並依典法,巡行部下,察其風俗。」意內多端,口外難出。謹以三首之鄙歌,欲寫五藏之欝結。其歌曰:

 麻都良我多 佐欲比賣能故何 比列布利斯 夜麻能名乃尾夜 伎伎都都遠良武

 松浦瀉(まつらがた) 佐用姬兒(さよひめのこ)が 領巾振(ひれふ)りし 山名(やまのな)のみ耶(や) 聞(き)きつつ居(を)らむ

 肥前松浦瀉 望夫孃子佐用姬 揮袖振領巾 吾唯得聞其山名 尚仍無緣歷彼地

山上憶良 0868

「方岳諸侯」,方岳乃位於東西南北四大方角之山岳,即東岳泰山、南岳衡山、西岳華山、北岳恒山是也。諸侯管理其山之長官

「都督刺史」,都督設於魏文帝時,當於大宰帥。刺史乃漢唐時代各州長官,當於國守。

「典法」,大唐戶令云:「諸州刺史,每年一度巡行屬縣,觀風俗。」養老令:「凡國守,每年一巡行屬郡,觀風俗。」

「多端」,繁忙之意。以多忙而無法前至松浦

「五藏之欝結」,五藏通五臟。心、肝、脾、肺、腎是也。欝結乃鬱悶之情。

松浦瀉(まつらがた)」,瀉(かた)乃灣岸、小灣之意。

佐用姬兒(さよひめのこ)」,兒乃對年輕女性之愛稱。佐用姬傳說,大伴狭手彥出征新羅之際,與佐用姫相戀。臨發之日,姫登鏡山,揮舉領巾送行,而難耐別離之情,追舟行至呼子,於加部島慟哭七日七夜,遂化為石。『肥前風土記』則有弟日姫子傳說,云蛇化狭手彥形,為其引入沼中而死。

「領巾」,女子披於肩上之裝飾用細長布料。古俗以為其有咒術之力。

山名(やまのな)のみ耶(や) 聞(き)きつつ居(を)らむ 」,憶良亦歎己無緣親往該地。

0869 【承前,其二。】

 多良志比賣 可尾能美許等能 奈都良須等 美多多志世利斯 伊志遠多禮美吉【一云,阿由都流等。】

 足日女(たらしひめ) 神尊(かみのみこと)の 魚釣(なつ)らすと 御立(みた)たしせりし 石(いし)を誰見(たれみ)き【一云(またにいふ)、鮎釣(あゆつ)ると。】

 氣長足姬尊 神功皇后足日女 昔日釣魚時 所立磐石御聖蹟 孰人眼見拜觀哉【一云,昔日釣鮎時。】

山上憶良 0869

「魚釣(なつ)らすと」,「魚(な)」乃食用魚之總稱。

「石(いし)を誰見(たれみ)き」,此有實際無人得見乎之意。

0870 【承前,其三。】

 毛毛可斯母 由加奴麻都良遲 家布由伎弖 阿須波吉奈武遠 奈爾可佐夜禮留

 百日(ももか)しも 行(ゆ)かぬ松浦道(まつらぢ) 今日行(けふゆ)きて 明日(あす)は來(き)なむを 何(なに)か障(さや)れる

 去此路未遠 松浦道不足百日 若今日發向 明日可以歸來矣 然是何障不成行

山上憶良 0870

 天平二年七月十一日,筑前國司山上憶良謹上。

「百日(ももか)しも 行(ゆ)かぬ松浦道(まつらぢ)」,「行(ゆ)く」乃時間經過之意。自大宰府玉島川河口,約一日半之路程。

「何(なに)か障(さや)れる」,是受何妨礙而不得成行。此有國司之身忙於雜務,無暇遊覽之怨。


0871 領巾麾嶺詠歌一首 【承前。】

 大伴佐提比古郎子,特被朝命,奉使藩國。艤棹言歸,稍赴蒼波。妾也松浦,【佐用嬪面。】 嗟此別易,歎彼會難。即登高山之嶺,遙望離去之船,悵然斷肝,黯然銷魂。遂脫領巾麾之,傍者莫不流涕。因號此山曰領巾麾之嶺也。乃作歌曰:

 得保都必等 麻通良佐用比米 都麻胡非爾 比例布利之用利 於返流夜麻能奈

 遠人(とほつひと) 松浦佐用姬(まつらさよひめ) 夫戀(つまごひ)に 領巾振(ひれふ)りしより 負(お)へる山名(やまのな)

 領巾麾嶺者 遠人松浦佐用姬 以慕其夫婿 苦待望夫麾領巾 其緣遂負山名

山上憶良 0871

「大伴佐提比古郎子」,即大伴狹手彥。

「藩國」,任那。藩有屏、垣之意。

「艤棹言歸」,言乃用以平順語調之助字,『昭明文選』洛神賦有「言歸東藩」云云。

「妾也松浦」,『肥前風土記逸文云:「昔武小廣國押楯天皇之世。大伴狹手彥連,任那國を鎮め,兼ねて百濟國をすくはんがため,詔を受け給はりて,此村に至り着きぬ。輙篠原村第四姬子を娉しつ。其かたち人に優れたり。別れ去日,鏡を取りて婦にあたふ。婦,別の悲をいたきて栗川を渡る。斯を鏡の渡りと云ふ。狹手彥連船を出してさる時,第四姬子此處に登りて袖を持ちて振り招く。此故に袖振峰と云と云云。 」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/fuudo/itubun/itubun10.htm#hizen

「悵然斷肝」,惆悵哀歎之狀。斷肝與斷腸同,表悲痛之情激烈。

「黯然銷魂」,心情沉悶陰暗。銷魂指悲傷過度,魂欲消逝。『昭明文選』有「黯然銷魂唯別爾。」云云。

松浦佐用姬(まつらさよひめ)」,姬字不用「比賣(甲類)」而用「比米(乙類)」者看似違例,然觀記紀,稻魂女、罔象女等亦用迷字。蓋隨時代有所變遷。

0872 後人追和 【承前。】

 夜麻能奈等 伊賓都夏等可母 佐用比賣河 許能野麻能閇仁 必例遠布利家牟

 山名(やまのな)と 言繼(いひつ)げとかも 佐用姬(さよひめ)が 此山上(このやまのへ)に 領巾(ひれ)を振(ふ)りけむ

 蓋欲藉山名 口耳相傳流後世 松浦佐用姬 登此山頂揮領巾 身化石歷永劫哉

山上憶良 0872

「言繼(いひつ)げとかも」,蓋是希望後人將此事口耳相傳下去吧。之意。

0873 最後人追和 【承前。】

 余呂豆余爾 可多利都夏等之 許能多氣仁 比例布利家良之 麻通羅佐用嬪面

 萬代(よろづよ)に 語繼(かたりつ)げとし 此岳(このたけ)に 領巾振(ひれふ)りけらし 松浦佐用姬(まつらさよひめ)

 欲令傳萬代 口耳相繼流此事 故登上此岳 苦待望夫揮領巾 肥前松浦佐用

山上憶良 0873

「此岳(このたけ)に」,岳在此指山頂。該字多用於固有名詞之中,此獨立使用屬例外。

0874 最最後人追和二首 【承前。】

 宇奈波良能 意吉由久布禰遠 可弊禮等加 比禮布良斯家武 麻都良佐欲比賣

 海原(うなはら)の 沖行(おきゆ)く船(ふね)を 歸(かへ)れとか 領巾振(ひれふ)らしけむ 松浦佐用姬(まつらさよひめ)

 航行大海原 至於沖津渡滄溟 遇令彼船歸 遂登山頂振領巾 肥前松浦佐用

山上憶良 0874

「沖行(おきゆ)く船(ふね)を」,を字表「對著...」「向著...」之意。


0875 【承前,第二。】

 由久布禰遠 布利等騰尾加禰 伊加婆加利 故保斯苦阿利家武 麻都良佐欲比賣

 行船(ゆくふね)を 振留兼(ふりとどみか)ね 如何許(いかばか)り 戀(こ)ほしくありけむ 松浦佐用姬(まつらさよひめ)

 行船不復返 急揮領巾亦難留 戀慕如此許 心焦如焚苦相思 肥前松浦佐用

山上憶良 0875

「振留兼(ふりとどみか)ね」,揮袖欲留其船,然難以成功。み字原文作尾者,『萬葉集』僅有十例,皆出憶良之手。

0876 書殿餞酒日倭歌四首 【四首第一。】

 阿麻等夫夜 等利爾母賀母夜 美夜故麻提 意久利摩遠志弖 等比可弊流母能

 天飛(あまと)ぶや 鳥(とり)にもがもや 都迄(みやこまで) 送申(おくりまを)して 飛歸(とびかへ)る物(もの)

 欲化此肉身 變作飛天翔空鳥 如此成就者 遂可送君迄都城 再翱大虛歸此地

山上憶良 0876

「書殿」,『和名抄』訓校書殿作ふみどの。一般指內裏殿舍,此概指大宰府書庫

「餞酒」,設宴為旅人歸京餞行。

「天飛(あまと)ぶや」,鳥之枕詞

「送申(おくりまを)して」,申(まを)す乃謙讓輔助動詞

「飛歸(とびかへ)る物(もの)」,此「もの」同「ましもの」,「若...就好了」之意。

0877 【承前,四首第二。】

 比等母禰能 宇良夫禮遠留爾 多都多夜麻 美麻知可豆加婆 和周良志奈牟迦

 人皆(ひともね)の 心荒振居(うらぶれを)るに 龍田山(たつたや) 御馬近付(みまちかづ)かば 忘(わす)らしなむか

 人皆失氣力 胸懷方寸萎不安 然待乘御馬 近於京堺龍田山 當可忘憂解哀愁

山上憶良 0877

「人皆(ひともね)の」,未詳,蓋「人皆(ひとみな)の」之訛。

「心荒振居(うらぶれを)るに」,失意喪力之狀。

「龍田山(たつたや)」,自難波經河內歸平城京,需利用龍田山南麓之龍田道。

「忘(わす)らしなむか」,忘(わす)らす乃敬語形。此表羨慕旅人歸京之情。


0878 【承前,四首第三。】

 伊比都都母 能知許曾斯良米 等乃斯久母 佐夫志計米夜母 吉美伊麻佐受斯弖

 言(い)ひつつも 後(のち)こそ知(し)らめ とのしくも 寂(さぶ)しけめやも 君坐(きみいま)さずして

 餞別告離情 其後更慟感銘心 相思情難解 寂寞更甚非少許 以君不在難復逢

山上憶良 0878

「言(い)ひつつも」,此云餞別時云別離之苦。

「とのしくも」,未詳。或「乏(とも)しくも」之訛。稍許。此云離別時雖述離情,然離別之後更是刻骨銘心,絕非稍許寂寞而能了事。

0879 【承前,四首第四。】

 余呂豆余爾 伊麻志多麻比提 阿米能志多 麻乎志多麻波禰 美加度佐良受弖

 萬代(よろづよ)に 坐賜(いましたま)ひて 天下(あめのした) 奏賜(まをしたま)はね 朝廷去(みかどさ)らずて

 願君別無恙 千年萬代步青雲 肩負六合內 申食國政治天下 不去朝庭在禁中

山上憶良 0879

「天下(あめのした) 奏賜(まをしたま)はね」,向天皇奏聞天下政治。即位於朝庭中心參與國政。ね表希求

0880 敢布私懷歌三首

 阿麻社迦留 比奈爾伊都等世 周麻比都都 美夜故能提夫利 和周良延爾家利

 天離(あまざか)る 鄙(ひな)に五年(いつとせ) 住居(すま)ひつつ 都(みやこ)の風俗(てぶり) 忘(わす)らえにけり

 天離日已遠 鄙夷遠國筑紫地 住居凡五年 都內風俗習常等 一皆忘去不復憶

山上憶良 0880

「敢布私懷」,敢為敢情,嘆願能結束地方生活而求得以歸京之作。

「天離(あまざか)る」,鄙之枕詞。遠處畿外之地,於首都看來,遠在天邊,故云。

「五年(いつとせ) 住居(すま)ひつつ」,國司任期為六年,或時改作五年或四年。而大宰府任期慣例較他國長。憶良任筑前國守,蓋在神龜三年許。

風俗(てぶり)」,生活習慣。

0881 【承前,第二。】

 加久能未夜 伊吉豆伎遠良牟 阿良多麻能 吉倍由久等志乃 可伎利斯良受提

 如是(かく)のみや 息衝居(いきづきを)らむ 新(あらた)まの 來經行年(きへゆくとし)の 限(かぎ)り知(し)らずて

 如是總嘆息 渾渾噩噩悲渡日 日新月且異 來經行年轉瞬過 不知限堺在何時

山上憶良 0881

「如是(かく)のみや 息衝居(いきづきを)らむ」,疑問詠嘆。息衝(いきづ)く乃嘆息之意。

「新(あらた)まの」,年、月之枕詞

「來經行年(きへゆくとし)の」,年月流逝,來而逝去


0882 【承前,第三。】

 阿我農斯能 美多麻多麻比弖 波流佐良婆 奈良能美夜故爾 弸患溝針稠版

 我(あ)が主(ぬし)の 御靈賜(みたまたま)ひて 春去(はるさ)らば 奈良京(ならのみやこ)に 召上賜(めさげたま)はね

 名君吾主矣 誠受恩寵垂慈悲 若待春日至 還願在於奈良京 得蒙召上奉吾力

山上憶良 0882

 天平二年十二月六日,筑前國守山上憶良謹上。

「御靈賜(みたまたま)ひて」,垂憐恩寵、慈悲、恩惠之意。

「召上賜(めさげたま)はね」,「召上(めさげ)」乃「召上(めしあげ)」之略。

0883 三嶋王後追和松浦佐用嬪面歌一首 【承前。】

 於登爾吉岐 目爾波伊麻太見受 佐容比賣我 必禮布理伎等敷 吉民萬通良楊滿

 音(おと)に聞(き)き 目(め)には未見(いまだみ)ず 佐用姬(さよひめ)が 領巾振(ひれふ)りきとふ 君松浦山(きみまつらやま)

 耳聞雖已久 此目至今未親見 松浦佐用姬 揮袖別離振領巾 待君之岳松浦

三嶋王 0883

「領巾振(ひれふ)りきとふ」,とふ乃「と云(い)ふ」之略。

「君松浦山(きみまつらやま)」,此為待君歸來之松浦山。待、松同音,而此指揮其領巾之山。

三嶋王以何由見得憶良佐用姬之歌且追和者不明。至本曲為止,乃卷五旅人、憶良相關之作,其後則為憶良書留之類。

0884 大伴君熊凝歌二首 【大典麻田陽春作。】

 國遠伎 路乃長手遠 意保保斯久 計布夜須疑南 己等騰比母奈久

 國遠(くにとほ)き 道長手(みちのながて)を 鬱悒(おほほ)しく 今日(けふ)や過(す)ぎなむ 言問(ことど)ひも無(な)く

 地離故鄉遠 遙途跋涉旅路長 不覺心鬱悒 若今身故在他鄉 無以言問告父母

麻田陽春 0884

道長手(みちのながて)を」,手(て)或為部類之意,或為道(ち)字之轉。

「鬱悒(おほほ)しく」,心情憂惱而不暢快。

今日(けふ)や過(す)ぎなむ」,過(す)く表去世、亡身。

「言問(ことど)ひ」,言語、對話,此云與親訣別。

0885 【承前,第二。】

 朝霧乃 既夜須伎我身 比等國爾 須疑加弖奴可母 意夜能目遠保利

 朝霧(あさぎり)の 消易(けやす)き我(あ)が身(み) 他國(ひとくに)に 過難(すぎかて)ぬかも 親目(おやのめ)を欲(ほ)り

 朝霧虛易散 轉瞬凋零吾身也 身處在異地 縱令欲死亦不得 唯欲再逢見親面

麻田陽春 0885

朝霧(あさぎり)の」,消之枕詞。或本作「朝露(あさつゆ)」。

「消(け)」,死亡。『名義抄』云:「死、きゆ。」

「他國(ひとくに)に」,蓋云大伴熊凝出身肥後而死於安藝。

「過難(すぎかて)ぬかも」,「難(かて)ず」表不可能。過表死亡。

0886 筑前國守山上憶良,敬和為熊凝述其志歌六首 【并序。】

 大伴君熊凝者,肥後益城郡人也。年十八歳,以天平三年六月十七日,為相撲使某國司官位姓名從人,參向京都。為天不幸,在路獲疾,即於安藝國佐伯郡高庭驛家身故也。臨終之時,長歎息曰:「傳聞:『假合之身易滅,泡沫之命難駐。所以千聖已去,百賢不留。況乎凡愚微者,何能逃避。』但我老親,並在菴室。侍我過日,自有傷心之恨,望我違時,必致喪明之泣。哀哉我父,痛哉我母。不患一身向死之途,唯悲二親在生之苦。今日長別,何世得覲。」乃作歌六首而死。其歌曰:

 【六首第一。】

 宇知比佐受 宮弊能保留等 多羅知斯夜 波波何手波奈例 常斯良奴 國乃意久迦袁 百重山 越弖須疑由伎 伊都斯可母 京師乎美武等 意母比都都 迦多良比遠禮騰 意乃何身志 伊多波斯計禮婆 玉桙乃 道乃久麻尾爾 久佐太袁利 志婆刀利志伎提 等許自母能 宇知許伊布志提 意母比都都 奈宜伎布勢良久 國爾阿良婆 父刀利美麻之 家爾阿良婆 母刀利美麻志 世間波 迦久乃尾奈良志 伊奴時母能 道爾布斯弖夜 伊能知周疑南【一云,和何余須疑奈牟。】

 內日射(うちひさ)す 宮(みや)へ上(のぼ)ると 垂乳(たらち)しや 母(はは)が手離(てはな)れ 常知(つねし)らぬ 國奧處(くにのおくか)を 百重山(ももへやま) 越(こえ)て過行(すぎゆ)き 何時(いつ)しかも 都(みやこ)を見(み)むと 思(おも)ひつつ 語(かた)らひ居(を)れど 己(おの)が身(み)し 勞(いたは)しければ 玉桙(たまほこ)の 道隈迴(みちのくまみ)に 草手折(くさたを)り 柴取敷(しばとりし)きて 床(とこ)じ物(もの) 打臥伏(うちこいふ)して 思(おも)ひつつ 嘆伏(なげきふ)せらく 國(くに)に在(あ)らば 父取見(ちちとりみ)まし 家(いへ)に在(あ)らば 母取見(ははとりみ)まし 世間(よのなか)は 如是(かく)のみならし 犬(いぬ)じ物(もの) 道(みち)に伏(ふ)してや 命過(いのちす)ぎなむ【一云(またにいふ)、我(わ)が世過(よす)ぎなむ。】

 內日照臨兮 欲為出仕上京城 育恩垂乳根 離於慈母尊命許 翻山復越嶺 步經未諳國奧處 登降百重山 跋涉長途過行矣 急於刻一刻 欲早見得都城 雖抱如此思 雖與同伴共相語 然吾己身疲 勞頓難解更憔悴 玉桙石柱兮 上京道之隈迴處 手折摘野草 拾取柴木敷野地 權以為寢床 倒臥伏兮寢其上 吾人有所念 伏臥嘆息吐悲情 若身在故鄉 嚴父當至看病乎 若身在家居 慈母呵護看取乎 無常世間 盡皆空虛渺如此 吾猶道野犬 倒臥路徬無人顧 孤零亡此身命哉【一云,孤零亡身別世哉。】

山上憶良 0886

「為天不幸」,天指父母。『毛詩』柏舟云「母也天只。」傳云:「母者天也ˇ...天謂父。」云云。『儀禮』喪服傳云:「父,子之天也。」『日本書紀』仲哀紀亦云:「父是天也,兄亦君也。」

「假合之身」,佛說人體乃地水火風四大假合而成。

千聖、百賢」,千年一出之聖人,百年一現之賢人。

「愚微」,相對於聖賢之愚者。當九階之下下。

「菴室」,草葺之小宅。

「自有傷心之恨」,自乃當然之意。

「二親」,同父母,出自佛語。

「覲」,下位者拜見上位者

「内日射(うちひさ)す」,宮、都之枕詞

「垂乳(たらち)しや」,母之枕詞。與垂乳根同源。

「奧處(おくか)」,深邃之處。

「何時(いつ)しかも」,心懸何時方能成就希望越早越早。

「勞(いたは)しければ」,病痛。

「玉桙(たまほこ)」,用以防止惡靈入侵而豎於路口之桙狀払柱,道之枕詞

「隈迴(くまみ)」,彎道之周遭。

「床(とこ)じ物(もの)」,非床而猶床之物。

「取見(とりみ)」,看病、照料、診察。

0887 【承前,六首第二。】

 多良知子能 波波何目美受提 意保保斯久 伊豆知武伎提可 阿我和可留良武

 垂乳(たらち)しの 母(はは)が目見(めみ)ずて 鬱悒(おほほ)しく 何方向(いづちむ)きてか 我(あ)が別(わか)るらむ

 育恩垂乳根 慈母之面不得見 鬱悒心暗沉 狐死尚知必首丘 吾今當面何方別

「何方向(いづちむ)きてか 我(あ)が別(わか)るらむ」,自安藝往父母所在之肥後,當面西南。而瀕死意識不清,不知現在面朝何方。

0888 【承前,六首第三。】

 都禰斯良農 道乃長手袁 久禮久禮等 伊可爾可由迦牟 可利弖波奈斯爾【一云,可例比波奈之爾。】

 常知(つねし)らぬ 道長手(みちのながて)を 黯然(くれくれ)と 如何(いか)にか行(ゆ)かむ 糧(かりて)は無(な)しに【一云(またにいふ)、乾飯(かれひ)は無(な)しに。】

 不諳國奧處 道之長遠路途遙 黯然晦不明 是當如何行之耶 糧餉亦無心忐忑【一云,乾飯亦無心忐忑。】

山上憶良 0888

「黯然(くれくれ)と」,心情黯澹不安。此以心中黯然與昏暗冥途相呼應。

「糧(かりて)」,食糧,糧(かて)之古形。

乾飯(かれひ)」,便於攜行之乾燥飯粒。「乾(かれ)し飯(ひ)」之略。

此下四首,第五句後以小字書一句,當為可與第五句置換之別案。意或為類佛足石歌體之第六句。


0889 【承前,六首第四。】

 家爾阿利弖 波波何刀利美婆 奈具佐牟流 許許呂波阿良麻志 斯奈婆斯農等母【一云,能知波志奴等母。】

 家(いへ)に在(あり)て 母(はは)が取見(とりみ)ば 慰(なぐさ)むる 心(こころ)は在(あ)らまし 死(し)なば死(し)ぬとも【一云(またにいふ),後(のち)は死(し)ぬとも。】

 若身在家居 慈母呵護看取者 心可得慰藉 鄂莞鮎雎涌打 如是當死無所憾【一云,其後雖死無所憾。】

山上憶良 0889

「慰(なぐさ)むる」,此概「慰(なぐさ)もる」之轉。

「死(し)なば死(し)ぬとも」,當死則死之亦無不可。其後省略表放任之「良し」。


0890 【承前,六首第五。】

 出弖由伎斯 日乎可俗閇都都 家布家布等 阿袁麻多周良武 知知波波良波母【一云,波波我迦奈斯佐。】

 出(いで)て行(ゆ)きし 日(ひ)を數(かぞ)へつつ 今日今日(けふけふ)と 我(あ)を待(ま)たすらむ 父母等(ちちははら)はも【一云(またにいふ)、母(はは)が悲(かな)しさ。】

 顧自發向者 屈指計日數時經 今日今日而 家中引領盼吾歸 吾之嚴父慈母等【一云,吾之慈母可悲也。】

山上憶良 0890

今日今日(けふけふ)と」,今日當來、今日當來,期盼還紫早日歸來之狀。

「父母等(ちちははら)はも」,はも有思量現今父母狀態如何,可否無恙之意。

0891 【承前,六首第六。】

 一世爾波 二遍美延農 知知波波袁 意伎弖夜奈何久 阿我和加禮南【一云,相別南。】

 一世(ひとよ)には 二度見(ふたたびみ)えぬ 父母(ちちはは)を 置(お)きてや長(なが)く 我(あ)が別(わか)れなむ【一云(またにいふ)、相別(あひわか)れなむ。】

 此生一世間 無由二度見親面 嚴父慈母矣 吾置兩親去恒久 今將永別不復逢【一云,今將相別不復逢。】

山上憶良 0891

一世(ひとよ)には 二度見(ふたたびみ)えぬ」,此語出自親子乃一世之緣之思想

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2016-06-22-水

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■補給物資

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神社百景DVDコレクション全国版3 熊野三山

明らかに編輯は出雲大社伊勢神宮と違う。伊藤英明が前に出すぎに対して堤真一が声のみとなります。カメラワークには少々不安定に見えます。

もっと熊野古道を紹介してくれればよかったかもしれません。神倉神社漏れないのは有り難い話で、花の窟も紹介できればさらにいいではないかと。

もし南方熊楠折口信夫モデルとした三島由紀夫『三熊野詣』の話があればなお更有り難くなります。



万葉集試訳

0815 梅花歌卅二首 【并序。】

 天平二年正月十三日,萃于帥老之宅,申宴會也。于時,初春令月,氣淑風和。梅披鏡前之粉,蘭矗禪綰傾瓠2丹福そ賣羂椡澄ぞ廠殕綣傾蓋,夕岫結霧,鳥封穀而迷林。庭舞新蝶,空歸故鴈。於是,蓋天坐地,促膝飛觴。忘言一室之裏,開衿煙霞之外。淡然自放,快然自足。若非翰苑,何以攄情。請紀落梅之篇,古今夫何異矣。宜賦園梅,聊成短詠。

大伴旅人山上憶良


短詠 【卅二之一。】

 武都紀多知 波流能吉多良婆 可久斯許曾 烏梅乎乎岐都都 多努之岐乎倍米 【大貳紀卿。】

 正月立(むつきた)ち 春來(はるのきた)らば 如是(かく)しこそ 梅(うめ)を招(を)きつつ 樂(たの)しき終(を)へめ 【大貳紀卿(だいにききゃう)。】

 每逢正月至 東風解冰春臨者 歲歲復年年 如是招梅迎新春 盡歡宴飲慶復始

紀男人 0815

「并序」,此序作者有諸說。催宴者乃大伴旅人,而實質作者蓋山上憶良乎。語中多見王羲之「蘭亭序」、王勃、駱賓王詩序之影。

「帥老」,此云大宰帥大伴旅人,年方六十六。老為敬稱。依之可知序之實質作者非旅人

「初春令月,氣淑風和。」,令月乃佳月之意,此譽正月而為言。氣指氣象、氣候。『蘭亭序』有「天朗氣清,惠風和暢。」之語。

「梅披鏡前之粉」,此以女性鏡前白粉之妝,喻梅花色之白。梁何遜『詠春風』云:「鏡前飄落粉。」

「蘭矗禪綰傾瓠廖ね乃芝蘭,或指同心之友。珮乃納各種香而繫於腰間之袋。後字相對前句鏡前而言。

「松掛羅而傾蓋」,羅乃薄絹,蓋為貴仁出門時所用之長傘。

「岫」,或坐峰,開穴之山形

「鳥封穀而迷林」,穀乃薄絹之類,或云霧穀。穀字「禾」實乃「糸」字。

「故鴈」,去年亦來之鴈。故字相對於新蝶。

「蓋天坐地」,典出『淮南子』「以天為蓋,以地為輿。」

「促膝飛觴」,促膝表親睦,飛觴表酒杯來回之狀。

「翰苑」,詩文之苑,此云文筆。

「園梅」,梁簡文帝有「園梅斂新衰」之語。

「梅(うめ)を招(を)きつつ」,招待迎梅。將梅花擬人化之語。

「樂(たの)しき終(を)へめ」,盡歡,『萬葉集』中多指飲酒之樂。


0816 【承前,卅二之二。】

 烏梅能波奈 伊麻佐家留期等 知利須義受 和我霸能曾能爾 阿利己世奴加毛 【少貳小野大夫。】

 梅花(うめのはな) 今咲(いまさ)ける如(ごと) 散過(ちりす)ぎず 我(わ)が家園(へのその)に 在(あり)こせぬかも 【少貳小野大夫(せうにをのだいぶ)。】

 今見此梅花 盛咲之後未散盡 風情洽宜矣 還願吾家庭園間 殘梅如是莫盡落

小野老 0816

「我(わ)が家(へ)」,「我(わ)が家(いへ)」之略,或略作「我家(わぎへ)」。

「在(あり)こせぬかも」,「こせ」為「くれる」之意,而「ぬかも」表希求

0817 【承前,卅二之三。】

 烏梅能波奈 佐吉多流僧能能 阿遠也疑波 可豆良爾須倍久 奈利爾家良受夜 【少貳粟田大夫。】

 梅花(うめのはな) 咲(さ)きたる園(その)の 青柳(あをやぎ)は 蘰(かづら)にすべく 成(なり)にけらずや 【少貳粟田大夫(せうにあはただいぶ)。】

 今見梅花咲 一片繁開此園間 青柳發新僉’酬覦揄鴇首上 芽生更新湧命息

粟田人上 0817

「蘰(かづら)」,以蔓性植物或柳枝結為輪狀之髮飾。

「成(なり)にけらずや」,表示某事實,喚起注意或求取同意之語法。

0818 【承前,卅二之四。】

 波流佐禮婆 麻豆佐久耶登能 烏梅能波奈 比等利美都都夜 波流比久良佐武 【筑前守山上大夫。】

 春去(はるさ)れば 先咲(まづさ)く宿(やど)の 梅花(うめのはな) 獨見(ひとりみ)つつや 春日暮(はるひく)らさむ  【筑前守山上大夫(ちくぜんのかみやまのうへだいぶ。)】

 每臨新春至 身居早咲宿庭間 獨見翫春梅 隻身吟味無人擾 終日如此暮春時

山上憶良 0818

「宿(やど)」,人所居住之空間,且多指植有草木庭院之處。ど字當為甲類萬葉假名,原文作「耶登」者違例。

「獨見(ひとりみ)つつや」,詠嘆句法。按獨字可知憶良所處為自宅。

0819 【承前,卅二之五。】

 余能奈可波 古飛斯宜志惠夜 加久之阿良婆 烏梅能波奈爾母 奈良麻之勿能怨 【豐後守大伴大夫。】

 世中(よのなか)は 戀繁(こひしげ)しゑ哉(や) 如是(かく)しあらば 梅花(うめのはな)にも 成(な)ら益物(ましもの)を 【豐後守大伴大夫(とよくにのみちのしりのかみおほともだいぶ)。】

 空蟬憂世間 心煩戀苦如是哉 與其處火宅 不若化作梅花者 反得逍遙獲自在

大伴三依 0819

「戀繁(こひしげ)しゑ哉(や)」,「繁(しげ)し」表毫無間斷,「ゑ」表痛苦、不快之情感之感動詞。「哉(や)」為詠嘆助詞

「梅花(うめのはな)にも 成(な)ら益物(ましもの)を」,讚歎、稱羨無心之梅花。

「豐後守大伴大夫」,未詳。或指大伴三依,或指大伴宿禰麻呂。

0820 【承前,卅二之六。】

 烏梅能波奈 伊麻佐可利奈理 意母布度知 加射之爾斯弖奈 伊麻佐可利奈理 【筑後守葛井大夫。】

 梅花(うめのはな) 今盛(いまさか)り也(なり) 思(おも)ふ共(どち) 髮插(かざ)しにしてな 今盛(いまさか)り也(なり) 【筑後守葛井大夫(ちくごのかみふぢゐだいぶ)。】

 梅花匂清雅 今時盛開咲一面 志同道合者 速速折枝以髻首 梅今盛咲誠絢爛

葛井大成 0820

「思(おも)ふ共(どち)」,氣同道合之同志、夥伴。

「髮插(かざ)しにしてな」,「髮插(かざ)し」乃「髮插(かみざ)し」之略。以花木之枝次於髮上為飾。て乃完了助詞つ之未然形。な乃接於未然形後表意志與勸誘之終助詞


0821 【承前,卅二之七。】

 阿乎夜奈義 烏梅等能波奈乎 遠理可射之 能彌弖能能知波 知利奴得母與斯 【笠沙彌。】

 青柳(あをやなぎ) 梅(うめ)との花(はな)を 折餝(をりかざ)し 飲(の)みての後(のち)は 散(ち)りぬ共良(ともよ)し 【笠沙彌(かさのさみ)。】

 今摘青柳花 又折白梅花以餝 髻首蔓與枝 盡歡宴飲酒酣後 散華吹雪亦宜矣

沙彌滿誓 0821

青柳(あをやなぎ) 梅(うめ)との花(はな)を」,破格表現,當為「青柳と梅の花とを」。柳多作為蔓,但亦時有插頭之例。(1856)

「折餝(をりかざ)し」,由573「鉐變り 白けても」可知滿誓乃帶髮沙彌。

「散(ち)りぬ共良(ともよ)し」,放任表現。在宴飲之後,花散亦無不可。

0822 【承前,卅二之八。】

 和何則能爾 宇米能波奈知流 比佐可多能 阿米欲里由吉能 那何列久流加母 【主人。】

 我(わ)が園(その)に 梅花散(うめのはなち)る 久方(ひさかた)の 天(あめ)より雪(ゆき)の 流來(ながれく)る哉(かも) 【主人(あるじ)。】

 梅散吾苑中 落花紛紛添皓白 疑是久方遙 遠自萬丈高天上 飄舞零雪流來哉

大伴旅人 0822

「天(あめ)より雪(ゆき)の 流來(ながれく)る哉(かも)」,以雪欲花落之狀。流者乃雨、雪、花等持續降下之狀。以雪喻梅者,多見於六朝詩。旅人於『懷風藻』亦有詩云「鄒情既遠 迪古道惟新 穆穆四門客 濟濟三人 梅雪亂殘岸 煙霞接早春 共遊聖主澤 同賀擊壤仁」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kaifuu/kaifuu02.htm#ootomo_tabito

0823 【承前,卅二之九。】

 烏梅能波奈 知良久波伊豆久 志可須我爾 許能紀能夜麻爾 由企波布理都都 【大監伴氏百代。】

 梅花(うめのはな) 散(ち)らくは何方(いづ)く 然(しか)すがに 此城山(このきのやま)に 雪(ゆき)は降(ふ)りつつ 【大監伴氏百代だいけんばんじのももよ。】

 汝云梅花落 所謂散華在何方 迴見顧四方 此城山間無花落 唯有零雪降紛紛

大伴百代 0823

「散(ち)らくは何方(いづ)く」,此云花散之處在何方。

「然(しか)すがに」,雖述如此,然而實際上...

「此城山(このきのやま)に」,指大野山。用此字以大宰府可見該山,而指稱之。

此歌否定前曲所述,按序文時節,蓋不能見落梅。故全卅二首除本曲外雖多詠落梅,或許實則為文學上之虛構。


0824 【承前,卅二之十。】

 烏梅乃波奈 知良麻久怨之美 和我曾乃乃 多氣乃波也之爾 于具比須奈久母 【少監阿氏奧嶋。】

 梅花(うめのはな) 散(ち)らまく惜(をし)み 我(わ)が園(その)の 竹林(たけのはやし)に 鶯鳴(うぐひすな)くも 【少監阿氏奧嶋(せうけんあじのおきしま)。】

 梅花咲而落 蓋是惜此梅早謝 吾宿庭園間 竹林之中鶯發鳴 啼泣惋惜音不斷

安倍奧嶋 0824

「我(わ)が園(その)の」,此句當指作者自宅之園,而非旅人之苑。

「鶯鳴(うぐひすな)くも」,『古今集』中蟲鳥啼鳴,多有影射人類涕泣之訴。『萬葉集』中此歌亦為類例。原文「怨之美(惜しみ)」字亦含歎恨花謝之情。


0825 【承前,卅二十一。】

 烏梅能波奈 佐岐多流曾能能 阿遠夜疑遠 加豆良爾志都都 阿素毗久良佐奈 【少監土氏百村。】

 梅花(うめのはな) 咲(さ)きたる園(その)の 青柳(あをやぎ)を 蘰(かづら)にしつつ 遊暮(あそびく)らさな 【少監土氏百村(せうけんとじのももむら)。】

 梅花味清雅 盛咲一面此庭間 手折青柳枝 編織為縵作遊樂 盡歡終日此園中

土師百村 0825

「蘰(かづら)にしつつ」,本句つつ有數人一同施行相同動作之意。

「遊暮(あそびく)らさな」,遊ぶ亦有飲宴之意。

0826 【承前,卅二十二。】

 有知奈毗久 波流能也奈宜等 和我夜度能 烏梅能波奈等遠 伊可爾可和可武 【大典史氏大原。】

 打靡(うちなび)く 春柳(はるのやなぎ)と 我(わ)が宿(やど)の 梅花(うめのはな)とを 如何(いか)にか分(わか)む 【大典史氏大原(だいてんしじのおほはら)。】

 搖曳隨風動 擺盪春柳無限好 其與吾庭間 如雪暗香白梅花 如何分別孰優哉

大原 0826

「打靡(うちなび)く」,春之枕詞。每逢春至,草木伸展,隨風飄盪,故此。

「如何(いか)にか分(わか)む」,分在此有識別、判斷優劣之意。

0827 【承前,卅二十三。】

 波流佐禮婆 許奴禮我久利弖 宇具比須曾 奈岐弖伊奴奈流 烏梅我志豆延爾 【小典山氏若麻呂。】

 春去(はるさ)れば 木末隱(こぬれがく)りて 鶯(うぐひす)そ 鳴(な)きて去(い)ぬなる 梅(うめ)が下枝(しづえ)に 【小典山氏若麻呂(せうてんさんじのわかまろ)。】

 每逢新春至 隱於木末樹梢之 鶲鳥樹鶯兮 發鳴啼春更飛去 移行下枝迎春暖

山口若麻呂 0827

「木末(こぬれ)」,「木末(このぬれ)」之略。末(ぬれ)乃事物之先端,梢。

「鳴(な)きて去(い)ぬなる」,なる表推定傳聞。

0828 【承前,卅二十四。】

 比等期等爾 乎理加射之都都 阿蘇倍等母 伊夜米豆良之岐 烏梅能波奈加母 【大判事丹氏麻呂。】

 人每(ひとごと)に 折餝(をりかざ)しつつ 遊(あそ)べども 彌珍(いやめづら)しき 梅花(うめのはな)かも 【大判事丹氏麻呂(だいはんじたんじのまろ)。】

 人每折其枝 插頭近首髻以為餝 如此宴遊樂 然見彼花不厭飽 彌珍愛之梅花矣

丹治比 0828

「彌珍(いやめづら)しき」,更令人憐。「珍(めづら)し」有可愛之意。

0829 【承前,卅二十五。】

 烏梅能波奈 佐企弖知理奈波 佐久良婆那 都伎弖佐久倍久 奈利爾弖阿良受也 【藥師張氏福子。】

 梅花(うめのはな) 咲(さ)きて散(ち)りなば 櫻花(さくらばな) 繼(つ)ぎて咲(さ)くべく 成(な)りにて非(あら)ず哉(や) 【藥師張氏福子(くすりしちゃうじのふくし)。】

 梅花咲清雅 花開花落雖可惜 然見櫻含苞 將繼梅謝再綻放 再添花色報春音

張福子 0829

「繼(つ)ぎて咲(さ)くべく 成(な)りにて非(あら)ず哉(や)」,落梅雖令人惜,然櫻已含苞待放,將繼之滿開。

「藥師」,醫師之和風表記。

0830 【承前,卅二十六。】

 萬世爾 得之波岐布得母 烏梅能波奈 多由流己等奈久 佐吉和多留倍子 【筑前介佐氏子首。】

 萬代(よろづよ)に 年(とし)は來經(きふ)とも 梅花(うめのはな) 絕(た)ゆる事無(ことな)く 咲渡(さきわた)るべし 【筑前介佐氏子首(ちくぜんのすけさじのこびと)。】

 縱令千萬代 年歲流逝不復返 然此梅花者 年年常盛無絕時 咲度古今亙永久

佐伯子首 0830

「來經(きふ)」,年月流逝,日積月累之意。

0831 【承前,卅二十七。】

 波流奈例婆 宇倍母佐枳多流 烏梅能波奈 岐美乎於母布得 用伊母禰奈久爾 【壹岐守板氏安麻呂。】

 春(はる)なれば 宜(うべ)も咲(さ)きたる 梅花(うめのはな) 君(きみ)を思(おも)ふと 夜眠(よい)も寢無(ねな)くに 【壹岐守板氏安麻呂(いきのかみはんじのやすまろ)。】

 每逢新春臨 理宜綻放咲盎然 清雅梅花矣 吾每念君心浮動 夜間輾轉甚難眠

板持安麻呂 0831

「宜(うべ)」,道理如此。表以下所言為當然。

「君(きみ)を思(おも)ふと」,只要想到梅花。此以君字表梅花之擬人。

0832 【承前,卅二十八。】

 烏梅能波奈 乎利弖加射世留 母呂比得波 家布能阿比太波 多努斯久阿流倍斯 【神司荒氏稻布。】

 梅花(うめのはな) 折(を)りて髮插(かざ)せる 諸人(もろひと)は 今日間(けふのあひだ)は 樂(たの)しくあるべし 【神司荒氏稻布(かむづかさくわうじのいなしき)。】

 舉手執梅花 折枝插髮以髻首 諸人今日間 遊樂盡飲渡終日 歡愉快活似無憂

荒木稻布 0832

「樂(たの)しくあるべし」,「あるべし」於此乃「看似...之狀」之意。

「神司」,大宰府主神和風表記。荒氏蓋荒木、荒田井荒井之略。

0833 【承前,卅二十九。】

 得志能波爾 波流能伎多良婆 可久斯己曾 烏梅乎加射之弖 多努志久能麻米 【大令史野氏宿奈麻呂。】

 每年(としのは)に 春來(はるのきた)らば 如是(かく)しこそ 梅(うめ)を髮插(かざ)して 樂(たの)しく飲(の)まめ 【大令史野氏宿奈麻呂(だいりょうしやしのすくなまろ)。】

 每年逢春來 如是折梅以插頭 梅枝髻首而 歡飲盡宴以迎春 萬象復始歲更新

小野宿奈麻呂 0833

「每年(としのは)に」,年之端,而『萬葉集』4168腳注云:「每年,之をとしのはと云ふ。」

0834 【承前,卅二二十。】

 烏梅能波奈 伊麻佐加利奈利 毛毛等利能 己惠能古保志枳 波流岐多流良斯 【小令史田氏肥人。】

 梅花(うめのはな) 今盛(いまさか)り也(なり) 百鳥(ももとり)の 聲戀(こゑのこ)ほしき 春來(はるきた)るらし 【小令史田氏肥人(せうりゃうしでんじのこまひと)。】

 清雅梅花開 暗香浮動今盛也 吾待時已久 百鳥爭鳴令人眷 鳥語聲囀春來矣 

田口肥人 0834

「聲戀(こゑのこ)ほしき」,「戀(こ)ほし」蓋「戀(こ)ひし」之古形。『古事記』下有「衷戀(うらこ)ほしけむ」云云。東國語「こふし」「くふし」或為其訛音形。


0835 【承前,卅二廿一。】

 波流佐良婆 阿波武等母比之 烏梅能波奈 家布能阿素毗爾 阿比美都流可母 【藥師高氏義通。】

 春去(はるさ)らば 逢(あ)はむと思(も)ひし 梅花(うめのはな) 今日(けふ)の遊(あそび)に 相見(あひみ)つるかも 【藥師高氏義通(くすりしかうじのよしみち)。】

 吾思待春至 當得久離後相逢 清雅梅花矣 今日遊興飲宴上 蓋得有幸相見

高丘義通 0835

「逢(あ)はむと思(も)ひし」,以逢字比欲賞梅之擬人手法

0836 【承前,卅二廿二。】

 烏梅能波奈 多乎利加射志弖 阿蘇倍等母 阿岐太良奴比波 家布爾志阿利家利 【陰陽師礒氏法麻呂。】

 梅花(うめのはな) 手折髮插(たをりかざ)して 遊(あそ)べども 飽足(あきだ)らぬ日(ひ)は 今日(けふ)にしありけり 【陰陽師礒氏法麻呂(おんやうじきののりまろ)。】

 梅花咲一面 手折梅枝而髻首 遊宴盡歡飲 終日嬉戲不飽足 其日正為今日

磯部法麻呂 0836

「飽足(あ)きだらぬ」,不覺飽足、厭煩。按天草本『平家物語』、日葡辭書,「飽足(あきだ)る」皆採連濁之音。


0837 【承前,卅二廿三。】

 波流能努爾 奈久夜汙隅比須 奈都氣牟得 和何弊能曾能爾 汙米何波奈佐久 【笇師志氏大道。】

 春野(はるのの)に 鳴(な)くや鶯(うぐひす) 懷(なつ)けむと 我(わ)が家園(へのその)に 梅(うめ)が花咲(はなさ)く 【筭師志氏大道(さんししじのおほみち)。】

 新兔嫐邊屐£鳥詠春發啼鳴 欲與鶯相睦 吾家庭園花咲 一面綻開待鶯至

志紀大道 0837

「鳴(な)くや鶯(うぐひす)」,や乃間投助詞

「懷(なつ)けむと」,懷(なつ)く表不令對象遠離,與之親睦之意。

「梅(うめ)が花(はな)」,が與の同,而熟合度勝於の。『古事記』等更常用が字。『萬葉集』依場合亦有可用の而刻意用が之例。


0838 【承前,卅二廿四。】

 烏梅能波奈 知利麻我比多流 乎加肥爾波 宇具比須奈久母 波流加多麻氣弖 【大隅目榎氏鉢麻呂。】

 梅花(うめのはな) 散紛(ちりまが)ひたる 岡邊(をかび)には 鶯鳴(うぐひすな)くも 春片設(はるかたま)けて 【大隅目榎氏鉢麻呂(おほすみのさくわんかじのはちまろ)。】

 梅花開而謝 零落舞散降紛紛 於彼岡邊者 鶯鳥徘徊發啼鳴 是知時節春至矣

榎井鉢麻呂 0838

「岡邊(をかび)には」,び乃邊之意,用法同於神奈備(かむなび)山之備字。

「春片設(はるかたま)けて」,「片設(かたま)く」表某時期之到來。

0839 【承前,卅二廿五。】

 波流能努爾 紀理多知和多利 布流由岐得 比得能美流麻提 烏梅能波奈知流 【筑前目田氏真上。】

 春野(はるのの)に 霧立渡(きりたちわた)り 降雪(ふるゆき)と 人(ひと)の見(み)る迄(まで) 梅花散(うめのはなち)る 【筑前目田氏真上(ちくぜんのさくわんでんじのまかみ)。】

 新兔嫐邊屐〕瓜霧湧白一面 人目見之者 疑為皓雪降紛紛 寔是梅花散吹雪

田中真上 0839

「春野(はるのの)に 霧立渡(きりたちわた)り」此句有修飾第三句「降雪(ふるゆき)と」之說,亦有修飾第五句「梅花散(うめのはなち)る」之說,未詳孰是。

0840 【承前,卅二廿六。】

 波流楊那宜 可豆良爾乎利志 烏梅能波奈 多禮可有可倍志 佐加豆岐能倍爾 【壹岐目村氏彼方。】

 春柳(はるやなぎ) 縵(かづら)に折(を)りし 梅花(うめのはな) 誰(たれ)か浮(うか)べし 酒坏上(さかづきのへ)に 【壹岐目村氏彼方(いきのさくわんそんじのをちかた)。】

 春柳現新僉ー蠕淹涓螳憤挂◆’濂幢┛店瓠\其梅兮抑或柳 孰浮酩醴酒盃上

村君彼方 0840

「春柳(はるやなぎ) 縵(かづら)に折(を)りし」,此句難解。或云「春柳」乃「縵」之枕詞無義,而以梅為蔓。或云誰(たれ)か實為句首而以倒裝表尼醉之破格。或云青柳若芽折以為縵,與梅花並立。


0841 【承前,卅二廿七。】

 于遇比須能 於登企久奈倍爾 烏梅能波奈 和企弊能曾能爾 佐伎弖知流美由 【對馬目高氏老。】

 鶯(うぐひす)の 音聞(おとき)くなへに 梅花(うめのはな) 我家園(わぎへのその)に 咲(さ)きて散(ち)る見(み)ゆ 【對馬目高氏老(つしまのさくわんかうじのおゆ)。】

 鶯鳴報初春 聞其音訊不覺間 清雅梅之花 在吾家苑庭園中 既已花開復花落

高丘老 0841

「鶯(うぐひす)の 音聞(おとき)くなへに」,「音(おと)」乃音訊之意。俗以鶯為春使,鶯啼乃報春之至。「なへに」意同「するに」、「つれて」。


0842 【承前,卅二廿八。】

 和我夜度能 烏梅能之豆延爾 阿蘇毗都都 宇具比須奈久毛 知良麻久乎之美 【薩摩目高氏海人。】

 我(わ)が宿(やど)の 梅下枝(うめのしづえ)に 遊(あそ)びつつ 鶯鳴(うぐひすな)くも 散(ち)らまく惜(を)しみ 【薩摩目高氏海人(さつまのさくわんかうじのあま)。】

 吾宿庭園間 梅之下枝鶯穿梭 遊興更爭鳴 蓋是惜花不欲散 不佇上枝遊下枝

高丘海人 0842

「我(わ)が宿(やど)の」,梅花歌卅二首中,數首不似旅人邸之風情。或旅人去信命以園中梅為題詠詩,而各詠己庭。

「梅下枝(うめのしづえ)」,「下枝(しづえ)」相對於「上枝(ほつえ)」「中枝(なかつえ)」而言。作者擬鶯鳥之情,言其惜花落而不遊於上枝。


0843 【承前,卅二廿九。】

 宇梅能波奈 乎理加射之都都 毛呂比登能 阿蘇夫遠美禮婆 彌夜古之敘毛布 【土師氏御道。】

 梅花(うめのはな) 折髮插(をりかざ)しつつ 諸人(もろひと)の 遊(あそ)ぶを見(み)れば 都(みやこ)しぞ思(も)ふ 【土師氏御道(はにしうぢのみみち)。】

 今見彼諸人 手折梅花插髻首 以為遊樂者 觀此盛況有所思 心憶昔日在都時

土師御道 0843

「都(みやこ)しぞ思(も)ふ」,『萬葉集』多採「し思ほゆ」等以ゆ為自發助動詞所表之內容,中古歌則以「をしぞ思ふ」表示。本歌為其先例。

0844 【承前,卅二二十。】

 伊母我陛邇 由岐可母不流登 彌流麻提爾 許許陀母麻我不 烏梅能波奈可毛 【小野氏國堅。】

 妹(いも)が家(へ)に 雪(ゆき)かも降(ふ)ると 見(み)る迄(まで)に 幾許(ここだ)も紛(まが)ふ 梅花(うめのはな)かも 【小野氏國堅(をのうぢのくにかた)。】

 吾妹邸之中 猶似皓雪零一片 人目見之者 幾許紛亂令人惑 寔是舞落梅花矣

小野國堅 0844

「妹(いも)が家(へ)に」,「妹(いも)が家(いへ)」之略,此歌詠戀人之家,與他曲詠己庭有異。

「幾許(ここだ)も紛(まが)ふ」,梅花之落擬可亂真,甚令人錯亂勿以為雪。

0845 【承前,卅二卅一。】

 宇具比須能 麻知迦弖爾勢斯 宇米我波奈 知良須阿利許曾 意母布故我多米 【筑前拯門氏石足。】

 鶯(うぐひす)の 待難(まちかて)にせし 梅(うめ)が花(はな) 散(ち)らず在(あり)こそ 思兒(おもふこ)が為(ため) 【筑前拯門氏石足(ちくぜんのじょうもんじのいそたり)。】

 吾知鶯難待 欲聞黃鶯報春音 清雅梅花矣 但願為吾所慕人 切莫早謝仍常咲

門部石足 0845

「待難(まちかて)にせし」,此乃比喻梅花難待黃鶯報春而欲早謝之擬人用法。

「散(ち)らず在(あり)こそ」,こそ表希求

「思兒(おもふこ)が為(ため)」,為了戀人。詠作者個人之心境。

0846 【承前,卅二卅二。】

 可須美多都 那我岐波流卑乎 可謝勢例杼 伊野那都可子岐 烏梅能波那可毛 【小野氏淡理。】

 霞立(かすみた)つ 長(なが)き春日(はるひ)を 髮插(かざ)せれど 彌懷(いやなつ)かしき 梅花(うめのはな)かも 【小野氏淡理(うのうぢのたもり)。】

 春霞雲湧立 日久時長春日間 雖折枝髻首 彌另人懷更愛萬 暗香清雅梅花哉

小野田守 0846

「彌懷(いやなつ)かしき」,「懷(なつ)かし」表心靈受其吸引而難分難捨之狀。

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2016-06-16-木

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■補給物資

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万葉集試訳

0800 令反惑情歌一首 【并序。】

 或有人,知敬父母,忘於侍養,不顧妻子,輕於脫屣,自稱倍俗先生。意氣雖揚青雲之上,身體猶在塵俗之中。未驗修行得道之聖,蓋是亡命山澤之民。所以指示三綱,更開五教,遺之以歌,令反其惑。歌曰:

 父母乎 美禮婆多布斗斯 妻子美禮婆 米具斯宇都久志 余能奈迦波 加久敘許等和理 母智騰利乃 可可良波志母與 由久弊斯良禰婆 宇既具都遠 奴伎都流其等久 布美奴伎提 由久智布比等波 伊波紀欲利 奈利提志比等迦 奈何名能良佐禰 阿米弊由迦婆 奈何麻爾麻爾 都智奈良婆 大王摩周 許能提羅周 日月能斯多波 雨麻久毛能 牟迦夫周伎波美 多爾具久能 佐和多流伎波美 企許斯遠周 久爾能麻保良敘 可爾迦久爾 保志伎麻爾麻爾 斯可爾波阿羅慈迦

 父母(ちちはは)を 見(み)れば尊(たふと)し 妻子見(めこみ)れば 慈愛(めぐしうつく)し 世間(よのなか)は 如是(かく)ぞ理(ことわり) 黐鳥(もちどり)の 繫(かか)らはしもよ 行方知(ゆくへし)らねば 穿沓(うけぐつ)を 脫棄(ぬきつ)る如(ごと)く 踏脫(ふみぬ)きて 行(ゆ)くちふ人(ひと)は 石木(いはき)より 生出(なりで)し人(ひと)か 汝(な)が名告(なの)らさね 天(あめ)へ行(ゆ)かば 汝(な)が隨(まにま)に 地(つち)ならば 大君坐(おほきみいま)す 此照(このてら)す 日月下(ひつきのした)は 天雲(あまくも)の 向伏(むかぶ)す極(きは)み 谷蟆(たにぐく)の 小渡(さわた)る極(きは)み 聞食(きこしを)す 國(くに)の真秀(まほら)ぞ 云云(かにかく)に 欲(ほ)しき隨(まにま)に 然(しか)には非(あら)じか

 仰見父母者 尊敬之情生泉湧 俯瞰妻子者 慈愛之意發油然 天地六合中 理當如是世間典 當猶黐鳥之 相依相繫不離棄 行方不知所以也 或有不倫者 棄捨人倫如敝屣 脫卻穿沓而 逕自擅行不顧者 蓋自石木間 所化生出之人哉 速告汝謂何名矣 若行去高天 隨汝恣意可隨情 然今在地上 其乃大君之所治 於此所照臨 日月星辰之下者 縱為天雲之 遙遙向伏遠極界 或為谷蟆之 四處匍匐遠極境 皆披吾皇澤 御宇真秀之國矣 如此如彼而 縱欲恣情脫倫常 其非人世所容也

山上憶良 0800

「倍俗先生」,違背世俗之遁隱者。「倍」乃「背」而「先生」雖為敬稱,寔為諷刺。

亡命山澤」,「亡命」與「亡名」同,脫離名籍、戶籍者。按『賊盜律』,避課役而逃至深山沼澤,不應國司所召者,當謀反罪,處絞首刑

「三綱」,君臣、父子、夫婦之道。綱乃綱常之意。

「五教」,或云五常,父義、母慈、兄友、弟順、子孝。『戶令』有當教化蒼生五教之語。

「慈愛(めぐしうつく)し」,「慈(めぐ)し」乃可愛之情,「愛(うつく)し」乃欲庇護弱小者之情。

「黐鳥(もちどり)の」,為黐(自樹皮所取之黏液)所補之鳥。

「穿沓(うけぐつ)を」,穿孔之敝屣。

「脫棄(ぬきつ)る」、「脫棄(ぬきうつ)る」之略。「捨(うつ)」乃捨つ之古語

「行(ゆ)くちふ人(ひと)は」,「ちふ」乃「と云ふ」之略。如是這般。

「石木(いはき)より 生出(なりで)し人(ひと)か」,木石無情,此云該人無血無淚。

「汝(な)が名告(なの)らさね」,ね表希求

「地(つち)ならば 大君坐(おほきみいま)す」,「地ならば」乃「地に在(あ)らば」之略。律令制已行,則地上為天皇法治之域。憶良身為國守,有出自律令官療身分教化之意。

「谷蟆(たにぐく)の 小渡(さわた)る極(きは)み」,「谷蟆(たにぐく)」乃蛤蟆之古名。

「聞食(きこしを)す」,尊者「飲食」之敬語,轉為「治理」之用。

「然(しか)には非(あら)じか」,「然(しか)」表對象之所作所為。(不被允許)

0801 反歌 【承前。】

 比佐迦多能 阿麻遲波等保斯 奈保奈保爾 伊弊爾可弊利提 奈利乎斯麻佐爾

 久方(ひさかた)の 天道(あまぢ)は遠(とほ)し 尚尚(なほなほ)に 家(いへ)に歸(かへ)りて 業(なり)を為(し)まさに

 遙遙久方兮 天國之路道遠矣 不若識時務 歸至故里居家中 安分守己生業

山上憶良 0801

「久方(ひさかた)の」,天之枕詞

天道(あまぢ)は遠(とほ)し」,前往天上之道。此處呼應本歌「天(あめ)へ行(ゆ)かば 汝(な)が隨(まにま)に(若得行去天上,則不須為人倫理束縛,可為所欲為。)」而指其不可能

「業(なり)を為(し)まさに」,業指生業。國司之任,在勸課農桑,甕戶口。


0802 思子等歌一首并序 【并序。承前。】

 釋迦如來,金口正説:「等思眾生,如羅睺羅。」又説:「愛無過子。」至極大聖,尚有愛子之心。況乎世間蒼生,誰不愛子乎。

 宇利波米婆 胡藤母意母保由 久利波米婆 麻斯提斯農波由 伊豆久欲利 枳多利斯物能曾 麻奈迦比爾 母等奈可可利提 夜周伊斯奈佐農

 瓜食(うりは)めば 子供思(こどもおも)ほゆ 栗食(くりは)めば 益(ま)して偲(しぬ)はゆ 何(いづ)く因(よ)り 來(きた)りし物(もの)そ 眼界(まなかひ)に 元無掛(もとなかか)りて 安眠(やすい)し無(な)さぬ

 食瓜思吾子 食栗更益偲兒等 聖有愛子之心 蒼生孰不愛子乎 是以何因緣 有生於世來此矣 飄忽於眼界 無由閃現瞥面影 心陷思愁難安眠

山上憶良 0802

「金口」,佛具卅二瑞相,其一稱身金色相。金身釋迦,其口亦金,故云。

羅睺羅」,釋迦在俗,所生子名。『金光明最勝王經』如來壽品有云:「普觀眾生,愛無偏黨,如羅睺羅,惟願世尊施我一願。」

「愛無過子」,『雜阿含經』有云:「所愛無過子, 財無貴於牛, 光明無過日, 薩羅無過海。」

「瓜」,按『正倉院文書』可見青瓜、黃瓜之疇,而此概指黃瓜。方時黃瓜一只約三至五文。藤原平城宮跡有黃瓜子出土。

子供思(こどもおも)ほゆ」,ども乃表複數之接尾語。

「栗」,方時栗一升約五至八文。於果實中屬最高價之類。

「何(いづ)く因(よ)り」,以何宿緣。

「眼界(まなかひ)に」,「目(ま)な交(か)ひ」之略。

「元無(もとな)」,莫名,無理由地。

「安眠(やすい)し無(な)さぬ」,無法安寢。

0803 反歌 【承前。】

 銀母 金母玉母 奈爾世武爾 麻佐禮留多可良 古爾斯迦米夜母

 銀(しろかね)も 金(くがね)も玉(たま)も 何(なに)せむに 優(まさ)れる寶(たから) 子(こ)に及(し)かめやも

 無論銀或金 抑或珠玉之疇者 何謂優寶乎 此類雖以稀為貴 豈及吾子萬塵哉

山上憶良 0803

「銀(しろかね)も 金(くがね)も」,銀之「か」於此乃清音,金之「く」為黃(き)之交替形。

「何(なに)せむに 優(まさ)れる」,反語呼應形疑問助詞。「優(まさ)れる」有比較之意。


0804 哀世間難住歌一首 【并序。承前。】

 易集難排,八大辛苦,難遂易盡,百年賞樂。古人所歎,今亦及之。所以因作一章之歌,以撥二毛之歎。其歌曰:

 世間能 周弊奈伎物能波 年月波 奈何流流其等斯 等利都都伎 意比久留母能波 毛毛久佐爾 勢米余利伎多流 遠等徇媛拭 ̄鹽弸竿周等 可羅多麻乎 多母等爾麻可志【或有此句云,之路多倍乃,袖布利可伴之,久禮奈為乃,阿可毛須蘇毗伎。】 余知古良等 手多豆佐波利提 阿蘇比家武 等伎能佐迦利乎 等等尾迦禰 周具斯野利都禮 美奈乃和多 迦具漏伎可美爾 伊都乃麻可 斯毛乃布利家武 久禮奈為能【一云,爾能保奈須。】 意母提乃宇倍爾 伊豆久由可 斯和何伎多利斯【一云,都禰奈利之,惠麻比麻欲毗伎,散久伴奈能,宇都呂比爾家利,余乃奈可伴,可久乃未奈良之。】 麻周羅遠乃 遠刀古佐備周等 都流伎多智 許志爾刀利波枳 佐都由美乎 多爾伎利物知提 阿迦胡麻爾 志都久良宇知意伎 波比能利提 阿蘇比阿留伎斯 余乃奈迦野 都禰爾阿利家留 遠等徇媛拭〆監畆伊多斗乎 意斯比良伎 伊多度利與利提 摩多麻提乃 多麻提佐斯迦閇 佐禰斯欲能 伊久陀母阿羅禰婆 多都可豆惠 許志爾多何禰提 可由既婆 比等爾伊等波延 可久由既婆 比等爾邇久麻延 意余斯遠波 迦久能尾奈良志 多麻枳波流 伊能知遠志家騰 世武周弊母奈斯

 世間(よのなか)の 術無(すべな)き物(もの)は 年月(としつき)は 流(なが)るる如(ごと)し 取續(とりつつ)き 追來(おひく)る物(もの)は 百種(ももくさ)に 迫寄來(せめよりきた)る 娘子等(をとめら)が 娘子(をとめ)さびすと 韓玉(からたま)を 手本(たもと)に卷(ま)かし【或(ある)は此句云(このくありいは)く、白妙(しろたへ)の,袖振交(そでふりかは)し,紅(くれなゐ)の,赤裳裾引(あかもすそび)き。】 齡同子等(よちこら)と 手攜(てたづさは)りて 遊(あそ)びけむ 時(とき)の盛(さか)りを 留兼(とどみか)ね 過(す)ぐし遣(や)りつれ 蜷腸(みなのわた) 手鉐(かぐろきかみ)に 何時間(いつのま)か 霜(しも)の降(ふ)りけむ 紅(くれなゐ)の【一云(またにい)ふ、丹秀為(にのほな)す。】 面上(おもてのうへ)に 何方(いづく)ゆか 皺(しわ)が來(きた)りし【一云(またにい)ふ、常(つね)なりし,笑(ゑま)ひ眉引(まとび)き,咲花(さくはな)の,移(うつろ)ひにけり,世間(よのなか)は,斯(か)くのみならし。】 丈夫(ますらを)の 壯士(をとこ)さびすと 劍太刀(つるぎたち) 腰(こし)に取佩(とりは)き 獵弓(さつゆみ)を 手握持(たにぎりも)ちて 赤駒(あかごま)に 倭文鞍打置(しつくらうちお)き 這乘(はひの)りて 遊步(あそびある)きし 世間(よのなか)や 常(つね)に在(あり)ける 娘子等(をとめら)が 小寢(さな)す板戶(いたと)を 押開(おしひら)き い辿寄(たどりよ)りて 真玉手(またまで)の 玉手插交(たまでさしか)へ 小寢(さね)し夜(よ)の 幾許(いくだ)も有(あ)らねば 手束杖(たつかづゑ) 腰(こし)に綰(たが)ねて 彼行(かゆ)けば 人(ひと)に厭(いと)はえ 此行(かくゆ)けば 人(ひと)に憎(にく)まえ 老耆(およ)し男(を)は 如是(かく)のみならし 玉限(たまきは)る 命惜(いのちを)しけど 為術(せむすべ)も無(な)し

 空蟬憂世間 舉手無措施無術 歲月猶逝水 流年早去之所如 取續追又生 易集難排八辛苦 百種更迫來 難遂易盡無寧日 年稚娘子等 整妝容儀洽少女 取執韓玉而 纏於手本卷手腕【或有此句云,白妙敷栲兮,揮袖相振姿阿娜,胭脂真紅兮,赤裳裾矣更長引。】 與同儕子等 共相攜手齊遊戲 無憂更無慮 然以年輕若花盛 春春難久留 隨時之過年齒長 蜷腸卷貝兮 青絲烏玉濡鉐 何時轉瞬間 一如白霜降斑駁 胭脂透紅兮【一云,丹秀之所如。】 姣好妍面容顏上 何方何處至 皺紋隱現悄來矣【一云,昔日常歡笑,百媚容顏秀眉長,其猶盛花之,咲而不久早移落,所謂世間者,如斯無常久必衰。】 威武大丈夫 行狀欲猶狀士者 取配劍太刀 繫於腰間不離身 手執獵弓而 握持不懈振武功 赤駒駿驪馬 打置倭文鞍其背 騎乘更馳騁 遊獵四方步野間 如此人生者 豈得常在亙永遠 稚齡娘子等 小寢香閨之板戶 押開潛入室 隱忍辿寄為逢鵝≦細真玉手 執子玉手交枕眠 如此相寢夜 竟得幾許有之哉 盛年早流逝 執手束杖綰腰間 行至彼方者 為人所厭受忌避 來至此方者 為人所憎為所嫌 老耆之男者 年邁之後蓋如斯 玉限魂極矣 雖惜身命憐青春 然歎無術莫可為

山上憶良 0804

世間難住」,「住」乃佛語,停止、駐留之意。

「八大辛苦」,人生苦之根源四苦,生苦、老苦、病苦、死苦,併別離苦、怨憎會苦、求不得苦五陰盛苦以為八大辛苦。

「二毛」,醋咫白毛。『昭明文選』潘岳「秋興賦」有云:「我春秋三十有二,始見二毛。」

「年月(としつき)は 流(なが)るる如(ごと)し」,蓋漢語「流年」之和譯。前後有流年難駐之歎,與辛苦接踵而至之悲。

「追來(おひく)る物(もの)は」,此云八大辛苦。

「娘子(をとめ)さびすと」,さぶ意指言行洽如其狀。

「韓玉(からたま)」,舶來品之美玉。

「蜷腸(みなのわた)」,「手鉐(かぐろきかみ)」之枕詞

「何方(いづく)ゆか 皺(しわ)が來(きた)りし」,此句為將皺紋擬人化表現

「眉引(まとび)き」,如引眉尾之長狀。

「獵弓(さつゆみ)」,幸弓,用以授獵之弓矢。

「遊步(あそびある)きし」,遊乃遊獵之意,步為馳騁四方

「い辿寄(たどりよ)りて」,摸索探詢。

「厭(いと)はえ」,面露嫌惡而避忌之狀。


0805 反歌 【承前。】

 等伎波奈周 迦久斯母何母等 意母閇騰母 余能許等奈禮婆 等登尾可禰都母

 常磐為(ときはな)す 如斯(かく)しもがもと 思(おも)へども 世事(よのことな)れば 留兼(とどみかね)つも

 雖欲如常磐 永恆久在不改易 然事與願違 諸行無常世常理 年華易逝難留駐

山上憶良 0805

 神龜五年七月廿一日,於嘉摩郡撰定。筑前國守山上憶良

常磐為(ときはな)す」,「ときは」乃「とこいは」之略。

「如斯(かく)しもがもと」,もがも乃表願望之終助詞

「世事(よのことな)れば」,老死乃世之常理。


0806 大宰帥大伴卿相聞歌二首

 伏辱來書,具承芳旨。忽成隔漢之戀,復傷抱梁之意。唯羨,去留無恙,遂待披雲耳。

歌詞兩首 【大宰帥大伴卿。】

 多都能馬母 伊麻勿愛弖之可 阿遠爾與志 奈良乃美夜古爾 由吉帝己牟丹米

 龍馬(たつのま)も 今(いま)も得(え)てしか 青丹良(あをによ)し 奈良都(ならのみやこ)に 行(ゆ)きて來(こ)む為(ため )

 神駒龍馬矣 吾冀今日亦能得 青丹良且秀 大和奈良寧樂京 吾欲行來會伊人

大伴旅人 0806

「來書」,旅人與住在奈良之友之相聞,按漢序隔漢、抱梁之語,蓋為女性。考旅人交友,或為丹生女王

「隔漢之戀」,牛郎織女隔銀河(銀漢)之故事。此欲筑紫奈良路遠。

「抱梁之意」,按『昭明文選』琴賦李善注,尾生與女相約僑下,然女方不來,其後川水氾濫,尾生遂抱橋腳而死。

「去留」,一方離去一方留下。『遊仙窟』有云:「所恨別易會難,去留乖隔。」

「披雲」,書儀語之一。披雲以見青天,欲見貴人之意。

龍馬(たつのま)も」,龍馬見於『昭明文選』等漢文,も表願望。

「今(いま)も得(え)てしか」,てしか亦表希求之終助詞

「青丹良(あをによ)し」,奈良枕詞。早自記紀歌謠便可多見。自古奈良山邊多產青埴而言。


0807 【承前,其二。】

 宇豆都仁波 安布余志勿奈子 奴婆多麻能 用流能伊昧仁越 都伎提美延許曾

 現(うつつ)には 逢由(あふよし)も無(な)し 烏玉(ぬばたま)の 夜夢(よるのいめ)にを 繼(つ)ぎて見(み)えこ

 空蟬現世中 苦於相思無逢由 漆遽╋妄臓〕冥夜夢欲相會 還願繼見無歇絕

大伴旅人 0807

「烏玉(ぬばたま)の」,遏¬襦¬看枕詞

「夜夢(よるのいめ)にを」,を字乃置於表意志命令之內容之下之間投助詞

「繼(つ)ぎて見(み)えこそ」,こそ乃表冀求之終助詞

類歌3108。


0808 答歌二首 【承前。】

 多都乃麻乎 阿禮波毛等米牟 阿遠爾與志 奈良乃美夜古邇 許牟比等乃多仁

 龍馬(たつのま)を 我(あれ)は求(もと)めむ 青丹良(あをによ)し 奈良都(ならのみやこ)に 來(こ)む人(ひと)の為(た)に

 神駒龍馬者 吾將探尋求來矣 何以求諸乎 奉為欲來青丹秀 奈良京之汝君也

佚名 0808

「來(こ)む人(ひと)の為(た)に 」,「為(た)」與「為(ため)」通。佛足石歌有「法(のり)の為(た)の因緣(よすか)となれり。」之例。

0809 【承前,其二。】

 多陀爾阿波須 阿良久毛於保久 志岐多閇乃 麻久良佐良受提 伊米爾之美延牟

 直(ただ)に逢(あ)はず 有(あ)らくも多(おほ)く 敷栲(しきたへ)の 枕去(まくらさ)らずて 夢(いめ)にし見(み)えむ

 不得直相逢 別離久月積累 柔細敷栲兮 依偎枕邊不欲去 只願入夢常相會

佚名 0809

「有(あ)らくも多(おほ)く」,「有(あ)らく」乃「有(あ)り」之く句法。

「敷栲(しきたへ)の」,床、枕、袖之枕詞

「夢(いめ)にし見(み)えむ」,古俗以為對方思己,則將現於己身夢中。


0810 大伴淡等謹狀

梧桐日本琴一面 【對馬結石山孫枝。】

  此琴,夢化娘子曰:「余託根遙嶋之崇巒,晞幹九陽之休光。長帶烟霞,逍遙山川之阿,遠望風波,出入鴈木之間。唯恐,百年之後,空朽溝壑。偶遭良匠,剒為小琴。不顧質麤音少,恒希君子左琴。」即歌曰:

 伊可爾安良武 日能等伎爾可母 許惠之良武 比等能比射乃倍 和我摩久良可武

 如何(いか)にあらむ 日時(ひのとき)にかも 音知(こゑし)らむ 人(ひと)の膝上(ひざのうへ) 我(わ)が枕(まくら)かむ

 何年復何月 何日何時方可得 伯樂知音者 妾欲以其膝為枕 發聲繞樑奏天籟

琴娘子 0810

「大伴淡等(たびと)」,即大伴旅人(たびと)。東大寺獻物帳亦可見此唐風之名。

「孫枝」,接近樹根所生之小枝。『昭明文選』琴賦有云:「乃斲孫枝。」

「此琴,夢化娘子」,文學虛構夢中化孃子已述生平之趣向,多摩『琴賦』、『遊仙窟』之語。https://zh.wikisource.org/wiki/%E7%90%B4%E8%B3%A6

「九陽」,天空之盡頭。『琴賦』云:「惟椅梧之所生兮,託峻嶽之崇岡。披重壤以誕載兮,參辰極而高驤。含天地之醇和兮,吸日月之休光。鬱紛紜以獨茂兮,飛英蕤於昊蒼。夕納景于虞淵兮,旦晞幹於九陽。經千載以待價兮,寂神跱而永康。」李善注云:「王逸曰:『九陽,謂九天之崖也。』」

「烟霞」,霞靄之類,此為帶有神仙思想之赤霞。『琴賦』有「帶朝霞」之語。

山川之阿」,山川之盡頭。「阿」與「隅」同。典出『昭明文選』秋興賦「逍遙山川之阿。」

「出入鴈木之間」,典出『莊子』山木篇之寓言。木以有才而見伐,鴈以無才而遭凶,故當取中道云爾。此曰梧桐木介於有才無才之間。『遊仙窟』云:「非隱非遁,逍遙鵬鷃之間;非吏非俗,出入是非之境。」http://open-lit.com/listbook.php?bid=10737&cid=1&gbid=217 「鵬鷃」依『秋興賦』改「山川」,「是非」按『莊子』山木改「鴈木」。

「溝壑」,表示悲慘之場所

「剒」,伐之意。諸本作「散」,蓋訛。此依廣麕棆之。

「左琴」,『古列女傳』賢明傳云:「左琴右書,樂亦在其中矣。(中略)左琴右書,為人灌園。」『顏氏家訓』、小治田安麻呂墓誌亦見左琴右書之語。

「音知(こゑし)らむ」,能知其音良者。琴音多訓「ね」而此舉「知音」之典而訓「こゑ」。『昭明文選』洞簫賦有伯牙、鍾子期之故事

「枕(まくら)かむ 」,以之為枕。

0811 僕報詩詠曰 【承前。】

 許等等波奴 樹爾波安里等母 宇流波之吉 伎美我手奈禮能 許等爾之安流倍志

 言問(ことと)はぬ 木(き)には在(あり)とも 愛(うるは)しき 君(きみ)が手馴(たな)れの 琴(こと)にしあるべし

 汝雖不言語 木質之類非靈長 然必美賢聖 明君手馴注恩寵 珍愛絕妙麗琴矣

大伴旅人 0811

 琴娘子答曰:「敬奉音,幸甚幸甚。」片事覺,即感於夢言,慨然不得止默。故附公使,聊以進御耳。謹狀不具。天平元年十月七日,附使進上。謹通,中衛高明閤下。謹空。

「愛(うるは)しき」,對男性敬愛之情之讚美。

「君(きみ)」,高貴之人。此云藤原房前。

「手馴(たな)れ」,愛用之品。當於左琴。

「音」,令人感激之語。

公使」,因公自太宰府上京之使。此指大堅大伴百代。

「進御」,『琴賦』云:「進御君子,新聲憀亮。」

「不具」,此云未達書信之體。自謙詞。

「謹通」,同謹言、謹狀。通有「通信」之意。

「中衛高明閤下」,中衛乃中衛府,高明指高望重之人,閤下指位高權重之人。

「謹空」,僅此留空,止筆於此。書信末尾之慣用語。

0812 中衛大將藤原卿報歌一首 【承前。】

 跪承芳音,嘉懽交深。乃知,龍門之恩,復厚蓬身之上。戀望殊念,常心百倍。謹和白雲之什,以奏野鄙之歌。房前謹狀。

 許等騰波奴 紀爾茂安理等毛 和何世古我 多那禮之美巨騰 都地爾意加米移母

 言問(ことと)はぬ 木(き)にもありとも 我(わ)が背子(せこ)が 手馴(たな)れの御琴(みこと) 地(つち)に置(お)かめやも

 其雖不言語 木質之類非靈長 然是吾兄子 恩寵手馴御琴也 豈可怠慢置地乎

藤原房前 0812

 十一月八日,復還使大監。謹通,尊門。 【記室。】

「芳音」,達筆之書信。已下乃藤原房前之回信。

「龍門之恩」,受贈美琴之恩。龍門乃龍門山。『秦賦』李善注引『史記』云「龍門有桐樹,高百尺,無枝,堪爲琴。」

「蓬身」,身分卑微之自謙詞。蓬乃雜草。

「戀望」,心懷非常之眷。

「白雲之什」,此云身居白雲所隔遙遠筑紫之地之旅人所贈之歌。

「我(わ)が背子(せこ)が」,此指旅人

「地(つち)に置(お)かめやも」,豈會粗末地對待。

「尊門」,對對方之尊稱。

「記室」,書記


0813 山上臣憶良,詠鎮懷石歌一首 【並短歌。】

 筑前國怡土郡深江村子負原,臨海丘上有二石。大者長一尺二寸六分,圍一尺八寸六分,重十八斤五兩,小者長一尺一寸,圍一尺八寸,重十六斤十兩。並皆墮圓,狀如雞子。其美好者,不可勝論。所謂,俓尺璧是也。【或云,此二石者,肥前彼杵郡平敷之石,當占而取之。】去深江驛家二十許里,近在路頭。公私徃來,莫不下馬跪拜。古老相傳曰:「徃者,息長足日女命,征討新羅國之時,用茲兩石,插著御袖之中,以為鎮懷。【實是御裳中矣。】所以行人敬拜此石。」乃作歌曰:

 可既麻久波 阿夜爾可斯故斯 多良志比廖_槌能彌許等 可良久爾遠 武氣多比良宜弖 彌許許呂遠 斯豆迷多麻布等 伊刀良斯弖 伊波比多麻比斯 麻多麻奈須 布多都能伊斯乎 世人爾 斯彁杪針稟耻掘〕章てν昭ぁ^鉾翕垓餡椎等 和多能曾許 意枳都布可延乃 宇奈可美乃 故布乃波良爾 美弖豆可良 意可志多麻比弖 可武奈何良 可武佐備伊麻須 久志美多麻 伊麻能遠都豆爾 多布刀伎呂可儛

 掛幕(かけまく)は 竒(あや)に畏(かしこ)し 足日女(たらしひめ) 神尊(かみのみこと) 韓國(からくに)を 向平(むけたひら)げて 御心(みこころ)を 鎮賜(しづめたま)ふと い取(と)らして 齋賜(いはひたま)ひし 真玉為(またまな)す 二(ふた)つの石(いし)を 世人(よのひと)に 示賜(しめしたま)ひて 萬代(よろづよ)に 言繼(いひつ)ぐがねと 海底(わたのそこ) 沖深江(おきつふかえ)の 海上(うなかみ)の 子負原(こふのはら)に 御手(みて)づから 置(お)かし賜(たま)ひて 惟神(かむながら) 神(かむ)さび坐(いま)す 奇御魂(くしみたま) 今(いま)の現(をつつ)に 貴(たふと)きろかむ

 僭述掛尊諱 畏慎誠惶復誠恐 氣長足姬尊 神功皇后足日女 渡海征三韓 平伏海西鎮諸蕃 欲鎮荒御心 取石以撫胎中帝 是為鎮懷石 戒慎心誠以奉齋 真玉渾圓兮 此二石者難勝論 以之示蒼生 天下世人令拜觀 欲使繼萬代 口耳相傳續綿延 滄溟海底兮 沖津水底深江之 海上子負原 筑前怡土子負原 御手親置此 安置二石傳永遠 惟神隨神慮 更顯神威為所祀 靈妙奇御魂 二石今亦可眼見 靈蹤現存誠尊貴

山上憶良 0813

「二石」,『筑前風土記逸文云:「兒饗野。此野之西,有白石二顆。一顆長一尺二寸,大一尺,重卅一斤。一顆長一尺一寸,大一尺,重卅九斤。曩者氣長足姬尊欲征伐新羅,到於此村,御身有妊,忽當誕生。登時取此二顆石,插於御腰祈曰:「朕欲定西堺,來著此野,所妊皇子。若此神者,凱旋之後,誕生其可。」遂定西堺,還來即產也。所謂譽田天皇是也。時人號其石曰皇子產石,今訛謂兒饗石。」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/fuudo/itubun/itubun05.htm筑紫風土記逸文云:「子饗原。有石兩顆。一者片長一尺二寸,周一尺八寸。一者長一尺一寸,周一尺八寸。色白而鞭,圓如磨成。俗傳云:「息長足比賣命,欲伐新羅,閱軍之際,懷娠漸動。時取兩石,插著裙腰,遂襲新羅凱旋之日,至芋湄野,太子誕生。有此因緣,曰芋湄野。謂產為芋湄者,風俗言詞爾。」俗間婦人,忽然娠動,裙腰插石,厭令延時,蓋由此乎。」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/fuudo/itubun/itubun04.htm

「俓尺璧」,直徑一尺之玉。

「占而取之」,蓋依卜定而運至此地。

「驛家」,設於驛路,唯公用往來者備馬、宿之處。

「去深江驛家二十許里」,今子負原八幡宮者,約在深江西約七百公尺處,於數不合。蓋憶良從建部牛麻呂傳言而詠之。

「鎮懷」,按長歌,則用以鎮應神帝之荒御心。『筑前風土記』則述其鎮延應神帝之產日。

「實是御裳中」,此考『古事記』、『風土記』之所言。而本文尚重當地口傳。

「掛幕(かけまく)は」,かけむ之く句法,出口述言之意。

「竒(あや)に」,難以言狀。

「向平(むけたひら)げて」,令彼服從。

「い取(と)らして」,著用、佩帶之意。「い」乃接頭語,「取らす」乃「取る」之敬語形。

「齋賜(いはひたま)ひし」,清淨潔齋,詠唱咒文,以求心願成就

「言繼(いひつ)ぐがねと」,がね表願望、希望之預想終助詞

「海底(わたのそこ) 沖深江(おきつふかえ)の」,「海底」乃「沖」之枕詞。沖有遠海、海底等意,此為後者

「海上(うなかみ)」,未詳,蓋為地名。或指海邊或海之彼端。

「惟神(かむながら)」,惟神,隨神所慮。以石為神之憑代而尊之。

「奇御魂(くしみたま)」,不可思議之精靈,尊崇二石靈格之語。

「今(いま)の現(をつつ)に」,眼前之事實。「現(をつつ)」蓋「現(うつつ)」之轉。

「貴(たふと)きろかむ」,「かむ」乃「哉(かも)」之音轉。



0814 【承前短歌。】

 阿米都知能 等母爾比佐斯久 伊比都夏等 許能久斯美多麻 志可志家良斯母

 天地(あめつち)の 共(とも)に久(ひさ)しく 言繼(いひつ)げと 此奇御魂(このくしみたま) 敷(し)かしけらしも

 蓋欲永流傳 天地與共歷久遠 口耳繼相語 故置靈石敷此處 亙古彌新奇御魂

山上憶良 0814

 右事傳言,那珂郡伊知鄉蓑嶋人建部牛麻呂是也。

「天地(あめつち)の 共(とも)に」,天地與共。共之原意為同伴之意。

「敷(し)かしけらしも」,「敷かす」乃「敷く」之敬語形,固定之意。

sherrysherry 2016/06/25 13:49 星野大師的新作耶! レインマン好看嗎?

最近要來整理補書清單(快一年沒進書了>.<)

kuonkizunakuonkizuna 2016/06/25 14:55 無腦男,目前還算普通。

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2016-06-14-火

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■真字萬葉集卷四

http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m04.htm



万葉集試訳

0793 大宰帥大伴卿報凶問歌一首

 禍故重疊,凶問累集。永懷崩心之悲,獨流斷腸之泣。但依兩君大助,傾命纔繼耳。 【筆不盡言,古今所歎。】

 余能奈可波 牟奈之伎母乃等 志流等伎子 伊與余麻須萬須 加奈之可利家理

 世間(よのなか)は 空(むな)しき物(もの)と 知(し)る時(とき)し 彌彌益益(いよよますます) 悲(かな)しかりけり

 空蟬憂世間 一切無常盡虛假 切身知悉時 彌彌益益更添悲 哀愁崩心獨斷腸

大伴旅人 0793

大宰帥大伴卿」,此云大伴旅人。當時正三位,六十四歲。

「禍故」,不幸。故乃災禍、物故之意。敦煌書儀類有「禍故無常」云云。

「崩心之悲」,駱賓王書有「崩心之痛極」云云。敦煌寫本有「常何墓碑」云云。

世間(よのなか)は 空(むな)しき物(もの)と」,佛教「世間虛假」之思想表現。『大智度論』有「世間空」云云。

「知(し)る時(とき)し」,末尾「し」乃強調。凶訊相次,實感世皆空虛。

0794 筑前守山上臣憶良挽歌一首 【并短歌。】

 蓋聞,四生起滅,方夢皆空,三界漂流,喻環不息。所以維摩大士在乎方丈,有懷染疾之患;釋迦能仁坐於雙林,無免泥洹之苦。故知,二聖至極,不能拂力負之尋至;三千世界,誰能逃邂杷警嗤圈F鸛誘チ,而度目之鳥旦飛;四蛇爭侵,而過隙之駒夕走。嗟乎痛哉!紅顏共三從長逝,素質與四永滅。何圖,偕老違於要期,獨飛生於半路。蘭室屏風徒張,斷腸之哀彌痛;枕頭明鏡空懸,染筠之淚逾落。泉門一掩,無由再見嗚呼哀哉。

  愛河波浪已先滅 苦海煩惱亦無結 從來厭離此穢土 本願託生彼淨剎

日本挽歌一首

 大王能 等保乃朝廷等 斯良農比 筑紫國爾 泣子那須 斯多比枳摩斯提 伊企陀爾母 伊摩陀夜周米受 年月母 伊摩他阿良禰婆 許許呂由母 於母波奴阿比陀爾 宇知那毗枳 許夜斯努禮 伊波牟須弊 世武須弊斯良爾 石木乎母 刀比佐氣斯良受 伊弊那良婆 迦多知波阿良牟乎 宇良賣斯企 伊毛乃美許等能 阿禮乎婆母 伊可爾世與等可 爾保鳥能 布多利那良毗為 加多良比斯 許許呂曾牟企弖 伊弊社可利伊摩須

 大君(おほきみ)の 遠朝廷(とほのみかど)と 領(し)らぬ靈(ひ) 筑紫國(つくしのくに)に 泣子為(なくこな)す 慕來(したひき)まして 息(いき)だにも 未休(いまだやす)めず 年月(としつき)も 未有(いまだあ)らねば 心(こころ)ゆも 思(おも)はぬ間(あひだ)に 打靡(うちなび)き 臥(こ)やしぬれ 言(い)はむ術(すべ) 為(せむ)術知(すべし)らに 岩木(いはき)をも 問放知(とひさけし)らず 家(いへ)ならば 形(かたち)は有(あ)らむを 恨(うら)めしき 妹命(いものみこと)の 我(あれ)をばも 如何(いか)に為(せ)よとか 鳰鳥(にほどり)の 二人並居(ふたりならびゐ) 語(かた)らひし 心背(こころそむ)きて 家離(いへざか)りいます

 聖明大君之 遙遙天邊遠朝庭 化外不領靈 西海筑紫太宰府 汝猶稚泣子 心慕夫君隨至來 路遙道甚遠 片刻未息無稍歇 顧見赴此時 年者未易月未改 怎料凶訊至 吾心難信意難服 如此倉卒間 打靡倒臥沉永眠 不知當何言 茫然不知當何為 石木不言語 無以問之解憂情 若留故家中 或得存命久長青 恨香消玉殞 憐哉愛也吾妹命 汝在幽冥間 吾當奈何所為哉 鴛鴦鳰鳥兮 兩人並居相依偎 絮語誓永久 然今背信離家去 獨赴泉路去世間

山上憶良 0794

「四生」,胎生(哺乳類)、卵生(鳥類)、濕生(魚、龜、蛙等)、化生(昆蟲變態之疇。),泛指一切生物之佛語。

三界」,欲界(滿溢欲望之現世)、色界(高於欲界,但仍執著肉體、物質世界)、無色界(超脫物質束縛,唯精神存在世界)。眾生反複循環之三界

「大士」,對佛、菩薩之尊稱。

「不能拂力負之尋至」,語出『莊子』大宗師篇。

「二鼠競走」,見於『譬喻經』、『大般若波羅蜜多經』。

「四蛇爭侵」,佛足石歌有四蛇,以構成萬物之地水火風四大元素比喻為四種毒蛇。

「過隙之駒夕走」,『莊子』知北遊篇云:「人生天地之間,若白駒之過隙忽然而已。」

「四」,婦、婦言、婦容、婦功。

「泉門」,死後世界黃泉入口之門。敦煌本『大目連冥間救母變文』云:「一掩泉門不再開。」

「愛河波浪已先滅」,以河水易溺於愛意,以波浪比喻煩惱。此云妻死。

「苦海」,此云現實世界

「大君(おほきみ)の 遠朝廷(とほのみかど)」,意指太宰府乃遠離首都天皇行政官廳。此或云派遣太宰府之官人,或云旅人妻云夫為太宰帥而赴任。

「領(し)らぬ靈(ひ)」,筑紫枕詞

「慕來(したひき)まして」,此云此云旅人妻自願隨夫赴任而來。

「息(いき)だにも 未休(いまだやす)めず」,舟車勞頓,長旅之後尚未稍作休息。寓含若得休息養生就好了之意。

「臥(こ)やしぬれ」,倒臥。

「問放知(とひさけし)らず」,無法問石木以放下憂愁。

「鳰鳥(にほどり)」,鳰鳥惜性出雙入對,故比喻夫婦相和。

「家離(いへざか)りいます」,「家離る」乃死亡之敬避表現

0795 反歌 【承前。】

 伊弊爾由伎弖 伊可爾可阿我世武 摩久良豆久 都摩夜左夫斯久 於母保由倍斯母

 家(いへ)に行(ゆ)きて 如何(いか)にか我(あ)が為(せ)む 枕付(まくらづ)く 妻屋寂(つまやさぶ)しく 思(おも)ほゆべし

 縱令歸吾宿 茫然不知當何為 枕付共衾兮 妻屋之內今清寂 唯有憂思愁自生

山上憶良 0795

「枕付(まくらづ)く」,「妻屋(つまや)」之枕詞。亦用於人麻呂失妻時輓歌

「妻屋(つまや)」,建於母屋附近之離屋。「妻」字於此有「端」之意。

按「思(おも)ほゆべしも」,此概山上憶良於葬送歸途,推量大伴旅人心情所詠。

0796 【承前反歌第二。】

 伴之伎與之 加久乃未可良爾 之多比己之 伊毛我己許呂乃 須別毛須別那左

 愛(は)しきよし 如是(かく)のみからに 慕來(したひこ)し 妹(いも)が心(こころ)の 術(すべ)も術無(すべな)さ

 哀也甚憐兮 有生如是短折故 心慕隨至來 妹妻之心令人悲 惆悵不止更淒切

山上憶良 0796

「愛(は)しきよし」,此為具「嗚呼,何等悲哀」意味感動詞

「如是(かく)のみからに」,「明明生命如此苦短」 之意。「からに」意同「ゆゑに」,此乃即如是之物之意。

0797 【承前反歌第三。】

 久夜斯可母 可久斯良摩世婆 阿乎爾與斯 久奴知許等其等 美世摩斯母乃乎

 悔(くや)しかも 如是知(かくし)らませば 青丹良(あをによ)し 國內悉(くぬちことごと) 見(み)せ益物(ましもの)を

 追悔總莫及 早知永隔如是者 青丹良且秀 海西筑紫遍國中 踏破令見千百景

山上憶良 0797

「如是知(かくし)らませば」,如果當初知道妻子竟會如此輕易地死去。

「青丹良(あをによ)し」,奈良枕詞。在此或取廣意而用以贊歎大宰府館內之筑紫國。

0798 【承前反歌第四。】

 伊毛何美斯 阿布知乃波那波 知利奴倍斯 和何那久那美多 伊摩陀飛那久爾

 妹(いも)が見(み)し 楝花(あふちのはな)は 散(ち)りぬべし 我(わ)が泣淚(なくなみた) 未乾無(いまだひな)くに

 妹妻昔所見 栴檀楝花已凋零 雖已經幾時 物換星移往事非 然吾泣淚未嘗乾

山上憶良 0798

「楝花(あふちのはな)」,栴檀。落葉高木,木梢小花盛開於五月末。花色白,五瓣,筒狀雄蕊色紫。六月上旬凋謝。按左注云七月末,依花期有所齟齬

「散(ち)りぬべし」,此句「べし」有將要、似將之意。

0799 【承前反歌第五。】

 大野山 紀利多知和多流 和何那宜久 於伎蘇乃可是爾 紀利多知和多流

 大野山(おほのやま) 霧立渡(きりたちわた)る 我(わ)が嘆(なげ)く 息嘯風(おきそのかぜ)に 霧立渡(きりたちわた)る

 筑紫大野山 霧湧瀰漫渡山間 吾人哀渡日 悲歎所化息嘯風 摧霧立渡彼山哉

山上憶良 0799

 神龜五年七月廿一日,筑前國守山上憶良上。

大野山(おほのやま)」,自大宰府政廳北去一點八公里可望見之山。

「息嘯風(おきそのかぜ)」,因嘆息所產生之風。「息嘯(おきそ)」乃結合「息(おき)」、「嘯(うそ)」而成。古俗以為,激烈之嘆息將化為雲霧越度。

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2016-06-08-水

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補給物資

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神社百景DVDコレクション全国版2 伊勢神宮

創刊号出雲大社に比べると、撮影禁止の件もあって流用映像も多い。出雲大社でやった特別参拝も行って欲しいが無理ですね。意外にも全部ではないが元伊勢摂社末社の話も出てきた。


万葉集試訳

0767 大伴宿禰家持更贈大孃歌二首 【承前。】

 都路乎 遠哉妹之 比來者 得飼飯而雖宿 夢爾不所見來

 都路(みやこぢ)を 遠(とほ)みか妹(いも)が 比來(このころ)は 祈(うけ)ひて寢(ぬ)れど 夢(いめ)に見(み)え來(こ)ぬ

 親親吾妹矣 久邇都道蓋遠哉 比來近日間 雖祈相見就寢者 不復見汝在夢中

大伴家持 0767

「都路(みやこぢ)を 遠(とほ)み」,「遠み」乃み語法之疑問條件。蓋是平城舊京至久邇京之路遙所致乎。

「祈(うけ)ひ」,「祈(うけ)ふ」乃向神祈願某事之成就。於此表期待能於夢中與大孃相會。

本歌寓含「若汝思吾,當現於吾夢之中。然比日不見於夢中,路遙或是一因,是否汝心中無我?」之意。

0768 【承前,第二。】

 今所知 久邇乃京爾 妹二不相 久成 行而早見奈

 今知(いまし)らす 久邇都(くにのみやこ)に 妹(いも)に逢(あ)はず 久(ひさ)しく成(なり)ぬ 行(ゆ)きて早見(はやみ)な

 今御宇天下 恭仁新京久邇都 遷居於此後 不與妹逢日已久 還願速歸早相見

大伴家持 0768

「今知(いまし)らす」,現今於此治理天下。久邇京唯首都者,僅三年二個月,期間將平城京太極殿及其迴廊解體搬運至此。然期中聖武帝計巡幸、留居紫香樂之地四回,而久邇京未臻首都該有之機能、景觀。


0769 大伴宿禰家持報贈紀女郎歌一首

 久堅之 雨之落日乎 直獨 山邊爾居者 欝有來

 久方(ひさかた)の 雨(あめ)の降(ふ)る日(ひ)を 唯一人(ただひとり) 山邊(やまへ)に居(を)れば 欝(いぶ)せかりけり

 遙遙久方兮 天雨紛降零落日 形單而影隻 孤身獨居山邊者 方寸自憂心抑欝

大伴家持 0769

「山邊(やまへ)に居(を)れば」,「山邊(やまへ)」位於恭仁京北側,蓋今海住山寺所在三上山麓。家持1602所詠「鹿鳴く山邊」蓋為同地。

「欝(いぶ)せかりけり」,氣氛陰鬱,無以釋懷之狀。

0770 大伴宿禰家持從久邇京贈坂上大孃歌五首 【第一。】

 人眼多見 不相耳曾 情左倍 妹乎忘而 吾念莫國

 人目多(ひとめおほ)み 逢(あ)は無(な)くのみそ 心(こころ)さへ 妹(いも)を忘(わす)れて 我(あ)が思(おも)は無(な)くに

 以畏人目多 故不前去相逢爾 顧吾心深處 時時刻刻吾妹 莫有忘懷稍歇時

大伴家持 0770

「人目多(ひとめおほ)み 逢(あ)は無(な)くのみそ」,不逢乃畏人目而已,非無他意。題詞云報贈歌,此前蓋有大孃何不來相會之歌而此為辯答。

0771 【承前,第二。】

 偽毛 似付而曾為流 打布裳 真吾妹兒 吾爾戀目八

 偽(いつは)りも 似付(につ)きてそする 現(うつ)しくも 誠我妹子(まことわぎもこ) 我(われ)に戀(こ)ひめや

 偽語虛言者 佯贗似真所作矣 親親吾妹子 汝心方寸何所思 可誠戀我不假哉 

大伴家持 0771

「偽(いつは)りも 似付(につ)きてそする」,「偽り」乃為欺人之所作。此云雖不戀而佯作相戀。「似付(につ)き」指模似真實,佯令難辨。

「現(うつ)しくも」,實際之真心,非流於一時情感或有所虛偽。

本歌蓋模2572曲。

0772 【承前,第三。】

 夢爾谷 將所見常吾者 保杼毛友 不相志思者 諾不所見有武

 夢(いめ)にだに 見(み)えむと我(あれ)は 解(ほど)けども 相(あ)ひし思(おも)はねば 宜見(うべみ)えざらむ

 欲逢在夢中 吾遂解紐後入寢 然汝不念吾 吾人單戀非相思 理宜無緣會夢田

大伴家持 0772

「解(ほど)けども」,古俗以為,下紐自解,乃伊人將至之兆。遂有解紐就寢,以其夢中相會之習。

「相(あ)ひし思(おも)はねば」,並非相思,寔乃單方面之情感。

「宜(うべ)」,合理。

0773 【承前,第四。】

 事不問 木尚味狹藍 諸弟等之 練乃村戶二 所詐來

 言問(ことと)はぬ 木(き)すら紫陽花(あぢさゐ) 諸弟等(もろとら)が 練(ね)りの智腎(むらど)に 詐(あざ)むかれけり

 草木言語 紫陽花疇能結實 嗚呼諸弟等 智腎巧語花言矣 吾殆被詐為所欺

大伴家持 0773

「言問(ことと)はぬ 木(き)すら紫陽花(あぢさゐ)」,連不能言語紫陽花亦會結實。

「諸弟等(もろとら)」,未詳。諸弟或為人名。蓋傳遞家持、大孃間書信之使者乎。口傳或有失誤,而導致兩者不睦

「練(ね)りの智腎(むらど)」,「練り」乃練達、熟練之意。「智腎(むらど)」,『新譯華嚴經音義私記』注作「腎」。『白虎通』云五臟有「肝仁、肺義、心禮、腎智、脾信。」,腎被視為司掌人智之器官。此云狡猾,善於吹噓之人。



0774 【承前,第五。】

 百千遍 戀跡云友 諸弟等之 練之言羽者 吾波不信

 百千度(ももちたび) 戀(こ)ふと言(い)ふとも 諸弟等(もろとら)が 練(ね)りの言葉(ことば)は 我(あれ)は(たの)まじ

 縱令千百度 花言巧語云戀者 嗚呼諸弟者 如此練達誑輩語 吾不復鯒復信

大伴家持 0774

「百千度(ももちたび) 戀(こ)ふと言(い)ふとも」,即便諸弟述說千百遍「妳是愛著我的」,我也不會相信。之意。


0775 大伴宿禰家持贈紀女郎歌一首

 鶉鳴 故鄉從 念友 何如裳妹爾 相緣毛無寸

 鶉鳴(うづらな)く 故(ふ)りにし鄉(さと)ゆ 思(おも)へども 何(なに)そも妹(いも)に 逢由(あふよし)も無(な)き

 人罕鶉鳴兮 吾自昔居故里時 念汝至於此 然苦無由與妹逢 每憂相思心鬱鬱

大伴家持 0775

「鶉鳴(うづらな)く」,「古し」、「古る」之枕詞。鶉之習性,好居於杳無人煙之荒山草深處,故云。

「故(ふ)りにし鄉(さと)ゆ」,自尚居於飛鳥舊京時起。「故(ふ)りにし鄉(さと)」即故鄉。

「何(なに)そ」,「何ぞ(奈何)」之原型。

0776 紀女郎報贈家持歌一首 【承前。】

 事出之者 誰言爾有鹿 小山田之 苗代水乃 中與杼爾四手

 言出(こちで)しは 誰(た)が言(こと)なるか 小山田(をやまだ)の 苗代水(なはしろみづ)の 中淀(なかよど)にして

 今非昔比矣 昔誰出言獻慇懃 今猶小山田 苗代水之中淀矣 不復問津甚絕情

女郎 0776

「言出(こちで)しは 誰(た)が言(こと)なるか」,「言出(こちで)し」乃「言(こと)」+「出(いで)」之略。當初是誰先示愛攀談之意。

小山田(をやまだ)の 苗代水(なはしろみづ)の」,引出「中淀(なかよど)」之序。「苗代」乃插秧之前,蒔種、發芽、育苗之處,水不得涸而多用泉水

「中淀(なかよど)にして」,此以苗代水之中涸比喻對方不再來訪。


0777 大伴宿禰家持更贈紀女郎歌五首 【承前,第一。】

 吾妹子之 屋戶乃籬乎 見爾徃者 盖從門 將返卻可聞

 我妹子(わぎもこ)が 宿籬(やどのまがき)を 見(み)に行(ゆ)かば 蓋門(けだしかど)より 歸(かへ)してむ哉(かも)

 相思情難耐 若吾網見吾妹子 所宿屋籬者 蓋自門戶汝所拒 閉門追返令歸哉

大伴家持 0777

「我妹子(わぎもこ)が 宿籬(やどのまがき)を」,「籬(まがき)」乃以柴、竹之類所編之屋垣。此云想定被拒於門外時遮羞之詞,非欲與人相會而至,乃欲見其家籬而來。

「歸(かへ)してむ哉(かも)」,て乃完了助動詞つ之未然形。此句主語為紀女郎。縱然藉口來觀屋籬,恐怕仍得吃閉門羹云云。

0778 【承前,第二。】

 打妙爾 前垣乃酢堅 欲見 將行常云哉 君乎見爾許曾

 未必(うつたへ)に 籬姿(まがきのすがた) 見(み)まく欲(ほ)り 行(ゆ)かむと言(い)へや 君(きみ)を見(み)にこそ

 何以往汝所 雖云欲見宿籬姿 遂來汝邸者 其寔由者理自明 欲睹君面之所以

大伴家持 0778

「未必(うつたへ)に」,未必,大致,等意。

「籬姿(まがきのすがた)」,姿字多用於人,此則指物之形。

「君(きみ)」,吾君,此含有戲謔之意。


0779 【承前,第三。】

 板盖之 醋敘屋根者 山近之 明日取而 持將參來

 板葺(いたぶき)の 醋屋根(くろぎのやね)は 山近(やまちか)し 明日日取(あすのひと)りて 持(も)ちて參來(まゐこ)む

 所云板葺之 軒付醋屋根者 所幸山在近 明日入山日伐取 持之參來奉汝命

大伴家持 0779

「板葺(いたぶき)の」,以板葺屋頂之建築。神龜元年太政官令五位已上及富有者廢板葺(易損)改瓦葺、丹塗,然未普及。恭仁京蓋以板葺、檜皮葺、茅葺為多。

「醋屋根(くろぎのやね)は」,醋攬媚慙⊆皮之木材。然以醋敝屋頂不合常理,或為用以押鎮葺板之軒付醋據

「山近(やまちか)し」,所幸吾家離山不遠。

0780 【承前,第四。】

 郤取 草毛苅乍 仕目利 勤和氣登 將譽十方不有【一云,仕登母。】

 醋攫(くろぎと)り 草(かや)も刈(か)りつつ 仕(つか)へめど 勤(いそ)しき愚生(わけ)と 褒(ほ)めむとも非(あら)ず【一云(またにい)ふ、仕(つか)ふとも。】

 伐樹取醋據ヾ∝螻篩隶抃材 雖欲仕如此 不望汝褒吾勤勉 愚生唯全己念爾【一云,縱仕奉如此。】

大伴家持 0780

「草(かや)も刈(か)りつつ」,持續刈割茅草。茅草蓋為芒類,而為屋頂之葺材。

「仕(つか)へめど」,奉仕。此亦有諧謔之情。

「勤(いそ)しき愚生(わけ)と」,「勤し」乃勤勉之意,姓氏「勤臣」或書作「伊蘇志臣」。

0781 【承前,第五。】

 野干玉能 昨夜者令還 今夜左倍 吾乎還莫 路之長手呼

 烏玉(ぬばたま)の 昨夜(きぞ)は歸(かへ)しつ 今夜(こよひ)さへ 我(あれ)を歸(かへ)す莫(な) 道(みち)の長手(ながて)を

 漆遽╋妄臓〆鯡詆塲叱秧諫邸〜外今日者 莫令我還如昨夜 此道甚長足難涉

大伴家持 0781

「昨夜(きぞ)は歸(かへ)しつ」,昨夜已遭(紀女郎)請回,至少今夜能或留宿。

0782 紀女郎裹物贈友歌一首 【女郎名曰小鹿也。】

 風高 邊者雖吹 為妹 袖左倍所沾而 苅流玉藻焉

 風高(かぜたか)く 邊(へ)には吹(ふ)けども 妹(いも)が為(ため) 袖(そで)さへ濡(ぬ)れて 刈(か)れる玉藻(たまも)そ

 疾風高且勁 吹拂岸邊舉駭浪 然奉為吾妹 不惜濕袖濡襟裳 苅來海幸玉藻矣

女郎 0782

「風高(かぜたか)く 邊(へ)には吹(ふ)けども」,風自高空往岸邊吹下。漢詩常以風高描述秋冬之疾風

「袖(そで)さへ濡(ぬ)れて 刈(か)れる玉藻(たまも)そ」,此句不明作者己身如海女取藻,或擬海女之情而作詩。前有「為妹」云云,或擬男性而作。


0783 大伴宿禰家持贈娘子歌三首

 前年之 先年從 至今年 戀跡奈何毛 妹爾相難

 一昨年(をととし)の 先年(さきつとし)より 今年迄(ことしまで) 戀(こ)ふれど何(な)ぞも 妹(いも)に逢難(あひがた)き

 遠自前年之 更前一年始戀慕 迄至今年者 戀情無歇莫止息 奈何難以與妹逢

大伴家持 0783

「一昨年(をととし)の 先年(さきつとし)」,大前年。

「戀(こ)ふれど何(な)ぞも」,「何(な)ぞ」乃「何(なに)ぞ」之略。

0784 【承前,第二。】

 打乍二波 更毛不得言 夢谷 妹之手本乎 纏宿常思見者

 現(うつつ)には 更(さら)にも得言(えい)はず 夢(いめ)にだに 妹(いも)が手本(たもと)を 卷寢(まきぬ)とし見(み)ば

 若得逢現世 滿足不復更言矣 至少於夢中 願以吾妹手為枕 卷寢安眠在夢田

大伴家持 0784

「現(うつつ)には」,若得與現實相逢。

「更(さら)にも得言(えい)はず」,在此以上無話可說。「得(え)...ず」表不可能

「妹(いも)が手本(たもと)を 卷寢(まきぬ)とし見(み)ば」,「手本を 卷(ま)く」表以對方之手為枕。「見ば」之下省略「幸せ」。

0785 【承前,第三。】

 吾屋戶之 草上白久 置露乃 壽母不有惜 妹爾不相有者

 我(わ)が宿(やど)の 草上白(くさのうへしろ)く 置露(おくつゆ)の 身(み)も惜(を)しからず 妹(いも)に逢(あ)はざれば

 吾人宿庭間 草上白皙置露之 易散之所如 此身虛渺莫所惜 只因無以與妹逢

大伴家持 0785

「置露(おくつゆ)の」,以上乃比喻夢幻虛渺易逝之身命之序。

「身(み)も惜(を)しからず」,原文書「壽」字而通於「命」,此身與命相繫。

0786 大伴宿禰家持報贈藤原朝臣久須麻呂歌三首

 春之雨者 彌布落爾 梅花 未咲久 伊等若美可聞

 春雨(はるのあめ)は 彌頻降(いやしきふ)るに 梅花(うめのはな) 未咲(いまださ)か無(な)く 甚若(いとわか)み哉(かも)

 春雨降紛紛 雨零彌頻鮮歇時 然則梅花者 至今未咲何所由 蓋是兒區喘婪

大伴家持 0786

「彌頻降(いやしきふ)るに」,比喻久須麻呂提親次數頻繁。

「梅花(うめのはな)」,或指家持亡妻之遺兒「稚子(みどりこ)」。蓋久須麻呂贈歌已有此表現

「甚若(いとわか)み哉(かも)」,女兒尚幼如蕾。


0787 【承前,第二。】

 如夢 所念鴨 愛八師 君之使乃 麻禰久通者

 夢(いめ)の如(ごと) 思(おも)ほゆるかも 愛(は)しきやし 君(きみ)が使(つかひ)の 數多(まね)く通(かよ)へば

 每念此事者 其猶幽夢又似幻 愛也令懷念 君之使者頻來訪 絡繹不絕無歇時

大伴家持 0787

「夢(いめ)の如(ごと) 思(おも)ほゆるかも」,所言如夢。或指提親之事,或云己子尚幼。

0788 【承前,第三。】

 浦若見 花咲難寸 梅乎殖而 人之事重三 念曾吾為類

 衷若(うらわか)み 花咲難(はなさきがた)き 梅(うめ)を植(う)ゑて 人言繁(ひとのことしげ)み 思(おも)ひそ我(あ)がする

 其株齡甚稚 欲令花咲仍難矣 如此稚梅矣 若植吾庭時甚早 我懼人言痛繁雜

大伴家持 0788

「衷若(うらわか)み」,尚稚而未熟。

「梅(うめ)を植(う)ゑて」,蓋云將少女育於己家。此前蓋寄於亡妾親族之所。


0789 又家持贈藤原朝臣久須麻呂歌二首

 情八十一 所念可聞 春霞 輕引時二 事之通者

 心九九(こころぐく) 思(おも)ほゆるかも 春霞(はるかすみ) 棚引(たなび)く時(とき)に 言通(ことのかよ)へば

 心沉情意悶 愁雲慘霧覆方寸 切莫憂如此 待至春霞棚引時 言使通來必不絕

大伴家持 0789

「心九九(こころぐく)」,心(こころ)ぐし那心情鬱悶不樂之狀。原文情八十一乃借九九相乘之表現,多見於漢籍

「言通(ことのかよ)へば」,此云久須麻呂之使(今後)將頻繁往來。

0790 【承前,第二。】

 春風之 聲爾四出名者 有去而 不有今友 君之隨意

 春風(はるかぜ)の 音(おと)にし出(いで)なば 在去(ありさ)りて 今(いま)ならずとも 君(きみ)が隨(まにま)に

 春風呼嘯兮 音聲浮名噂起者 在而去之間 縱非今即償汝願 有朝一日隨君意

大伴家持 0790

「春風(はるかぜ)の」,音之枕詞

「音(おと)にし出(いで)なば」,此音乃世間之慮扇幻譟流言之疇。

「在去(ありさ)りて」,一直如此。此云流言廣傳,其後總會有辦法。或有對未來之樂觀之意,或單純隨波逐流。

0791 藤原朝臣久須麻呂來報歌二首

 奧山之 磐影爾生流 菅根乃 懃吾毛 不相念有哉

 奧山(おくやま)の 岩蔭(いはかげ)に生(お)ふる 菅根(すがのね)の 懃我(ねもころわれ)も 相思(あひおも)はざれや

 深山茂林間 磐影之中孳蘩生 菅根之所如 吾亦情切意懇睦 豈非與汝相思哉

藤原久須麻呂 0791

「菅根(すがのね)の」,以上乃借根(ね)之音引出「懃(ねもころ)」之序。首句「奧山」有暗喻內心深處之意。

「相思(あひおも)はざれや」,此乃反語。「我(われ)も」非指與家持同,意指與少女同。789,790或為家持擬少女之情而代詠者。

0792 【承前,第二。】

 春雨乎 待常二師有四 吾屋戶之 若木乃梅毛 未含有

 春雨(はるさめ)を 待(ま)つとにしあらし 我(わ)が宿(やど)の 若木(わかき)の梅(むめ)も 未(いま)だ含(ふふ)めり

 其概待春雨 含苞未放俟時熟 吾屋戶庭間 若木之梅實未結 唯蘊花蕾羞展顏

藤原久須麻呂 0792

「待(ま)つとにしあらし」,「あらし」乃「あるらし」之略。

「未(いま)だ含(ふふ)めり」,含苞未放。

以上七首,事由未詳。姑依新全集解。

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2016-05-31-火

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■補給物資

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■広沢真貴子 青木和幸『あたらしい出雲旅行

読了出雲出身者によるわが道を行く出雲の紹介書。のぼのぼの雰圍氣で独自の視点から出雲の穴場を歩き回る感覚

なぜか意宇六社が殆ど言及してないのが少々不思議に思える。



万葉集試訳

0721 獻天皇歌一首 【大伴坂上郎女在佐保宅作也。】

 足引乃 山二四居者 風流無三 吾為類和射乎 害目賜名

 足引(あしひき)の 山(やま)にし居(を)れば 風流無(みやびな)み 我(わ)がする態(わざ)を 咎賜(とがめたま)ふ勿(な)

 足曳勢險峻 深山之間久居矣 故不知風流 妾身行儀或不周 還願勿咎請見諒

坂上郎女 0721

「獻天皇歌」,此天皇聖武帝。

「佐保宅」,大伴安麻呂、大伴旅人所居住之大伴氏本家,非郎女坂上里居宅。

「山(やま)にし居(を)れば」,佐保宅近於佐保山,故云。

風流無(みやびな)み」,風流即「雅(みやび)」,此云洗練之宮庭風情與都會情趣。

「我(わ)がする態(わざ)を」,吾人所為。實際所為未詳,按『代匠記』有聖武帝贈艷書而婉拒,或贈當地土產之類所添之信。若為後者,佐保山土產蓋為山芋之類。

「咎賜(とがめたま)ふ勿(な)」,「咎(とが)む」除責怪外亦有訝異之意。

0722 大伴宿禰家持歌一首

 如是許 戀乍不有者 石木二毛 成益物乎 物不思四手

 如是許(かくばか)り 戀(こ)ひつつ有(あ)らずは 石木(いはき)にも 成(な)ら益物(ましもの)を 物思(ものおも)はずして

 憂愁如此許 苦於相思哀戀慕 相較情悲切 不若化成木石類 不為戀苦無憂思

大伴家持 0722

「石木(いはき)にも 成(な)ら益物(ましもの)を」,木石乃無心非情物之代表。此云與其受戀情煎熬,不若化作木石。

0723 大伴坂上郎女從跡見庄,賜留宅女子大孃歌一首 【并短歌。】

 常呼二跡 吾行莫國 小金門爾 物悲良爾 念有之 吾兒乃刀自緒 野干玉之 夜晝跡不言 念二思 吾身者瘦奴 嘆丹師 袖左倍沾奴 如是許 本名四戀者 古鄉爾 此月期呂毛 有勝益土

 常世(とこよ)にと 我(わ)が行(ゆ)か莫(な)くに 小金門(をかねと)に 物悲(ものかな)しらに 思(おも)へりし 我(あ)が子(こ)の刀自(とじ)を 烏玉(ぬばたま)の 夜晝(よるひる)と云(い)はず 思(おも)ふにし 我(あ)が身(み)は瘦(やせ)ぬ 嘆(なげ)くにし 袖(そで)さへ濡(ぬ)れぬ 如是許(かくばか)り 本無(もとな)し戀(こ)ひば 故鄉(ふるさと)に 此月頃(このつきごろ)も 有克(ありかつ)ましじ

 吾之所往者 其非常世幽冥國 然於小金門 愁眉憂苦餞我行 掛心念安否 吾子刀自大孃矣 漆遽╋妄臓〔諍賁喫常相念 吾每憶大孃 己身枯瘦窶骨立 悲歎息之間 衣袖漬濡淚沾襟 思慕如此許 戀倦莫名繁生者 故鄉跡見庄 坐立難安心忐忑 何以克情滯月頃

坂上郎女 0723

「常世(とこよ)にと」,常世乃異界,此指死後之世界。「と」乃「とて」之略,而之前省略「行く」。

「我(あ)が子(こ)の刀自(とじ)を」,「の」為同格連接詞。刀自乃一家之中心之女性,多用於令人尊敬中年以上女性。此如「目豆兒(めづこ)刀子」之用法,對代替自己看守家邸之大孃懷有期待與勉勵之情。

「本無(もとな)」,無由。

「故鄉(ふるさと)に」,此云古京。平城遷都後,乎飛鳥藤原之地作故鄉。大伴氏莊園跡見庄乃位於櫻井之外山一帶。

「有克(ありかつ)ましじ」,難以忍耐。此云慕情難耐,豈能久居跡見達月。

0724 反歌 【承前。】

 朝髮之 念亂而 如是許 名姊之戀曾 夢爾所見家留

 朝髮(あさかみ)の 思亂(おもひみだ)れて 如是許(かくばか)り 汝姊(なね)が戀(こ)ふれそ 夢(いめ)に見(み)えける

 朝髮之所如 思念紊亂千萬緒 蓋是汝姊命 念我掛情邃如此 遂現邯鄲會吾夢

坂上郎女 0724

 右歌,報賜大孃進歌也。

「朝髮(あさかみ)の」,「亂(みだ)れ」之枕詞

「如是許(かくばか)り」,如此之般。按左注報大孃歌者,其歌蓋述及大孃不安,乞求坂上郎女速速歸宅。

「汝姊(なね)が戀(こ)ふれそ」,「汝姊(なね)」為對女性近親之指稱詞。此蓋母親隨二孃等妹輩之稱呼以喚大孃。

0725 獻天皇聖武歌二首 【大伴坂上郎女春日里作也。】

 二寶鳥乃 潛池水 情有者 君爾吾戀 情示左禰

 鳰鳥(にほどり)の 潛(かづ)く池水(いけみづ) 心有(こころあ)らば 君(きみ)に我(あ)が戀(こ)ふる 心示(こころし)めさね

 二寶鳰鳥之 所潛漁獵池水矣 汝若有靈者 願示吾心與大君 令知吾戀切如此

坂上郎女 0725

「鳰鳥(にほどり)」,棲息湖沼之水鳥,善於潛水。

「心有(こころあ)らば」,心與池乃結語,意指池之中心。如池心宮。

「心示(こころし)めさね」,「ね」乃表希求之終助詞。此云其望出遊之天皇可於池面見得自身容姿映照之水鏡。

0726 【承前,第二。】

 外居而 戀乍不有者 君之家乃 池爾住云 鴨二有益

 外(よそ)に居(ゐ)て 戀(こ)ひつつ有(あ)らずは 君家(きみのいへ)の 池(いけ)に住(す)むと云(い)ふ 鴨(かも)に有(あ)ら益(まし)を

 相離居遠處 遙慕久長無所益 苦戀如此者 不若化身離宮中 庭池所居鴨鳥矣

坂上郎女 0726

「君家(きみのいへ)の」,此蓋云離宮。或為春日附近之高圓離宮。或云高圓離宮春日離宮同所。

「鴨(かも)に有(あ)ら益(まし)を」,此鴨亦為水鳥,但與鳰鳥不同。此云願身化無心之水鳥,只欲常伴天皇近側。

0727 大伴宿禰家持贈坂上家大孃歌二首 【離絕數年,復會相聞徃來。】

 萱草 吾下紐爾 著有跡 鬼乃志許草 事二思安利家理

 忘草(わすれぐさ) 我(わ)が下紐(したひも)に 付(つ)けたれど 醜(しこ)の醜草(しこくさ) 言(こと)にし有(あ)りけり

 宣草忘憂草 吾繫彼草於下紐 欲以解戀憂 然其無驗唯醜草 名不符實徒滑稽

大伴家持 0727

「離絕數年」,坂上大孃贈家持歌蓋在天平三、四年頃,其後家持先後與笠女郎山口女王大神女郎、中臣女郎等約十人有所和歌贈答,獨缺坂上大孃。其間兩者或實離緣,而在天平一年悼亡妻(萬葉462)後,再行復會。其後有家持訪竹田庄與坂上郎女之贈答。

「忘草(わすれぐさ)」,萱草之古名,古俗有忘憂之效。

「下紐(したひも)」,下袴、下裳等內衣之紐。

「醜(しこ)の醜草(しこくさ)」,醜(しこ)有不快之意,用以辱罵憎惡對象之語。『日本書紀神代有「不須也凶目污穢之國(いなしこめききたなきくに)」云云。

「言(こと)にし有(あ)りけり」,此云忘憂草有名無實,無以解戀憂。


0728 【承前,第二。】

 人毛無 國母有粳 吾妹兒與 攜行而 副而將座

 人(ひと)も無(な)き 國(くに)も有(あ)らぬか 我妹子(わぎもこ)と 攜行(たづさひゆ)きて 副(たぐ)ひて居(を)らむ

 空蟬此世中 可有何國無人跡 欲攜吾妹子 共赴彼地長廝守 相隈相依渡此生

大伴家持 0728

「人(ひと)も無(な)き 國(くに)も有(あ)らぬか」,ぬか表希求。祈望有為有倆人之世界

「攜行(たづさひゆ)きて」,攜手同行。

「副(たぐ)ひて居(を)らむ」,相依相伴之意。

0729 大伴坂上大孃贈大伴宿禰家持歌三首

 玉有者 手二母將卷乎 欝瞻乃 世人有者 手二卷難石

 玉(たま)ならば 手(て)にも卷(まか)むを 空蟬(うつせみ)の 世人(よのひと)なれば 手(て)に卷難(まきがた)し

 若汝為玉者 纏於手上不相離 然汝乃空蟬 浮生欝瞻憂世人 不得纏手難相副

坂上大孃 0729

「玉(たま)ならば 手(て)にも卷(まか)むを」,若汝為玉石,即可纏於手上為腕飾,時時相依。

「空蟬(うつせみ)の」,世之枕詞。有浮身、憂世、空虛之意,亦與原文欝瞻相襯。

0730 【承前,第二。】

 將相夜者 何時將有乎 何如為常香 彼夕相而 事之繁裳

 逢(あ)はむ夜(よ)は 何時(いつ)も有(あ)らむを 何(なに)すとか 彼宵逢(そのよひあ)ひて 言繁(ことのしげ)きも

 將欲相逢者 夜夜皆得相會晤 然以何由乎 彼夕相逢渡宵後 浮名紛起人言繁

坂上大孃 0730

「何(なに)すとか」,本為詢問動機、目的之「其是為何?」疑問句,而其後接「繁(しげ)き」屬違例。


0731 【承前,第三。】

 吾名者毛 千名之五百名爾 雖立 君之名立者 惜社泣

 我(わ)が名(な)はも 千名(ちな)の五百名(いほな)に 立(た)ちぬとも 君(きみ)が名立(なた)たば 惜(を)しみこそ泣(な)け

 妾不顧己名 浮名千名五百名 雖立無所懼 然恐吾君損名譽 惜之傷懷淚泣下

坂上大孃 0731

「千名(ちな)の五百名(いほな)に」,の為同格連接詞,同類表現有「千秋之五百秋」等。即便流言飛語千千萬萬。

「立(た)ちぬとも」,其下省略代表放任之「よし」。

此曲相較於鏡王女93責問對方,甚有自我犧牲之精神

0732 又大伴宿禰家持和歌三首 【承前。】

 今時者四 名之惜雲 吾者無 妹丹因者 千遍立十方

 今(いま)しはし 名(な)の惜(を)しけくも 我(あれ)は無(な)し 妹(いも)に因(よ)りては 千度立(ちたびた)つとも

 事既至於今 名譽吾亦無所懼 浮名之疇者 溯源其若因妹起 縱令千度吾不惜

大伴家持 0732

「今(いま)しはし」與590「今(いま)しはと」同意現在已經。

「妹(いも)に因(よ)りては」,(縱然傳出流言,)若原因是由妳而起。

0733 【承前,第二。】

 空蟬乃 代也毛二行 何為跡鹿 妹爾不相而 吾獨將宿

 空蟬(うつせみ)の 世(よ)やも二行(ふたゆ)く 何(なに)すとか 妹(いも)に逢(あ)はずて 我(あ)が獨寢(ひとりね)む

 空蟬憂世間 浮生豈有二度者 奈何孰由兮 吾竟不得與妹逢 孤寢獨眠寂難耐

大伴家持 0733

「世(よ)やも二行(ふたゆ)く」,人生豈會有兩次。反語疑問。此「世(よ)」表人之壽命、一生。

「何(なに)すとか」,730之「何すとか」表疑問,本歌則為反語

0734 【承前,第三。】

 吾念 如此而不有者 玉二毛我 真毛妹之 手二所纏乎

 我(あ)が思(おも)ひ 如此(かく)して有(あ)らずは 玉(たま)にもが 允(まこと)も妹(いも)が 手(て)に卷(ま)かれなむ

 吾人亦有思 如此相離隔兩地 不若化玉朱 允妹所云纏手上 肌身不離常相伴

大伴家持 0734

「如此(かく)して有(あ)らずは」,「如此して」表現況如此艱辛,「有らずは」乃「還不如...」之意。

「玉(たま)にもが」,に乃斷定助動詞なり之連用形,もが表願望。

「允(まこと)」,真、誠、寔,此為同意、接受(允諾)他人所述之副詞用法。呼應前曲792。

0735 同坂上大孃贈家持歌一首 【承前。】

 春日山 霞多奈引 情具久 照月夜爾 獨鴨念

 春日山(かすがやま) 霞棚引(かすみたなび)き 心(こころ)ぐく 照(て)れる月夜(つくよ)に 一人(ひとり)かも寢(ね)む

 寧樂春日山 雲霞棚引遮頂上 心憂不解晴 朦朧髣髴月夜間 隻身孤寢度夜長

坂上大孃 0735

「心(こころ)ぐく」,「心ぐし」之連用形,心情鬱悶不得暢快。於此同時描述朧月夜夜景與對象之抑鬱之情。


0736 又家持和坂上大孃歌一首 【承前。】

 月夜爾波 門爾出立 夕占問 足卜乎曾為之 行乎欲焉

 月夜(つくよ)には 門(かど)に出立(いでた)ち 夕占問(ゆふけと)ひ 足占(あしうら)をそせし 行(ゆ)かまくを欲(ほ)り

 朧月夜之間 出立門外佇衢中 夕占問熒惑 更為足占探兇吉 因吾欲形與君會

大伴家持 0736

「門(かど)に出立(いでた)ち」,此「門(かど)」意指門前。該字非專指門戶,亦用於門前之道。

「夕占問(ゆふけと)ひ」,日暮之時,立於道衢,聞往來人語,以得神靈啟示之占法。古俗黃昏之時,熒惑將化幼童,稍來預言。

「足占(あしうら)」,設定標識,暗訟吉凶而踏足,依未知左右卜定吉凶之占法。以上,猶豫出行與伊人相會,於此之前藉占以斷當行與否,逢得與否。

0737 同大孃贈家持歌二首 【承前。】

 云云 人者雖云 若狹道乃 後鷸廓掘仝緻嗾鯰魴

 云云(かにかく)に 人(ひと)は言(い)ふとも 若狹道(わかさぢ)の 後鷸(のちせのやま)の 後(のち)も逢(あ)はむ君(きみ)

 人多口齢検♀眾紛紜傳蜚語 願於稍後日 若狹道上後鷸魁〜裹亰逢解思愁

坂上大孃 0737

「云云(かにかく)に」,如此如比,世人慮戦靆妓併之狀。

「後鷸(のちせのやま)」,藉同音引出後文今後相逢之語。

0738 【承前,第二。】

 世間之 苦物爾 有家良之 戀二不勝而 可死念者

 世中(よのなか)の 苦(くる)しき物(もの)に ありけらし 戀(こひ)に堪(あ)へずて 死(し)ぬべき思(おも)へば

 人云愛戀者 世間最苦物也矣 所言蓋灼然 吾今難堪慕戀苦 心念欲死以百了

坂上大孃 0738

「世中(よのなか)の 苦(くる)しき物(もの)に ありけらし」,「けらし」乃「けるらし」之略。文中省略戀字,云戀為世間苦痛之最。


0739 又家持和坂上大孃歌二首 【承前。】

 後湍山 後毛將相常 念社 可死物乎 至今日毛生有

 後鷸(のちせやま) 後(のち)も逢(あ)はむと 思(おも)へこそ 死(し)ぬべき物(もの)を 今日迄(けふまで)も生(い)けれ

 名猶後鷸魁仝稷澹綟能逢鵝\軌有此念 雖輒艱苦每欲死 仍耐延命今日

大伴家持 0739

「後鷸(のちせやま)」,此作「後」之枕詞之用。

「死(し)ぬべき物(もの)を」,今亦將死。(然欲相逢而克尋短之念。)

0740 【承前,第二。】

 事耳乎 後毛相跡 懃 吾乎令憑而 不相可聞

 言(こと)のみを 後(のち)も逢(あ)はむと 懃(ねもころ)に 我(あれ)を(たの)めて 逢(あ)はざらむかも

 若非巧語乎 花言其後將相逢 詞句雖懇切 令吾欲鰒畭狂譟〜浬不與相逢哉

大伴家持 0740

「言(こと)のみを」,其後蓋略「言ひて」云云。

「我(あれ)を(たの)めて」,讓我相信、依鮑仝澄ご盼相逢。

0741 更大伴宿禰家持贈坂上大孃歌十五首 【承前,十五第一。】

 夢之相者 苦有家里 覺而 搔探友 手二毛不所觸者

 夢(いめ)の逢(あ)ひは 苦(くる)しかりけり 驚(おどろ)きて 搔探(かきさぐ)れども 手(て)にも觸(ふ)れねば

 相會在夢中 雖晤寔苦不堪言 驚晤覺之後 攪手探之觸皆空 心中悵怏徒空悲

大伴家持 0741

「夢(いめ)の逢(あ)ひは」,夢中邂逅。

「驚(おどろ)きて 搔探(かきさぐ)れども」,自睡夢中驚覺,伸手探觸。張文成『遊仙窟』有「少時坐睡、則夢見十娘。驚覚攪之、忽然空手。【陸法言曰,攪,手取也。】心中悵怏、複何可論。」云云。http://blog.goo.ne.jp/taketorinooyaji/e/3c0774ab737b4a5af12f099908d8f43b

以下數曲,不乏用典『遊仙窟』之處。『遊仙窟』乃初唐武后時期之傳奇小說。文曰文成受遣黃河之源,乞仙窟為宿。受匿居仙窟之寡婦崔十娘及五嫂歡待,遂與十娘相交,翌日泣別。採四六駢麗體之雅俗折衷文。對話富知機而雅俗兼具,或云蓋影射紅燈巷中賣笑之女與問柳之客之應酬。該作於中國已然散佚,而日本則仍有醍醐寺本、真福寺本、金剛寺本等諸系統之寫本現存


0742 【承前,十五第二。】

 一重耳 妹之將結 帶乎尚 三重可結 吾身者成

 一重(ひとへ)のみ 妹(いも)が結(むす)ばむ 帶(おび)をすら 三重結(みへむす)ぶべく 我(あ)が身(み)は成(な)りぬ

 日日衣更遏)絨畄誦菘ㄧ重 吾結三重矣 別後焦戀苦相思 朝朝帶緩愈羸弱

大伴家持 0742

「一重(ひとへ)のみ 妹(いも)が結(むす)ばむ 帶(おび)をすら」,按高松塚古墳壁畫,可知當時無論男女,皆以一重帶結衣前。

三重結(みへむす)ぶべく」,憂困於戀,以致形瘦骨立之表現。『遊仙窟』文成與十娘別後,有「比目絶對、雙鳧失伴、日日衣遏朝朝帶緩。口上唇裂、胸間気満、涙臉千行、愁腸寸断。端坐垓廖⌒厳賣襟、千思競起、百慮交侵。獨顰眉而永結、空抱膝而長吟。望神仙兮不可見、普天地兮知余心、思神仙兮不可得、覚十娘兮断知聞、欲聞此兮腸亦亂、更見此兮悩余心。」之語。

類歌有3262、3273。

0743 【承前,十五第三。】

 吾戀者 千引乃石乎 七許 頸二將繫母 神之諸伏

 我(あ)が戀(こひ)は 千引石(ちびきのいし)を 七許(ななばか)り 首(くび)に掛(か)けむも 神(かみ)の隨(まにま)に

 吾戀荷重苦 其猶七許千引石 掛首縛此身 奈何戀苦致如此 蓋為天意隨神哉

大伴家持 0743

「千引石(ちびきのいし)を」,集千人力,方得曳之巨石。

「首(くび)に掛(か)けむも」,苦悶如千引石七許懸首之狀。

「神(かみ)の隨(まにま)に」,視為神意,唯有接納。原文「神之諸伏」難訓,此孤作隨神解。

0744 【承前,十五第四。】

 暮去者 屋戶開設而 吾將待 夢爾相見二 將來云比登乎

 夕去(ゆふさ)らば 屋戶開設(やどあけま)けて 我待(あれま)たむ 夢(いめ)に相見(あひみ)に 來(こ)むと言(い)ふ人(ひと)を

 時值夕暮者 開設屋戶敞前門 吾將待伊人 其言夢裏向渠邊 欲相晤逢在邯鄲

大伴家持 0744

「屋戶開設(やどあけま)けて」,「設(ま)けて」乃準備之意。『遊仙窟』雲雨之後,文成述:「今宵莫閉戸、夢裏向渠邊。」

類歌2912。

0745 【承前,十五第五。】

 朝夕二 將見時左倍也 吾妹之 雖見如不見 由戀四家武

 朝夕(あさよひ)に 見(み)む時(とき)さへや 我妹子(わぎもこ)が 見(み)とも見(み)ぬ如(ごと) 尚戀(なほこ)ひしけむ

 朝朝復夕夕 將見之時募依依 親親吾妹子 逢之相見如未晤 慕情不減更相思

大伴家持 0745

「朝夕(あさよひ)に 見(み)む時(とき)さへや」,就算(結婚而)朝朝夕夕相見

「尚戀(なほこ)ひしけむ」,此云縱然對象近在眼前,慕情不止,唯更益發。

0746 【承前,十五第六。】

 生有代爾 吾者未見 事絕而 如是可怜 縫流囊者

 生(い)ける世(よ)に 我(あれ)は未見(いまだみ)ず 言絕(ことた)えて 如是可怜(かくおもしろ)く 縫(ぬ)へる袋(ふくろ)は

 自有生以來 此世之中吾未見 言絕難名狀 如是可伶奪天工 巧縫袋囊猶此者

大伴家持 0746

「言絕(ことた)えて」,絕於言語,難以形容。

「如是可怜(かくおもしろ)く 縫(ぬ)へる袋(ふくろ)は」,其袋蓋大孃贈與家持之物。『蜻蛉日記』有「天地を袋に縫ひて幸を入れて持たれば思ふことなし」。


0747 【承前,十五第七。】

 吾妹兒之 形見乃服 下著而 直相左右者 吾將脫八方

 我妹子(わぎもこ)が 形見衣(かたみのころも) 下(した)に著(き)て 直(ただ)に逢(あ)ふ迄(まで)は 我脫(あれぬ)かめやも

 此乃吾妹子 所贈信物形見衣 吾著於裳下 迄至復見相逢日 豈卸緣物離肌身

大伴家持 0747

形見衣(かたみのころも)」,大孃餽贈以為信物,而加持身著不離之衣。

「下(した)に著(き)て」,觸於肌膚,亦不為外人所見。

「我脫(あれぬ)かめやも」,絕不褪下其衣。

0748 【承前,十五第八。】

 戀死六 其毛同曾 奈何為二 人目他言 辭痛吾將為

 戀死(こひし)なむ 其處(そこ)も同(おな)じそ 何為(なにせ)むに 人目人言ひ(とめひとごと) 言痛(こちた)み我(あれ)せむ

 戀死殉情者 其與苟活不相逢 實則無所別 奈何畏人目人言 痛於蜚辭不相見

大伴家持 0748

「戀死(こひし)なむ 其處(そこ)も同(おな)じそ」,戀死與避人目而不得相逢者,其痛楚相同。

「言痛(こちた)み我(あれ)せむ」,「言痛(こちた)み」乃「言痛(こちた)ち」之み語法。み語法加上す(せむ) 乃如此認為之意。


0749 【承前,十五第九。】

 夢二谷 所見者社有 如此許 不所見有者 戀而死跡香

 夢(いめ)にだに 見(み)えばこそ有(あ)れ 如此許(かくばか)り 見(み)えずし有(あ)るは 戀(こひ)て死(し)ねとか

 縱唯在夢中 若得相見情能緩 然以如此許 幽顯雙方不得逢 是欲令吾戀死歟

大伴家持 0749

「夢(いめ)にだに 見(み)えばこそ有(あ)れ」,「あれ」同「あらめ」,「こそ」於此接「あれ」而意為「あらめど」,「蓋是如此」之意。あり表現在憂愁之狀況持續而活著。

0750 【承前,十五第十。】

 念絕 和備西物尾 中中荷 奈何辛苦 相見始兼

 思絕(おもひた)え 侘(わび)にし物(もの)を 中中(なかなか)に 何(なに)か苦(くる)しく 相見始(あひみそ)めけむ

 念絕棄所望 思侘決意捨此情 中中不上下 奈何辛苦猶如此 再度相見復相逢

大伴家持 0796

「思絕(おもひた)え」,放棄與大孃結婚之想法。727題詞有「離絕數年」之語,其後家持與諸多女性有所往來,而終歸大孃身邊。

0751 【承前,十五十一。】

 相見而者 幾日毛不經乎 幾許久毛 久流比爾久流必 所念鴨

 相見(あひみ)ては 幾日(いくか)も經(へ)ぬを 幾許(ここだく)も 狂(くる)ひに狂(くる)ひ 思(おも)ほゆるかも

 自前相見起 未經幾日時未久 然吾心緒亂 幾許痴狂近毀滅 所念激情漲不衰

大伴家持 0751

「狂(くる)ひに狂(くる)ひ」,狂ひ乃為物憑依而失去平常心之狀態。此云為戀所苦,其心若狂。

0752 【承前,十五十二。】

 如是許 面影耳 所念者 何如將為 人目繁而

 如是許(かくばか)り 面影(おもかげ)のみに 思(おも)ほえば 何如(いか)にかもせむ 人目繁(ひとめしげ)くて

 慕戀如此許 處處見汝俤面影 觸景更生情 吾當何如癒此念 人目繁多不得會

大伴家持 0752

面影(おもかげ)のみに 思(おも)ほえば」,觸事皆以為伊人面影,更勾相思之情。「思(おも)ほえば」唯自今至未來之假定。


0753 【承前,十五十三。】

 相見者 須臾戀者 奈木六香登 雖念彌 戀益來

 相見(あひみ)てば 須臾(しまし)く戀(こひ)は 和(なぎ)むかと 思(おも)へど彌彌(いよよ) 戀(こひま)さりけり

 吾人有所思 以為若得相見者 戀慕相思情 或得須臾獲緩和 然僅痍彌相思

大伴家持 0753

相見(あひみ)てば」,假定條件語,て乃完了助動詞つ之未然形

「和(なぎ)むかと」,穩重和緩,上二段動詞

0754 【承前,十五十四。】

 夜之穗杼呂 吾出而來者 吾妹子之 念有四九四 面影二三湯

 夜(よ)の明(ほど)ろ 我(あ)が出(いで)て來(く)れば 我妹子(わぎもこ)が 思(おも)へりしくし 面影(おもかげ)に見(み)ゆ

 夜之將明時 吾將出歸別來時 親親吾妹子 念有戚戚蹙眉狀 面影見方寸中

大伴家持 0754

「夜(よ)の明(ほど)ろ」,將近黎明之時分。

「思(おも)へりしくし」,別離之際,大孃寂寞憂愁之面容。

0755 【承前,十五十五。】

 夜之穗杼呂 出都追來良久 遍多數 成者吾胸 截燒如

 夜(よ)の明(ほど)ろ 出(いで)つつ來(く)らく 度數多(たびまね)く 成(な)れば我(あ)が胸(むね) 截燒(きりや)く如(ごと)し

 夜之將明時 吾別來告出歸者 其度數愈繁 我胸方寸更熾痛 猶如千截復炙燒

大伴家持 0755

「出(いで)つつ來(く)らく」,つつ表持續反復。

「截燒(きりや)く如(ごと)し」,為刃物千切,業火熾燒之苦。『遊仙窟』文成見十娘阿娜之姿,心情紊亂,有「未曾飲炭、腹熱如焼、不憶呑刃、腸穿似割。」之詞。

0756 大伴田村家之大孃贈妹坂上大孃歌四首 【四首第一。】

 外居而 戀者苦 吾妹子乎 次相見六 事計為與

 外(よそ)に居(ゐ)て 戀(こ)ふれば苦(くる)し 我妹子(わぎもこ)を 繼(つ)ぎて相見(あひみ)む 事計(ことはか)りせよ

 遠居在外地 每為相思戀慕苦 艾也吾妹子 還請計事謀良方 如何繼續得相見

大伴田村大孃 0756

「外(よそ)に居(ゐ)て」。「外(よそ)」指自坂上大孃所居之坂上至己所居之田村。又暗喻為對方疏遠。

「繼(つ)ぎて相見(あひみ)む」,一直得以持續相見

0757 【承前,四首第二。】

 遠有者 和備而毛有乎 里近 有常聞乍 不見之為便奈沙

 遠(とほ)くあらば 侘(わび)ても有(あ)らむを 里近(さとちか)く 在(あり)と聞(き)きつつ 見(み)ぬが術無(すべな)さ

 若居遠處者 此心或得抿其情 然聞在近里 人處近鄰無計逢 寔誠艱辛難釋懷

大伴田村大孃 0757

「遠(とほ)くあらば 侘(わび)ても有(あ)らむを」,若位居遠處,或許能放棄。堪稱社會一般共通心理。

「里近(さとちか)く」,坂上、田村別在法華寺之北與南,寔相去不遠。

0758 【承前,四首第三。】

 白雲之 多奈引山之 高高二 吾念妹乎 將見因毛我母

 白雲(しらくも)の 棚引(たなび)く山(やま)の 高高(たかだか)に 我(あ)が思(おも)ふ妹(いも)を 見(み)む由(よし)もがも

 白雲棚引兮 足曳高山之所如 高高引領盼 吾所思妹汝命矣 可有逢由相見

大伴田村大孃 0758

「白雲(しらくも)の 棚引(たなび)く山(やま)の」,引出「高高(たかだか)」之序。

「高高(たかだか)」,期待家人歸還或伊人來訪,墊腳引領之狀。


0759 【承前,四首第四。】

 何 時爾加妹乎 牟具良布能 穢屋戶爾 入將座

 何(いかなら)む 時(とき)にか妹(いも)を 葎生(むぐらふ)の 污宿(きたなきやど)に 入坐(いりいま)せてむ

 久待光陰逝 何時方能迎吾妹 漫草葎生兮 穢屋污宿吾家中 引之入坐來居矣

大伴田村大孃 0759

 右,田村大孃、坂上大孃,並是右大辨大伴宿奈麻呂卿之女也。卿居田村里,號曰田村大孃。但妹坂上大孃者,母居坂上里,仍曰坂上大孃,于時,姊妹諮問,以歌贈答。

「葎生(むぐらふ)の」,雜草茂生之處,漢字或書蒰蔞(『新撰字鏡』)、蘩蔞(『本草和名』)。


0760 大伴坂上郎女竹田庄贈女子大孃歌二首

 打渡 竹田之原爾 鳴鶴之 間無時無 吾戀良久波

 打渡(うちわた)す 竹田原(たけたのはら)に 鳴鶴(なくたづ)の 間無(まな)く時無(ときな)し 我(あ)が戀(こ)ふらくは

 打渡望無際 橿原竹田之原間 鳴鶴之所如 毫無間歇無止時 我戀故里慕家人

坂上郎女 0760

「打渡(うちわた)す」,遙望之狀。『古今集』1007有類例。

「鳴鶴(なくたづ)の」,以上乃引出「間無(まな)く時無(ときな)し」之序。

「間無(まな)く時無(ときな)し」,毫無停歇之時。

0761 【承前,第二。】

 早河之 湍爾居鳥之 緣乎奈彌 念而有師 吾兒羽裳可怜

 早川(はやかは)の (せ)に居鳥(ゐるとり)の 緣(よし)を無(な)み 思(おも)ひて有(あ)りし 我(あ)が子(こ)はも憐(あは)れ

 早川急流之 河鶺鐵伺圭蠻 〔緣無可恃 其心忐忑念不安 吾兒可怜甚憐矣

坂上郎女 0761

早川(はやかは)の (せ)に居鳥(ゐるとり)の」,藉由居於急流之中小不安之景,引出其兒忐忑心狀之序。

「緣(よし)を無(な)み」,無可依靠、託付之事物。

0762 紀女郎贈大伴宿禰家持歌二首 【女郎名曰小鹿也。】

 神左夫跡 不欲者不有 八多也八多 如是為而後二 佐夫之家牟可聞

 神(かむ)さぶと 否(いな)には非(あら)ず 為當(はた)や為當(はた) 如是(かく)して後(のち)に 寂(さぶ)しけむ哉(かも)

 雖云不欲者 其非徹悟而拒矣 為當也為當 時恐如是允之後 一旦君離我寂哉

女郎 0762

「神(かむ)さぶと 否(いな)には非(あら)ず」,「神さぶ」本為如神之行狀,此為年老而達到悟道之境,不再對兒女情長有感之意。此云非因不顧娑婆而拒絕對方。

「如是(かく)して後(のち)に 寂(さぶ)しけむ哉(かも)」,此云與家持之戀愛關係。擔心將來家持離己而去。

0763 【承前,第二。】

 玉緒乎 沫緒二搓而 結有者 在手後二毛 不相在目八方

 玉緒(たまのを)を 沫緒(あわを)に搓(よ)りて 結(むす)べらば 在(あり)て後(のち)にも 逢(あ)はざらめやも

 魂絲玉緒矣 搓為沫緒編韌繩 如此固結而 其後雖遇未料事 蓋有不逢之緣乎

女郎 0763

「沫緒(あわを)」,蓋為編織之法。相較於易斷之片緒,沫緒乃較為堅韌之編法。

伊勢物語』有「玉の緒をあわをによりて結べれば絶えての後もあはむとぞ思ふ」云云。

0764 大伴宿禰家持和歌一首 【承前。】

 百年爾 老舌出而 與余牟友 吾者不猒 戀者益友

 百歲(ももとせ)に 老舌出(おいしたいで)て よよむとも 我(あれ)は厭(いと)はじ 戀(こひ)は(ま)すとも

 縱汝年百歲 齒落口緩老舌出 步履闌珊者 吾不厭之仍愛戀 慕情唯疚ち集

大伴家持 0764

「百歲(ももとせ)に 老舌出(おいしたいで)て」,主語為紀女郎中華思想以為,百歲為人類壽命之限。年老則齒脫頷緩,易見老舌。

「よよむとも」,體力衰弱,步行不便之狀。

「厭(いと)はじ」,不厭。厭(いと)ふ乃嫌惡某事物而背向之狀。


0765 在久邇(恭仁)京,思留寧樂宅坂上大孃,大伴宿禰家持作歌一首

 一隔山 重成物乎 月夜好見 門爾出立 妹可將待

 一重山(ひとへやま) 隔(へな)れる物(もの)を 月夜良(つくよよ)み 門(かど)に出立(いでた)ち 妹(いも)か待(ま)つらむ

 兩京去不遠 唯隔奈良一重山 月夜照六合 吾妹蓋出立門前 待吾歸兮守空宅

大伴家持 0765

「久邇(恭仁)京」,天平十二年藤原廣嗣責難時事,贈請除妖僧玄掘吉備真備等君側之奸。聖武帝指其朝敵,任大野東人為大將軍,討伐誅殺廣嗣。而天皇未聞復命,即離平城,經伊賀伊勢美濃近江等地,定都山背國相樂郡三香原,是為恭仁京。家持時任內捨人,留妻平城而隻身赴任恭仁。

「一重山(ひとへやま) 隔(へな)れる物(もの)を」,平城、恭仁二京,相去十公里,其間只隔奈良山。

「月夜良(つくよよ)み」,家持想像其妻見月色則度夫君或藉月光來訪,故出門以待之狀。\

0766 藤原郎女聞之,即和歌一首 【承前。】

 路遠 不來常波知有 物可良爾 然曾將待 君之目乎保利

 道遠(みちとほ)み 來(こ)じとは知(し)れる 物(もの)からに 然(しか)そ待(ま)つらむ 君(きみ)が目(め)を欲(ほ)り

 路遙道遠矣 心中蓋知君不來 然亦久待哉 雖知道理情難耐 只欲一逢與君會

藤原郎女 0766

「物(もの)からに」,逆接接續助詞

「然(しか)そ待(ま)つらむ」,與前曲{門(かど)に出立(いでた)ち」呼應。

「君(きみ)が目(め)を欲(ほ)り」,欲見一面。

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2016-05-28-土

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万葉集試訳

0703 巫部麻蘇娘子歌二首

 吾背子乎 相見之其日 至于今日 吾衣手者 乾時毛奈志

 我(わ)が背子(せこ)を 相見(あひみ)し其日(そのひ) 今日迄(けふまで)に 我(わ)が衣手(ころもで)は 乾(ふ)る時(とき)も無(な)し

 自與吾兄子 昔日相見別以來 至於今日者 吾之衣袖未嘗乾 日夜相繼淚洗面

巫部麻蘇娘子 0703

相見(あひみ)し其日(そのひ)」,自前次相會以來。「其日」以下若補「より」則更易理解

「乾(ふ)る時(とき)も無(な)し」,「乾(ふ)る」乃「乾(ひ)る」之古形上二段ふ之連體形。

以下由女子贈歌,而未署對象者,蓋為贈家持之曲乎。


0704 【承前,第二。】

 栲繩之 永命乎 欲苦波 不絕而人乎 欲見社

 栲繩(たくなは)の 長命(ながきいのち)を 欲(ほ)しけくは 絕(た)えずて人(ひと)を 見(み)まく欲(ほ)りこそ

 冀得如栲繩 祈神求命長壽者 所願自無他 只希不絕會汝命 長相廝守至石爛

巫部麻蘇娘子 0704

「栲繩(たくなは)の」,「長」之枕詞。栲乃由桑科植物所提取之纖維。

「欲(ほ)しけくは」,「欲しけく」乃「欲し」之く語法。

0705 大伴宿禰家持贈童女歌一首

 葉根蘰 今為妹乎 夢見而 情內二 戀渡鴨

 葉根蘰(はねかづら) 今(いま)する妹(いも)を 夢(いめ)に見(み)て 心內(こころのうち)に 戀渡(こひわた)る哉(かも)

 夢中見吾妹 睹汝織結花草而 以為葉根蘰 蓋汝深懷方寸中 戀渡思慕之所致

大伴家持 0705

「童女」,未成年女子女子成人,束髮結髻。

「葉根蘰(はねかづら)」,蘰乃以蔓性植物編織而成之髮飾。

「夢(いめ)に見(み)て」,古俗思念他人,則將出線於該人夢中。故此云夢中見得童女,蓋是童女思念己身所致。

0706 童女來報歌一首 【承前。】

 葉根蘰 今為妹者 無四呼 何妹其 幾許戀多類

 葉根蘰(はねかづら) 今(いま)する妹(いも)は 無(な)かりしを 何(いづ)れの妹(いも)そ 幾許戀(ここだこ)ひたる

 編織結花草 以為葉根蘰之女 吾所不識矣 其是何處娘子者 念汝煩戀幾許乎

童女 0706

「何(いづ)れの妹(いも)そ 幾許戀(ここだこ)ひたる」,此應答前曲,云己身並未思念家持,其夢中所見,蓋為別人。婉拒之戲言。


0707 粟田女娘子贈大伴宿禰家持歌二首

 思遣 為便乃不知者 片垸之 底曾吾者 戀成爾家類 【注土垸之中。】

 思遣(おもひや)る 術(すべ)の知(し)らねば 片垸(かたもひ)の 底(そこ)にそ我(あれ)は 戀成(こひな)りにける 【土垸中(かたもひのなか)に注(しる)せり。】

 欲解相思愁 然卻無奈不知方 片垸單相思 吾居其底沉其中 唯陷戀慕徒傷感 【記於土垸之中。】

巫部麻蘇娘子 0707

「思遣(おもひや)る」,一解心中憂苦。此云分散戀心。

「術(すべ)の知(し)らねば」,の字為對象語格。

「片垸(かたもひ)の」,僅有單口之土師器。(陶瓷類土器)「かた」乃杯、碗之疇,「もひ」則為收容飲料水之較深之土器。而「かたもひ」與單戀(片思)雙關。

「戀成(こひな)りにける」,產生重症之戀情。

0708 【承前,第二。】

 復毛將相 因毛有奴可 白細之 我衣手二 齋留目六

 復(また)も逢(あ)はむ 因(よし)も有(あ)らぬか 白栲(しろたへ)の 我(わ)が衣手(ころもで)に 齋留(いはひとど)めむ

 今日一旦別 其後無由重逢哉 故以白栲兮 吾之衣袖慰君心 齋留願更滯稍時

粟田女娘子 0708

「因(よし)も有(あ)らぬか」,ぬか表希求

「齋留(いはひとど)めむ」,齋戒清潔以慰留對方。齋字有將對象神聖視之意涵。

0709 豐前國娘子宅女歌一首 【未審姓氏。】

 夕闇者 路多豆多頭四 待月而 行吾背子 其間爾母將見

 夕闇(ゆふやみ)は 道辿辿(みちたづたづ)し 月待(つきま)ちて 行(い)ませ我(わ)が背子(せこ) 其間(そのま)にも見(み)む

 夕闇宵曚者 行路辿辿渺難探 還願待月昇 照臨歸途後啟行 其間欲詳觀兄子

豐前國娘子宅女 0708

「夕闇(ゆふやみ)は」,日沒後月出前之陰暗時分。

「辿辿(たづたづ)し」,按『日葡辭書』,「徘徊探詢,不識路而行之狀。」

「其間(そのま)にも見(み)む」,此云至少在月出之前可伴於身邊。

0710 安都扉娘子歌一首

 三空去 月之光二 直一目 相三師人之 夢西所見

 御空行(みそらゆ)く 月光(つきのひかり)に 唯一目(ただひとめ) 相見(あひみ)し人(ひと)の 夢(いめ)にし見(み)ゆる

 太陰渡虛空 鯣月光唯一目 相見之人矣 雖僅瞥見不久長 卻復相逢在夢中

安都扉娘子 0710

「御空行(みそらゆ)く」,月之慣用修飾語

相見(あひみ)し人(ひと)の 夢(いめ)にし見(み)ゆる」,連體中止形。

0711 丹波大女娘子歌三首

 鴨鳥之 遊此池爾 木葉落而 浮心 吾不念國

 鴨鳥(かもどり)の 遊(あそ)ぶ此池(このいけ)に 木葉落(このはお)ちて 浮(う)きたる心(こころ) 我(あ)が思(おも)は無(な)くに

 鴨鳥甚逍遙 遊樂游行此池間 木葉零落而 漂盪池上浮心者 如此率情吾不具

丹波大女娘子 0711

「鴨鳥(かもどり)の 遊(あそ)ぶ此池(このいけ)に」,此蓋描述眼前景色。「遊ぶ」乃將身心解放日常生活,而熱中於某事。上代語中並無後事般施行所好以消磨時間用法。而文述鴨鳥平心遊戲者,遊字似乎過重。此「遊」或許通「游」字。

「木葉落(このはお)ちて」,以上乃引出「浮(う)きた」之序。

「浮(う)きたる心(こころ)」,浮氣、出軌之心。水面浮葉漂無定所,不安於一處,指人心易變。


0712 【承前,第二。】

 味酒呼 三輪之祝我 忌杉 手觸之罪歟 君二遇難寸

 味酒(うまさけ)を 三輪祝(みわのはふり)が 齋杉(いはふすぎ) 手觸(てふ)れし罪(つみ)か 君(きみ)に逢難(あひがた)き

 美酒彌醇矣 御諸三輪社祝所 齋稜神山矣 蓋吾輙手觸罪乎 萬般難一與君會

丹波大女娘子 0712

「味酒(うまさけ)を」,三輪枕詞。早期僅四音之「味酒(うまさけ)」於後世演化為五音之「味酒(うまさけ)を」或「味酒(うまさけ)の」。

三輪祝(みわのはふり)が」,三輪意指大神神社,祝乃地位禰宜低之下級神官

「齋杉(いはふすぎ)」,遠離穢污,神聖而善待之杉。三輪之神杉被作為神之憑座而備受尊崇。

「手觸(てふ)れし罪(つみ)か」,此罪乃罰之意。

0713 【承前,第三。】

 垣穗成 人辭聞而 吾背子之 情多由多比 不合頃者

 垣穗成(かきほな)す 人言聞(ひとごとき)きて 我(わ)が背子(せこ)が 心搖盪(こころたゆた)ひ 逢(あ)はぬ此頃(このころ)

 人多成垣穗 慮千語君聞哉 親愛吾兄子 汝蓋聞讒心搖盪 故此頃不與吾逢

丹波大女娘子 0713

「垣穗成(かきほな)す」,「垣穗(かきほ)」即牆垣,「穗(ほ)」為表高聳之接尾詞。此比喻遭多人圍繞講述謠言之狀。

「心搖盪(こころたゆた)ひ」,內心動搖。

0714 大伴宿禰家持贈娘子歌七首 【七首第一。】

 情爾者 思渡跡 緣乎無三 外耳為而 嘆曾吾為

 心(こころ)には 思渡(おもひわた)れど 緣(よし)を無(な)み 外(よそ)のみにして 嘆(なげ)きそ我(あ)がする

 心中雖掛念 朝思暮想戀伊人 然以無緣份 相隔千里不相會 唯有嘆息吾是矣

大伴家持 0714

「緣(よし)を無(な)み」,「緣(よし)」乃機會、緣分、理由

「外(よそ)のみにして」,「外(よそ)」或作餘所,遠處。

0715 【承前,七首第二。】

 千鳥鳴 佐保乃河門之 清鷂叩’和馬詑浸廖_浸將通

 千鳥鳴(ちどりな)く 佐保川門(さほのかはと)の 清(きよきせ)を 馬打渡(うまうちわた)し 何時(いつ)か通(かよ)はむ

 千鳥爭鳴啼 佐保之河川門間 清麪慘矣 吾乘駿馬渡河門 何時能通至君許

大伴家持 0715

千鳥鳴(ちどりな)く」,「佐保川」之慣用修飾語

「馬打渡(うまうちわた)し」,此打字非接頭語,有鞭打駿馬催馳之意。

「何時(いつ)か通(かよ)はむ」,「何時(いつ)...はむ」有期待及早之意。一心欲語娘子相見表現



0716 【承前,七首第三。】

 夜晝 云別不知 吾戀 情盖 夢所見寸八

 夜晝(よるひる)と 云別知(いふわきし)らず 我(あ)が戀(こ)ふる 心(こころ)は蓋(けだ)し 夢(いめ)に見(み)えきや

 慕情無所抑 不捨晝夜無歇時 吾戀切如此 我心蓋已脫竅去 可曾現於汝夢中

大伴家持 0716

「夜晝(よるひる)と 云別知(いふわきし)らず」,「別(わ)き」乃區別之意。分別(わく)之名詞形。

「蓋(けだ)し」,應當、或許。

「夢(いめ)に見(み)えきや」,詢問對方使否於夢中見到自身。古俗思念甚深,則將現於對方夢中。


0717 【承前,七首第四。】

 都禮毛無 將有人乎 獨念爾 吾念者 憾毛安流香

 由緣(つれ)も無(な)く 有(あ)るらむ人(ひと)を 片思(かたもひ)に 我(あれ)は思(おも)へば 苦(くる)しくも有(あ)るか

 薄情復寡義 其人冷徹不留情 吾單戀彼人 如此思慕無所驗 苦痛憾愁誠難耐

大伴家持 0717

「由緣(つれ)も無(な)く」,無情、事不關己。

「苦(くる)しくも有(あ)るか」,苦字原文作憾。或本云惑者,訛乎。「か」乃詠嘆。

0718 【承前,七首第五。】

 不念爾 妹之咲儛乎 夢見而 心中二 燎管曾呼留

 思(おも)はぬに 妹(いも)が笑(ゑま)ひを 夢(いめ)に見(み)て 心中(こころのうち)に 燃(も)えつつそ居(を)る

 不意望外而 夢中見汝妹咲顏 一笑百媚生 吾人方寸思火燎 此情更盛滿心頭

大伴家持 0718

「思(おも)はぬに」,連續至「夢(いめ)に見(み)て」,不料在夢中見得伊人微笑。

「燃(も)えつつそ居(を)る」,慕情熾熱如火,悶然心頭


0719 【承前,七首第六。】

 大夫跡 念流吾乎 如此許 三禮二見津禮 片念男責

 大夫(ますらを)と 思(おも)へる我(あれ)や 如此許(かくばか)り 窶(みつ)れに窶(みつ)れ 片思(かたもひ)をせむ

 自詡大丈夫 以為剛健益荒男 然竟如此許 憔悴窶兮復骨立 憂苦單戀至此般

大伴家持 0719

大夫(ますらを)と 思(おも)へる我(あれ)や」,相聞歌中以大夫(ますらを)稱呼自身者,多有自嘲愧對大丈夫之名。

「窶(みつ)れ」,疲憊之意。

「片思(かたもひ)をせむ」,「をせむ」原文「男責」有借訓之用,雙關自責身為男性卻落於單戀。

0720 【承前,七首第七。】

 村肝之 情摧而 如此許 余戀良苦乎 不知香安類良武

 群肝(むらきも)の 心碎(こころくだ)けて 如此許(かくばか)り 我(あ)が戀(こ)ふらくを 知(し)らずかあるらむ

 群肝肺腑之 吾心苦痛碎萬片 情摧如此許 吾戀難抑將毀滅 汝蓋不知我心焦

大伴家持 0720

「群肝(むらきも)の」,心之枕詞

「心碎(こころくだ)けて」,情懷如心碎般激烈。『遊仙窟』有「心肝恰欲摧」云云。

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2016-05-24-火

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補給物資

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万葉集試訳

0690 大伴宿禰三依悲別歌一首

 照日乎 闇爾見成而 哭淚 衣沾津 干人無二

 照日(てらすひ)を 闇(やみ)に見作(みな)して 泣淚(なくなみだ) 衣濡(ころもぬ)らしつ 乾(ほ)す人無(ひとな)しに

 光天赫照日 見作黯闇眼迷離 泣淚翳視線 濡衣漬袖霑襟濕 無人來為吾乾之

大伴家持 0690

「大伴宿禰三依悲別」,對象依時期或為賀茂女王,或為坂上郎女。未詳。

「乾(ほ)す人無(ひとな)しに」,此語意識對象女性而為言。對對方不理解己身悲哀而無所體恤者之怨嘆。


0691 大伴宿禰家持贈娘子歌二首

 百礒城之 大宮人者 雖多有 情爾乘而 所念妹

 百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)は 多(おほ)かれど 心(こころ)に乘(の)りて 思(おも)ほゆる妹(いも)

 百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 其數雖多在 能乘吾情懸吾心 唯有朝暮所念妹

大伴家持 0691

萬葉集』中以娘子代稱者往往為地位卑下女性。其後大伴家持於700, 714, 783, 1596亦有贈娘子歌,未詳對象是否為同一人物。

「百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)は」,「百敷」乃「大宮人」之枕詞大宮人在此指女官

此云宮中女官雖多,能令作者魂牽夢縈者為妹君而已。

0692 【承前,第二。】

 得羽重無 妹二毛有鴨 如此許 人情乎 令盡念者

 表邊無(うはへな)き 妹(いも)にも有(あ)るかも 如此許(かくばか)り 人心(ひとのこころ)を 盡(つ)くさく思(おも)へば

 顧見此世中 可有薄情猶汝者 翻弄如此許 帷幄人情鼓掌間 令吾赤心碎散盡

大伴家持 0692

「表邊無(うはへな)き」,連表面上的情義亦不施捨。

「人心(ひとのこころ)を 盡(つ)くさく思(おも)へば」,此人指大伴家持,盡心指心靈消磨殆盡。

0693 大伴宿禰千室歌一首 【未詳。】

 如此耳 戀哉將度 秋津野爾 多奈引雲能 過跡者無二

 如此(かく)のみし 戀(こひ)や渡(わた)らむ 秋津野(あきづの)に 棚引(たなび)く雲(くも)の 過(す)ぐとは無(な)しに

 吾情將何如 蓋仍長戀如此爾 不若秋津野 棚引浮雲過無痕 吾心戀慕誠難忘

大伴千室 0693

「大伴千室」,左兵尉督。傳未詳。4298亦註古今未詳。

「戀(こひ)や渡(わた)らむ」,詠嘆疑問。

「棚引(たなび)く」,引出「過(す)ぐ」之序。類例有『萬葉集』242,比喻將消去之事物

「過(す)ぐとは無(な)しに」,「過ぐ」表忘懷。

0694 廣河女王歌二首 【穗積皇子之孫女,上道王之女也。】

 戀草呼 力車二 七車 積而戀良苦 吾心柄

 戀草(こひぐさ)を 力車(ちからくるま)に 七車(ななくるま) 積(つ)みて戀(こ)ふらく 我(わ)が心(こころ)から

 戀草除不盡 積於力車滿七車 繁茂盛如此 吾戀猶彼荷雖重 然寔由衷甘如飴

廣河女王 0694

「戀草(こひぐさ)」,以草滋長茂盛之狀,比喻除之不盡,更生繁茂之慕情

「力車(ちからくるま)」,大型貨車。『色葉和難集』云:「力車者,積重物之車也。」

「七車(ななくるま)」,七乃表多數之虛詞。

「我(わ)が心(こころ)から」,發自內心,非因外在要素所為


0695 【承前,第二。】

 戀者今葉 不有常吾羽 念乎 何處戀其 附見繫有

 戀(こひ)は今(いま)は 有(あ)らじと我(あれ)は 思(おも)へるを 何處(いづく)の戀(こひ)そ 攫繫(つかみか)かれる

 吾思己斷情 今後不復受戀苦 雖念作如此 戀矣藏身匿何處 攫繫吾身弄吾情

廣河女王 0695

「戀(こひ)は今(いま)は 有(あ)らじ」,將戀情擬人化。不欲再見戀情,欲與戀情絕交。

「攫繫(つかみか)かれる」,『新撰字鏡』云:「抄,強取物。つかむ也。」

此歌或摹寫其祖父穗積皇子所作萬葉集』3816曲。

0696 石川朝臣廣成歌一首 【後賜姓高圓朝臣氏也。】

 家人爾 戀過目八方 川津鳴 泉之里爾 年之歷去者

 家人(いへびと)に 戀過(こひす)ぎめやも 蛙鳴(かはづな)く 泉里(いづみのさと)に 年經(としのへ)ぬれ

 心慕居家妻 常念彼身豈輒忘 川津蛙鳴兮 寂侘泉里故鄉間 日經月累年歷去

石川廣成 0696

家人(いへびと)に 戀過(こひす)ぎめやも」,此云豈將淡忘對家中妻子之思慕。

「蛙鳴(かはづな)く」,「泉里(いづみのさと)」之慣用修飾語

本歌蓋天平十二年久邇京遷都後於所作。同作者之1600、1601乃天平十五年所作。然本卷久邇京遷都後作歌多列於接近卷末之765以降。作者或於元明朝即因公務而暫居三香離宮乎。

0697 大伴宿禰像見歌三首

 吾聞爾 繫莫言 苅薦之 亂而念 君之直香曾

 我(わ)が聞(き)きに 懸(か)けて莫言(ない)ひそ 刈薦(かりこも)の 亂(みだ)れて思(おも)ふ 君(きみ)が直香(ただか)そ

 切莫輕言而 令吾耳聞觸吾情 苅薦紊亂兮 方寸戀慕情意亂 所念在君直香矣

大伴像見 0697

「我(わ)が聞(き)きに 懸(か)けて莫言(ない)ひそ」,「聞(き)き」於此有「欲聞」之意。「懸(か)けて」則含有「關連」之意。作者沉思之際,周遭論及其思慕之人,不覺豎耳竊聽,而對話內容卻非好意,遂有所不滿。故希望他人道人長短,莫入己耳。

「刈薦(かりこも)の」,「亂(みだ)れ」之枕詞

「君(きみ)が直香(ただか)」,原意乃「該人固有之香味」,轉作「該人」之用。「君」字用於敬畏之女性



0698 【承前,第二。】

 春日野爾 朝居雲之 敷布二 吾者戀益 月二日二異二

 春日野(かすがの)に 朝居(あさゐ)る雲(くも)の 頻頻(しくしく)に 我(あ)は戀(こひま)さる 月(つき)に日(ひ)に異(け)に

 奈良春日野 朝晨居雲之所如 頻頻續綿延 吾之戀倦情更募 日新月異與時

大伴像見 0698

「春日野(かすがの)に 朝居(あさゐ)る雲(くも)の」,引出下句「頻頻(しくしく)に」之序。描述雲群層聚高掛天上之狀。

「頻頻(しくしく)に」,頻繁「頻(しき)り」之意。


0699 【承前,第三。】

 一麁麈函\虔彎穃蛭罅\多綰掘仝緻嗾鯀蝓〆爾不有十方

 一(ひとせ)には 千度障(ちたびさは)らひ 行水(ゆくみづ)の 後(のち)にも逢(あ)はむ 今(いま)に非(あら)ずとも

 一鷯秬蘚戞∴瀏娘阻仍不止 逝水之所如 縱令今日不得晤 其末後日必相逢

大伴像見 0699

「一(ひとせ)には 千度障(ちたびさは)らひ 行水(ゆくみづ)の」,引出「後に逢ふ」之序。雖然現在受阻不得相逢,有朝一日必能再會。或與崇院「鵑鯀瓩漾ヾ笋忘匹るる 瀧川の 割れても末に 合はむとぞ思ふ」相類。http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/100/100_02.htm#077

「後(のち)にも逢(あ)はむ」,「も」自於此非並列,乃「至少」之意,後句「今(いま)に非(あら)ずとも」為其補足。


0700 大伴宿禰家持到娘子之門作歌一首

 如此為而哉 猶八將退 不近 道之間乎 煩參來而

 如此(かく)して哉(や) 猶(なほ)や退(まか)らむ 近(ちか)からぬ 道間(みちのあひだ)を 泥(なづ)み參來(まゐき)て

 如此為而哉 猶卻退兮拒門外 道程非近鄰 翻山越嶺涉險來 徒苦足勞不得會

大伴家持 0700

「猶(なほ)や退(まか)らむ」詠嘆疑問。「退(まか)る」乃「參(まゐ)る」之反意詞,自貴人之處退下、離去。

「泥(なづ)み參來(まゐき)て」,此云自身不辭路遠涉途而來,難到要被請回。


0701 河內百枝娘子贈大伴宿禰家持歌二首

 波都波都爾 人乎相見而 何將有 何日二箇 又外二將見

 端端(はつはつ)に 人(ひと)を相見(あひみ)て 如何(いか)に有(あ)らむ 何日(いづれのひ)にか 又外(またよそ)に見(み)む

 端端稍瞥見 今與伊人稍相會 今後將何如 更歷年月致何日 方得遠目再一見

河內百枝娘子 0701

「河內百枝娘子」,河內蓋為氏名。亦或為地名

「端端(はつはつ)に」,稍為。

「人(ひと)を相見(あひみ)て」,此人指家持。

0702 【承前,第二。】

 夜干玉之 其夜乃月夜 至于今日 吾者不忘 無間思念

 烏玉(ぬばたま)の 其夜月夜(そのよのつくよ) 今日迄(けふまで)に 我(あれ)は忘(わす)れず 間無(まな)くし思(おも)へば

 漆遽╋妄臓‖玉觀醋訖執鏐 至今仍銘心 憶慕當宵未嘗忘 以吾無間思念

河內百枝娘子 0702

「其夜月夜(そのよのつくよ)」,「其(その)」為遠稱用法,指前曲「端端に 人を相見て」之夜。「月夜」指月本身而言。

Y.U.Y.U. 2016/07/14 12:36 子安さんの『漢字論』を買ったんですか?
もし読み終わったら是非ご感想を教えてください。

kuonkizunakuonkizuna 2016/07/15 07:38 お疲れ様です。
残念ながらまだ見る余裕がありませんね...とほほ

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2016-05-21-土

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万葉集試訳

0662 市原王歌一首

 網兒之山 五百重隱有 佐堤乃埼 左手繩師子之 夢二四所見

 網兒山(あごのやま) 五百重隱(いほへかく)せる 佐堤崎(さてのさき) さて延(は)へし兒(こ)が 夢(いめ)にし見(み)ゆる

 英虞網兒山 青垣隱兮五百重 坂手佐堤崎 如是繫心牽魂兒 夜夜縈夢現邯鄲

市原王 0662

「網兒山(あごのやま)」,今三重志摩郡阿兒(あご)町英虞(あご)之山。然英虞灣周邊並吾高山,或為同町鵜方以西之垰魁

「佐堤崎(さてのさき)」,蓋為鳥羽港內坂手島。「五百重隱せる 佐堤崎」乃以同音引出下文「さて」之序。

「さて延(は)へし」,「さて」有「因如此之故」之意。然相較於「しか、かく、かくて」等,上代語缺乏「さ、さて」之例,故存疑。「延へ」乃長延之意,表作者心繫伊人。

「夢(いめ)にし見(み)ゆる」,古俗以為對方思慕己身,則將現於自身夢中。然亦有日所思夜所夢之說。

0663 安都宿禰年足歌一首

 佐穗度 吾家之上二 鳴鳥之 音夏可思吉 愛妻之兒

 佐保渡(さほわた)り 我家(わぎへ)の上(うへ)に 鳴鳥(なくとり)の 聲懷(こゑなつ)かしき 愛(は)しき妻子(つまのこ)

 飛渡越佐保 翱翔太虛吾家上 鳴鳥之所如 其音婉囀令人懷 親親摯愛吾妻

安都年足 0663

「佐保渡(さほわた)り」,飛越佐保上空。

「鳴鳥(なくとり)の」,以上乃藉比喻起出「聲懷かしき」之序。

「聲懷(こゑなつ)かしき」,其聲甚有魅力。「懷(なつ)かし」表心靈為其牽引,繞樑難絕。

「愛(は)しき妻子(つまのこ)」,「妻子(つまのこ)」之の字乃同位表現

0664 大伴宿禰像見歌一首

 石上 零十方雨二 將關哉 妹似相武登 言義之鬼尾

 石上(いそのかみ) 降(ふ)るとも雨(あめ)に 障(つつ)まめや 妹(いも)に逢(あは)むと 言(い)ひてし物(もの)を

 石上振布留 大雨雖零豈為障 不畏天降雨 吾已約束與妹逢 信言既出不反爾

大伴像見 0664

石上(いそのかみ)」,以「石上・布留(ふる)」而為「降(ふ)る」之枕詞

「障(つつ)まめや」,停滯、關閉之意。止步不前。


0665 安倍朝臣蟲麻呂歌一首

 向座而 雖見不飽 吾妹子二 立離徃六 田付不知毛

 向居(むかひゐ)て 見(み)れども飽(あ)かぬ 我妹子(わぎもこ)に 立離行(たちはなれい)かむ 方法知(たづきし)らずも

 向居坐對面 百般相看兩不厭 親親吾妹子 今與汝別去他方 無計可施徒無奈

安倍蟲麻呂 0665

「我妹子(わぎもこ)に 立離行(たちはなれい)かむ」,此「に」字,作「を」格較常見。

方法(たづき)」,或書「活計」、「方便」等,有「線索」、「解法」等意。此曲詠離別之哀與無措之愁。

0666 大伴坂上郎女歌二首 【承前。】

 不相見者 幾久毛 不有國 幾許吾者 戀乍裳荒鹿

 相見(あひみ)ぬは 幾久(いくびさ)さにも 有(あ)ら無(な)くに 幾許(ここだ)く我(あれ)は 戀(こ)ひつつもあるか

 離別不相見 未經幾時日未久 然吾甚眷戀 慕情依依幾許長 猶似累月又經年

坂上郎女 0666

「幾久(いくびさ)さにも 有(あ)ら無(な)くに」,相去未久。『新譯法華經』訓「久如」作「いくびさ、ありてか。」

「戀(こ)ひつつもあるか」,文末「か」表詠嘆。

0667 【承前,第二。】

 戀戀而 相有物乎 月四有者 夜波隱良武 須臾羽蟻待

 戀戀(こひこ)ひて 逢(あ)ひたる物(もの)を 月(つき)し有(あ)れば 夜(よ)は隱(こも)るらむ 須臾(しまし)はあり待(ま)て

 戀戀長相思 曠日苦待終相逢 明月掛天中 今離天明有時辰 還願相伴待須臾

坂上郎女 0667

 右,大伴坂上郎女之母石川內命婦與安陪朝臣蟲滿之母安曇外命婦,同居姊妹,同氣之親焉,緣此郎女蟲滿相見不疏,相談既密。聊作戲歌,以為問答也。

「逢(あ)ひたる物(もの)を」,此云曠別已久,終得相逢,其下隱含「何欲速歸」之語。

「月(つき)し有(あ)れば 夜(よ)は隱(こも)るらむ」,此云明月仍高掛天空,離月沉日明尚有時許。

「須臾(しまし)はあり待(ま)て」,「あり」表狀態持續,期望伊人相伴至天明

「同氣之親」,『千字文』有「同氣連枝」云云。『色葉字類抄』云:「同氣,兄弟名。」

按佐注,文言雖述相愛贈答,實則表姊妹間擬情戲作之曲。

0668 厚見王歌一首

 朝爾日爾 色付山乃 白雲之 可思過 君爾不有國

 朝(あさ)に日(け)に 色付(いろづ)く山(やま)の 白雲(しらくも)の 思過(おもひす)ぐべき 君(きみ)に有(あ)ら無(な)くに

 朝朝復日日 黃葉色褪秋山上 白雲轉瞬去 吾人思君深刻骨 豈如浮雲能忘去

厚見王 0668

「朝(あさ)に日(け)に」,每朝每日。

「白雲(しらくも)の」,以上乃藉白雲飄去引出「過」字之序。

「思過(おもひす)ぐべき 君(きみ)に有(あ)ら無(な)くに」,此云浮雲或過而無痕,然對伊人之情豈易忘懷。

0669 春日王歌一首 【志貴皇子之子,母曰多紀皇女也。】

 足引之 山橘乃 色丹出與 語言繼而 相事毛將有

 足引(あしひき)の 山橘(やまたちばな)の 色(いろ)に出(いで)よ 語繼(かたらひつ)ぎて 逢事(あふこと)も有(あ)らむ

 足曳勢險峻 山橘結實發赤赭 若猶彼山橘 露色唯人所語繼 或得有緣再逢哉

春日王 0669

「山橘(やまたちばな)」,藪柑子之古名。自生於山地,花白,果赤。「足引の」乃山之枕詞

「色(いろ)に出(いで)よ」,此云將情感表露於外。思念伊人,但恐他人察覺,而不露於色。然久待無果,不若刻意發露,令他人謠傳,獲得令伊人耳聞,而得相逢。

「語繼(かたらひつ)ぎて」,口耳相傳。

0670 湯原王歌一首

 月讀之 光二來益 足疾乃 山寸隔而 不遠國

 月讀(つくよみ)の 光(ひかり)に來(き)ませ 足引(あしひき)の 山(やま)き隔(へな)りて 遠(とほ)から無(な)くに

 月讀照晚時 冀鯣犖來吾處 縱需足勞頓 路非曳足險山隔 行道亦非萬里遠

厚見王 0670

「月讀(つくよみ)の」,月之別名。『日本書紀』稱月神\「月弓尊」、「月夜見尊」、「月讀尊」等。以「月讀」書之者,或有訟數月齡之含意。

「山(やま)き隔(へな)りて」,高山居中相隔。「き」字語意不詳,或有「割り」「切り」等插入之意。

此曲,湯原王擬女性催促對象來訪之情而作。

0671 和歌一首 【不審作者。○承前。】

 月讀之 光者清 雖照有 惑情 不堪念

 月讀(つくよみ)の 光(ひかり)は清(きよ)く 照(て)らせれど 惑(まと)へる心(こころ) 思(おも)ひ有(あ)へ無(な)くに

 太陰月讀之 皎月明光雖清冽 照臨曜晚間 然心戀惑緒紊亂 不堪念兮何相往

佚名 0671

「惑(まと)へる心(こころ) 思(おも)ひ有(あ)へ無(な)くに」,因戀而千頭萬緒,縱獲邀約,或難以應之。相對於月光之「照(て)らせ」,「惑(まと)へる」有心中黯淡不知所措之意。「惑」字或本作「或」,意同。


0672 安倍朝臣蟲麻呂歌一首

 倭文手纏 數二毛不有 壽持 奈何幾許 吾戀渡

 倭文手纏(しつたまき) 數(かず)にも有(あ)らぬ 命以(いのちも)て 何(なに)か幾許(ここだく) 我(あ)が戀渡(こひわた)る

 倭文鐶手纏 此身卑賤不足數 吾以此微命 雖知懸殊戶不對 奈何戀渡慕幾許

安倍蟲麻呂 0672

「倭文手纏(しつたまき)」,「數(かず)にも有(あ)らぬ」、「卑(いや)しい」之枕詞。倭文乃日本古代花文單純之織物,手纏則為手環。相對於後世泊來之外國紋樣與寶石、貴金屬等之製品,倭文手纏於當時略顯麤末。

「數(かず)にも有(あ)らぬ 命」,缺乏價值、卑微低賤之命。命之原文「壽」表年齡,而此作「命」、「身」解。相對於女方,自卑身分低微。


0673 大伴坂上郎女歌二首

 真十鏡 磨師心乎 縱者 後爾雖云 驗將在八方

 真十鏡(まそかがみ) 磨(とぎ)し心(こころ)を 許(ゆる)してば 後(のち)に言(い)ふとも 驗有(しるしあ)らめやも

 明澄真十鏡 決心雖磨酣〆 〆‐霄秣婀法‖狂繞堽痰悔悟 豈仍有驗可及乎

坂上郎女 0673

「真十鏡(まそかがみ) 磨(とぎ)し心(こころ)を 許(ゆる)してば」,同坂上郎女歌619有「真十鏡 磨ぎし心を 許してし」

「後(のち)に言(い)ふ」,此或責備對方不實之言。

0674 【承前。】

 真玉付 彼此兼手 言齒五十戶常 相而後社 悔二破有跡五十戶

 真玉付(またまつ)く 彼此兼(をちこちか)ねて 言(こと)は言(い)へど 逢(あ)ひて後(のち)こそ 悔(く)いには有(あり)と云(い)へ

 真珠玉串 貫緒彼此亙永劫 言雖述如此 相逢之後或追悔 世間無常咸如此

坂上郎女 0674

「真玉付(またまつ)く」,以貫玉之「緒(を)」而為「を」之枕詞

「彼此兼(をちこちか)ねて」,接合來世、現在,此云將來與現在

「言(こと)は言(い)へど」,縱述花顏巧語。主語包含對象與一般男性

「悔(く)いには有(あり)と云(い)へ」,「と云へ」乃傳聞之意。會後有悔。


0675 中臣女郎贈大伴宿禰家持歌五首 【五首第一。】

 娘子部四 咲澤二生流 花勝見 都毛不知 戀裳揩可聞

 女郎花(をみなへし) 佐紀澤(さきさは)に生(お)ふる 花勝見(はなかつみ) 嘗(かつ)ても知(し)らぬ 戀(こひ)もする哉(かも)

 七草女郎花 佐紀間所生茂 妍麗花勝見 如其花名未嘗知 今當慕戀莫名哉

中臣女郎 0675

女郎花(をみなへし)」,秋七草之一。此以花開之「咲(さき)」作為引出地名佐紀澤(さきさは)」之枕詞

佐紀澤(さきさは)」,位於平城京北郊之沼澤地。其地以「花勝見」聞名。

「花勝見(はなかつみ)」,未詳。有花菖浦、花真菰等多說。http://www.kamoltd.co.jp/kakegawa/nagata.htm

「嘗(かつ)も知(し)らぬ」,「嘗(かつ)」原文作「都」,乃中華俗語。「かつ」與「勝見」呼應,『古今集』亦有「花勝見」與「且」字雙關之例。 http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/kokin/kk14.htm

0676 【承前,五首第二。】

 海底 奧乎深目手 吾念有 君二波將相 年者經十方

 海底(わたのそこ) 奧(おき)を深(ふ)かめて 我(あ)が思(おも)へる 君(きみ)には逢(あ)はむ 年(とし)は經(へ)ぬとも

 滄海千尋底 奧津深處無人知 吾心邃所念 慕情甚欲與君逢 縱使經年無所惜

中臣女郎 0676

「海底(わたのそこ)」,「奧(おき)」之枕詞。「奧(おき)」同時蘊含水之深處與心靈深處之意。


0677 【承前,五首第三。】

 春日山 朝居雲乃 欝 不知人爾毛 戀物香聞

 春日山(かすがやま) 朝居(あさゐ)る雲(くも)の 欝(おほほ)しく 知(し)らぬ人(ひと)にも 戀(こ)ふる物哉(ものかも)

 春日山頂上 棚引朝雲之所如 欝欝迷渺茫 不識未嘗逢誤人 何生戀情思慕哉

中臣女郎 0677

「朝居(あさゐ)る雲(くも)の」,此「居(ゐ)る」表朝雲掛於山頂。以上乃起出「欝(おほほ)しく」之序。

「欝(おほほ)しく」,承前表示矇矓迷惘,形象不明,起後表示心情鬱抑。

「知(し)らぬ人(ひと)にも 戀(こ)ふる物哉(ものかも)」,自訝對未曾相識者何來如此戀慕之情。

0678 【承前,五首第四。】

 直相而 見而者耳社 靈剋 命向 吾戀止眼

 直(ただ)に逢(あ)ひて 見(み)てばのみこそ 靈剋(たまきは)る 命(いのち)に向(むか)ふ 我(あ)が戀止(こひや)まめ

 若得直相見 此身相聚晤逢者 玉極靈剋兮 不惜懸命吾戀者 或得中止平息矣

中臣女郎 0678

「靈剋(たまきは)る」,「命(いのち)」、「世」、「內(うち)」之枕詞

「命(いのち)に向(むか)ふ」,以命為的而向之。有賭命之意。

本歌末二句,與『萬葉集』卷12-2883一云同。

0679 【承前,五首第五。】

 不欲常云者 將強哉吾背 菅根之 念亂而 戀管母將有

 否(いな)と言(い)はば 強(し)ひめや我(わ)が背(せ) 菅根(すがのね)の 思亂(おもひみだ)れて 戀(こ)ひつつも有(あ)らむ

 常言不欲者 或當強晤吾夫矣 菅根生繁茂 吾戀思狂情紊亂 久慕兄子不自己

中臣女郎 0679

「否(いな)と言(い)はば」,此云若是對方(家持)堅持拒絕的話。

「強(し)ひめや我(わ)が背(せ)」,硬是要求見面。作者蓋為家持優柔寡斷之態度所怒。

「菅根(すがのね)の」,「亂」之枕詞


0680 大伴宿禰家持與交遊別歌三首

 盖毛 人之中言 聞可毛 幾許雖待 君之不來益

 蓋(けだ)しくも 人(ひと)の中言(なかごと) 聞(き)かせ哉(かも) 幾許(ここだ)く待(ま)てど 君(きみ)が來(き)まさぬ

 中傷蜚語等 汝蓋聞人謗語哉 當是虛名起 吾在此間待幾許 君亦不來不相聞

大伴家持 0680

「交遊(とも)」,朋友之意。此蓋大伴家持受友人以冷淡之態度對待,遂作此歌贈之。

「蓋(けだ)しくも」,「恐怕」、「大概」之意。

「中言」,為破壞他人情誼之毀謗中傷

「聞(き)かせ哉(かも)」,疑問條件詞。蓋是聽信他人中傷,故顯冷淡。


0681 【承前,第二。】

 中中爾 絕年云者 如此許 氣緒爾四而 吾將戀八方

 中中(なかなか)に 絕(た)ゆとし言(い)はば 如此許(かくばか)り 息緒(いきのを)にして 我戀(あれこ)ひめやも

 中中不上下 不若聞汝訴絕緣 吾為戀所苦 懸賭命緒如此許 反覆煎熬愁相思

大伴家持 0681

「中中(なかなか)に」,對不上不下之現狀有所不滿而亟欲突破

「息緒(いきのを)にして」,「にして」乃表情態之修飾格。

0682 【承前,第三。】

 將念 人爾有莫國 懃 情盡而 戀流吾毳

 思(おも)ふらむ 人(ひと)に有(あ)ら莫(な)くに 懃(ねもころ)に 心盡(こころつ)くして 戀(こ)ふる我哉(あれかも)

 自討沒趣乎 念吾之人莫有兮 吾何以懇懃 情盡心碎熬戀苦 如此單戀哀慕哉

大伴家持 0682

「思(おも)ふらむ 人(ひと)に有(あ)ら莫(な)くに」,無人在意思念自身

「懃(ねもころ)に 心盡(こころつ)くして」,一再盡心勞情。

0683 大伴坂上郎女歌七首 【七首第一。】

 謂言之 恐國曾 紅之 色莫出曾 念死友

 謂言(いふこと)の 恐國(かしこきくに)そ 紅(くれなゐ)の 色(いろ)に莫出(ない)でそ 思死(おもひし)ぬとも

 謂言宜慎之 輒言靈異恐國矣 末摘胭脂紅 切莫露色勿輕言 縱令心鬱將戀死

坂上郎女 0683

「謂言(いふこと)の 恐國(かしこきくに)そ」,日本古有言靈信仰,戒慎輕率發言。3253有「葦原の 瑞穗國は 隨神 言舉げせぬ國」云云。輕率、多餘之發言,被視作不及。即便思慕情切,若將戀人之名說出口,恐怕因言語之咒力對其帶來危害

「紅(くれなゐ)の」,「色(いろ)に出(い)で」之枕詞。「紅(くれなゐ)」即「紅花(べにばな)」,可採作胭脂,別名末摘花。

「色(いろ)に莫出(ない)でそ」,莫露於色,此更作莫說出口。

0684 【承前,七首第二。】

 今者吾波 將死與吾背 生十方 吾二可緣跡 言跡云莫苦荷

 今(いま)は我(あ)は 死(し)なむよ我(わ)が背(せ) 生(い)けりとも 我(あれ)に寄(よ)るべしと 言(い)ふと云(い)は莫(な)くに

 親親吾兄子 我今將死捨娑婆 縱使苟活者 無人謂汝將緣我 渾噩此生有何望

坂上郎女 0684

「生(い)けりとも 我(あれ)に寄(よ)るべしと 言(い)ふと云(い)は莫(な)くに」,「言(い)ふ」之主語乃世人。縱令作者不死,世上亦無人安慰其說戀人將心向於己。

0685 【承前,七首第三。】

 人事 繁哉君之 二鞘之 家乎隔而 戀乍將座

 人言(ひとごと)を 繁(しげ)みや君(きみ)が 二鞘(ふたさや)の 家(いへ)を隔(へだ)てて 戀(こ)ひつついまさむ

 君今作何想 縱令人言蜚語繁 二鞘納雙刀 我倆隔家雖比鄰 汝雖徒戀竟不逢

坂上郎女 0685

「人言(ひとごと)を 繁(しげ)みや君(きみ)が」,或本原文作「繁哉君乎」,然女方訪男方不合俗,蓋如元曆校本等「繁哉君之」為正。

「二鞘(ふたさや)の」,比喻相鄰卻不得會面之枕詞。二鞘乃兩只小刀收於一鞘之二合刀子正倉院寶物有三合鞘刀子

本歌云莫在意他人眼目、流言,兩家相去不遠,希望對象能來訪相逢。

0686 【承前,七首第四。】

 比者 千歲八徃裳 過與 吾哉然念 欲見鴨

 比(このころ)は 千年(ちとせ)や行(ゆ)きも 過(す)ぎぬると 我(あれ)や然思(しかおも)ふ 見(み)まく欲(ほ)り哉(かも)

 比日不相見 心焦猶如越千年 苦待守空閨 蓋以吾念如此然 或以欲逢致此哉

坂上郎女 0686

「千年(ちとせ)や行(ゆ)きも 過(す)ぎぬると」,因苦待而心理時間猶如千年。相較於實際「比日」僅數日不見而言。

2539、3470有類歌。

0687 【承前,七首第五。】

 愛常 吾念情 速河之 雖塞塞友 猶哉將崩

 愛(うるは)しと 我(あ)が思(おも)ふ心(こころ) 早川(はやかは)の 塞(せ)きに塞(せ)くとも 猶(なほ)や崩(く)えなむ

 吾心念汝者 愛慕情切無以遏 其猶速麈掘早川急流縱堰之 塞之猶崩無以止

坂上郎女 0687

「愛(うるは)しと 我(あ)が思(おも)ふ心(こころ)」,原文「愛」或可訓「うつくし」然後接「我(あ)が思(おも)ふ」者以「うるはし」為通例。

「塞(せ)きに塞(せ)くとも」,無論如何塞堰,亦無以阻擋急流(情意)。

「猶(なほ)や崩(く)えなむ」,「崩(く)え」乃決堤之意。行間隱有「つつみ(堤防/包覆)」。

0688 【承前,七首第六。】

 青山乎 煞雲之 灼然 吾共咲為而 人二所知名

 青山(あをやま)を (よこ)ぎる雲(くも)の 灼然(いちしろ)く 我(あれ)と笑(ゑ)まして 人(ひと)に知(し)らゆ莫(な)

 其猶越青山 埓白雲之所如 灼然歷目見 我倆相睦展笑顏 其情莫令他人

坂上郎女 0688

青山(あをやま)を (よこ)ぎる雲(くも)の」,引出「灼然く」之序。漂過青山之白雲,對比鮮明。

「灼然(いちしろ)く」,顯著。此云兩人之關係不欲人知,故莫過於張揚。

2762有類歌。

0689 【承前,七首第七。】

 海山毛 隔莫國 奈何鴨 目言乎谷裳 幾許乏寸

 海山(うみやま)も 隔(へだ)たら無(な)くに 何(なに)しかも 目言(めごと)をだにも 幾許乏(ここだとも)しき

 相去不甚遠 非有海山致相隔 何以疎如此 縱令相晤面相言 幾許乏兮莫得哉

坂上郎女 0689

「目言(めごと)をだにも」,光是連面對面相會、對談。作者期望至少能與戀人見上一面。

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2016-05-13-金

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万葉集試訳

0631 湯原王贈娘子歌二首 【志貴皇子之子也。】

 宇波弊無 物可聞人者 然許 遠家路乎 令還念者

 表邊無(うはへな)き 物(もの)かも人(ひと)は 如此許(かくばか)り 遠(とほ)き家道(いへぢ)を 歸(かへ)さく思(おも)へば

 汝命甚絕情 表邊情面亦不留 吾步家道來 其路甚遠如此許 汝竟不留欲令還

湯原王 0631

「表邊無(うはへな)き」,未詳。按語意解,則為「連表面之情意亦無。」

「歸(かへ)さく思(おも)へば」,此云對方無情,己身道遠而來,竟欲送客令歸。


0632 【承前,第二。】

 目二破見而 手二破不所取 月內之 楓如 妹乎奈何責

 目(め)には見(み)て 手(て)には取(と)らえぬ 月內(つきのうち)の 桂(かつら)の如(ごと)き 妹(いも)を奈何(いか)にせむ

 遠觀目可見 然手無由不得取 其猶皎月內 虛渺月桂之所如 窈窕吾妹當奈何

湯原王 0632

「月內(つきのうち)の 桂(かつら)」,中華古俗以為月中有桂樹。如『初學記』所引「安天論」。原文「楓」字按『和名抄』為「雄桂(をかつら)」,桂乃「雌桂(めかつら)」。

伊勢物語七十三段有類歌「目には見て 手には取られぬ 月內の 桂の如き 君にぞありける」。

0633 娘子報贈歌二首 【承前,報歌第一。】

 幾許 思異目鴨 敷細之 枕片去 夢所見來之

 幾許(いかばか)り 思(おも)ひけめ哉(かも) 敷栲(しきたへ)の 枕片去(まくらかたさ)る 夢(いめ)に見(み)え來(け)る

 慕情難釋懷 所念深深深幾許 敷栲白細兮 空枕徬置孤寢夜 夢見汝命會邯鄲

娘子 0633

「幾許(いかばか)り」,(思念)深邃如此。

「敷栲(しきたへ)の」,枕之枕詞

「枕片去(まくらかたさ)る 夢(いめ)に見(み)え來(け)る」,此云雖然戀人不在身旁,亦如戀人相伴時將其枕置於同床而眠,復於夢中見得戀人。


0634 【承前,報歌第二。】

 家二四手 雖見不飽乎 草枕 客毛妻與 有之乏左

 家(いへ)にして 見(み)れど飽(あ)かぬを 草枕(くさまくら) 旅(たび)にも妻(つま)と あるが羨(とも)しさ

 居家在鄉者 相看百見兩不厭 草枕他鄉兮 羈旅異地仍相伴 望之和睦令人羨

娘子 0634

「家(いへ)にして 見(み)れど飽(あ)かぬを」,家相對於旅而言,敘述關乎夫婦之社會概念。を乃逆接。

「旅(たび)にも妻(つま)と あるが羨(とも)しさ」,此云湯原王召其妻來任地,而娘子(湯原王於當地之愛妾)見其夫婦相睦而羨之。


0635 湯原王亦贈歌二首 【承前。】

 草枕 客者嬬者 雖率有 匣內之 珠社所念

 草枕(くさまくら) 旅(たび)には妻(つま)は 率(ゐ)たれども 櫛笥內(くしげのうち)の 玉(たま)こそ思(おも)ほゆれ

 草枕在異地 羈旅他鄉雖率妻 相伴不相離 實則時時眷汝命 櫛笥中玉更所念

湯原王 0635

「率(ゐ)たれども」,「率る」乃率引伴隨之意。

「櫛笥內(くしげのうち)の 玉(たま)」,重視深愛女性之比喻,此指娘子為言。『昭明文選』石崇「王明君辭」有「匣中玉」云云。

本詩承前娘子(湯原王在任地之愛妾)見到湯原王召正妻來此,感到羨恨之歌,本曲乃「雖然現於外地仍率妻同處,然心中掛念的則為珍藏珠匣中不令人視之寶玉(妾)。」


0636 【承前,第二。】

 余衣 形見爾奉 布細之 枕不離 卷而左宿座

 我(あ)が衣(ころも) 形見(かたみ)に奉(まつ)る 敷栲(しきたへ)の 枕(まくら)を放(さ)けず 卷(ま)きて小寢(さね)ませ

 余衣為緣物 贈以汝命以為信 敷栲白細兮 枕邊置之莫相離 纏身安寢如相伴

湯原王 0636

「我(あ)が衣(ころも) 形見(かたみ)に奉(まつ)る」,將肌身之服贈與異性,乃格別情愛之具體表現。而衣(ぬき)多指觸於人目之外裝,「裳(ころも)」則為內衣為主。身著異性之裳者,如『萬葉集』747等多為男性著女裳,但如3011「我妹子に衣(ころも)借香の宜寸川」等,女性男性借裳而著之例亦不少。

「枕(まくら)を放(さ)けず」,不離枕邊。

「卷(ま)きて小寢(さね)ませ」,「卷(ま)き」為著用,「ませ」乃敬體「ます」命令形

0637 娘子復報贈歌一首 【承前。】

 吾背子之 形見之衣 嬬問爾 余身者不離 事不問友

 我(わ)が背子(せこ)が 形見(かたみ)の衣(ころも) 妻問(つまど)ひに 我(あ)が身(み)は放(さ)けじ 言問(ことと)はずとも

 吾夫兄子之 餽贈緣物此衣者 以為結納信 肌身不離置眼前 縱彼無靈不言問

娘子 0637

「妻問(つまど)ひに」,此作求婚之贈物解。「に」乃「作為」之意。

「言問(ことと)はずとも」,衣乃非情之物,無法與人相語、相慰。

0638 湯原王亦贈歌一首 【承前。】

 直一夜 隔之可良爾 荒玉乃 月歟經去跡 心遮

 唯一夜(ただひとよ) 隔(へだ)てしからに 改(あらた)まの 月(つき)か經(へ)ぬると 心惑(こころまど)ひぬ

 雖唯一夜間 倆倆相隔不相見 日新月易兮 心猶經月久未晤 方寸千頭萬緒亂

湯原王 0638

「心惑(こころまど)ひぬ」,此云心思紊亂難以分別之狀。原文「心遮」或與2961有關,而意或乃心靈之動為遮阻而淀。

0639 娘子復報贈歌一首 【承前。】

 吾背子我 如是戀禮許曾 夜干玉能 夢所見管 寐不所宿家禮

 我(わ)が背子(せこ)が 如是戀(かくこふ)れこそ 烏玉(ぬばたま)の 夢(いめ)に見(み)えつつ 寢(いね)らえずけれ

 親親吾兄子 汝戀妾身銘如此 漆遽╋妄臓〔潅每現汝形影 相會邯鄲不得寢

娘子 0639

「如是戀(かくこふ)れこそ」,如此乃指前曲之內容。

「烏玉(ぬばたま)の」,以酣祁曽欅挂詛枕詞,更引申作夢之枕詞為用。

「寢(いね)らえずけれ」,「らえ」與中古語「られ」同,表可能

0640 湯原王亦贈歌一首 【承前。】

 波之家也思 不遠里乎 雲居爾也 戀管將居 月毛不經國

 愛(は)しけやし 間近(まちか)き里(さと)を 雲居(くもゐ)にや 戀(こひ)つつ居(を)らむ 月(つき)も經無(へ)なくに

 嗚呼愛哀憐哉 汝之所處雖間近 卻遠猶雲居 吾戀汝命慕不止 分明相離未經月

湯原王 0640

「間近(まちか)き里(さと)を」,「間近き里」表娘子之住所。「を」表逆接,雖然距離近卻不得相會。

「雲居(くもゐ)にや」,如再遙遠天邊雲上之意。「や」表詠嘆疑問。


0641 娘子復報贈歌一首 【承前。】

 絕常云者 和備染責跡 燒大刀乃 隔付經事者 幸也吾君

 絕(た)ゆと言(い)はば 詫(わび)しみせむと 燒大刀(やきたち)の 邊付事(へつかふこと)は 幸(さき)くや我(あ)が君(きみ)

 若云絕緣者 汝念妾身當詫異 百鍊燒大刀 若依義理所來者 豈非幸歟吾君矣

娘子 0641

「絕(た)ゆと言(い)はば」,「絕(た)ゆ」表絕緣、離別。「言はば」之主語乃湯原王。

「詫(わび)しみせむと」,「詫(わび)」乃詫異、失落之狀。

「燒大刀(やきたち)の」,入火千錘百鍊之刀,「へつかふ」之枕詞,然飾法未詳。

「邊付事(へつかふこと)は」,蓋依緣某物之意。

「幸(さき)くや」,健康無恙、無事之意。此云男方蓋以為題出訣別則女方將失落詫異,然以無所謂

0642 湯原王歌一首

 吾妹兒爾 戀而亂者 久流部寸二 懸而緣與 余戀始

 我妹子(わぎもこ)に 戀(こひ)て亂(みだ)れば 繰(く)るべきに 掛(か)けて搓(よ)らむと 我(あ)が戀始(こひそ)めし

 親親吾妹子 吾思汝命情意亂 其猶繰心緒 掛而搓紡織而成 如是余戀慕情

湯原王 0642

「戀(こひ)て亂(みだ)れば」,以亂緒比喻戀心。或本原文作「戀而亂在」,訛者字乎。

「繰(く)るべき」,繰絲之道具。

「掛(か)けて搓(よ)らむと」,將亂緒借織機重整之狀。

0643 紀郎女怨恨歌三首 【鹿人大夫之女,名曰小鹿也。安貴王之妻也。○第一。】

 世間之 女爾思有者 吾渡 痛背乃河乎 渡金目八

 世中(よのなか)の 女(をみな)にしあらば 我(あ)が渡(わた)る 痛背川(あなせのかは)を 渡兼(わたりか)ねめや

 妾若為世間 凡常之女庶民者 吾所越渡之 痛背之川或可渡 不須如此惜身名

紀郎女 0643

「世中(よのなか)の 女(をみな)にしあらば」,此云若己身為世間一般女性。紀郎女乃安貴王妻,礙於身分無法如庶民奔放自由

「痛背川(あなせのかは)」,痛足川於穴師一帶之名。結合感嘆詞「あな」與兄・夫「せ」,蘊含對背叛自身男子怨恨

「渡兼(わたりか)ねめや」,以渡川之冒險暗示不倫之關係。若為一般女子或非不可渡越,己則奈於此般誘惑而苦。

0644 【承前,第二。】

 今者吾羽 和備曾四二結類 氣乃緒爾 念師君乎 縱左久思者

 今(いま)は我(あ)は 侘(わ)びぞしにける 息緒(いきのを)に 思(おも)ひし君(きみ)を 許(ゆる)さく思(おも)へば

 妾身今氣竭 心詫落膽甚失意 懸以生息緒 不吝賭命所思君 今思或當縱其離

紀郎女 0644

「息緒(いきのを)」,此云維繫生命之羈絆。

「許(ゆる)さく思(おも)へば」,「許さく」乃「許す」之く語法,弛緩、令其自由、放手之意。

此云女方深愛男方,以此情念維繫性命,然男方要求訣別,開始雖欲挽留,今則心疲欲放手。

0645 【承前,第三。】

 白細乃 袖可別 日乎近見 心爾咽飯 哭耳四所泣

 白栲(しろたへ)の 袖別(そでわか)るべき 日(ひ)を近(ちか)み 心(こころ)に咽(むせ)ひ 音(ね)のみし泣(な)かゆ

 顧思白栲兮 訣別之時日將近 餘日更無幾 心中嗚咽滿傷懷 發音哭啼唯所泣

紀郎女 0645

「袖別(そでわか)るべき 日(ひ)を近(ちか)み」,應當訣別之日將近。

「心(こころ)に咽(むせ)ひ」,充滿心中。「咽」有嚥下之意。

0646 大伴宿禰駿河麻呂歌一首

 大夫之 思和備乍 遍多 嘆久嘆乎 不負物可聞

 大夫(ますらを)の 思侘(おもひわ)びつつ 度多(たびまね)く 嘆(なげ)く嘆(なげ)きを 負(お)はぬ物哉(ものかも)

 壯士丈夫之 思詫意窮情無措 幾度又幾許 悲嘆欷歔心懷恨 豈為汝可負物哉

大伴駿河麻呂 0646

大夫(ますらを)の」,作者自述而予以一般化視點。

「度多(たびまね)く」,次數眾多。

「負(お)はぬ物哉(ものかも)」,「負ふ」乃罪報、處罰、人之詛咒、怨恨之疇。主語乃坂上娘女。


0647 大伴坂上郎女歌一首

 心者 忘日無久 雖念 人之事社 繁君爾阿禮

 心(こころ)には 忘(わす)るる日無(ひな)く 思(おも)へども 人言(ひとのこと)こそ 繁(しげ)き君(きみ)にあれ

 妾心唯念君 無日忘懷常思慕 然君浮名盛 流言蜚語未嘗絕 浮名如此吾君矣

坂上郎女 0647

「人言(ひとのこと)こそ 繁(しげ)き君(きみ)にあれ」,此云駿河麻呂浮名不斷,人皆云其不實之徒。要如何令己身相信其言。


0648 大伴宿禰駿河麻呂歌一首

 不相見而 氣長久成奴 比日者 奈何好去哉 言借吾妹

 相見(あひみ)ずて 日長(けなが)く成(な)りぬ 此頃(このころ)は 奈何(いか)に幸(さき)くや 不審我妹(いふかしわぎも)

 倆倆不相見 相別以來日已久 近頃比日者 可享清平度如何 其無恙乎無妹矣

大伴駿河麻呂 0648

「奈何(いか)に幸(さき)くや」,「奈何(いか)に」乃探問感歎詞。如何、何如。王羲之「周參軍帖」有「不審尊體何如」云云。「幸(さき)く」乃平安、無事,原文「好去」與「比日」皆為書翰常用語

不審」,用於探問對方是否無恙,與前句「奈何(いか)に」相接,「不審...何如」之意。


0649 大伴坂上郎女歌一首

 夏葛之 不絕使乃 不通有者 言下有如 念鶴鴨

 夏葛(なつくず)の 絕(た)えぬ使(つか)ひの 淀(よど)めれば 事(こと)しも有(あ)る如(ごと) 思(おも)ひつるかも

 其猶夏葛兮 不絕往來使人者 比日淀不通 蓋為有事斷絡繹 吾衷念之心慌亂

坂上郎女 0649

 右,坂上郎女者,佐保大納言卿之女也。駿河麻呂,此高市大卿之孫也。兩卿兄弟之家,女孫姑姪之族。是以題歌送答,相問起居。

「夏葛(なつくず)の」,「絶えぬ」之枕詞。葛乃秋七草之一。

「淀(よど)めれば」,「淀(よど)む」乃停滯。此云使人不再來訪。

「事(こと)しも有(あ)る」,是故、意外。


0650 大伴宿禰三依離復相歡歌一首

 吾妹兒者 常世國爾 住家良思 昔見從 變若益爾家利

 我妹子(わぎもこ)は 常世國(とこよのくに)に 住(す)みけらし 昔見(むかしみ)しより 變若坐(をちま)しにけり

 親愛吾妹子 汝蓋暫居常世乎 仙境常世國 今見汝命比往昔 年齒彌稚更返老

大伴三依 0650

「我妹子(わぎもこ)」,一說為賀茂女王,然通說作與坂上郎女之應答較為自然

「常世國(とこよのくに)」,不老不死之異界。蓋受中國神仙思想之影響而成之理想鄉。

「變若坐(をちま)しにけり」,まし乃表尊敬之語。「變若(をち)」,與變若水傳說有關。

0651 大伴坂上郎女歌二首

 久堅乃 天露霜 置二家里 宅有人毛 待戀奴濫

 久方(ひさかた)の 天露霜(あめのつゆしも) 置(お)きにけり 家(いへ)なる人(ひと)も 待戀(まちこ)ひぬらむ

 遙遙久方兮 天之露霜所降置 留置家中者 久待伊人歸來日 心戀鬱鬱守舍間

坂上郎女 0651

「家(いへ)なる人(ひと)も」,「家にある人」之約。用「も」字表自身亦情同與此。

0652 【承前,第二。】

 玉主爾 珠者授而 勝且毛 枕與吾者 率二將宿

 玉守(たまもり)に 玉(たま)は授(さづ)けて 且(か)つ且(が)つも 枕(まくら)と我(あれ)は 去來二人寢(いざふたりね)む

 明珠美玉矣 已授玉守不在傍 明珠不在掌 今吾形隻身影孤 唯有與枕相共眠

坂上郎女 0652

「玉守(たまもり)」,可寄託玉石與之並守護者。此以玉石比喻千金,而其夫婿自為玉守。此歌玉者有二說,唯指二孃者,玉守為駿河麻呂。同指大孃、二孃者,則為家持與駿河麻呂。

「且(か)つ且(が)つ」,形容雖非本意,但須完成某事之副詞副詞

0653 大伴宿禰駿河麻呂歌三首

 情者 不忘物乎 儻 不見日數多 月曾經去來

 心(こころ)には 忘(わす)れぬ物(もの)を 儻(たまさか)に 見(み)ぬ日(ひ)さ數多(まね)く 月(つき)そ經(へ)にける

 情雖不忘懷 懸掛心頭常惦記 然儻離別起 不見之日數已多 不覺經月未逢見

大伴駿河麻呂 0653

「儻(たまさか)に」,偶然,不覺之間。

「さ數多(まね)く」,「數多く」為表日數、次數之多之副詞。「さ」乃接頭語。

此歌為辯解之詞,蓋贈坂上郎女之歌。

0654 【承前,第二。】

 相見者 月毛不經爾 戀云者 乎曾呂登吾乎 於毛保寒毳

 相見(あひみ)ては 月(つき)も經無(へな)くに 戀(こふ)と言(い)はば 輕率(をそろ)と我(あれ)を 思(おも)ほさむ哉(かも)

 自前相會起 時日雖去未經月 若云戀慕者 蓋以無病強呻吟 思吾輕率賦愁哉

大伴駿河麻呂 0654

「輕率(をそろ)」,魯莽、輕率之意。

萬葉集1548坂上郎女歌「咲花も 早熟(をそろ)は厭 晚芽なる 長き心に 尚及かずけり」http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/waka/manyou/m08.htm#1548

0655 【承前,第三。】

 不念乎 思常云者 天地之 神祇毛知寒 邑禮左變

 思(おも)はぬを 思(おも)ふと言(い)はば 天地(あめつち)の 神(かみ)も知(し)らさむ 邑禮左變(訓不詳)

 若心實不念 口上佯言慕念者 天地六合間 神將知悉降神罰 縱言慕念邑禮者

大伴駿河麻呂 0655

「思(おも)はぬを 思(おも)ふと言(い)はば」,口上言及愛慕而心中未必真誠。亦見於『萬葉集』561、3100。

「邑禮左變(訓不詳)」,難訓。有「邑(さと)し礼(いや)さへ」、「国こそ境へ」、「さとれさかはり」、「巴禮(とまれ)佐變(かくまれ)」、「歌飼(うたがふ)名齋(なゆめ)」、「さとのかみさへ」等說,此姑按「邑し礼さへ」譯之。 http://blog.goo.ne.jp/taketorinooyaji/e/5c7bfecb55924f0d3ee301e6e0c76eb9


0656 大伴坂上郎女歌六首 【六首第一。】

 吾耳曾 君爾者戀流 吾背子之 戀云事波 言乃名具左曾

 我(あれ)のみそ 君(きみ)には戀(こ)ふる 我(わ)が背子(せこ)が 戀(こ)ふと云事(いふこと)は 言慰(ことのなぐさ)そ

 唯吾懷誠心 戀君真摯無所欺 吾之兄子者 所謂戀者如浮雲 無非慰言巧語矣

坂上郎女 0656

「我(あれ)のみそ 君(きみ)には戀(こ)ふる」,相對駿河麻呂贈歌「思はぬを 思ふと言はば」,申明自身情切。

「言慰(ことのなぐさ)そ」,「慰(なぐ)さ」與「慰(なぐ)む」同源,慰藉心靈之意。或為慰藉己心,或為慰藉他人,此為後者。言男方所言不過欲令女方心安而已。

0657 【承前,六首第二。】

 不念常 日手師物乎 翼酢色之 變安寸 吾意可聞

 思(おも)はじと 言(い)ひてし物(もの)を 唐棣花色(はねずいろ)の 移(うつ)ろひ易(やす)き 我(あ)が心哉(こころかも)

 雖言不復念 不欲慕戀以煩心 唐棣花色兮 怎謂變心移情易 吾心難以徹其衷

坂上郎女 0657

「思(おも)はじと 言(い)ひてし物(もの)を」,明明已告訴自己不莫再愛人了。

「唐棣花色(はねずいろ)」,「移(うつ)ろひ」之枕詞。以花失色為人心易變之飾語。然其花時為何花,仍待後考。天武紀有「朱花,此云はねず。」云云。

「移(うつ)ろひ易(やす)き」,此云自身不復愛人之決定無法堅持,又復陷於戀情。

0658 【承前,六首第三。】

 雖念 知僧裳無跡 知物乎 奈何幾許 吾戀渡

 思(おも)へども 驗(しるし)も無(な)しと 知(し)る物(もの)を 何(なに)か幾許(ここだ)く 我(あ)が戀渡(こひわた)る

 身受相思苦 百般慕之無效驗 妾雖知此理 奈何妾心難自己 幾許戀渡念伊人

坂上郎女 0658

「驗(しるし)」,效驗、效果。原文「知僧」之「僧」乃法師之意。2094有「落僧(ちらくし)惜しも」與之相類。

「何(なに)か幾許(ここだ)く」,何以如此之多。

0659 【承前,六首第四。】

 豫 人事繁 如是有者 四惠也吾背子 奧裳何如荒海藻

 豫(あらかじ)め 人言繁(ひとごとしげ)し 如是(かく)し有(あ)らば しゑや我(わ)が背子(せこ) 奧(おき)も何如(いか)にあらめ

 流言蜚語矣 人言痛矣豫甚繁 事既如是者 噫乎去來吾兄子 今後未然當何如

坂上郎女 0659

「しゑや」,不顧一切,捨缽氣氛之感嘆詞

「奧(おき)も何如(いか)にあらめ」,此「奧(おき)」與「奧(おく)」同源,將來之結果。此以疑問語+已然形表推量。又原文「荒海藻(あらめ)」與「奧(おき=沖)」乃緣語。


0660 【承前,六首第五。】

 汝乎與吾乎 人曾離奈流 乞吾君 人之中言 聞起名湯目

 汝(な)をと我(あ)を 人(ひと)そ離(さ)くなる いで我(あ)が君(きみ) 人(ひと)の中言(なかごと) 聞(き)きこす莫(な)ゆめ

 汝與吾之睦 人欲離間阻相善 還願吾君矣 莫聞他人惡中言 流言蜚語不足取 

坂上郎女 0660

「汝(な)をと我(あ)を」,此類句以「汝(な)と我(あ)とを」較為多見。又「汝(な)」多半為男稱女之代名詞,然坂上郎女於528亦有稱呼男方之用例。

「人(ひと)そ離(さ)くなる」,人欲離散他人之睦而散怖之謠言。「なり」乃傳聞。

「いで」,乞求、冀望之意。

「中言(なかごと)」,為了拆散他人之情而訴之言語

0661 【承前,六首第六。】

 戀戀而 相有時谷 愛寸 事盡手四 長常念者

 戀戀(こひこ)ひて 逢(あ)へる時(とき)だに 愛(うつく)しき 言盡(ことつ)くしてよ 長(なが)くと思(おも)はば

 戀戀長相思 有朝一日相逢時 當盡愛之語 羅列辭藻訴慕情 若誠久慕長思者

坂上郎女 0661

「戀戀(こひこ)ひて」,動詞連用形相疊+て字,表長時間動作持續,終於有某種結果。

「愛(うつく)しき」,對弱小者之憐愛之情。

「言盡(ことつ)くしてよ」,「盡(つ)くす」乃「盡きるようにする」之意。「てよ」乃完了助動詞「つ」之命令形

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2016-05-09-月

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万葉集試訳

0623 池邊王宴誦歌一首

 松之葉爾 月者由移去 黃葉乃 過哉君之 不相夜多焉

 松葉(まつのは)に 月(つき)は移(ゆつ)りぬ 黃葉(もみちば)の 過(すぐ)れや君(きみ)が 逢(あ)はぬ夜(よ)の多(おほ)き

 久待經日時 月色映照移松葉 黃葉色褪兮 君之愛情似已過 不來相逢夜多焉

池邊王 0623

「宴誦歌」,誦於宴席之古歌之疇。蓋池邊王憶及苦待男方來訪之女子閨怨歌而誦之乎。

「松葉(まつのは)に 月(つき)は移(ゆつ)りぬ」,「松」以同音暗示「等待」,「移(ゆつ)り」表月光照映於松夜之上,以太陰運行天際暗喻徒待良人時間流逝。

「黃葉(もみちば)の 過(すぐ)れ」,「黃葉」乃「過ぐ」之枕詞。「過ぐ」乃時節已過,此云男方愛情已退。


0624 天皇思酒人女王御製歌一首 【女王者,穗積皇子之孫女也。】

 道相而 咲之柄爾 零雪乃 消者消香二 戀云君妹

 道(みち)に逢(あ)ひて 笑(ゑ)まししからに 降雪(ふるゆき)の 消(け)なば消(け)ぬがに 戀(こ)ふと云(い)ふ我妹(わぎも)

 錯身逢道中 君報微咲百媚生 妾命猶降雪 轉瞬消熔化無跡 云戀如此吾妹

聖武天皇 0624

「笑(ゑ)まししからに」,「からに」乃敘述原因輕微而結果重大之事實。「笑(ゑ)ます」乃「笑(ゑ)む」之敬語形。

此云酒人女王天皇會於內裏後庭,見天皇微笑示意之後難已忘懷,思慕之情恍若殞命。而天皇蓋以此狀返歌。

0625 高安王裹鮒贈娘子歌一首 【高安王者,後賜姓大原真人氏。】

 奧弊徃 邊去伊麻夜 為妹 吾漁有 藻臥束鮒

 沖邊行(おきへゆ)き 邊(へ)に行(ゆ)き今(いま)や 妹(いも)が為(ため) 我(わ)が漁(すなど)れる 藻臥束鮒(もふしつかふな)

 遠行至沖邊 復徃岸邊今終獲 此乃為妹子 吾之所漁勞所獲 藻臥伏裹束鮒矣

高安王 0625

「沖邊行(おきへゆ)き」,此歌沖邊乃指川、池中央深處為言。

「我(わ)が漁(すなど)れる」,「漁(すなど)れる」意指捕魚。

「藻臥束鮒(もふしつかふな)」,與水藻一同苞裹之小巧活鮒。「束(つか)」乃一握之長。


0626 八代女王天皇歌一首

 君爾因 言之繁乎 古鄉之 明日香乃河爾 潔身為爾去【一尾云,龍田超,三津之濱邊爾,潔身四二由久。】

 君(きみ)に因(よ)り 言繁(ことのしげ)きを 故鄉(ふるさと)の 明日香川(あすかのかは)に 禊(みそぎ)しに行(ゆ)く【一尾云(またのびにい)ふ、龍田越(たつたこ)え、三津濱邊(みつのはまへ)に、禊(みそぎ)しに行(ゆ)く。】

 其因君之故 流言婓語眾噂繁 遂歸至故鄉 飛鳥明日川之上 潔身禊祓後參矣【一尾云,遂越龍田山,到於三津濱邊處,潔身禊祓後行矣。】

八代女王 0626

「言繁(ことのしげ)きを」,謠言喧囂。

故郷(ふるさと)」,此云飛鳥舊京。

「禊(みそぎ)」,入水淨身,以除罪穢。

「尾」,此云尾句。

三津濱邊(みつのはまへ)に」,難波御津。難波乃將污穢劉放滄海之所。


0627 娘子報贈佐伯宿禰赤麻呂歌一首

 吾手本 將卷跡念牟 大夫者 變水求 白髮生二有

 我(わ)が手本(たもと) 卷(ま)かむと思(おも)はむ 大夫(ますらを)は 變若水求(をちみづもと)め 白髮生(しらかお)ひにけり

 欲以吾之腕 以為手枕共纏綿 俊英丈夫者 冀得訪求變若水 今汝白髮生蒼蒼

娘子 0627

娘子報贈佐伯宿禰赤麻呂」,此前當有赤麻呂贈歌,然不載於萬葉。

「我(わ)が手本(たもと) 卷(ま)かむと思(おも)はむ」,以手為枕。赤麻呂求婚之歌當有欲以子手為枕云云之詞。

大夫(ますらを)は 變若水求(をちみづもと)め 白髮生(しらかお)ひにけり」,此云赤麻呂以生白髮,當求不老靈吏之變若水

此歌蓋娘子拒絕赤麻呂求婚所作,以求取傳說中變若水為難題而婉拒求婚者乎。

0628 佐伯宿禰赤麻呂和歌一首

 白髮生流 事者不念 變水者 鹿煮藻闕二毛 求而將行

 白髮生(しらかお)ふる 事(こと)は思(おも)はず 變若水(をちみづ)は 彼(か)にも此(かく)にも 求(もと)めて行(ゆ)かむ

 白髮雖斑駁 吾不所念斑白頭 然此變若水 縱盡千方遍百計 必求靈水出而行

佐伯赤麻呂 0628

「變若水(をちみづ)は」,「は」乃強調。「彼(か)にも此(かく)にも」,無論如何。

此歌云己身不在意頭髮斑白,然求得變若水既為娘子要求,則無論如何至少都要取得該水。

0629 大伴四綱宴席歌一首

 奈何鹿 使之來流 君乎社 左右裳 待難為禮

 何(なに)すとか 使(つか)ひの來(き)つる 君(きみ)をこそ 左右(か)にも(かく)にも 待難(まちかて)にすれ

 君是以何故 遣使來訪至此乎 吾慕乃君者 左右坐立心忐忑 苦待難忍欲相逢

大伴四綱 0629

此曲乃宴間所詠古歌之類,或以賓客本人不至,唯遣使人到訪,遂寓閨怨之詞以諷之。

其云所欲見者非使者,乃為本人。


0630 佐伯宿禰赤麻呂歌一首

 初花之 可散物乎 人事乃 繁爾因而 止息比者鴨

 初花(はつはな)の 散(ち)るべき物(もの)を 人言(ひとごと)の 繁(しげ)きに因(よ)りて 淀頃(よどむころ)かも

 少女初花 柔弱稍觸將可散 然以人蜚語 流言不斷甚繁故 淀之不前此頃哉

佐伯赤麻呂 0630

初花(はつはな)の」,宛如首度綻放之花般,少女之比喻。

「散(ち)るべき物(もの)を」,此云初花少女)柔弱可憐,仿彿手觸即落。

「淀頃(よどむころ)かも」,此云礙於流言,猶豫而不通訪女方之家。

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