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2016-07-18-月

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補給物資

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万葉集試訳

0923 山部宿禰赤人作歌二首 【并短歌。】

 八隅知之 和期大王乃 高知為 吉野宮者 立名附 青垣隱 河次乃 清河內曾 春部者 花咲乎遠里 秋部者 霧立渡 其山之 彌益益爾 此河之 絕事無 百石木能 大宮人者 常將通

 八隅治(やすみし)し 我(わ)ご大君(おほきみ)の 高知(たかし)らす 吉野宮(よしののみや)は 疊付(たたなづ)く 青垣隱(あをかきごも)り 川並(かはなみ)の 清河內(きよきかふち)そ 春邊(はるへ)には 花咲撓(はなさきをを)り 秋邊(あきへ)には 霧立渡(きりたちわた)る 其山(そのやま)の 彌益益(いやますます)に 此川(このかは)の 絕(た)ゆる事無(ことな)く 百敷(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)は 常(つね)に通(かよ)はむ

 八隅治天下 經綸恢弘我大君 營殿建高聳 所造瀧上吉野宮 層層疊環繞 群山青垣圍隱矣 川流隨河道 水秀清邁內矣 時值佐保春 百花爭咲隨風撓 時至龍田秋 雲霧層湧起立渡 猶彼群山之 連峰益益彌更發 猶彼川河之 逝水不絕亙古今 百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 願得常通永侍奉

山部赤人 0923

高知(たかし)らす」,營設宮殿高大聳立。

「疊付(たたなづ)く」,重合。

「青垣隱(あをかきごも)り」,猶如受青垣般之群山所圍繞。

花咲撓(はなさきをを)り」,「撓(をを)り」乃植物繁茂欣榮之狀。

0924 反歌二首 【承前,一首反歌第一。】

 三吉野乃 象山際乃 木末爾波 幾許毛散和口 鳥之聲可聞

 御吉野(みよしの)の 象山際(きさやまのま)の 木末(こぬれ)には 幾許(ここだ)も騷(さわ)く 鳥聲(とりのこゑ)かも

 芳野吉野 象山之際交谷間 木末樹梢上 爭鳴起落騷幾許 鳥聲繞梁音不絕

山部赤人 0924

「象山際(きさやまのま)の」,象山位於宮瀧南方。象山之東有三船山,其間夾喜佐古。際乃峽谷,古本『玉篇』云:「際,交會之間也。」

0925 【承前,一首反歌第二。】

 烏玉之 夜之深去者 久木生留 清河原爾 知鳥數鳴

 烏玉(ぬばたま)の 夜更去(よのふけゆ)けば 久木生(ひさぎお)ふる 清川原(きよきかはら)に 千鳥數鳴(ちどりしばな)く

 漆遽╋妄臓^婆觜洪種貎乱弌ゝ很攴衞仞検\〔誓串川原間 千鳥數鳴聲起落

山部赤人 0925

「久木(ひさぎ)」,未詳,按『萬葉集』1863曲,蓋為春花之木。正倉院文書有「久木紙」、「比佐宜染」,可知其得為染料。


0926 【承前長歌第二。】

 安見知之 和期大王波 見吉野乃 飽津之小野笶 野上者 跡見居置而 御山者 射目立渡 朝獵爾 十六履起之 夕狩爾 十里蹋立 馬並而 御獵曾立為 春之茂野爾

 八隅治(やすみし)し 我(わ)ご大君(おほきみ)は 御吉野(みよしの)の 秋津小野(あきづのをの)の 野上(ののうへ)には 跡見据置(とみすゑお)きて 御山(みやま)には 射目立(いめた)て渡(わた)し 朝狩(あさがり)に 鹿豬踏起(ししふみおこ)し 夕狩(ゆふがり)に 鳥踏立(とりふみた)て 馬並(うまなめ)て 御狩(みかり)そ立(た)たす 春茂野(はるのしげのに)

 八隅治天下 經綸恢弘我大君 芳野吉野 蜻蛉秋津小野之 野上草原間 据置配屬跡見人 御山丘陵上 立渡射目設一面 朝獵晨狩時 蹋起豬鹿驚獸醒 夕獵暮狩時 踏立禽鳥振羽搏 並馬為陣伍 發向遊獵為巡狩 在此春日野間

山部赤人 0926

「跡見(とみ)」,授獵之際,見豬、鹿足跡,推測獵物所在方位之人。

「射目(いめ)」,獵人接近獵物,隱身射箭之遮蔽物。

「鹿豬踏起(ししふみおこ)し」,蹋地驚起鹿豬。鹿豬於此泛指獸類。

「鳥踏立(とりふみた)て」,蹋入草藪,驚起藏身草叢之鳥。

「御狩(みかり)そ立(た)たす」,立字於此為舉行之意,主語乃聖武帝。


0927 反歌一首 【承前,二首反歌。】

 足引之 山毛野毛 御獦人 得物矢手挾 散動而有所見

 足引(あしひき)の 山(やま)にも野(の)にも 御狩人(みかりひと) 獵矢手挾(さつやたばさ)み 騷(さわ)きてあり見(み)ゆ

 足曳勢險峻 高山之間平野間 遊獦御狩人 手挾獵矢持幸弓 驅馳散動可眼見

山部赤人 0927

 右,不審先後。但以便故,載於此次。

「獵矢(さつや)」,授獵用矢。さつ語源乃幸(さち)。

「騷(さわ)きてあり見(み)ゆ」,「騷(さわ)く」包含音響與舉動。

0928 冬十月,幸于難波宮時,笠朝臣金村作歌一首 【并短歌。】

 忍照 難波乃國者 葦垣乃 古鄉跡 人皆之 念息而 都禮母無 有之間爾 續麻成 長柄之宮爾 真木柱 太高敷而 食國乎 治賜者 奧鳥 味經乃原爾 物部乃 八十伴雄者 廬為而 都成有 旅者安禮十方

 押照(おして)る 難波國(なにはのくに)は 葦垣(あしかき)の 古(ふ)りにし里(さと)と 人皆(ひとみな)の 思休(おもひやす)みて 由緣(つれ)も無(な)く 在(あり)し間(あひだ)に 績麻成(うみをな)す 長柄宮(ながらのみや)に 真木柱(まきはしら) 太高敷(ふとたかし)きて 食國(をすくに)を 治賜(をさめたま)へば 沖鳥(おきつとり) 味經原(あぢふのはら)に 文武百官(もののふ)の 八十伴男(やそとものを)は 廬(いほ)りして 都成(みやこな)したり 旅(たび)には在(あ)れども

 日光押照兮 澪標浪速難波國 人云彼故里 葦垣舊都不為意 人皆不掛念 不置心頭所思休 以為無由緣 思事不關己之間 績麻之所如 難波長柄豐崎宮 豎立真木柱 美輪美奐敷太高 於茲坐御宇 治賜天下食國者 味鴨沖津鳥 味經之原草野間 文武百官之 八十伴緒股肱臣 結廬造小屋 自為都成現於此 縱為旅地雖異鄉

笠金村 0928

「押照(おして)る」,難波枕詞日月高掛高天照臨四方之意乎。

「葦垣(あしかき)の」,「古(ふ)り」之枕詞。葦乃難波一代之代表性景物。

「思休(おもひやす)み」,不掛於念頭。休者止也。

「由緣(つれ)も無(な)く」,無所關心。

「績麻成(うみをな)す」,「長」之枕詞

「真木柱(まきはしら) 太高敷(ふとたかし)きて」,將宮殿建立壯大。太高敷乃古法建築不立礎石,將柱根埋於土中固定。難波宮亦可窺見此建築法。

「沖鳥(おきつとり)」,味鴨、巴鴨,以為「味」之枕詞

「文武百官(もののふ)の 八十伴男(やそとものを)は」,侍奉朝廷之文武百官。八十伴男為眾多世襲之胤。

「廬(いほ)り」,營建假宿以泊。

0929 反歌二首 【承前。】

 荒野等丹 里者雖有 大王之 敷座時者 京師跡成

 曠野(あらのら)に 里(さと)は在(あ)れども 大君(おほきみ)の 敷座(しきま)す時(とき)は 都(みやこ)と成(な)りぬ

 荒蕪曠野間 雖是天離鄙夷里 一旦吾大君 乘輿幸來敷座時 頓化都城御天下

笠金村 0929

曠野(あらのら)に」,荒蕪無人跡之原野。景行紀古訓曠野作あらのら。ら乃接尾語。

「敷(し)き」,占有、治理。

0930 【承前反歌第二。】

 海末通女 棚無小舟 榜出良之 客乃屋取爾 梶音所聞

 海人娘子(あまをとめ) 棚無(たなな)し小船(をぶね) 漕出(こぎづ)らし 旅宿(たびのやどり)に 楫音聞(かぢのおとき)こゆ

 海人娘子 所乘無棚小扁舟 划槳漕出哉 草枕他鄉旅宿間 楫音舸梶聲可聞

笠金村 0930

「棚無(たなな)し小船(をぶね)」,無船棚之貧弱小船。刳舟(くりぶね)之疇。

「宿(やどり)」,宿泊地。

「楫音聞(かぢのおとき)こゆ」,當時難波半島狀,為海所挾,東為草香江,西為大阪灣,海岸之音蓋可聞於宮中

0931 車持朝臣千年作歌一首 【并短歌。】

 鯨魚取 濱邊乎清三 打靡 生玉藻爾 朝名寸二 千重浪緣 夕菜寸二 五百重波因 邊津浪之 益敷布爾 月二異二 日日雖見 今耳二 秋足目八方 四良名美乃 五十開迴有 住吉能濱

 鯨魚取(いさなと)り 濱邊(はまへ)を清(きよ)み 打靡(うちなび)き 生(お)ふる玉藻(たまも)に 朝凪(あさなぎ)に 千重波寄(ちへなみよ)せ 夕凪(ゆふなぎ)に 五百重波寄(いほへなみよ)す 邊波(へつなみ)の 彌繁(いやしくしく)に 月(つき)に異(け)に 日(ひ)に日(ひ)に見(み)とも 今(いま)のみに 飽足(あきだ)らめやも 白波(しらなみ)の い咲迴(さきめぐ)れる 住吉濱(すみのえのはま)

 鯨魚獵取兮 海岸濱邊水清清 打靡漂蕩漾 茂生玉藻隨波流 朝凪平時 逐千重波隨浪寄 夕凪風靜時 更隨五百重波來 如此岸浪之 疊疊彌繁更幾重 縱令經月異 縱令日日每觀之 此情此景者 見之千百豈飽足 白浪濤如華 咲迴一面盛滿開 美不勝收住吉

車持千年 0931

「鯨魚取(いさなと)り」,海之枕詞,此用以修飾濱邊。

「邊波(へつなみ)の」,擊岸之浪。

「彌繁(いやしくしく)に」,更加頻繁。

「月(つき)に異(け)に」,經月而彌加。「異(け)に」有格別之意。

「日(ひ)に日(ひ)に見(み)とも 今(いま)のみに 飽足(あきだ)らめやも」,飽足在此有「不厭」、「仍未滿足」之二層寓意

「い咲迴(さきめぐ)れる」,以白花比喻白浪。

住吉濱(すみのえのはま)」,約在難波宮跡南去八公里之處。


0932 反歌一首 【承前。】

 白浪之 千重來緣流 住吉能 岸乃黃土粉 二寶比天由香名

 白波(しらなみ)の 千重(ちへ)に來寄(きよ)する 住吉(すみのえ)の 岸埴生(きしのはにふ)に 匂(にほ)ひて行(ゆ)かな

 白浪層層湧 千重寄岸拍濱邊 墨江注吉之 岸埴生發黃匂 去來染衣縱娛情

車持千年 0932

「岸埴生(きしのはにふ)」,染色用埴生之露頭處。

「匂(にほ)ひて行(ゆ)かな」,「匂ふ」乃赤色發散之狀。住吉一帶乃黃土產地,遊於此地則衣裳自然漸染為黃褐色

0933 山部宿禰赤人作歌一首 【并短歌。】

 天地之 遠我如 日月之 長我如 臨照 難波乃宮爾 和期大王 國所知良之 御食都國 日之御調等 淡路乃 野嶋之海子乃 海底 奧津伊久利二 鰒珠 左盤爾潛出 船並而 仕奉之 貴見禮者

 天地(あめつち)の 遠(とほ)きが如(ごと)く 日月(ひつき)の 長(なが)きが如(ごと)く 押照(おして)る 難波宮(なにはのみや)に 我(わ)ご大君(おほきみ) 國知(くにし)らすらし 御食國(みけつくに) 日御調(ひのみつき)と 淡路(あはぢ)の 野島海人(のしまのあま)の 海底(わたのそこ) 沖海礁(おきついくり)に 鮑玉(あはびたま) 澤(さは)に潛出(かづきで) 舟並(ふねな)めて 仕奉(つかへまつ)るし 貴見(たふときみ)れば

 玄天黃地之 遙遠無窮之所如 光陰日月之 亙古長久之所如 日光押照兮 難波長柄豐崎宮 八隅治天下 吾之大君治秋津 所理海幸御食國 奉為御膳日御調 狹別淡路之 野島海人白水郎 深邃海底兮 沖津遠洋海礁處 欲取鮑珠玉 幾度潛出勤不懈 並舟連漁舸 營為仕奉供御調 尊貴之情今可見

山部赤人 0933

「天地(あめつち)の 遠(とほ)きが如(ごと)く」,此處「遠き」乃時空悠久無窮無限之意。

「國知(くにし)らすらし」,與1037「宜(うべ)知らすらし」同,治國天下,理宜如是。

「御食國(みけつくに)」,進貢天皇御膳食材之國。「食(け)」乃食物。『萬葉集』中供奉海幸之國,有淡路伊勢志摩等,稱御食國。

「日御調(ひのみつき)と」,作為天皇供御。「日」乃以太陽比擬天皇,讚頌威之美稱。「調(つき)」乃各國獻上贄調納於朝廷之特產。按『延喜式』,淡路所獻有宍、雜魚、鹽等。

「沖海礁(おきついくり)に」,「海礁(いくり)」乃海中岩礁,適作漁場之地形。

「鮑玉(あはびたま)」,鮑魚中之珍珠,或云鮑魚本身。鮑乃主要海產品,平城宮木簡「貢進物荷札」有「薄鰒、蒸鮑、生鰒」等字。

「潛出(かづきで)」,潛入水中以取魚貝類

「仕奉(つかへまつ)るし 貴見(たふときみ)れば」,此云海人勤奉海幸,乃天皇威之表,而為其感動。與前文「我(わ)ご大君(おほきみ) 國知(くにし)らすらし」呼應。


0934 反歌一首 【承前。】

 朝名寸二 梶音所聞 三食津國 野嶋乃海子乃 船二四有良信

 朝凪(あさなぎ)に 梶音聞(かぢのおとき)こゆ 御食國(みけつくに) 野島海人(のしまのあま)の 舟(ふね)にし有(あ)るらし

 朝晨風歇時 船楫梶音聲可聞 海幸御食國 野島海人白水郎 其舟航來仕奉哉

山部赤人 0934

野島海人(のしまのあま)の」,「海人(あま)」原文作海子。相對海女(あまめ)而言。

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