kurakenyaのつれづれ日記

2010-09-21 無政府は安定的たり得るか?

僕は自称、無政府資本主義者であり、実際そういったスタンスで本も書いてきた。

しかし、slumlordさんの「なぜ私は無政府主義者ではないのか」

http://d.hatena.ne.jp/slumlord/20100917/1285076558

を読んで、遠い昔に考えていた懸念が確かに僕の中に蘇り、僕は自分の立場に十分な確信を持てなくなった。

僕は、昔から共産主義は成功しないと思ってきた。なぜなら、共産主義の分配は生産インセンティブとcompatibleではないからだ。自分利益にならないのに、全力を尽くす労働者が大多数であるような社会は考えづらい。

「変えられるものと変えられないもの」という話でも書いたことだが、あるいは人間の他人への支配欲というのは、進化の中に我々の神経回路にがっちりと埋めこまれているためにひじょうに強くて、とてもじゃないが、「自由」などという脳内ソフトウェアとしての「観念」では乗り越えられないのかも知れない。


僕はあまりに長い間文字だけの抽象的な世界に住んできたため、無政府社会論理的にもつだろうと考えられる美徳に魅せられたため、人間の他人への支配欲やレイプへの欲望、さらにもっとブラックサディスティックな欲望を軽視するというオメデタい野郎になってしまっていたのだろうか??

本当に、そうなのかもしれない。

大学時代までの自分は、空想主義的、牧歌主義にはむしろ積極的な軽蔑侮蔑を与えていたことは、間違いない。いまでこそ、あたかも聖人のような物言いをしていることもあるが、確かにもっと人の心は多様な欲望に満ち溢れている。例えば、最近なら「不夜城」のような暗黒小説を読めば、人間が多様な根源的な欲望をもって生きていることに、むしろ共感すら覚える。あるいは最近見かけたドラえもんパロディーもダークでシュール人間の心性を思い起こさせてくれる。

http://www.youtube.com/watch?v=OmY8RQOM8GY


警察軍隊が、それぞれのライバル会社の活動を許容し、ビジネス倫理にしたがって競争するというのは、この意味では、共産主義社会の空想と同じくらいに、オメデタい空想なのかも知れない。そういった意味では、僕は自分の考えを再思三考する必要があるだろう。


今この問題は、なるほど現時点では僕にとってのopen question としか言いようがない。