kurakenyaのつれづれ日記

2010-09-27 年をとる価値は僕にはない

アメリカ文化においては老化を軽蔑するという側面を持つのは、ロビンズによればアメリカ的な文化だと言うが、それは間違いで日本を含む、あらゆる社会でも同じだと思う。

そういえば、自分も30歳になって以降、鏡をみることを自然と避けているが、それは自分の姿に興味を失ってきたということと同時に、老化した自分を見たくないというのもあるだろう。特に驚くのは、ほくろやシミが増えて、髪が異様に細くなってきたということだ。これは驚くしかないし、同時に、女性の多くが、髪のボリュームを気にするのもよくわかるようになった。

原始時代に存在したはずの円熟の価値は、残念なことに、文字による知識の伝達や獲得などによって、重要性が低下したのは間違いない。僕のような新しい意味のない人間は、トットと引退するべきなのだろう。すべての意味において老害というべきなのかもしれない。

ホームページも死んだことだし、近いうちにホームページを勤務先のアドレスから、商業アドレス更新する必要があるだろう。