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作った人:mizuno-amiさん 作った人:mizuno-amiさん かえるまつり Palmなお部屋

2011-05-02

明日から岩手へ

明日から岩手の嫁さんの実家に行ってきます。

内陸なんで大きな被害は無かったようですが、それでもライフラインの遮断、道路の陥没など普段では考えられないことがおこりました。

実家には母親が一人で暮らしています。

お土産にお菓子を一杯持っていくんだそうです。

2011-03-25

2011年3月11日に起こったこと(2)

震災発生後15日目

岩手県には大勢の親戚が生活しています。

家内はまず、内陸部に住む母親に電話しましたが、つながりませんでした。

姉夫婦、その子供2人いずれも不通です。

携帯は制限が掛けられている可能性が高いし、固定電話は不通になってるかも知れません。

心配なのですが、やたら電話をかけまくっても迷惑なだけだし、他の方法を試してみることにしました。

まず、171(災害伝言ダイヤル)ですが、大槌はそれすら不通でした。

やがて、内陸部に住む母親から電話がかかってきました。

やはり電話は不通だったそうです。

姉夫婦の安否は全く分らないとのことでした。

ここまでが、地震発生1日目のことです。

2日目に姉夫婦の子供から電話がかかってきました。

兄弟2人で盛岡にいるそうで、携帯がようやく繋がったとのこと。

両親とは連絡が取れていないとのこと。

この段階で私達はインターネットで出来る限りの情報を集めました。

岩手県庁公式ページは、当時繋がり難かったのですが、避難場所、避難状況、避難人名、必要物資などを公開していました。

情報を更新するとTwitterで告知してくれるので、そのつど確認していました。

兄の勤務先が避難場所になっていたので、家内と「兄はほぼ助かってるんじゃないか?」と話し、2人ともそう信じていましたが、不確実な推測を彼らの子供に伝える訳には行かず、歯がゆい思いをしながら待つことしか出来ません。

地元からの情報は他にIBC岩手放送が行っていました。

こちらも情報を更新するとTwitterで告知されます。

その他、Google人探し等も利用しました。

3日目の夕方、母親から電話があり、姉夫婦の無事が確認されました。

母親のところへも本人からではなく同僚の方が連絡して下さったそうです。

姉が大槌で、兄が釜石で無事なのは分りました。

釜石と大槌は隣町で普段なら歩いても行けるような場所です。

ですが、メインの海沿いの道が破壊されてしまったので、いったん内陸部に行って、そこからV字ターン的に戻るしか方法がありません。

一般車両は通行禁止で緊急車両が同じ方面なら人も乗せてくれたようです。

迂回地は遠野で皆さん一旦そこを経由してまた戻っていったそうです。

今現在、姉夫婦の御両親の安否は分っていません。

家内は日に一度母親に電話して様子を聞いています。

姉にも電話したいのでしょうが遠慮しています。

東北の天気予報が気になります。

東和町の東和温泉も被災者や復興支援の方の入浴は無料だそうです。

内陸と海沿いの町の通り道にありますので、気軽に立ち寄れると思います。

2011-03-24

2011年3月11日に起こったこと

■震災発生後14日目

そのとき私は東京の自宅で仕事をしていた。

地震を感じたが、しばらく待機、その後尋常じゃない揺れだと考え机の下に避難。

52年生きてきたが初めて感じた揺れ方。

縦揺れ、横揺れというより、嵐の中でヨットに乗っているような不思議な感覚。

大袈裟と思われるかもしれないが「これまでか?」と覚悟した。

ようやく地震が収まり、家族の安全確認をする。

2人の息子は休みで自室にいたから、すぐに確認出来た。

家内は勤務中なので安否の報告してくれる様メールしておく。

しばらくすると家内からも被害なしのメールが来たので一安心。

テレビを付けると今回の地震が恐ろしい規模で発生した大災害だということが分った。

家内は岩手県出身で親兄弟、親戚が岩手県内に在住している。

とくに、姉は大槌に嫁ぎ、2人の子供と御両親の6人が大槌で暮らしている。

釜石と大槌はほぼ壊滅状態だと言う。

安否が全く分らず、時間が過ぎていく。

3日後に姉夫婦と子供の安全が確認出来た。

今現在、御両親の安否が確認出来ていない。

こちらからは連絡していない。

たまに家内の姉から連絡がある。

彼女が被災したのは大槌の小学校で、普段は緊急時の避難所に指定されているところである。

海辺の町によくありがちな前は崖に面した道路で後ろは山、ほんの少しの平地に集落が形成されていて、その学校は高さがあるので避難所に指定されていたのだろう。

被災当時はあっという間に校舎の2階まで水が上がってきたそうだ。

児童、町民とともに獣道を必死で逃げたそうだ。

その後も孤立期間が長かったが、ようやく自衛隊が徒歩で救助に入ってきてくれたそうで、なんとか助かることができた。

今日花巻温泉が自前のバスの送迎付きで、大槌の被災者を温泉、昼食に招待すると言う。

少しほっとできると思う。

禁煙中