『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 8

8−α

二人の長門に挟まれながら聞いた話が動くたびに耳から零れ落ちないように慎重に歩きながら、俺たちはハルヒたちとの待ち合わせ場所へと急いだ。
この間妙だったのは、俺たちは約束の時間ギリギリになっているはずなのに、あの暴君ハルヒが一度も俺の携帯に電話しなかったことである。これは今までには無かった事であり、その時に黄色いヘアバンドが頭に浮かんで思わず舌打ちして長門に視線を向けられたのは一生の不覚と言ってもいいかもしれない。
そして俺達が着いた時には既に他のメンバーは揃っていたのだったが、俺に奇妙な印象しか与えなかった。
まずハルヒハルヒコと何やら楽しげに話しこみ、それを笑顔で古泉(♀)が見ている。しかも俺達に気付いたのはその古泉だけで、男なら十人中九人は勘違いしそうな笑顔でこちらに会釈した。
それよりもハルヒの奴はいつもなら怒鳴りながら電話してくるくせに、こういう時は無視ときやがったか。そのことに気をとられ、長門に袖を引かれなければ古泉(♀)の挨拶をこっちまで無視するところだったんだがな。慌てて会釈を返したんだが、はっきり言おう、古泉とは思えん淑やかさだ。
ああ、どこかの馬鹿にも見習ってもらいたいね。そこの俺を無視して話し込んでる馬鹿に。
もうあいつは放っておこう、俺はそう固く誓った。
それで朝比奈さん達の許へ。こちらもハルヒたちが話し込んでいるので少々手持ち無沙汰のようだった。
「すいません、俺らが最後みたいですね」
「いいえ、あたし達も今着いたところですから」
そう言う朝比奈さんは出発時には持っていなかった紙袋を大切そうに抱えている。どうやらショッピングだったようだな、このグループは。
それにしても大変有意義な時間が過ごせたのか、朝比奈さん二人は仲良く話をしている。そうだな、まるで姉弟みたいだ。
それに引き換え、
「………………」
「………………」
これは長門たちではない。長門長門は只今どこからか取り出した本を読書中である。小柄な俺達の長門が分厚いハードカバーを、長身の男の長門は片手に文庫本という違いはあるが。
つまりはお前ら何があったんだ? キョン子は何故か俺達の立っている所から少し離れ気味だし、古泉もいつものスマイルが若干気まずげなのだから何もなかったとは思えないだろう。
ああチクショウ、俺は今まで自分の許容量をはるかに超える勢いで脳細胞をフル回転させていたのに、これ以上話をややこしくするなよ。
ハルヒ達の話は終わりそうにないし、イライラする事この上ない。とにかく古泉に理由を問いただすしかないんだろう。
俺は誰の目にも分かるような大きなため息をついた。朝比奈さん達が少し心配そうにしてくれてるんだが仕方ない。俺は古泉に近づき、
「何があった?」
と聞いてみた。もう少し声を落としても良かったんだが、ハルヒは聞いてないようだしキョン子には聞かせないといかんからな。古泉に顔を近づけたくもないし、何よりも俺の精神はささくれが大量生産されていたんだ。
「そうですね、何もなかったと言えばそのはずなのですが」
よく分からん。それであのキョン子の態度は何なんだ?! 俺はこんなことに関わってる場合じゃないんだぞ。
「落ち着いて下さい。僕としては最大限に紳士的に接したつもりだったのですが、どうもご機嫌を損ねてしまったようで。逆に申し訳なくて仕方がありません、出来ればあなたに謝罪のための橋渡しをして欲しいくらいなんです」
そういう古泉の表情はいつもの笑顔とは微妙の変化がある。こいつとの付き合いも長くなってしまったんだが、ここまで弱気に笑うこいつなんか見たことがない。
「そうか、それなら後でキョン子と話でもするか。ところで古泉?」
「なんでしょう?」
「お前らはどこまで理解出来てるんだ?」
「その事ですか、先程キョン子さんと話した感じで大まかな部分は」
やっぱりな、こいつならその程度の予測はすぐに付いたことだろう。となるとあっちの古泉も同等と考えていいのか?
「恐らくは。まだ僕も彼女とは会話していないので確定は出来ませんが」
まあそれを言えば俺だって女の古泉とは話していない。よりによってハルヒの傍にいるから話しかけにも行きづらいしな。
「上手くタイミングを見て僕からコンタクトしてみましょうか」
そうだな、長門に頼んで午後の組み合わせを操作してもらうのもいいかもしれない。この調子なら午後もどうなるか分からんがな。
「そのようですね、しかしこのままではいけませんね。何故彼女が止めないのかも分かりませんから僕が行ってきます。その間に長門さんに話を付けておいて下さい」
わかった。古泉が仲良く談笑する二人の涼宮の間へ割り込もうとするのを見ながら、俺は長門に午後の組み合わせをどうするか相談する為に読書中のW長門に近づいた。





8−β

あたしはどうしてしまったんだろう。集合場所へ向かう途中でも朝比奈さん達となにか話をしたはずなのに、ほとんど右から左へと内容は流れていった。
古泉(♂)もあれから無口なままだし、お前は話してなんぼのキャラじゃなかったの? などと言えるはずもなく、朝比奈さん達の話を上の空で聞きながら後ろの古泉の気配に気をとられてしまい、頭の中をあいつの声が駆け巡っている。
そんなあたし達が集合場所に着いた時にはまだキョンは来ていなかった。寂しいようなホッとしたような感情が襲ってきて、あたしは混乱しそうになる。
思わず周囲から距離をとってしまった。古泉(♀)がそれに一瞬だけ不審そうな目を向けてくる。というか、ハルヒコ達はもう来てたのか。
それにすら気付かないほど、あたしは自分を見失っていたんだろうか? いや、あのハルヒコがあたし達に気付かないほど話しこんでいるんだ。あのハルヒって子と。
信じられないほど打ち解けている二人に奇妙な違和感を覚える。ハルヒコはああいう性格だから一度話して気に入った人間に対しては馴れ馴れしいといっていい奴なのだが、それにしても初対面の女の子とあれだけ話が出来るほどナンパな男でもない。
ただそれ以上に、あの光景を見たらまたあいつの機嫌が悪いんだろうなと思うと何かモヤモヤしてくるんだ、あたしまで。
楽しげに話しているのはハルヒコと朝比奈さん達だけで、古泉(♀)はそれを黙って見てるだけだし、もう一人の古泉とは何か話しづらい。
自然と距離を空けたままのあたしは一人で黙っているしかなかった。なんでだろ、あたしはもっと色々話を聞かなければならないはずなのに、なんだか何もする気が起きない。
せめてあいつらでも戻ってくればと思っていたら、タイミングよく戻ってきたんだけど。長門はともかくキョンは疲れた表情を隠しきれていなかった。余程の事を聞いたんだろうな、本当ならあたしも聞いてなきゃいけないのよね。
そしてキョンの表情が変わった。あたしが予想したとおり、ハルヒが楽しそうに話すのを見た瞬間に。本人は気付いていないだろう、眉間に寄った皺が怒りを表してるように見えた。
しかしすぐに表情を戻すと朝比奈さん達に挨拶をする。朝比奈さん(♀)と話すときだけはそういう顔するんだ、そう思うとモヤモヤが広がっていく。
一言二言、言葉を交わしたら朝比奈さん(♀)はまた朝比奈さん(♂)と話し始める。
キョンはあたしと古泉(♂)を見やると表情をまた曇らせた。あたしが原因でイライラしてるんだろうか? あたしにそんなつもりはないのに。
何か話さないといけないのに言葉はなにも出てこないまま、あたしは何もせずに立っているだった。
するとキョンは誰もが分かるほどの大きなため息を一つ付くと、黙って古泉(♂)へと近づいた。
「何があった?」
機嫌が悪いあいつの声は低く重い。それにすら気付かないハルヒコと、気付いてるのに無言な古泉が距離をおいてるあたしには不思議な感じに見えている。
古泉(♂)の声までは聞こえなかったけど、その笑い方にあたしへの遠慮が見えて何かあたしは情けない気持ちに覆いかぶされる。
そいつは悪くない、あたしが何か変なんだ。
そう言おうとあたしがキョンに向かおうとしたら、キョン長門(♀)へと近づいていった。古泉(♂)もハルヒコ達の元へ。
「あ……………」
そうだった、あたしがまず長門(♂)に話を聞きにいかなきゃいけなかったはずなのに。
なにもしてないまま立ち尽くすしかないあたしに朝比奈さん(♀)が声をかけてきた。
「あの、キョン子さん? 大丈夫ですか、顔色も良くないようなんですけど………」
この人は何も知らないのに初対面のあたしを心配してくれる。それも真剣に。そりゃあいつも天使だと言うはずだわ。
横のあたし達の朝比奈さんも不安そうに見てる。この方も同じ様に心優しい人なんだ。
それなのにあたしは……………
「大丈夫、なんでもありませんよ。ほら、ハルヒコがあんな奴ですから心配で」
無理に笑って朝比奈さん(♀)に答えるしかなかった。朝比奈さん(♀)はあたしも見とれる極上の笑顔で、
「ふふっ、心配なんですね? でも涼宮さんも楽しそうですし、大丈夫だと思いますよ」
と言ってくれた。横の朝比奈さんも首を縦にブンブン振っている。
「すいません、朝比奈さんにまでご心配おかけしてしまって」
「いいえ、あたしはいいんですよ。それより古泉くんが涼宮さんとお話してますから、そろそろさっきのお店に戻るんじゃないですか?」
朝比奈さんの言葉と、
「そうね! それじゃ午後の組み分けを決めるわよ! さ、行きましょ!!」
そういうハルヒのセリフであたし達は喫茶店へと戻ることになったのだった。
先頭をハルヒコとハルヒ、古泉二人が朝比奈さんたちとそれに続き、
「それじゃ行くぞ」
キョンの言葉で長門たちも歩き出していて、あたし達だけが残ってるのに気付いた。
そんなあたしを見たキョンは多少心配そうに、
「すまんな、古泉の奴が何かしたらしいと言ってたんだが大丈夫だったか?」
と聞いてきた。別に古泉が悪いんじゃない、あたしがおかしいだけなんだけど。
「別に古泉に何かされたわけじゃないわよ、それより行きましょ?」
何でもないふりをするあたしにキョンは、
「ああ。午後は何とかお前との組み合わせになるように長門に頼んだからな、不安なのはわかるがもう少し我慢してくれ」
と言ってくれた。なんでかな、心配してくれてるんだって思ったらあたしの心が軽くなるような。
それに午後は一緒に居られるんだ。それがなんで嬉しいんだろう?
とにかくあたし達はハルヒコ達に追いつくように足を速めながら喫茶店へと向かった。







しかしまだ俺達は事態に翻弄されることとなる。これは俺の責任だ。
しかしまだあたし達は状況に翻弄されることになる。あたしが悪いんだ。