『SS』 あるいはこれも予定調和

最初に宣言しておくが、俺には眼鏡属性はない。
眼鏡をかけていようが可愛い子は可愛いし、眼鏡がない方がいい長門のような例もあるしな。逆にかけたほうがいい子もいるだろうが、生憎とまだあった事もないし、そこまで拘っている訳でもない。
これは眼鏡をかけている女の子が可愛いか可愛くないか、というだけではなく俺自身が眼鏡をかける必要がないってことでもある。
大体、男が眼鏡をかけていようがいまいがどうでもいいじゃねえか。そして俺はかける必要も無い眼鏡をかけるつもりもない。
……………はずだったんだけどなあ? なんでこうなったのかは俺にはさっぱり分からん、ただ俺自身の望んだ事じゃない事だけは確かだな。


事の発端が何だったのかと言えば、まあいつものパターンである。そしてこの場合のいつものパターンというのは、
「あー、何か面白い事ないかしらねえ?」
というSOS団団長による呟きから始まるという事は流石に一年もこの学校非公認団体で過ごせば嫌でも分かるというものだ。
それにより何と世界が終わってしまうかもしれないという馬鹿馬鹿しいお話が目の前に転がってるんだから世界というのも案外手軽なものであるが、当事者に名前を連ねてしまっている以上はそうとも言ってられないのだよ。
世界崩壊を食い止めるべく立ち上がるメンバーは、副団長兼超能力者兼インチキスマイルのハンサムであり、専属メイド兼未来人兼麗しき天使である先輩であり、万能選手兼宇宙人兼無口な元文芸部員であり、平の雑用兼一般人兼俺である。
そしてこのあまりにも個性的なプロフィールを持つ面々の中で口火を切らねばならないのが、一般人である俺というのがどうにも納得いかないんだが誰か理由を教えていただけないもんかね?
とはいえ話の口火を切らねば話は進まないのは至極当然なのであり、俺は周囲の妙な期待を込めた視線に後押しされるようにハルヒに話しかけたのであった。
「なあハルヒ、何を持って面白いというかは人それぞれだが、そう簡単にお前の言うところの面白い事というものが起こるほど世の中は便利に出来とらんぞ」
何という冷静さ、我ながら素晴らしい。しかしこの俺の一般論はどうやら団長にはお気に召さなかったご様子である。
「分かってないわねえ、世の中が便利であろうとなかろうと面白い事はあるはずなのよ! それを見つけるのがSOS団ってもんでしょ!」
ならお前一人でも頑張って見つけてくれ。とりあえずは俺は目の前の将棋盤で古泉の王に王手をかけることに専念することにする。
「あのねえ、団長のあたしが面白い事を探すのに平団員のあんたが率先して動かなくってどうすんのよ?!」
とまあ言われたところで生憎と面白い事が向こうから来てくれる訳でもないからどうしようもないのだが。
しかしきっかけは出来た、後はこいつの出番である。王手をかけられかけたのを回避するにはちょうどいいタイミングでウチの副団長が団長に尋ねるのだ。
「ところで涼宮さんは今現在興味があることなどはないのですか?」
間違っても旅行じゃないことを祈るね、これ以上『機関』には頼りたくないし何より登場人物が増えたら収集がつかん。
「うーん、特に興味と言われてもねえ………………そうね、最近は随分と萌えが少なくなった気がするわね」
はあ、やはり訳分からんことを言い出したぞ。しかも『萌え』という言葉を聞いた途端に、ヒッと小さく悲鳴を上げたメイドさんがいらっしゃるのだからこれまた嫌な予感がする。
「なるほど、流石は涼宮さん」
何が流石かは知らんが団長に追随することに於いてはこいつ以上の人間を知らんのもまた事実である。
「そこで涼宮さんの提唱する新しい萌えというものを我々にもお聞かせ願えれば幸いです」
俺は聞きたくはないんだが。だが我らが団長は副団長の進言がいたくお気に召したご様子である。
「そうね、あたしは結局萌えっていうのは不朽不滅のものだと思うの!」
ほう、そいつはまた大仰な。
「混ぜっ返すんじゃないわよ! それでね? あたしは気付いたの、萌えって男女には関係のないものじゃないかって!!」
まるで新しい惑星を発見した天文学者もかくやの勢いである、さっきまで面白い事はないかと不満を言っていた奴と同一人物とは思えんな。
しかし男女関係ないというのがどうにも引っかかる、何やら嫌な予感しかしてこないんだが。そしてその予感は的中する。
「それならば涼宮さんはどのようにそれを表現されるおつもりですか?」
煽るな阿呆と言う間も無くハルヒは大きな音を立てて机を叩き、
「とりあえず眼鏡ね!!」
はあ? 意味が分からん。叫んだ本人しか理解出来ない発想の飛躍は勘弁してもらえないだろうか。
見ろ、古泉だって顔はそのままだが意味を探るために腹の中で考えっぱなしだし朝比奈さんはきょとんとしてるし長門は本から顔も上げやしない。
「なあハルヒ、何がどうなれば眼鏡という言葉が出てくるんだ?」
「分かんないの? 眼鏡は萌えの基本じゃない!」
いや、そんな基本は知らん。とにかく眼鏡がどうとかは俺には関係ない話だ、そんな属性もないしな。
「分かってんじゃない?」
いいや、知らん。
そんな押し問答も面倒なのか、
「いいから眼鏡なのよ! とにかくちょっと用意したから!」
ん? いつの間にそんなものを……………ってハルヒは団長席の机の下からダンボール箱を取り出した。いや、だからいつ仕込んでたんだって。
「ジャッジャーン!!」
あー、つまり今までの長話はこの為の前フリだったとでも言いたい訳か? それならさっきまでの俺たちの気苦労分を返せと言いたい。
だが残念な事にそれを進言する輩はここにはいないし、もし言ったとしても聞く耳を持っている団長様ではありゃしない。



という事で俺たちはハルヒの出したダンボール箱を取り囲んでいる次第である。まあ中身はハルヒの言うとおりなら眼鏡なんだろうが、
「はい、ちゅうもーく!!」
もうしてるって。高らかに手を上げたハルヒは、
「それじゃ、みんなに萌えとは何か改めて検証して見るわよ!!」
そう宣言後に箱を開けた。その中身は、
「ふぇえ〜、沢山ありますねえ」
「おやおや、ここまでとは………」
「サングラスもある」
団員の反応を見てもらえれば分かるだろう、この馬鹿はいくつ眼鏡を持ってきてたんだ? 俺は感心するよりもまず呆れたね、この行動力の源を知りたいところだよ。
とにかく箱いっぱいの眼鏡を、
「フレームが折れちゃうかと思ったけど置くとこなかったからね。さて、このままじゃダメだから並べなさい、キョン
何で俺がと思うものの仕方なく長机に眼鏡を並べていったら机が眼鏡で埋まってしまった。改めてアホだな、こいつ。
まるで眼鏡店のような光景を見て一人満足そうに頷いたハルヒは、
「準備も出来たわね、それじゃキョン
なんだ?
「はい、これかけて」
渡されたのは黒縁が大きい昔漫画で見たような眼鏡である、よくあったなこんなの。どう考えても萌えではなくお笑いだとしか思えないぞ? なので、
「よし断る」
例えこの流れが自然なものであろうとここは拒否すべきなのだ、お笑い担当なら同じクラスにいるじゃねえか。
「いいからかけなさい!」
だがここはSOS団であり、団長命令は絶対であったりするのである。民主主義国家に暮らしながらなんという理不尽であろうか。
渋々かけてみたものの、
「…………普通ねえ」
「いやー、苦労してますねえ」
「に、似合ってますよ?」
「ユニーク」
うん、お前ら嫌いだ。だから眼鏡なんて、
「今度はこれね!」
まだあるのかよ! 今度は流行りの縁無しというやつか。もう自棄なので黙って受け取り、それをかける。
「……………ふーん………」
「これはまた…………」
「ほわぁ〜………」
「…………………」
なんだよ、笑いたきゃ笑えよ。マジマジ見られても情けなくなってくるだけだろうが。大体何で俺がこんなことしなきゃならんのだ、こういうのは古泉といういい素材がだな、
「ところで古泉くん?」
「はい、何でしょう?」
「………今日はバイトはないのかしら?」
「はい?」
待て待て、お前は何を言っている? 今のお前の機嫌なら古泉がバイトに行く必要などだな………
するとハルヒは朝比奈さん、長門と一瞬でアイコンタクトを交わしたようだって何でだ?
しかも朝比奈さんは立ち上がると、
「あ、古泉くん、お茶お下げしますね」
あれ? 古泉の湯のみにはまだお茶は残ってますが。古泉の顔色も変わってきてるし。
古泉一樹は空気が読める」
何を言ってるんだ長門、何を頷くハルヒ? そして変な汗でてるぞ古泉。
それよりも古泉にバイトかどうか尋ねるよりも、こいつに似合う眼鏡とかは、
「そういえば今日はこれからバイトがあるのでした、せっかく彼のいつもと違う顔が見られる機会だったのですが残念ですね」
おい古泉? 何でそんな事言い出したんだ、第一閉鎖空間なんぞ出ているとは思えないぞ? しかし古泉はそそくさと荷物をまとめ、
「ではこれで」
俺に『あとは任せました、ご武運を』とアイコンタクトして出て行ったのである。というか逃げたのかあいつ?! 
残されたのは眼鏡をかけた俺とSOS団の女性陣である、つまりは俺には逃げ道がないと理解すればいいんだろうか? いや、逃げるも何も何で古泉が追い出されたのかも分からん。
「さすが古泉くんよね」
「わかってもらってよかったですね」
「空気が読めていた」
それで分かってる連中は妙に納得顔で頷いているんだが、何というか俺一人取り残されたような感じだな。しかも決して俺にとっていい方向に向かってるようにも思えない。
だがそんな俺の焦燥をよそに楽しげな団員(女性のみ)は机に並べられた眼鏡を騒がしく物色中である。えーと、俺まだ眼鏡すんのか?
「………これを」
………長門までかよ、下にだけ縁があるタイプの細い眼鏡を差し出される。これも最近は流行りものだな、嫌だが長門が差し出したので仕方ないからかけてみる。
「………やるわね、有希」
「なにか知的です〜」
「………予想通り」
そうですか、どうやらお気に召したようですね。ところでどんな顔してんだか鏡くらい見せてもらってもいいと思うのだが。
「これなんかどうですか〜?」
朝比奈さん、コスプレじゃないんですから。というか自分の事を忘れてノリノリで俺に勧めるんですね。真っ赤なフレームの眼鏡はお笑いというよりスタイリッシュを狙うようだが、かけるのは俺なんだけど。
「あら、思ったより悪くないわね」
「ですよね、可愛いです」
「意外」
あー、笑われなくて良かったのか? というか何故話しながら写メってるんだハルヒ、朝比奈さんまで。そのデジカメは団の備品だろ、長門
「丸いフレームより四角の方がいいわね」
「大きいフレームも可愛いですよ」
「もう少しずらして」
あれ? これは何なんだ? 何故俺は眼鏡を何個もかけさせられてるんだ? そしてポーズまで指定されるってどういうことなんだよ!?
「片眼鏡もかっこいいわ」
「サングラスだとキョンくんの目が見えないのは嫌ですねぇ」
「頬杖をついて窓際に視線を」
一体何枚撮る気だハルヒ、サングラスがどうとか言いながら携帯を手放さないのは何故ですか朝比奈さん、そのメモリースティックにあと何枚入るんだ長門
「黒よりもシルバーじゃない?」
「でも細身のフレームだったら引き締まってカッコいいじゃないですか?」
「金もいける」
同じデザインでフレームの色の論争をするな! どうなってるんだ、まるでこれでは俺が朝比奈さんではないか。いや、この撮影会はそれよりもタチが悪い!
「やられたわ、まさか鼈甲まで似合うなんて……」
「着物とかも似合いそうです〜」
「衣装を用意していなかったのは我々のミス、迂闊だった」
いやいや! コスプレまでさせる気か、お前ら!! しかし何だこのノリは? ハルヒも朝比奈さんも長門までも携帯やカメラを片手に次々と俺に眼鏡を差し出すのだ。
最早断る力すら湧かないままに眼鏡をかけ、言われるままにポーズを取るしかない俺なのだった。何よりも逆らうのが怖いんだって、この雰囲気。
延々と地獄のような撮影会は続き、気が付けば校内に閉じ込められる直前になるまで俺は女性陣のおもちゃと化していたのである……………結局大量の眼鏡でかけていないものは無くなっていたというのが我ながら恐ろしい。



もうとっくに暗くなった道を大騒ぎで帰るSOS団(古泉除く)なのだが、なんと長門までがハルヒ達と並んで話しながら帰っている。
その少し後を歩く俺は撮影の疲れで足取りも重くなろうというものだった。何で俺がこんな目に遭わなきゃならなかったんだろうか、古泉の奴に恨み言の一つも言いたくなる。
しかしまあ、楽しそうな三人を見たらこういうのも有りかもしれんと思えるのだから俺もいい加減甘いもんだよな。
「まったく、やれやれだぜ……」
ため息をつきながら俺は家族へ遅くなった言い訳を考えることにしたのであった……………













「やっぱり眼鏡をかけたキョンもカッコいいわよね」
「新しい発見も多かったです〜」
「素材の勝利。だがもっと……………」
「そうよね、あたしだって…………」
「それならあたしも…………」
「………………決定」


それから、何がどうしてこうなったのかは分からないままに週に一回『SOS団眼鏡デー』が制定されてしまい、全員が眼鏡姿になるような話になってしまうのはどうしてなんだ?