『SS』 春はあけぼの 中編

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「ふう、ご馳走様でした」
「いえいえ、お粗末様っ!」
 飯も食って一息つきながら、俺は鶴屋さんが淹れなおしてくれたお茶を飲んでいた。夕飯は予想を遙かに超えて旨かった。料亭など行った事はないが、恐らくここと比べて引けを取るとは思えない。家の食事に不満を持ちそうになっちまうな。しかし良かったのだろうか、
「いいんですか? 家族と食事じゃなくて」
 鶴屋さんはわざわざ俺のいる離れまで食事を持ってくると二人で食べていた訳なのだが、別にイチャイチャしていたんじゃないが思い返すと気恥ずかしいものがあるな。しかも食事は全部鶴屋さん本人が運んでくれたのだ、申し訳無くもなってくる。
 いくらお客様とはいえ贅沢極まりないのではないかと心配な俺なのだが、
「いいよ、どうせ家族が揃う機会は少ないからね。それにあたしもキョンくんと一緒にご飯食べるのは楽しいよ」
 さりげなく言った一言に何となく鶴屋さんの本音が見えたような気がした。もしかしたらこの広い家で一人で食事してるんじゃないかって思えば無理にでも俺を引きとめようとしたのも分からなくは無い。
 そう思えば俺なんかでよければいくらでもお付き合いしようというものだろう、実際俺も鶴屋さんといるのは楽しいしな。
「それならいいんですけど。俺も飯は旨かったし、鶴屋さんみたいな人と一緒に食事なんて分不相応ってもんですよ」
 これは偽りの無い本音だ。
「なーに言ってんだい、褒めたって何にも出ないよ?」
 これだけしてもらえれば十分ですって。お茶を飲み干しながら煎餅の残りを齧る。笑ってる鶴屋さんを正面に見ながら旨いお茶を飲む、これはなかなかに贅沢なもんだよな。
 ただし、ここまでのんびりしていても仕方が無い。そろそろ本気でお暇しないと、いくらなんでもまずいだろう。
「それじゃ鶴屋さん、俺はこれで……」
「ああ、お風呂ならこの離れにもあるからね」
 何ですと?! いや、俺が言いたかったのはそういう事ではなくて、
「着替えは用意してるから心配ないよ?」
 いつの間にそこまでとは言えないところが鶴屋家の怖いところだな。最早宿泊は規定事項と化しているようだ、これ以上の抵抗は不可能な気がしてきた。
 それに離れに泊まる事になる訳だし、鶴屋さんもそろそろ自分の部屋へ戻るだろう。そう思えば近場に一泊旅行したとすればいいだろう。たまには骨休みもいいものだ、こう言うと何だが俺も結構苦労してると思うんだぜ?
「はあ、分かりました。それじゃ風呂もいただきます、鶴屋さんもそろそろ戻ったほうがいいですよ」
 風呂に入ってる間に鶴屋さんも戻ればいいだろうし、向こうも風呂に入るかもしれん。一応そう言っておけば鶴屋さんもこっちに遠慮しなくて自室に戻ってくれるだろう。
「そんじゃまた後でね!」
 鶴屋さんが笑顔でそう言ったので、俺は風呂に入る事にした。離れとはいえ風呂まであるとは流石鶴屋家だと関心せざるを得ないのだが、まあのんびりできるのはいい事だ。
 しかも離れの風呂だというのに俺の家の風呂より広いのだから何にも言えない。格差社会には負けないのである。だが久々に足を伸ばしてゆっくり風呂に入れるというのは幸せな事なのだ、俺は体を洗うのもそこそこに湯船に身体を沈めているのであった。
「ふう…………」
 あまり長湯をする方ではないが、これなら少しは浸かっておきたいもんだな。そう思って顔を洗った時だった。
キョンくーん、お邪魔するよー」
 と言う声が聞こえて風呂場の扉が開いた、ってまさか?! 俺が驚く暇も無く目の前に飛び込んできたのはバスタオル一枚を身体に巻きつけたこの家のお嬢様だったのだ。
「あ、あ、あ、あの、鶴屋さん?! なんでここに!!」
 思わず声も裏返ろうというものだ、はっきり言って刺激的過ぎる。朝比奈さんのようなインパクトではないが、鶴屋さんの引き締まったプロポーションはタオル一枚だと強調され、むき出しの肩口や生足は嫌でも目を惹きつけてしまうのだから。
「ちゃんと後でって言ったじゃない? あたしもお風呂に入るんだよ、キョンくん聞いてなかったのかい?」 
 そりゃまさか後で、というのがこういう事だとは思わなかったからである。これはまずい、俺は視線を水面に落としたまま、
「いえ、あの、すぐ上がりますから一回出てもらえますかね?」
 としか言えなかった訳だ。当たり前かもしれないが視線なんか上げられるはずがない、何を考えてるんだ鶴屋さんは?!
「いいよ、遠慮しないで浸かってて。あたしはついでに一緒に入ろうって思っただけだから」
 思わないでください! だが既に浴室に入ってきた鶴屋さんは俺がいないかのようにシャワーで髪を洗おうとしている。まさか鶴屋さんハルヒのように男をジャガイモか何かだと思ってるのだろうか、それとも俺なんかは眼中にないって事なのか?
 何も言い出せないままにシャワーの音だけが浴室に響く。タオルが濡れて張り付き、より鶴屋さんの身体のラインを浮き彫りにしてゆく。はっきり見る訳にはいかないが、まさかと思うが下には何も………
「ちょっとー、キョンくーん」
 いかん! 何を考えていた俺は!? 鶴屋さんの声で意識をタオルから離した俺は声に動揺が混じらないように注意しながら、
「何でしょうか、鶴屋さん?」
 と普通に答えたのだが、まず状況が普通じゃねえだろ、と言われるのは遠慮してもらいたい。何より俺が一番この状態に戸惑っているんだからな。だが混乱の原因たる先輩はいつもの調子で、
「ちょろんと髪を洗うのを手伝って欲しいんだけどね。ほら、後ろの方とか届きにくいっからさ」
 などと言い出すのだから大事である。いやいや! 流石にそれはヤバイだろ! 言われた瞬間から顔は赤いは汗は噴き出すはで風呂に入ってる意味ないんじゃないかってレベルだぞ!
「いえ、あの、それはちょっと……………」
 勘弁してほしい、無防備だとか言うレベルじゃないだろ。まるでこれじゃバカップルか新婚の夫婦だ、というかそんな発想しか出てこない俺もどうかと思うが。
「ああ気にしなくていいよん、あたしからは見えないからさー」
 こっちが気にするんですって! ところが本当に気にしてないのか、
「ねえ〜、はやくぅ〜」
 なんて甘い声など出すのだから最早イジメである。しかもこの人、手を止めて俺が上がってくるのを待ってやがる。これ以上は何かアクションが無ければどうにもならないんだろうな、仕方なく俺は湯船から上がった。勿論タオルは腰に巻いているぞ、身体を洗うために持ってきておいて正解だったぜ。
 なんともまあ間抜けにも、恐る恐る鶴屋さんの後ろに立つ。
「あ、座っていいからね」
 見えないのに気配だけで分かるのか、鶴屋さんは傍らを指差す。確かに予備の椅子はあるが、どれだけ充実してるんだ鶴屋家の風呂は。
 もうここまで来たら開き直りしかない、俺は椅子を用意して鶴屋さんの真後ろに腰掛けた。
「そ、それではいきます」
「おう、やっちゃって!」
 シャンプーを手に取り、鶴屋さんの髪へ。大量の髪を持ち上げるように梳く。確かにこの量だと隅々までシャンプーを含ませるだけで一苦労だろう、どれだけの量のシャンプーを使うのか想像出来ないな。
 どのくらいの力でやればいいのかも分からず単に髪を撫で付けているだけだったのだが、こんなものでいいのだろうか? とにかく慎重に優しくを心がけてはいるつもりだ。というのも、これだけの長さなのに枝毛どころか輝いてすら見える。これだけ近くでじっくりと鶴屋さんの髪を眺めるなんて思わなかったからな、触るのがもったいないほどに手入れされているのがよく分かる。
「…………………………」
 しかし手触りも滑らかであり、しかも黒々とした髪は水に濡れてずっしりとした重みを俺の手に伝えている。まるでシルクのような手触りと言えば言い過ぎになるのだろうか? しかし流れるように俺の手をすり抜ける黒髪は柔らかく、その上でやせ細っている訳でもないのでしっかりとした弾力すら感じさせる。
「…………んっ………」
 どこまでもシャンプーを飲み込んでいきそうなボリュームの髪にそっと指を這わせてゆくのだが、俺の手が完全に隠れてしまうほどに艶やかなる黒髪の森は奥深いのであった。
「はふぅ……………」
 ところで鶴屋さんの手がさっきから動いていないような気がするのだが。それどころか膝の上に手を置いたまま大人しくなっている。どうしたのか、もしかしたら痛かったのだろうかと、
「すいません、どこか引っ張っちゃいましたか?」
 あまりの触り心地の良さに何か不手際が無かったとは限らない。慌てて手を引っ込めようとしたのだが、
「あ、ううん! それより……………もうちょっと……………」
 鶴屋さんらしくもない小声でそう言われてしまうと、何となくどうすればいいのか戸惑ってしまう。
「あ、上のほうまでやって欲しい…………かな?」
 上と言うと頭の方ってことか? いや流石にそれも、
「ついでだからってことじゃダメ?」
 ダメって…………こっちが言うセリフのような。いや、そこまで遠慮なしでもないけど。実際手は離していないし、中途半端よりはいいのかもしれないがって俺もどこか血迷ったんだろう。
「わかりました、目は瞑っておいてくださいね」
 そう言って頭の方に手をやる。
「んっ……」
 少し鶴屋さんの肩がビクッと反応したが、いきなり触られたからだろう。冷静になってみれば俺だって人の髪を洗ったことが無い訳ではない。妹は小学校の低学年までは俺と風呂に入りたがったし、入れば俺が髪を洗ってやっていたのだから。
 それよりも幾分か丁寧に、を心掛けながら鶴屋さんの頭を触る。あまり乱暴に扱えないほどに美しい黒髪は触るほどに輝きを増すかのようだ。
「………あ………ふぁ…あ………」
 爪を立てないように、指の腹で頭を撫でるように。とにかく全体にシャンプーを行き渡らせないといけない訳だが、あまり時間をかけてしまえば今度は後ろにつけたシャンプーが乾いてくるんだよな。本当に手入れが大変だろうと思う。
 なので少々手の動きを早めながら、手ぐしで長い髪を撫で付けてゆく。
「ん………んぅ………」
 幸いなことに妹とは違い鶴屋さんは大人しいので助かる。というか若干大人しすぎるような。
「えーと、痒いとこなんかあります?」
 などと冗談半分で訊いてみたのだが、
「……………………うん」
 えーと、なんだろうか、この反応? いつもの鶴屋さんとは思えないので、こっちも調子が狂ってくるのだが。しかし膝に手をおいたままの鶴屋さんは俯き気味でまるで何かを我慢しているようでさえある。
「あ、それじゃ急ぎますね」
 いささか時間をかけ過ぎたかと思い、ペースを速めることにする。もちろん妹のように少々乱暴にわしゃわしゃとかき回す訳にはいかないが。出来るだけ丁寧にと、長い髪を持ち上げる。
「んうっ!………」
 チラッと見えたうなじの綺麗さに心奪われそうにもなるが、ここはスピード重視であまり見ないままで手だけを動かす。うなじの生え際から持ち上げつつ手ぐしでそっと髪を撫でるように、
「あっ………う………ん…………」
 すいません、俯かれるとやりにくいんですが。髪を撫でながらそう言えば、
「あ………ゴメン…………」
 大人しく従ってくれるので本当に助かる。それでは前の方もということで、少し腰を浮かせて鶴屋さんの前髪の生え際から出来るだけ優しく揉み解す様に指を動かす。
「んあっ…………」
 む、痛かったか? 少し力を抜いて触れるか触れないかの感じで全体を揉み解す。これなら大丈夫だろう。
「ふぁ………ふわぁ…………あぁ…………」
 そこから横の方まで手を動かし、耳の傍まで。これだけ横が長いとシャンプーが耳に入らないか心配になるな。
「すいません、ちょっと失礼します」
 かき上げるようにしながら耳のラインに沿って指を這わせる。耳を出しておかないといけないからなって、
「ひゃあぁんっ!」
 いきなり叫ばれてしまった。しまった、何か失敗したか?
「あ、いや………なんでもないよっ! ちょこっとだけビックリしちゃっただけだから! いいから続けて!」
 いや、それなら自分でやってもらった方がいいんですけど。俺もつい昔を思い出して調子に乗ってしまったし。
「最後までお願い…………」
 そう言われてしまうとどうしようもないな、というか言い方が怪しいです。何か変な事してるみたいな気分だぞ、しかも風呂場って。
 いかん、もう考えるのは止めよう。とりあえずは終わらせればいいんだ、それで後は急いで上がっちまおう。
「それでは続けますからね?」
 鶴屋さんが頷いたので手を急いで動かす。さっきまでは気にならなかったのに、今見れば俺が手を動かすたびに肩や膝がピクッと動いているのだ。これじゃまるで俺が犯罪を犯しているような気分になってくる。
 いや、その前に意識したらこれは非常にまずいんじゃねえか? 風呂場で二人っきりでずっと女の子の頭を撫でているんだぞ? いや、いかん! 落ち着け俺の理性!! 早く、早く髪を洗えばいいんだから!
「は………ふぅん…………」
 その声はやめてください! こっちの意識もどこかに飛んでいきそうになりそうです! 神経を手にだけ集中し、なるべく声を聞かないようにしながらさっきまでの余裕も無く手を動かした俺は、
「………それじゃ流しますね」
 ようやくシャワーを手にしたのであった。一気にお湯を出してシャンプーを洗い流す。
「…………キョンくんの手………上手過ぎだよ…………」
 何か鶴屋さんが呟いたようだったが俺はシャワーの音で聞こえなかった。しかし何と言うか疲れた、あの髪の量で手入れを欠かさない鶴屋さんはやはり凄いな。
 …………………他の理由で疲れた気がするのは気のせいってことにしておこう。とにかくこれで開放される、そう思った俺はまだまだ甘かったようだ、俺の理性の戦いは尚も続くようなのだった……………



 


「あー、いいお湯だねえ」
「…………そうですね」
 何故こうなっているのか説明出来るヤツはいないだろうか? 俺は確かに鶴屋さんの髪を洗い、そのまま上がろうとしたはずだ。それが何故鶴屋さんと仲良く同じ湯船に浸かっている事になってるんだよ?!
「それはあのままじゃキョンくんが湯冷めするからだよ」
 なるほど確かにそうですね、でも俺は湯冷めする方を選びたかったんですけど。しかし先程までの大人しさはどこへやら、元の勢いに戻った鶴屋さんに強引なまでに引き込まれて一緒に風呂の中って事だ。ちなみに二人ともタオルは巻いている、当たり前だと思うけどな。
 向かい合わせで座っているのだがしかし近い、いくら俺の家より広いとはいえやはり二人で入ればこうなるって予想できてたくらい近すぎる。というかくっついてる! 頑張ってるけど太ももとか肘なんかは嫌でも触れ合ってしまうのである。
キョンくん、足伸ばしなよ」
 いえ、そうすると密着度が増してしまうというか。膝を抱えてしまいそうな勢いで小さくなってる俺に対し、鶴屋さんは足も伸ばしてリラックスしているのだが何といっても目のやり場に困る。
 タオル一枚でそれが濡れてくっついてるのだから、意外と豊満な谷間だとかくっきり浮き出た太ももだとかが見ようと思えば見れるのだ。見ちゃいかんから目を逸らしてるのだが。
「あたしがいると狭いかなあ?」
 いえ、それを言うなら俺がいた方が狭いでしょう。ということで上がりますから、
「にょろんとさっ!」
 って何やってるんですか?! 方向を変えた鶴屋さんは俺の真横に! まるで寄り添うように座り込んだって当たる! もう下半身は当たってる!! いや、肩から下はもうくっ付いてるとしか言い様がない!
「な、な、何をしているのですか、鶴屋さんっ?!」
「え? 足を伸ばせるようにしたんだよ?」
 それはどの足の事なのでしょうか? いや、両足しかないですよ!? とにかく足だけは伸ばすのだがちょっと真ん中の足も伸びそうなのだけは何とか誤魔化さねばならないだろう。だからそこ動かさないでください!
「うーん、もうちょっと………」
 なにが?! もうちょっと動いたら俺の方がとんでもない事になってしまうのですけれども! これは何と言う試練なんだよ、理性と言う名のガラスの糸を叩き切ったら勝ちってゲームか?!
キョンくん、腕伸ばして」
 はあ、もうどうにでもなれ。俺は言われるままに上半身を湯船の縁に預け、腕をそれにかける。まあ確かに落ち着く体勢ではあるよ、家でもこうしてるし。
「で、こうすればいいよね」
 そして俺に寄り添った鶴屋さんがその腕に頭を乗せて俺に身体を預けたら、そうぴったりくっついていい感じですね。
「って違うでしょ! これはまずいでしょ、鶴屋さんっ!」
 慌てて離れようにも鶴屋さんが頭を乗せてるからもう動けない。急激に熱が上がるというか、今俺の顔は茹でたての蛸よりも赤いに違いない。何か風呂に入ってるという理由じゃない汗が出てきてる気がするんですけど、これはどうすればいいと言うのだよ!
「んにゃ〜、あったかいねえキョンくん……」
 そうですね、何と言うか熱いです。もう頭の中は煮えそうです、助けてください! しかし何故か落ち着き払った年上の美少女は、
「やっぱりお風呂は落ち着くねえ…」
 と瞳を閉じて夢見心地なのだ。いや、もっと焦ってもいいと思いますよ? 仮にも男性と一緒なんですから、しかも風呂で裸で! だから寝そうにならないでください!
 その上この姿勢は非常によろしくない、否応なく視線は一部に釘付けになってしまう。タオルを巻かれた胸の谷間が嫌でも俺の視線に入るし、載せた頭からは洗い立てのシャンプーの香りがしてきて脳内を激しく揺さぶるのであった。
 これはどんな天国だ? いや、試練と言うにはあまりにも酷い。何故ってもう当たっているからだ、何処がってタオル越しでも分かるほどの膨らみってやつがだ。
 のぼせる? いやもう頭の中が沸騰していて意識が朦朧としてきてはいるよ。だが目線をいくら彷徨わせても一箇所に帰ってきてしまうのは仕方がないだろう、俺だって健康的な一高校男子なのだから。
 そんな純情な高校生の俺が理性を崩壊させてとんでもない事をしでかす前に熱気に当てられ気絶しそうになった時だった。
「それじゃ、あたしは上がるけどキョンくんはどうする?」
 どうするもなにも、
「俺は鶴屋さんが着替えた頃には上がりますよ、お先にどうぞ」
 としか答えられないじゃないか。一緒に上がって着替えシーンまで見るなんて出来るはずもないのに普通に尋ねられても困るだけだ。それも承知なのだろう、鶴屋さんは笑顔で、
「そんじゃお先っ! のぼせないようにねっ!」
 それをあなたが言いますか。さっきまで俺の体温を急上昇させ続けたお嬢様はスキップさえしそうな勢いで浴室を出て行こうとした。のだが扉を開けて振り返りざま、
「大丈夫だよ、ちゃんと下に水着は着てたからさっ! って言ったら安心するかい?」
 と言ったのだが。そうだな、下に水着でも安心はしないと思うが、
「ふっふーん、しっかり悩みたまえ少年!」
 そう言い残して鶴屋さんは浴室を後にした。
「………………悩めって…………」
 そうだな、悩んでいるよ。いや、水着を着てたかというならば、何故タオル越しで透けて見える色が肌色なのか、そこの一部がほのかにピンクだったり下の方は………まあいい、そこまで見ていた訳じゃない。
 なによりもそんな俺の体の一部がどうなっていたのかという事を鶴屋さんに気付かれていなかったのかという事が不安でしょうがないのだが。
 少なくともこの現象が落ち着くまではここから出ることは出来ないな、ガラス越しに見えるシルエットの着替え風景を見てしまえば現象が長引いてしまうので目線を逸らしながら俺は素数がどこまであるのか数えてみるのであった…………………